大学時代の同級生・橋本からの久しぶりの電話は、合コンへのお誘いだった。
「春、今度の土曜日なんだけど、ちょっと人数合わせて来てくれないか?美人秘書たちとの合コンなんだ」
俺は春、32歳。今は大手法律事務所で弁護士として働いている。昔は地味で冴えない自分を変えたくて、大学卒業後に猛勉強して弁護士資格を取った。金融訴訟や証券トラブルを中心に、これまで実績を積んできた。
橋本とは大学時代の同級生だ。いつも周囲の注目を集めるイケメンで、俺は地方から出てきたばかりの頃、彼の誘いに喜んで応じていた。しかし、ある日気づいてしまった。飲み会のたびに俺だけが他の連中の倍以上の金額を請求されていることに。橋本は俺を引き立て役としてだけでなく、都合のいい財布としても利用していたのだ。それ以来、連絡を絶っていたから、橋本が俺の今の姿を知るはずもない。
卒業してからの屈辱を晴らす絶好のチャンスだと思った。成長した姿を見せつけてやろう。
合コン当日、指定された高級居酒屋の個室に入ると、橋本とその友人らしき男、そして3人の美人な女性が待っていた。
「お、春か。誰かと思ったぞ」
橋本は俺の姿を見て、明らかに拍子抜けした様子だ。無理もない。俺はスーツではなく、ラフな私服で来ていた。弁護士だとわからないように、わざと地味な格好をしてきたのだ。
席に着くと、橋本の隣の男が自己紹介してきた。
「初めまして、田辺です。橋本とは仕事仲間でして」
田辺は調子の良さそうな男だ。女性たちも順に自己紹介する。3人とも大手企業の秘書をしていると言う。中でも一番中央に座る「み瀬」という女性が、知性的な雰囲気でひときわ目立っていた。
「名刺交換しましょうか?」
み瀬の提案に、俺は名刺を取り出して彼女に渡した。受け取ったみ瀬は名刺をじっと見つめ、少し驚いたように俺を見上げる。彼女は俺の名刺に書かれた「弁護士」という肩書きを見たのだろう。
その瞬間、橋本が慌てて割って入った。
「名刺交換は後でいいから、まずは乾杯しようぜ」
橋本はグラスを掲げ、田辺も同調する。俺の名刺はみ瀬だけが手にしたまま、酒宴が始まった。橋本と田辺は、み瀬たちの視線が俺に向いているのを察知したのか、俺を完全に輪の外に置こうとしていた。
「俺は不動産投資の会社で営業やってます。大きな案件で忙しいんですよ」
田辺が得意げに語り始める。
「へえ、すごいですね」
秘書たちは見るからに硬い笑顔で応じている。橋本も負けじと自慢話を始めた。
「俺は証券会社で営業やっててさ、年収1500万超えてるんだよね」
み瀬たちは社交的に相槌を打つが、俺には一切話が振られない。橋本と田辺はみ瀬たちを挟むように座り直し、俺を端に追いやる形になった。学生時代の飲み会と全く同じ構図だ。俺が何か言おうとすると、橋本がすぐに話題を変える。田辺も俺の方を見ようともしない。
次第に、俺の存在は空気のようになっていく。
そして、しばらく盛り上がった後、橋本がグラスを傾けながら満足げに言い放った。
「俺たち5人で楽しいな」
田辺も同調する。
「本当それ。この5人最高」
6人いるのに、5人。俺は完全に空気扱いだ。み瀬が困惑した表情で俺を見るが、橋本がすぐに話題を変え、投資の話を始めた。
「今、仮想通貨と不動産を組み合わせた新しい投資があってさ、月利回りが5%で元本保証もついてる。リスク0なんだよ」
橋本が畳みかける。
「大手企業の秘書なら、社長とか役員に紹介できるんじゃない?紹介してくれたら紹介料も出すよ」
俺は即座に察した。橋本たちの本当の目的は、秘書という立場を利用した投資勧誘だ。み瀬たちを通じて、会社の社長や役員たちを釣り上げようとしている。弁護士として、この話がおかしいことなど一目瞭然だ。月利5%で元本保障という言い方は、金融商品取引法で禁止されている典型的な詐欺的勧誘だ。
み瀬は困惑していた。
「私たちはただの秘書ですし、そういう話を社内に持ち込むのは……」
そう言って断ろうとするが、他の2人の秘書は興味深そうに身を乗り出している。橋本は食い下がる。
「絶対損はさせないから。なんなら君たちも投資してみる?特別に講座解説してあげるよ」
み瀬が俺の方を見て助けを求めるような視線を送り、立ち上がった。
「すみません、お手洗いに……」
少し経ってから、俺も立ち上がり、店の廊下でみ瀬に声をかけた。
「さっきの投資の話、違法の可能性が高い。詐欺的な勧誘の典型ですよ。録音しておいた方がいい」
「本当ですか?」
「はい。何かあったら、さっき渡した名刺を見て連絡をください」
み瀬は真剣な顔で頷いた。
個室に戻ると、橋本と田辺はまだ投資の話を続けている。俺は口を挟んだ。
「その投資、具体的にはどんな根拠で元本保証してるんだ?」
橋本は顔をしかめて返す。
「ああ、お前には関係ないから黙ってろよ」
田辺も鼻で笑った。
「そうそう。高度な金融の話だから、黙っててくれないかな」
橋本と田辺は、完全に俺を地味で冴えない男と決めつけている。
すると店員がラストオーダーを告げに来た。橋本は2次会に行こうと盛り上がっているが、俺には声をかけない。俺は告げた。
「俺はこれで失礼するよ」
橋本は興味なさげに手を振る。
「そうか。じゃあな。会計は割勘だから、後で徴収させてもらうわ」
み瀬だけが立ち上がり、丁寧に見送ってくれた。
合コンの翌日、み瀬から着信が入った。
「あの……相談したいことがあるんです」
声から真剣に悩んでいることが伝わってくる。
「では、今日の夕方、事務所に来られますか?」
俺の提案にみ瀬は即答した。
夕方、事務所に来たみ瀬は緊張した面持ちで切り出した。
「実は、今日も何度も連絡が来て、橋本さんたちからしつこく投資の話を持ちかけられるんです」
「本気であなたの立場を利用しようとしているようだね」
み瀬はしばし悩んだ挙げ句、答えた。
「法律の専門家である春さんに相談したくて……」
「昨日の会話は録音できましたか?」
み瀬はスマートフォンを取り出し、再生し始めた。橋本と田辺がみ瀬たちに投資話を持ちかけ、しつこく食い下がる様子がはっきりと記録されている。
再生が止まった瞬間、俺は冷静な声で告げた。
「これは明確な証拠になります」
俺は橋本と田辺の勧誘行為が法律違反であることを詳しく説明した。まず、月利5%で元本保障という表現が投資商品で元本保障を謳って勧誘するのは原則として違法であること。さらに、秘書という立場を利用して社長や役員への紹介を依頼する行為が、み瀬自身を法的リスクにさらす危険なものであること。
み瀬は真剣な表情で聞いていたが、やがて感情を露わにし始めた。
「私、すごく腹が立っているんです。橋本さんたちは私たちを道具としか見ていない。しかも、春さんのことをあんなにひどく扱って……」
俺は静かに答える。
「そうですね。あの2人には、人を見下し、法を無視した結果がどうなるかを思い知らせましょう」
「でも、どうすれば……」
「作戦を立てましょう」
俺は紙に作戦の流れを書き出しながら説明した。
「まず、み瀬さんは会社のコンプライアンス部門に報告してください。報告の際、弁護士が同席していて違法性を指摘されたと伝えてください。専門家がいたことで企業側はこの件を重く受け止め、当然私に連絡してくる。私は証人として合コンの会話内容を証言します」
み瀬が先を促す。
「それで?」
「企業側は自社の社員が違法勧誘を受けたことを重く見て、橋本と田辺の所属企業に正式に抗議する。すると、証券会社と不動産投資会社は内部調査を開始するでしょう。そうなれば、2人は会社から呼び出しを受けて追い詰められる。そして……」
身を乗り出すみ瀬に、俺は告げた。
「2人は会社から、合コンに弁護士が同席していたとだけ聞かされる。でも、私の名前は開示されないはずです。証人保護のため、個人情報は秘匿されるのが原則ですから。橋本たちは合コンにいた人間を思い返して、自分たち以外の男が俺しかいないと気づく。でも、俺が弁護士だとはにわかには信じられない。まさか、あの冴えない春が……と半信半疑のはず。だからこそ、確かめに来る。そして、もし本当に俺が弁護士として証言したなら、『余計なことをしやがって』と怒りをぶつけてくるでしょう」
「なるほど……」
「そこであの2人を制圧しましょう」
「わかりました。春さんの言う通りにします」
み瀬の目に決意の光が宿った。
合コンから3日後、橋本から鬼気迫る連絡が入った。
「春、お前本当に弁護士なのか?会社から呼び出されて、合コンに弁護士がいたって言われたんだ。あの場にいたのはお前しかいないだろう。冗談じゃないぞ。俺たちがどんな目に遭ってるか分かってるのか?とにかく今すぐ会って話がしたい」
俺は橋本に短く告げた。
「話があるなら、今日の夕方、事務所に来い。田辺も連れてくるといい」
電話を切ると、すぐさま俺はみ瀬に連絡を入れた。
「予想通り、橋本と田辺が来ます。それで、み瀬さんにお願いがあるんです。事務所の隣の部屋で2人の会話を聞いていてもらえませんか?おそらくあの2人はみ瀬さんに話をつけてくれと懇願してくるでしょう。その時、み瀬さんご自身が登場して、自分の言葉で断ってください。被害者であるあなた自身が拒絶する。それが最も効果的だと思います」
み瀬はすぐに決意したように答えた。
「わかりました。そうさせてください」
そしてその日の夕方、俺の事務所に橋本と田辺がやってきた。橋本が驚きを隠せない様子で言う。
「こんな立派な事務所……お前、本当に弁護士だったのか?」
田辺も呆然とした表情で続ける。
「橋本から聞いてたのと全然違う……」
俺は淡々と答えた。
「人は変わる。お前らが俺の現状を聞こうともしなかっただけだ」
橋本の表情が一変し、怒りを露わにする。
「ふざけるな。お前が会社に告げ口したせいで、俺たちは呼び出しを食らったんだ。余計なことをしやがって」
田辺も声を荒げる。
「あの投資の話なんて、ただの営業トークじゃないか。それを大げさに違法だなんて……」
俺は冷静に椅子を進めた。
「まず座れ。落ち着いて話をしよう」
しぶしぶと席に着いた橋本と田辺に、俺は促した。
「それで、会社からは何と言われたんだ?」
橋本が震える声で答える。
「合コンの数日後、人事から呼び出された。合コンで大手企業の秘書に投資勧誘をしただろうって。その場に弁護士がいて証言されているって言われたんだ。しかも、先方の企業から正式な抗議文まで来てるらしい」
田辺も続ける。
「俺は月利5%元本保障っていう表現が法律違反だって指摘された……」
橋本が俺を睨みつける。
「その弁護士ってのは、お前だよな」
俺は静かに頷いた。
「ああ、証言した」
「なんでそんなことするんだよ?同級生だろ!」
俺は淡々と説明した。
「み瀬さんが会社のコンプライアンス部門に報告したんだ。当然、企業側から俺に連絡が来る。俺は証人として合コンの会話を詳しく証言した」
橋本が驚愕の表情を見せる。
「み瀬さんは合コンの会話を録音していた」
「録音だと?」
橋本が慌てて言い訳する。
「だから、あれは営業として……」
俺は冷たくさえ切った。
「営業だから許されるわけではない。元本保証を謳って投資を勧誘するのは、金融商品取引法で禁止されている。お前らは証券会社と不動産投資会社の社員だ。法律を知りながらやったんだな」
田辺がすがりつくように言う。
「で、でも……なんとか示談に済ませられないか?」
橋本も必死に訴える。
「俺たち、同級生だろう?頼むよ」
俺は静かに首を横に振った。
「同級生?お前らが俺を同級生として扱ったことは、あの合コンで一度もなかった」
橋本が言葉につまる。俺は続けた。
「お前は合コンで『俺たち5人で楽しいな』と言った。6人いるのに5人。そんな類いの言葉は学生時代に何度も聞いた。お前は昔から俺を引き立て役として利用してきたんだ」
橋本は弱々しく反論する。
「あれは……冗談のつもりで……」
「冗談では済まない。お前らは俺の職業を聞こうともせず、『黙ってろ』と見下した。俺が弁護士だと知っていたら、あんな勧誘はしなかっただろう」
2人は何も言えず、うつむいた。俺は最後に告げた。
「お前らは人を見下し、法を無視した。その結果がこれだ」
その時、橋本の携帯が鳴る。橋本が震える手で出ると、所属する会社からのようだった。短い会話の後、橋本の顔から血の気が引いていく。
「明日、懲戒委員会……はい、わかりました」
橋本が力なく電話を切る。おそらく田辺にも同様の呼び出しがかかるに違いない。
橋本が震える声で言う。
「……このままじゃ、俺たち首だ。なんとかみ瀬さんに話をつけてくれないか?直接謝れば許してもらえるかもしれない。お願いだ」
俺は2人を見つめてから立ち上がり、応接室のドアを開けた。
「み瀬さん、入ってください」
ドアの外で待っていたみ瀬が入ってくる。橋本と田辺は驚愕の表情で固まった。
「み……み瀬さん……」
橋本が震える声で言う。み瀬は凜とした表情で2人を見据える。俺は説明した。
「み瀬さんには隣の部屋で全ての会話を聞いてもらった」
田辺が青ざめる。
「そ、そんな……俺たちが言ったこと、全部……」
橋本が頭を下げようとする。
「み瀬さん、すみませんでした。本当に申し訳ない……」
しかし、み瀬は冷たい表情のまま言った。
「謝罪は受け入れません」
田辺が懇願する。
「お願いします!俺、本当に反省してるんです!」
み瀬は首を横に振った。
「あなた方は、私たちを道具としか見ていませんでした。秘書という立場を悪用して、違法な投資を押し付けようとした。しかも、春さんのことを見下しましたよね。そんな人たちの謝罪を受け入れるつもりはありません」
2人は何も言えず、ただうつむくしかできない。み瀬は俺の方に向いた。
「春さん、私たちの会社は法的措置を取る方針です。橋本さんと田辺さんには、違法な勧誘行為の責任を取ってもらいます」
俺は頷き、橋本と田辺に向き直った。
「聞いての通りだ。お前らはみ瀬さんの企業に対して重大な迷惑行為を働いた。金融商品取引法違反、業務妨害、詐欺未遂の疑い。これは民事だけでなく、刑事告訴の対象にもなり得る」
橋本が叫ぶ。
「そんな……もう十分じゃないか!俺たちは懲戒委員会に呼ばれてるんだぞ!」
み瀬が静かに、しかし断固とした口調で答える。
「あなた方の会社での懲戒委員会と、私たちの会社からの法的措置は、全く別の問題です」
俺は冷静に告げた。
「お前らは2つの報いを受けることになる。今働いている会社からは解雇されるだろう。そして、み瀬さんの会社からの法的措置だ。訴訟になれば、お前らの名前は実名で報道される。証券会社と不動産投資会社の社員が違法な投資勧誘をした。世間はどう見るだろうな」
田辺が青ざめる。
「春……頼む。なんとか……」
俺は首を横に振った。
「何ともならない。お前らが自分で巻いた種だ。人を見下し、法を無視した報いを受けるべきだ」
橋本が力なく座り込み、静かに呟いた。
「春……お前、変わったな。昔はもっと地味で……おどおどしてたのに……」
俺は静かに答えた。
「お前らが俺を見ようとしなかっただけだ。10年前も、そして今も」
2人は何も言えず、そのまま事務所を出ていった。
静寂が訪れた応接室で、み瀬は微笑みを浮かべて俺に言った。
「春さん、ありがとうございました。あなたがいなければ、私たちはあの2人に利用されていたかもしれません」
「み瀬さんが勇気を持って行動したからこそ解決できたんです。困ったことがあれば、いつでも相談してください。弁護士として、そして友人として」
み瀬の目に淡い涙が光る。
「はい……これからもよろしくお願いします」
人を見下した者たちには、相応の報いが訪れる。それを証明できたことに、俺は晴れやかな気持ちになった。
それから数ヶ月後、み瀬の企業から連絡があった。橋本と田辺の所属企業から正式な謝罪文書が提出され、処分結果も報告されたという。2人とも懲戒解雇が確定し、さらに企業イメージを損ねたとして、所属企業から損害賠償を請求されている。そして、み瀬の企業からの法的措置も実行され、橋本と田辺は謝罪文を提出し、慰謝料を支払うことで示談が成立した。ただし、この件は業界内に登録され、今後金融関連企業への就職が事実上不可能になったという。
違法勧誘という決定的な汚点により金融業界から完全に締め出された2人は、今では日雇いのバイトでなんとか食いつないでいるそうだ。
一方、俺とみ瀬の関係はあの件をきっかけに深まっていった。み瀬の企業からは顧問としての依頼が舞い込むようになり、仕事の幅も広がった。さらに、み瀬とは仕事以外でも食事に行く仲になり、互いに支え合う関係を築いている。
これからも弁護士として、困っている人たちの力になっていきたい。そんな決意を胸に、俺は今日も事務所の扉を開けるのだった。



