「お腹をバットで殴られた後、ママ友のゆりさんは宝かに笑っていった。『うちの夫はヤザの若頭で、父親は組長なのよ。だから私には誰も逆らえないのの。どう? 悔しいでしょう。』」
多くのママ友たちがゆりさんに逆らえないでいたのは、きっと同じことを言われて脅されていたからに違いない。私は殴られた理不尽さに怒りが湧き、絶対に屈するものかと心に決めた。
私の名前は山岡千鶴。小学2年生の娘がいる専業主婦だ。結婚前に両親を亡くし、結婚後は唯一の身内である祖父の家の近くに住みたいと思っていた。ちょうどソファ卓の近くに縦売りの新築小庭が数件まとまって建ったので、その一件に移り住んだのが10年前のことだ。
祖父はヤザ関係者だったと聞いているが、私の記憶の中ではいつも優しいおじいちゃんでしかなく、今は小さな和風の一軒に一人で暮らしている。もう足を洗ったのかもしれない。
数ヶ月前、うちの隣の家は住んでいた家族が引っ越して空き家になっていた。まだ綺麗だったようで、クリーニングと水回りのリフォームだけして売り出された。それがつい1ヶ月前だというのに、もう買い手がついたようで、今日新しい入居者がやってきた。
「一之瀬です。よろしくお願いしますね。」
一之瀬ゆりさんというその奥さんは、引っ越しの挨拶の時にはごく普通の主婦に見えた。娘さんもうちの娘と同学年で、朝は一緒に行こうねと子供同士早速約束していた。
後日、風の噂で前の地域で問題があって転居してきたらしいと聞いたが、しばらくはそういう印象は受けなかった。
ゆりさんについての印象がらりと変わったのは、PTAの集まりの時だった。年度始めの役員や係の決めごとで揉めている間、ゆりさんは斜めに構えてスマホをいじったまま話を聞き流していた。人気のない係は抽選になり、ゆりさんはそれに当たってしまったのに、呼ばれても返事もしない。
司会をしていた保護者代表の人が何度呼んでも返事をしないので、周りの人が声をかけると、ゆりさんは大きく舌打ちをしてスマホをバンと音を立てて机に置いた。
「ちょっと何なのよ。うるさくて集中できないじゃない。こんなのいつまでやってんのよ。さっさと決めて。」
とんでもない言い草に、みんなざわつき始めた。先生もオロオロしているだけで頼りにならなそうだ。
「ゆりさんが9時でこの係に決まったから、ゆりさんがこの紙に名前書けば終わるわよ。」
変な空気になってしまったので、仕方なく仲裁に入った。
「はあ。勝手に決めないでよ。」
「え、聞いてなかっただけでしょ。はい。書いて。私も前にやったことあるから、後で教えるから。」
「なんで私がこんなこと」
睨んでくるゆりさんに、私も負けじと睨み返す。
「早くこの話を終わらせたいでしょ。」
ゆりさんは渋々名前と連絡先を書き殴って、ドアを乱暴に開けて出ていった。
その日以来、ゆりさんの噂があちこちから聞こえてくるようになった。係決めの時に私が言い返していたからとか、家が近所だからとか、そんな理由で私に「ゆりさんを何とかしてくれ」と言ってくれる人が増えた。学校に相談したらという内容もあったが、先生たちも何の対処もできないそうだ。私だって別にゆりさんと仲がいいわけでも、ゆりさんが言うことを聞いてくれるわけでもないのに。
それから数週間経ったある日のことだった。その日も子供たちが学校に行くのを外で見送っていたら、珍しくゆりさんが玄関から出てきた。
「おはよう、ゆりさん。」
「おはよう、千鶴さん。今日時間あるかしら? よければうちでお茶しない? 」
そんな誘いをゆりさんから受けるのは初めてだったので驚いた。普通に考えると、引っ越ししたばかりで周りと馴染んでいなかったら、ご近所さんと話す機会を増やして仲良くなりたいと思うのはありがちな話だなと思った。それがゆりさんに当てはまるかは微妙だけれど、これまでの言動や態度からはとても周りと仲良くしたいとか思っていなさそうだったので、とにかく意外だった。むしろ私に対しては敵視に近い感覚だと思っていた。
「え、時間はあるけどどうかしたの?

」
「まあちょっと話したくて。いただき物のお菓子があるから食べに来てよ。」
正直これまでの態度からあまり関わりたくないのだけれど、珍しく丁寧な態度だったので、もしかしたら反省して変わろうとしているのか、何か困っているのかもしれない。ご近所のよしみで行ってみることにした。
私は家事を終えた後、簡単な手土産を持ってお隣を尋ねた。隣の家には初めて入ったけれど、同じ会社がまとめて建てた縦売りなので、うちとあまり変わらない間取りのようだ。日当たりの関係なのか、うちもゆりさんの家も2階がリビングの仕様なので、玄関入ってすぐの階段を上がって2階に通される。
「そっちで適当に座ってて。コーヒーと紅茶どっちがいい? 」
「ありがとう。じゃあコーヒーで。」
窓際の日当たりの良いスペースのソファに腰かけ、私は少しキョロキョロしていた。よそのお家のインテリアは人柄が出るのでついつい観察してしまうが、意外にシンプルで殺風景だった。引っ越したばかりだからかなとも思ったが、ベランダや部屋の隅に野球やゴルフの用具が置いてあったりする。旦那さんの趣味らしきものは見当たるけれど、ゆりさんの趣味や好みは分からなかった。
「お待たせ。」
ゆりさんがコーヒーとお茶菓子を運んできた。ありがとうと言って飲み物を口にすると、ゆりさんは座ってすぐに話し始めた。
「この前のPTAの打ち合わせで学校行ってきたけど、他のママたち失礼すぎて頭来た。」
「え、何があったの? 」
聞いてみると、参加者みんな遠巻きにして自分と一緒に作業してくれないとか、リーダーに質問に行ったら「やらなくていいから座ってて」と言われて放置されたとか。まあ、あの時の打ち合わせでの態度が酷かったから、みんな関わりを持ちたくないんだろう。質問したと言っているけど、おそらくいつものように喧嘩腰で言ったのだろう。そうしたら文句にしか聞こえないから、リーダーも忙しいし「こちらでやりますから休んでください」と言ったんじゃないだろうか。
「私がわざわざ真面目に参加してやってるのに、誰も感謝しないし。」
「え、なんで感謝しないといけないの? 」
なんか呆れて本音がポロリと漏れてしまった。
「私があんなくだらない作業に参加してやってるのよ。当たり前じゃない?
前の学校だったらみんな私のことを褒めたたえたわ。」
以前の学校で何か問題を起こしたらしいと聞いているので、おそらく以前はちやほやと持ち上げる取り巻きでもいたんだろう。ここでもボスママ的な扱いにならないことが不満なだけのようだ。
「以前はどうか知らないけど、転校したばかりでここでは新入りなんだから。ゆりさんがどんな偉い人か知らないけど、いきなり褒めたえるとか無理だと思うわ。」
半分呆れて私は言った。
「周りと仲良くなりたかったら、周りに配慮して自分の態度を少し変えるところから始めたらどうかしら? 」
私のアドバイスは大いに不満だったようで、目に見えて不機嫌な態度になってきた。
「はあ。別に仲良くなりたいわけじゃないし。なんで私がすり寄っていく方なのよ。」
悪びれる様子も全くないので、私もつい言葉が続く。
「仕方ないじゃない。以前はどうだったか知らないけど、以前の人間関係をリセットしてここに来たんでしょ? 以前とは変わるべきだからそうしたんじゃないの? 」
「何よ?
あなたに何が分かるのよ。私は引っ越したくなかったのに。旦那が勝手に決めたのよ。慰謝料の支払いがどうのこうのと言って。私のお気に入りの高級家具やブランドなんかみんな売られて、こんな地味な家に住むはめになってるのよ。こんなに我慢して私、前と十分変わってるわ。」
何やら私の想像以上の問題を起こしての引っ越しだったらしい。
「ま、じゃあなおさら、昔みたいになろうとするのを諦めましょうよ。他のママさんたちは悪くないし、それは関係ない。」
私の言葉が聞こえているのかどうか、ゆりさんは下を向いてしまった。膝に置いた手が硬く握られ、ブルブルと震えているように見えて、私は焦った。
「あんたよ。あんたのせいよ。あんたみたいな人がいなければ、みんな私を恐れたり媚びたりし出して前みたいになるのよ。あんたがもっと私のことを怖がればいいのよ。」
「もう帰るわね。ご馳走様。」
棘のある言葉にゆりさんの怒りのスイッチが入ってしまったようなので、私は急いで席を立った。するとゆりさんはパッと顔を上げ、その顔は真っ赤になって怒っていた。そしてゆりさんはなぜか急にベランダに続く掃き出し窓を開け、そこにあったバットを掴んだ。
「あんたが一番嫌い。偉そうにしやがって。」
なんとバットを構えて私に襲いかかってきた。
「きゃあ。」
私は突然のことに驚きすぎて逃げることもできず、ゆりさんにバットでお腹を殴られた。痛くて思わずその場にしゃがみ込む。
「い、一体なんてこと? 」
見上げると、ゆりさんは勝ち誇った顔をして私を見下していた。
「ふっ、何を言っても無駄よ。うちの夫はヤザの若頭で、父親は組長なの。だから私には誰も抵抗できないのよ。どう? 悔しいでしょう。」
そう言って高笑いを上げる。
「誰も… で、今まで他の人にもそんなこと言って脅して言うこと聞かせてたっていうの?
」
「そうよ。こっちに引っ越してきてからもやってるわ。あんたは一番嫌いだから、最後に思い知らせてやろうと思って口止めしてたのよ。だから今じゃ知らないのはあんたくらいよ。」
みんなを怖がらせたり脅したりして、それで恐れられたり媚びたりしたいという気持ちが全然理解できない。それができないのは私のせいにされて、挙句バットで殴られて。あまりの理不尽さに、私だって頭に来ていた。
私はゆりさんのバットを掴んで、ゆりさんから取り上げる。まさか私が反撃してくると思わず油断していたのか、ゆりさんは呆然としていた。
「いくら旦那の肩書きを利用しても、あんた自身が偉いわけじゃないんだよ。」
私は思いっきりゆりさんの頬を張った。
「いい加減目覚ましなさいよ。」
頭に血が登ってしまったが、この人にこんなことを言ったらもうおしまいだろう。ゆりさんは頬を押さえて一瞬固まったが、すぐに怒りの形相になり、部屋の隅にあったゴルフクラブを取りに行き、それを構え出した。
私はバットを抱えたまま後ろ向きでベランダへ逃げ、外側から掃き出し窓を閉めた。反対の窓の縁に足をかけ、体全体でつっかい棒のように体を押し当てて開かないようにしながら、外に向かって助けを求めた。
「誰か助けて! 誰か来て! 」
ベランダに面したところに道路はあるが、人がいるかどうか私のこの位置では全く見えない。誰かが通ってくれることを願って叫び続けた。そうしている間も、ゆりさんは窓をガタガタさせて開けようとしている。手に持っているゴルフクラブが怖い。自分の家なのに、今にそのゴルフクラブで窓を割ってくるのではないかとハラハラしていたその時だった。
ゆりさんが急に振り返り、少しすると窓から離れて部屋の奥へ戻っていく。気づかなかったが、小さくインターホンの音が聞こえていた。鳴り止まないインターホンに出ることにしたゆりさんは、インターホンの前でしばらく怒鳴っていたが、リビングから出ていった。
誰かが来てくれたのかもしれない。その誰かに助けを求めるために、ベランダを出て私も玄関の方に向かった。殴られたお腹が痛くて体がふらつき力が入らなかったが、なんとかリビングのドアを開け、階段のところまで来ると、玄関は降りてすぐのところにあるので玄関からの声がよく聞こえた。
「だから何もないって言ってるでしょ。その声も聞き間違いなんだから。警察なんて連絡したらボケだと思われて恥ずかしいだけですよ。」
「いやあ、確かにこの家から『助けて』という声が聞こえた。入らせてもらおうか。」
あの声は祖父だ。ちょうどうちに寄るつもりだったのかもしれない。どうやら私の声を聞きつけてインターホンを連打し、警察を呼ぶとか何とか言ってゆりさんに玄関を開けさせたようだ。
「おじいちゃん! 」
嬉しくて急いで駆け寄ろうとしたが、殴られたお腹が痛くて階段をスムーズには降りられなかった。
「おい、どういうことだ?
うちの孫に何をした? 」
「え? 孫? なんでそんな偶然で身内がやってくんのよ。何もしてません。なんか昨日変なものでも食べたんじゃないんですか?
お腹が痛いから帰るんだそうですよ。」
とぼけようとしているけれど、ゆりさんは手にゴルフクラブを持ったままなので全く説得力がない。
「違う。バットで殴られた。」
私が言い終わる前に、祖父はゆりさんの持っていたゴルフクラブを奪った。祖父もいい年ではあるが、体も良く、ひ孫を軽々と片手で抱えられる程度には筋力も衰えていないので、あっさりと奪えた。
「うちの孫に怪我をさせるとは許さん。お返しだ。」
ためらいもなく祖父はゴルフクラブを振り、ゆりさんの頬を殴った。ゆりさんは勢いで尻餅をつき、その口元からは血が垂れていた。
「痛ったぁ! 」
ゆりさんは玄関の鏡で自分の顔を見て出血に驚き、尻餅をついたまま後ずさりした。私はその隙に玄関に出て、祖父の後ろに隠してもらった。
「ありがとう、おじいちゃん。」
「やはり千鶴の声だったな。間に合ってよかった。」
もういい大人だというのに、涙が出てきそうだ。
「ちょ、ちょっとあんたたち、私をこんな目に合わせて無事に住むと思ってんの? うちの旦那はね、一之瀬組の若頭なのよ。そして父は組長。言いつけてやる。ひどい報復を受ければいいのよ。」
「ほお。一之瀬組なるほど。」
祖父はそんな脅され方をしても一向に怖がったり焦ったりしなかった。ゆりさんは思っていた反応と違っていたので悔しそうに顔を歪めている。
「このクソジジイ、分かってる? ヤザよ。ヤザ。ふざけた態度ばっかり取ってると、その長い命が明日にでも終わるかもしれないわよ。」
そんなことを言っても祖父は動じない。
「うちの一之瀬組って言ったら、うちのグループの下っぱだな。だから千鶴、安心しなさい。報復なんて不可能だ。」
「はあ?
何を言っているんですか? 」
ゆりさんは何を言われているか分からないようだ。私も祖父がヤザだったとは聞いていたけど、今でもそんな偉い人だとは知らず驚く。
「あとは片が付くのか。じゃあ、知らないと思うが、わしは竜山会という組の会長だ。まあ、後で旦那や父親に聞いてみるといい。むしろ自分が報復される心配でもしたらいいんじゃないか。」
そう言うと祖父はゆりさんの首根っこを掴み、引きずるようにして家を出ていった。私は初めて知ったが、近所の祖父の家の少し先に立っていた中型のビルが事務所だったらしい。そして隣には倉庫があり、ゆりさんをその倉庫に閉じ込めてきたそうだ。
私はと言うと、祖父が呼んでくれた救急車が到着し、病院へと運ばれていった。幸い大事には至らず、その日のうちに帰宅することができた。自宅には倉庫から戻った祖父がずっといてくれたようで、娘も無事に家にいた。私はその日は安心してゆっくりと眠ることができた。
翌日の朝、私が起きてリビングへ行くと、祖父が家の監視カメラのデータを確認していた。一応一之瀬組には祖父が連絡を入れてくれたそうだが、下っぱのチンピラがうちに何か悪さをしに来る可能性はゼロではなかったから、念のためだ。
昨日のデータは何の問題もなかったが、そのまま1ヶ月ほど遡ると妙なものが映っていることに気がついた。うちの玄関前の監視カメラには、隣の玄関も少しだけ映り込んでしまっている。そこにはゆりさんと連れ立って男の人が家の中に入っていくところが映っているが、その男はどう見ても旦那さんではない。うちの監視カメラは1ヶ月しかデータが残らないが、1ヶ月の間に5回も来ていた。
私たちは顔を合わせ、これはもしかすると同じことを想像したと思う。祖父はすぐに一之瀬組に連絡すると、若頭と組長はすぐに私の家の前に到着した。祖父が見てほしいものがあると彼らを家の中へ呼び、この映像を見せた。
「こ、こいつはユリの元彼です。前にもこういうことがあって、もう会わないってあの時は約束したので許したんですが。」
若頭は深くため息をついた。
「恥ずかしいことですが、うちの娘は全くでこんなことばっかりで。ああ、私の育て方が悪かったんでしょうな。甘やかしてばかりで、人様に迷惑ばっかりかけてしまっている。」
組長の落ち込んだ姿はヤザではなく、ただの一人の父親の姿だった。
それからみんなで連れ立って祖父の事務所の倉庫へ向かった。祖父が扉をノックして声をかけると、一晩閉じ込められていたゆりさんは疲れて大人しくなっているかと思ったらそんなことはなく、元気に暴言を吐きまくった。
「早くしなさいよ、このクソジジイ。私がなんでこんな目に遭わないといけないの? 見てなさい。夫と父を呼んだら、こんな倉庫だのあんな家だの5分で潰してあげるから。」
勢いよく吠え、その後高笑いをするゆりさんに、立っている夫と父は青ざめていた。
「2人ならここにいますよ。」
私はそう扉に向かって言葉をかけ、倉庫の扉を開けた。勢いよく飛び出てきて、早速私の胸ぐらを掴んだゆりさんだったが、私のすぐ横にいた組長と若頭がとっても怒った顔で見つめていたので、さっと手を離した。
「え、どうしたの? 」
2人の形相に驚いたが、次の瞬間、夫である若頭がゆりさんの胸ぐらを掴んだ。
「おい、こらユリ。こちらの方々にとんでもない失礼を働きやがって。どうしてくれるんだよ。うちの組が潰れちまうだろうが。」
「ちょっと痛いな。何なのよ、失礼だって。あちらの方が失礼じゃない。あのクソジジイ、うちの組が下っぱとか言ったのよ。」
「間違ってねえよ。うちは竜山組の組の中では本当に下っぱだ。え、こちらの方はうちの組を含む100以上のヤザ組織を束ねる竜山会の会長さんだぞ。うちなんか両で潰されるわ。」
「嘘よ。」
「それにお前、また元彼に会ってたな。また浮気してるなんてどういうことだ。約束破ったんだから、今度こそ許さねえぞ。」
「ええ、なんでバレた?
」
問答無用で若頭はゆりさんを押し倒した。若頭は倒れたゆりさんに馬乗りになって、右から左から何度も殴りつけた。
「さて、どう落とし前をつけさせたらいいかな。」
一之瀬組の組長と若頭による制裁が一段落したようなので、今度は祖父に対する一之瀬組の落とし前について尋ねた。
「なんなりとおっしゃってください。」
組長は土下座をする。それに習って若頭も土下座をする。ゆりさんはよろよろと体を起こしたが、その顔は口元に血を滲ませ、頬をパンパンに腫らせていた。
「そうだな。やはり金で解決する方が分かりやすくていいだろう。」
祖父は倉庫内をちらっと見る。一晩脱出を色々と試みたのか、中はぐちゃぐちゃになっているように見える。
「そうだな。うちの倉庫内を荒らしたようなので、損害賠償と孫娘の慰謝料で4億もらおうか。」
「はあ。」
「そうだ。あんたも浮気されてたっていうのに、ヤザの肩書きを利用されていたんだから、慰謝料ぐらいもらったらどうだ? 1組に1億払うってことで、合計6億にしてやろう。」
「ちょ、ちょっと何勝手なことばっかり言ってんのよ。」
あまりのことにゆりさんが立ち上がって抗議するが、組長と若頭は土下座体制のままゆりさんも見ない。
「仰せのままに、承知いたしました。」
「勝手に承知してんじゃないわよ。無理よ。そんな金額無理。無理。」
ゆりさんは納得いかないと、いつまでも騒ぎ続けた。
「往生際が悪いなあ。自分が断れる立場にないとまだ理解してないのか。払えないなら、お前の命と引き替えにしてもいいんだぞ。」
「い、やれるもんならやってみなさいよ。」
祖父が言った言葉に、余裕なのか本気にしていないのか、ゆりさんはヒステリックに言い返した。
「やれやれ。そっちを選ぶなら仕方ない。」
何をするのかと思ったら、祖父は懐から拳銃を取り出した。私はそんなもの見たこともなかったので、驚いて言葉を失った。そんなものが普通に出てくるなんて、祖父は本当にヤザだったんだと。この時私も初めて実感した。銃口を向けられると、ゆりさんもさすがに身に染みて実感したのか、さっきの勢いはどこかへ吹っ飛んだようだ。
「あ、あの、すいません。払います。払いますから。」
ゆりさんは一之瀬組の組長と若頭と一緒に土下座の体制になってそう言った。
その後祖父から聞いた話によると、ゆりさんは離婚され、莫大な金額の支払いのために風俗嬢に載せられたらしい。ヤザ御用達の金貸しの紹介でとても稼げるらしいが、一体何年かかるのか私には分からない。
お隣は引っ越し、また空き家になった。私は平和な日常を取り戻し、家族で穏やかな生活を送っている。
お隣さん、今度はいい人が来てくれますように。私は密かに願っている。


