あの夜のことは、いまだに夢に見る。画面が光った瞬間、指が止まった瞬間、そして翌朝、残高がゼロだと告げられた瞬間。ほんの数秒の出来事だった。六十年かけて積み上げたものが、数秒で消えた。
私の名前は白石サト。夫が死んで十年、ずっと一人で暮らしている。長野の端にある小さな平屋で、六畳の部屋と狭い台所があれば十分だった。
若い頃は市内の中学校で給食の調理員をしていた。朝五時半に起きて、重い食缶を運び、何百人分もの飯を炊いた。定年まで働いて、その後も夫と二人でつましく暮らした。外食なんてほとんどしたことがない。旅行も行かなかった。着る物も、古くなるまで捨てなかった。
夫の裕二が死んだのは六十五歳の時だった。真冬の早朝、起きたら冷たくなっていた。その日のことは今でもはっきり覚えている。でも、それについては今日は話さない。
夫が死んでからも、私はほとんど生活を変えなかった。毎朝五時に起きて茶をいっぱい飲み、狭い庭に出て大根の世話をする。それだけが日課だった。娘の千鶴が心配して電話をよこすが、私は「大丈夫」とだけ言う。それ以上、言うことが思い浮かばないからだ。
私たちが持っていた貯金は八百万円だった。夫婦二人で何十年もかけて積み立てた金だ。多い額ではない。でも私にとっては全てだった。老後の医療費に使うつもりだった。膝が悪くなっても、施設に入らなくてはならなくなっても、千鶴に頼らずに済むように。それだけを考えて、この金を守ってきた。
千鶴は今四十七歳で、スーパーの夜間レジをしている。離婚して子供はいない。住宅ローンを抱えて、毎月ぎりぎりで生きている。そのことは娘の口から直接聞いたわけではないが、電話の声でわかる。声が疲れている時と、そうでない時がある。最近はずっと疲れている。
私が千鶴に絶対に迷惑をかけたくないと思っているのは、そのためだ。自分の面倒は自分で見る。八百万円がある限り、それができると信じていた。
スマートフォンを持つようになったのは三年前のことだ。千鶴が買ってくれた。LINEで連絡できるからと言って、使い方を教えてくれた。正直なところ、私はその機械が苦手だった。画面が小さくて、文字が滲んで見える。指が太くて硬いせいか、押したつもりのないところを押してしまうことがよくあった。それでも千鶴のためにと思って、少しずつ覚えた。
LINEの使い方、写真の見方、それくらいは何とかできるようになった。ネットバンクのアプリも、千鶴に設定してもらった。「いちいち銀行まで行かなくていいから楽だよ」と言われた。確かに、膝の具合が悪い日に銀行まで歩くのは大変だ。だからしぶしぶながら使うようにした。IDとパスワードはノートに書いて、引き出しにしまっていた。
あの夜のことを話す。十月の初め、夜の九時を少し過ぎた頃だった。私はもう布団に入っていた。早寝早起きの習慣は今も変わらない。部屋の電気を消して横になり、しばらくするとうとうとしていた。その時、枕元に置いていたスマートフォンが光った。画面が急に明るくなって、私は目を開けた。
メールの通知だった。画面に顔を近づけて読んだ。差出人の欄には、私が預金を預けている地方銀行の名前があった。件名は「重要:お客様のご口座の不正アクセスを検知いたしました」とあった。
私は体を起こして、もう一度ゆっくりと読んだ。内容はこうだった。「お客様のご口座に対し、第三者による不正なアクセスが確認されました。このまま本日中にご本人確認のお手続きをいただけない場合、安全のためご口座を一時停止させていただく場合がございます」
「停止」という言葉が頭の中で響いた。口座が止まったら、年金はどこへ振り込まれる? 膝の通院費はどうやって払う? 私は布団の上に座ったまま、メールをもう一度読んだ。ロゴマークは確かに私が使っている銀行のものだった。文章は丁寧で、難しい言葉は使っていなかった。差出人のメールアドレスも、それらしい文字列だった。
千鶴に電話しようかと思った。でも時計を見ると九時半を過ぎていた。千鶴はこの時間、スーパーのレジに立っている。忙しい時間帯のはずだ。こんな些細なことで呼び出して、後から何でもなかったとなったら、また心配をかける。いつも心配ばかりかけている。
メールの最後に、確認用のリンクが貼ってあった。「青い文字でこちらからご確認ください」と書いてある。「本日中」という言葉が気になった。今夜対応しなければ、明日の朝には口座が凍結されているかもしれない。
私は何度もメールを読み返した。怪しいところを探そうとした。でも、探しても探してもおかしなところが見当たらない。銀行のロゴ、丁寧な言葉遣い、メールアドレス。全部本物に見えた。
手のひらがじっとりと湿ってきた。私は自分に言い聞かせた。落ち着け、と。でも落ち着こうとすればするほど、「本日中」という文字が頭から離れなかった。
指が動いていた。気づいた時には、もうリンクを押していた。
画面が切り替わった。見慣れた色遣いの銀行のサイトだった。ログイン画面が表示されている。「IDとパスワードを入力してください」と書いてある。私は引き出しからノートを取り出した。IDとパスワードを書き留めてあるページを開き、老眼鏡をかけて、一文字ずつ確認しながら入力した。指が震えていた。打ち間違えないように、何度も確認した。
ログインボタンを押すと、画面が変わった。「ご本人確認のため、確認コードをSMSにてお送りしました」と表示された。すぐにメッセージが届いて、六桁の数字が書いてあった。私はその数字を入力した。
確認ボタンを押した瞬間、画面が一瞬点滅した。そしてすぐに電話が鳴った。画面には銀行の名前が表示されていた。私は反射的に出た。
「夜分に失礼いたします」
男の声だった。落ち着いた、低い声だった。
「セキュリティ管理部のものです。先ほどお客様のご口座に対し、複数の不審なアクセスが確認されました。現在お客様の資産は非常に危険な状態にございます」
「どうすれば… 」と私は言った。自分の声が震えているのが分かった。
「本人確認のため、現在のご住所とお口座番号をお聞かせいただけますでしょうか」
私はすぐに答えた。男は一切せかさなかった。私が答えるたびに「ありがとうございます」と静かに言った。
次に男は言った。「大変申し訳ございませんが、セキュリティの再設定のため、カードの有効期限と、引き出し用の暗証番号のご確認が必要でございます。こちらはお客様の資産を守るための手続きでございます」
私は手を止めた。暗証番号。それは夫と二人で決めた四桁の数字だ。誕生日でも記念日でもない、何でもない数字を選んだのは、分かりにくくするためだった。その番号は誰にも教えたことがない。千鶴にも教えていない。
でも男は今、銀行のセキュリティ部署の人間として電話をかけてきている。画面には銀行の名前が出ていた。この人が情報を悪用するはずがない。むしろ、この手続きをしなければ口座が危険なままだ。
「お客様の資産を守るため」という言葉が頭の中で繰り返された。私は四桁の数字を、ゆっくりと読み上げた。
「ありがとうございます」と男は言った。声の調子は最初から最後まで変わらなかった。
最後に、男は言った。「ご被害の範囲を特定するため、通帳に記載されている現在の残高を教えていただけますか」
私は引き出しを開けて、青い表紙の通帳を取り出した。老眼鏡を外して、また掛け直して、残高の欄を見た。八百万円と少しの利息。その数字を、私は読み上げた。
「承知いたしました。手続きが完了次第、改めてご連絡申し上げます。ご協力いただき、誠にありがとうございました」
そして電話が切れた。部屋が静かになった。時計が九時四十五分を示していた。
私はスマートフォンを膝の上に置いて、ため息をついた。良かった、と思った。ちゃんと手続きができた、と思った。庭の方から秋の虫の声が聞こえた。大根の葉が夜風に揺れているのが、ガラス越しに見えた。
私は眼鏡を外して、布団の中に戻った。八百万円は守られた。明日も朝五時に起きて、茶を飲んで、庭に出ればいい。そう思いながら目を閉じた。眠りに落ちるまで、それほど時間はかからなかった。
翌朝、目が覚めたのはいつもより少し遅かった。五時十分。秋の虫の声が続いていたせいか、眠りが深かったのかもしれない。布団の中で天井を見つめながら、昨夜のことを思い出した。あの電話のことだ。銀行から来た男の、落ち着いた低い声。「お客様の資産を守るため」という言葉。
なんとなく胸のざわつきがあった。眠れたはずなのに、体が妙に重かった。起き上がって台所へ行き、ポットに水を入れてスイッチを入れた。茶が湧くのを待つ間、窓の外を眺めた。大根の葉が朝露に濡れていた。
茶をいっぱい飲んだ。いつもはこれで体が温まる。でもその朝は、飲み終わっても胸のざわつきが消えなかった。昨夜のことを、もう一度きちんと確認したい気持ちが湧いてきた。手続きは本当に終わったのか?

口座は本当に守られているのか。アプリを開いて残高を見れば、それで分かる。
スマートフォンを手に取って、銀行のアプリを開いた。IDを入力した。パスワードを入力した。
画面に赤い文字が出た。「ログインできません」
打ち間違いかと思って、もう一度入力した。ノートを引き出しから出して、ページを開いて、一文字ずつ確認した。間違っていない。それでもログインできなかった。三度、四度と試した。結果は変わらなかった。画面はその度に「ログインできません」と表示するだけだった。
背中に冷たいものが走った。昨夜、あの男に暗証番号を教えた。IDとパスワードも入力した。確認コードも入れた。全部自分でやった。でもそれは銀行が求めてきたからだ。銀行の名前が画面に出ていた。銀行から来たメールだった。銀行からの電話だった。
私は台所の椅子に座って、スマートフォンをテーブルの上に置いた。指先が冷たかった。窓の外では空が少しずつ明るくなっていた。
財布の中からキャッシュカードを取り出した。表面に印刷されている問い合わせ先の電話番号を、老眼鏡をかけて確認した。電話をかけた。自動案内が流れた。番号を押せという指示に従って、一番を押し、また一番を押し、その次は三番を押した。保留音が流れた。古い演歌のような、ゆっくりとした音楽だった。
何分経ったのか分からなかった。「お電話ありがとうございます」と女性の声が言った。若い声だった。
私は昨夜あったことを話した。メールが来たこと、リンクを押してIDとパスワードを入れたこと、電話がかかってきたこと、暗証番号を教えたこと、通帳の残高を読み上げたこと。できるだけ順番通りに話したつもりだったが、途中で自分でも順番が分からなくなった。
女性は途中で何度か確認した。「そのメールは何時に届きましたか」「お電話は何時頃でしたか」「暗証番号はどのようにお伝えしましたか」。私はその度に答えた。声が途切れそうになるのを、何とか堪えた。
「少々お待ちください」と女性は言った。また保留音になった。しばらくして女性が戻ってきた。声の調子が少し変わっていた。静かで、沈んだ声だった。
「大変申し訳ございません。お客様、弊行から昨夜そのようなメールやお電話をお送りした事実はございません」
頭が空白になった。
女性は続けた。「お客様はフィッシング詐欺と呼ばれる手口の被害に遭われた可能性が高いです。口座の状況を確認いたします。少々お待ちください」
また保留音が流れた。今度の沈黙は、最初よりも長く感じた。私はキャッシュカードを両手で持って、テーブルの上に置いたまま、ただ待っていた。カードの角が指に食い込んでいたが、気づかなかった。
「お電話ありがとうございます」と女性が戻ってきた。「確認いたしました。お客様の口座より、本日未明に出金がございました」
「いくら… 」と私は聞いた。喉が張り上がっていた。声が自分のものではないような気がした。
女性は一呼吸置いた。その一呼吸が、妙に長かった。
「八百万円、全額でございます」
スマートフォンが手から離れた。テーブルの上に落ちて、鈍い音を立てた。画面が上を向いていて、保留中の表示が見えた。でも私には、もうそれが何なのかよく分からなかった。
椅子に座ったまま、動けなかった。体の中から何かが抜けていくような感覚だった。音が遠くなった。窓の外の鳥の声も、台所の時計の音も、全部膜の向こうから聞こえているみたいだった。
八百万円。夫と二人で働いた給食室の重い食缶を、何年も何年も運んだ。年末年始も休まずに出勤した。ボーナスは毎回そのまま通帳に入れた。夫が死んでからも、一円も崩さなかった。老後のため、千鶴に迷惑をかけないために、と自分に言い聞かせながら、ずっと守ってきた。
それが、今の今まで、一夜のうちに消えた。
私は両手をテーブルの上に置いたまま、しばらくそこにいた。泣こうとしたわけではなかった。でも目の奥が熱くなって、視界がぼやけた。涙が出るでもなく、ただぼやけたまま大根の葉を見ていた。
スマートフォンからは、まだ女性の声がしていた。「お客様、お客様」と呼びかけていた。私は機械を拾い上げた。
「はい」と言った。それしか言えなかった。
女性は言った。「お客様、まず落ち着いてお聞きください。この後、警察への届け出をお願いしております。また、弊行の窓口にお越しいただき、口座の凍結手続き及びお届出をお願いできますでしょうか」
「分かりました」と私は言った。分かっていたかどうか、自分でも分からなかった。でもそう言った。
電話が終わった。私は老眼鏡を外して、テーブルの上に置いた。台所が静かだった。ポットがまだコトコトと音を立てていた。窓の外では日がすっかり上がっていて、大根の葉の露は消えていた。気づかないうちに、時間が経っていた。
「どうしよう」という気持ちが湧いてきたが、すぐにその気持ち自体が消えた。「どうしようもない」ということが、言葉にする前から体で分かっていた。
私はそのまま台所の椅子に座っていた。朝ご飯を作ろうとは思わなかった。食欲もなかった。ただ座って、窓の外を眺めていた。大根の葉が風もないのに少し揺れていた。収穫の時期が近い。葉の根元が太くなって、土から少し頭を出しかけている。あと一週間もすれば、引き抜き頃になる。毎年この時期に一本ずつ引き抜いて、干し大根にした。夫がそれを好きだった。
今年は誰のために作るのか、ということを唐突に考えた。
千鶴に連絡しなければ、ということは分かっていた。でも、どう話せばいいのか分からなかった。千鶴は今家にいるはずだ。夜間のレジは深夜一時で上がる。帰ってきて少し眠って、今頃はまだ寝ている時間だ。昨日の夜遅くまで働いて、疲れているはずだ。その子を起こして、こんな話をする。「お母さんが騙されて全部なくなった」。老後の分も、施設の分も、迷惑をかけないために取っておいた分も、全部消えた。その言葉を声に出すことが、どうしてもできなかった。
三十分ほど、私はそのまま椅子に座っていた。スマートフォンを見たり、外を見たり、また手元を見たりした。何かを決めようとしていたのか、ただ時間を潰していたのか、今となっては分からない。頭の中で、何度もあの夜の場面が繰り返された。メールを読んだ時、リンクを押した時、IDを入力した時、暗証番号を読み上げた時。その度に、「どこかで止まれなかったのか」という思いが押し寄せてきた。
でも止まれなかった。本当に止まれなかった。何が本物で何が偽物か、私には分からなかった。ロゴも文章も電話の声も、全部本物に見えた。聞こえた。私は正しいことをしようとして、全部失った。
九時を少し回った頃、私は千鶴にLINEでメッセージを送った。電話ではなく文字にした。電話だと声が崩れる気がした。「話したいことがあります。起きたら連絡ください」。それだけ書いた。
返事が来るまで見ないようにしようと思った。でも五分もしないうちに、またひっくり返して画面を確認した。まだ既読がついていなかった。
十時になった。既読はついたが、返事はなかった。十分後、電話が鳴った。千鶴からだった。
「もしもし、母さん、どうしたの」
声が眠たそうだった。少し急いでいるような、それで心配しているような、両方が混じった声だった。私はしばらく黙った。時計の音がやけに大きく聞こえた。
「昨日の夜に、銀行からメールが来て… 」と私は言った。それから、昨夜のことをできるだけ順番通りに話した。メールが来たこと、リンクを押したこと、IDとパスワードを入れたこと、確認コードを入れたこと、電話がかかってきたこと、暗証番号を読み上げたこと、通帳の残高を伝えたこと、今朝になってアプリが開けなくなったこと、銀行に電話したこと、全額なくなったと言われたこと。
全部話し終えて、私は黙った。千鶴も黙っていた。数秒後、千鶴は言った。
「今から行く」
それだけだった。怒鳴らなかった。「なんでそんなことをしたの」とは言わなかった。ただ「今から行く」とそれだけ言って、電話が切れた。私はその一言が何よりも重かった。
千鶴の家から私の家までは、車で四十分ほどかかる。私は台所を片付けた。茶のカップを洗って、テーブルを拭いた。ノートを引き出しに戻した。何もかもがいつもと同じ手順だったが、全部どこか動作のような気がした。
それから家に移った。テレビはつけなかった。座布団に座って、庭の方を向いた。大根の葉は日が高くなって、朝よりも緑が濃く見えた。八百万円という数字を、また頭の中で繰り返した。それが現実のことだとは、まだどこかで信じられていなかった。
チャイムが鳴ったのは、電話から一時間ほど経ってからだった。私は立ち上がって玄関に向かった。ドアを開けると、千鶴が立っていた。仕事ではなく普段着のジャケットを羽織っていた。顔が白くて、目の下に隈があった。昨夜の仕事でほとんど眠れていないのが、見て分かった。
千鶴は私の顔を見て、何も言わなかった。私も何も言えなかった。ただ玄関先で向かい合って、数秒が過ぎた。千鶴が先に動いた。靴を脱いで上がってきて、私の横に立った。
「座ろう」と言った。
家に戻って、二人で座った。千鶴は私の向いではなく、隣に座った。テーブルの上には何もなかった。
「スマホ見せて」と千鶴は言った。私はスマートフォンを渡した。千鶴はしばらく画面を操作していた。メールを見て、着信履歴を見て、アプリを開こうとして、やはりログインできないのを確認した。
「これ、フィッシング詐欺だよ」と千鶴は言った。声は静かだった。怒っているのか、呆れているのか、それとも別の何かなのか、私には分からなかった。「メールも電話も全部偽物。お母さんのID、パスワード、暗証番号、全部盗まれた」
「分かっている」と私は言いたかった。でもそれを言うのが怖かった。「分かっていながらやってしまった」と聞こえる気がしたから。
千鶴はスマートフォンを持ったまま、少しの間黙っていた。それから言った。「確認コードが来た時、止まれなかった」
私は答えられなかった。確認コードというのは、本物の銀行が本人確認のために送ってくるものだ。詐欺師がそれを求めてくるということは、本来おかしい。でも私はその時、そこまで考えられなかった。画面の指示通りに入力した。それが疑わしいとは、考えもしなかった。
「止まれなかった」と私は言った。声が出なくて、もう一度言い直した。「止まれなかった」
千鶴はそれを聞いて、何も言わなかった。スマートフォンをテーブルに置いて、また膝の上で手を組んだ。私は千鶴の横顔を見た。疲れた顔だった。仕事の疲れというより、何か別のものを抱えているような疲れ方だった。こういう顔を千鶴はいつ頃からするようになったのだろう、と間抜けなことを考えた。離婚してからか、ローンを組んでからか、それとも私が一人になってからか。
「怒らないの」と私は言った。千鶴は私の方を見た。
「怒っても意味ない」と言った。それ以上、何も言わなかった。「怒っても意味ない」という言葉が、胸の中に落ちた。怒鳴られた方が、まだ良かった。この子は怒ることすら躊躇しなければならないくらい、疲れているのだと、その一言で分かった。
私は視線を窓の外に向けた。大根の葉が見えた。今年の秋は雨が少なくて、葉の先が少し黄ばんでいる。それでも根はちゃんと育っている。収穫すれば食べられる。そういうことを考えていた。何も考えたくなかったから、そういうことを考えた。
千鶴が言った。「警察に届けて、それから銀行の窓口に行こう。今から」
私は頷いた。
「お金のことはおいおい考えよう」と千鶴は続けた。「まずは手続きだけ」
「おいおい」という言葉が気になった。でも私は何も聞かなかった。聞けなかった。「おいおい考えたとして、どんな答えが出てくるのか」が、すでに分かっていたから。
千鶴は台所に立って、お茶を入れてくれた。私の家の引き出しの中身を知っているから、茶葉がどこにあるかも、茶碗がどこにあるかも、迷わずに出した。二杯の茶をテーブルに置いて、千鶴はまた隣に座った。二人でお茶を飲んだ。どちらも何も話さなかった。熱いお茶の湯気が、二人の間でゆっくりと上に向かった。窓から光が入って、その湯気が細く白く見えた。
私は茶碗を両手で包んで、ただそこにいた。八百万円のことを考えないようにしようとして、やはり考えてしまった。でも不思議と涙は出なかった。出し切ったわけでもない。ただ、今この瞬間は泣く気力すらなかった。
警察署はバイパス沿いの古い建物だった。千鶴が駐車場に車を止めて、二人で中に入った。受付で要件を告げると、若い制服姿の男性が奥に案内してくれた。「生活安全課」と書かれた部屋の前で少し待って、それから中に通された。
部屋には机が四つほどあって、そのうちの一つに中年の男性警官が座っていた。五十代くらいで、眼鏡をかけていた。髪が少し薄くなっていた。
「状況をお聞かせください」と警官は言った。メモ帳を開いて、ボールペンを持った。名前と生年月日と住所を確認してから、昨夜何があったかを聞いてきた。私が話し、千鶴が補足した。警官は頷きながら聞いて、時々メモを取った。表情は変えなかった。おそらくこういう話は何度も聞いているのだろう、と思った。
被害金額を最後に聞いた。
「八百万円です」と千鶴が答えた。私は黙っていた。警官はその数字を書き留めて、一度だけ私の方を見た。目があったが、何も言わなかった。書類の記入に戻った。
被害届の用紙を渡された。千鶴が隣から手伝ってくれながら、私は一つずつ書いていった。名前、住所、被害の内容、金額、日時。ボールペンを持つ指がなかなかうまく動かなかった。字が震えた。
書き終えて提出すると、警官は言った。「詐欺の手口については捜査しますが、フィッシング詐欺は送金先が海外の口座であることが多く、被害金の回収は非常に困難な場合がほとんどです」
「非常に困難」という言葉を、私は聞きながらその意味を頭の中で別の言葉に置き換えていた。戻ってこない、ということだ。
千鶴が何か質問していたが、私はあまり聞いていなかった。警官の声も千鶴の声も、少し遠くに聞こえた。部屋の蛍光灯が明るすぎて、目が疲れた。
銀行は駅前にある二階建ての古い建物だった。私が長年使っている支店だ。月に一度、通帳の記帳に来る顔馴染みの窓口の女性がいる。その人に今日のことを話さなければならないと思うと、また体が重くなった。
中に入ると番号札を取るように案内された。椅子に座って待った。平日の昼前で、お客さんはそれほど多くなかった。老人が二人、窓口の前に並んでいた。私と同じくらいの年頃の人たちだった。何気なくその背中を眺めながら、「あの人たちはこういう目に遭ったことがあるのだろうか」と考えた。
番号が呼ばれた。窓口には見たことのない若い女性が座っていた。いつもの顔馴染みの人ではなかった。少しほっとした。要件を告げると、女性は少し待つように言って、奥の方に電話をかけた。しばらくして、別の女性が奥から来た。三十代くらいで、胸に「課長」というバッジをつけていた。私たちを別の場所に連れて行った。狭い部屋だった。テーブルを挟んで向かい合う形で座った。
また同じことを話した。メールのこと、リンクのこと、電話のこと、暗証番号のこと。三度目になると、言葉がすらすら出てきた。まるで自分に関係のない話をしているような感覚だった。
「口座の凍結はすでに完了しています。昨日の未明の出金で、残高はほぼゼロになっております。通帳の再発行と、新しいカードのご準備をお勧めします」
「ほぼゼロ」という言葉が妙に引っかかった。「ほぼ」ということは、少しは残っているのか。そう思って聞いてみた。課長の女性は少し間を置いた。
「はい。百二十円ほどございます」
百二十円。私は手の中の書類を見た。何も書いていない白い表面だった。「百二十円」とはどういう話なのか、しばらく考えた。おそらく最後に利息が加算されたものが残ったのだろう。それ以上考えるのをやめた。
通帳の再発行の手続きをした。新しいキャッシュカードの申請もした。書類に名前を何度も書いた。銀行を出ると、昼を回っていた。太陽が真上にあって、影が短かった。
千鶴が「お昼食べる」と言った。私は少し考えてから、「食欲がない」と言った。千鶴も「そうだよね」と言った。それきり、食事の話は出なかった。
帰りの車の中は、行きよりも重かった。行きはまだ何かが始まるという感覚があった。でも帰りは、全部を終えてみて、結局何も変わっていないことだけが分かっていた。千鶴はラジオをつけた。昼のニュースが流れた。どこかの市で工事が始まったとか、野菜の値段が上がっているとか、そういう話だった。私の耳に入って、すぐに出ていった。しばらくして千鶴がラジオを消した。また静かになった。
家までの十分ほどのところで、千鶴が言った。
「お母さんの年金、月いくら? 」
唐突だったが、聞かれると思っていた。
「六万三千円くらい」と私は答えた。千鶴はハンドルを持ったまま、少し黙った。
「今の生活費は?
持ち家だから家賃はない。水道光熱費とか、食費とか、全部合わせると… 」
私はしばらく考えた。「四万か四万五千くらい」
「じゃあ、ぎりぎり生活はできる」
それは質問ではなく、自分に言い聞かせているような言い方だった。「ぎりぎり」という言葉が、しばらく頭の中で鳴り続けた。
今は体が動く。自分で料理ができる。通院は一人でできる。でもあと五年、十年したら、足が弱って台所に立てなくなったら、病気になって入院が必要になったら、介護が必要になったら。施設の費用は月に十五万から二十万かかると、何年か前に聞いたことがある。年金が六万三千円では、到底足りない。その差額を埋めるために、八百万円があった。それだけあれば、四、五年は何とかなる計算だった。今は、その計算が成り立たない。千鶴に出してもらうことになる。毎月ぎりぎりで生きている千鶴に。住宅ローンを抱えた千鶴に。夜間のレジで疲れ果てている千鶴に。
私はコートの膝の上に手を置いて、視線を窓の外に向けた。田んぼが続いていた。稲刈りが終わって、切り株だけが残っている。茶色くて乾いた景色だった。
家に戻ったのは一時を少し過ぎた頃だった。千鶴が「上がっていくよ」と言って、一緒に中に入った。家に戻ると、朝と何も変わっていなかった。座布団が二つ並んで、窓の外に大根の葉が見えて、時計が壁にかかっていた。午前中に起きたことが、全部この部屋には何の痕跡も残っていなかった。
千鶴が台所でお湯を沸かし始めた。私は座布団に座って、手を膝の上に置いた。お茶が来た。千鶴は向いに座った。今度は隣ではなく、向いだった。話をするための位置だと、すぐに分かった。
「ちゃんと話しておきたいんだけど」と千鶴は言った。私は頷いた。
「お母さんの生活費。今のままで回るかは、もう少し見ないと分からない。でも急にどうこうはならないと思う。今すぐ何かが変わるわけじゃない」
千鶴の言葉はゆっくりだった。選んで話しているのが分かった。感情を先に出さないようにしているのも分かった。
「ごめん」と私は言った。千鶴は少し間を置いた。
「謝らなくていい」と言った。
「でも」と私は続けた。「千鶴に迷惑かけたくなかったんだよ。それだけを考えてたんだよ。ずっと。あの金があれば、自分のことは自分でできると思ってた」
喉の奥が詰まった。声が途切れた。千鶴はお茶を一口飲んだ。それから、ゆっくりと置いて、私の方を見た。
「知ってるよ」と千鶴は言った。「お母さんがどれだけ気にしてたか、知ってる。だから、そこは責めてない」
「責めてない」という言葉が、不思議と苦しかった。責められた方が楽だった。責められれば謝ることができる。謝れば、少し楽になれる。でも千鶴は責めない。責めないから、私には謝る相手がいない。謝っても、受け取ってもらえない。その謝りたい気持ちが、行き場をなくして胸の中にずっとある。
「これからのことは、一緒に考えないといけない」と千鶴は続けた。「お母さん一人で全部抱え込まないで欲しい」
私は頷いた。頷くしかなかった。千鶴が言わないことを、私は分かっていた。千鶴のローンの残額のこと、毎月の支出のこと。今の給料では私を施設に入れるだけの余裕がないこと。それが千鶴にとってどれほど重いことか。それを今ここで言わないでいるのが、千鶴の精一杯だということ。
私は窓の外を見た。大根の葉が夕方の光を受けて、少し黄色みがかって見えた。収穫しなければ、もう少しで食べ頃を過ぎる。でも今日は、そんなことを考える気になれなかった。
三時を過ぎた頃、千鶴が立ち上がった。「今夜も仕事だから、そろそろ行くね」私は頷いた。千鶴は台所に行って、茶碗を洗ってくれた。食器棚に戻して、拭いたタオルをきちんと元の場所にかけた。私の家の片付け方を、千鶴はちゃんと覚えている。
玄関で靴を履きながら、千鶴は言った。「また来るから。何かあったら、すぐ連絡して」
「分かった」と私は言った。千鶴がドアを開けて、外に出た。振り返らずに車に向かって歩いた。その後ろ姿が、なんとなく小さく見えた。実際には私より大きいのになぜか小さく見えた。
ドアを閉めると、家の中が急に静かになった。家に戻って座布団に座った。千鶴が座っていた向いの座布団が、少しだけ跡が残っていた。私はその後を眺めた。夕方の光が傾いて、家の壁に淡い影が差してきた。
何かしなければならない気がして、台所に立った。でも冷蔵庫を開けても、何も思いつかなかった。昨日から何も食べていなかった。お腹が空いているのかもしれなかった。でも、何も食べたいとは思わなかった。冷蔵庫を閉めて、またテーブルの前の椅子に座った。
窓の外が暗くなり始めていた。庭の大根の葉が、夕暮れの中で黒い影になった。一日中あそこにあって、私のことなど関係なく、ただ育ち続けている。
この日あったことを、頭の中で整理しようとした。警察に行った。銀行に行った。書類を書いた。どちらも丁寧に対応してくれた。でも、お金は戻ってこない。そのことだけが、一日かけてより鮮明になっただけだった。戻ってこないということは、今日知ったわけではない。朝、銀行のオペレーターから聞いた瞬間に、もう分かっていた。でも、分かっていることと受け入れることは別のことだ。
八十二年生きてきて、これが最初で最後の大きな過ちだと思った。でも、一度の過ちで全部消える。それが現実だった。
台所の電気をつけた。オレンジ色の明かりが、狭い部屋を照らした。冷蔵庫に昨日の残り粥があった。小さな鍋に移して、水を足して火にかけた。お粥にして食べようと思った。味付けは塩だけでいい。千鶴が来てくれたことを思うと、一人で何かを食べるのが少し心細かった。でもそれは今日だけの感情で、明日になれば薄れるだろうと思った。
布団に入って、電気を消した。天井が暗かった。目を閉じると、今日あった人たちの顔が浮かんだ。警官の眼鏡。銀行の課長のバッジ。千鶴の目の下の隈。それぞれの顔が順番に浮かんでは消えた。誰も怒鳴らなかった。誰も馬鹿にしなかった。みんな丁寧だった。それが却って、自分の過ちの大きさを静かに教えてくれているようだった。
あれから十日が経った。警察にも銀行にも行って、必要な手続きは全部終わった。新しいキャッシュカードが届いた。薄い封筒で、いつもなら何でもない郵便物が、その日は妙に重く感じた。封を開けてカードを取り出して、引き出しの中にしまった。
残高は百二十円のままだ。年金が振り込まれるのは来月の半ばだから、それまで日数がある。毎朝五時に起きて茶を飲んで、庭に出る。大根はもう収穫した。引き抜いて半分は干して、残りは台所の隅に積んだ。それだけのことを、機械のように繰り返している。
詐欺に遭った直後は頭が空白だった。何も考えられなかった。でも十日も経つと、逆に考えすぎるようになった。夜中に目が覚めて、暗い天井を見ながらこれからのことを計算する。年金が月六万三千円。光熱費と食費と雑費を全部合わせると四万から四万五千円。手元に残るのは一万五千円から二万円。通院費が月六千円ほどかかるから、最終的に残るのは一万円あるかないか。それは生活できる金額だ。千鶴が言ったように、ぎりぎりではあるが何とかなる。今の体の状態が続く限り、今のまま何も変わらない限り。
でも、何も変わらないということは、長くいけばいくほどありえない。先月、向かいの山田さんが施設に入った。七十九歳で、転んで骨折したのがきっかけだった。息子夫婦が引き取るという話もあったらしいが、結局施設になった。月に十七万かかると、山田さんの娘から聞いた。年金で賄えない分は、家族が出すと言っていた。十七万。私の年金の三倍近い。貯金がある間は、その差額を自分で出せるはずだった。八百万あれば、約四年間の施設費用の不足分を埋められた。焦げることなく、ゆっくり考える時間があった。今は、その時間がない。足を悪くした時、頭がおかしくなった時、誰かの世話がいるようになった時、その費用は全部千鶴にかかる。そのことを、目が覚めるたびに考える。
詐欺から二週間が経った週の土曜日、千鶴が来た。仕事が休みの日に来てくれた。手に袋を持っていた。スーパーで買ってきたものらしく、袋から野菜と豆腐と魚の切り身が覗いていた。
「一緒に食べよう」と千鶴は言った。私は台所を片付けて、千鶴のために場所を作った。千鶴はエプロンをかけて手を洗って、慣れた手つきで料理を始めた。私の家の台所の配置を、千鶴はよく知っている。フライパンがどこにあるか、包丁がどこにあるか、迷わずに取り出した。私は椅子に座って、千鶴が料理をするのを見ていた。台所に二人分の気配があるのは、いつぶりだろうと考えた。
「大根の煮物を作るから」と千鶴が言った。持ってきた大根と一緒に、台所の隅に積んであった私の大根も使っていいかと聞いた。「いいよ」と私は言った。千鶴は手際よく大根の皮を剥いて、乱切りにした。出汁を取って、醤油とみりんで味付けをした。匂いが台所に広がって、私の胃が少し動いた。この十日で食欲がほとんどなかったことに、気づいた。
「お母さん、最近ちゃんと食べてる? 」と千鶴が鍋をかき混ぜながら言った。「食べてるよ」と私は言った。嘘ではなかった。食べてはいた。ただ、何を食べたかを思い出せないくらい、味のしない食事をしていた。千鶴はこちらを見ないまま「そう」と言った。それ以上は聞かなかった。
二人でテーブルについた。大根の煮物と魚の塩焼きと豆腐の味噌汁。それだけだったが、十分だった。千鶴の料理は昔から丁寧だ。私が教えたわけでもないのに、いつの間にかきちんとした料理ができるようになっていた。食べながら二人はしばらく黙っていた。テレビもつけなかった。箸の音と鍋の保温の音だけが聞こえた。
千鶴が箸を置いて、「仕事のシフトを来月から少し変わる」と言った。「そうなの」と私は言った。「夜だけじゃなくて、昼のシフトも入るようになった。週に二回くらい」と千鶴は続けた。声は平坦だった。
私は大根を口に入れながら、千鶴の言葉の裏を考えた。夜のシフトに加えて昼も入る。それは仕事が増えるということだ。仕事が増えるのは、お金が必要だからだ。聞かなかった。なぜシフトが増えたのかを、直接聞くことができなかった。聞けば答えが返ってくる。その答えを聞くことが怖かった。代わりに「大変じゃない」とだけ言った。「慣れるよ」と千鶴は言った。また平坦な声で。その平坦さが、答えだった。
片付けを終えて、二人で家に戻った。千鶴はお茶を入れてくれた。前回と同じように、私の隣ではなく向いに座った。
「お母さんに聞いて欲しいことがある」と千鶴は言った。私は茶碗を両手で包んで、千鶴の顔を見た。
「ケアマネさんに相談した。介護保険の申請のこと」
介護保険。その言葉を、私は黙って受け取った。介護保険の申請をするということは、認定を受けるということだ。「要介護」「要支援」という区分けをされて、それに応じたサービスを使えるようになる。ホームヘルパーが来たり、デイサービスに通ったりする。
私はまだ一人で料理ができる。洗濯もできる。買い物は少し遠いが、歩いていける。こういう人間が、介護保険の申請をする。「まだそんな段階じゃないと思うけど」と私は言った。声が少し硬くなったのが分かった。
千鶴は頷いた。「分かってる。今すぐ何かサービスを使うって意味じゃない。でも申請だけしておけば、いざという時にすぐ動ける。手続きに時間かかるから」
千鶴の言っていることは正しい。手続きには時間がかかる。申請してから認定が降りるまで、一ヶ月以上かかることもある。いざ必要になってから動いても、間に合わないことがある。事前に申請しておくのは、合理的な判断だ。分かっている。頭では分かっている。でも、申請するということは、自分が老いて助けが必要な人間だと認めることだ。書類に名前を書いて、役所の人間に家の中を見られて、日常生活の細かいことを評価される。それが、どうしても受け入れがたかった。
「少し考えさせて」と私は言った。千鶴は何も言わずに頷いた。しばらく二人とも黙っていた。窓の外では、夕方の空が暗くなり始めていた。私は手の中の茶碗を見た。古い茶碗で、縁が少しかけている。夫が気に入っていた茶碗だ。かけているから捨てようとしたら、夫が「使う」と言って取り上げた。夫が死んでから、私が使うようになった。捨てる気になれなかった。
「もう一つ話していい? 」と千鶴が言った。私は頷いた。
「お母さんの通帳、来月から私が一緒に見ようと思って。月ごとの収支を確認したい。何か急に出費があった時に、早めに対応できるように」
通帳を見る。千鶴が私の家計を見るということだ。これまでは全部、私が一人でやってきた。夫が死んでからの十年間、誰にも見せずに管理してきた。
「自分でできる」と私は言った。今度は声に力が入った。自分でも少し驚いた。千鶴は少しの間、私を見ていた。怒った様子はなかった。
「できるのは分かってる」と千鶴は言った。「でも、今回のことがあったから、一緒に見た方がお互い安心できると思って。お母さんが管理するのは変わらない。私はただ確認するだけ」
「お互い安心」という言葉が気になった。千鶴が安心できないのは、私を信用していないからではない。私がまた何か失敗をするかもしれないと、心配しているからだ。それは正しい心配だ。実際に私は失敗した。八百万円を失うという、取り返しのつかない失敗を。
私は茶碗を置いた。「分かった」と言った。千鶴が少し肩の力を抜いたのが分かった。ずっと緊張していたのだろうと、その時気づいた。今日、この話をするために、どれだけ考えてきたのか想像すると、胸が痛かった。
夜になって、千鶴が帰る支度を始めた。エプロンを外して畳んで、バッグに入れた。「また来週来る」と千鶴は言った。「通帳、出しといて」私は頷いた。
玄関まで見送りに行って、千鶴が靴を履くのを見ていた。千鶴の靴はくたびれていた。かかとのゴムが減って、片方が少し傾いていた。新しい靴を買えばいいのに、と思ったが言わなかった。言ったら千鶴は、また「そんなことより」というだろうから。
翌日の午前中、私はテーブルに通帳を出した。千鶴が来た時に見せられるように。通帳を開いてみた。最後のページの最後の欄に、八百万円が出金された記録がある。その下は何も書いていない。次に記帳した時、その欄の下に何が書かれるか。来月の年金振り込みの、六万三千円。八百万の下に、六万三千円。その落差を、しばらく眺めた。通帳を閉じた。引き出しにしまわずに、テーブルの上に置いたままにした。
午後になって、隣の橋本さんが来た。七十四歳で、一人暮らしをしている。亡くなった山田さんと仲が良かった人で、時々声をかけてくれる。この日も庭から声がして、「白石さん」と呼ばれた。私は縁側を開けて出た。橋本さん、手に小さな袋を持っていた。もらい物の蜜柑が多くて食べきれないから、と言って、ネットに入った蜜柑を渡してくれた。
「ありがとうございます」と私は言った。橋本さんは少し立ち話をした。天気の話。先月から工事が始まった道路の話。山田さんが施設に慣れてきたらしい、という話。私は頷きながら聞いた。詐欺のことは言わなかった。言えなかった、というのが正確だ。恥ずかしいということもある。でも、それ以上に、言ってしまうと現実になるような気がした。千鶴と警察と銀行にしか話していない。それ以外の人間には、まだ話していない。話さない間は、まだ日常の中にいられる気がした。
橋本さんが帰った後、台所で蜜柑を一つ剥いた。甘かった。口の中に味が広がって、久しぶりに何かを美味しいと思った。
その夜、風呂から上がって、洗面所の鏡の前に立った。鏡の中に老婆が立っていた。白い髪、深い皺、薄い唇。当たり前だが、それは私だ。この顔、私は毎日見ている。でもその夜は、少し長く見た。八十二歳。給食室で四十年働いた。夫と二人で暮らした。千鶴を育てた。貯金を守った。一人で十年生きてきた。それが全部、この顔の皺の中にある。そして、その全部の積み重ねが、一通のメールで崩れた。鏡の中の老婆が私を見ていた。責めてはいなかった。ただ、見ていた。それが一番応えた。
翌日、郵便受けを開けると、銀行から封書が届いていた。例の詐欺の件について、調査結果と今後の対応についてのお知らせと書いてあった。封を開けて中を読んだ。難しい言葉が並んでいた。保証については引き続き審査中であること。現時点では全額の返還は見込めないこと。警察機関との連携を継続していること。要するに、戻ってこない可能性が高いということを、丁寧な言葉で書いてあった。
手紙を畳んで封筒に戻して、テーブルの上に置いた。千鶴に送ろうかと思った。でも千鶴はもう分かっている。知っていることをわざわざ送り付けても、千鶴の気持ちを重くするだけだ。私はその手紙を、引き出しの奥にしまった。
週の終わり、約束通りに千鶴が来た。今日は手ぶらだった。エプロンも持ってこなかった。料理をするためではなく、通帳を見るために来た。テーブルの上に置いたままだった通帳を、私は千鶴の前に出した。千鶴は通帳を開いた。最後のページを見て、少しだけ目を細めた。それだけだった。何も言わなかった。数字を確認して、また閉じた。
「来月の年金が入ってから、一緒に月の収支を見よう」と千鶴は言った。「食費はどのくらいかけてる?
」私は答えた。「一万五千円くらい」と言った。「それで大丈夫? 」と千鶴は言った。減らせるかどうかを聞いているのではなく、それで足りているかを聞いていた。「足りてるよ」と私は言った。
千鶴は通帳をテーブルに戻した。それから、しばらく黙って自分の膝を見ていた。
「私の方も、少し整理した」と千鶴は言った。私は千鶴を見た。「ローンの繰り上げ返済を止めた。余裕がなくなるから」と言った。「それと、スマホのプランを安いのに変えた。保険も見直した。一つ一つは小さいことだ。でも、全部合わせると、それなりの金額になる」
それを千鶴がしなければならなくなったのは、私のせいだ。何か言わなければ、と思った。でも何を言えばいいのか分からなかった。「ごめん」と言っても、千鶴はまだ「責めてない」と言うだろう。「ありがとう」というには、あまりにも足りない。
私は大根の葉を見た。庭に出て収穫した日のことを思い出した。引き抜いて土を払って、根の太さを確かめた。あの時、まだ八百万円があった。あと二日のことだった。
「千鶴」と私は言った。千鶴が顔を上げた。「本当にごめん」と私は言った。千鶴はしばらく私を見ていた。それから「うん」と言った。今度は「責めてない」とは言わなかった。「うん」とだけ言って、また膝に目を落とした。その「うん」が、二週間前の「責めてない」よりも、ずっと正直な答えに聞こえた。
千鶴が帰った後、私は縁側に座った。夕方の光が庭を照らしていた。大根を抜いた後の土が、斜めの光を受けて赤みがかって見えた。来年もここに大根を植えるのか、と思った。植えるだろう、とも思った。他にすることがないから。でも、誰のために、ということはもう考えないようにしようと決めた。誰のためでもなくていい。ただ植えて、育てて、収穫する。それだけでいい。
夜、布団に入る前に、また通帳を出した。引き出しにしまうつもりだったが、もう一度最後のページを開いた。八百万円の出金の記録。その下の欄に、来月、六万三千円が入ってくる。その次の月も、その次の月も、少しずつ積み上がっていく。何年かかるか、計算する気にもなれなかった。でも、積み上がっていくことは確かだ。それだけしかない。
通帳を閉じて、引き出しにしまった。布団に入って、電気を消した。闇の中で、千鶴が言った言葉を思い出した。「うん」という、あの短い一言を。責めるでもなく、許すでもなく、ただ受け取ったあの言葉を。
詐欺に遭ってから一ヶ月が経った。十一月の半ば、年金が口座に振り込まれた。六万三千四百円。スマートフォンの銀行アプリで残高を確認した時、少し手が止まった。アプリを開くたびに、あの夜のことを思い出す。画面を見るたびに、あのメールを思い出す。おそらく、これからもずっとそうだろう。
六万三千四百円。それが今の私の全てだ。生活は変えた。変えざるを得なかった。まず、スーパーに行く回数を週に二回に決めた。以前は気が向いた時に行っていたが、今は曜日を決めて、必要なものだけを買う。買い物の度に、小さなメモを書いていく習慣をつけた。何を買ったか、いくら使ったか。台所のカレンダーの欄に記録する。千鶴が来た時に見せられるように。
電気代を少し抑えようと思って、夜は早めに暖房を消すことにした。その代わり、布団を一枚増やした。押入れの奥に眠っていた古い毛布を引っ張り出してきた。夫が使っていたものだ。洗って干して、布団の上に重ねた。少し毛羽立っていたが、干しているうちに匂いが薄れた。
食費は月一万二千円を目標にした。以前の一万五千円から、少し削る。肉はほとんど買わなくなった。豆腐と卵と安い魚の切り身があれば、何とかなる。大根は自分で育てたものがまだある。干し大根にしたものを水で戻して、煮物にする。それで十分だ。
毎朝五時に起きる習慣は変わらない。茶を飲む。庭に出る。でも庭に出ると、大根を抜いた後の土が目に入る。来春まで、そこは何も植えない。土がただそこにある。冬になれば霜が降りて、土が硬くなる。それを毎朝見る。詐欺の前は、庭に出るのが楽しみだった。葉の育ち具合を確かめて、水をやって、草を抜く。小さなことだが、毎朝の張り合いだった。今は、惰性で出ているような気がする。それでも出る。出ないよりはいい。
千鶴は、週に一度、土曜日に来るようになった。毎回ではないが、大体来る。来る時は、必ず何か食材を持ってくる。私が断ると、どうせ「買いすぎたから」という。買いすぎたわけではないことは、分かっている。でも受け取る。受け取るしかない。
通帳は毎回見せる。千鶴は数字を確認して、何も言わない時と、少し何か言う時がある。「今月は食費が少し多い」とか「水道代が上がった」とか。私は聞いて頷く。それが、私たちの新しい形だ。誰が決めたわけでもなく、そうなった。
十一月の最後の土曜日、千鶴が来た。いつものように食材を持ってきて、いつものように台所に立った。「鍋にしよう」と言って、白菜と豆腐と鶏肉を切り始めた。私は家で、千鶴が料理をする音を聞いていた。包丁の音、鍋に水を貼る音、火をつける音。それらが重なって、台所から聞こえてくる。その音が、どこか懐かしかった。千鶴がまだ小さかった頃、私が料理をして、千鶴が家で宿題をしていた。あの頃の音に似ていた。立場が逆になったということを、その音を聞きながら考えた。
土鍋を真ん中に置いて、二人で食べた。白菜が柔らかくなって、出汁が染みていた。鶏肉は、千鶴が骨なしのものを買ってきてくれた。私が骨を外すのが手間だと知っているから。
「美味しい」と私は言った。千鶴が少し笑った。「お母さんが育てた白菜入ってるから」と言った。そうだった。庭の隅に植えておいた白菜を、千鶴が持ってきた食材と一緒に入れてくれた。自分が育てたものを食べるのは、いつぶりだろう。甘いような気がした。
食べながら、千鶴が言った。「来月から、介護保険の申請、一緒にしよう」
先月も同じことを言われて、「考えさせて」と答えた。それから一ヶ月、私は考えた。朝、茶を飲みながら。庭の土を見ながら。夜、布団の中で天井を見ながら。今月は、断らなかった。
「分かった」と言った。千鶴が少し目を細めた。驚いたのか、安心したのか、その両方なのか、分からなかった。
「ありがとう」と千鶴は言った。「ありがとう」と言われるのが、妙にくすぐったかった。私が折れたことに対して、千鶴が礼を言う。この関係がいつからこうなったのか考えると、少し混乱する。でも、考えすぎなくていい、とも思う。
片付けを終えて、お茶を飲みながら、千鶴がもう一つのことを話した。「来年の正月、うちに来ない? 」と言った。「一人でここにいてもつまらないし」
私は少し考えた。千鶴の家は市内のマンションだ。一DKで、一人には十分だが、二人では少し狭い。千鶴の部屋で寝て、千鶴に正月の料理を作ってもらって、テレビを見て過ごす。それが想像できた。
「邪魔じゃない? 」と私は聞いた。「邪魔なら言わない」と千鶴は言った。「そうだな」と私は言った。「考えておく」千鶴はそれ以上言わなかった。ただ頷いて、お茶を飲んだ。
その日、千鶴がいつもより少し疲れて見えた。顔色が悪いというより、目の焦点が少しぼんやりしていた。食べながらも、時々何かを考えているような表情になった。
「仕事、大変なの?
」と私は聞いた。千鶴は少し間を置いてから「まあね」と言った。「昼のシフトが増えてから、体がついていかなくて。夜と昼が交互だから、リズムが崩れる」
それは私のせいだと、すぐに思った。でも言わなかった。言っても何も変わらないし、千鶴をまた困らせるだけだ。
「無理しないで」と私は言った。言いながら、この言葉がどれほど空虚か、分かっていた。無理しなければ、お金が足りなくなる。それを分かっていて、「無理しないで」という。それが親の言える精一杯だ。千鶴は「うん」と言った。
十二月の初め、千鶴と一緒に市役所に行って、介護保険の認定申請をした。窓口の若い女性が丁寧に説明してくれた。認定調査員が自宅を訪問して、日常生活の状況を確認すること。かかりつけ医に意見書を書いてもらうこと。結果が出るまで一ヶ月程度かかること。私は頷きながら聞いた。千鶴が隣で書類を確認していた。
市役所のロビーは、暖房が効いていて少し暑いくらいだった。書類に名前を書いて、提出した。それだけだった。外に出ると、冷たい風が吹いていた。
「終わったね」と千鶴は言った。「うん」と私は言った。終わったというのは正確ではない。始まったというのが正確だ。認定が降りれば、次の手続きがある。ケアマネージャーを決めて、サービスの内容を決めて、使い始める。それが始まる、ということだ。でも、千鶴が「終わったね」と言いたかったのは、その手続きの話ではないと思う。一つ乗り越えた、ということを言いたかったのだろう。私も、そう受け取った。
二週間後、認定調査員が家に来た。四十代くらいの女性で、クリップボードを持っていた。名刺をくれた。部屋を一通り見て、いくつか質問をした。一人で食事が作れるか。入浴は一人でできるか。歩行に問題はないか。薬の管理は自分でできるか。記憶に問題は感じるか。
「できます」と私は何度も答えた。全部、本当のことだった。今は全部できる。でも、今できることが、五年後もできるとは限らない。十年後は、分からない。調査員は優しかった。でも、質問の一つ一つが、私が老いているという事実を確認していく作業だった。「できます」と答えるたびに、「いつまでできるか」という問いが、自然についてきた。
調査が終わって、調査員が帰った。千鶴は仕事で来られなかったから、私一人で対応をした。一人でできた。それは、良かった。
十二月に入って、近所でも年末の雰囲気が出てきた。スーパーに行くと、おせちの材料が並んでいた。正月飾りが売り場に出ていた。私は一人分の正月を、毎年ここで迎えていた。夫が死んでから十年間、元旦の朝に雑煮を一人分作って、一人で食べた。それで十分だと思っていた。今年は、千鶴の家に行くかもしれない。まだ決めていない。でも、決めなければならない。
ある日、電話で千鶴に聞いた。「本当に言っていいの? 」
「来て欲しいから、言ってるんだよ」と千鶴は言った。「来て欲しい」という言葉が、少し意外だった。邪魔にならないように遠慮しているつもりだったが、千鶴は本当に来て欲しいと思っているらしかった。
「分かった」と私は言った。「行く」
十二月の中頃、銀行からまた封書が届いた。保証についての最終通知だった。「今回の件については、保証の対象外と判断した」という趣旨が、丁寧な文章で書かれていた。最後に「お客様の今後の安全なご利用のために」として、フィッシング詐欺の注意事項が一枚添えられていた。
読み終えて、封筒に戻した。予想していた結果だった。驚かなかった。でも、ゴミ箱に捨てる気にはなれなかった。引き出しの中の、先月来た銀行の手紙の隣に並べてしまった。どちらも開けたくない引き出しになった。でも、捨てられない。
クリスマスの少し前、千鶴が来た。この日は食材ではなく、小さな箱を持ってきた。「誕生日のお祝い。先に渡しておくね」と千鶴は言った。私の誕生日は、来年の一月だ。
箱を開けると、手袋が入っていた。薄い毛糸の手袋で、グレーだった。「外に出る時、寒いかなと思って」と千鶴は言った。「派手な色じゃない。ちょうどいい色だよ」と私は言った。手袋を両手にはめてみた。柔らかかった。千鶴がこれを選ぶ時、どんなことを考えたのか、想像した。値段を見たのか、色を迷ったのか、私の手のことを考えて選んだのか。何も言わなかったが、そういうことが想像できるだけで、少し胸が温かくなった。
その日の夕方、二人でテレビを見た。ニュースが終わって、旅番組が始まった。温泉の特集だった。
「温泉、行ったことある? 」と千鶴が聞いた。「若い頃に一度だけ」と私は言った。「父ちゃんと箱根に行った。結婚してすぐの頃だった」
千鶴は画面を見ながら「そうか」と言った。それ以上、何も話さなかった。でも、その沈黙は重くなかった。旅番組の温泉の映像と、二人の沈黙が、同じ空間にあった。私はその時間を、今も覚えている。
大晦日の夕方、私は荷物を小さなバッグにまとめて、千鶴の迎えを待った。着替えと上着と、手袋と、通帳。通帳を持っていくつもりはなかったが、なぜか入れてしまった。どこに行くにも手元に置きたい気持ちがあるのかもしれない。それとも、存在を確認したいのかもしれない。
チャイムが鳴って、千鶴が来た。「重くない荷物」を見て言った。「大したものは入ってない」と私は言った。
車に乗って、走り出した。夕暮れの道路。車が流れていた。年越しの買い出しだろう。スーパーの駐車場が混んでいた。普通の景色だった。車窓から流れていく町を見ながら、この一年のことを考えた。十月の初め、夜の九時過ぎにあのメールが来た。それから三ヶ月が経った。警察に行った。銀行に行った。千鶴が毎週来るようになった。通帳を一緒に見るようになった。介護保険の申請をした。認定調査員が来た。銀行から保証なしの通知が来た。手袋をもらった。一つ一つは小さい出来事だ。でも、積み上がると三ヶ月分の重さがある。
八百万円は戻ってこない。そのことは、今でも茶を飲む度に、庭の土を見るたびに、思い出す。おそらく、これからも何かの度に、思い出すだろう。でも、三ヶ月前と比べると、思い出すたびに胸が締めつけられる感覚は、少し薄くなった。薄くなっただけで、消えてはいない。
千鶴のマンションは、五階建ての古い建物だった。エレベーターで三階に上がって、廊下を歩いた。千鶴がドアを開けて「どうぞ」と言った。中に入ると、狭かったが、綺麗に片付いていた。千鶴らしい部屋だった。余計なものが何もない。壁に時計と小さなカレンダーだけがかかっていた。
「ここ座って」と千鶴がローテーブルを指した。座布団が二枚、出してあった。私は腰を下ろした。畳ではなくフローリングで、座布団が少し滑った。千鶴の部屋の天井を見上げた。自分の家と高さが少し違う。慣れない場所の天井だった。
千鶴が台所で、年越しそばを作ってくれた。市販の麺を使った。簡単なものだった。でも、出汁は丁寧に取ってあった。鰹と昆布の匂いが、部屋に広がった。
「お母さん、そばアレルギーとかないよね?
」と千鶴が聞いた。「ないよ」と私は言った。「七十年以上食べてきたから」千鶴が小さく笑った。久しぶりに聞く、力の抜けた笑い声だった。
二人でそばを食べた。テレビでは紅白歌合戦が流れていた。私が知っている歌は、ほとんど出てこなかった。でも、音楽が流れているのが、悪くなかった。十二時が近くなると、テレビが年越しのカウントダウンを始めた。千鶴がお茶を入れてくれた。
「今年、色々あったね」と千鶴が言った。私は頷いた。「色々」という言葉で、全部が包まれた。詐欺のことも、警察のことも、銀行のことも、毎週の訪問も、介護保険の申請も、手袋も。全部が「色々」という言葉の中にあった。
「来年は、何もなければいいけど」と千鶴は続けた。「そうだね」と私は言った。テレビの中で人々が歓声を上げた。新しい年になった。
元旦の朝、私が先に目を覚ました。千鶴は布団で眠っていた。私はリビングに出て、窓から外を見た。曇っていた。初日では見えなかった。台所を借りて、静かにお湯を沸かした。自分の家ではないから、どこに何があるか分からなくて、少し迷った。ポットを見つけて、茶をいっぱい飲んだ。いつもと同じことをしているのに、場所が違うだけで、少し違う感覚だった。悪くはない。ただ、慣れていない。慣れるかどうかは、これからのことだ。
千鶴が起きてきたのは、八時過ぎだった。髪が少し乱れていた。「おはよう」と言って、台所に向かった。「お雑煮に作るね」と言った。「手伝う」と私は言った。「いいよ。狭いから」と千鶴は言った。
私は台所の入り口に立って、千鶴が雑煮を作るのを見ていた。餅を焼いて、出汁を温めて、三つ葉を乗せた。私が昔作っていた雑煮と、ほとんど同じだった。千鶴が私のやり方を覚えていたのか、それとも自然にそうなったのか、分からなかった。
二人でテーブルに着いた。椀の中に、丸い餅が一つ浮かんでいた。「おめでとう」と千鶴が言った。「おめでとう」と私も言った。お雑煮を食べた。餅が柔らかかった。出汁が、ちゃんとした味だった。三つ葉の香りがした。美味しかった。それだけのことだが、美味しいと思えたことが、少し嬉しかった。この三ヶ月、味のしない食事が続いていたから。
食べ終えて、千鶴がお茶を出してくれた。二人でテレビを見た。お正月らしい番組が流れていた。千鶴が言った。「また来年も、来てね」
「また来年」という言葉を、少し反芻した。来年の自分がどういう状態かは、分からない。でも、来年もここに来られるような状態でいたい、とは思った。千鶴の部屋に来て、雑煮を食べて、お茶を飲む。それだけのことが、続けられるような体でいたい。
「来るよ」と私は言った。千鶴が頷いた。
夕方、千鶴が車で送ってくれた。家の前でドアを開けて、バッグを持って降りた。
「ありがとう」と私は言った。「気をつけてね」と千鶴は言った。「寒いから、手袋して」
私はバッグから手袋を出して、はめた。千鶴がくれた、グレーの手袋だ。柔らかかった。車が走り去った。私は家のドアを開けて、中に入った。
冷えた部屋だった。三日間、誰もいなかった部屋は、外の空気より少し温度が低い。暖房をつけて、コートを脱いで、手袋を外した。手袋を、玄関の棚の上に置いた。家に戻って、座布団に座った。暖房がじわじわと効いてきて、部屋が少しずつ温まった。
窓の外の庭を見た。冬の庭は、何もなかった。大根を抜いた後の土が、霜で白くなっていた。来春まで、このままだ。
八百万円は戻ってこない。千鶴は毎週来てくれるが、それには限界がある。介護保険の認定結果は、まだ来ていない。体は今のところ大丈夫だが、この先は分からない。年金は毎月入るが、余裕はない。どれも解決していない。全部、そのままだ。
でも、と私は思った。今日、雑煮を食べた。美味しかった。千鶴が作ってくれた。千鶴の部屋で、二人でテレビを見た。「来年も来てね」と千鶴は言った。「来るよ」と私は答えた。それだけのことが、今日あった。
八十二年生きてきて。一ヶ月前まで八百万円を持っていて。今は、百二十円から始まったお金が、少し増えた通帳を持っている。誰かの重荷になりたくなかったが、なっている。自分の力で全部やっていきたかったが、できなくなった。それが、今の現実だ。受け入れたわけではない。諦めたわけでもない。ただ、それが今日のことだ。明日になれば、また別のことが来る。来た時、また考える。それだけのことだ。
時計が、夕方の六時を示した。台所に立って、夕食の支度をしようと思った。千鶴の家から帰ってきた日の夕食は、一人分だ。冷蔵庫に、残りがあるはずだ。立ち上がって、台所に向かった。暖房がすっかり効いて、部屋が暖かくなっていた。


