「私の旦那はヤクザなのよ。これ以上私に指図するなら、痛い目に合わせるわよ。」高級寿司店でママ友にそう捨て台詞を吐かれたのは、先週の水曜日のこと。彼女は毎回、大将に食事代をただにしろと脅す「ボスママ」だった。いつもスーパーのパートだと思っていた私に向かって、彼女は言い放った。「あんたみたいな貧乏人が、私と同じ空間にいるなんて気分が悪いわ。」私はゆっくり席を立ち、彼女の目を見て言った。「それでは…

「私の旦那はヤクザなのよ。これ以上私に指図するなら、痛い目に合わせるわよ。」高級寿司店でママ友にそう捨て台詞を吐かれたのは、先週の水曜日のこと。彼女は毎回、大将に食事代をただにしろと脅す「ボスママ」だった。いつもスーパーのパートだと思っていた私に向かって、彼女は言い放った。「あんたみたいな貧乏人が、私と同じ空間にいるなんて気分が悪いわ。」私はゆっくり席を立ち、彼女の目を見て言った。「それでは...

「貧乏人は帰ってよ。あんたみたいな奴が私と同じ空間にいるなんて、考えただけで気分が悪くなるわ。」

高級寿司店で卵を注文した私に、ママ友の石橋弥生さんはそう暴言を吐いてきた。弥生さんは地域のボスママと呼ばれ、常日頃から私のことを見下している人物だ。そんな彼女はネタに文句をつけて、大将に食事代をただにしろと強要したのだ。

それを注意した途端、彼女は私を睨みつけて脅してきた。

「私の旦那はヤクザなのよ。これ以上私に指図するなら、痛い目に合わせるわよ。」

「それでは、今から旦那さんの組を潰します。」

そうして私がある人物へ電話をかけたことにより、彼女は悲惨な末路をたどることになるのだった。

私の名前は黒田ウィナ。夫と3歳になる娘と一緒に暮らしながら、海外展開もしている大手スーパーで取締役として働き、家庭を支えている。取締役だからといって、デスクで書類と睨めっこすることだけが仕事ではない。現場の状況を見ずに従業員の心は掴めない、という考えのもと、潜入調査として各店舗へ出勤しているのだ。もちろん、普通のパートと同じように品出しも行い、レジ打ちも行う。従業員の目線に立つことで、何に対して不満を持つのか、いろいろと分かってくるものだ。

多忙ながらも私生活を充実させ、幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、私は知り合いの高級寿司店の大将から、こんな相談を受けた。

「最近、寿司のネタにクレームをつけてくる客がいてね。食事代をただにしろって脅してくるから、本気で困ってるんだよ。」

私が取締役であることを知っている大将は、私の手腕を見込んで、クレーム対応を勉強させてほしいと言ってきた。

「それなら、まずは相手の人となりを知る必要があるわね。大将、写真とかは撮ってないのかしら。」

大将はスマホを取り出すと、監視カメラで撮影された映像を見せてくれた。そこには何度も頭を下げる大将と、カウンター席でわめき散らす一人の女性が映っている。その顔を見て、私は思わず声をあげた。映っている人物が、ママ友の石橋弥生さんだったからだ。

弥生さんには私と同じく3歳の娘がおり、同じ保育園に通わせているのだが、これと言って仲がいいわけではない。その理由は、弥生さんが影でボスママと呼ばれ、恐れられていることにある。同じ地域に暮らしていることもあり、私が家から一番近い店舗へ出勤した際には、彼女が買い物する姿をたびたび見かけていた。ところが、顔を合わせるたびに弥生さんは私を見下す発言をしていた。

「スーパーで品出しだなんて、底辺の人間がやることじゃないわよ。まあ、そうやって必死に働かないと生きていけないのは、旦那の稼ぎが悪いからなんでしょうけどね。」

また、私がレジをしていた時には、まるで他人に聞かせるかのように大声で嫌味を言っていた。

「ちょっと、ここのレジ遅すぎ。さっさと終わらせてくれない? あんたみたいな人間とは違って、私は何かと忙しいのよ。」

「二つ分の買い物なんですから、時間がかかるのは当然ですよ。せかされても困ります。それに、急いでやると商品を落としてしまうかもしれないから危ないですよ。」

「うるさいわね。今の私は客よ。あんた、客の言うことが聞けないの? 全く、この店の経営者は従業員にどんな教育してるんだか。」

そんな弥生さんが、まさか高級寿司店で食い逃げ紛いの行為をするとは。まあ、私に対する態度から見ても、他人に難癖をつけるのは不思議なことではないだろう。

大将から聞いた話では、毎週レディースデーが開催される水曜日になると、弥生さんは決まって店に来るのだそうだ。彼女が言いがかりをつけている現場を押さえるべく、次の水曜日、私は高級寿司店へと向かった。

お昼時ということもあり、店内はそこそこ混んでいるらしい。周囲を見回していると、カウンター席に座っている弥生さんを発見した。

「あら、石橋さん。奇遇ですね。」

私は偶然を装って、彼女の隣の席に座った。弥生さんは最初こそ驚いた顔をしていたが、すぐに嫌味ったらしく前を向き直した。

「誰かと思ったら、黒田さんじゃないの? あんたみたいな底辺の人間が、私の行きつけの店に来るなんて思ってもいなかったわ。」

「へえ、石橋さんの行きつけですか? 実は私もこの店は行きつけなんですよ。」

「嘘言わないで。あんたが来ているところなんて、一回も見たことないわよ。」

さもバカにしたように笑う弥生さんだったが、私は彼女を無視して大将に注文した。

「卵って、あんたこの店で一番安いネタじゃないの?」

「別に何を頼んだって、いいじゃないですか。私は卵が好きだから注文したんですよ。」

その後も弥生さんは、私が注文した品の一つ一つにケチをつけてきた。

「さっきの卵よりは高いってだけど、それでもまだ十分とは言えないわね。財布の中身と同じくらい、頭の中まで貧相なのかしら。」

「もう、何なんですか? お寿司の注文内容だけで、金銭感覚を測らないでくださいよ。」

「あんたの金銭感覚なんて、注文を見なくても分かってるわよ。スーパーでパートしているくらいなもの。底辺中の底辺に決まってるわ。」

どうやら弥生さんは、私がただの従業員だと思い込んでいるようだ。まあ、品出しやレジ打ちをしている時しか会わないのであれば、そう考えるのが自然かもしれない。こちらから説明しなければ、私が取締役だなんて彼女には絶対に分からないだろう。

「そういう石橋さんは、旦那さんが何か凄い方なんですか?」

私がそう言うと、弥生さんはニヤニヤと笑い出した。

「私の旦那、実はね、石橋組ってヤクザで若頭をやってるのよ。それはもう大きな組織で、喧嘩だって負けたことはないんだから。」

ヤクザという単語が出た途端、店内のあちこちから客の困惑した声が聞こえ始めた。やがて他の客たちは食事を途中で切り上げて、そそくさと店から出ていった。今、店内に残っているのは私と弥生さんの二人だけである。しかし、ここで逃げ出すわけにはいかない。私は彼女の嫌味を我慢しながら、そ知らぬ顔で食事を続けた。

それが面白くなかったのだろう。弥生さんはさらに強気な態度でつっかかってきた。

「あんたも出ていったらどうなの? ここは味の違いも分からない奴が来るところじゃないのよ。底辺の人間らしく、スーパーで売ってる安物でも食べていればいいのよ。」

「私がどこで食事しようと、石橋さんには関係ないですよ。そもそも飲食店はいろんな人が来る場所ですから、客の選別なんてできないんじゃないですか。」

私が言い返すと、弥生さんは頭を掻きむしった。

「ああ、イライラする。あんたみたいな貧乏人を見ていると、気分が悪くなるわ。私と同じレベルの食事をしようだなんて、見え張りにもほどがあるわよ。」

弥生さんは椅子から立ち上がると、大将に向かって行った。

「あんたの握った寿司を食べていたら、なんだか気分が悪くなってきたわ。そういうことだから、今日のお会計はただにしてちょうだい。」

さすがの私も、その発言を聞いた時は黙っていられなかった。

「石橋さん、そんな無理を言わないでくださいよ。大将が困ってるじゃないですか。」

「私は常連なのよ。これぐらい聞いてくれたっていいじゃない。あんたの方こそ目障りだから、さっさと出ていって。これ以上いられたら迷惑だわ。」

「よくそんなことが言えますね。自分のことを棚にあげて、石橋さんの方が店に対して迷惑行為をしてるじゃないですか。」

すると弥生さんは、なぜか満面の笑みを浮かべた。

「あら、いいじゃない。私が来るだけで他の客を追い払えるなら、その方が手っ取り早くて助かるわ。私のためだけに営業してくれれば、ゆっくり食事ができるもの。」

弥生さんは私を睨みつけたまま前のめりになり、テーブルに手のひらを叩きつけていった。

「そういうことだから、二度とこの店へは来ないでちょうだい。私を敵に回すことは、石橋組を敵に回すことなのよ。逆らったらどうなるか、分かっているわよね。」

いかに取締役といえども、ヤクザが相手では手も足も出ない。下手に刺激したら、何をされるか分かったものではないのだ。もちろん、それは私が普通の人間であればの話である。

「そうですか。では、分かりました。」

私はゆっくり席を立つと、弥生さんを見据えたまま言った。

「今から旦那さんの組を潰します。こうなったのは、全部あなたのせいですからね。」

「は? 笑っちゃうわね。あんた、何言ってるの? 組を潰すって。」

弥生さんは狐につままれたような表情をしていたが、私が電話をかけるために席を離れると、さすがに焦りが生じたのだろう。私の背中に向かって、慌てて強がりを言ってきた。

「あ、あんたみたいな一般人にそんなことできるわけがないじゃない。バカなこと言わないでよ。石橋組が潰れるなんて、そんなこと絶対にないんだから。」

彼女の視界から外れる場所まで移動すると、私はポケットからスマホを取り出し、ある人物と連絡を取った。

「ウィナか、どうした?」

電話の相手は、私の兄である黒田カナトだ。

「もしもし、お兄ちゃん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、黒田組のみんなは招集可能かしら? 今から、ある場所を襲撃して欲しいの。」

「うむ、いつでも総動員で行けるぞ。」

他人には公表していないが、実は私の兄は黒田組で組長をやっているのだ。親がヤクザであった私たち兄妹は、幼少期からその世界に足を踏み入れていたので、成人するとともに自然とヤクザの一員になっていた。周囲に怖がられて生活していたが、そのことで親を恨んだことは一度もない。けれども、私には片親のような普通の生活を送りたいという願望があった。夢物語だと思っていたのだが、それを叶えてくれたのが兄である。私が結婚したのは、組には昼間だけという約束で、片親の人間として暮らす許可をくれたのだ。なので今は、仕事と家事を両立させながら、夜は兄のサポートを行って黒田組を影から支えているのである。

「で、そいつは本当に石橋組と言ったんだな。」

「ええ、私も石橋組だって聞いた時は驚いたわ。まさか、うちの傘下である石橋組が弥生さんと関係していただなんて。世間は狭いとは言ったものね。」

「こっちでも、石橋組の奴らが最近でかい顔をするようになったとの情報を掴んでいるんだ。若頭の妻までそんな態度じゃ、見過ごすわけにはいかないな。」

それを聞いた私は、ちょうどいい機会だと付け加えていった。

「それなら、今から石橋組に奇襲を仕掛けて、黒田組を敵に回したことを後悔してもらおうじゃないの。」

兄は私の要望に応えた後、電話を切った。私が席に戻ると、弥生さんは不機嫌そうな顔をして、自分に言い聞かせるように嫌味を口にした。

「大したお芝居ね。そんな思わせぶりな行動したって、あなたの言葉が嘘だって分かってるんだから、無駄よ。何があったって、石橋組は…」

弥生さんがそう言った時、どうやらスマホに着信が入ったらしく、彼女の鞄から着信音が鳴り始めた。鞄からスマホを取り出した弥生さんは、少し苛立ちながら電話に出た。

「ちょっと、佐木さん、何なのよ、急に。プライベートの時間には電話しないでって、いつも言ってるでしょ。」

どうやら相手は、彼女の夫である石橋佐木さんであるようだ。スピーカーにしていなくても、すぐ隣の席に座っている私には、電話越しに焦っている様子が伝わってくる。

「そんなこと言ってる場合じゃないんだ。組が襲撃を受けてるんだよ。お前、何か知らないか? 大事なんだ。知ってることがあったら教えてくれ。」

「お、本当に? だ、だからって、なんで私に電話してきたのよ。」

「それがあいつら、奥さんに聞けとしか言わないんだ。」

佐木さんが話している最中、その背後で打撃音が聞こえたかと思ったら、通話は途切れてしまっていた。

「佐木さん? もしもし。ちょっと、何なのよ。」

弥生さんは私の方を向いたまま、困惑の表情を浮かべて独り言を呟いていた。

「あんた、まさか、本当に? あ、いや、でも、そんなわけ…」

「どうしましたか? 顔が真っ青ですよ。何か気がかりなことがあるんでしたら、今日はもう帰った方がいいんじゃないですか。」

私の言葉を聞いて、はっとした弥生さんは、弾かれたように荷物をまとめると、急いで店から出ようとした。そんな彼女の腕を、大将が掴んで引き止める。

「あんた、また代金を払わずに帰るつもりか? これまでの食事代に加えて、迷惑料の1000万円を上乗せして払ってもらうぞ。」

弥生さんに詰め寄る大将の様子を、私は身を隠しながら伺っていた。大将には私の入れ知恵で、弥生さんが代金を払わずに店を出ようとしたら、迷惑料として1000万円を請求するよう伝えている。石橋組への襲撃は想定外だったが、むしろ順調に事は進んでいた。

「はあ? いつも贔屓にしている客に向かって、なんてことを言うのよ。そんなことより、今は急いでるんだから、話してちょうだい。」

「それなら、あんたのやっていることは無銭飲食だ。警察に通報しても、文句は言えないぞ。」

大将は弥生さんの腕を掴んだまま、もう片方の手でスマホを取り出し、通話を始めた。

「もしもし、警察ですか?」

その電話も大将の芝居なのだが、弥生さんには効果覿面だった。

「や、離して、私は帰るんだから!」

弥生さんは大暴れして大将の手を振り払い、がむしゃらに店から飛び出していった。しかし、私の立てた計画はこれだけでは終わらない。店の外に出た弥生さんを、黒服の男たちが取り囲んだ。それは、兄と電話している時に私が手配した、兄の部下である黒田組の組員たちだ。弥生さんは部下たちの手によって、うまく言わさず脇に止めてあった車へ連れ込まれると、車はどこかに向かって走り去っていった。

その様子を窓から見ていた私は、大将に向かって声をかけた。

「それじゃあ、あとはこっちで対処するわ。結果が分かり次第、報告に来るから。」

お会計を済ませた私は、自分の車に乗り込むと、ある場所へ向かってハンドルを切った。久しぶりの展開に、ヤクザの血が騒いでいるのを感じる。

一方、その頃、弥生さんを乗せた車は、石橋組の事務所の前に止まっていた。わけが分からない弥生さんは、最初車から降りることをためらっていたが、部下たちの手によって強制的に下ろされた。

「ちょっと、何なのよ、これ。なんで事務所がこんなに荒れているのよ。」

彼女の目に飛び込んできたのは、ガラスが散乱した事務所と、あちこちに倒れている組員たちの姿だった。弥生さんは一番近くに倒れている組員の元へ近づくと、爪先で体をつついたり、肩を踏みつけて乱暴に揺った。

「なんで黙ってるのよ。さっさと起きなさい。説明してくれないと分からないわよ。」

助け起こすでもなく、起きるように罵倒するなんて、人間のすることじゃないわね。私が姿を見せると、驚いた弥生さんは目を大きく見開いた。

「なんで、なんであんたがここにいるのよ。」

「さて、どこから説明しましょうか。まあ、手っ取り早く説明するなら、私の今までの振る舞いが全部演技だったってことかしらね。全ては、あなたを叩きのめすための作戦よ。」

「演技って、何の話をしているのよ。スーパーでパートしかできないような貧相な頭をしてる、あんたなんかに、何ができるっていうの。」

私は普段の弥生さんを真似て、勝ち誇ったように笑みを浮かべていった。

「お粗末様。確かにスーパーで勤務しているけど、私の本職は取締役だから、全くもって貧乏じゃないのよ。頭が貧相なのは、あなたの方なんじゃない。」

すると、激昂した弥生さんは、私目がけて殴りかかってきたのだ。すぐさま兄の部下たちが反応し、私の前に立ち塞がって弥生さんの攻撃を防いだ。その様子に弥生さんは困惑していたが、乾いた笑い声をあげていった。

「そうやって他人に守られている時点で、一人じゃ何もできないって証明しているようなものよ。取締役だか何だか知らないけど、そんな仕事がヤクザに敵うわけないんだから。」

その言いがかりがとても幼稚で、私は心の中で笑った。

「そんなに言うなら、一対一で勝負してあげてもいいわよ。」

「上等じゃない。これでも若頭の妻なんだから。私だって強いに決まってるわ。」

弥生さんは根拠のない強がりを口にしていたが、実際は話にならないほど貧弱で、私はあっという間に弥生さんをボコボコに叩きのめした。その時、床に倒れ込んだ弥生さんに、フラフラと近づく人影があった。

「佐木さん、全く、今までどこにいたのよ。そんなことより、一体何がどうなってるの?」

「それはこっちのセリフだ。お前は知っているんだろう。どうしてこんなことになったんだ? さっさと答えろ。」

二人が言い争っているところへ、遅れて到着した兄が姿を表した。

「おいおい、さすがに何も知らないわけないだろう。嘘をついたって無駄だぞ。こっちには証拠があるんだからな。」

「ああ、黒田組の組長のカナトさんじゃないですか。まさか、うちの組を襲ったのって… どうしてですか?」

「カナトさんか。お前の妻に、俺の妹が世話になったみたいだからな。」

そう言った後、兄は弥生さんに視線を向けた。

「随分と生意気な態度を取ってくれたそうじゃねえか。ウィナから聞いてるぞ。旦那が若頭なのをいいことに、ヤクザの権力を傘に着て好き放題やっていたんだって。」

「聞いてないわよ。黒田さん。あなた、ヤクザの妹だったの?」

弥生さんは私と兄の顔を交互に見ながら、ひどく慌てていた。そんな彼女の頭を、佐木さんが突然掴んで下げさせた。

「はい。何をしたかは知らんが、とにかく謝れ。」

「弥生さん、大変申し訳ありませんでした。」

土下座で謝罪する佐木さんに釣られて、弥生さんもその場に土下座した。すると、兄は佐木さんの頭を踏みつけ、続けて弥生さんの頭も踏みつけた。

「誠意が伝わってこねえんだよ。何に対しての謝罪か、ちゃんと理解しているんだろうな。一旦、頭をあげろ。」

兄の指示に従い、二人は顔を上げて兄を見上げた。

「おい、佐木。石橋組の奴らがでかい顔しているって聞いたんだが、その辺のことは理解してんのか?」

「いいえ。何も。俺たちは常に黒田組の顔に泥を塗らないよう、最新の注意を払って行動していますので。ええ、ただ、妻に関しては、悪い噂があるようでして。」

すると、ここで弥生さんが横やりを入れてきた。

「ちょっと、佐木さん。黒田組の名前を出せば、誰だって道を譲るって言ってたのはあなたよ。誰よ、これじゃまるで私だけが悪いことをしていると思われるじゃないの。」

「何を言い出すんだ? それなら、お前だって、若頭の妻という立場を利用して、あちこちで買い物しまくってるそうじゃないか。」

「違うんです。カナトさん。私は何も悪いことはしていないんです。」

言い訳を続ける石橋夫婦を見て、私は呆れ果ててため息をついた。

「情けないわね。普段はあんなに、従業員の言うことが聞けないのか、偉そうなことを言ってるのに。」

「ち、ちょっと、出鱈目言わないでちょうだい。私がそんなこと言うわけないじゃないの。」

「お前、ウィナを嘘つき呼ばわりするのか? やっぱり低脳は低脳だな。こんなことなら、口応えできないように、先に腕を切り落としておくべきだったな。」

兄が話をしている傍らで、部下が手早く用意したのは、小ぶりな斧だった。それを手に取った兄は、弥生さんに先端を向けた。

「図に乗るなよ。俺がその気になれば、お前みたいな人間の一人くらい、誰にも知られず簡単に消すことができるんだからな。」

「ま、待ってください、カナトさん。切り落とすだなんて、そんな物騒なこと言わないでください。今までのことは全部謝りますから。この通りです。」

先ほどと同様に、石橋夫婦は揃って土下座した。

「すみませんでした。どうか、命だけは勘弁してください。」

二人の謝罪を受けて、兄はゆっくり斧を下ろすと、私にアイコンタクトを送ってきた。私は無言で頷くと、体を乗り出し、弥生さんに向かって声をかけた。

「大将の代わりに私が請求するわ。お詫び金として、2000万円を払いなさい。」

金額を耳にした弥生さんは、驚きのあまり顔を上げて私を睨みつけてきた。

「2000万円? 店を出る時は1000万円払えって言ってたわよ。さっきと言ってる金額が違うなんて、そんなのぼったくりじゃないの?」

「あなたの意見なんか求めてないわ。大将に精神的苦痛を与えたんだから、それくらい妥当な金額だと思うけど。」

それでも弥生さんが支払いを渋るので、私はある情報を暴露することにした。

「そういえば、よく質屋に来ていたわよね。それも毎回、違うものを持って。それを売ってお金を作ればいいでしょ。」

「でも、全部売ったとしても足りないわ。2000万円だなんて、無理よ。」

落胆した弥生さんは、その場にへたり込んでしまった。そこへ、追い打ちをかけるかのように、兄が佐木さんに向かって宣言する。

「強制的に、石橋組を黒田組の傘下から外してやる。もちろん、それだけじゃ足りねえからな。石橋組は解散だ。俺の決定に文句は言わせねえぞ。」

何も言えなくなった佐木さんは、弥生さんの隣にへたり込んだ。これだけ言えば十分だと判断した私は、大将に結果を報告するべく、高級寿司店へ戻った。

「話し合いの場を設けて、お詫び金として2000万円を払う約束を取り付けてきたわ。こっちでも送金を確認するから、そこは心配しないで。残るは、客足が戻るかどうかの心配でしょう。後で匿名で口コミを入れておくわ。『迷惑な客は来なくなったみたいで、以前のように落ち着いた店になりました』ってね。」

説明を終えると、大将は私の手を握って、深々と頭を下げた。

「黒田さん、今回は本当にありがとうございました。何から何まで用意してくださったようで、本当に感謝してもしきれませんよ。」

後日、私は兄に電話を入れ、弥生さんたちのその後を尋ねた。兄の説明によると、私が帰った後、石橋夫婦は黒田組の事務所へ連行されたそうだ。

「全財産に加えて、車も家も没収だ。それから、子供は施設に送らせてもらうぞ。二度と会えないと思え。」

「どうしてですか? 私は母親ですよ。住む場所だけでなく、娘まで奪うんですか?」

「こうなったのは、全部お前のせいなんだぞ。お前がくだらない真似をするから、何もかも失うことになったんだ。自業自得じゃないか。」

兄は弥生さんを睨みつけたまま、彼女の顔ギリギリのところに斧を突き立てた。

「そういうことだ。間違っても、復讐しようだなんて考えるなよ。黒田組を敵に回したらどうなるか、分かってるんだろうな。」

あまりの恐怖に、弥生さんはわなわなと体を震わせていたが、反論する度胸だけはなぜか残っているようだ。

「たった一度の謝罪で、こんな重い処罰をするんですか? そんなの、あんまりじゃないですか?」

すると、兄は彼女の胸倉を掴み上げていった。

「何が、たった一度だ。お前は常日頃から他者を見下して過ごしていたそうじゃないか。今になって、たった一度の謝罪だなんて、よく言えたもんだな。」

乱暴に弥生さんを放り投げると、兄は部下に命じて石橋夫婦の両腕を拘束させた。

「お前らには、マグロ漁船に乗ってもらう。逃げようとしても無駄だぞ。24時間体制で監視するから、せいぜい身を粉にして下働きするんだな。」

弥生さんは泣き叫んで抵抗していたが、結局、夫婦揃って連行されていったそうだ。

「それじゃあ、もう弥生さんと顔を合わせることはないのね。これで少しは地域も平和になったんじゃないかしら。」

その時、私は夫と娘を連れて、例の高級寿司店へ行く計画を立てていたことを思い出した。

「そうだ。兄さんも一緒に行かない? 久しぶりに家族みんなで食事会でもしましょうよ。娘も兄さんに会いたがってるし。」

「それじゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔させてもらおうかな。」

そんな感じで、私は今日も、多忙で幸せな日々を過ごしている。

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