「40分も早く来て、そんな風に言われるとは思っていなかった。」
突然、応接室の扉が勢いよく開いたかと思うと、俺より少し年上に見える女性がずかずかと入ってきて、わざとらしく大きなため息をついた。
「あんた、下受けのくせに私を待たせるなんて、何様のつもりなのよ。」
俺は突然のことに驚き、何が何だか分からず言葉を失った。佐々木という名札をつけたその女性は課長のようだったが、どうやら俺を下受けの誰かと勘違いしているらしい。
「いや、ちょっと待ってください。俺は…」
説明しようとするが、佐々木はまるで聞く耳を持ってくれない。
「遅刻しておいて、言い訳?どんな理由でも許されるわけないでしょ。もう大人なんだから、だらだらしてんじゃないわよ。」
そう言うと、佐々木は俺の前にあった水の入ったグラスを手に取り、中の水を俺の顔に浴びせてきた。
「うわっ!」
慌てる俺を見て、佐々木は機嫌よさそうに笑う。
「汗かいて暑そうだったから冷やしてあげたのよ。感謝してね。」
さすがの俺も頭に来た。いくら人違いだとしても、対応がひどすぎる。
「ちょっといい加減にしてくださいよ。いくらなんでも、人としてやっていいことと悪いことがあるでしょう。」
「遅刻しておいて、そっちが怒るの?そんなだから、下受けのままなのよ。」
佐々木の話の途中で、部屋の扉が開いた。
「すいません。お待たせしました。」
入ってきたのは、この会社の社長である新藤さんだった。ずぶ濡れの俺と、俺に罵声を浴びせ続ける佐々木を見て、新藤さんは驚き、言葉を失っていた。しかし次第に事態を把握すると、顔がみるみる青ざめていった。
「佐々木、お前、何してんだ?」
「この礼儀を知らない下受けに、教育してあげてたんですよ。」
新藤さんはすぐに俺の元にかけ寄ってきた。
「あの、本当に申し訳ありません。うちの社員が、なんて無礼を…。すいません、今タオルを持ってこさせますので。」
「いえ、大丈夫です。」
「お前、何してんだ!この人は、今度うちと新しく契約してくださる食品会社の社長さんだぞ。今後のうちの経営は、この人との契約にかかってるんだ。どうしてくれるんだ?」
事実を聞き、佐々木は驚いたようだった。
「だって、その人、そんなこと一言も言わなかったですし。人違いなら、そうと教えてくれれば良かったじゃないですか。」
しかし、この後に及んでも佐々木は謝罪するどころか言い訳を始めている。その様子を見て、俺は思った。この会社と契約した時、こういう社員がいるのは非常にやりづらい。そう思った俺は、少し佐々木という社員に罰を与える必要があるなと思った。
そこに、案内してくれた受付の女性がタオルを持ってきた。新藤さんが受け取り、俺に渡そうとする。
「あの、どうぞ。」
俺はそれを断った。
「いえ、結構です。そちらの会社の気持ちがよく理解できましたので、私はここで帰らせていただきます。」
そう言い、部屋を出ようとした。
「ちょ、ちょっとお待ちください!本当に申し訳ありませんでした!佐々木、お前も謝れ!」
新藤さんに頭を下げさせられた佐々木は、不服そうな顔をしていた。
「佐々木さん、うちの会社との契約を結べば、かなりの売上が見込めます。その利益と、あなた自身の身、どちらを取りますか?」
俺にそう言われ、佐々木はようやくことの重大さに気づいたようだった。
「だ、だって、あんたが早く本当のことを言わないから…」
「誰に向かって『あんた』って言ってんだ!」
新藤さんに叱られ、もう言い訳もできないと悟ったのか、佐々木は悔しさに体を震わせ始めた。
「大友さん、佐々木の処分は追って決定しますから。どうか…」
「なんで私が処分されなきゃいけないんですか!」
「当たり前だろう!今までは社内のトラブルで済ますこともできていたが、今回の件は明らかに会社に損害を生んでいる。処分するのが当然の判断だ。」
社長にそう言われた佐々木は、慌てて俺に土下座してきた。
「あの、ごめんなさい!申し訳ありませんでした!」
「いえ、もう遅いです。」
今度は俺が佐々木を見下ろしてそう言った。そして、まだ土下座を続ける佐々木の見えないところで、不安そうな顔の新藤さんと目を合わせ、小さく笑いかけた。
最初、俺のその様子に新藤さんは戸惑っていたようだったが、俺が佐々木に罰を与えるために、乗り物を打ったのだと気づくと、安心したように笑って、黙ったまま俺に深く頭を下げてくれた。
「では、失礼します。」
そう言って部屋を出る。背中から佐々木のわめく声が聞こえてきたが、無視して会社を出た。
後日、新藤さんに改めて契約を結ばせてほしいと連絡を入れると、新藤さんは快く了承してくれた。そして再び会社を訪れると、あの日はさらに暑い日だったのだが、今度はジョッキで冷たい水を出してくれた。相変わらず気の利く人だ。
「この間は本当にありがとうございました。」
「いえ、俺にとっても、契約先にあんな人がいると困りますので。新藤さんのおかげで、堂々と佐々木に処罰を与えることができて、社内が平和になりました。本当にありがとうございます。」
新藤さんがあの後の話をしてくれた。佐々木課長は減給処分となり、一ヶ月の謹慎となった。その後、更迭処分になり、本社勤務から外れたらしい。
「それは良かったです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
その後、無事に俺の会社と新藤さんの会社は契約を結び、お互いの会社に利益を与え合う良い関係になっている。そして、仕事の外でも新藤さんとは仲良くさせてもらっている。
「あのベトナム料理屋の近くに、美味しいタイ料理の店があるんですけど、知ってます?」
「え?知らないです。」
「じゃあ、今度行きましょうよ。」
「是非。」
仕事も遊びも、心強いパートナーを得た俺は、それからさらに会社を大きくするために、努力に邁進する日々を送っている。



