「お前もお前の親も他人だからな」
夫のその言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。夫婦になって、子供まで産んだ女を「他人」と呼ぶ夫。私はその場で何も言い返せず、ただ背を向けて階段を上っていく夫の後ろ姿を見つめていた。
私はエリナ、35歳。専業主婦で、夫のヨシと彼の実家で義母と同居している。子供は小学生の2人。ようやく子育てがひと段落してきた頃だった。
問題は、義母との関係だった。65歳の義母は、頭の中が昭和の育児情報で固まっている。私が市販の紙おむつを使えば「手抜きするな」と怒鳴り、お風呂上がりに母乳を与えれば「湯冷ましをあげなさい」と言う。泣くから抱っこすれば「抱き癖がつく」と叱られた。
最新の育児知識を何度説明しても、義母は一切聞く耳を持たない。挙げ句の果てには、生後6ヶ月の娘に蜂蜜を与えようとした。乳児ボツリヌス症の危険があると分かっているから、慌ててスプーンを奪い取ったら大騒ぎになった。厚生労働省の記事を印刷して見せても「こんなの嘘に決まってる」と一蹴。息子にも娘にも蜂蜜をあげてたけど何もなかったと、天下の厚労省を嘘つき呼ばわりする始末だ。
そして夫も問題だった。ヨシは長男で、義母に甘やかされて育った典型的なマザコン。私が何か新しい育児情報を持ち出すと、いつも「母さんの言うことが正しい」と義母の肩を持った。経験者の言うことを聞くべきだと、私をまるで悪者のように叱るのだ。
家事に関しても同じだった。1日2回洗濯機を回せば「電気代がもったいない」と文句を言われ、ロボット掃除機を買えば「部屋の隅々まで掃除できない機械なんて意味がない」と取り上げられた。しかも義母はそれを自分の部屋でちゃっかり使っている。腹が立って返してほしいと言えば「腰を痛めた年寄りに普通の掃除機を使えと言うの?なんて冷たい嫁だ」と、これ見よがしに泣き真似をされる。それを聞いた夫は「お前は本当に冷たい女だな」と私を責めた。
それでも我慢していた。ところが、ついに私が切れる事件が起きた。
義妹のケイコが里帰り出産をすると言い出したのだ。ケイコの家は義実家から車で20分ほどの距離。「里帰りも何もないでしょう」と思ったが、どうしても実家に帰りたいと駄々をこねたらしい。しかも3ヶ月から半年ほど滞在する予定で、明後日にもやってくるという。
義母は私に平然と命令した。
「エリナさん、子供2人を連れて実家に帰ってちょうだい。今あなたが子供部屋にしている部屋、元々はケイコちゃんの部屋だから」
つまり私と子供を追い出して、その部屋を義妹に明け渡せと言うのだ。しかも2日以内に。
私は反論した。急すぎるし、子供部屋には子供たちの物がたくさんある。転校の問題だってある。実家は車で4時間も離れているから、今の小学校に通わせることは不可能だ。
「転校させればいいじゃないの。小学生なんてどこの学校に通ったって同じよ。半年したら戻ってくるんだから何の問題もないでしょ」
義母はそう言って取り合わなかった。「やっぱり我が子の出産は我が家で迎えて家族水入らずで過ごしたいからね」と。
その言葉で全てを理解した。私も子供も、この家の「家族」ではないのだ。
私は夫に相談した。以前、私が里帰り出産を望んだとき、義母は「とついだ人間が簡単に実家に帰るなんて何考えてるの」と怒鳴ったのに、実の娘には半年も許す。しかもその間、私と子供を追い出すなんてひどすぎると。
すると夫は言った。
「何がひどいんだ?母さんにとって実の娘なんだから世話してやりたいと思うのが当然だろ」
「私の母だって里帰り出産を勧めてくれたのに、あなたのお母さんは速攻却下したのよ。私の母の気持ちは全然考えてくれなかったじゃない」
「知らねえよ。お前の親の気持ちなんて。お前もお前の親も他人だからな」
その瞬間、私の中で何かが固まった。
「分かった。じゃあケイコさんが来る前に出ていくようにするから」
「ああ、頼むぞ。ああそうだ、出ていく前に俺の部屋も片付けておいてくれよ」
「誰がするか」
私は舌打ちしながら夫の背中を睨んだ。このバカ夫の顔を見るのもあと2日で最後だろう。
実家に電話して事情を説明すると、母はすぐに独身時代に私が使っていた部屋を掃除し、子供たち用に隣の部屋まで開けてくれた。母は父の浮気で離婚してからずっと一人暮らしだったから、私と子供たちが帰ってくるのを心から喜んでくれた。そして「辛いならいつでも離婚してこっちに帰ってきなさい」とまで言ってくれた。
里帰り後、私はすぐに子供たちを実家近くの小学校に転入させた。心配だったが、私の幼なじみの子供が通っていたこともあり、子供たちはあっという間にクラスに馴染んだようだ。これなら半年と言わず、そのままこちらで暮らしていける。
私は実家近くで仕事を探し始めた。年金暮らしの母と二人で子供を育てていくために。親戚や幼なじみも快く子供を預かってくれて、本当に助かった。
ふしぎなことに、夫からは一切連絡がなかった。長男はヨシに似ていて義母が可愛がっていたのに、義母からも何の連絡もない。どうやら私はおろか、子供たちまで「他人」扱いのようだ。まあいい。義母もヨシも、家族である義妹の世話をしていればいい。
ただし、親子水入らずなんてそう簡単にいかないだろう。だってケイコは、私たちの結婚披露宴で「お兄ちゃんが結婚するのやだ」と泣き叫んだほどのブラコン娘だから。今頃、義母もヨシもこき使われて大変なんじゃないかな。想像するだけで笑いが込み上げてきた。
そんなことを考えながら、私は役所で離婚届を受け取った。別居して3ヶ月ほど経ったある日、突然ヨシから電話がかかってきた。
「おい、何してんだよ。早く戻ってこいよ」
泣き叫んでいるような声だった。
「ケイコの世話なんてもうたくさんだ!」
やっぱり、という思いが頭をよぎった。聞けば、ケイコが実家に着いた日からわがまま三昧。腰が痛い、お腹が重いと言って一切動かず、まるで女王のように振る舞っているらしい。ヨシと義母は完全に召使扱いで、夜中に足を揉めと叩き起こされることもあるという。さらに里帰り中に食べ過ぎて体重が10キロ近く増え、妊娠糖尿病と診断されて医者に怒られ、その八つ当たりを義母にしているそうだ。
そして数日前にようやく出産したかと思えば、「やだ、こんな猿みたいな子いらない」と育児を義母に丸投げ。そのくせ口だけは達者で、義母のやることなすこと全部を否定して罵倒しているらしい。
「空が見たかっただろう」。思わず笑みがこぼれた。
「一体、いつ戻ってくるんだよ」
「だって、お母さんから半年は帰ってくるなって言われたから、まだ当分先ね」
「冗談じゃない!早く帰ってこい!」
「いやよ。お母さんの命令だもの。文句があるならお母さんに言って」
そう言うと、電話の向こうから義母が割り込んできた。
「あなたも家族の一員でしょ。ケイコちゃんの世話をしてちょうだい」
「え?家族水入らずで、って私と子供を追い出したのにですか?」
思いっきり嫌味を言ってやると、義母は何やらもごもごと言い訳していたが、無視を決め込んだ。
「それに、私が子供を産んでから10年も経ってますから、ケイコさんが知ってる最新の知識と食い違うところが結構あると思うんですよね。怖いので、とてもお手伝いできません」
そう宣言してやった。さらにケイコに電話を代わってもらい、こう言ってやった。
「子供たちもこっちの学校の方が好きだって言うから、もう帰らないわね。離婚届は今日にでも郵送するから、よろしく」
そう言って、そのまま電話を切った。
まさか私が離婚を言い出すとは思っていなかった夫は、「言いすぎた。謝るから帰ってきてくれ」と泣き言を言ってきたが、もう遅い。私は弁護士を通して話し合いを進め、半年後、ようやく離婚が成立した。
慰謝料と財産分与、養育費をしっかり払わせた。そして棚からぼた餅だったのが「婚姻費用」だ。夫婦で別居した場合、収入が多い方が少ない方に生活費を払う義務がある。私とヨシの場合、離婚までに1年近く別居が続いていた。弁護士を通して請求したところ、離婚までの数ヶ月分、約100万円を手に入れることができたのだ。
義実家の方では、ケイコは夫と離婚するらしい。生まれた子供を引き取りたい夫側と、今回の騒動を義理の息子に押し付けたい義母とヨシの間で大バトルが繰り広げられているそうだ。しかも生まれた子供が旦那さんに全く似ていないという噂もあって、義母もケイコもどちらの家からも見捨てられるのは時間の問題かもしれない。
ざまあみろ。私は今、自分の実家で母と子供たちと穏やかに暮らしている。新しい仕事にも就き、何不自由なく生活している。あの家を出て正解だった。子供たちも笑顔が増えたし、母も生き生きしている。
私は、あの日「他人」だと言ってきた夫の言葉を、そのまま受け取ることにした。あなたにとって私は他人なんだから、私もあなたにとっての他人でいる。それだけのことだ。



