面接官が突然、受験者に向かってこう言い放った。「T大卒以外は全員無能。不採用だから、今日のところは帰ってくれたまえ」 人生をかけた集団面接の最中だった。履歴書も見ずに学歴だけで判断された屈辱と、一緒にいた4人の絶望した顔が今も忘れられない。俺は黙って席を立ち、こう言い返した。「それでは私は、T大卒ではなく、アメリカのH大卒なので、帰らせていただきます」…

面接官が突然、受験者に向かってこう言い放った。「T大卒以外は全員無能。不採用だから、今日のところは帰ってくれたまえ」 人生をかけた集団面接の最中だった。履歴書も見ずに学歴だけで判断された屈辱と、一緒にいた4人の絶望した顔が今も忘れられない。俺は黙って席を立ち、こう言い返した。「それでは私は、T大卒ではなく、アメリカのH大卒なので、帰らせていただきます」...

面接官の言葉に、部屋の空気が凍りついた。

「T大卒の奴はいるか?」

俺を含めた受験者5人は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。20分以上にわたって進められてきた集団面接は、典型的な質問が一通り終わったところで、唐突に幕を閉じようとしていた。いや、閉じようとしていたのではない。面接官の独断で、場当たり的に打ち切られたのだ。

「T大卒以外は全員無能。不採用だから、今日のところは帰ってくれたまえ」

真ん中に座っていた年配の男性、面接官の鬼塚と名乗った男は、だらしない姿勢のまま、受験者たちに向かって手を払うように言い放った。猫を追い払うような、そんな仕草だった。

俺は静かに席を立った。

他の4人は、まだ状況を飲み込めずに固まっている。1人が「そんな…」とかすれた声を漏らした。別の1人は「きちんと面接して、中身で評価してください」と必死に訴えかけている。しかし鬼塚は、彼らの懇願を鼻で笑い飛ばすように、「無能がいくら喚いたって無駄だ」と一蹴した。

俺は、その場にいる全員に聞こえるように、はっきりと宣言した。

「それでは私は、T大卒ではなく、アメリカのH大卒なので、帰らせていただきます」

その瞬間、部屋が死んだように静まり返った。桜木と名乗った面接補佐の女性が、パソコンを打つ手を止めた。カタカタという音が消え、シンとした静寂だけが残る。

数秒の沈黙の後、受験者の1人がお手本のような驚き方で聞き返してきた。

「な、なんだって?」

「ですから、私はアメリカのH大卒であり、T大卒ではないので、帰らせていただきます」

俺はわざとらしく鬼塚の方を見ながら、もう一度言った。鬼塚の目が、見る見るうちに見開かれていく。

H大といえば、世界ランキング1位の大学だ。そこで学ぶ学生が優秀であることは、日本どころか世界中の共通認識である。もちろん、鬼塚とてそのことは理解しているはずだった。

鬼塚が、慌てて矢谷さんから受験者の履歴書を奪い取り、じっくりと見つめ始めた。そして、履歴書と俺の顔を、何度も何度も見比べる。その姿は、滑稽ですらあった。

俺は、冷静沈着を装って言い放った。

「鬼塚さん。T大卒以外は無能なんですよね? 無能が調子に乗って、御社のような人気企業に応募してしまい、すみませんでした。失礼します」

そう言って、嫌味ったらしく頭を下げ、俺は部屋を出ようとした。すると、鬼塚が焦ったように声をかけてきた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 西沢君! すまない。H大卒とは知らずに、失礼なことをした。もう一度、しっかりとした面接をするから、帰らないでくれ」

さすがに、これほどの優秀な学歴を持つ受験生を、自分の不明を犯して逃すのはマズいと思ったのだろう。鬼塚は深々と頭を下げ、さっきまでとは打って変わった真剣な態度で懇願してきた。

何を今更だ。そう言い返そうとした、まさにその時だった。

部屋のドアが開き、1人の男が入ってきた。

「お待ちしておりました。安斎取締役」

桜木さんが、その男に向かって声をかけた。もしかして、あの安斎取締役なのか? 就活の準備で何度も検索した、あの人の名前だ。

安斎啓一。父が立ち上げた地元の中小企業を、40歳の若さで継ぎ、たった13年ほどで現在のようなグローバル企業に育て上げた、凄まじい経営手腕の持ち主。世界で活躍できる人材になることを夢見る俺にとって、憧れの人物だった。

対面するのは初めてだったが、頭のてっぺんから爪先まで、全身から醸し出されるカリスマのオーラに圧倒され、俺はただその場で見守ることしかできなかった。

鬼塚は、安斎取締役に向かって焦ったように話しかけた。

「あ、安斎取締役。こんなところに、どうされたのですか?」

すると、安斎に代わって、桜木さんが説明を始めた。

「安斎取締役は、人材育成に力を入れたいと、かねてからおっしゃっていました。そこで、過去の採用担当者から話を聞いたところ、鬼塚さんの面接がかなり偏った基準で行われており、その条件に合わない受験者には、高圧的な態度で接しているという話を耳にされました。安斎取締役は、その真偽を調査するため、秘書である私に、面接に潜り込むようにと指示されたのです。私は今年から人事部に配属されたふりをして、ずっと鬼塚さんの言動を取締役に報告していました。そして、今の面接も、PCのメールで随時報告を」

そう言って、桜木さんはパソコンの画面を鬼塚に見せた。確かにそこには、社長とのメールの履歴が、大量に表示されていた。

それを聞いた鬼塚は、見る見るうちに青ざめていった。

「い、いえ、私はそのようなことはしておりません! 言い方や態度は少々きつかったかもしれませんが、社会人としての教育というものは、採用の段階から行っても良いと思われませんか? 私は受験者のためを思って、厳しくやっているのです」

まるでどもりのような、苦しい言い訳だった。あまりに苦しすぎて、見ているこっちが恥ずかしくなる。

すると桜木さんは、「これのどこが教育なのですか?」と鬼塚の目の前にスマホを突き出し、画面中央のボタンを押した。

『無能がいくら喚いたって無駄。T大卒でないのに、うちの会社に入ろうなんて、随分図の高いことをしてくれたものだ。腹立たしい。ふざけるのも大概にしろ。分かったら、大人しく帰れ』

それは、紛れもなく、さっき鬼塚が放った言葉だった。

「こんなこともあろうかと、面接を全て録音させていただいておりました。本当は、こんなことしたくなかったのですが…」

桜木さんは、多少の罪悪感を感じているのか、申し訳なさそうに言った。

鬼塚は、「そ、それは…その…あの…」と、ぶつぶつ言いながら、じりじりと後ずさる。逃げ道を完全に塞がれた鬼塚は、力が抜けたように、その場に座り込んでしまった。

安斎取締役は、鬼塚に向かって静かに言った。

「鬼塚さんの処分は、後日決定し、伝えます。今は、この部屋から出て行っていただけますか?」

口調こそ丁寧だが、1ミリも上がっていない口角と、見下ろすような目。それは、彼の静かな怒りが現れているようで、背筋が凍る思いだった。

鬼塚は、反論する余力も残っていないようだった。情けなく立ち上がり、「失礼します」と言って、部屋を出ていった。

再び、シーンと静まり返った部屋。安斎取締役は、鬼塚が出ていったのを見届けると、俺に近寄りながら聞いてきた。

「H大卒というのは、君かな?」

安斎取締役から感じるオーラは、近づけば近づくほどに強まり、俺の周りの空気ごと飲み込まれてしまうような感覚になった。思わず挙動不審になる。

「あ、はい。私は昨年の6月にH大を卒業しました」

H大の卒業式は例年6月に行われるため、日本の大学の卒業時期とずれが生じる。しかも、アメリカの大学は卒業すること自体が大変だ。日本と違って、在学中に就活をする風習もなかった。だから、日本の企業に就職する場合は、少し期間が空いてしまうのだ。

安斎取締役は、答える俺の目をまっすぐ見つめる。その目は、鷹のように鋭くて、心の奥深くまで見抜かれているような気がして、思わず目をそらしてしまった。

安斎取締役は、そんな俺に構わず、話を続けた。

「そうなのか。実は僕もH大卒なんだ。今年、H大卒の子が1人いるって聞いていたから、採用されないのでは、企業にとっても損害だし、何よりその子自身の尊厳が傷つくって、心配していたんだよ。なんとか間に合ってよかった」

「そうだったんですね。本当にありがとうございます」

俺は心から感謝の気持ちを伝え、深々と頭を下げた。安斎取締役は、「いやいや、僕は取締役として当然のことをしただけだよ」と謙遜した後、俺を含む受験者5人に向き直った。

「今日は、部下が失礼極まりない言動をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。後日、きちんとした形で再試験を行わせてください」

そう言って、頭を下げた。

もちろん、俺は試験を辞退する気なんてなかったし、取締役の紳士的な対応には、文句のつけようがなかった。

「よろしくお願いします!」

俺は大きな声で言って、頭を下げた。他の4人も考えは同じようで、「よろしくお願いします」と口々に言って頭を下げる。

安斎取締役は、にっこり笑って言った。

「本当にありがとう。それではまたご連絡差し上げます。次は、我が社の新入社員として、皆さんと会えますように。応援していますよ」

そう言って、ガッツポーズをして、桜木さんと一緒に部屋を出ていった。

後日、再試験を受けた俺は、実力で採用を勝ち取り、入社することができた。

入社後に聞いた話だが、あの後、鬼塚は受験者に対する高圧的な態度や、自分勝手な基準での採用が会社に損害を与えたとして、謹慎処分を受けているらしい。

俺はというと、希望の部署へ配属され、仕事に追われる日々だ。慣れないことばかりで大変だが、やりがいがあって、毎日とても楽しい。

ちなみに、あの面接で同じグループだった4人も、全員採用され、今は同じ部署にいる。出身大学はバラバラだが、それぞれ得意不得意があって、うまく補い合えている。あの日、俺が「頑張りましょう」と声をかけて、ガッツポーズをしたことが、今ではいい思い出だ。

鬼塚、見てるか? 俺は、T大卒以外は無能と豪語していた鬼塚の真っ赤な顔を思い浮かべながら、今日も仲間と仕事に励む。

あの日の面接官の傲慢な態度が、彼自身のキャリアを潰したのだ。何の因果か、俺たち5人は、彼が目指していたはずの「優秀な人材」として、会社で働いている。

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