「お前、何様のつもりだ?俺に指図するなんて。いつも逆らいやがって。お前なんか、やめさせてやるからな」
理事長は怒り狂って、そう言い放った。理由は理不尽極まりないのに、彼は至って真面目に言っている。自分に逆らう歯車は、排除したいだけなのだ。
この瞬間、私は悟った。もうこの人に何を言っても無駄だと。彼が良い方向に変わることは、絶対にないと。
私は黒田大輔。この地域の基幹病院である総合病院で、脳血管治療の専門医として勤務してきた。緊急で迅速な処置が必要な患者も多く、毎日、患者の命を救うために奔走してきた。そんな日々を送るうちに、気がつけば二十年が経ち、私もベテランと呼ばれる年齢になった。
長年同じ場所で働いていると、いろいろなものが見えてくるものだ。この病院は、いわゆる家族経営で、理事長の山本が自分の知り合いのためだけに病院内のことを決めている。患者を守るために必要な医療倫理や福祉に対して、彼は興味も関心もない。このままでは病院として成り立たないだけでなく、患者も報われない。私は何度か話し合いの場を設けたが、その度に怒鳴られ、話し合いは虚しく終わった。彼は自分中心で傲慢な性格で、自分に逆らう者を決して許さない。
そんな山本理事長には一人息子がいて、同じ病院で医師をしている。そう、私の部下だ。二十九歳という若さで、経験が必要な脳神経外科の分野では、まだ技術は乏しい。それに加えて、やはり親子なのか、上司である私の言うことを全く聞かず、理事長同様、自分中心的に振る舞う。さらに、家族経営の病院だから将来は自分のものだという意識からか、父の地位を利用して好き勝手な行動を取る節もある。
私と理事長は元々あまり良い関係ではなかったが、この息子が私の部下になったことで、さらに関係は悪化していた。しかし、二十年勤めたベテラン医師として、若造の態度など多少のことは目をつぶるようにして、患者の安心と安全が守られているなら仕方ないかと思うことにしていた。
ところが、この優しさが仇となり、ある事件が起きてしまった。
ある日、息子の傲慢な態度に患者の家族が激怒し、クレームになるという出来事が起きた。私は患者の家族に事情を聞きに行ったが、収拾がつかず、家族は「本人を出せ」の一点張りだった。どうやら彼は、手術前の高齢の患者の家族に対して、「手術してもしなくても、年なんだし、寿命なんて変わらないですよ」という心ない一言を言い放ったらしい。呆れて物も言えないが、大事な患者のご家族だ。そんなことを言われた日には、怒るのも無理はない。激昂する家族に対して、私からよく言って聞かせますからと謝罪し、なんとかその場を収めた。
ついに、彼の自分中心的で傲慢な態度が、患者や家族に大きな影響を与えてしまった。さすがの私も、このままでは悪い噂が広まり、脳外科から患者がいなくなってしまうと問題に感じた。
その日、私は彼を呼び出し、今後病院を背負う立場になるであろうこの若者のために、諭すことにした。
「最初は誰だって不慣れだし、できないことや失敗も多い。私にもそんな苦い経験はたくさんある。少しずつ医師としての心構えを伝えていけば、次第に外来や入院しているご家族の気持ちに真摯に向き合い、立派な医師になってくれるだろう。患者や家族を第一に考えないと、いつまで経ってもいい医者にはなれないぞ」
たった一言だが、いろいろな意味が込められており、医者として、人として成長してほしいと願う私の思いが込められた言葉だった。
「はっ。俺は将来の理事長だぞ。部下のお前なんかに言われてもな」
彼の返答に、開いた口が塞がらなかった。理事長もそうだが、彼も自分中心的で、患者と家族のことは全く考えていない。何か間違いをしても、反省もしない。私の言うことは聞かなくても、父親の言うことならば受け入れられるかもしれないと、私はやっとの思いで今回の出来事を理事長に伝えに行った。
「翼医師にご家族からクレームがありました。本人に伝えても聞く耳を持たず、解決しないので、理事長から態度を改めるように伝えてもらえませんか?」
「お前、何様のつもりだ?俺に指図するなんて。いつも逆らいやがって。お前なんか、やめさせてやるからな」
理事長は激昂してそう言った。理由は理不尽極まりないが、自分中心的な彼は大真面目に言っているようだ。自分に逆らう歯車は排除したい人なのだ。
今回のことでもうこれ以上、理事長に何か言っても彼が良い方に変わることはないと悟った。そして、その彼が率いるこの病院の未来は、そう明るくはないだろうとも感じた。
「今までありがとうございました。その通り、やめさせていただきます」
長年勤めてきたプライドもあったが、どちらかと言うと、毎回理事長と交わす無意味なやり取りに嫌気がさしていた。私はこの長年勤めた病院を去る決心をした。
やめる決心をした翌日、私は医局で荷物をまとめていた。二十年も勤めた病院だ。それなりに思い入れもある。外来や病棟に行き、同僚の医師や看護師のスタッフにも最後の挨拶をして回った。皆、長年勤めた私がやめるという突然の出来事に驚き、この病院の将来は大丈夫なのかと不安がっていた。
挨拶回りをしていると、突然救急車が入ってきて、患者が運び込まれたようだった。救急外来の方が慌ただしく動いている。患者の状態は深刻で、脳動脈瘤が破裂し、くも膜下出血を起こしていて、一刻も早い処置が必要な状況だと看護師が息を切らして話しているのを聞いた。
くも膜下出血は緊急で手術をする必要があるが、この日の緊急患者の担当は翼医師となっていた。彼の技術では困難な案件だ。しかも、運ばれてきた患者が山本理事長夫人であると聞いた時には、腰を抜かしそうになった。
理事長夫人は全身合併症があり、なおかつ検査の結果、開頭手術では届きにくい場所に破裂した脳動脈瘤があったため、低侵襲のカテーテル手術が第一選択となった。しかし、カテーテル手術には専門的な技術が必要で、翼医師にはこの手術の経験があまりないため、一人ではこの症例に対応できなかった。翼医師は父親である理事長に助けを求めたが、理事長もこの症例の手術に対して何もすることができなかった。そこで理事長は、脳血管治療の専門医である私を見つけ出し、妻の手術を行うように命じた。
私は専門医であり、二十年もこの分野で勤めてきたという自信があったので、この手術は成功できると確信していた。私を探し出して手術を命じた理事長に対して、「やめろと言っていたのに、不謹慎だ」と、怒りや反発心も抱いていた。しかし、目の前の患者の命を救うことだけを考え、理事長の命令に従うことにした。
私は翼医師から必要な情報だけを聞き、理事長夫人の状態を見て迅速に判断し、急いで手術に必要な準備を終えた。もちろん、今後に生かしてもらうために、翼医師にはこのカテーテル手術に助手として入ってもらうことにした。私は夫人の命を救うために全力を尽くした。
くも膜下出血は発症してから迅速に治療しなくてはいけないが、緊急で運ばれてきてから私が手術を開始するまでにやや時間が経過してしまっていたので、予想以上に困難を伴った。しかし、二十年の専門医としての技術を駆使して、無事にこの手術を成功させることができた。理事長夫人は手術が成功したことで、一命を取り止めた。
理事長も夫人のことはとても大事にしているようで、あんなに自分中心的だった彼が、私と翼医師に感謝の意を示した。
「黒田君、本当に今回の件は感謝している」
理事長は、この夫人の血管内カテーテル手術を目の当たりにして、私の技術や病院への貢献を認めざるを得なくなり、今までの態度を軟化させたようだった。そして、傲慢な態度と病院に対して、息子に対しての誤りを反省し、私に謝罪してきた。
「今まで本当にすまなかった。今回、妻を救えなかったことで、自分の力量が身に染みたよ」
そう言って謝罪と共に、私の力が必要で、これからも病院そして患者のために働いてほしいと懇願された。翼医師も実際に手術に立ち合ったことで、自分の未熟さと私への非礼を詫び、今後とも指導を受けたいと懇願してきた。
一度は諦めたこの病院の運営も、山本親子の言葉を信じてもう一度だけ協力することにして、その決意を理事長に伝えた。こうして私は再びこの病院で働き始めたのである。すっかり関係が悪化してしまっていた理事長との仲も、修復のために話し合いを行うことに決め、歩み寄っていった。理事長は話し合いの中で、今までの態度を改め、これからは患者のために医療に携わることの重要性を感じ、病院内で倫理と理事長としての使命を守り続けるという覚悟をしたようだった。



