「お前なんて、俺にとってはATMとしての価値しかないんだよ。」…

「お前なんて、俺にとってはATMとしての価値しかないんだよ。」...

「600万円振り込んでおいてくれ。」

その朝、私がキッチンで朝食の準備をしていた時のことです。夫の文雄が新聞を読みながら、まるで今日の天気でも告げるかのような軽い口調でそう言ったのです。

私は思わず手を止めました。65歳にもなれば耳は遠くなるものですが、それでも聞き間違いであってほしいと思いました。

「600万円?」

思わず聞き返すと、夫は新聞から顔を上げることもしないで、ただ軽く頷いただけでした。

「今週中に頼むよ。」

そう付け加えると、まるで話は終わったとばかりにまた新聞を読み始めました。

私は立ち尽くしたまま、夫の横顔を見つめていました。38年間連れ添った夫が、まるで「醤油を取って」というような調子で600万円という大金を要求してきたのです。

「あの、文雄さん。その600万円は一体何に使うんですか?」

そう尋ねようとした私の言葉を、夫は片手を上げて遮りました。

「後で説明するから。今は忙しい。」

朝の静かなキッチンに、新聞をめくる音だけが響いていました。私の心の中では、何か大きな歯車が狂い始めたような不穏な音が聞こえ始めていたのです。

夫の無神経な態度を前に、私は38年前を思い出していました。

結婚当初、私は総合病院の看護師として働いていました。夜勤も含めて必死に働き、月給35万円を稼いでいたのです。一方の夫は、当時まだ駆け出しの営業マンでした。

「いつか俺が稼げるようになったら、春江には働かせてやる。」

そんな彼の言葉を信じて、私は家計を支え続けました。

しかし現実は違いました。夫は転職を繰り返し、その度に私の貯金が減っていきました。特に15年前、夫が独立すると言い出した時のことは忘れられません。

「600万円だけ貸してくれないか。必ず成功してみせる。」

私は自分の老後資金として貯めていた500万円を、迷うことなく差し出しました。

結果は半年での廃業でした。

それでも私は文句の一つも言いませんでした。定年後も病院に頼み込んで再雇用してもらい、夫の趣味のゴルフ代まで工面してきたのです。

「今月もゴルフ代が足りなくて。」

そんな要求に、私はいつも「大丈夫よ」と答えてきました。

38年間、私はずっと家計を支え、夫を支え、この家庭を守ってきたのです。

それなのに今朝の彼の態度はどうでしょう。まるで私のお金を使うことが当然の権利であるかのような、その物言い。

私の胸に、小さな違和感が芽生え始めていました。

「ちょっと座って。」

朝食の片付けを終えた私に声をかけると、夫はリビングのソファにどっかりと腰を下ろしました。その顔には、まるで良い知らせでも持ってきたかのような余裕の笑みが浮かんでいます。

「600万円の件だけどね。」

私は黙って聞いていました。

「実は投資で少し失敗してしまってね。でも、心配いらない。今度は確実な案件があるんだ。その600万円があれば、すぐに倍にして返せる。」

投資。また投資でした。

私は深いため息をつきそうになりましたが、ぐっとこらえました。

「文雄さん、投資って前にも失敗していませんでしたか?」

私がそう言うと、夫の表情が少し曇りました。

「あれは運が悪かっただけだ。今度は違う。」

そう言い張る夫に、私は過去を思い出していました。

5年前、必ず儲かると言って始めたFX投資で300万円を失いました。3年前には仮想通貨で200万円、去年は先物取引で400万円。その度に、私は自分の退職金から補填してきたのです。

「文雄さん、もう私の退職金も底を突きかけています。600万円なんて大金、どこから出せばいいんですか?」

すると夫は、まるで私が何か勘違いをしているかのような顔で言いました。

「何を言ってるんだ? 春の退職金は2000万円あったはずだろう。まだ500万円は残ってるはずだ。」

私は驚きました。夫は私の退職金の残高まで把握していたのです。

「それに来月にはボーナスもあるだろう。合わせれば600万円くらい、すぐに用意できるはずだ。」

まるで私の収入を自分のもののように計算している夫の姿に、私は言葉を失いました。

「でも文雄さん、そのお金は私が38年間働いて貯めたお金です。老後のためのお金なんです。」

私がそう言うと、夫の顔色が変わりました。

「なんだその言い方は? 俺たちは夫婦だろう。夫婦の金は共有財産だ。それとも何か、俺には使う権利がないとでも言うのか。」

声を荒げる夫に、私は恐怖すら感じました。

でも、ここで引き下がるわけにはいきません。

「文雄さんだって退職金をもらったはずですよね。あの1500万円はどうしたんですか?」

私の問いに、夫は一瞬黙りました。

そして、開き直ったように言いました。

「あれは投資で増やそうとしたんだ。お前のためを思ってやったことだ。」

私のため?

私は思わず立ち上がりました。

「私のためですって? 私に一言の相談もなく勝手に使っておいて!」

「うるさい!」

夫の怒鳴り声に、私は体を震わせました。

「お前は黙って金を出せばいいんだ。どうせお前一人じゃ何もできないんだから。俺がいなきゃ生きていけないくせに、偉そうなことを言うな。」

その言葉を聞いた時、私の中で何かが音を立てて崩れていきました。

38年間、私は何のために働いてきたのでしょうか?

夜勤で体を壊しそうになりながら、患者さんの命を預かる重責と戦いながら、それでも頑張ってきたのは、他ならない家族のためだったはずです。

「お前の稼ぎなんて俺の稼ぎも同然だ。いや、むしろ俺が許可してやったから働けたんだろう。感謝しろよ。」

夫の言葉はどんどんエスカレートしていきました。

「第一、お前みたいな平凡な女が俺と結婚できただけでもありがたいと思え。他に誰がお前なんてもらってくれるんだ。」

私はただ黙って聞いていました。反論する気力も湧いてきませんでした。

「すぐにでも銀行に行って、600万円を俺の口座に振り込め。いいな。」

夫はそう言い捨てると、書斎へ行ってしまいました。

一人残されたリビングで、私は膝を抱えて座り込みました。

思えば、このような仕打ちは今に始まったことではありませんでした。

私が何か意見を言えば「女のくせに」と一蹴され、私が疲れていても「主婦なんだから家事くらいちゃんとやれ」と責められました。

娘のまどかの結婚式の資金として貯めていた300万円のことを相談した時も、「そんなの後回しでいいだろう」と取り合ってもらえませんでした。

私はいつから、こんなに夫の言いなりになってしまったのでしょうか?

いつから、自分の意見を言うことさえできなくなってしまったのでしょうか?

窓の外では朝の光が少しずつ強さを増し、日差しが部屋いっぱいに差し込んでいました。その柔らかな光が、私の涙で濡れた頬を静かに照らしています。

このまま夫の要求に従い続けるのか?

それとも……。

私の心の中で、38年間押し込めてきた何かが静かに目を覚まし始めていました。

その日の午前9時、私は重い足取りで銀行へ向かう準備をしていました。

夫の要求に従うしかないのか。そんな諦めの気持ちが心を支配していました。

「おい、春江。」

玄関で靴を履いていると、夫が書斎から顔を出しました。

「ちゃんと600万円振り込むんだろうな。」

私は小さく頷きました。

すると夫は、満足そうな笑みを浮かべながら近づいてきました。

「それでいい。どうせお前は俺がいないと何もできないんだから、素直に従っていればいいんだ。」

その言葉に、私は顔を上げました。

「何もできないって、どういう意味ですか?」

私の問いに、夫は鼻で笑いました。

「そのままの意味だよ。お前みたいな要領の悪い女が、一人で生きていけるわけがない。俺がいるから、お前は普通に暮らせてるんだ。」

私は信じられない思いで夫を見つめました。38年間看護師として人の命を預かり、職場では師長として後輩を指導し、家では家事も完璧にこなしてきた私が、何もできない?

「文雄さん、私は38年間看護師として……」

「看護師?」

夫は私の言葉を遮りました。

「人の言うことを聞いて患者の世話をしてただけだろう。そんなの誰にでもできる仕事だ。」

私の人生を、私の誇りを、こんなにも簡単に否定する夫の言葉に、私は拳を震わせました。

「私は、師長としてたくさんの人の命を……」

「師長だって?」

夫は大声で笑いました。

「ただの中間管理職だろ。偉そうに言うほどのことか。」

そして夫は、私の肩に手を置きました。その手の重さが、とても重く感じました。

「いいか、春江。お前には俺しかいないんだ。だから大人しく金を出せ。それがお前にできる唯一の貢献だ。」

私は夫の手を振り払いたい衝動に駆られましたが、体が動きませんでした。

「あ、そうそう。」

夫は思い出したように付け加えました。

「まどかの結婚資金の300万円。あれも使わせてもらうから。どうせ相手の家が金持ちなんだから、うちが出す必要はない。」

「でも、それは娘のために……」

「うるさい!」

夫の怒鳴り声が、朝の静かな家に響きました。

「お前は黙って従えばいいんだ。分かったか?」

そして夫は、最後にとどめを刺すような言葉を放ちました。

「はっきり言ってやろうか。春江。お前なんて、俺にとってはATMとしての価値しかないんだよ。金を出す機械だ。それ以上でも以下でもない。」

ATM。

金を出す機械。

その瞬間、私の中で38年間積み重なっていた何かが、音を立てて崩れ落ちました。

夫は続けました。

「文句があるなら出ていけ。でも、お前にそんな勇気はないだろう。65歳にもなって、今さら一人で生きていけるわけがない。」

そう言い残すと、夫は鼻歌を歌いながら書斎へ戻っていきました。

私は玄関に立ち尽くしたまま、全身から力が抜けていくのを感じました。

ATM。

私は夫にとって、ただのATMでしかなかったのです。

38年間の献身も愛情も、全ては無意味だったのでしょうか。

でも、その時、私の中で何かが変わりました。

崩れ落ちた何かの下から、新しい感情が湧き上がってきたのです。

それは、今まで感じたことのない、静かで、でも確かな怒りでした。

ATMですか?

そうですか。

私は深く息を吸い込みました。そして、ゆっくりと息を吐き出しました。

「分かりました。文雄さん。あなたがそう思うなら、それで結構です。」

私は玄関の鏡に映る自分の顔を見つめました。そこには、もう怯えた表情はありませんでした。

私は玄関で一度深呼吸をすると、夫のいる部屋へ戻りました。

「文雄さん。」

スマートフォンを見ていた夫が、面倒そうに顔を上げました。

「なんだ、まだ銀行に行ってないのか。」

「分かりました。600万円、振り込みます。」

私の言葉に、夫の顔が一瞬驚いたような表情になりましたが、すぐに満足げな笑みに変わりました。

「そう来なくちゃ。最初から素直にしていればいいんだ。」

私は静かに頷きました。

「ただ、手続きに少し時間がかかるかもしれません。定期預金を解約したりしないといけませんから。」

「はっ、それくらいなら待ってやってもいい。」

「ありがとうございます。」

私はそう答えると、静かに自分の部屋へ向かいました。

部屋に入り、鍵をかけると、私はすぐにスマートフォンを手に取りました。

以前知人から聞いていた法律事務所の番号を検索し、震える指で電話をかけました。

「はい、青葉法律事務所です。」

受付の女性の声を聞いて、私は覚悟を決めました。

「あの、離婚相談をお願いしたいんですが。」

電話を切った後、私はすぐに隣の法律事務所へ向かいました。

担当してくださったのは、50代の女性弁護士、中島先生でした。

「小野田さん、よくいらっしゃいました。お話を伺います。」

私は38年間の結婚生活、夫の金銭要求、そして今朝言われたATMという言葉まで、全てを話しました。

中島先生は、私の話を真剣に聞いてくださいました。

「経済的DVと精神的DVの、典型的なケースですね。小野田さん、よく我慢されてきました。」

先生の言葉に、私は涙が溢れそうになりました。

誰かに「よく我慢した」と言ってもらえただけで、こんなにも心が軽くなるなんて。

「財産分与についてですが、小野田さんの貢献度を考えれば、かなり有利に進められると思います。」

先生は続けました。

「特に、ご主人が退職金を勝手に使い込んだこと、小野田さんの収入で生活を支えてきたこと。これらは全て証拠として使えます。」

「証拠ですか?」

「はい。通帳の記録、家計簿、領収書など、何でも結構です。38年分あれば完璧です。」

私は頷きました。几帳面な性格が幸いして、私は結婚してから全ての家計簿を保管していたのです。

「それから、今回の600万円の要求についても、録音などがあれば……」

「録音はありませんが、夫が書いたメモならあります。」

私はバッグから、夫が金額を書きつけた紙を取り出しました。

「これは良い証拠になります。」

中島先生は力強く言いました。

「小野田さん、離婚の意思はお固いですか?」

私は迷いなく答えました。

「はい、もう決めました。これ以上、ATMとして生きるつもりはありません。」

先生は優しく微笑みました。

「分かりました。全力でサポートさせていただきます。」

その後、私たちは具体的な手続きに取りかかりました。

「では、明日ご主人に渡すための書類を整えましょう。」

しばらく待つと、中島先生は机の上に数枚の用紙を広げました。そこには、離婚届の写しや内容証明が並んでいました。

「こちらが離婚届のコピーです。本物は当事務所で保管します。ご主人にはこのコピーを突きつけてください。そして、この内容証明は明日の朝、相手方に届くように手配してあります。」

事務所を出ると、もう3時になっていました。

私は帰宅前に、銀行へ立ち寄りました。窓口で、私は自分名義の新しい口座を開設しました。

「これで完了です。」

銀行員さんの言葉を聞きながら、私は小さな一歩を踏み出したことを実感しました。

帰宅すると、夫はリビングでテレビを見ていました。

「遅かったな。銀行は済んだのか?」

「手続きに時間がかかって。でも、大丈夫です。ちゃんと準備しています。」

夫は疑いもせず、「そうか」と答えました。

離婚を決意したその夜、私は書斎で一晩中、家計簿や証拠の書類を机に並べ、何度も確認しました。中島弁護士と一緒に整えた離婚届や内容証明。

眠れぬ夜に、机に並んだ書類を見つめながら、私は心の中で繰り返しました。

明日、全てが決まります。

翌朝、私は普段通りに朝食の準備をしていました。テーブルにはいつもと同じように、夫の好きなトーストとコーヒーが並んでいます。

「おはよう。」

夫が新聞を持って席に着きました。

「春江、例の600万円はどうなった?」

「はい、その件でお話があります。」

ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴りました。

配達員が手渡したのは、赤いスタンプが押された内容証明郵便。

受け取った夫は、怪訝そうに封を切りました。

中身を読んだ瞬間、彼の顔色がみるみる変わっていきます。

「な、なんだこれは?」

「弁護士からの通知です。財産分与と離婚についての、正式な手続きが始まりました。」

夫が絶句している間に、私は用意していた封筒をテーブルに置きました。

「中に入っているのは、1枚の書類です。それから、こちらは離婚届です。」

「はあ? 離婚? 何をバカなことを言ってるんだ。」

「バカなことではありません。昨日、あなたは私をATMだと言いましたよね。故障したATMは、もう使えないのでしょう。」

私は落ち着いた声で答えました。

「冗談はやめろ。昨日の今日で、何を言ってるんだ。」

夫は離婚届を破ろうとしましたが、私は静かに言いました。

「それはコピーです。原本はすでに弁護士事務所に預けてあります。」

「いつ、そんな……」

夫の顔が青ざめていきました。

「昨日です。あなたがATMと言った後、すぐに行動しました。」

私はテーブルの上に、もう一つの書類を置きました。

「これは、過去38年間の家計簿のコピーです。私が家計に入れた総額は3800万円。一方、あなたは……まあ、弁護士さんが計算してくださるでしょう。」

「ちょ、ちょっと待て。話し合おう。」

夫の態度が急変しました。

「話し合いですか? 昨日、あなたは何と言いましたか? 『お前の金は俺の金』『どうせ一人じゃ生きていけない』『ATMとしての価値しかない』。」

私は一つ一つ、夫の言葉を繰り返しました。

「あ、あれは言葉のあやで……」

「いいえ、本心でしょう。だから、600万円なんて法的な金額を、当然のように要求できたんです。」

夫は必死に言い訳を始めました。

「違う。俺はお前を愛している。」

「私の退職金は、もう300万円しか残っていません。あなたが使い込んだからです。それなのに、600万円を要求するなんて。愛している人にすることですか?」

私は続けました。

「ボーナスと合わせれば600万円作れると計算していたようですが、私のお金を自分の財布のように考えるのは、もうやめてください。」

「春江、頼む。考え直してくれ。」

夫は立ち上がり、私の手を取ろうとしましたが、私は一歩下がりました。

「もう決めました。今日から、私たちは赤の他人です。」

「他人だって?」

夫は、膝から崩れ落ちるように椅子に座り込みました。

「そんな……離婚なんて……生活はどうするんだ?」

「知りません。あなたは、私がいなくても生きていけると言ったじゃないですか。」

「金は? 金はどうなる?」

結局、夫の心配はお金のことでした。

「財産分与については、弁護士さんにお任せしています。私の38年間の貢献は、きちんと評価していただくつもりです。」

「俺の退職金を取る気か!」

「あなたの退職金は、その大半がすでに投資で消えたんでしょう。残っているものについては、法律に従って分けることになります。」

夫は頭を抱えました。

「それから、この家のローンは全て私が払いました。名義も私です。出て行っていただくのは、あなたの方です。」

「出ていけだと? 俺をどこに行かせるつもりだ?」

「ATMには分かりません。ご自分で考えてください。」

私の皮肉に、夫は真っ赤になりました。

「春江、お願いだ。許してくれ。もう二度とあんなことは言わない。」

夫は、土下座する勢いで謝り始めました。

「昨日の今日で、謝罪ですか?」

「本当に悪かった。ATMなんて、あんなひどいことを……」

「文雄さん。」

私は静かに言いました。

「38年間、我慢してきました。もう、十分です。」

「離婚だけは、頼む!」

「ところで、600万円はどうなさるんですか? 投資に必要なんでしょう。」

夫は絶句しました。

「私はもうATMではありません。他人ですから、お金は出せません。」

そう言って、私はバッグを手に取りました。

「今日中に荷物をまとめて、出て行ってください。弁護士さんからも連絡があると思います。」

「待て。待ってくれ。」

夫は私の前に立ちはだかりました。

「昨日の今日で、そんな急に……」

「急ではありません。38年間の積み重ねです。昨日のあなたの言葉は、最後の一撃に過ぎません。」

私は夫の横をすり抜けて、玄関へ向かいました。

「これで、私たちは赤の他人になりました。お元気で。」

「春江!」

夫の叫び声を背中に聞きながら、私は家を出ました。

一晩で、人生が変わることもあるのです。

昨日まで妻だった私は、今日から自由な一人の女性として、新しい人生を歩み始めるのです。

あれから3ヶ月が経ちました。

私は今、娘夫婦の住む町に小さなマンションを借りて暮らしています。1LDKの部屋は、38年間住んだ一軒家に比べれば狭いですが、ここが私の空間だと思うと、不思議と心地よいのです。

「お母さん、今日も元気そうね。」

週末になると、まどかが孫のりこを連れて遊びに来てくれます。

「りこちゃん、おばあちゃんにお絵かき見せてあげて。」

3歳のりこが、クレヨンで描いた絵を誇らしげに見せてくれました。

「まあ、上手ね。これはりこちゃん?」

「うん。これが私で、これがママで、これがおばあちゃん。」

私は孫を抱きしめました。この温かさこそが、本当の幸せだと実感します。

「お母さん、本当によく決断したと思う。」

まどかがお茶を飲みながら言いました。

「正直、父さんのあの態度には私もずっと腹が立ってたの。でも、お母さんが我慢してるから、何も言えなくて。ごめんね。」

「心配かけてごめんね。お母さんは、何も悪くないわ。」

「それより、新しい生活はどう?」

私は微笑みました。

「とても充実してるわ。来月から、病院でボランティアを始めることにしたの。」

「ボランティア?」

「ええ。患者さんの話し相手になったり、簡単なお世話をしたり。看護師の経験が生かせるでしょう。」

「お母さんらしいね。」

まどかも嬉しそうに笑いました。

「それから、趣味の会にも入ったのよ。手芸サークルと、それから社交ダンスも。」

「社交ダンス? すごいじゃない。」

「最初は恥ずかしかったけど、同世代の方たちばかりだから楽しくて。皆さん人生経験が豊富で、話していて勉強になるの。」

私は新しい生活について、まどかに話しました。

朝起きて自分のペースで朝食を取り、好きな時間に出かけ、好きなものを食べる。誰に気兼ねすることもなく、自分のお金を自分のために使える喜び。

「貯金も、少しずつできるようになったのよ。今度、りこちゃんの七五三の時は、素敵な着物を買ってあげるわね。」

「お母さん、無理しないで。」

「無理なんかしてないわ。自分で働いたお金を、大切な人のために使う。これが本当の幸せよ。」

その時、まどかのスマートフォンが鳴りました。

「あ、ちょっと失礼。」

電話に出たまどかの顔が、少し曇りました。

「うん。分かった。お母さんには、私から伝えるから。」

電話を切ったまどかが、ため息をつきました。

「父さんから。」

私の問いに、まどかは頷きました。

「またお金の無心。もう何度目かしら。父さん、今はワンルームのアパートで一人暮らしをしているそうです。財産分与で得たお金も、投資の失敗ですぐに底をついたとか。年金だけじゃ生活できないって。」

「でも、自業自得よね。」

まどかの言葉に、私は複雑な気持ちになりました。38年間連れ添った相手です。憎しみばかりではありません。

「まどか、あなたは自分の判断で決めなさい。私は口出ししないわ。」

「分かってる。でも、私は援助するつもりはない。お母さんをあんなに苦しめた人を、許す気にはなれないから。」

娘の言葉に、私は何も言いませんでした。

その後、まどかから聞いた話では、文雄は日雇いの仕事をしながら何とか生活しているそうです。

「この前、偶然会った時、『春江に謝りたい』って言ってた。『あの時、春江の大切さに気づいていれば』って。」

私は窓の外を見つめました。

後悔しても、もう遅いのです。

人を大切にしなければ、いつか必ず一人になる。それが因果応報というものでしょう。

夕方、まどかとりこが帰った後、私は一人でベランダに出ました。

都会の夕焼けは故郷の田舎とは違いますが、それでも美しいものです。

65歳で離婚し、新しい人生を始めた私。世間から見れば、哀れな女性かもしれません。

でも、私は今、心から自由を感じています。

明日は手芸サークルの日です。皆で作品を見せ合いながら、お茶を飲んでおしゃべりをする。そんな何気ない時間が、今の私にはとても大切なのです。

来週は、病院ボランティアの研修も始まります。また白衣を着て、患者さんのお世話ができる。看護師としての誇りをもう一度感じることができるのです。

私、小野田春江は、65歳にしてやっと自分の人生を生き始めました。

私は夕日に向かって、そうつぶやきました。

38年間我慢し続けた私でしたが、人生に遅すぎることはないと学びました。

理不尽な扱いを受けているあなた、どうか諦めないでください。経済的DVも精神的DVも、決して我慢する必要はありません。

あなたには自分を守る権利があります。自分の尊厳を大切にする権利があります。

年齢は関係ありません。60歳でも70歳でも、新しい人生を始めることはできます。

大切なのは、一歩踏み出す勇気です。私がそうであったように、最初は怖いかもしれません。

でも、その先には必ず、自由で幸せな日々が待っています。

理不尽には毅然とした態度で立ち向かってください。我慢の限界を超えたら、行動してください。

誰にも、あなたの人生を支配する権利はないのですから。

因果応報という言葉があります。人を大切にしない人は、いつか必ずその報いを受けます。逆に、困難に立ち向かい正しい選択をした人には、必ず幸せが訪れます。

私は今、心から幸せです。自分で稼いだお金を自分や大切な人のために使える喜び、誰にも否定されることなく自分らしく生きられる自由。これこそが、本当の幸せだと思います。

もしあなたも同じような境遇にいるなら、どうか希望を持ってください。必ず道はあります。専門家に相談することも、大切な一歩です。

あなたの人生は、あなたのものです。誰かのATMになる必要はありません。誰かの所有物になる必要もありません。

強く、優しく、そして自分らしく生きてください。

私のように、65歳からでも新しい幸せは見つかるのですから。

Thumbnail