「うちの嫁の店だから、全部ただよ。十五万円はつけといて」…

「うちの嫁の店だから、全部ただよ。十五万円はつけといて」...

美ゆ、六十歳。パート看護師として働く私が、いつものように出勤すると、新人看護師がロッカールームに飛び込んできた。彼女は今にも泣き出しそうな顔で、金田先生がまた診察をサボっていると言う。

金田先生は、私が退職している間に採用された医者だ。外面的にはエリートだが、看護師やスタッフを見下し、気に入らないことがあれば大声で怒鳴り散らす。若い看護師にセクハラまがいの行動をするのも問題だった。最近はスマホの恋愛ゲームに夢中で、仕事を放棄することも増えている。

私は新人看護師をなだめ、一緒に外来へ向かった。廊下にまで金田の怒鳴り声が響いている。待合室の患者たちも不安そうだ。私は診察室に足を踏み入れ、咳払いをした。

「金田先生、患者さんがお待ちですよ」
「うるせえな。俺は休憩だって言ってるだろう。邪魔するな」

金田はスマホを片手に、私を睨みつける。脇にいた看護師が「もう三十分以上ゲームしてるんです」と訴えた。医療事務の子も「一時間近くなります」と付け加える。

「先生、今はお仕事の時間です。少しの休憩なら構いませんが、一時間も患者さんを待たせているとなると話は別です」
「うるせえ! お前、看護師の分際で医師の俺に指図する気か?」
「じゃあ、宿題をやらない子供みたいな真似はしないでください」
「ふざけんな! 俺を子供扱いするな。このゲームは限定イベントの時間が決まってるんだ!」
「子供扱いされたくないなら、子供みたいな態度は取らないでください。ゲームのキャラクターより、育てるべきものがあるんじゃないですか? 人間性とか、社会性とか」

金田はさらに怒り狂い、私に暴言を吐き始めた。しかし私は怖がらない。私はパートだし、いつ辞めてもいい立場だ。それに家には体格のいい息子が二人いる。ひょろひょろの金田に脅されたところで、大した恐怖は感じない。

「これ以上騒ぎを起こせば、他の先生方も駆けつけますよ。困るのは先生の方だと思いますが」
私の言葉に、金田は渋々スマホを置いた。診察が再開され、私は自分の持ち場へ戻ろうとした。すると看護師長が駆け寄ってきて、謝罪してきた。いつも外来まで来てもらって申し訳ないと。

「いいのよ。あなたたちが目をつけられるよりは、私が憎まれ役を引き受ける方がましだから」

しかし金田の態度はどんどんエスカレートしていく。私たちは委員長に相談したが、多忙な委員長はなかなか時間を作ってくれない。そしてまた金田がサボり始めた。私が注意すると、金田は私に暴言を吐いた。

「パートの分際が何言ってるんだ。パートってのはな、代わりがいくらでもいるからパートなんだよ。バカが」
「金田先生、救いがないのはあなたの方ですよ。もう許しません」
「美ゆさん! あなたはこの病院に欠かせない方です!」
看護師長が飛び込んできて、金田に食ってかかった。しかし私は彼女を制した。このままではいけない。私は退職届を出すことにした。

「こうなったら、私がいない方がうまく回るわ。後で正式に退職届を出すから」
私は事務室で退職届を書き、人事担当に渡した。その夜、委員長から何度も電話がかかってきた。なんとか会って話がしたいと。結局、私は翌日、金田と一緒に委員長室に呼び出された。

委員長は金田にこう言い放った。
「金田君、君は医師が一番偉いと思っているようだが、それは違う。病院は多くの医療スタッフによって成り立っている。美ゆさんは特別病棟になくてはならない人材だ。君のような正確に問題のある医師には任せられない」

金田は真っ青な顔になった。委員長に「美ゆさんに謝るように」と言われ、金田は小さな声で「申し訳ありませんでした」と謝った。

「金田先生、人を見下してはいけませんよ。いい大人が仕事中にゲームしすぎて注意されるのは、恥ずかしいことですからね」
私の言葉に、金田は唇を噛みしめて俯いた。その後、金田は委員長の勧めで自主退職した。医療スタッフほぼ全員が金田の態度に腹を立てていたからだ。退職の際、金田から私に十万円、病院スタッフに五万円のお金が支払われた。謝罪のつもりなのだろうが、あの性格を直さない限り、どこへ行っても苦労しそうだ。

私は委員長に頼み込まれ、退職を撤回した。またパート看護師として特別病棟で働いている。

ひなこ、三十四歳。自分のレストランを持つという夢を叶え、小さな店をオープンさせた。常連客も増えてきて、順調な滑り出しだ。ただ一人、頭を悩ませる人がいる。それは夫ミノの母親、私のお母さんだ。

お母さんはミノを取られたと思っていて、私のことを目の敵にしている。私が夢のために資金を貯めていると知ると、「ミノと結婚したのは資金を出させるためだ」と決めつけた。私は意地でも自分の力で資金繰りをしたが、そのせいで結婚式の費用は出せず、お母さんの強い希望でミノが費用を出してくれた。

レストランがオープンしてからも、お母さんは週に一度か二度は店に来て、高い料理を頼んで「つけといて」と伝票を置いたまま帰っていく。ミノを失いたくない私は、言いなりになってしまっていた。

そんなことが半年続いた頃、お母さんから連絡があった。
「今度の日曜日、レストランを貸し切りにしてちょうだい。学生時代の恩師が引退するから、お祝いのパーティーをしたいの」

詳しく聞くと、二十人で予約したいから安くしろと言う。私は昼間の時間ならいいだろうと、十五万円で受け承わることにした。当日、私は必死に準備をしてパーティーを始めた。参加者たちは料理を褒めてくれて、お母さんの行動以外は有意義な時間だった。

パーティーが終わり、私がお母さんに十五万円を請求すると、お母さんはとんでもないことを言い出した。
「今日もつけといて」
「無理です。今すぐ払ってください」
「何言ってるの? 嫁の店だから全部ただよ。だって私の恩師なのよ」

私は今までの鬱憤が爆発した。
「ここでは義理の親子ではなく、店のオーナーとお客様です。無銭飲食は犯罪ですよ。急すぎる日程で貸し切りを承わったのも、お母さんの頼みだからです。ケーキもお酒も用意して、この金額で済ますなんて破格です」

するとお母さんは馬鹿にしたように笑って言った。
「嫁のくせに偉そうに。私が宣伝してあげてるのよ。こっちが感謝して欲しいくらいだわ」
「じゃあ、来てくれなくても結構です。それに皆さんから会費をもらってましたよね。払わないってどういうことですか?」
「見てましたよ。一人につき一万円もらっているところ。お母さんの分と先生の分を抜いたら、今十八万円あるってことですよね。今すぐ十五万円払わないと、警察呼びますよ」

お母さんは慌て始めた。すると、それを見ていた参加者の一人のおばさんが割って入ってきた。
「ねえ、どういうこと? プレゼント代も花束代も、みんな事前にあなたに払ってるわよね。それに、私が出資した店だから安くさせるって言ってたけど、何も払わないなんて非常識すぎるわよ」

私はその言葉に耳を疑った。
「出資した店って何ですか? 私はこの店の資金は全て自分で用意しました」
お母さんはさらに怒り出し、「離婚して出ていきなさい」と言い放った。

その時、入口のドアが開いた。入ってきたのは夫のミノだった。お母さんが泣きつこうとするが、ミノは手を払いのけて私の前に来る。どうやら、揉めている様子を見た別のおばさんが、同級生である息子を通じてミノに連絡してくれたらしい。しかも、そのおばさんのビデオカメラがずっと録画状態になっていて、私とお母さんの言い争いが全て記録されていた。

「母さん、どういうことだよ。早く支払いしてくれ。それに結婚式は俺たち二人だけで挙げようって言っていたのに、ちゃんとした式を挙げないなら結婚を認めないって言ったのは母さんだ。その費用は俺が全額出した。今更そんなことを蒸し返すな」
ミノに怒鳴られ、お母さんは小さくなって十五万円を渡してきた。しかし私はこれで終わらせるつもりはない。

「これまでのツケの分も払ってもらえますか? オープンしてからずっと、忙しい時間に来ては高い料理を頼んで、代金を払わない。お客様でも何でもないんですよ。合計十万円です」
「んなこと言ってるわけないでしょ! これは脅迫よ!」
「これが証拠です。ちゃんと伝票を見てください」

会場は騒然とし、先ほどのおばさんがお母さんに言った。
「いい加減にしなさいよ。私たち、あなたにいくら奢っているか分からないわ。私たちはあなたとはもう付き合わないからね。ひなこさん、お料理は美味しかったわよ。私たち普通のお客さんとしてまた来るわね」

お母さんはがっくりと項垂れた。結局、手持ちのないお母さんはツケの分を払えず、ミノからお父さんに報告が行った。激怒したお父さんに離婚を言い渡され、ツケの分を払うためにパートで働くことになった。私は三ヶ月かけて十万円を支払ってもらった。

その後、お母さんは友人たちからも見放され、お父さんにも離婚され、田舎に帰っていった。私の店はあの時のおばさんたちが常連になってくれて、さらに賑わっている。今の目標は、もっと店を大きくして多くの人に私の料理を食べてもらうことだ。

たか子、三十二歳。看護師をしている。二十九歳の頃、三年間付き合った彼氏に浮気をされ、振られてしまった。その時は相当落ち込んだ。しかし「意地でも結婚してやる」と婚活への意欲を燃やし、そこで出会ったのが同い年のユウゴだった。彼は大手企業に勤務していて、年収も高い。私は彼と交際を始め、半年後には結婚した。ユウゴの両親は離婚しているらしく、結婚の挨拶をしたのはお母さんだけだったが、お母さんは私に優しくしてくれた。

しかし結婚して一年、最近ユウゴの様子がおかしい。帰りが遅くなることが増え、連絡も減った。私はこのパターンを知っている。昔振られた彼氏もそうだった。私は学んだことを実行に移す。少しでもおかしいと思ったら、相手の嘘を信じない。証拠が残っていれば、保存しておく。

ユウゴは酒に弱く、週末になるとソファで飲んで寝てしまう。ある日、またソファで寝ているユウゴのスマホが鳴った。メッセージが届いている。私は何気なく見ると、「昨日は楽しかった。次はいつ会える?」というハートマーク付きのメッセージが表示されていた。私は思わず頭を振る。だめだ。これじゃ昔と変わらない。疑うべきところは疑う。私はそのメッセージ画面を自分のスマホで撮影した。

翌日、私はユウゴに尋ねた。
「ねえ、昨日は友達と飲みに行くって言ってたけど、もしかして女の子もいた?」
ユウゴは平然と答えた。
「ああ、そうだよ。端的に言えば合コンみたいなもんだったしね」
「既婚者なのに合コン?」
「合コンって意外と既婚者の方が持てるんだよ。ああ、でも安心して。たか子のことはちゃんと愛してるから。だってたか子って料理もうまいだろう。それに看護師が奥さんなんて、病気になっても安心だし」

私は呆然とした。ユウゴは悪びれる様子もなく続ける。
「浮気って何だろうね。俺はたか子を愛してるし、俺の奥さんはたか子だよ。家賃だって俺が払ってるし、俺たちのための貯金だってしてる。だから別に他で遊んでいても問題ないでしょ」

私は言葉を失った。夫としての責任を果たしているから浮気しても問題ないという、あまりにぶっ飛んだ考え方だった。私はこのまま話しても埒があかないと判断し、話を切り上げた。

それから数日後、私は改めてユウゴに話し合いをした。私の気持ちを伝えると、ユウゴは「ちゃんと考えてみる」と言った。腑に落ちない返事だったが、ひとまずは伝えた。

そして半年後、事件が起きる。私は仕事から帰ると、見知らぬ番号から電話がかかってきた。病院からの電話で、ユウゴが事故に遭って緊急搬送されたという。集中治療室に入ったらしい。今日は実家に用事があると言っていたのに、実家の方向とは全然違う病院だ。私はお母さんに電話をすると、ユウゴは来ていないという。私は病院に向かった。

ユウゴが運転する車に、反対車線のトラックが突っ込んだらしい。ユウゴは意識がないという。私は待合室で待つが、落ち着かない。廊下を歩いていると、通話可能エリアから女性の声が聞こえてきた。
「事故にあって大変。バレたらどうしよう」

私は声のする方へ近づいた。どこかで見覚えがある顔だ。その女性の口から、はっきりとユウゴという名前が聞こえた。ああ、この人が浮気相手か。私は何の迷いもなく、その女性の会話をスマホのボイスレコーダーで録音した。二人で日帰り温泉に行ったら事故にあったらしい。その温泉は、私がテレビで見て「行きたい」と言った場所だった。私はそれが妙に悔しくて、同時に何かが吹っ切れた。

私は病院を後にし、お母さんに電話で状況を伝えた。翌日、ユウゴは意識を取り戻したらしい。私はお母さんに、事故にあった時、ユウゴの隣には女性がいたこと、私には嘘をついて実家に行くと言っていたこと、そして浮気相手の会話を録音したことを伝えた。お母さんは怒っていた。お母さんが離婚した理由も、夫の浮気だったという。

ユウゴが退院する頃、私は離婚の準備を進めていた。お母さんの協力もあり、浮気相手には慰謝料を請求し、全額支払ってもらった。そして退院当日、家に帰ってきたユウゴに、私は離婚届をテーブルに広げた。

「浮気デートの最中に事故に会うなんて、バチが当たったのかしら」
「な、何を言ってるんだ」
「合コンで出会った女の子と、まだ続いてると思わなかったわ。あなたの部屋のパソコンから、浮気の証拠が山ほど出てきたの。浮気相手には慰謝料を請求して、全額払ってもらったわよ。あなたのことは「いい金づるだったのに」って言ってたわ」
ユウゴはどんどん青ざめていく。私は離婚届とボールペンを差し出した。
「手が動く状態でよかったわね。しばらく不自由な生活だろうけど、一人で頑張って」

ユウゴは言い訳を始めるが、私は決意を変えなかった。ユウゴは観念し、不自由な手で離婚届にサインをした。

その後、私は慰謝料と財産分与をたっぷりもらって引っ越した。ユウゴはお母さんと同居したが、お母さんは最低限しか介護せず、ユウゴは大変な生活を送ったようだ。完治したと思ったら、お母さんに実家を追い出されたという。仕事に復帰しても周囲の目が気になり、退職。大手企業からの転職も叶わず、今はコンビニでアルバイトをしているそうだ。お母さんとも縁が切れたが、私は時々お母さんと食事に行く関係になった。お互い、第二の人生を楽しんでいる。

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