「結婚式の前夜に逃げ出した妹の代わりに、顔も見たことのない日雇い労働者の男と、なりゆきで結婚することになった。翌朝、買い物代を乞うように頼んだ私に、彼は無言でスマホを操作し、言った。『口座番号は?』――その直後、私の携帯に届いた入金通知は2億円。なぜ、初対面の男が私に全財産を預ける?『この金のことは誰にも言うな』という秘密とともに、私の新しい生活が始まった。彼は本当にただの日雇い労働者なのか…

「結婚式の前夜に逃げ出した妹の代わりに、顔も見たことのない日雇い労働者の男と、なりゆきで結婚することになった。翌朝、買い物代を乞うように頼んだ私に、彼は無言でスマホを操作し、言った。『口座番号は?』――その直後、私の携帯に届いた入金通知は2億円。なぜ、初対面の男が私に全財産を預ける?『この金のことは誰にも言うな』という秘密とともに、私の新しい生活が始まった。彼は本当にただの日雇い労働者なのか...

結婚式の前夜、妹の彩佳はスマートフォンに届いた一枚の写真を見て、絶叫した。写っていたのは、セメントまみれの作業着を着て、崩れた瓦礫の山で弁当を食べる、日に焼けた男の姿だった。それが、彼女の結婚相手だと言う。

「無理!汚い!貧乏臭い!私、絶対に結婚しない!死んだほうがマシ!」

そう言い残して、彩佳は家を出て行った。残されたのは、招待客への連絡もできないままの母と、そして私、しおりだけだった。母は、私の前に膝まづいて泣き喚いた。蝶よ花よと育てた妹の尻拭いを、一度も愛したことのない娘に、夫となるはずだった男と結婚しろと言うのだ。

私は、母の脅しに近い懇願に、頷くことしかできなかった。こうして私は、顔も見たことのない男性の、なりゆきの花嫁になった。

翌朝、古くてカビ臭いアパートの一室で、私は夫となる佐藤健二さんに、買い物に行くお金を20万円ほどくださいと、恥を偲んで手を差し出した。すると彼は、無言でスマートフォンを取り出し、送金すると言った。私の口座に、人生で一度も見たことのない数字が並んでいた。2億円。彼は、ただの日雇い労働者だと思っていたのに、私に全財産を預けて、こう言った。

「秘密を守れ。この金のことは、誰にも言うな」

なぜ、こんな大金を、なりゆきで結婚した私に? そして、なぜ彼は結婚式の前日に、わざわざ写真を送ってきたのか。結婚前から、私は彼の正体について、胸にざわつきを感じていた。

幼い頃から、母の愛は妹にだけ注がれていた。私は兄として、いや、娘としてすら扱われず、家計を支えるための労働力だった。中学を卒業する時、成績優秀で名門高校に合格しても、母は私に学業を捨てて働けと言った。『女が勉強してどうする。あんたは家のために働きなさい。綺麗な妹に、いいお婿さんを見つけるための金が必要なんだ』と。

私は16歳で田舎を離れ、工場で働いた。給料は全て実家に送金した。たまの休みに買ったスクーターを妹に贈っても、彼女は「ダサい」と一言吐き捨てた。それでも、それが私の役目だと思っていた。

そんな折、母が占い師の言葉に慌てて、妹の結婚相手を探し始めた。鈴木さんという仲人が持ち込んだ縁談は、東京の建設現場で働く佐藤健二という男だった。無口だが誠実で、何より結納金として1000万円を出すという。母はその場で承諾した。妹も、『金さえもらえれば、あとはどうにでもなる』と、その条件に目がくらんだ。

しかし、それは全て見せかけだった。私は、この結婚が、家族の貪欲さから生まれた幻想だったと気づくべきだった。私は代理として結婚したけれど、健二さんは、最初からこの計画のすべてを知っていて、私を試していたのだ。

その翌朝、2億円を受け取った後のことだった。私は言われた通り、母や妹には何も知らせず、健二さんと静かな共同生活を始めた。彼は床で、私はベッドで寝る。無口で、冷たいけれど、決して乱暴ではなかった。むしろ、彼の行動はとても繊細だった。古びたアパートを自分で修理し、明るく住みやすい空間に変えてくれた。私が手荒れしていると、ゴム手袋とハンドクリームを買ってきてくれた。退屈そうにしていると、中古のノートパソコンを用意してくれ、経済の勉強を勧めてくれた。彼は、私が考える『日雇い労働者』のイメージとは、かけ離れていた。

そんな穏やかな日々は、妹の来訪で壊された。最初は、私の貧しい暮らしぶりを見て溜飲を下げるつもりだったのだろう。しかし、私がうっかり置き忘れたスマートフォンの画面に、銀行からの入金通知が映った。2億円という数字を見た瞬間、妹の目は、嫉妬と欲望に燃え上がった。

「お姉ちゃんが、私の夫を盗ったんでしょ!あの人、お金持ちなんじゃない!」

妹の電話を受けた母が、すぐに東京へ乗り込んできた。今度は、二人がかりで、私を「妹の夫を奪った悪女」に仕立て上げようとした。前世から呪術を使って男をたぶらかした、と言いがかりをつけ、離婚して夫を返せと迫った。私は、その厚かましさに、もう何も言い返せなくなった。疲れ果てて、警察を呼ぶと告げた。

その時、ドアが開いた。そこに立っていたのは、汚れた作業着の健二さんではなかった。高級スーツに身を包み、後ろには屈強な秘書らしき男性たちと、高級車が停まっていた。彼は、母と妹を一瞥し、氷のような声で言い放った。

「私の妻は、幼い頃に両親をなくした孤児だと聞いていますが、あなたがたはどちら様ですか?」

彼は、母と妹が私に浴びせた全ての罵詈雑言を録音していた。そして、名誉毀損で訴えると告げた。母と妹は、土下座して許しを乞うしかなかった。健二さんは、彼らがこれまで私に負わせたすべての借金を清算しろと、1000万円を返済するよう命じた。母は、先祖代々の土地を売って、それを返済した。

すべてが終わった後、健二さんは全てを話してくれた。彼は、国内有数の不動産グループ「神聖建設」の御曹司だった。家同士で決められた婚約者に疲れ果て、本当の愛を探すために、身分を隠して建設現場で働いていたのだ。彼は、私の家族を試すために、わざと貧しい姿の写真を送り、高額な結納金を提示した。あの2億円も、私を試すための最後のテストだったと言う。

「あなたは、失望させなかった。使い込むことも、見せびらかすこともせず、静かに生活を整え、私を尊重してくれた」

彼は、私のタコだらけの手を握り、言った。「真実を話さず、芝居に巻き込んでしまって申し訳ない。でも、今私があなたに抱いている感情は、本当だ。心からあなたを愛している」

涙が止まらなかった。私を道具のように扱ってきた家族の中で、私の本質を見て、愛してくれる人が現れたことが、ただただ嬉しかった。私たちは、あの古びたアパートを、新たな愛の巣として選んだ。そして、私は大学に通い、経営を学び始めた。自分の力で立ちたいと思ったからだ。

1年後、私たちは本当の結婚式を挙げた。町を見下ろす丘の上で、白いバラのアーチの下、彼の両親と親しい友人だけが見守る中での、温かい式だった。私は、再び真っ白なウェディングドレスを着た。今度は、涙ではなく、幸福感に包まれて。彼は、私の前に膝まづき、永遠の愛を誓った。

母は、あの事件以来、考えを改めたようだった。妹も、家の近くで働き始めたという。私はもう、過去を恨むことをやめた。あの日、私を目の前で売り飛ばした母と妹によって、私は不幸になったと思っていたけれど、実はあれこそが、私が幸せになるための、最初の一歩だったのだから。

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