バーで会計を頼んだら、伝票に五十万円と書いてあった。何度目をこすっても数字は変わらない。「お会計はこちらの金額で合っておりますよ」と店員は顔色ひとつ変えずに言った。私はハイボールとビールを一杯ずつ飲んだだけなのに。反論しても無駄だった。カウンターの奥から大柄な男が三人現れ、「俺たちはヤザだ」と脅された。払えないなら体を売れ、パパに泣きつけと笑われた。私は震えながら、ある考えが浮かんだ。静かに…
仕事終わりに一人で飲み直そうと入ったバーで、私は人生最悪の罠にかかった。会計を頼むと、伝票には五十万円と書かれている。何度目をこすっても数字は変わらない。カウンターの店員に伝票を差し出すと、彼女は顔色ひとつ変えずに言った。 「お会計はこちらの金額で合っておりますよ」 「ちょっと待ってください。私はハイボールとビールを一杯ずつ飲んだだけです。メニューにも金額が書いてあります」 「ドリンクとは別に、お席代がかかっております。お客様がお座りになっているお席は特別席で、本来は一時間五十万円のお席です。今回はドリンク代はサービスさせていただきましたので、お席代のみで五十万円になります」 「そんな説明、案内された時に一度も受けていません」 「ご案内の際にご了承いただきましたよね。料金について質問されなかったので、ご存知だと思っておりました」 いくら反論しても、店員は涼しい顔で同じことを繰り返す。五十万なんて大金を払えるわけがない。財布の中身はせいぜい数万円だ。押し問答を続けていると、いつの間にかカウンターの奥から三人の男が現れた。どれも百八十センチはありそうな大柄な男たちだ。 「無銭飲食は困りますよ。楽しんだ分はしっかりお支払いいただかないと」 「私は二杯しか飲んでいません。一万円なら払います。これで帰らせてください」 財布から一万円を出して差し出すと、男たちはそれを受け取ろうともせずに笑った。 「俺たちがどこの誰だか分かってないみたいだな。俺たちはヤザだ。それでも払わないって言うなら、どうなってもいいってことだよな」 「五十万なんて持っていないのに、どうやって払えというんですか」 頭を下げて懇願しても、男たちは聞く耳を持たない。一人がイライラした様子で言い放った。 「ぐだぐだ言ってないで、事務所に連れて行くぞ。おい、佐々木、こいつ車に乗せろ」 若い男が私の腕を掴み、そのまま外に停めてあった車に押し込んだ。酒を飲んでリラックスしたかっただけなのに、なぜこんなことになっているのか。車は夜の街を抜け、少し寂れた場所にある事務所へと向かった。 事務所に着くと、男たちは私をソファに座らせ、周りを囲んだ。 「ここまで来たら、払いませんでは済まされないぞ。五十万はきっちり払ってもらうからな」 「もし払えないって言うなら、体でも何でも売って自分で稼いでもらうことになるぞ」 「それが嫌なら、パパにでも泣きつくか。娘のためなら五十万くらい、一本で持ってきてくれるだろう」 男たちは笑いながら口々に脅してくる。私はそこで、ふと一つの考えが浮かんだ。この連中に、自分が誰の娘か伝えたらどうなるだろうか。私は静かに口を開いた。 「父に電話してもいいですか?」 「こいつ、やっと払う気になったか。五十万持って早く来いって伝えとけ」 私は携帯を取り出し、父に電話をかけた。 「お父さん、遅い時間にごめんね。実はバーで飲んでたんだけど、会計が五十万って言われて払えなくて、今お店の人の事務所に来てるの。ごめん、ここの住所を送るから来てもらえる?」 電話を切ってから十分も経たないうちに、事務所のドアが激しく開いた。父が立っている。普段は温厚な父が、怒りで顔を真っ赤にしている。父はそのままの勢いで男たちに殴りかかった。 「お前ら、何してくれてんだ?」 床に倒れた男たちが、呆然と父の顔を見上げる。 「え、組長……こんな時間にどうされたんですか?」 「こんな時間にどうされただ? お前らのせいだろうが。自分が何をしたか、まだわかってないのか?」 男たちは顔を見合わせる。何が起きているのか理解できていないようだ。父はさらに続けた。 「自分の組の組長の娘をぼったくるとは、どういうことだ? 当然、覚悟はできてるんだろうな」 その言葉に、男たちははっと私の方を振り返った。三人の顔が、一瞬で真っ青になる。私は知っている。この事務所は父の組のものだ。ぼったくりバーを営んでいる時点で、父の組の者が関わっているだろうことは想像できた。実際、事務所には子供の頃に遊びに来たこともある。 男たちはようやく事態を理解したのか、這うようにして父の前に土下座をした。 「申し訳ございませんでした。組長。まさか組長のお嬢さんだったとは……お会いしたことがなかったとはいえ、大変失礼なことをしました」 「お会いするも何も、お前らみたいな奴に大事な娘をわざわざ合わせる必要はないだろうが。今度また同じことをしてみろ。どうなるか分かってるな」 「申し訳ありません。今後は絶対にこんなことはしません。どうかお許しください」 男たちは頭を床に打ちつけて謝り続けるが、父の怒りは収まらない。 「バカな上に見苦しくぺこぺこしやがって。それでもヤザの端くれか。こんな奴らが許されるような世界じゃないんだよ。いいか、余計なことをするな。二度とこんなことはしませんと言うなら、娘と俺に伝わるように態度で示してみろ。それができたら考え直してやる」 「態度で……ですか? どうすればよろしいんでしょうか」 「それを自分で考えろと言っているんだ。この脳なしが」 男たちは頭を真っ白にしたのか、うんうんと唸るばかりだ。徐々に顔色が悪くなっていく。見ているこちらがかわいそうになって、私は少しだけアドバイスをすることにした。 「お父さんはね、見た目と心のこもった手紙には弱いのよ。反省の気持ちを謝罪文にしてみたらどうかしら。言葉よりも伝わるかもしれないわよ」 男たちの顔がパッと明るくなった。 「なるほど、手紙ですね。ありがとうございます。お嬢様、書いてみます」 三人は紙とペンを用意すると、必死に謝罪文を書き始めた。さっきまで私を脅していた男たちとは思えないほど真剣な表情だ。思わず笑みがこぼれてしまう。 「お父さん、びっくりしたでしょう。まさか自分の娘がヤザに連れて行かれるなんてね。それも、自分の部下たちに」 「だから、遅い時間まで出歩くなと言っているんだ。今回は幸い無事だったからよかったが」 「最初の店では同僚も一緒だったのよ。会社での人間関係って大事でしょ?」 「助かったのはお父さんがすぐに来てくれたおかげよ。ありがとう。これからは気をつけるわ」 「それならいい。そういえば、あいつらに何て言ったんだ? さっきまでぼうっとしていたかと思うと、急にがやがや書き出したぞ。お前が何か吹き込んだんだろう」 「どうすればお父さんに許してもらえるか思いつかないみたいで困っていたから、教えてあげただけよ。お父さんは言葉で言われるよりも、一生懸命書いた手紙のほうが気持ちが伝わって好きだって」 … Read more