「お前の寝袋、俺のと交換してくれよ。女は脂肪がついてんだから、男より温かいんだろ」…

「お前の寝袋、俺のと交換してくれよ。女は脂肪がついてんだから、男より温かいんだろ」...

雪の山小屋で人妻と二人きりになり、旦那の寝顔を見ながら俺は罪悪感に押し潰されそうになっていた。ついさっきまで抱き合っていた女は、目の前で鼾をかいて眠る男の妻だ。俺は自分の行動を恥じて、小声で謝った。

「旦那さんがいるのに、こんなことしてしまって本当にすみませんでした」

しかし彼女は首を横に振り、穏やかな表情でこう言った。

「いいのよ。離婚するつもりだったから。それに慎之助君と関係を持つことで、この結婚を終わらせる覚悟ができたの。そもそも誘ったのは私の方だから、慎之助君が謝る必要なんてないわ」

俺は驚いた。彼女は静かに、これまでの過去を語り始めた。

彼女の名前はほのか。5年前にこの男と結婚した。結婚するまでは普通の人だと思っていたが、結婚後すぐに本性が現れ始めた。本格的に家庭が壊れ始めたのは結婚から1年が過ぎた頃だった。ある日、彼は朝からギャンブルに出かけて大負けし、貯金を大きく注ぎ込んで荒れていた。彼女が存在を消すように細々と生活していると、イライラした彼は突然暴力を振るった。

「俺が負けたのはお前の運気が悪いせいだ。お前は昔から根暗なんだよ。うまくいかないのは全部お前のせいだ」

それから彼女は彼の八つ当たりの道具にされた。抵抗もできず、ただ耐える日々。それでも一生この生活を続けるつもりはなかった。彼女は逃げ出すために、診断書、暴言の録音や録画、浮気の証拠を集めていた。離婚して彼と戦うだけの準備は整えていたのだ。

そんな中、彼が突然登山に行くと言い出した。今まで一度も誘われたことがなかったので違和感を覚えたが、ネットで必要な装備を揃えて付き合った。しかし計画性のない彼はあんな軽装で来て、案の定吹雪に遭い、山小屋に避難する羽目になった。

その話を聞いて、俺は彼女の強さを知った。そしてこの雪山に来たこと自体、何か裏があるのではないかと疑ったが、確信が持てない以上、彼女を不安にさせるべきではないと心の中にしまい込んだ。

翌朝、吹雪は止み、俺たちは無事に下山した。

「何かあったらすぐに連絡してください。すぐに駆けつけますから」

別れ際、俺はそう伝え、彼女と連絡先を交換した。それから1週間が経っても連絡はなかったが、その翌日、彼女からメッセージが届いた。

「いきなりごめんなさい。今からここのカフェに来れますか?」

指定されたカフェに急いで向かうと、そこにはほのかさんとあの男、それから見知らぬ女性が座っていた。俺は彼女の隣に座った。

「ふん。味方を呼ぶって言うから誰が来るのかと思ったら、山の時のやつかよ」

男は嘲笑しながら言った。話を聞くと、2人は2日前に離婚したが、新居が決まるまで彼女は男の家に残っていたらしい。その時に、男と浮気相手の女性の会話を聞いてしまったのだという。

「ねえ、保険金はどうなったの?」
「いや、作戦失敗なんだよ。あの日突然吹雪に襲われてさ、俺まで死にかけたんだから。あいつから保険金を取ることはもう難しいかもな。でも慰謝料とかはちゃんとくれるから安心しろよ」

俺はその話を聞いて、やっぱりかと思った。普段登山をやらない人が、妻を誘って雪山に来るなんて違和感しかなかった。すると浮気相手の女が髪を弄りながら言った。

「だってお金が必要だったから。でももういいや。この人頭悪いし。一緒にいればお金が入ってくるって思ってたけど期待外れね。偉そうに慰謝料くれるとか言ってるけど、そんなお金じゃ足りないんだよね」
「お前のことが好きだったんじゃないのかよ」
「勘弁してよね。好きなのはあんたじゃなくてお金よ。勘違いしないでよね。じゃあさよなら」

そう言って女は店を出て行った。男は言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。

その後、話し合いにはならなかった。彼女は言い放った。

「とりあえず慰謝料の件は弁護士にお願いするわ。逃れられるなんて思わないことね。子供じゃないんだから、自分のしてきたことの責任くらいちゃんと自分で取りなさい」

俺たちは彼を置いて店を出た。彼女は言った。

「突然呼び出してしまってごめんなさい。あまりにもショックな話だったから、一人だと冷静でいられなくて。気づいたら慎之助君に連絡してた」
「気にしないでください。僕がいつでも呼んでくださいって言ったんですから。それにまたほのかさんに会えて嬉しかったですよ」

彼女は安心したように微笑んだ。その日、俺たちは二人で食事をし、次に会う約束をした。

それがきっかけで、俺たちは毎日のように連絡を取り合うようになった。彼女は弁護士に依頼したり新居を探したりと忙しく、頻繁には会えなかったが、予定が合う時は一緒に食事をした。彼女に会えるだけで俺は素直に嬉しかった。

その気持ちは時間と共に大きくなり、気づけば俺は彼女のことを好きになっていた。出会ってからちょうど1年が経った頃、俺は彼女に告白した。彼女も俺のことを特別に思ってくれていたようで、告白を受け入れてくれた。

交際が始まってからは、少しでも一緒にいられるようにと彼女の家に通うことも多くなった。一緒にいる時間が増えるたびに、彼女のことをもっと好きになった。あの男に苦しめられ、雪山で殺されかけた過去を持つ彼女だからこそ、俺は彼女を幸せにしたいと強く思った。

交際から半年ほどが経った頃、俺はプロポーズを決意した。彼女を呼び出し、指輪の箱を開けて素直な気持ちを伝えた。彼女は涙を流しながら頷いてくれた。

「正直、あの時は本当に毎日が地獄のようだった。でも慎之助君に出会えたから、私は生きてこれたんだよ。だからこれからもずっと近くにいたいし、私もあなたのことを幸せにしたい」

彼女はそう言って涙を拭い、笑顔を見せた。俺たちは夫婦になった。

結婚後も俺たちは仲良く過ごし、笑顔の絶えない毎日を送っていた。幸せな日々はあっという間に過ぎ、気づけば結婚から10年が経っていた。そしてこの10年の間には変化があった。俺たちの間に子供が生まれたのだ。もうすっかり大きくなり、今では元気に小学校に通っている。これからもこの子には優しく真っ直ぐな人に育って欲しいと思っている。

今日は家族3人で近所の小さな山に登った。父から教えてもらった記憶、山を目の前にワクワクしていた子供の頃の記憶、そして雪山でほのかに出会った記憶。俺の中の大切な記憶が次々と蘇ってきた。

俺たちはこれから、家族3人で支え合いながら人生という大きな山を登っていくんだ。

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