「全部見てたわよ。お義母さん。私が幸せにしてもらえなかった、本当の妻です」
私は幼なじみの母親に頼まれて、幼なじみの結婚挨拶を見守るためにその家にいた。二階の窓から、幼なじみとその婚約者が歩いてくるのが見えた。その婚約者の顔を見た瞬間、私は自分の目を疑った。
私の夫だった。
私の名前は小佐子。29歳で看護師をしている。夫の翔平とは職場の看護師長の紹介で知り合い、趣味や価値観が合うことから交際が始まった。翔平は鉄道関係の仕事で夜勤があり、私も同じく夜勤があった。デートをするのも一苦労で、毎月お互いのスケジュールを送り合って、休みが被らないか確認していた。
そんな生活が半年続いた頃、翔平が言った。
「一緒に住んだら、この悩みちょっとは解決するんじゃない?」
その一言で結婚を決意した。速い結婚だったが、会えないよりはいい。婚姻届に署名し、翔平に市役所への提出を頼んで仕事に向かった。
しかし結婚しても、すれ違いの生活は続いた。私が帰れば翔平は出勤する。家に帰っても誰もいない。でも、玄関に置き手紙があった。ご飯の作り置きと、仕事を頑張ってという言葉。私はその手紙を読んで、心が温かくなった。私も同じようにご飯を作って手紙を添えた。そんな日々が一週間続き、ようやく休みが被った。
久しぶりの会話で、私はやっぱりこの人と結婚して良かったと思えた。ようやく両家への結婚挨拶も済ませた。翔平の両親は優しく、私の両親も翔平を気に入ってくれた。
挨拶回りの帰り道、駅に向かって歩いていると、偶然幼なじみの沙奈に出会った。幼稚園から中学校まで一緒だった、昔の親友だ。生き別れていた会話は昔話に花を咲かせ、私は翔平を紹介した。
「この子は幼なじみの沙奈。幼稚園から中学校までずっと一緒だったの」
沙奈は目を見開いて翔平と私を交互に見た。
「え、結婚したんだ。おめでとう。私、佐子のことは何でも知ってるから、よかったら連絡先交換して、佐子の情報でも送りましょうか?」
翔平は「佐子の弱点を知るためにも交換しておこうかな」と笑いながら、沙奈と連絡先を交換した。その場のノリだった。私は少し恥ずかしかったが、嬉しい気持ちもあった。
その後、翔平は本当に沙奈とやり取りをしていた。昔の私の話を聞いてきて、小学生の私の姿を面白がった。
「沙奈ちゃんのことも教えてよ。それでびっくりさせよう」
翔平は純粋にやり取りを楽しんでいるのだろう。やましい気持ちはないはず。そう思うことにした。少し複雑だったが、やり取りもそのうち終わるだろうと何も言わなかった。
数ヶ月後、私たちは新しいマンションを購入した。翔平の一人暮らしの部屋より広く、私の実家に近い場所だ。引っ越しと同時に、私は新しい家電を買った。私がこだわったので、全額負担した。
「ごめんな。家電全部買ってもらって」
「いいのよ。むしろ買いたい家電に文句言わずに合わせてくれてありがとう」
「子供ができた時とか、この辺りだと頼れるな」
翔平から子供の言葉が出て、私は顔が綻んだ。きっと翔平はいいパパになるだろう。いつか子供を授かれるといいと思った。
新しいマンションに引っ越してから数週間が経ったある日、仕事帰りにスーパーへ向かう途中で翔平を見かけた。隣には沙奈がいた。少しドキッとしたが、二人は偶然会っただけだと言う。
「違う違う。さっき偶然会ってさ、ここよりもおすすめの安いスーパー教えてもらっていたんだよ」
沙奈は得意げに私と翔平を案内してくれた。歩く時、沙奈と翔平が隣同士で、私は後ろについていく形になった。若干違和感を覚えたが、焼きもちを焼いているなんて恥ずかしくて言えなかった。私はなんとなく翔平と沙奈が仲良くしているのが嫌で、極力スーパーへ行かなくてもいいように買いだめしておいた。
数週間が経ち、翔平から沙奈のことを聞かなくなった。最近は連絡も取り合っていないようで、私は安心していた。
「ねえ、また来週から夜勤だから、家のことをお願いね」
「分かった。俺は再来週からだから、しばらくはすれ違いだな」
すれ違いの日々が続いた。前はご飯を作っておいてくれたり、手紙があったりしたのに、今回は手紙もご飯もなかった。忙しいのかなと思い、私はこの生活を頑張って乗り越えた。
そしてすれ違いの間、一日だけ休みが被った。冷蔵庫を見ると、食材がほぼ使われていない。料理の痕跡もなければ、コンビニ弁当の容器もない。翔平がどう過ごしていたのか気になって聞いた。
「あ、えっと、そう、この辺に好きなお店見つけてさ、そこにずっと通ってたんだよ。その…沙奈とまた今度一緒に行こう」
翔平は言葉を噛んだ。だが、私はその噛んだ言葉の内容までは聞き取れずにスルーしてしまった。この時、沙奈と呼び間違えられていたことに気づけていたら、未来は変わっていたのかもしれない。
それから翔平が夜勤の週になり、私は夕方にスーパーへ向かった。買い物をしていると、やたらと目が合う女性がいた。目を合わせないようにしていたが、声をかけられた。
「ねえ、もしかして佐子ちゃん?」
振り返ると、沙奈の母親だった。
「あ、沙奈のお母さん。お久しぶりです」
「やだ、本当に綺麗になって。ああ、そうだ。沙奈から結婚したって聞いたわよ」
「そうなんです。こっちの方が便利だし、実家に頼れるし」
「そうよね。それが一番だわ。それよりちょっと聞いてよ。実は沙奈が今度紹介したい人がいるって連絡してきたの。佐子ちゃん何か知ってる?」
私は沙奈が誰かと交際していることすら知らなかった。
「沙奈の父親もいないから、一人で挨拶に立ち合うのが不安なの。佐子ちゃん、うちに遊びに来ない?」
沙奈の母親は「沙奈が婚約者を連れてくる日は、たまたま私と佐子ちゃんが遊ぶ日だった。そういうことにするの」と言った。私は反強制的に沙奈の結婚挨拶に同席することになった。
土曜日になり、私は沙奈の実家へ向かった。自分の結婚の時より緊張していた。チャイムを鳴らすと、すぐに扉が開いた。
「いらっしゃい。ああ、佐子ちゃんか。やだ、沙奈かと思っちゃった」
沙奈たちはまだ来ていなかった。私は二階にある沙奈の母親の部屋で、タイミングを見計らってサプライズ登場することにした。心臓がバクバクして、窓を頻繁に覗いては二人を待った。
二十分後、沙奈とその婚約者らしき人が家の前の道路を歩いていた。カーテンを少しだけ開けてじっくり見た。私は自分の目を疑った。沙奈の婚約者らしき人が、翔平にそっくりだったのだ。
「え、嘘」
私は思わず声を出した。チャイムが鳴り、沙奈の声が聞こえてくる。
「ちょっと遅れちゃってごめんね」
「大丈夫よ。さ、上がってちょうだい」
沙奈の婚約者は翔平に声もそっくりだった。私は階段の上からこっそり顔を出すと、靴を脱いでいる婚約者の顔が確認できた。やはり翔平だ。頭がパニックになった。
再び階段をゆっくり降りて、リビングから漏れてくる会話を聞くと、沙奈と翔平が楽しそうな声を出していた。
「出会った時ビビッと来て、沙奈ちゃんと結婚するのかなと思いました」
「恥ずかしい。でも私も翔平君がすごくキラキラして輝いて見えたの」
その言葉を聞いて、私は小学生の頃を思い出した。私のものが輝いて見えるからという理由で、何でもかんでも横取りしていた沙奈。あの頃から何一つ変わっていなかったのだ。
「翔平さんはこの辺にお住まいなの?」
「はい。最近引っ越してきまして、一人で少しだけ広いマンションを借りたんですよ。ここに沙奈ちゃんと一緒に住もうかなと思っているんです」
私の実家に近いところにしたと言ったのに、裏ではそんなことを考えていたのか。ショックだった。
「まあその理由ってもしかして…」
「はい。沙奈さんと結婚させてください」
翔平は大きな声でそう言い、頭を下げた。そして顔をあげて沙奈の母親に向かって言った。
「絶対に沙奈を幸せにしますので」
その瞬間、私はリビングのドアをバンと大きな音を立てて開けた。
「全部見てたわよ、沙奈のお母さん。私が幸せにしてもらえなかった本当の妻ですよ」
沙奈が叫び、翔平もびっくりして後ろを振り返る。二人は顔面蒼白。沙奈の母親は私の発言を理解できていないようだった。私は沙奈と翔平を睨みつけながら、状況を丁寧に説明してやった。
「翔平は私と結婚しているんです。数ヶ月前、プロポーズされて婚姻届も出しました。それに沙奈は翔平が私と結婚しているってことを知っています。なんせ、私が沙奈に翔平を紹介したんですから、夫として」
すると沙奈が私に向かって叫んだ。
「しょうがないじゃない。翔平君がキラキラ輝いていたんだもの。佐子は違う人と結婚してよ。私は翔平君じゃなきゃ嫌だ」
小学生じみたことをまだ言っている。
「沙奈、その言い訳もいい加減にしてくれる? もう何歳になったのよ。いい大人がそんなこと言って恥ずかしくないわけ? 輝いて見えたとしても、結婚している男性に手を出していいはずがないでしょ」
だが翔平は沙奈を庇った。
「沙奈ちゃんは悪くないよ。俺が佐子と結婚してしまったばかりに悪者にされてしまっているだけだ。悪いのは先に出会った佐子なんだから」
私は翔平のわけの分からない理屈に、呆れて何も言えなくなった。二人の世界観に呆れていると、ずっと黙っていた沙奈の母親が口を開いた。
「その輝いて見えるだの見えないだのは別にいいわ。沙奈、あなたは佐子ちゃんの夫だと知っていて、そんなことを言っているの?」
「もちろんよ。出会う順番が悪かっただけで、私は何も悪くないもの」
沙奈は一切悪びれる様子もなく答える。すると翔平が援護した。
「そうです。沙奈ちゃんは悪くなくて、悪いのは佐子であって…」
「あなたは黙ってなさい」
沙奈の母親が大声を出して翔平を黙らせた。
「まず、佐子ちゃん。本当にうちの娘が迷惑をかけてごめんなさい。謝っても許されないことだけど」
沙奈の母親は腰を深く折り、頭を下げた。その間、沙奈はどうして母親が謝っているのか、本当に分かっていない様子だった。そして沙奈の母親は続けた。
「沙奈、あなたはどうして昔から佐子ちゃんのものを欲しがるのよ。高校は別々になってやっと落ち着いたのに、29歳にもなって恥ずかしいと思わないの? それに翔平さんが結婚しているのを知っていて奪うだなんて、一体どんな神経をしているのよ」
沙奈は軽蔑した顔で母親を見つめているだけで、反省の色は一切ない。
「しょうがないじゃない。佐子が持っているものは、昔から欲しいって言えばもらえてたものだから。今回も欲しいって言えば、離婚してくれるかなって」
私は反省をするそぶりもない沙奈に向かって言った。
「分かったわ。翔平あげるわよ。私は離婚するわ」
ため息をつきながらそう言うと、沙奈はすぐに目をキラキラさせて喜んだ。
「本当? やった! 翔平、やっとこそこそしないで会えるね」
「ああ。離婚をどうやって切り出そうかなって思ってたけど、楽に離婚できてよかった。そうだ、佐子、これやるよ。離婚届。俺の欄は書いてあるから、お前も書いて明日には提出しとけよ」
翔平は私に離婚届を突き出した。腹が立ったが、すぐに深呼吸して気持ちを落ち着かせた。そして拍手しながら二人を祝福した。
「よかったわ。末永くお幸せに。ところで、慰謝料についてなんだけど」
私がそう言うと、二人の笑顔が一瞬にして消えた。
「え、待てよ。慰謝料取るつもり?」
「当たり前じゃない?」
沙奈の母親も私の味方になってくれた。
「そうよ。沙奈には絶対に慰謝料を払わせますからね」
沙奈の母親はかなりきつく二人を睨み、絶対に逃さないという強い意志を感じた。
「それに今住んでいる家の家具はほとんど私のお金で買ったから、もらうわよ。あとは翔平を紹介してくれた看護師長さんには、ちゃんと離婚したことを説明するから。あなたが浮気をしてこんな状況に陥ったので別れましたって」
「え、待ってよ。その看護師長さんと俺の上司、兄弟なんだけど」
翔平は職場に浮気がばらされてしまうことを危惧していた。だがそんなことはどうでもいい。
「だから何? 紹介してくれた人のメンツを潰すような早さでの離婚なんだから、説明する義務があると思うの。あなたの職場に噂が広まるのがいつなのか、楽しみね」
私は翔平の味わうだろう屈辱を想像して、思わず笑みがこぼれた。翔平はへたり込み、顔は絶望に染まっている。
そんな時、沙奈の母親が言った。
「沙奈、あなたももう二度とこの家には来ないでちょうだいね」
「え? なんでよ。縁を切るなんてあんまりだわ」
沙奈は感動されてしまった。きっと結婚してもずっと親を頼り続けようと思っていたのだろう。沙奈の母親はそれを先回りして封じたのだ。そしてすぐに立ち上がり、二人を追い出しにかかった。
「分かったら早く出ていってちょうだい」
二人は沙奈の母親の気迫に負けて、慌てて外へ飛び出していった。
沙奈の母親は私と二人きりになった後でも謝った。
「娘が本当にごめんなさい。幼稚園の時から佐子ちゃんが大好きで執着しているなと思っていたけど、まさかこんなことになるなんて」
「いえいえ、悪いのは沙奈なんで謝らないでください。それに、二人は絶対に幸せにならないので」
私はにやりとした顔でそう言った。沙奈の母親はまだ分かっていないようだったが、「この意味は後に分かります」と言って別れた。
私は沙奈の実家を出た後、すぐに離婚届を提出しに行った。先に書いて突きつけてくれて良かったと感じた。
翌日、出勤してすぐに看護師長に伝えた。
「せっかく紹介してもらったのに、翔平とは離婚することになりました」
理由を問われたので、私は事実を全て話してやった。話を聞いた看護師長は激怒し、「そんな男を紹介してしまって申し訳ない」と謝ってくれた。私の思惑通りの展開だ。きっと看護師長は、すぐに翔平の上司である兄に伝えるだろう。翔平は今後、肩身の狭い思いをしながら働き続けなければならない。
同時に、私は沙奈にも慰謝料請求の通知を送った。沙奈はブランド好きですぐにお金を消費する癖がある。すぐに払える金額ではない。きっと借金地獄が待っているだろう。
その後のことは風の噂で聞いた。二人は結婚してからスピード離婚したそうだ。思った通り、幸せにはなれなかった。借金を抱えているのに生活水準を下げず、浪費を繰り返す沙奈。翔平は自分も沙奈も慰謝料を請求されている身だというのに、それを支えながら生活費を稼がなければならなかった。初めはアパートを借りたそうだが、激しい喧嘩を繰り返すようになり、近所迷惑だと追い出された。結局その後に離婚し、翔平は社員寮を借りることになったそうだ。白い目にさらされながらも、慰謝料を支払うために仕事を投げ出すことはできない。沙奈も稼いでもほとんどが借金返済に消えてしまい、最終的に辿り着いたのは路上生活だった。生活保護を受けようとしても、持っている財産を手放さないことを理由に却下されたらしい。
それを聞いて、私はやっと心の奥底からスッキリした。私は二人と違って貯金もあり、仕事も安定している。翔平と暮らしていたマンションより広いところを借りて、優雅な生活を送り始めた。
そして二年が経った頃、私は別の男性と出会い、結婚した。その男性は翔平とは真逆の性格だ。もう二度と結婚しないと思っていたが、その男性と出会い、この人となら夢に見た幸せな結婚生活を送れるかもしれないと思った。だからもう一度、愛することを選んだのだ。
私は誰よりも幸せな生活を送っている。翔平や沙奈は、この幸せを味わうことのないままの人生を送るのだろう。



