「おい、今どこにいる?」——夫の電話の声は、怒りで震えていた。「はあ? アメリカ?…

「おい、今どこにいる?」——夫の電話の声は、怒りで震えていた。「はあ? アメリカ?...

「おい、今どこにいる?」

電話の向こうで、ケータの声が尖っていた。私は冷静に答えた。

「え? 今は結婚式に出席するためにアメリカにいるよ。この前言ったでしょ?」

「はあ? アメリカ?」

素っ頓狂な声を上げる夫に、私は静かに頷いた。私の名前はユイカ。三十二歳になったばかり。三年前に、一つ下のケータと結婚した。

出会った頃のケータは、本当に優しかった。どこへ行くのも一緒で、コンビニに行くのだって、必ず私を連れて行った。それが、いつからか「買い物に行ってくるね」と伝えても「うん」と短く返すだけになり、仕事だと遅く帰るようになった。気がつけば、彼はほとんど家にいなかった。

おかしいとは思った。聞けば逆切れされるから、何も言えなかった。不安になって、一度だけスマホを覗いたことがある。そこには、知らない女との楽しげなやり取りがあった。私には絶対に使わないハートマークまで付いている。体から力が抜けた。

浮気をしているなら、せめて話し合いたかった。それなのに、今日も相談があると切り出すと「うるさいな。後にしてくれよ」とスマホを見ながらニヤニヤしている。私の話なんて、聞く気がないのだろう。

でも、今回ばかりは聞いてもらわなければならなかった。親友のアヤコから、結婚式の招待状が届いたのだ。

アヤコとは高校で知り合い、息が合った。大学は別々だったけど、ことあるごとに会って、恋愛の悩みも全部相談し合ってきた。彼女がアメリカに行くと決めた時、私は「夢を叶えろ」と送り出した。遠くにいても、苦しい時には一緒に涙してくれた。そんな彼女の結婚式だ。

「アヤコの結婚式、アメリカなんだけど、行ってもいいかしら?」

「今それどころじゃないんだよ。見てわかんないの? そんなもん好きにしろよ」

冷たい言葉を平気でぶつけてくる。スマホの向こうの女には、きっと甘い言葉をかけているのだろう。その半分でもいいから私にも向けてくれたら、どんなに嬉しいだろう。

「わかった。行ってくるね」

返事はない。ニヤニヤしながら文字を打っている。私はそのままスマホで飛行機のチケットを取った。決めた。行く。

一ヶ月後、私は大きなスーツケースを持って家を出た。久しぶりの外出で、空は高く青く、気分が良かった。アヤコに会える。彼女の幸せな瞬間に立ち会える。前日は、まるで遠足を待つ子のように寝つけなかった。

フライト中は眠れたので、あっという間に着いた。現地でスマホの電源を入れると、メッセージがたくさん届いていた。全てケータからだ。電話をかけると、彼は怒り狂った。

「お前、ふざけるなよ! お前は俺の嫁だろ? 嫁のくせに家を開けるな!」

「『好きにしろ』って言ったのはケータでしょ? 私、ちゃんと準備してたよ」

「うるさい! 大体、すぐに連絡がつかないなんて浮気じゃないのか!」

「浮気なんてしてないよ」

「怪しいな。とにかく早く帰ってこい。帰ってこないなら離婚するからな」

そう言って、電話は切られた。すぐに帰れなんて無理だ。何のためにここまで来たのか分からなくなる。でも、私は結婚式に出席した。アヤコの花嫁姿はとても綺麗で、幸せそうだった。

私たちも、こんな風に幸せだった。どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。

帰国は予定通り、あの電話から三日後だった。家に急いで帰ると、驚くべき光景が広がっていた。暗い。何もない。私のもの以外、ケータのものが一切ない。テーブルには、結婚指輪と、記入済みの離婚届が置かれていた。確かにケータの字だ。

本気で言っていたのか。涙が止まらなかった。三年だけだったけど、ちゃんと夫婦だと思っていた。どれだけ見てくれなくても、根っこの部分では私を見てくれていると信じていた。いつかは女と別れて戻ってきてくれると信じていた。

「好きにしていいって言ってくれたじゃない」

確かに言った。でも、本当は私の話なんて聞いていなかっただけだ。話半分だった。

そんなに他の女が良かったのか。それなら仕方ない。悲しさを押し殺して、私は離婚届にサインした。書き終わる頃には、涙は止まり、代わりに怒りが込み上げてきた。

私は何度も確認した。分かりやすいように、常にそばで準備していた。聞くチャンスなんて、いくらでもあった。それをしなかったのはケータだ。なのに、どうして私がこんな目に遭わなければならないのか。浮気を疑われたのもおかしい。浮気していたのは、ケータだったじゃないか。

もうこの家のどこにもいないケータに向かって、私は怒りをぶつけ続けた。きっと見苦しかっただろう。でも、それほど傷ついたのだ。

「とにかく、提出しなきゃ」

この家に一人でいたら、気がおかしくなりそうだった。離婚届を手に家を出て、役所で提出し、そのまま実家へ向かった。遅い時間だったけど、両親は笑顔で「おかえり」と言ってくれた。その瞬間、止まったはずの涙がまた溢れ出した。両親は、心が壊れそうな私を強く抱きしめてくれた。

「大変だったね。偉かったね」

少し落ち着いて理由を話すと、両親も「離婚して正解だった」と頷いてくれた。その後、ケータと暮らした家はしっかりと引き払った。私は一人になった。

立ち直るためにも就職しなければ。そう思って仕事を探し、両親の助けを借りながら、ようやく新たな生活が波に乗り始めた頃だった。

見慣れた番号が、鬼のように何度もかかってきた。画面には「ケータ」の文字。今更なんで。

仕事中だったので出られず、休憩時間になって外へ出ると、ちょうど電話がかかってきた。録音ボタンをタップしてから、受話ボタンを押した。聞こえてきた声は、泣いていた。

「聞いてくれよ。結婚しようと思っていた女に逃げられた。連絡がつかないんだ」

「はあ?」

耳を疑った。堂々と浮気をしていたくせに、それを私に言ってくるのか。

「しかも俺のカード使って、たくさん金を使ったみたいなんだ。それだけじゃなくて、親が病気だからって金も渡したし、起訴されたからって慰謝料を立て替えてやったんだよ。そのせいで支払いに首が回らないんだ。助けてくれ」

何を言っているのだろう。よく意味が分からない。でも、これだけは聞き出さねば。

「その女の人とは、どこでいつ知り合ったの?」

「ネットで半年前に… 本気だったんだ」

半年前? それは私と別れる前だよ。

「それって私と別れる前からだよね?」

「そうだけど、それは悪いと思ってるよ。なあ、助けてくれよ」

「助ける? なんで?」

「だって、俺たち夫婦じゃないか」

「夫婦だったこともあったけど、それはもう過去だよ。私を捨てたのはケータでしょ。もう離婚したんだから、他人だし、助ける気はないよ」

「それはお前が浮気をしてたからだろ!」

「私は言ったよ。親友の結婚式に海外に行くって。でも、『好きにしろ』って言ったのはケータだよ。覚えてないの?」

「それは覚えてるけど… でも、あの時は他のことで忙しかったんだ」

「浮気に忙しかったの? 間違いだろ? 浮気相手とお話するので忙しかっただけでしょ」

「そんなこと言わないでくれよ。頼むよ。このままじゃ俺、生きていけないんだ」

「頑張って働いて稼ぐしかないでしょ。ああ、そう。慰謝料も忘れないでね。浮気の証拠もあるし、今この電話で自白もしたし、録音もしてあるから、ちゃんと払ってね」

「何言ってんだよ! なんで今このタイミングなんだ?」

「タイミング? 自分でしたことのツケが回ってきただけでしょ」

そもそも、こんな話をされなかったら、慰謝料なんて請求するつもりはなかった。なのに、助けてくれなんて言い出すから、我慢ができなくなったのだ。

「大体、俺だけが悪いのか?」

「もちろん相手の女も悪いわよ。連絡先を教えてくれたら、そっちにも請求するけど、教えてくれる?」

ところが、ケータは相手の連絡先を教えようとしない。どうしてかと聞けば「相手の女に迷惑なんてかけられない」と言う。どこまでも結婚詐欺に引っかかったことを認めようとしないのだ。まあ、本人は相手が詐欺だとは思っていないのだろう。

「それなら、その相手のことは諦めるしかないわね。でも、ケータからはちゃんと貰うから。なんなら、ご両親から貰ってもいいけど」

「待ってくれ! 親には言わないでくれ。まだ離婚したって言ってないんだ」

呆れた。まだ言っていなかったのか。確かにケータの親は厳しい人たちだ。曲がったことが嫌いで、悪いことは悪いと教える、真っ直ぐな人たちだった。だからこそ、ケータは話したら怒られることが分かっているのだろう。

「嫌だったら、ちゃんと払ってよね。あとは弁護士とどうぞ」

「頼むよ。こんなのやめようよ」

「自分が悪いんだから、やめようも何もないでしょ」

そう言って電話を切った。すぐに知り合いの弁護士に相談した。快く引き受けてくれたので、後は任せることにして、私は仕事に戻った。

仕事中、またケータから大量に電話がかかってきていたけど、全て無視した。仕事をしていなかったとしても、出るつもりはなかった。以前はケータの声を聞くだけで嬉しくて、幸せだと感じられたのに。今は声を聞くだけで吐き気がする。

そこから二ヶ月ほど経った頃、弁護士から連絡が来た。ケータは今、昼夜問わず働いているが、その収入は全て借金返済と私への慰謝料に消えているらしい。生活費は雀の涙ほどしか残らず、食べるものもかなり貧しいと聞いた。そのせいで体は痩せ細り、結果的に両親に離婚と借金がバレてしまったようだ。

ケータは「ユイがチクったんだろ」と聞いたらしく、私に口止めしていたことまで全部ばらしてしまった。おかげで大目玉を食らった上に、両親に「金がないから助けてくれ」と頼んでも、首を横に振られて、親子の縁を切られてしまったらしい。

正直、かわいそうだとは思う。でも、自分で蒔いた種の結果だ。

その間、私はと言えば、職場でとても気の合う男性と知り合った。その人は私の話をよく聞いてくれて、一緒に笑ったり泣いたりしてくれる、とても優しくて誠実な人だ。きっと、この人と恋人になるまで、そう時間はかからないだろう。

今度こそ、幸せになりたいものだ。

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