「ラストチャンスだ、みち子。両親と同居するか、離婚するか選べ。俺が出張から帰る前に決めろよ」
引っ越し当日、夫・たけしから脅迫めいた電話がかかってきた。いつもより威圧的だったが、私には響かなかった。なぜなら彼は何も分かっていないから。
「ごめん、忙しいから後でいい?今、所用中なの。あなたの愛人宅で」
直後、電話の向こうが静まり返った。私は間を置かず、愛人の写真を夫のスマホに送った。写真を確認したであろう夫は「はっ」と声を漏らした。
バレていないと思っていたのだろうか。本当にバカな人だ。ずっと我慢してきたが今日で終わり。覚悟してね、たけし。ただでは済まさないから。
電話の向こうからたけしの威圧的な声が響いた。
「俺に愛人?何をバカなことを。そんなことよりお前、何様だ。俺が養ってやってるんだぞ。嫁ってのは夫に従うもんだろうが。さっさと新居に行って準備しろ」
その声にはいつものように支配的な態度がありありと感じられた。たけしは自分の浮気が露見していないと思い込んでいるのだろう。だが私はその余裕を崩す瞬間を待っていた。たけしは自分が追い詰められていることにまだ気づいていないのだ。
電話の向こうで満足したように鼻を鳴らすたけし。そのまま電話を切ろうとするのを、私は冷静に聞いていた。
その時、私の隣にいた人物の冷徹な声が響いた。
「たけし、あなた何をしているの?」
「お前こそ何様だ?」
それは義両親の声だった。その一言がまるで水を浴びせたかのように、電話の向こうの空気を凍らせた。
電話越しに聞こえた義両親の声に、たけしは何が起きているのか理解できず、動揺が伝わってきた。
「父さん、母さん……。な、なんでそっちにいるんだよ」
たけしの声は明らかに震えていた。私と義両親が一緒にいることが全くの予想外だったのだろう。
「ただ、たけし。あなたのやっていること、全部知っているわよ。みち子さんが私たちに相談してきたの。あなたがみち子さんをどう扱ってきたのか、全部ね」
義母の声には厳しさがあり、感情が抑えきれないほどの怒りが滲んでいた。
「待ってくれ母さん。違うんだ、俺は」
たけしは必死に言い訳をしようとしたが、言葉が詰まり、動揺が手に取るように分かる。これまでの強気な態度が一変し、焦りと恐怖が滲み出ていた。
「言い訳は無用よ、たけし。義母はさらに厳しい口調で彼を一蹴した。さっきも言った通り、みち子さんから全部聞いたの。あなたがみち子さんを脅して勝手に同居を決めて、それでまるで奴隷のようにこき使ってきたことも、全てよ」
「違うんだ、俺はただ、みち子がちゃんとしてないから」
たけしはなおも言い訳を続けようとしたが、その言葉には全く力がなく、もはや信じてもらえるような内容ではなかった。
私はそのやり取りを冷静に聞いていたが、今が私の出番だと感じた。
「たけし、もういい加減にして。無駄な言い訳はやめてよね。この通話、スピーカーにしてご両親にも聞いてもらっていたの。あなたが私に電話してきた瞬間からね。つまり、全部お見通しだったってことよ。残念だけど、あなたは何も知らずに本性をさらしてしまったわ」
私は冷たく言い放った。電話のスピーカー越しにたけしの息が詰まるのが感じられた。
「あなたが浮気をしていたことも、私を奴隷のように扱っていたことも、ご両親に全て話したわ。もう逃げ場なんてないのよ」
私は強い口調で言い放ち、たけしの弱々しい反論を完全に封じた。
電話の向こうでたけしは完全に言葉を失い、沈黙が続いた。私の言葉を聞いて、たけしが恐怖に包まれているのが明らかだった。
義母も再び厳しい声で話し始めた。
「あなたはもう言い訳する余地はないわ。みち子さんがあなたのためにどれだけ我慢してきたのか分かっているの?あなたが一方的に追い詰め、苦しめてきたことを、私たちも許せるはずがない」
義父も静かに、しかししっかりとたけしに告げた。
「たけし、お前はあまりにも自分勝手だった。みち子さんに謝罪するんだ。そしてこれまでの行いを反省しなければならない」
たけしはようやく絞り出すように、弱々しい声で謝罪を始めた。
「すまない、みち子。本当に俺が悪かった。出張から帰ったらちゃんと話し合おう。きちんと向き合って」
私は電話の向こうのたけしが震えているのを感じ取っていた。だがたけしの謝罪は形式的で、本心からのものではない。これまでのたけしの言動を見れば、簡単に反省するような人物ではないことは明らかだった。だからこそ、私はここで手を緩めるつもりはなかった。
「たけし、謝るだけで済むと思っているの?」
私は次の一手を打つためにスマホを手に取り、あるデータをたけしに送信した。
「な、なんだこれは?」
たけしは電話越しに戸惑いながら呟いた。
「送ったデータ、確認してみなさい。あなたが『出張中』だと言っていた時期に、どこで何をしていたかの証拠よ」
私は冷静にたけしに伝えた。そのデータは、たけしがパチンコやキャバクラで楽しんでいる写真や動画だった。たけしが仕事だと言い張っていた日、彼は全て遊びに費やしていたのだ。
「こ、これ、どういうことだ?」
「どういうことって?あなたが嘘をついて『出張』と言いながら遊び回っていた証拠よ」
たけしの声は明らかに焦りを帯びていた。まさか自分の行動が全て監視されていたとは思ってもいなかったのだろう。
「知ってたのか?」
「あなたが私をいびり出した頃から、私は不審に思って調べ始めたのよ。出張が増えたこと、妙に疲れていない様子。全てが怪しかったわ。だから調査していたの。探偵に依頼して、全て確認したのよ」
私は冷静に、しかし厳しく彼に真実を告げた。
「そして、あなたが愛人と一緒にいたことも、調査の結果分かったのよ。あなたの全てを調査してきたの。もう逃げ場はないわ」
たけしは完全に沈黙していた。計画が全て崩壊し、隠し通せるはずだった嘘が一気に暴かれた。今、たけしは自分がどれだけ愚かだったかを思い知らされたのだろう。
「そんなことをしていたのか……。お前、俺に隠れてこそこそと」
たけしはついに怒りに任せて声を荒げたが、その声にはすでに威圧感など感じられなかった。ただの焦りと絶望が混じった声だった。
「ええ、そうよ。あなたが隠していることがあるなら、私は何としてでもそれを暴くつもりだったわ。どれだけ遊び放題していたか、どれだけ私を裏切っていたか。全てね」
私は言葉を止めることなく、たけしを徹底的に追い詰めた。口を開く暇も与えず、事実を突きつけ続けた。
たけしは電話の向こうで完全に言葉を失い、沈黙が続いた。息が荒れているのが電話越しにも伝わる。
そこで、隣にいた義母が再び口を開いた。
「あなたが何かを言える立場ではないわ。あなたこそみち子さんを裏切り、嘘をついて勝手な行動を取ってきたんでしょ。こんなあなたが何を言い訳できるの?」
義母の厳しい言葉に、たけしは反論する余地を失った。義父もまた、静かにたけしを諭すように話し始めた。
「たけし、お前は全てを自分勝手に決めて行動してきた。その結果がこれだ。どう責任を取るつもりなんだ」
義父の冷静な声には、裏切られた家族の痛みと失望が込められていた。
たけしは黙り続けていたが、ようやく観念したように小さな声で呟いた。
「……すまない」
しかし、それで済むはずがなかった。義母の怒りは頂点に達していた。
「謝るだけじゃ済まないわ。みち子さんがどれだけの思いをしたか、考えたことがある?あなたが勝手に決めたことがどれほど彼女を苦しめたか、全く分かっていないのね。今すぐここに来なさい。話し合いが必要なのは当然だけど、それ以前にあなたには償いが必要よ」
義母の言葉はまるで最後通告のようだった。怒りに震えるその声には、これまで溜まっていた感情が全て込められている。
義父も厳しい口調でたけしに命令した。
「そうだ、たけし。今すぐ来い。お前には責任があるんだ。みち子さんだけでなく、私たち家族全員に謝罪するんだ」
その言葉にたけしは圧倒され、反論することもできず、ただひたすら謝罪を繰り返すだけだった。
「すぐに行く。すまない。本当にすまない」
たけしは震える声でそう言ったが、義母はその謝罪を無視するように言った。
「すぐに来なさい。それまで私たちは何も聞かない」
電話が切れると、私は深いため息をついた。たけしの全ての嘘が明るみに出た。今、彼がどう動くのかは分からない。しかしこの瞬間だけは、私がずっと我慢してきた痛みや苦しみが、少しだけ解放されたように感じた。
義両親もまた、静かにその場に座り、思いを巡らせているようだった。次に何が起こるか、それはまだ誰も知らない。しかし、この場で起きたことが確かにたけしにとっては決定的な一撃となった。
約束の時間から一時間ほど経った頃、たけしが愛人宅にやってきた。玄関のドアがゆっくりと開き、たけしは不安な表情を浮かべながら入ってきた。
室内には私と義両親、そして愛人であるリナが静かに座っていた。たけしは入るなり、一瞬その場の空気の冷たさに息を飲んだようだった。この状況はたけしが予想していたものとは大きく異なっていただろう。これまでたけしは自分が主導権を握り、コントロールできる立場にいると思っていた。しかし今は全く逆だ。義両親が私の味方についており、たけしはその全てを失いつつあるのを感じ取っているようだった。
ドアが閉まり、たけしは視線を彷徨わせながら、まず私に目をやった。そしてリナにも一瞬視線を送り、リナの方に歩み寄ろうとしたが、
「たけし、さっさと座れ」
その声は静かだったが、義父の言葉には重さがあり、たけしは立ち竦んだ。
義母がたけしを鋭く見据え、口を開いた。
「たけし、私たちはもうあなたの言い訳なんて聞くつもりはないわ。まずは何が本当なのか、全部正直に話しなさい」
たけしはその言葉に圧倒されたように、しばらく黙り込んだ。目の前の状況がどれだけ深刻であるかをようやく理解し始めたのか。たけしは深く息をつき、そして重たい口を開いた。
「俺は……仕事で成果を上げてスピード昇格したんだ。でもそれが原因で周りから嫉妬されて、上司や同僚から嫌がらせを受けるようになった。仕事がどんどん辛くなって、耐えられなくなったんだ。俺は精神的に追い詰められて、逃げるようにパチンコやキャバクラに行くようになった」
たけしは自分の行動を正当化しようとするかのように言葉を選んでいた。だがその告白は、責任を外に押し付けるためのものでしかなかった。たけしは被害者の立場に立とうとしていたが、その努力が空虚であることは明白だった。
「そんな時、リナに出会ったんだ」
「それでリナさんと浮気して、家庭を壊したの?」
「違うんだ。リナに出会った時、俺はもう限界だったんだ。リナだけが俺を理解してくれたんだ。リナは俺を助けてくれて、俺はリナに救われたんだ」
未だにたけしは自分を正当化するかのように話し続けた。しかし、私はその言葉を聞いても一切心を動かされることはなかった。むしろ、たけしの言葉がどれだけ無意味かを改めて痛感した。
「どんな理由があっても、浮気を正当化することはできないわ。家族を裏切る行為は許されない」
義母は静かに、しかし厳しい声でたけしを諭した。その言葉には、裏切りに対する深い失望と怒りが込められていた。
「たけし、あなたは自分のことしか考えていなかった。みち子さんがどれだけ我慢していたのか。少しでも考えたことがあるの?」
義母の問いかけに、たけしは何も言えず、ただ俯いた。リナもただ黙って座り続けていたが、その顔には焦りの色が浮かんでいた。
「俺だって辛かったんだ。仕方なかったんだよ」
たけしは再び被害者を装い、なんとか自分を弁護しようとしたが、その言葉は虚しく響いた。
その瞬間、義父が静かに立ち上がり、たけしの前に立ちはだかった。義父の表情は険しく、これまで抑えていた怒りが滲み出ていた。
「辛かったのはみち子さんだ。お前が家庭を顧みず、浮気や遊びに逃げたせいで、どれだけの犠牲を払わせたと思っているんだ」
義父の声が鋭く響き、たけしはその言葉に完全に押し潰された。これまでの弁明は何の意味もなさなくなったのだ。
「もういい。たけし、お前はこの家族を壊したんだ。俺たちはお前を許すことはできない」
義父の言葉には揺るぎない決意があった。たけしが何か言い返そうとしたその時、リナが突然立ち上がり、涙を浮かべて声をあげた。
「待ってください! 全て私が悪いんです!」
リナはたけしの方に手を添えながら、必死に訴えかけるように話し始めた。
「私はただ、たけしさんを助けたくて、彼のために何かしたくて……それがこんな結果になるなんて思っていなかったんです。本当にごめんなさい」
リナはその場に崩れ落ち、土下座をして謝罪した。リナの涙は本当に悲しそうで、義両親も戸惑った表情を浮かべていた。
彼女はたけしの方を見ながら、言葉を絞り出すように続けた。
「実は私、たけしさんと同じ高校に通っていました。ずっと昔からたけしさんのことが好きでした。でも私はその気持ちを打ち明けることができないまま、高校を卒業してしまったんです」
リナの言葉に義両親は困惑した表情を浮かべていたが、彼女が語る話に引き込まれていった。リナは話を続けた。
「その後、私は父が社長を務める羽柴商事に就職しました。仕事に一生懸命打ち込んで、たけしさんのことを忘れようとしました。だけど……運命のようにたけしさんと再会してしまったんです。取引先の会社で偶然に」
リナの涙が頬を伝い落ち、彼女の告白がどこか切実に響いていた。義母はその様子に感化され、静かに口を開いた。
「リナさん、そんな過去があったなんて。でも、浮気は許されることではないのよ」
リナは頷き、さらに深く頭を下げた。
「分かっています。私が悪いんです。たけしさんが既婚者だと知っていながら、それでもどうしても気持ちを抑えられなかったんです。私は愚かでした。許されるはずがないと分かっていたのに、彼を奪おうとしてしまった。本当にごめんなさい」
その姿はあまりにも悲痛で、義両親は言葉を失い、ただ見つめるしかなかった。リナの謝罪が真実だと信じ込んでいる様子だった。
だが、私は違った。私はリナが演じているその謝罪が偽りであることを知っていた。リナの涙も、彼女の後悔の言葉も、全てが作り物なのだ。リナはただ自分を守るために、状況を好転させるために、必死に嘘をついているに過ぎなかった。
それに気づいていたのは、私だけだった。リナの嘘を暴くために、私はすでに次の手を打っている。それを証明するための準備は整っているのだ。
「ふっ……」
私は思わず笑いをこぼしてしまった。それはリナの必死な演技が滑稽に見えたからだ。
「みち子さん?」
義母が戸惑った声で私を見た。たけしも驚いた表情で私を見つめていた。
私はリナの土下座する姿を見下ろしながら、笑いをこらえ、ゆっくりと口を開いた。
「リナさん、随分と見事な演技ね。そんなに上手に泣かれると、こっちも感心しちゃうわ」
その言葉に、その場にいた全員が一瞬固まった。リナは涙を流しながらも顔を上げ、私を見つめた。その目には動揺の色が浮かんでいた。
「な、何を言っているんですか? 私は本当にたけしさんを愛しているんです。みち子さんにも申し訳ないと思っています。だから今日、私はここにいるんです」
「愛? それが愛だっていうの? リナさん、あなたの話はどこからどこまでが本当かしらね」
私は静かに返答し、さらに言葉を重ねた。
「あなたがたけしに会ったのは偶然? それとも計画的だったのかしら? 羽柴商事の社長令嬢であるあなたが、取引先で彼を手に入れるためにどれだけ手を尽くしてきたのか、私には全部見えているのよ」
その瞬間、リナの表情が一瞬強張ったが、すぐに再び涙を流し始めた。
「違います! 私はただ、たけしさんを愛していただけなんです。何も企んでなんかいません!」
だが、私は彼女の言葉に耳を貸さなかった。私はすでにリナの本当の姿を見抜いていた。リナがたけしを手に入れるために取った行動。そしてその結果、たけしを操り、全てをコントロールしようとしていたことを。
「泣けば勘弁されると思っているのかしら。そんな嘘の謝罪は通用しないわ。私には全てお見通しよ。あなたがしたこと、あなたの嘘は全て暴かれているの。覚悟しなさい」
その場にいた私以外の全員が戸惑いの表情を浮かべる中、私は次の一手を打つべく、静かに行動を開始した。私はゆっくりと鞄から写真の束を取り出し、それをリナの前に投げつけた。
写真が床に散らばり、リナの膝元に落ちた瞬間、リナの顔から余裕が消えた。リナは驚いた表情で手に写真を取り、じっと見つめる。たけしもその様子を見て、不安そうにリナの手元を覗き込んだ。
「こ、これは一体……」
リナの声はかすかに震えていた。写真には、リナがたけしの会社の上司や同僚と親密な様子で会っている姿がしっかりと映っていた。
たけしの顔も急速に青ざめ、手に持った写真を見つめていた。
「リナ、どうして……お前が俺の上司たちと何をしていたんだ?」
たけしは困惑し、声を震わせた。これまで信じてきたものが目の前で崩れ去るのを感じていたのだろう。
私は冷静に彼に事実を告げた。
「たけし、リナがあなたを助けてくれたと思っていたの? それは大きな間違いよ。リナは最初からあなたを追い詰めるために行動していたの。リナは色仕掛けやお金を使ってあなたの上司や同僚を操り、わざとあなたに嫌がらせをさせていたのよ。そして、あなたが絶望したところで救世主のように現れて、助けるふりをして近づいたの」
たけしはその言葉にショックを受け、リナを見つめた。
「リナ、本当なのか? お前が俺に嘘をついていたのか?」
リナは動揺を隠しきれず、言葉が出てこない様子だった。しかしなんとか声を絞り出した。
「違うわ! 私はそんなこと……。たけしさんを助けたかっただけよ。私は本当にあなたを……」
だが、リナの声は震えていて、自信が欠けていた。リナが何をしていたのかが完全に露呈した瞬間だった。
「いいえ、リナ。あなたは最初から全て計画していた。たけしに対する上司や同僚からの嫌がらせも、全部あなたが裏で手を回していたのよ。そして、たけしがどうしようもなくなったところで、自分が救う役を演じたの。それが真実よ」
私はさらに追い打ちをかけるように、リナの嘘を暴いた。たけしは愕然とし、ただ呆然と彼女を見つめるしかなかった。
「嘘だろ……リナが俺を騙していたなんて。全部、仕組まれていたことだったなんて」
たけしの声は震え、何が真実なのか分からないという混乱とショックが彼を包み込んでいた。
リナはしばらくの間沈黙していた。だが、その沈黙は全てを物語っていた。リナがたけしを裏切っていたこと、そしてその事実を否定することもできず、もう逃げることができないことを示していた。
私はため息をついて、冷静に告げた。
「たけし、もうこれで終わりよ。私はあなたと離婚するわ。そしてリナ、あなたには慰謝料を請求させてもらうわ。それが、あなたの選んだ道よ」
その言葉に、リナはついに怒りを爆発させた。リナは顔を赤くして、私に向かって叫び始めた。
「何様のつもりなのよ! たけしさんにふさわしいのは私よ! あなたなんか、ただの専業主婦じゃない! 私に逆らうなんて、笑わせないで!」
リナの声は高まり、激しい怒りがそのまま露わになった。リナは完全に開き直り、私に対して暴言を浴びせた。
私はその言葉に動じることなく、冷静に彼女を見つめ続けた。
「好きに言えばいいわ。たけしとは離婚するから、あなたがたけしをどうしようと私には関係ない。だけど覚えておいて。あなたは必ず後悔することになるわ」
その言葉に、リナは一瞬怯んだが、すぐにまた強気になり、さらに声を張り上げた。
「後悔なんてするわけないわ! たけしさんは私のものよ! あなたなんかに負けるわけない!」
リナはそう叫びながら、たけしの腕を強引に掴んで立たせた。
「行くわよ、たけしさん。こんな女と一緒にいる必要なんてないわ。私たちには新しい生活が待っているんだから」
リナはそう言って、たけしを引き連れ、部屋を出ていく。二人が向かう先は、私とたけし、そして両親が一緒に住む予定だった新居だ。リナはその家に何が待ち受けているのかをまだ知らない。だから、私は止める気もなかった。
義両親は無言のまま、私を見つめていた。義母が申し訳なさそうに口を開いた。
「みち子さん、本当にごめんなさい。たけしがこんなことをするなんて……私たちもどうしたらいいのか分からなくて」
義母の声には深い後悔が込められていた。義両親もまた、たけしの裏切りに深く傷ついていることが分かった。私はそんな義両親を責めるつもりは一切なかった。
「大丈夫です。もう手は打ってありますから」
私は不敵に微笑み、義両親に向かって安心させるように言った。私の次の一手はすでに整っている。たけしとリナが新居で待ち受ける現実は、二人が想像しているものとは全く違うだろう。
数日後、私のスマホが何度も振動していた。画面にはたけしからの着信が次々に表示されている。私は特に急ぐことなく、何度か鳴らし続けた後、ついに電話に出ることにした。
「もしもし」
私が電話に出ると、すぐにたけしの焦った声が響いた。いつも冷静で威圧的だった彼の声とはまるで別人だった。
「みち子、頼む。助けてくれ。家が、家が大変なことになってるんだ」
たけしは混乱し、息を荒げながら必死に私に訴えていた。
「何があったの?」
私は冷静に、まるで他人事のように問いかけた。
「新しい家が欠陥住宅だったんだ。壁にひびが入って、床も腐ってて、とても住める状態じゃない。業者に連絡してもすぐに対応してくれないし、どうしたらいいんだ」
たけしの声には絶望が滲んでいた。たけしがリナと共に新しい生活を始めようとしていた家が、実は重大な欠陥を抱えていたことが発覚したのだ。
私は心の中でほくそ笑んだ。この展開は予想通りだった。私はたけしが選んだその家が欠陥住宅であることを、すでに知っていた。離婚を決意していた私は、内見の際にこっそりとその家の問題点を確認し、あえて何も言わずたけしに選ばせた。たけしが何も疑わずにその家を購入し、リナと共に住むことを決めた瞬間、全てが計画通りに進んでいたのだ。
「それは大変ね。でも、家を選んだのはあなたよ。私には何の関係もないわ」
「そんなこと言わないでくれ! なんとかしてくれよ!」
たけしは必死に私に助けを求めてきた。しかし、その言葉に込められた哀れさは、もはや私には何の影響も与えなかった。
「もう一度言うわね。最終的にその家を選んだのはあなたでしょ。それに、あなたが私を奴隷扱いして家事すら押し付けてきたこと、忘れたわけじゃないわよね。あなたには欠陥住宅がお似合いよ。リナと仲良く、地獄に落ちなさい」
私は静かに、しかし皮肉を込めて返した。たけしは、私がすでに全てを知っていたこと、そしてその上で何も言わずに彼を見捨てたことに、ようやく気づいたのだ。
「みち子、お前……本気で俺を罠にかけたのか?」
たけしの声は絶望に満ちていた。たけしは自分が完全に追い詰められたことを悟ったのだろう。
「ええ、そうよ。あなたが自分で選んだんだから。これも自業自得よ。あなたが私をどう扱ってきたか、しっかりと思い出して反省しなさい」
私は冷静に、たけしをさらに追い詰めるように言葉を投げかけた。
「みち子、頼むから助けてくれ。もう一度やり直そう」
たけしの声は完全に崩れ落ちていた。かつての威圧的で自信に満ちた彼は、今や哀れな存在になり果てていた。しかし、私はそんな彼を救うつもりは一切なかった。
「もう遅いわ。あなたが選んだ道を、しっかりと歩みなさい」
その言葉に、たけしはさらに混乱し、次の瞬間、驚くべきことを告白した。
「リナが……リナがいなくなったんだ。何も言わずに、俺を置いて消えてしまった。どこにもいない」
私はその言葉を聞いて一瞬驚いたが、すぐに納得した。そう。まあ、そうなるのも無理はないわね。だってリナには、最初から本命の男がいるから。あなたはリナにとって、ただのATMで金づるでしかなかったのよ。昔からあなたを好きだったなんて、全部嘘だったのよ。
「嘘だって……?」
「リナが狙っていたのは、あなたの出世と収入。リナは最初からあなたの上司と結託して、お金を奪うつもりだったの。でも今やあなたに利用価値がないと分かったから、リナは消えた。ちなみに、リナの本命の男というのは、あなたの上司のことよ」
私は冷酷に、全ての真実をたけしに突きつけた。
「そんな……これまで俺は何のために……。実はリナに色々と買い与えていたから、金もなくて。だから新居の修理も引っ越しもできないんだ。なあ、頼むよ。俺を助けてくれ」
「あなたはリナに騙されただけじゃなく、自分で自分を破滅に導いたのよ。だからもう終わりよ、たけし。あなたは、私と義両親を裏切ったことを、一生後悔しなさい」
私は冷たく言い放ち、何も言えないたけしを残して電話を切った。たけしがどれだけ絶望していようと、たけしが選んだ道は自業自得だった。そして、私の手はすでに次の一手へと進んでいた。たけしがこれから直面する現実がどれだけ厳しいものか、それを見届けるつもりだった。
その後、たけしは新居を手放さざるを得なかった。欠陥住宅であることが明らかになり、住むことができないばかりか、修理費用も捻出できないために、最終的に家を売り払うことになった。しかし、新居を手放しても、多額の借金だけがたけしに残った。あの時、何もかもを押し付けて強引に私を巻き込もうとした結果が、今になってたけしを追い詰めていたのだ。
加えて、私への慰謝料もたけしには重くのしかかっていた。たけしはその支払いに追われ、毎日が苦しい生活になっていた。職場でも居場所がなくなり、どこに行ってもうまくいかない。結局、たけしはギリギリの生活を送り、かつての栄光は全て失われていた。
そんな状況の中、たけしは何度も私にメールを送ってきた。
「みち子、すまなかった。やり直したい。後悔しているんだ」
たけしのメールには後悔と反省の言葉が並んでいた。今更ながら、私との生活を取り戻そうと必死だった。しかし、そのメールを見ても私の心は微動だにしなかった。私はたけしが地獄に落ちていく様を、静かに見守ることに決めた。どんなに謝罪しても、どれだけ反省しても、もう遅い。ブロックしようと思えばできたが、あえてそのままにしておいた。彼が苦しんでいる様子を見届ける。それが、私の復讐だからだ。
一方で、リナもまた完全に破滅していた。リナの本命の男であるたけしの上司も、実はリナをただ利用するために近づいただけだった。リナがたけしを裏切り、全てをかけて上司に走ったにも関わらず、上司はリナを使い捨てにしたのだ。しかし、上司も悪事が会社にバレてしまい、最終的に首になった。
リナの悪事に加担していたたけしの同僚たちも、社内でその悪事が明るみに出たことで白い目で見られるようになり、自主退職に追い込まれていった。リナと結託してたけしを苦しめることで自分たちの立場を優位に保とうとしていたが、結局は全員が自業自得で破滅していった。
私はと言うと、新しい生活を始めるために新居に引っ越しをした。そこで私は改めて義両親に感謝の気持ちを伝えるために、彼らの元を訪れた。すると義両親は、私を笑顔で迎えてくれた。
「戸籍はもう家族ではないけれど、私たちにとってあなたはいつまでも大切な人よ。何かあったらいつでも頼ってほしい」
義母はそう言って、私を抱きしめてくれた。その言葉に、私は思わず涙がこぼれそうになった。
たけしとリナのように、自分のことしか考えず、他人を傷つけてでも自分の利益を優先する生き方が、どれほど虚しいかを今回の出来事で痛感した。彼らの結末は、まさにその生き方の報いだった。
一方で、義両親のように人を思いやり、他人のために行動することのできる優しさこそが、本当に大切なものだと気づいた。私はこれからも、義両親のように他者を大切にできる人間になりたいと心から思う。過去に囚われず、自分の信じる道を進んでいく。どんな困難があっても、私はもう一人じゃない。味方になってくれた義両親と共に、新しい未来を切り開くことができる。その確信を胸に、私は前へ進むのだった。



