俺の企画書を盗み、手柄を重ねてきたエリート同僚・溝口は、抗議する俺に向かってこう言い放った。
「高卒は一生雑用係だよ。嫌ならやめれば?」
だが、同じ手が二度も通用すると思ったのが、この男の誤算だった。
俺はシーナ、47歳。地元の工業高校を卒業後、父が営む小さな工場で働き始めた。旋盤の扱いはそこで叩き込まれた。働き出して3年目、納めていた自動車の駆動部品について、想定より早く摩耗が進むという苦情が取引先から相次いだ。俺は取引先の担当者に頭を下げて回り、摩耗の測り方や、どこに負荷が集中するのかを教わった。
そこから5年、摩耗を抑える技術の開発に取り組んだ。摩擦面の形状と潤滑油の通り道を作り替える試行錯誤の末、摩耗を劇的に減らすことに成功し、取引先からの苦情は止んだ。その後も研究と改良を重ね、気づけば10年近い歳月が流れていた。
37歳の時、まとめ上げたものを持って弁理士の吉岡を訪ね、特許出願の手続きを任せた。吉岡は父の工場が特許の相談で世話になっていた弁理士だ。出願の前、吉岡は権利の帰属を書面で整理し、発明者と権利者を俺個人に定めた。こうして、今からちょうど10年前、俺の個人名義で特許を取得したのだ。
特許を取った駆動部品があれば父の工場も安泰だと思っていた。ところが、取引先の生産体制が内製化され、父の工場への発注は年を追うごとに細っていった。仕事が続けられる見込みが立たなくなり、父は工場を畳んだ。仕事を辞めた父はめっきり塞ぎ込み、体調を崩しがちになった。
俺は知り合いの工場を渡り歩きながら父の世話をする日々を送った。工場を畳んでから2年後、父は亡くなった。手元に残ったのは、父が使っていた測定器具が一本だけ。図面も引けず旋盤も回せなくなったあの人が、最後まで手放さなかった道具だ。俺はそれを工具箱の底にしまい、時折出しては手入れをする。父の指の跡がまだ表面に残っている気がするからだ。
父の葬儀を終えたその年、俺は中堅の精密機械メーカーに転職した。理由は特許ではなく、同業での旋盤経験と駆動部品の実務経験だ。それでも入社の書類には、個人で保有している特許があると届け出た。外部の資産や収入を隠さず申告するのが会社の規定で、特許料が課税対象になるため、人事と経理はその届け出を給与関係の資料として保管しているはずだ。
それから4年、47歳になった今も俺はこの会社で技術者として働いている。これまでに駆動部品の改良案をいくつか出してきた。だが、企画は開発企画課のリーダーである溝口に提出した時点で、資料に残るのは溝口の名前になる。溝口は有名大学出身。俺と同じ年に同じ会社に入社したエリートだ。現場配属だった俺と違い、最初から企画部門にいた男で、図面は描けないが役員向けの資料作りで評価され、気づけば開発企画課のリーダーに収まっていた。
「現場は図面は描けても、事業性まで含めた資料には仕上げられない」
というのが溝口の口癖だった。学歴の話になると「高卒には分からないだろうけどな」と皮肉を言う癖もあり、工業高校卒の俺への当て付けだというのは分かった。本来、役員会の資料には発案者と提出者の名が併記される決まりで、他の技術者の企画書にはちゃんと名前が載っている。だが、俺の企画書だけは、なぜかいつも発案者欄が空白になり、溝口の名前だけが載る。最初はミスかと流していたが、二度三度と続き、これは意図的だと気づいた。休憩室で他の技術者に聞いても、「俺のところはちゃんと載ってるけどな」と返ってくるだけだった。どうやら狙われているのは俺だけのようだ。
今回も対摩耗の改良案をまとめ、溝口に提出した。特許技術を使うような大掛かりな話ではない、現場の工夫レベルの改良案だ。半月後の役員会で企画は溝口の名で承認されたが、発案者として俺の名前が言及されることはなかった。
会議室を出ていく役員の流れが途切れたところで、俺は溝口の前に立った。
「あれは私がまとめた改良案のはずです。発案者欄が空白になっているのはどういうことですか?」
溝口は表情も変えずに俺を見た。
「資料の書き方は私に一任されています。それに、まとめて役員会が通せる形にしたのは私です。」
「他の人の企画書にはちゃんと発案者の名前が載っていますよね。」
「気のせいじゃないですか?」
溝口はそれだけ言うと、資料の束を軽く持ち上げて見せた。技術者の企画書は一旦リーダーである溝口の手元に集まり、そこから選ばれたものが役員会に提出される。渡した事実はあっても、その後に溝口がどう扱ったかまでは俺たち技術者には分からない。言い返す言葉はいくつも浮かぶ。しかし、何を言い返しても、証拠を持たないものの言い掛かりにしかならない。
溝口は俺の歩調に合わせるように隣に並んだ。
「高卒は一生雑用係だよ。嫌ならやめれば。」
喉の奥で短く笑う音が聞こえた。
「分かりました。」
俺は奥歯を噛みしめながらようやくその一言を絞り出し、先に歩き出した。背中で溝口の笑い声が聞こえていた。
自席に戻り、俺は考えた。図面が読めない溝口にとって、社内で自分を証明する手立ては通した企画の数だけだ。図面を読み発案までできる高卒の俺への苛立ちが、俺の企画を盗ませているのかもしれない。しかし、証拠がなければ何を言っても届かない。どれだけ正しくても、ただの雑音として扱われる。だが、次の企画には使えるものがある。俺個人の名義で持つ、摩耗を抑える特許技術だ。これを製品に組み込む企画にすれば、会社は俺とライセンス契約を結ばざるを得なくなる。名前を消せても、特許の権利までは消せない。
次の企画書に、俺はその技術を押し込むことにした。ホームチェックは他者特許の侵害有無を見るだけで、俺の特許仕様そのものは対象外だった。だが、製品に使う以上、必ずライセンス契約が必要になる。企画書には、その契約手続きを進めてほしいという一文を書き添えた。俺はその企画書を溝口に提出した。
半月後、企画を検討する役員会議が行われ、技術的な質問が出た場合に備え、俺を含め数人の技術者も会議に参加することになった。配布された俺の企画に関する資料をめくっていくと、あることに気づく。発案者欄には今度も俺の名前がない。そして、俺の特許を使う以上ライセンス契約を結ぶという一文も、どこにもないのだ。
プレゼンに立った溝口は企画の説明を始めた。溝口が報告する企画の中身は間違いなく俺のものだ。しかし、発案者として俺の名前が溝口から言及されることはなかった。資料が閉じられると役員らから拍手が起きる。役員の一人が「この企画なら大手の取引先にも通用する」と言うと、周りの役員たちもそれに同調するように頷いた。この場で決まったのは、社内での企画としての承認までだった。役員がいる場で技術者が声を上げれば、企画そのものへの異議と取られかねない。今ここで騒ぎ立てれば、せっかく通った企画自体が差し戻しになる恐れもある。それに、この場で問い詰めたところで、溝口が資料を人前で認めるとは思えなかった。
会議室を出ていく役員の流れが途切れたところで、俺は再び溝口の前に立った。
「今回もですか? 発案者欄もライセンスの一文も、どちらも抜けていますが。」
溝口は表情も変えずに俺を見た。
「発案者欄の扱いは資料をまとめる私に一任されています。ライセンスの一文については、私が受け取った時点でもうこの内容でした。」
それだけ答えると、企画書の束を軽く持ち上げて見せた。
「いいえ、そんなはずはありません。」
明らかな嘘に、俺は少し声を荒げた。
「何かありましたか?」
俺の声を聞きつけ、開発部長の早坂が近づいてきた。早坂は着任してまだ日が浅く、俺の仕事ぶりをどこまで知っているかは分からない。俺は早坂に経緯を説明した。これまでも発案者の名前が消されてきたこと。今回はライセンスの一文まで消えていること。特許は俺個人のものであることを。
早坂は俺の話を黙って聞いていた。だが、一通り話を終えたところで、早坂の視線は溝口へ向く。溝口は先ほどと同じ束を軽く示しただけだった。
「受け取ったのはこれです。これ以外のものは私のところには来ていません。」
早坂は俺と溝口を交互に見た。
「シーナ君、証拠はあるんですか?」
俺は鞄から自分の手元に残していた企画書の控えを取り出した。
「これが私の控えです。発案者は私の名前になっていますし、最後にライセンスの一文も書いてあります。」
早坂はその控えを受け取り、ページをめくった。だが、表情は晴れなかった。
「これは……シーナ君のパソコンで今も自由に作れるものですよね。日付だって後から書き換えようと思えば書き換えられる。本当に溝口さんに提出したのがこの内容だという証拠には、残念ながらなりませんよ。」
横から溝口が静かに口を挟んだ。
「早坂部長のおっしゃる通りです。控えなんて後からいくらでも作れますから。」
技術内容を問われれば、俺は誰よりも詳しく答えられる。だが、それはこの技術を理解しているという証明にしかならず、出した資料に何が書かれていたかの証明にはならない。早坂は控えを俺に返しながら小さく息をついた。
「気持ちは分かります。ですが、これでは会社として溝口君を疑う材料にはできません。」
俺は資料を閉じ、会議室を出た。証拠があっても、何を言っても届かない。どれだけ正しくても、ただの雑音として扱われる。手元にどれだけ控えを残しても、それがいつ書かれたものかを証明できない限り、同じことの繰り返しだ。
俺はコピー機の前で立ち尽くしていた時のことを思い出す。自分の名で出した資料が、日付一つで無力になる。このやり方を続ける限り、俺は一生「言った言わない」の水掛け論から抜け出せない。ならば、次は違う形で残せばいい。自分の手元にはない、書き換えのできない記録がいる。
その週末、俺は弁理士の吉岡に連絡した。俺は吉岡に、社内の企画から特許仕様の一文が消えたことを話した。
「もしうちの特許を使った企画が大手との正式契約まで進んだら、どうなりますか?」
「相手の知財部が必ず特許の権利者を調べます。大きな金額の話なら尚更です。権利者の名は特許公報でいつでも調べることができます。」
俺は吉岡に礼を言って受話器を置いた。俺がやることは決まった。企画書の記録を、消せない場所に残しておくことだ。
数日後、社内に動きがあった。役員会を通過した俺の企画が、かねて噂になっていた大手運搬機メーカーの新型駆動部品案件に、そのまま採用されることが決まったのだ。契約金額はこれまでと比較にならない規模になると、早坂が朝礼で伝えた。社内承認済みの企画を対外向けの正式な提案書としてまとめ直し、先方に提出する段階に入ったという。一定額を超える対外提案は、開発企画課を通さず情報システム部の申請システムを使う決まりだ。技術は発案者本人が作成・提出するものを求められていた。案件の詳細と技術的な裏付けを書けるのは、俺以外にいないからだ。
溝口が涼しい顔でそれを俺に命じてきた。内心腹が煮えくり返る思いだったが、俺は黙って引き受ける。俺はその技術にライセンスの一文を添え、資料のファイルを添付して提出した。システムには提出日時と受付番号が画面に表示される。俺はその画面をそのまま画像に残した。正式な受付と記録は情報システム部に残る。だが、先方に出す最終的な提案書の取りまとめは、これまでと同じく溝口の手を経る。このまま渡せば、また同じことが起きるだろう。それでも、俺はもうやめるつもりはなかった。今度は泳がせる。そう決めたはずなのに、夜、天井を見ていると、本当にこれで届くのかという不安が胸に湧き上がってくる。
それから10日後、対外提案の提出が完了したという連絡が届いた。窓口としての名前は溝口になっていた。資料には、俺が添えたはずの一文はない。想定した通りの結果だ。同じ連絡に、溝口を今回の案件の統括担当とする人事もあった。早坂の名で出された辞令だった。溝口には専用の打ち合わせ室が割り当てられ、先方との連絡も溝口が窓口になる。
ある朝、溝口が俺の机に来て言った。
「設計はもう固まった。ここから先は現場と先方の調整が中心になる。君には別の仕事を回す。」
その日のうちに、俺の席は窓際の空いた机へ移された。私物をまとめ、古い通路の突き当たりまで運ぶ。担当は資材の手配や会議室の準備、来客用の資料の印刷といった雑務に切り替わった。かつて自分の名で出した技術の図面が、溝口の名で会議資料に残っているのを、俺はコピー機の前で目にすることになる。
それから数か月が経ち、先方の技術チームが仕様を確定したという報告が共有フォルダーの通知に上がった。技術の寸法を前提に、先方の新製品の設計が進んでいる。契約金額もこの段階で180億円に固まったと、全社当ての通知に記されていた。先方は量産ラインの発注にも着手し、搬入口には見慣れない大型の梱包が日ごとに積み上がっていく。先方に渡すサンプル部品の検品も、俺の雑務の一つだ。俺は検品台に部品を並べ、父の測定器具で寸法を図る。
ある日、資材課の宮田が検品台に近づいてきて、並んだ部品の一つを手に取り、断面をじっと見た。宮田は資材の仕入れを長く担当してきた年配の男だ。
「こういう仕上げは、なかなか見ないなあ。」
指先で摩耗を抑える溝の形をなぞりながら、宮田が呟いた。
「昔からこういう仕事を?」
俺が尋ねると、宮田が懐かしむように答えた。
「ああ、個人でやってた小さな工場があってな。仕入れ先の一つだった。」
宮田の口から出たのは、かつて父が営んでいた工場名だった。宮田は部品を戻しながら、ふと俺の顔を見る。
「この溝の削り方を見て、思い出したよ。」
そして、いよいよ契約調印の日程が決まる。先方の役員も出席する正式な場になるという。溝口からの連絡には、当日は会場設営と資料の運搬要員が必要になり、名簿の末尾に俺の名前もあった。式は本社の大会議室で行われた。俺は2時間前から会場に入り、資料を人数分数えて長机に置いていく。皮肉にも、表紙には俺が書いた技術の断面図が刷られている。溝口は開始間際に現れ、配布だけ確かめて窓際に立った。
先方の役員3名と法務・知財の担当が入室した。名刺交換で、知財担当の名原だと分かる。
契約書の確認に移ろうとした時、名原がファイルを開いた。
「調印の前に、一点だけ確認させてください。」
名原が机の上に置いたのは、特許公報の写しだった。
「この技術の権利者欄に、御社の名前がありません。使用許諾契約書を拝見できますでしょうか?」
その紙が机に置かれた瞬間、早坂の手が止まった。溝口は資料をめくる手を止め、少し間をおいてから答える。
「権利者は個人名義ですが、自社社員の技術ですので、実質的に会社に帰属すると認識していました。」
名原は表情を変えずに公報へ視線を戻す。
「発明が会社に帰属するのは、在職中に会社の業務として発明した場合です。この特許の出願日を拝見する限り、出願はこちらの会社に入社される前になっていますが。」
その一言に、溝口の顔から余裕が消えた。名原は次の紙を取り出していった。
「これほどの金額の契約です。念のため、提案書の原本の提出履歴まで情報システム部に照会させていただきました。」
早坂が眉を潜めた。
「そのような照会が来ていたとは聞いていませんが。」
「契約前の照会は秘密保持契約に基づく専用窓口の取り決めで、担当者様への共有は契約締結後が通例です。」
早坂の表情が固まった。誰にも知らせず、社外の目だけが記録を検証していたのだ。
「本日、この権利者の方はいらっしゃいますか?」
早坂の視線が壁際に立つ俺に向く。役員たちの視線も遅れて俺に集まる。俺は資料の束を置き、卓のそばまで歩いた。
「権利者は私です。」
会議室が静まり返る。すると、溝口が椅子を鳴らして立ち上がった。
「その画面は加工できます。これはこの男の捏造だ。」
俺は溝口に向き直る。
「この記録は開発企画課のサーバーにはありません。半年前も、私が添えた一文を消した資料だけを役員会に出し、受け取ったのはこれだけだと言い張りましたよね。今回、記録がある場所にあなたの権限は届かない。今日配られている資料の図面も、私が出した提案と寸法まで同じです。私の提案が存在しないなら、この図面はどこから来たんですか?」
溝口の視線が机上の一点に落ちたまま動かない。早坂が半歩踏み出し、口を開きかけ、また閉じる。証拠は誰が見ても明らかだからだ。先方の役員が名原に短く尋ねると、名原は「権利者の了承なしに調印はできません」と答えた。先方の役員が席を立ち、「権利関係が整理されるまで調印を見合わせます」と告げ、本日中に文書で通知するという。名原はファイルを閉じ、カードの写しだけを机に残して退室した。契約停止の通知は、その日のうちに文書で届いた。
数日後、社内調査が始まった。溝口は最初、情報システム部の記録も俺が裏で誰かに作らせた偽造だと主張したという。だが、提出者のアカウント履歴と社内の認証記録を照合され、言い逃れの余地はなくなり、溝口は懲戒解雇となった。早坂は俺の訴えを一度は退けたが、証拠を隠滅させたわけではなく、溝口の書類だけを信じて判断を誤ったという事情が認められ、懲戒解雇ではなく減給に留まったという。
翌日、役員と人事部長が窓際の俺の机まで来て、開発部長補佐への昇進と、企画書に一文添えてきた通りのライセンス契約を正式に結びたいと申し出た。俺は迷わず判を押す。契約が整ったことで、180億の契約も改めて調印の運びとなった。宮田がそのニュースを聞くと、一言だけ「やっぱりな」と笑ったらしい。名札ではなく技術で人を見る男らしい反応だった。
俺は帰り道、引き出しの奥にしまってある父の測定器具を思い出す。あの人が最後まで手放さなかった道具が、巡り巡って俺の技術を証明する場所にまで連れてきてくれたのかもしれない。
権利は、持っているだけでは足りない。どこでどう使うかまで自分の意思で決めて、初めて技術を持つ者の責任は果たされるのだ。


