電話が鳴った。相手はスポーツの福原の新社長、領事だった。
「あ、もしもし。オタクとの取引なんだけど、強引に中止させてもらうから。そのつもりで。お前のところの部品、高すぎるんだよな。これからは海外の安い部品を使うから。じゃあな」
そう言って、さっさと電話を切ろうとする。俺は慌てて引き止めた。
「待ってください。一体どういうことですか? 突然取引中止なんて、そんな話は聞いてませんよ」
「そりゃ今初めて言ったんだもん。お前が聞いてないのは当たり前だろう?」
ヘラヘラと笑いながら、領事は答えた。こういう時にわざとふざける人間が、俺は大嫌いだ。
俺の名前は天木義。47歳になる。小さい頃に親父が立ち上げた「ア木工業」という小さな会社で、今は営業部長を務めている。親父は昨年、病気でこの世を去った。会社の中心を失った今、ここが踏ん張りどころだと、俺も社員も必死になっている。
うちは主にスポーツ用のボールを作るための部品を製造している。野球やテニス、バスケット、ラグビー。その種類は多岐に渡る。大口の取引先はスポーツ用品の製造販売を行う「スポーツの福原」という大企業だ。なぜうちのような小さな会社が取引できているのかと言えば、亡き親父と前社長の福原一郎さんが小学校時代からの付き合いだったからだ。彼これ20年に渡り、うちの会社はスポーツの福原に部品を納品してきた。
一郎さんは親父の葬式にも顔を出してくれ、何かと俺を気にかけてくれている。いわば第二の父親のような存在だ。そんな一郎さんもこの春、社長の座を息子の領事に譲った。75歳になるから、年齢的には無理もない。
だが正直、俺は領事のことがあまり好きではない。何度か顔を合わせたことがあるが、傲慢で高飛車なところがある。常に他人を見下す態度が気に食わない。しかし、大口の取引を行う会社の社長である以上、そんなことを言ってはいられない。新しい気持ちで両事と付き合おうと心に決めた矢先の出来事だった。
「うちとの契約を中止して、本当にいいんですね? 後でいくら泣きついてきても、こちらは知りませんよ。その覚悟がおありなら、どうぞご自由に」
俺はゆっくりと深呼吸して、領事にそう訪ねた。電話越しでも、領事が少し怯んでいるのが分かった。しかし、すぐに気を取り直して言い放った。
「この野郎、偉そうなこと言いやがって。困るのはそっちだろうが。とにかくもう二度とア木工業とは取引しないからな。じゃあな」
電話を切られた後、俺はすぐにある人物へ電話をかけた。もちろん新たな取引先を探すためだ。先方との話はすぐにまとまり、契約の予定が決まった。不幸中の幸いとはこういうことを言うのだろう。
数日後、俺は稲妻モーションの本社からちょうど出てきたところだった。実は、先日見つけた新しい取引先とは、この稲妻モーションなのである。スポーツ用品にファッション性を取り入れて若者から絶大な支持を得ている、最近できたばかりの新進気鋭の企業だ。今日は工場への部品の納品も無事に終わり、お礼がら本社に挨拶に伺っていたのだ。
俺がスマホでメールをチェックしていると、ある人物が声をかけてきた。スポーツの福原の前社長、一郎さんだ。久しぶりの再会に俺は笑顔になった。しかし、一郎さんの方はといえば、随分とやつれ果てた表情をしている。一体どうしたのだろう。
俺が尋ねるよりも先に、一郎さんが言った。
「時間があるなら、うちの本社で少し話したいんだが」
俺はその後、別に用事もなかったので、一郎さんの言葉通り、本社へと入っていった。そこで社長室へと通された。重厚な椅子に座っていたのは、あの領事だ。彼は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で、突然やってきた俺と一郎さんを見ていた。
「な、なんだよ、親父。急に来るなよな。それに隣にいるのはア木工業のやつじゃないか。一体どういうことだ?」
一郎さんはそれを無視して、俺にソファーへ腰かけるよう促した。そして大きくため息をついた後、領事に向かってこう言った。
「おい、領事。お前、ア木工業さんとの契約を勝手に中止したらしいじゃないか。お前の方こそどういうつもりなんだ? 契約を切ってから、うちがどういう状況に陥っているのか分かっているのか?」
領事はポカンとした顔つきで答える。
「ああ? おいおい、親父、何言ってんだよ。別に弱小企業との契約を切ったくらいで、うちの会社はどうってことないだろう。これからもずっとうちの会社は業界ナンバーワンであり続けるに決まってるんだから」
一郎さんはこの大バカ野郎と大声で一括した。その迫力に、領事だけでなく俺まで思わず背筋をピンと伸ばしてしまったほどだ。
「うちは業界ナンバーワンから転落してしまっている。お前は知らないのか? 社長のくせにありえないな」
それを聞いた領事は大きく目を見開いた。
「え、うちの会社が…ま、まさか」
「ア木工業さんの部品を海外製の安いものに変えてから、うちの製品の品質はガタ落ちだ。それと共に評判も右肩下がりを続けている。今回の件に関して、全ての責任はお前にあると言っていい。この落ちを、お前は一体どうやって取り戻すつもりだ?」
そう、今現在、スポーツの福原は長年守り続けていた首位の座から一気に陥落してしまったのである。代わりに業績1位の座を獲得したのは、もちろん稲妻モーションだ。
俺は領事から契約中止を告げられた後、すぐに稲妻モーションの知り合いに連絡した。実は前々から声をかけてもらってはいたのだが、スポーツの福原との契約があったため、これまでは断っていたのである。それがなくなったことにより、稲妻モーションはア木工業との契約を迅速に締結してくれたのだ。おかげでうちとしても経営危機を逃れることができた。もちろん、稲妻モーションにも利益があったことは言うまでもない。今までより格段に品質の高いスポーツ用のボールを作ることができるようになったのだ。つまり、お互いウインウインの取引を結ぶことができたというわけだ。そんなわけで、稲妻モーションは従来の人気も後押しして業界ナンバーワンになれたのだ。
一郎さんの言葉を聞いた領事は、信じられない様子で何度も繰り返し呟いた。
「う、嘘だろ…。うちの会社が首位じゃなくなっただと…」
どうやら今まで何一つ知らなかったらしい。呆れたものである。とても社長職を務める人間とは思えない。一郎さんはがっくりと肩を落として、独り言を言った。
「まさかお前がここまで社会人としてろくでもないやつだったとはな。見抜けなかった俺にも日がある。そもそもお前のことを甘やかしすぎた」
そして、一郎さんは立ち上がって俺にこう告げた。
「広、どうやら君にうちのバカ息子がひどいことをしたらしいな。電話一本で契約を打ち切るなんて、とんでもないことだ。今回は不快な思いをさせてしまい、大変申し訳なかった」
そう言って、なんと深々と頭を下げてくれたのだ。俺は慌てて顔を上げてもらうよう促した。一郎さんの方を見ると、領事はバツが悪そうな顔で頭を掻いている。
「お前も謝罪しなさい。このバカ者が」
一郎さんが領事にそう忠告するが、領事は首を横に振った。
「ああ? なんでこの俺が弱小企業の人間なんかに頭下げなくちゃならないんだよ。言っとくけど、俺は親父と違ってプライドがあるんでね。そんなこと絶対できないからな」
なんてクズだろうか。幼い頃から世話になっている一郎さんへの暴言を聞いて、俺はめちゃくちゃ腹が立った。実の息子とはいえ、いいことと悪いことの区別もつかないのだろうか。しかし、ここで喧嘩したところで領事が心を改めるとは思えない。俺はどうにか怒りを胸にしまい込んだ。
一郎さんは悲しそうな顔で俺に言った。
「忙しい中引き止めて悪かったね。とにかく、この度は本当に済まなかった」
俺は一郎さんに手短に別れを告げ、社長室から出ていく。その後ろで、一郎さんが領事を怒鳴りつける声が廊下にまで響き渡っていた。その声を背に、俺は足早にスポーツの福原本社から去っていった。
その後、一郎さんの指示のもと、間もなく領事は社長の座から外されたらしい。それどころか、会社に不利益をもたらした責任を取って、スポーツの福原を解雇されたそうだ。仕事を失った領事は、町をぶらつく日々を送っていた。そんな中で、社会的によろしくない連中と知り合いになったらしい。その連中と手を組んで、領事は悪事に手を染めてしまう。お年寄りが暮らしている家をターゲットにした強盗行為を繰り返したのだ。
しかし、お天道様はちゃんと見ているものだ。ある日、領事はとうとう警察に捕まった。奴を待っているのは重い罰だけだ。明るい未来など、もう奴時にはあるはずもない。全ては奴の身から出た錆である。
一方俺はといえば、まさに絶好調だ。嬉しいことに、稲妻モーションとの契約もさらに規模を拡大することになった。ア木工業の社員みんなも喜んでくれている。忙しさは以前よりも増しているが、そんなことに挫けるような仲間たちではない。営業部長という立場として、部下への気配りも忘れないように気をつけている。きっと天国の親父も、今頃は笑顔で俺たちを見守ってくれていることだろう。
俺はこれからも、周りの人間への感謝を忘れずに、親父が残してくれたこの会社を守り続けていきたい。



