「おい、今日から母さんたちと同居だ。だからな。嫌なら今すぐ離婚。さあ、母さんたちと同居か、それとも離婚か、選べ。」
夫は高笑いしながら言い放った。横で義母もニヤニヤと私を見下している。
「A子、恥ずかしくないの? 夫より年上なのに頼りっきりなんて。嫁なら嫁らしく、少しは役に立つことをしてみなさい。」
私はため息をついた。そして、冷静にこう言った。
「え、お母さん、同居するつもりだったんですか? 私、夫とはもう1ヶ月前から赤の他人ですよ。」
その直後、ニヤニヤしていた夫と義母の笑顔が固まった。二人の頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見えるようだった。本当に白々しい。私は全てを知っているというのに。
「夫、必ず後悔させてあげるから覚悟してね。」
私は心の中でそう呟きながら、スマホで時間を確認した。今日は新居への引っ越し日だ。この後、昼過ぎには義父も手伝いに来てくれるはずだ。
ちなみに、夫が同居の話をしたのは今日が初めてだ。まあ、元々私は同居するつもりなんてないし、夫が何を企んでいるかも知っていたが、わけあって今日まで何も言わなかった。
「え、一体どういうこと? 1ヶ月も前から他人って…」
「おい、夫。何がどうなってるんだ?」
夫は慌てた様子で首を振る。
「いや、知らない。俺は何も知らないよ。そもそも離婚した覚えなんか…」
1ヶ月前から独身という私の言葉を、夫と義母は信じようとしない。まあ、そういう人たちだと知っているので、私は別に信じなくてもいいと前置きした上で、事実を語り始めた。
1年前のある日、夫は高校の同窓会に出かけた。久しぶりに会う同級生たちと話が弾んだのだろう。会から帰ってきた彼は顔を真っ赤にし、かなり酔っていた。
その時の夫は、普段の彼からは想像もつかない言葉を吐いた。
「やっぱり女は若い方がいいなあ。肌も艶もいいし、どっかのババアとは大違いだよ。」
呂律も回らず、足取りも怪しいままにそんな言葉を口にした。私は彼の言葉にひどい衝撃を受けた。夫とは7歳の年齢差があり、私の方が年上だ。普段は気にしないようにしていたが、夫は酔うと年の差を冗談混じりに口にすることがあった。
それでも今回は何かが違った。
「いつでも離婚できるぞ。」
夫は不敵な笑みを浮かべ、ふざけた態度で言い放った。さらに、いつの間にか準備していたのか、記入済みの離婚届まで取り出してきたのだ。
その姿を見た時、私の心の中に何かが音を立てて崩れ落ちた。これまでは冗談だと思い込んで流してきたが、この瞬間、私は彼の言葉が冗談ではなく現実であることを突きつけられることになった。
「その時の離婚届を役所に提出してきたんです。だから私は夫とは赤の他人というわけです。」
「そんなの出鱈目じゃないの? 夫と離婚したくないからって、そんな嘘をつかなくてもいいでしょ。」
義母が激しい口調で私を非難し、息子を庇った。彼女にとっては信じがたいことだったのだろう。しかし私は冷静に答えた。
「別に信じなくてもいいですよ。ただ、離婚したのは事実ですので。」
毅然とした口調で私は念を押した。義母は私の態度から、すでに離婚が現実のものであることを察したようだった。そして彼女の顔に不安が浮かぶ。
「だとしたらA子さん、あなたはどうするのよ。」
義母の疑問は当然だった。専業主婦である私が離婚してどうやって生活していくのか。彼女にとってそれは考えられないことだったのだろう。
だけど、それは義母が私を無能な主婦と決めつけているからだ。その見方はもう通用しない。
「ご心配なく。私は自分の生活ができるくらいのお金はありますので。」
冷静にそう言いながら、私はバッグから通帳を取り出し義母に差し出した。そして義母の視線が通帳に注がれた瞬間、彼女の顔色が見る見るうちに変わった。
「そ、300万…」
義母の声が震える。信じられない光景を目の前にしているかのように、目を大きく見開いていた。彼女の声には驚きと悔しさが入り混じっているのがはっきりとわかる。
「そ、それ以上にこの貯金額は何だ?」
夫もまた予想外の事態に動揺していた。私がこのような資産を持っていることを、彼は全く予想していなかったのだろう。
私は通帳を見せつけるように義母に渡した後、落ち着いた口調で説明を始めた。
「まあ、実を言うと最近、独身時代の会社に復職したんですよ。当時の上司や同僚がいたのですぐに復職することができました。」
私は穏やかに、しかし確信を持って、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、かつての職場で培った自信と誇りに満ちていた。夫と出会う前の独身時代、私は夫と同じような有名企業でバリバリと働いていた。その経験と人脈が今も私の背中を押してくれている。
夫は信じられないという表情で私を見つめ、義母は言葉を失っていた。彼らにとって、専業主婦である私は家庭に閉じ込められた存在でしかなかったのだろう。しかし現実は違った。私はただ家庭を守るために仕事をやめただけで、力を失ったわけではない。
「ああ、それから離婚した理由の1つに、夫が私のお金を無断で使っていたからというのもあるんです。」
「ですって?」
義母の声が一層鋭くなり、彼女の顔には怒りと驚きが交錯していた。その表情は信じられないといった感情を露わにしていた。
「お、おい、何を言ってるんだ?」
夫は焦りと戸惑いの色を隠せずにいた。それは夫にとって義母には知られたくない事実だったが、彼は私が暴露するとは思っていなかったようだ。それほどまでに夫は私を下に見ていた。彼が私を軽んじてきた結果が、今ここに突きつけられているのだ。
私は二人の混乱を無視し、さらに話を続けた。
「それからあの新居を購入したのは私です。夫ではありません。なので名義は当然私の名義ですし、ローンの支払いも私の名前でしています。」
そう言いながら私はまたバッグから1冊のファイルを取り出した。その中には新築を購入する際に必要な書類と、それに伴うローン契約書が丁寧に整理されていた。私はそれを開き、夫と義母の前に広げる。ローン契約書には私の名前が大きく記載されており、支払いプランや利息に関する詳細も明確に記されていた。これらの書類は私が一歩一歩自らの手で築き上げたものであり、決して嘘や偽りではなかった。
義母の顔は青ざめ、彼女の手が震えているのが見て取れた。彼女は書類の1つ1つに目を通しながら、信じられない思いをぶちまける。
「こ、こんな書類、どうせ偽物でしょ。誰かに頼んででっち上げたものに決まってるわ。」
今までに見たことがないくらい必死の形相だった。目の前にある現実をどうしても受け入れられず、偽物だと断じることで自分を守ろうとしているのだ。義母はこれまで信じてきた世界が崩れ去るのを目の当たりにし、必死でその瓦礫の中から自分を救おうとしていた。
私はその場で拳を握りしめた。義母の無理解と傲慢な態度に怒りが胸のうちに湧き上がる。しかし私はその怒りを飲み込み、冷静さを保つように努めた。この場で感情を爆発させても何も得られないことは分かっていたからだ。
「お母さん、これらの書類は偽物ではありません。全て本物です。現実を受け入れてください。」
静かながらも決意を込めた言葉を放ち、私は義母をじっと見据えた。
「夫は高収入なのよ。A子さんのお金を使う理由がないわ。」
義母は強い口調で反論してきた。彼女の声には焦りと不安が混じっており、なんとか私の主張を覆そうとしているのが見て取れる。義母がこう言ってくることは私は予想していた。だからこそ、さらなる事実を告げることに決めたのだ。
「お母さん、実は夫は仕事をやめていますよ。それも私たちに内緒で、だいぶ前に。」
その瞬間、義母の顔が硬直し、彼女の表情から血の気が引いた。
「なんですって。」
彼女の声は震え、目は大きく見開かれた。その横で夫は動揺を隠せず、肩をびくっと揺らした。しかし義母は夫のその態度を見ても事実を信じることができずにいた。
「そんなに私の言葉が嘘だとおっしゃるのであれば、夫の会社に確認してみてください。きっと退職していると言われるはずですけどね。」
私は冷静に言葉を続けた。夫の顔はみるみる青ざめていく。彼は無言で目を伏せ、まるでその場から逃げ出したいとでも言わんばかりの様子だった。
「そ、そんな…嘘でしょ。」
義母は弱々しい声で呟いた。その言葉には、これまで信じてきたものが崩れ去っていく不安と絶望が滲んでいた。毅然とした私の態度と言葉に、義母はついに事実を受け入れざるを得なくなったようだ。余裕に満ちていた彼女の表情は次第に青ざめ、焦りと動揺が浮かび上がっていた。
これまで私が夫に依存していると思い込み、そのことを理由に嫁いびりをしていた義母。しかし実際には夫が私に依存していたという真実が明らかになり、彼女は全てを失ったような顔をしていた。
義母は震える声で「ごめんなさい」と絞り出すように私に謝罪した。その謝罪の言葉は、彼女自身が全く知らなかった現実を直視せざるを得なかったことへの痛切な後悔を表しているようだった。
しかし夫は悪びれる様子もなかった。
「別に母さんが謝ることじゃないだろ。」
「夫、あんたって人は…」
「そうだろ。結婚したんだから。嫁の金は俺の金。俺が夫婦の金をどう使おうが自由だよな。」
「あら、そんなこと言うのね。」
強気な態度に出てきた夫に対し、私は不敵に微笑んだ。夫が何をしようと無駄だ。すでに私は次の手を打っている状態なのだから。
「話は聞かせてもらったぞ。」
と、どこからか義父の声が聞こえてくる。夫と義母は身をすくめ、義父の姿を探した。
「残念だが、わしはまだそこにはいないぞ。」
義父の言葉にはっと気づいた二人。声の先には私のスマホが置かれている。
「A子、お前まさか…」
「ええ、そうよ。私は夫があなたたちに話しかけてきた直後からお父さんに電話して、スマホを通話状態のままそこに置いていたのよ。」
夫と義母のことだから、義父が来るまでに私を説得しようとすることが分かっていた。きっと何かしら言ってくるであろうと思い、私は夫と義母の話を義父に聞いてもらうため、わざとスピーカーにしていた。今までの会話は義父に筒抜けだったというわけだ。
「お前がそんな風になってしまっていたとはな。」
外で待機してくれていた義父が家の中に入ってくるなり、夫を睨みつけ言い放つ。
「父さん…」
「ああ、あなた、どうやら育て方を間違えてしまったようだな。お前もお前だ。夫を甘やかすからこうなったんだ。」
「違うんだ。父さん、話を聞いてくれ。」
「残念だが、お前の話を聞くつもりは一切ない。全てA子さんから聞いているからな。」
夫は視線を泳がせ、しどろもどろになっている。隣にいる義母は義父の登場に驚き、部が悪そうに俯いていた。
私は義父にだけ今回のことを話していたのだ。なぜなら義父だけは私のことを気にかけてくれていたから。夫と義母がいない時はよく心配してくれていたし、逆に義父がいれば夫と義母は何も言ってこなかった。だから私は義父に感謝している。
「何が嫁の金は俺のものだ。ふざけたことを言うんじゃない。勝手に会社をやめてA子さんのお金を使うなんて。お前はどれだけ非常識なことをしているのか分かってるのか?」
「ごめん…」
「謝って済むものか。お前は自分の方が偉いと思っているのか? 仕事をやめて収入がないのに、お前のことを見てくれたA子さんに『嫁として役立たず』とよく言えたな。夫として役立たずなのはお前だろ。」
義父は大激怒し、夫の間違った考え方を否定してくれる。夫は小さく悲鳴をあげ、縮こまった。その横で義母がオロオロしている。きっと義父がここまで大激怒するとは思っていなかったのだろう。さらには自分にも思い当たることがあるのか、口出しができずにいる。
「ごめん…俺…」
夫は泣きそうになりながらぽつりぽつりと話し出す。
「ち、実はある日を境に、同僚たちにこき使われるようになって…言ってなかったんだけど、ノイローゼにもなりかけていたんだ。だ、だって仕事ができる俺のことが気に食わなかったのか知らないけど、本当に急にみんなの態度が変わってさ。それでつい、そのストレスでA子に対して八つ当たり的なことをしてしまったんだ。」
「そのせいで仕事をやめてしまったんだね。」
義母の言葉に夫は頷く。それを見て義母はますます同情したような表情を浮かべる。だが義父は難しい顔をしている。
「夫、本当に済まない。俺が悪かった。」
夫は私の方を向くと、頭を下げ謝罪してきた。きっと義両親からすれば、夫は誠心誠意の謝罪をしているように見えるだろう。
しかし、私は夫が嘘をついていると知っている。
「残念だけど、そんな見せかけの嘘の謝罪なんて受け取らないわ。」
「え? 嘘じゃ…」
「A子さん、一体どういうことだ?」
私の言葉に夫は茫然とし、義両親は困惑した表情をした。今の夫の謝罪はただのごまかしに過ぎない。
「夫が私のお金を勝手に使ったり、嫁いびりをしていた本当の理由がちゃんとあるんです。」
「なんだと?」
「お、おい、A子、勝手なこと言うな。お前は黙っていなさい。」
「A子さん、本当の理由とは何ですか?」
「本当の理由? それは夫が浮気をしているからです。」
私は厳しい目をして夫と義両親に暴露する。夫は私の言葉に動揺し、義両親は夫を凝視していた。
「そもそも夫が記入済みの離婚届を用意していたのも、私を捨てて浮気相手と再婚するためだ。」
「ち、ちょっと待ってくれ。俺が浮気なんてするわけないだろ。」
当然夫は浮気を否定する。だけどそれも無駄なことだ。今日のために私は準備をしてきたのだから。
「これを見ても、そんなことが言えるのかしら?」
そう言って私は1枚の紙を取り出し夫に見せる。すると夫の顔は一瞬にして青くなった。脂汗を流し、「そ、それは…」と声を震わせた。義両親は何がなんだか分かっていないようだったが、私は「見れば分かります」とだけ伝えた。
「こ、これは…」
「そうです。そこには夫がお金を使った日付、金額、購入したもの、さらには行った場所が記載されています。見ての通り、高級ブランド店や高級レストラン、高級ホテルなど、普段の夫なら行かないような場所なんです。」
そういえば以前、夫はこんなことを言っていた。「いくら高収入でも、高いレストランとホテルは何かとお金がかかる。だから記念日とかお祝い事でしか行かない。」と。贅沢すぎるのも良くないと言って。
「しかも夫が買った高級ブランド品は、全て女性もの。自分のために買ったわけじゃないってことよね。」
「そうです。ちなみに高級ブランド品は私の手元にはありません。つまり、私のために買ったものではないというわけです。だから私は夫の浮気を疑ったんです。」
私はそう言って、その場で土下座したままの夫を見下ろした。夫は私が水面下でここまで動いていたことに驚きを隠せないようで、金魚みたいに口をパクパクさせている。義母も青くなっていた顔が白くなるほどだ。さらに夫の浮気の件は義父にも伝えていなかったので、どう対応していいのかという感じに義父も戸惑っていた。
義父には言っても良かったのだが、夫が浮気をしている確証がまだなかったのだ。その確信が持てない状況だったので、義父に伝えるのは保留にしたのである。
そんな私を心配しながら、義父は「いつから夫の浮気に気づいていたんだ」と疑問を投げかけてきた。私はこれまでの経緯を最初から説明することにした。
「そうですね。ちょうど1年前くらいでしょうか、夫が高校の同窓会に行くと言って出かけました。それから急にお金の使い方が日に日に荒くなったんです。」
「しかしA子さんなら、夫に問い詰めることはできただろう。」
「はい。だから夫に理由を聞きました。すると『仕事のため、会社の付き合い』と言っていたので、私は仕方ないと納得することにしたんです。決めつけは良くないですからね。それに夫は高収入ですから、お金が足りなくなることはないと思っていましたし。だから私はしばらく様子を見ることにしたんです。」
「するとある日を境に、夫は私にお金を借りるようになりました。さらに私の口座からお金が勝手に引き出されることもありました。」
「な、なぜA子さんの口座から引き出せたの?」
「結婚したので、お互いに何かあった時のためにと番号を教え合っていたんです。だから夫は私の暗証番号を知っていますし、私も夫の暗証番号を知っています。」
義母の言葉に私は困ったように答えた。今思うと本当にバカなことをしたと思う。だからこそ番号はすぐに変えたのだが、さすがにここまで来ると夫の行動が明らかにおかしくなっていると実感した。
私は真実を知るために調査会社に依頼し、夫を調査することにしたのだ。結果は火を見るよりも明らかでした。報告書には半年以上も前に夫が仕事をやめていることが書かれていました。それと同時に、彼のお金の使い道が嘘であると知ったんです。
「お金の使い道が嘘だと…?」
「違う…」
夫が言い訳しようとするので、私はすかさず別の紙を取り出す。それは慰謝料請求書だ。夫はその文字を見た瞬間、硬直する。
「A子、どうして…」
「だから言ったじゃない。調査したって。」
「そう、この慰謝料請求書は、夫の浮気相手である彼女へのものだ。」
調査会社の報告書により浮気の事実を知った私は、当然行動を起こした。そう、実は私はすでに夫の浮気相手に接触している状態だったのだ。話はたくさん聞かせてもらったわ。
「彼女さんは夫の同級生なんですってね。同窓会の時に再会を果たして、それからはよく連絡を取り合っていたって聞いたわ。さらに驚いたのは、あなたが彼女さんに『独身だ』と嘘をついていたことね。」
「だと、夫、あなたって人は…どこまでA子さんのことを…」
「いや、これは…」
そのまま私が彼女と接触していると思わず、夫は驚愕し義両親に攻め立てられ、しどろもどろになっている。
「ちなみにさっき見せた通帳に300万の振り込みがあったのは、もう彼女さんから振り込んでもらった慰謝料よ。」
「なんだと? 何勝手なことしてるんだ?」
「勝手なのは夫、お前だろ。」と義父。
「お前はA子さんがいるのに自分を独身と偽り、A子さんよりも若い女に熱を上げていたというのか。この恥知らずが。」
義父は私に掴みかかりそうになった夫を逆に掴み返し、今までにないくらい声を張り上げ、大激怒してくれる。本気で怒った義父を見たことがないのか、夫は悲鳴をあげた後、しばし沈黙。そんな夫に対し義父は絶縁宣言し、夫を追い出そうとした。
しかし夫は開き直り、私を罵倒し始めた。
「ふん。稼いでいる女と結婚すれば楽に生活できると思ったんだ。俺は最初からお前を利用するつもりだったんだよ。誰が好き好んで7つも上のババアなんかと結婚するかよ。」
「夫、お前というやつは…」
「同窓会に行って、金持ちで若い女の方がいいと思ったから浮気したんだ。それに彼女は社長令嬢だからな。お前みたいなババアは用なしなんだよ。」
そんな風に言ってくる夫を見て、私は過去の自分を思い出していた。彼の言葉や態度が私に強烈な感情を呼び起こさせる。振り返れば、私と夫が結婚した背景には、私が夫にベタ惚れだったという事実があった。夫に対してベタ惚れだった私は、結婚する前から夫の言うことを何でも許し、彼の望みを叶えるために全力を尽くしていた。
独身時代、私はバリバリ働きながら多額の貯金を築いていた。それは将来のため、そして何より夫との未来を考えて貯めていたものであった。夫は私のその深い愛情を知っていたため、離婚届をちらつかせても私が何もできないだろうと高をくくっていたのだろう。よくよく考えれば、結婚が決まったのも私が貯金の話をした直後だったことを思い出す。結婚が私の貯金を元にしたものだと理解していたからこそ、夫は私を買いかぶることができたのだ。もっと早く気づかなかったことに、ただ後悔の念が胸いっぱいになった。
「安心しろ。俺は彼女と幸せになるから、お前は指でも加えて見てろよ。」
私が黙っていると、夫はさらに調子に乗り、その態度を悪化させた。彼の自信満々な態度は、まるで全てが自分の思い通りだと信じて疑わないように見えた。
私は冷静に、しかし内心では深い怒りを感じながら返事をした。
「勝手にしなさい。その代わり、後悔しないでね。」
夫は鼻で笑いながら「そんなの俺がするわけないだろう」と軽く流し、部屋から出ていった。彼が家を出ていく姿を、私はただ見守るだけだった。
義父は悔しそうな表情を浮かべながら私に向かって言った。
「A子さん、うちのバカ息子が本当に申し訳ない。」
義父の言葉には深い申し訳なさと、息子が犯した過ちの重さを感じ取れる。彼の声には親としての悔いと、自分の育て方に対する責任感が滲み出ていた。
義母も涙を浮かべながら言った。
「まさか夫があんな嘘をついていたなんて…知らずにたくさん傷つけるようなことを言って、本当にごめんなさい。」
義母の声は震え、彼女の目には後悔の色が浮かんでいた。これまで私に対して抱いていた誤解が、義母にとっても痛々しい事実として突きつけられていたのだろう。その涙は私への謝罪と、息子の本性を知ったショックに対するものだった。
「いえ、本当のことを知ってもらえてよかったです。」
私の言葉には義両親に対する理解と、これまでの誤解が解けたことへの安堵感が込められていた。ここで初めて、私が本当に望んでいたのはただ真実を知ってもらいたいことだったのだと感じた。
義父がさらに心配そうな顔で言った。
「しかし、あのまま夫を行かせてしまって良かったのか?」
その言葉に、私はにっこりと笑顔を浮かべた。私が夫の背中を追う必要など全くない。
「彼はもう、地獄に片足を突っ込んでいるのですから。」
数日後、元夫である夫からの着信がかかってきた。画面に表示された名前を見て、私は深く息をつく。内容はすでに予想していた通りで、慌てる必要もなかった。心の中で冷静さを保ちつつ、わざと何度か無視をした後、通話ボタンを押した。
「やっと出たな。」
彼の声には苛立ちが満ちていた。私は冷静に、感情を交えずに答えた。
「何の用かしら? 私たちはもう離婚しているのよ。」
「お前、彼女のことで何か知らないか?」
元夫の声が一層苛立ちを帯びる。彼の声の背景には困惑と焦りもうかがえた。どうやら浮気相手の彼女が音信不通になったことに気づいたのは、かなり後になってからだったようだ。
私は全てを知っているので、元夫に事実を明かすことに決めた。
「あなた、まだ気づいてなかったのね。」
「何のことだよ。」
「あなたが私を利用したように、実は彼女さんも夫を利用していたのよ。」
「え…は? 嘘だろ。」
彼の声は驚愕に満ち、混乱が伝わってきた。私の冷静な口調とは対照的に、元夫はまるで崩れ落ちるかのような声をあげている。
「ほら、あなたは一応有名企業で働いてたでしょ。だから、そこに目をつけられたのよ。」
元夫はその言葉に呆然とし、声も出せずに沈黙している。私は冷静に続けた。
「ああ、それから彼女さんは社長令嬢だったけど、その悪さから家を追い出されてしまっているの。」
「じ、じゃあ、俺と付き合ってた時には…」
「ええ、そうよ。もう社長令嬢じゃなかったわ。」
「じゃあ、時期社長の話も、嘘だったのかよ。」
電話越しの彼の騒ぎようは、まるで自分の世界が崩れていく様子を表していた。まあ、無理もないだろう。私を騙していた彼自身も、浮気相手に騙されていたのだから。家を追い出された彼女には、行く当てがなかった。だから彼女は高校時代の男性たちを騙し、尽くさせていた。そのうちの1人が元夫だったわけだ。
「あ、そうそう。あなたは彼女さんに自分が仕事をやめたこと、言ってなかった?」
「そうね。え、A子、お前まさか…」
「ええ、伝えたわよ。あなたが仕事をやめたこと。彼女さんは知っておくべきだと思ったからね。」
私は彼女と接触した際、元夫がすでに無職であることを伝えていた。その結果、彼女は収入源を失った元夫には用がないと判断し、連絡を絶ったのだ。
「要は、お金があるからあなたに近づいただけってことよ。残念だったわね。」
電話の向こう側が一瞬で静寂に包まれた。ようやく元夫は自分の立場を理解し始めたのだろう。彼の声は途切れ、聞こえるのはかすかな呼吸音だけだった。
しかし数秒間の沈黙の後、元夫の必死な声が響いた。
「え、え、本当にすまなかった。お、俺は…俺にはお前が必要だと分かったんだ。だから俺とやり直そう。」
「やり直すなんて、今更遅いわ。もうあなたへの愛想も尽きてるし。私はこれから1人で生きていくって決めたから。」
「あの家に1人じゃ広すぎるだろ。寂しくないのか?」
「大丈夫よ。1人の方が気楽だからね。あなたとやり直すなんて、私が苦労するだけだもの。絶対にお断りよ。」
私ははっきりと拒絶した。なぜなら、この後に及んで元夫は私を利用しようとしているから。彼は彼女に気に入られるために、闇金から借金までしていたのだ。しかし元夫は親族に絶縁されているため、誰にも頼ることができない状態だった。復縁を望むのはまさにそのためだと、私は理解していた。彼は私が許してくれると思っていたのだろうが、そんなことはありえなかった。
「すまない。A子。本当にすまない。許してくれ。お願いだ。」
「私、あの時言ったわよね。『後悔しないでね』って。そしたらあなた、言ったわ。『そんなの俺がするわけないだろ』ってね。しかもあなたは笑っていた。そんなあなたを許すわけないでしょ。」
「そ、そんな…」
今にも消えそうな声だった。でも、これ以上話すべきことは何もなかった。私は冷たく「じゃあ、さようなら」と告げ、電話を切った。
その後、元夫はさらに多額の借金まみれになり、私への慰謝料や借金の返済に追われることになった。しかも借金の返済のために新たな借金を重ねるはめになり、元夫は自ら首を絞めるような状況に陥った。一方、彼女もまた騙していた男性たちに本性が露見し、結果として詐欺だと訴えられることになった。彼女もまた追い詰められ、辛い日々を送っているそうだ。二人とも未来に希望を持っていたはずが、一気にその人生が転落していった。借金地獄の中で昼夜を問わず働き続けることになったと耳にした。
しかし、もう私には関係のないことだ。私は両親に離婚の報告をし、同居することを提案した。両親は喜んでくれ、今では一緒に楽しく過ごしている。恋のことは考えなければならないが、しばらくは独身生活を楽しむつもりだ。未来のことは誰にも分からない。だからこそ、今はただ自分の人生を自分のペースで充実させることに集中している。


