ママ友の忘年会で、私はワイングラスで頭を殴られ、血まみれで担架に運ばれた。同席していた林田し子さんは、私の口答えに激怒して「警察なんて呼んでも無駄よ。私の父と夫はヤクザなんだから」と笑いながら告げた。私はその場で倒れ、目が覚めると病院のベッドにいた。し子さんは謝罪に来たが、言葉とは裏腹に、私への憎しみをその目に宿していた。そして退院した後、私は息子の異常に気づく。息子は誰かに学校で突き落とさ…

ママ友の忘年会で、私はワイングラスで頭を殴られ、血まみれで担架に運ばれた。同席していた林田し子さんは、私の口答えに激怒して「警察なんて呼んでも無駄よ。私の父と夫はヤクザなんだから」と笑いながら告げた。私はその場で倒れ、目が覚めると病院のベッドにいた。し子さんは謝罪に来たが、言葉とは裏腹に、私への憎しみをその目に宿していた。そして退院した後、私は息子の異常に気づく。息子は誰かに学校で突き落とさ...

「警察なんて呼んでも無駄よ。もうすぐヤクザをしている私の父と夫が来るんだから。あなたはもうおしまい。家族全員消されちゃうんだからね」

林田し子さんはそう言うと、得意げな顔をした。口応えをしたから、生意気だから。それを理由に、彼女は私をワイングラスで殴りつけてきたのだ。

忘年会の席で、ママ友同士で楽しい食事会をするつもりだったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。怒りと呆れが入り混じる中、私の意識はだんだんと遠のいていく。そんな私の姿を、し子さんは笑いながら見ていた。

もしし子さんが、この後に自分へ訪れる運命を知っていたなら、きっとこんな風に笑ってはいられなかっただろう。

私の名前は美咲。小学1年生の息子を育てる専業主婦だ。実はそれなりに大きなヤクザの家系に生まれている立場だが、周囲のママ友にはそれを隠して生活している。父と祖父がヤクザの抗争に巻き込まれて早くに亡くなってしまったことから、ヤクザにはあまりいい印象を抱いていないからだ。今は祖母が組を仕切り、母と弟がヤクザ業を継いでいるが、ヤクザとは無関係の男性と結婚した私は、その世界に関わることはほとんどない。

だが、世の中にはヤクザであることを自慢する人もいる。ママ友グループの主催者である林田し子さんは、まさにそのタイプだった。し子さんは会うたびに「父は林田組の組長で、夫は若頭なの」と告げ、他のママたちを脅して従わせようとするところがあった。そのため、周囲のママ友からは距離を置かれていた。

その日、私はママ友たちの忘年会に参加するため、イタリアンレストランへと向かった。

「うちの子ったら、大事なプリントをくしゃくしゃにして私に見せるのを忘れたりするのよ。本当に困っちゃう」

食事の途中、ママ友の一人がそんな悩みを口にする。うちの息子もそそっかしい方で、プリントをよくくしゃくしゃにしている。だが、共感の声をあげようとする前に、し子さんが口を開いた。

「そんなの、張り手の一つでもして思いっきり叱りつけてやれば、やらなくなるわよ。最近の子供は殴られた経験が少ないから、反抗的になったり、だらしない性格になったりするの。私だったら殴って、二度とやらないように思いっきり怒鳴りつけてやるわ」

それを聞いた他のママ友たちは、黙り込んでしまう。

「大体、みんな何弱いのよ。姑がうるさいとか、旦那が頼りないとか、そんなのは桁倒して抑えつければいいのよ。もっと私みたいに強い女になりなさい」

し子さんはケラケラと笑いながらワインを飲む。し子さんは、誰かが悩みを口にしたり愚痴を言ったりするといつでも暴力で解決しろと威圧的に言い放ち、意見を押し付けてくる。そのせいで、他のママ友は迂闊に悩み相談もできないのだ。

「そうね。そういう意見もあると思うわ。でも、誰もが姑さんに強く出られるわけじゃないし、子供に対しても、暴力に訴える前にできることがあるかもしれないわよね」

「あら、私はそういう苦労が全然ないから、わかんないなあ。だってほら、私って父も夫もヤクザだもの。嫌な相手がいたら、父に頼めば消してくれる。だから悩みなんて一つもないの。どう、羨ましいでしょう?」

し子さんは、いつものように父と夫のヤクザ自慢をする。他のママ友たちの間に、またその話か、という空気が流れた。

「ねえ、次のママ会では子供たちも連れて、親子で食事会をしない?」

その時、空気を変えるように一人のママ友が声をあげた。

「いいんじゃないかしら。ファミレスで子供と一緒にご飯を食べるの。子供も喜ぶし、やっぱり家族に子供を預けてると、心配もあるもんね」

私を含め、多くのママ友がその話に同意する。実はし子さんは、子供を連れてどこかに行くという企画にはあまり乗り気ではない。お茶会にしても今日のような忘年会にしても、子供から離れて自分が思いっきり楽しみたいと主張するのだ。子供と一緒に行動する親子連れの食事会には参加しないだろうと思ったのだが、意外にもし子さんはその提案に乗り気だった。

「いいわね、次の集まりの話。でもどうせなら、子供は置いておしゃれなバーに行かない?そっちの方が絶対に盛り上がるわよ。子供から離れて自分を解放しないと、ストレスが溜まっちゃうもんね」

し子さんはすぐに主張を変える。最初の提案は子供と一緒に食事会だったはずだが、それだと趣旨が変わってしまう。

「し子さん、今は子供を連れての食事会の話をしていたはずじゃない。バーだとお酒も入るし、夜遅くにもなるでしょ。夜遅くまで子供を見てもらえるママさんばかりじゃないし、遅くなるとお家のことも子供のことも気になることが多いから、十分楽しめないママさんもいると思うわよ」

「そんなことないでしょ。子供を預けられる相手の一人くらい、いるんじゃない?それにせっかくのママ会なのに、子供の世話をしながら忙しく食事をするなんて、絶対嫌よ」

「そうは言っても、夜遅くまで子供を任せられる人がいるお家ばかりとは限らないわ。自分たちで子供を見ていられる方が安心するし、他の人に預けると気を使っちゃうもの。お昼の時間帯でランチ会みたいなものを開催した方が、楽しめる人が多いと思うけど」

私がそう主張すると、他のママたちも頷いてみせる。すると、し子さんは露骨に苛立ち始めた。

「うーん。そうなんだ。美咲さんはそうして私に盾突いて、他のママを囲ってこたなのね」

「あ、別にそんなつもりはないわよ。ただ、し子さんみたいにいつでも子供を預けられる環境じゃない人にとって、その方が都合がいいだろうって話をしているだけだわ」

「そう言うけど、美咲さんって、いつも私の意見に噛みついてくるわよね。さっきだって、私に説教みたいなことしてくれたし」

「噛みついても、説教するつもりもないわ。ただ他の意見もあるし、そういう理由で参加できないママさんがいるんじゃないかなと思っただけよ」

「そうやって言い訳してるけどさ、本当は私に取って変わろうって思ってるんじゃないの?言っておくけど、この地域で一番偉いママは私なんだからね」

別に私は、偉そうに振る舞うのが目的でママ友グループに参加しているわけではない。し子さんの立場に取って変わろうなんて思ったことはないし、そもそもママ友同士の関係の優劣など考えたこともなかった。

そう思う私の頭に、激しい衝撃が走る。

「前から思ってたけど、美咲さんって生意気なのよね。もう少し素直になって、私に従いなさい」

し子さんはそう言いながら、テーブルに置いてあったワイングラスで私の頭を殴りつけてきたのだ。ワイングラスは粉々に砕け、私は意識が朦朧とする。額に触れれば、ぬるりと生暖かい。どうやら頭が切れて、血も出ているようだ。

「な、何するの、し子さん。こんな暴力だめよ。傷害罪じゃない。それにお店のグラスも壊してしまったし。警察を呼ぶわよ」

「あら、あなた大変なことしたのよ。大げさね。美咲さんはワイングラスで殴っただけじゃない。それに、警察なんて呼んでも無駄よ。もうすぐ私の父と夫が迎えに来るんだから。警察なんか呼んだら、私の父が組長をしている林田組を敵に回すことになるの。そうしたら、美咲さんの家はもうおしまい。家族全員消されちゃうんだからね」

何を言っているのだろう。言い返そうとは思うが、私の体から力が抜けて、体を支えていられなくなる。ついに椅子から転げ落ちるように倒れた私を、他のママ友が慌てて駆け寄る。意識が遠く、私は救急車のサイレンをぼんやりと聞いていた。

次に気づいた時、私はすでに病院のベッドにいた。隣には祖母と母が、心配そうに付き添っている。

「ああ、美咲。目が覚めたのね。よかった。なかなか意識が戻らないから、心配してたのよ」

「おばあちゃん。それにお母様。どうしたの?忙しいはずなのに、わざわざ来てくれたのね」

「当たり前よ。自分の可愛い孫が大怪我をしたのに、じっとしていられるはずないでしょう」

「大怪我?ああ、そういえば私、ママ友たちと忘年会の途中で、し子さんに殴られたんだっけ?そこから記憶が曖昧なんだけど」

「何を呑気なこと言ってるの?あなたは今、頭に十数針も縫う大怪我をしているのよ」

「そうだったのね。それなら忘年会はきっと中止になったんでしょうね。頭を怪我したんなら血も出ただろうし、お店にも迷惑かけちゃったわね。他のママたちに怖い思いをさせてないといいけど」

「全く、あなたはお人好しね。そんなことより、一体どこの誰があなたにそんな怪我をさせたの?相手はまだ顔も見せに来ないんだけど」

祖母に聞かれ、私はし子さんのことを説明した。祖母と母は、し子さんがヤクザの父と夫がいることで傲慢に振る舞っていることや、林田組を名乗っていることを知ると、劣らずのごとく怒り出す。

「なんだ、相手は林田組かい?うちの傘下にある組織じゃないか。そのヤクザの身内に、こんな傷だらけにされたのかい。うちの傘下でありながら、本家の孫娘にこんな怪我をさせて、顔すら見せないなんて、きっといい加減な組ね。今すぐ兵隊を集めて潰してしまおうかしら」

祖母と母が怒りの声をあげる。すると、誰かが遠慮がちに病室へ入ってくる。見れば、そこにはし子さんと、し子さんの夫、し子さんの父親らしい人物が立っていた。し子さんの父親と夫は、真っ青な顔をしながら私たちに向かって頭を下げる。

「失礼いたします。私は林田組の組長をしております、し子の父でございます。この度は本家のお嬢様にこのような大怪我をさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」

「同じく林田組の若頭をしております、し子の夫と申します。今回はうちの妻が、美咲さん相手に大変失礼いたしました。頭を下げるだけで済むとは思っておりませんが、私ども誠意を持って対応いたしますので、どうかお手柔らかにお願いいたします」

林田組の組長とし子さんの夫は、私たちに見舞いの花やたくさんの果物が入った籠を差し出した。

「あら、やっと謝りに来たの。随分と遅い謝罪ね。それに、肝心の怪我をさせた張本人が頭を下げてないようだけど、どういうことかしら?」

「おい、し子。何ぼーっと突っ立ってるんだ。ちゃんと美咲さんのご家族に謝りなさい。お前がしでかしたことだろう」

し子さんの父親は、必死な様子でし子さんを睨める。だが、し子さんは納得のいっていない様子だ。

「どうして謝らなきゃいけないのよ。こんなのママ友同士のちょっとしたトラブルでしょ。よくあることだし。父さんはいつだって、こういう時、相手を脅して黙らせてくれたでしょう」

「ば、バカ言うな。今回は相手が悪い。美咲さんたちは、俺たちの組の本家に当たる人なんだぞ。ちゃんと頭を下げないか」

「どうして?美咲さんも私と同じヤクザじゃないの?それなのに、どうして私が頭を下げるのよ」

「ヤクザといっても、格が違うんだよ。そもそも今回の騒動は、お前が起こしたことだろう。お前が謝るのが筋なんだ。さっさと謝れ」

し子さんは組長と夫の二人に頭を押さえつけられ、一応の謝罪をする。だが、し子さんが最後まで納得していないのは明らかで、頭を押さえつけられている時も、ずっと私を睨みつけていた。

「では、くれぐれもお大事に。失礼します」

逃げるように去っていくし子さんの家族を眺め、祖母と母は怒り出す。

「なんだい、あの態度。あれで謝罪のつもりなんて、ちゃんちゃらおかしいわ」

「娘があんななら、組の連中にも大した教育なんてできてないだろう。さっさと潰してしまった方がいいんじゃないかい」

「そうね。組長のあの態度からすると、普段から娘の蛮行を武力で脅しつけて封じていたようだわ。うちの傘下にありながら、敵に対して傲慢に振る舞っているのなら、黙って見過ごせないわね」

「美咲だって、こんな大怪我をさせた相手は許しておけないでしょ」

「うん。そうね。し子さんがヤクザの名を使って他のママ友を脅していたなら、確かに許せないわ。ヤクザの看板を取り上げてしまえば、もうそんな振る舞いもできないだろうから、潰してしまえばいいんだけど」

祖母たちと話しながら、私はし子さんのことが気になっていた。鋭く私を睨みつける目からして、とても納得して引き下がったようには見えなかったからだ。

また何か余計なことをしでかさなければいいけど。私の心配は、残念ながら的中することになる。

十日後。精密検査や経過観察などで入院が長引いてしまったが、なんとか無事に退院することができた。だが、息子である悠斗の様子が、とてもおかしかったのだ。以前は学校に行くのを楽しみにしていた悠斗が、暗い顔ばかりしていて、以前より元気がなくなっていた。私から話しかけても、あまり反応もなく、「大丈夫」と言うばかりで、何も言おうとしない。

私が長らく入院していたから、寂しい思いをしていたせいだろうか。本人が話したくないのなら、無理に聞くより時間を置いた方がいいだろう。そう思って学校へ送り出した私の元へ、電話がかかってきたのはその日の午後だった。

悠斗が学校で怪我をして、救急車で運ばれたというのだ。教師からの連絡を受け、すぐに家を飛び出して搬送先の病院へ向かった。

「悠斗、大丈夫?悠斗。あ、悠斗の先生ですね。先生、悠斗は大丈夫なんですか?今どこにいるんですか?一体どうしたんですか?」

「美咲さん、悠斗君は今、医師の診断を受けているところです。どうやら階段から足を踏み外して落ちてしまったようで、念のため検査などもしてもらっていますが、今のところ、軽い打撲だけで済んでいます。これからお医者さんの説明もあるでしょうが、念のため数日入院することになりそうですが、命に別状はありませんよ」

「そ、そうですか。よかった」

私が担任の先生と話していると、治療を終えた悠斗が顔を出す。

「悠斗、大丈夫だった?痛いところはない?気持ち悪いとか、具合が悪いところがあったら、すぐに言うのよ」

「ママ。うん、大丈夫だよ。腕を打ったけど、他に痛いところはないから」

「そう、よかった。でも、階段から落ちるなんて、どうしてそんなことになったの?」

「ママ、実は僕、誰かに突き落とされたような気がするんだ」

悠斗の言葉に、私は驚く。すると、担任の先生は困った顔をしながら、私の耳元で囁いた。

「実は悠斗君、最近、どうも他のお友達から避けられているようなんです。お母さんである美咲さんが入院している最中でしたから、私がサポートをしていたんですが、どうも子供たちは、誰かから命令されているのか、脅されているようで、悠斗君と遊ぶのを怖がっているみたいなんです」

「本当ですか?そんな、一体どうして?」

私は、それで悠斗が暗い顔をしていた意味に、ようやく気づいた。そして担任の先生と悠斗の話から、悠斗がクラスで仲間外れにされるようになったのは、し子さんが病院に謝罪に来た翌日頃から、と判明した。

し子さんが関わっているのだろうか。私は悠斗を家に連れて帰り、ひとまず休ませてから、他のママ友たちと連絡を取ってみた。すると、一人のママ友から、驚くべき事実を聞かされたのだ。

病院で私に謝罪した日、し子さんは父親と夫から、激しく叱責されたのだという。

「おい、し子。そもそもお前は目立ちすぎるんだ。いくら俺たちがヤクザでも、やれる時とやれない時がある。いい大人なんだから、それぐらい分かってくれ」

「そうだ。美咲さん一家に目をつけられるとか、もっての他だぞ。お前は林田組を潰したいのか?」

「どうしてよ。美咲さんは、自分がヤクザだってのを隠して生活している弱者じゃない。それなのに、どうして旅さんを恐れたりするの?何が弱いの?」

「美咲さん一家は、裏社会を牛耳る力を持っている一族なんだぞ。お前も少し、分別というものを持て。もしまた美咲さん以下とトラブルを起こしても、もう俺たちは守ってやれないからな」

今まで林田組のお嬢様として育てられていたし子さんは、叱られたことがかなり屈辱だったようだ。他のママ友を捕まえて、散々と愚痴っていたという。

「どうして私が怒られるの?大体、全部美咲さんが悪いんじゃない?この学校のママ友達のボスは私なの。それなのに、美咲さんはいつだって注目を浴びるし、二番手のくせに目立ちすぎるのよ。でも、下手に美咲さんに手を出すと、また父に怒られるわ。どうしたらいいのかしら?そうだ。美咲さんの息子に手を出せば、バレずに復讐できるわね。周りのママや子供たちを脅して、美咲さんの息子を孤立させるの。息子が学校に行けなくなれば、美咲さんも自然とママ友たちから離れていくじゃないの。私って天才ね」

その時、ママ友はそれを本気にしていなかったそうだ。だが、その直後から、子供たちの様子がおかしくなった。し子さんは、親しいママ友や子供たちに根回しして、悠斗を孤立させたのだろう。

それを聞いた私は、激しい怒りを覚えた。私を攻撃するのなら耐えられるが、どうして息子である悠斗を悲しい目に合わせるのだろう。そんなこと、絶対に許せない。

そしてすぐさま、祖母のいるヤクザ事務所へと駆けつける。

「おばあちゃん、お願い。今すぐ林田組を潰して」

「あら、どうしたの?美咲、すごい剣幕だけど、よほどのことがあったのかしら?」

「実は、し子さんが私の息子をいじめてるのよ。し子さんは私に逆恨みして、私に手を出すとおばあちゃんと母が怖いからって、子供たちを使って息子を孤立させるようにしたの。そのせいで息子は今日、階段から突き落とされて怪我をしたのよ。息子が悲しい目に遭わされて、傷つけられるなんて、絶対に許せないわ」

「それは、さすがに急いで始末しないと、大変なことになりそうね。分かった。今すぐ林田組に乗り込むわよ。いいわね。私だって、可愛い孫に手を出されたら、黙っているわけにはいかないからね」

祖母はすぐに、母と、母の組で若頭を務めている弟を呼び出す。そして、私と共に林田組の事務所に乗り込んだ。

「早朝じゃないですか。どうしたんですか?」

「どうした、なんて話じゃないわ。どうやらあんたの娘さんは、全然懲りないようね。うちの孫に手を出せないと知ると、ひ孫に手を出したって言うじゃない。この落とし前、どうやってつけるつもりかしら?」

「ま、まさか、あのバカ娘…」

「さあ、あなたの娘を呼んで、話し合いをしましょう。もしあなたが娘の可愛さに負けてかばうって言うなら、それでもいいわ。でも、その時が林田組の最後だと、思いなさい」

祖母に睨みつけられたし子さんの父親は、すぐにし子さんを呼びつける。し子さんは事務所に着くと、面倒くさそうに私たちを見た。

「急に呼ばれたと思ったら、美咲さんじゃない?偉そうに、私に何の用よ」

「し子さん、聞いたわよ。私が入院している間に、私の息子を孤立させるよう、他のママたちに命令していたそうね」

「そうね。やだ、もうバレちゃったの。でも、元はと言えば、美咲さんが悪いのよ。私に盾突いて、生意気な口ばっかり叩くからいけないの」

どうやらし子さんは、全く反省していないようだ。いや、そもそも悪いことをしたという自覚すらないらしい。し子さんの態度を見て、祖母は呆れたように言う。

「やれやれ。この女は、どうやら口で言っても何も分からないようね。ヤクザの女を使っているんですから、きちんとヤクザ流のけじめをつけてもらいましょう」

「そうね。その女の命を差し出してもらうか、一億を支払うか、どちらかでけじめとしましょう」

祖母に迫られ、し子さんはようやく少し焦ったように、自分の父親と夫の方を見た。

「そんなの、一億に決まってるでしょ。父さん、夫さん、組には一億くらいのお金あるわよね。それで支払って終わりにしてちょうだい」

「そ、それは…確かに金をかき集めれば、それぐらいの資金は作れるが、この金は部下の組員たちが必死で集めた貯えなんだぞ。そんなほいほいと出せるもんじゃないだろう」

「そうよ。あんたの旦那の言う通り。し子さん、って言ったっけ?この一億は、あなたのけじめなの。だから、あなたが責任を持って払いなさい」

「バカ言わないでよ。私、ただの主婦よ。パートだってしてないんだから。一億なんてお金、持ってるわけないじゃない。無理に決まってるでしょ」

「そう。それなら、命で償ってもらうだけよ。道長、この女をもらっていっていいかしら?」

「待って、冗談やめてよ。死にたくないわ。父さん、夫さん、なんとかしてよ」

し子さんはその場で地団駄を踏むが、し子さんの父親も旦那さんも、視線をそらす。組を守るため、そしてこの場を収めるためには、もうし子さんが責任を負うしかないのは明らかだった。

「あなたもヤクザなら、金がない人間がどうやってそれを支払うか、知ってるわよね。あなたの知ってるやり方で、きちんと支払いなさい」

「う、分かったわよ。闇金の人間でも何でも、勝手に呼べばいいじゃない。それで一億払えばいいんでしょ。やるわよ。死ぬよりマシだもの」

し子さんは、祖母が呼んだ闇金から一億を借りると、それを祖母たちへ支払った。し子さんは、金さえ払えば終わりだと考えているようだ。だが、闇金の連中はし子さんの腕を掴むと、引きずって連れて行こうとする。

「ちょ、ちょっと待って。どこに連れて行くの?」

「あなた自身が言ったじゃない。自分は主婦だから、お金はないって。この闇金の人たちはね、お金のない人のために、借金を返す仕事も世話しているの。そこでしっかり仕事をして、頑張って借金を返してちょうだい」

「嫌よ。そんな汚い仕事したくない。嫌あああ」

悲鳴をあげるし子さんを、男たちはどこかへと連れていく。祖母は、あの男たちはキャバクラを経営しており、し子さんもそこに行くのだと、こっそり伝えてくれた。一億を利息をつけて返すのは、簡単なことじゃない。私はもう、し子さんと会うこともないだろうと思った。

一ヶ月後。息子は大きな怪我もなく、すぐに退院することができた。し子さんがいなくなったことで、子供たちは以前と同様に悠斗と接してくれるようになり、悠斗はまた元気に学校へと通っている。ママたちの間でも、し子さんがいなくなったことでお互いの悩みが共有しやすくなり、以前よりずっと穏やかな雰囲気になった。

私は、し子さんの子供が一人になってしまったのではと心配だったが、し子さんは元々、子供をほったらかしにして留守番をさせるのが日常だったようだ。今はし子さんの両親、つまり林田組の組長たちに引き取られ、育てられているのだという。以前は家に一人で残されることが多かったが、今はし子さんの母親がよく面倒を見てくれているようで、し子さんがいないことを寂しがる様子もないようだ。

そして今日、私はママ友たちと話していた、子供たちも参加できる食事会を開催した。ファミレスでは、ママ友の子供たちが楽しそうに過ごしている。その姿を眺めながら、私はこんな日常がずっと続いてくれますように、と願うのだった。

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