「ママのおじいちゃんとおばあちゃんもここに住むんだって。楽しみだね、おばあちゃん」
孫の大機が無邪気に笑いながら言ったその言葉に、私の手が止まりました。息子夫婦の新居を訪れた穏やかな午後のことです。大機と遊んでいた私は、その一言の意味をすぐには理解できませんでした。
「大機ちゃん、それってどういうこと?」と優しく尋ねると、大機は嬉しそうに続けます。
「だって、ママが言ってたもん。もうすぐおじいちゃんとおばあちゃんが一緒に住むんだって」
その瞬間、部屋の空気が凍りついたように感じました。台所から慌てて駆けてきた嫁の里香さんの顔は、明らかに焦っています。私が毎月援助している15万円は、里香さんのご両親との同居費用に使われていたのでしょうか。息子の新太郎が気まずそうに視線をそらす姿を見た時、私は全てを理解してしまいました。
私は長谷川優子、65歳。夫の明と2人、ささやかで穏やかな日々を送ってきました。病院の受付として30年間働き続け、コツコツと貯めたお金は全て息子のために使ってきました。新太郎の教育費だけで850万円。大学まで全て私たちが出しました。結婚式には200万円。新居の頭金として300万円。そして今も毎月15万円を援助し続けています。3年間で540万円になります。
「生活費の足しにしてね」そう言って渡してきたお金が、里香さんのご両親のために使われていたなんて。孫の大機は本当に可愛い子です。でも会えるのは月に1度だけ。里香さんのご両親は毎週のように息子の家を訪れているのに、私たちは「お母さんは忙しいから」と遠ざけられてきました。
夫の明が静かに言います。「優子、無理しなくていいんだぞ」でも私は息子夫婦の幸せが自分の幸せだと信じていたのです。それなのに、この胸を締めつけられるような思いがじわりと広がっていきます。
その日の夜、私は一睡もできませんでした。大機の言葉が頭の中で何度も繰り返されます。
翌週、私は決意して息子の家を訪れることにしました。
「お母さん、今日はどうされたんですか?」里香さんの声には、明らかに迷惑そうな響きがありました。約束なしで来たことへの不満がその表情から伝わってきます。
「少しお話があって。新太郎はいるかしら?」リビングに通された私の目に、テーブルの上に置かれた家計簿が飛び込んできました。里香さんが慌てて隠そうとしましたが、一瞬見えた数字に心臓が凍りつきます。
『両親との同居準備費用 月8万円』
そう書かれていたのです。新太郎が仕事から帰ってきて、私は静かに尋ねました。
「私が援助しているお金、何に使っているの?」息子は一瞬目を泳がせます。
「生活費だよ、母さん。言ってただろう」
「里香さんのご両親との同居費用には使っていないの?」その言葉に2人の顔色が変わりました。里香さんが先に口を開きます。
「お母さん、それは生活費の一部ですから」
「一部?毎月15万円も援助しているのに、それを義理のご両親のために?」私の声が震えていました。怒りではなく悲しみで震えているのです。新太郎が言い訳を始めます。
「母さんは1人だし、遠慮できるだろう。里香の両親は色々教えてくれるから、同居した方が助かるんだ」
「私たち夫婦は、私たちとの同居は考えなかったの?」それは新太郎が言葉を濁した瞬間、里香さんが冷たく言い放ちました。
「正直に言えばいいじゃない。お母さんとは価値観が合わないんです」
その言葉が胸に鋭く刺さります。
数日後、私はもう一度息子の家を訪れました。夕方、窓から聞こえてくる会話に私の足が止まります。
「お母さんは遠いし、正直面倒なのよね」里香さんの声です。
「そうよね。でもお金は出させればいいのよ。うちは同居して孫の教育もできるし、一石二鳥じゃない」返事をしたのは里香さんのお母様でした。
「新太郎も私の両親の方が話しやすいって言ってますし。お母さんは正直、時代遅れなところがあって」笑い声が聞こえてきました。私はその場に立ち尽くすことしかできません。
玄関のチャイムを鳴らすと、里香さんが驚いた顔で出てきました。
「お母さん、いつから?」
「今来たところよ」嘘をつきました。でも真実を知った今、まだ心の準備ができていなかったのです。
その夜、新太郎から電話がかかってきました。
「母さん、来月の援助の件なんだけど、義父の誕生日も近いから、できれば20万円にしてもらえないかな」
私は指を握る手に力を込めます。
「新太郎、私、聞きたいことがあるの。私はあなたたちにとって何なの?」
「何って?母さんだろう?何を言ってるんだ?」
「本当に母親として見てくれているの?それとも… 」言葉が続きません。息子の返事を待ちましたが、沈黙が流れるだけでした。
「母さん、変なこと考えないでよ。俺たちは感謝してるって」その言葉がどれほど空疎に聞こえたことでしょう。
翌日、私が偶然通りかかった喫茶店で、里香さんとそのお母様が話しているのを見かけました。窓際の席で2人は楽しそうに笑っています。
「お母さんには援助だけしてもらえばいいのよ」義母の声が聞こえてきます。
「そうですよね。同居なんてとんでもない。価値観が違いすぎますもの」里香さんが頷きながら答えました。
「お金は便利だけど、人はいらないってことよね」2人の笑い声が店の幻想に溶けていきます。私はその場から静かに立ち去りました。涙は出ませんでした。ただ、心の中で何かが音を立てて壊れていく感覚だけが確かにありました。
家に帰ると、夫の明が心配そうに私を見つめていました。
「優子、顔色が悪いぞ。何かあったのか?」私は全てを話しました。大機の言葉から始まり、家計簿で見た数字、盗み聞きした会話、そして喫茶店で耳にした残酷な言葉まで、全てです。明の顔が見るみるうちにこわばっていきます。
「そんな息子に、そこまで。私たちは利用されていただけなのよ」言葉にすると、現実がより鮮明になっていきました。30年間必死に働いて貯めたお金。それは息子の幸せのためだと信じていたのに、実際は義理の両親を養うために使われていた。
その夜、新太郎からメールが届きました。
『母さん、来月の援助よろしくね。あと義父母の誕生日も頼むよ。できれば3万円くらいで』
画面を見つめながら、私の中で何かがはっきりと音を立てて切れていきます。
「明、もう許せない」夫が静かに頷きました。
「優子、俺たちの老後はどうするんだ?このまま息子に援助を続けていたら、俺たちの貯金はなくなってしまう」その言葉に、私ははっとしました。そうです。私たちにも老後があるのです。病院のパートを続けてきましたが、体力的にもそろそろ限界です。これから先、医療費も介護費用も必要になるかもしれない。なのに息子は私たちの将来を考えてくれているでしょうか?
「遺言を書き換えます」私が言うと、明が驚いた顔で私を見ました。
「優子… 」
「このままでは、私たちが亡くなった後も、息子は当然のように遺産を受け取るでしょう。でも、もうそれは許せない」
明は長い沈黙の後、ゆっくりと頷きます。
「そうだな。息子には厳しいかもしれないが、これは必要な教訓だ」
翌朝、私は弁護士事務所に電話をかけました。昔、病院で知り合った患者さんのご主人が弁護士で、信頼できる方だと聞いていたのです。
「田村法律事務所です」
「あの、遺言書の作成について相談したいのですが」
その日の午後、私たち夫婦は田村弁護士の事務所を訪れていました。白髪の穏やかな表情の先生が、私たちの話を丁寧に聞いてくださいます。
「なるほど。長谷川さん、これは明らかな経済的虐待のケースですね」田村先生の言葉に、私は目を見開きました。
「経済的虐待ですか?」
「親御さんから金銭を取り上げ、本人の意思に反して使用する。これは立派な虐待行為です」その言葉で、私の中のモヤモヤが晴れていくように感じました。私が感じていた違和感は間違っていなかったのです。
田村先生は、遺言書の書き方について詳しく説明してくださいました。
「息子さんへの相続を完全に無効にすることはできません。法律で守られた遺留分というものがあります。しかし、それを最低限に抑えることは可能です。最低限とは、全財産の1/8程度です。長谷川さんの場合、総資産が約2800万円とのことですから、息子さんへは約350万円。残りの2450万円はご主人様や慈善団体に遺贈することができます」
私は明の顔を見ました。夫も真剣な表情で頷いています。
「それでお願いします」決意が言葉となって口から出ていきます。
「ただし」と田村先生が続けます。「公正証書遺言にすることをお勧めします。自筆証書では、息子さんに破棄されたり、無効を主張されたりする可能性があります。公証役場で作成する公正証書なら、法的に最も強い効力を持ちます」
「わかりました。それでお願いします」
事務所を出る時、私の心は不思議なほど軽くなっていました。罪悪感はありません。これは復讐ではなく、自分たちの人生を守るための正当な権利なのだと、ようやく理解できたのです。
その夜、私は1人で机に座り、これまでの援助の記録を整理し始めました。通帳のコピー、振り込み明細、息子からのメール、全てを時系列に並べていきます。教育費用850万円、結婚式200万円、新居の頭金300万円、月々の援助15万円×36ヶ月で540万円。合計1890万円。これだけのお金を注ぎ込んできたのです。それなのに、私たちは「面倒」「お金だけ出せばいい」と言われてきました。
明が部屋に入ってきて、私の肩にそっと手を置きます。
「優子、後悔はしていないか?」
「ええ、もう迷いはないわ」私は夫の手を握り返しました。「これは私たちの人生を取り戻すためなのよ。息子のためではなく、私たち自身のために生きる。それがこれからの私たちの選択なの」
明が優しく微笑みます。
「そうだな。俺たちにも幸せになる権利がある」
翌週、私は銀行に向かいました。自動振り込みの停止手続きをするためです。窓口で手続きをしながら、不思議と心は穏やかでした。
「毎月15万円の自動振り込みを、今月分から停止してください」
行員の方が確認します。
「本当によろしいですか?一度停止されますと、再開には手続きが必要になりますが」
「はい。もう2度と再開することはありません」その言葉に、自分でも驚くほどの確信がありました。
銀行を出た私は、次に保険会社へ向かいます。生命保険の受け取り人変更です。現在は新太郎が受け取り人になっていますが、これを明に変更します。全ての手続きを終えた時、空が夕焼けに染まっていました。オレンジ色の光が町を優しく包み込んでいます。私は新しい人生の第一歩を踏み出したのだと感じていました。
それから1週間後、私たち夫婦は公証役場を訪れていました。重厚な建物の中は静寂に包まれ、これから行うことの重大さを感じさせます。
「長谷川優子様、長谷川明様、こちらへどうぞ」公証人の先生が私たちを個室に案内してくださいました。田村弁護士も同席し、厳粛な雰囲気の中で手続きが始まります。
「それでは遺言の内容を確認させていただきます」公証人の先生がゆっくりと読み上げていきます。
「第1条 遺言者の有する全財産のうち、長男新太郎に相続させる財産は、法定の遺留分に相当する金額のみとする」
その言葉を聞きながら、私の心に迷いはありませんでした。
「第2条 遺留分を除く残りの財産は、夫の明に1/2を相続させ、残り1/2を社会福祉法人に寄付する」
明が隣で私の手をそっと握ってくれます。その温かさが私の決意を支えてくれました。
「長谷川さん、この内容で間違いございませんか?」
「はい、間違いありません」私ははっきりとした声で答えました。「それでは、証人の方々にもご確認いただきます」2人の証人の方が内容を確認し、署名していきます。そして最後に、私が署名と押印をする番が来ました。ペンを持つ手がわずかに震えます。でも、それは恐れからではありませんでした。長い間背負ってきた重荷から、ようやく解放される瞬間だったのです。
署名を終えた私は、深く息を吸い込みました。
「これで公正証書遺言の作成は完了です。原本は公証役場で保管し、正本と謄本をお渡しします」公証人の先生から熱い封筒を受け取ります。この中に、私の最後の意思が記されているのです。
田村弁護士が優しく声をかけてくださいました。
「長谷川さん、よく決断されましたね。これで息子さんが遺言を破棄したり改ざんしたりすることは不可能です」
「ありがとうございます」
公証役場を出ると、秋の風が頬を撫でていきます。空は高く、雲一つない青空が広がっていました。その帰り道、私たちは市役所に立ち寄りました。もう一つやっておかなければならないことがあったのです。
「住民票の閲覧制限の申請をしたいのですが」窓口の職員の方が書類を用意してくださいます。
「ご家族からのDV等の被害を受けておられるのですか?」
「経済的虐待を受けています」私がそう答えると、職員の方は理解のある表情で頷いてくださいました。
「承知いたしました。こちらの書類にご記入ください」この手続きをしておけば、息子が私たちの住所を役所で調べることはできなくなります。将来、もし私たちが引っ越したとしても、居場所を知られることはありません。
全ての手続きを終えて帰宅すると、新太郎からのメッセージが届いていました。
『母さん、今月の援助まだだけど忘れてない?早めに振り込んでくれると助かるんだけど』
その文面には、感謝の言葉も気遣いの言葉も一切ありませんでした。ただお金を要求するだけのメッセージです。私は返信しませんでした。今はまだ、その時ではないのです。
夕食の後、明と2人でリビングに座り、これからのことを話し合いました。
「優子、援助をやめたら、息子はすぐに気づくだろうな」
「ええ、来月の初めには連絡が来るでしょうね」
「その時、どう対応する?」私は少し考えてから答えます。
「事実だけを伝えます。援助は停止した。2度と再開しない。それだけよ」
明が心配そうに私を見つめます。
「息子はきっと怒るぞ」
「構いません。もう息子の顔色を窺って生きるのは終わりにしたいの」その言葉に、明が静かに微笑みました。
「そうだな。俺たちも自分たちの人生を楽しまないとな」
翌日、私は久しぶりに友人の悦子さんに電話をかけました。悦子さんは私の数少ない親友です。長年の付き合いで、何でも話せる相手でした。
「優子さん、久しぶりね。どうしたの?」
「悦子さん、実は相談があって」私はこれまでの経緯を全て話しました。悦子さんは黙って聞いてくれて、最後にこう言ってくださいました。
「優子さん、あなたは正しい選択をしたわ。親だって自分の人生を大切にしていいのよ」その言葉に、涙がこぼれそうになりました。
「ありがとう。悦子さん、これからは私たちも一緒に楽しみましょう。来週、陶芸教室に誘ってもいい?」
「ええ、是非」
電話を切った後、私は窓の外を見つめます。庭の金木犀が小さな花をつけ始めていました。甘い香りが開けた窓から流れ込んできます。秋は終わりの季節であると同時に、新しい始まりの季節でもあるのだと、ふと思いました。私の中で何かが終わり、そして何かが始まろうとしています。書斎の机の引き出しには、公正証書の謄本が大切にしまわれています。それは、私たちの新しい人生への確かな一歩なのでした。
明が台所からお茶を運んできて、隣に座ります。
「優子、少し不安か?」
「いいえ。不思議と心は穏やかなの」2人で温かいお茶を飲みながら、これからの人生について語り合いました。旅行に行きたい場所、初めて見たい趣味、会いたい友人たち。息子のことばかり考えていた日々から、ようやく解放されたのだと実感します。
全ての準備が整いました。あとは、来月を待つだけです。
月が変わって3日目の朝、予想通り新太郎から電話がかかってきました。時刻は午前8時。私がまだ朝食の準備をしている時間です。
「母さん、今月の援助が振り込まれてないんだけど」開口一番、どなるような声が聞こえてきます。挨拶も、体調を気遣う言葉もありません。
「ええ、それは停止させていただきましたので」私は驚くほど冷静に答えることができました。
「え?何言ってるの?困るよ。そんなの」
「義理のご両親との同居費用は、ご自分でお支払いください」電話の向こうで、新太郎が言葉に詰まる気配が伝わってきます。
「な、何のこと?」
「大機ちゃんから聞きましたよ。里香さんのご両親と同居されるんですってね」沈黙が流れました。長い、重い沈黙です。
「母さん、それは」
「私が援助しているお金を、義理のご両親のために使っていたこと、全て知っていますよ」
「違う。そんなんじゃ」
「家計簿も見ました。『両親との同居準備費用 月8万円』と書いてありましたね」新太郎の呼吸が荒くなるのが聞こえます。
「それに、里香さんとそのお母様の会話も聞いてしまいました。喫茶店で、とても楽しそうにお話しされていましたね」
「母さん、盗み聞きしたのか?」
「偶然です。でも、おかげで真実が分かりました。『お金は便利だけど、人はいらない』と、そうおっしゃっていましたね」電話の向こうで、何かが倒れる音がしました。
「母さん、待ってくれ。説明させて」
「説明は結構です。援助は今月から完全に停止します。2度と再開することはありません」
「そんな!母さん、俺たちどうすればいいんだよ」初めて息子の声に焦りが混じります。でも私の心はもう動きませんでした。
「それはあなた方で考えてください。私はもう関係ありません」電話を切ると、明が心配そうに見ていました。
「大丈夫か?」
「ええ、不思議なくらい心は平気よ」
その日の午後、今度は里香さんから電話がかかってきました。
「お母さん、どうか考え直してください」声は泣いているように震えています。
「何を考え直すのですか?」
「援助のことです。お願いします。私たちには必要なんです」
「義理のご両親と同居されるなら、そちらに援助していただけばよろしいのでは?」
「それは… 私の両親にはお金がなくて」
「そうですか。では、ご自分たちで何とかするしかありませんね」
「お母さん!」里香さんの声が悲鳴のように高くなります。
「私のことを『面倒』『お金だけ出せばいい』とおっしゃっていましたよね。そんな人間からの援助など、受け取りたくないでしょう」
「それは…

あの時は… 」
「本音だったのでしょう。構いません。正直でよろしいと思います。ですから、私も正直に申し上げます。もう援助はしません」
電話を切った後、携帯電話が何度も鳴り続けました。でも、私は一切出ませんでした。
1週間後、息子夫婦が直接家を訪ねてきました。インターホン越しに見える2人の顔は、やつれているように見えます。ドアを開けると、新太郎が頭を下げました。
「母さん、かんべんしてくれ。援助を再開してくれ」
「お断りします」
「お母さん」里香さんも涙を流しながら訴えかけてきます。「お母さん、お願いします。私が悪かったです。謝ります」
「謝罪は受け入れます。でも援助は別問題です」
その時、背後から声が聞こえました。里香さんのご両親も一緒に来ていたのです。
「長谷川さん、どうか息子さんたちを助けてあげてください」義父が丁寧に頭を下げます。でも、その目にはどこか不遜な光がありました。
「あなたがたが援助してあげればよろしいのでは?同居されるのでしょう」
「それは… 経済的な余裕がなくて」
「では、同居はおやめになればいいと思います」私の言葉に、4人の顔色が変わりました。新太郎がついに膝をつきます。
「母さん、俺が悪かった。本当に悪かった。だから頼む」
土下座をする息子を見ても、私の心は揺らぎませんでした。これまで何度、この息子のために涙を流してきたでしょうか?何度、自分を犠牲にしてきたでしょうか?
「新太郎、立ちなさい。私はATMではありません。お金が必要なら、ご自分で働いてください」
里香さんが叫びます。
「お母さん!そんな!私たちには子供もいるんです!」
「大機ちゃんのためにも、ご両親がしっかりと働く姿を見せてあげてください。それが一番の教育です」
義母が居丈高に放ちます。
「長谷川さん、親子の情というものがないのですか?」その言葉に、私は静かに笑いました。
「親子の情。それを一番踏みにじったのは、どなたでしょうね?」4人が言葉を失います。
「ああ、もう一つお伝えすることがありました」私はリビングから公正証書の謄本を持ってきました。
「これは何ですか?」新太郎が不安に尋ねます。
「遺言書です。公証役場で作成した、法的に最も効力のあるものです」書類を見せると、新太郎の顔が蒼白になっていきます。
「ゆ… 母さん、何を」
「あなたへの相続は法定の遺留分のみ。私たちの財産約2800万円のうち、あなたに渡るのは350万円程度です」里香さんが悲鳴をあげました。
「残りの2450万円は、父さんと社会福祉法人に寄付します」
「母さん、そんなことして…
」
「私たちはもう、十分にあなたに尽くしてきました。教育費850万円、結婚式に200万円、新居の頭金300万円。そして月々の援助540万円。合計1890万円です」具体的な数字を突きつけられて、息子夫婦は何も言えなくなります。
「それでもあなた方は、私たちを『面倒』『お金だけ出せばいい』と言いました」
義父が必死に取り成そうとします。
「長谷川さん、それは誤解です。娘たちはそんな」
「誤解ではありません。全てこの耳で聞きました」私はきっぱりと言い切りました。「これは復讐ではありません。私たちの人生を、私たち自身のために生きる。それだけのことです」
新太郎が最後の懇願をします。
「母さん、せめて遺言だけは… ”
「公正証書遺言は、公証役場に原本が保管されています。あなたが破棄したり改ざんしたりすることは不可能です」その言葉に、完全に希望を失ったように、新太郎は座り込みました。
「もう2度と、私たちに関わらないでください。さようなら」私はドアを閉めました。外では4人の怒号が聞こえています。でも、私の心に罪悪感はありませんでした。
明がそっと私の肩を抱いてくれます。
「よく頑張ったな、優子」
「ええ、これでやっと終わったわ」窓の外では、秋の日が穏やかに輝いていました。
あれから半月が経ちました。息子夫婦からの連絡はぱったりと途絶えました。電話がかかってきましたが、全て無視しました。そのうち着信も止んだのです。友人の悦子さんから聞いた話では、里香さんのご両親との同居計画は白紙になったそうです。援助がなくなった途端、義両親は同居を断ったのだとか。
「結局、お金目当てだったのね」悦子さんの言葉に、私は静かに頷きました。
「ええ。でも、それが分かってよかったわ」新太郎は妻の両親から借金をしようとしたそうですが、断られたと聞きます。夫婦の中も、最近はかなり険悪になっているとのことでした。
「自業自得ね」悦子さんは厳しい表情で言います。でも、私の心には複雑な感情が渦巻いています。息子の不幸を喜んでいるわけではありません。ただ、これが当然の結果なのだと。私たちは、失ったものを取り返しているだけです。
今日は、明と2人で久しぶりに東北へ出かけました。紅葉が美しい季節です。車窓から見える山々は赤や黄色に染まり、まるで絵画のように美しい景色が広がっています。
「綺麗だね」
「ああ、こんなにゆっくり紅葉を見るのは何年ぶりだろうな」明が嬉しそうに笑います。これまで、旅行に使うお金さえ、息子への援助を優先して我慢してきました。でも、もうそんな必要はありません。私たちの人生を、私たち自身のために使っていいのです。
温泉旅館に到着すると、仲居さんが丁寧に部屋まで案内してくださいました。窓からは渓谷が見え、紅葉に彩られた山々が目の前に広がります。
「素敵なお部屋ですね。ごゆっくりお過ごしください」仲居さんが去った後、明と2人で窓際に座りました。
「優子、後悔はしていないか?」明が優しく尋ねます。
「全くないわ。むしろ、もっと早くこうすべきだったと思うくらい」心からの言葉でした。
夕食は個室での会席料理です。美しく盛り付けられた料理の一つ一つに、職人の技が感じられます。
「美味しいね」
「こういう贅沢も、たまには必要よね」2人で笑い合いながら、ゆっくりと食事を楽しみました。
翌朝、露天風呂から見る朝日は格別でした。山の端から登る太陽が、空を薄紅色に染めていきます。
「新しい1日の始まりね」湯船に浸かりながら、私は深く息を吸い込みました。これからの人生は、全て私たち自身のもの。
帰宅してから、私は陶芸教室に通い始めました。悦子さんが誘ってくれた教室です。
「長谷川さん、なかなか筋がいいですよ」先生が褒めてくださり、嬉しくなります。轆轤を回しながら、土をこねる感触が心地よい。何も考えず、作品作りに没頭する時間は、私に新しい喜びを与えてくれました。教室の仲間たちとも、すぐに打ち解けることができました。皆さん、私と同年代の方々です。それぞれに人生の物語があり、その話を聞くのも楽しい時間です。
「長谷川さんは、お孫さんいらっしゃるんですか?」ある日、仲間の一人が訪ねてきました。
「ええ、一人。可愛いですよ」私は少し考えてから答えます。「でも、今は会っていないんです」
「まあ、何かあったの?」詳しくは話しませんでしたが、皆さんは理解してくださったようでした。
「家族のことは難しいわよね。でも、長谷川さんが幸せそうでよかったわ」温かい言葉に、胸が熱くなります。不人な扱いに我慢し続ける必要はないのです。親子であっても、尊重し合えない関係は健全ではありません。経済的虐待は立派な虐待です。自分の尊厳を守ることは、決して冷たいことではありません。それは、自分を大切にするということなのです。
無償の愛情は素晴らしいものですが、それを利用されてはいけません。親だからと言って、全てを犠牲にする必要はないのです。正当な権利を守ることは、自分自身を守ることです。そして、その勇気こそが本当の強さなのです。
もしあなたも、家族に利用されていると感じているなら、自分を守る勇気を持ってください。我慢には限界があります。あなたの人生は、あなた自身のものです。他人に屈せず、強く生きることに、何の遠慮も必要ありません。
ある日の午後、私は書斎で日記を書いていました。この数ヶ月の出来事を、丁寧に記録していきます。明がお茶を運んできてくれました。
「優子、何を書いているんだ?」
「日記よ。忘れないように、全部書き留めているの」
「そうか」明が私の肩にそっと手を置きます。「俺たち、これからどう生きていこうか」
「そうね。やりたいことはたくさんあるわ」私は明の手に自分の手を重ねました。「来年は2人で海外旅行に行きたいと思っています。ずっと憧れていた北欧の国々を訪れてみたい。オーロラを見て、美しい街並みを歩いてみたい」
「それから、ボランティア活動にも参加したいと考えています。社会福祉法人に遺産を寄付すると決めましたが、生きている今も、何か社会の役に立てることをしたい」
窓の外では、冬が近づいていることを告げる風が吹いています。でも、私の心は春のように温かく、希望に満ちていました。
人を大切にできない人に、大切にされる資格はありません。私たちはもう自由です。これからの人生を、心から楽しもうと思います。

