「中卒の部長がこのシステムを判断するのは難しいと思っています」—そう言い放った堀内は、俺が指摘した計画の重大なミスに答えられず、最後に学歴を持ち出した。そして「中卒の部長とはこれ以上働けない」と、十二人全員を連れてライバル社へ転職していった。彼らが残した計画は、待ち時間と休憩を無視した、事故を招く数字の上だけのものだった。引き抜かれたのは俺だけじゃない。部下たちまで誘われた。だが三浦たちは「…

「中卒の部長がこのシステムを判断するのは難しいと思っています」—そう言い放った堀内は、俺が指摘した計画の重大なミスに答えられず、最後に学歴を持ち出した。そして「中卒の部長とはこれ以上働けない」と、十二人全員を連れてライバル社へ転職していった。彼らが残した計画は、待ち時間と休憩を無視した、事故を招く数字の上だけのものだった。引き抜かれたのは俺だけじゃない。部下たちまで誘われた。だが三浦たちは「...

運行計画の確認資料が届いたのは、期限当日の夕方だった。堀内たちは、余計な時間を与えないつもりだったのだろう。だが、俺は数字と車両を突き合わせること三十年の男だ。

計画書を読み込み、過去の日報と照らし合わせた瞬間、目が止まった。搬入待ち時間がゼロ。運転手の休憩時間が入っていない。どちらも法律や現場の現実として必ず発生する時間だ。これを加えれば、計画された台数では最後の店舗まで届かない。車両を三割削減できるという計画の根本が、最初から崩れていた。

翌朝、俺は堀内を呼び、日報と計画書を机に並べた。

「この店は日報で平均二十分待ちだ。だが計画ではゼロになっている。休憩の三十分も全車両に入っていない。これは法律上の義務だぞ。どういう計算だ」

堀内は日報を見ようともせず、システム全体の設計思想に余裕が組み込まれていると答えた。数字を聞けば思想が返ってくる。書いていない数字は、ないのと同じだ。

「では休憩はどうするんだ」

「運転手が各自、空いた時間で調整すればいい話です。そこまで計画に書き込むのはシステムの仕事ではありません」

知らなくて抜けたのではない。知っていて入れなかったのだ。入れれば三割削減が成り立たないことも、分かっていたはずだ。

「待ち時間と休憩は現実の問題だ。計画書に数字がなければ、ドライバーが速度を上げて帳尻を合わせる。事故が起きてからでは遅い」

堀内は初めてまっすぐ俺を見た。

「はっきり言わせていただきますが、中卒の部長がこのシステムを判断するのは難しいと思っています」

数字で答えられなくなった人間は、最後に相手の学歴を持ち出す。中卒という言葉なら、これまで何度も聞いてきた。俺はその侮辱には触れず、ミスがある計画は通せないと言い、確認権限で計画を差し戻して修正を命じた。

その瞬間、堀内の顔から熱が消えた。

「もう我慢できません。中卒の部長とはこれ以上働けない。十二人全員、ライバル社へ転職します」

そう言って背を向けた。しばらくして、十二人のチーム全員が退職届を手に現れ、俺を睨みつけながら机の上に置いていく。一人だけ、俺と目が合うと視線を伏せた。

俺は退職届を受け取り、早川の元へ向かった。計算ミスの内容、差し戻しの根拠、堀内たちが退職を選んだ経緯を順に説明した。早川は黙って聞いていた。

「分かった。君の確認内容は正しい。退職届は受理する」

報告を終えて部署へ戻ると、堀内たちがサーバー端末の前に集まっていた。配送計画のデータを外付けの記録媒体へ移そうとしている。

「それは会社の業務として作成した資料だ。社外へ持ち出すことはできない」

「私たちが作ったものですよ」

「そうだとしても、就業規則で禁じられている」

堀内たちは黙って手を止め、記録媒体を机の上に残した。去り際、堀内は俺に目を合わせずに言った。

「私たちがいなければ、この契約は回らない。それがいずれあなたにも分かりますよ」

しばらくして、積み込み場の方から三浦が歩いてきた。後ろには数人の顔が見える。運転手、倉庫担当、歯科補助。みんな俺と同じ中卒だ。三浦が俺の前に立った。

「さっき堀内さんがやめることを聞きました」

三浦は、堀内たちが一緒にライバル社で働こうと誘ってきたと話す。俺の部下たちまで引き抜こうとしたのだ。だが三浦は続けた。

「俺たちは断りました。計画は頭で作るが、走らせる手足はいる。そういう誘い方でしたし。部長、覚えてますか? 俺が若い頃、腰を崩して商品をダメにした時、部長は支社に頭を下げてから、俺と一緒に夜中まで積み直してくれた。ついていく理由なんて、それで十分です」

三浦は息を吸い、まっすぐ俺を見た。

「僕たち中卒軍団は残ります」

並んだ全員が俺を見ていた。不安がないわけではないだろう。過去最大の契約を前に、計画を作る人間が十二人も消えたのだ。それでも全員が俺を見ている。何度も車庫で顔を合わせ、車両を覗き込んできた目だ。俺がどう動くか、こいつらは知っている。

「ありがとう」

俺はそう言って、頼もしい中卒軍団に目を細めた。

翌日、俺は残った社員を集め、計画を一から作り直すと伝えた。最初に確認したのはサーバーに残された堀内たちの計画だ。配送順と車両台数はデータとして残っているが、なぜその道を選び、待ち時間を何分と見たのか、判断の根拠はどこにも残っていなかった。このままでは、十二人以外の誰にも直しようがない。

俺は同じことを二度と繰り返さないと決めた。計画は一部の人間だけが扱うものにはしない。ドライバー、倉庫担当、整備担当、歯科補助。過去の配送で実際に起きたことを聞いて回った。

ある運転手が地図を広げた。

「地図では通れますが、朝は対向車が増えて、大型では曲がれない交差点があります」

また別の社員は積み込み表を持ってきた。

「思い箱を先に積むと、納品の順番で荷物を動かす店があります。順番を入れ替えれば、途中で積み直さずに済みます」

整備担当は、渋滞の中を長く走らせると冷却装置に負担が出ると言い、連続走行の時間も計画に入れようと求めた。歯科補助は三年分の日報から、店舗ごとの待ち時間の平均を拾い出した。全てをシステムに入力できる条件を残し、誰が確認し、何を根拠にしたのかも残す。結果ではなく、結果に至った条件を誰でも確かめられる形にした。

必要な条件を入れて計算し直すと、堀内たちが示した台数では足りないという結果が出る。だが足りない分を全て新しい車両で補う余裕はない。そこで、全地域へ一斉に車両を出す方式をやめた。大型車で地域ごとの中継地点まで運び、そこから小型車に積み替える。狭い道路には大型車を入れず、走る距離も短くする。午前中だけ使える協力会社の車両も予備に確保した。

計算の上では運行できる計画になった。だが書類の上で成立することと、実際の道路を走ることは別だ。俺は正式な社内承認を求める前に、大手食品メーカーの荒木へ現状を伝えるべきだと判断した。元の計画に重大な誤りがあり、確認権限で差し戻したこと。作っていた十二人がその後に退職したこと。全てを隠さず電話で伝えた。

荒木は声を落とした。

「正直に言えば、かなり不安ですね」

「最もだと思います。だからこそ、今お話ししています」

俺は数字を上げて、ミスの内容と立て直しの方法を説明し、正式な運行の前に試験配送をさせてほしいと頼んだ。荒木はしばらく沈黙した。

「分かりました。試験配送を認めます。結果を見て判断します」

試験配送の朝、俺は三浦と共に積み込み場に立ち、荷物の重さと納品順、下ろす順番を一台ずつ照合した。そして運転手たちに言った。

「今日は遅れが出ても構わない。速度を上げて取り戻そうとするな。休憩もきちんと取ってほしい。無理をして走るようなら、それは計画の方が間違っている。止まった理由が次の計画を作る。全部報告してくれ」

試験が始まった。二便目である店舗の搬入口に別業者の車両が長く止まっていたが、店舗ごとに大体の配送順を決めておいたことが生きた。補助が別の店舗の早い受け取りを確認し、運転手は順路を変える。午後には冷凍車で警告表示が出たが、整備担当の判断で予備車へ積み替え、全ての商品を安全に届けた。試験終了後、運行の一部始終を全て記録した。誰が判断し、何を根拠にしたのかも残す。

荒木は二度目、三度目の試験を認め、見直しの度に配送時間のばらつきは小さくなっていった。荒木は記録を見ながら言った。

「問題が一度も起きないと主張する計画を、現場を長くやっているほど信用しなくなる。あなたたちの計画の方が信用できると判断しました」

延期されていた社内最終承認会議が開かれた。三割の削減には届かないが、無理な運行を避けて契約を履行でき、待ち時間の削減で一定の利益も確保できる。早川と経営陣は計画を承認し、荒木も正式運行を認めた。俺たちは車両を三割も減らせなかった。だが、遅れや積み間違いを起こさず、運転手が休憩を取れる状態で配送を続けたのだ。数ヶ月後には、無理のない範囲で使用車両と経費も減り始めた。

一方、俺は荒木を通じ、堀内たちがライバル社の物流センターで責任ある立場についたと耳にした。車両を三割削減できる方式を作った専門チームとして、ライバル社へ自分たちを売り込んでいたという。そして正式運行から半年ほど経った頃、荒木から緊急の連絡が入った。

「ライバル社に任せた地域で、配送に大きな遅れが出ています。緊急の会議を開きます。原田さんも出席をお願いできますか? 以前、御社でも堀内さんたちの計画に同じ問題があったと伺っています。その経緯も判断の材料にさせてください」

電話を切った俺は、早川に全てを報告した。早川は社を代表して俺に出るよう命じた。

「経緯を一番正しく話せるのはお前だ。必要な記録は会社として提出していい」

俺は届かなかった資料請求の履歴、当日の提出時刻、差し戻した記録を揃えた。

翌日の会議室には、荒木、ライバル社の経営陣、そして堀内たちが並んでいる。荒木は調査のために提出させた当日の配送記録と、配送前に現場から出ていた報告書を全員へ配った。俺は堀内に中卒と見下された日を忘れていない。だが今思い出すべきはそれではない。運転手が止まり、商品が遅れ、店が困っている。その理由を誰が見ても分かる形にする。それだけだ。

堀内が先に口を開いた。

「今回の混乱は運転手の対応のばらつきと、店舗側の受け準備の遅れによるものです。計画そのものは正しく設計されていました。現場が計画通りに動かなかった。それだけのことです」

俺は報告書を手に取った。

「現場からの報告書を見てください。大型車が搬入口で切り返せないこと。朝の渋滞。積み込みの順番。休憩時間が足りないこと。配送が始まる数日前に、現場から声が上がっています」

堀内は資料を見て口調を変えた。

「現場の懸念は把握していました。ただ、個別の報告を全て入れれば計画そのものが成立しない。最適化の判断として、その報告を外しました」

「外したのなら話は逆だ。現場が計画通りに動かなかったんじゃない。あなたが計画から外した現実の通りに、現場が動いただけだ」

俺は堀内たちがうちの会社にいた頃の記録を出した。

「あなたは車両を三割減らせる方式を作ったチームとして、ライバル社へ行ったはずだ。その三割は、今あなたが外したと認めた条件を計画から抜いて初めて出る数字だ。搬入の待ち時間、渋滞、積み替え、休憩。正しく入れれば三割には届かない。私は自分で計算し直して、実際に届かなかった」

堀内は口元を動かしたが、声として何も出てこない。会議室が静まり返った。誰も堀内を見ていない。資料をめくる音だけが乾いた音を立てていた。

「直せば三割は崩れる。三割が崩れれば、売り込んだ実力も崩れる。あなたが守ったのは計画じゃない。その数字が崩れたら危うくなる自分の立場だ」

堀内の顔から血の気が引いていく。俺は隣に座る経営陣の方へ資料を向けた。

「皆さんが承認した計画には、この現場報告が最初から入っていません。外したことも、外した理由も記録にない。報告を軽く扱われたのは運転手と店舗だけじゃない。この計画を通したあなた方も、知らされていなかったんです」

経営陣の一人が計画書をめくり直し、変更履歴の提出を求めた。堀内への信用が音を立てて剥がれていく。堀内の口は、閉じることさえ忘れたように開いたままだった。

会議後、荒木から頼まれたのは、翌日からの配送を止めないことだった。俺はまず、全ての遅れをすぐに消すことはできないと断りを入れる。試験で積み上げた中継地点、予備車両、店舗ごとの条件と変更を共有する仕組みを使い、今動かせる台数と現実に届く時刻だけを荒木へ示した。我が社の社員たちはその計画の通りに動き、翌日には大半の遅れを解消して通常の配送へ戻した。

ライバル社の処分が決まったのは、しばらくしてからだ。荒木から聞いたところでは、堀内の配送計画は破棄され、ライバル社には損失の保証が求められた。十二人の役職と待遇は再審査に入ったという。ライバル社の地域の配送も、うちへ正式に切り替えられることになった。

ある日、三浦たち中卒軍団が車庫で俺を待っていた。

「部長が俺たちの声を一つずつ拾ってくれる。だから現場も腹を割って話せるんです」

道を走るのも、荷を運ぶのも、結局は人だ。現場の声を取り上げ続けること。それだけは手放してはいけない。俺はそう思いながら、今日も朝の車庫へ足を向ける。

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