父と二人で切り盛りしている小さな和菓子屋で、俺は和菓職人として働いている。母を七歳で亡くしてから、父が一人で俺を育て、店を守ってくれた。その背中を見て育った俺は、夜間の専門学校に通いながら技術を磨き、今では新作を開発したり、SNSで店をPRしたりと、店を盛り上げるために必死だった。その甲斐あって、店の経営は順調で、父も俺も現状に満足していた。
ある日、常連客の五藤さんから声をかけられた。
「勇樹君、お疲れ様。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「はい、何でしょうか」
「今、お付き合いしてる人はいる? いないなら、お見合いなんてどうかな?」
突然の申し出に戸惑ったが、俺には恋人はいない。だが、今は仕事に集中したいし、結婚の予定もなかった。
「彼女はいませんけど……」
「それならどうかな。私も人に頼まれてね。先方が是非にと言っているんだよ」
正直、乗り気ではなかった。しかし、いつも店に来てくれて世話になっている五藤さんに頭を下げられると、断りづらかった。五藤さんも困ったような顔をしていた。
「お断りしても構わないから、会うだけでもだめかな」
「そこまでおっしゃるのでしたら……」
こうして俺はお見合いを了承した。
一週間後、お見合いは都心の高級料亭で行われることになった。父と二人で十五分前に到着したが、肝心の相手は時間になっても現れない。約束の時間から十分ほど遅れて、ようやく相手とその両親がやってきた。
相手の名前は上田弥子さん。大手お菓子メーカーに勤めるエリート一家の娘らしい。シンプルなワンピース姿だったが、洋服に詳しくない俺でも、それが高級品だと分かる質感だった。
「少し遅れてしまってすみませんね」
弥子さんの母親が軽く笑いながら謝ってくる。
「いえ、構いませんよ」
お見合いが始まり、最初は天気の話などで和やかに雑談していた。ところが、弥子さんの生い立ちを尋ねたところから、両親が娘の自慢話を始めてしまった。
「娘は幼稚園から大学までエスカレーター式の学校を卒業しているんですよ。成績も優秀で、表彰されたこともあるんです」
「そうなんですか。とても優秀な方なんですね」
得意げに話す父親に、俺は微笑みながら相づちを打った。
自慢話は続く。
「娘には常に一流のものを食べさせ、芸術品も本物のみを見せてきたんです。娘は本物が分かる子なんですよ」
「ええ、すごいですね」
さらに彼らの家柄の自慢も始まった。
「うちの人間は大企業の役員をしていることが多いんです。私の父は大手企業の社長で、私もその会社の役員をしています。娘は有名なお菓子メーカーで、同期で一番優秀だと聞いています」
弥子さんの母親も負けじと続ける。
「夫の妹も、美容系の有名企業で役員をしているんですのよ」
長時間にわたる自慢話に、俺も父も「すごいですね」と応じるのに疲れてきた頃、黙って聞いていた弥子さんが口を開いた。
「勇樹さんは、どのようなお仕事をされているんですか?」
プロフィールは事前に渡してあったはずだが、彼女は確認していなかったのかもしれない。
「和菓職人をしております」
俺の答えに、三人は嫌な表情を浮かべた。何か変なことを言ったのだろうかと不安になる。だが、俺は和菓職人という仕事に誇りを持っている。だから、三人の反応を気にしながらも、これまでの経緯を話した。
「私の実家は小さな和菓子屋を経営していまして、七歳の頃に母を亡くしてからは、父に一人で育ててもらいました」
「ああ、一人でですか?」
弥子さんがわざとらしく相づちを打つ。その口調は、同情ではなく、嘲りに近いものに感じられた。
「私は和菓職人として父と店を切り盛りしています。最近はSNSで宣伝したり、ネット通販も始めたんですよ」
俺の話が終わっても、三人は険しい顔のままだ。理由が分からないまま、俺はスタッフを呼び、事前に預けておいた手作りの和菓子を持ってきてもらった。白い花の形をした、真っ白な和菓子だった。
「どうぞ、召し上がってください」
俺が言うと、弥子さんは目の前の和菓子を軽蔑したように見つめ、ぽつりと呟いた。
「何よ、これ?」
「え……私が作った和菓子ですが」
すると突然、弥子さんが俺を睨みつけ、声を張り上げた。
「何よ、この安っぽい和菓子は。こういう時はもっと一流のものを用意するべきでしょう。非常識にも程があるわ。私の目をごまかせると思わないで」
彼女は怒りのまま、和菓子の乗った皿をひっくり返した。せっかく作った和菓子が、ぐちゃぐちゃになってしまう。
「ああ、上司の紹介だったからどこかの料亭の息子かと思っていたら、こんな古臭い和菓子なんか作ってる人間だったなんて。本当よ。こんな安っぽい手作り和菓子を用意するなんて、常識がないのね」
弥子さんの暴言を止めるどころか、両親まで一緒になって怒り始めた。
「貧乏家庭で育ったような、がさつで古臭い男なんて、真っぴらごめんよ。時間の無駄だったわ」
弥子さんはふんと鼻を鳴らし、踵を返して部屋を出ていった。両親もそれに続いて、肩を怒らせて退出していく。
その背中を見送り、部屋に俺と父だけが残された。急に泣きたいような、悔しい気持ちになった。和菓子を全否定された怒りで、顔を俯かせて拳を握りしめるしかなかった。その後、どうやって帰ったのかも覚えていない。
翌日、仲介をしてくれた五藤さんに電話をかけた。
「もしもし。勇樹君、昨日のお見合いはどうだった?」
「実は、こういうことがありまして……」
俺は自分の口で言うのも辛かったが、お見合いでされたことを詳しく話した。
「それは本当か?」
五藤さんが驚いたように言った。
「本当です」
「上田さん側の仲介者から聞いていた話と違うんだけどなあ。勇樹君に不快な思いをさせて申し訳ない」
五藤さんは本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。
「五藤さんが謝ることはありません。五藤さんには大変お世話になっていますから」
俺の言葉に五藤さんはほっとしたように笑った。
「とは言っても、仲介をしたのは私だからね。お詫びと言ってはなんだが、またお店に行くよ。お父さんと勇樹君の和菓子を食べさせて欲しいんだ」
「はい。お待ちしております」
電話を切り、俺は思った。五藤さんが来店するんだから、綺麗で美味しい和菓子を作らなくてはいけない。和菓子を見下されたからと言って、菓子作りをやめる気はない。お客様に美味しい和菓子を食べてもらいたい。そう思って、仕事を始めた。
それから数日後、店の電話が鳴った。出てみると、相手は弥子さんだった。
「あんたのせいで、地方の下受け工場に左遷されたんだけど、どうしてくれるのよ」
弥子さんは電話口で怒鳴った。耳がキンとするほどの大声だ。
「聞いてるの? あんたのせいで私の人生終了よ」
「それは、また随分と大げさですね」
俺が冷静に返すと、弥子さんはさらにヒステリックに叫んだ。
「お父さんとお母さんに左遷されたって伝えたら、ものすごく怒られて失望されたの。あんたのせいよ」
お見合いで娘自慢やエリート一家自慢をしていた親だ。娘が左遷されることになり、プライドが傷ついたのだろう。
「いつまで無言なのよ。なんとか言いなさいよ」
俺は口を開いた。
「私はお見合いの仲介をしてくれた方に、結果を報告しただけですよ。それぐらい当然のことですよね」
「誰なのよ、その仲介って。そいつがなんかしたんだわ」
五藤さんを「そいつ」呼ばわりされ、むっとした。失礼極まりない弥子さんを黙らせるべく、俺ははっきりとした口調で教えてやった。
「私の仲介者は、全国和菓子協会会長の五藤伊さんです」
お菓子メーカーに勤める弥子さんであれば、和菓子協会会長の名前も知っていることだろう。五藤さんは、和菓子のみならずお菓子業界全体に強い影響力を持った人だ。
「はあ……な、なんで五藤会長とあんたが知り合いなのよ」
弥子さんはかなり動揺しているようで、声が震えていた。
「五藤さんはうちの常連のお客様なんです。大変お世話になっている方なんですよね」
弥子さんは絶句しているようで、黙ったままだった。俺はさらに言葉を重ねる。
「あ、それと以前から、弥子さんが勤めているお菓子メーカーからコラボの打診をいただいてましてね。だけど、うちは父と二人、手作りにこだわっていてお断りしてたんです。それなのに、何度も何度もお誘いをいただいてましてね」
俺は、弥子さんが勤めるお菓子メーカーとのコラボの話をした。
「しかし、あなたのおかげで、きっぱりと断れますよ。一応、お礼を言っておきますね。ありがとうございました」
「そ、そんな話聞いたことないわよ」
金切り声を上げる弥子さん。俺は冷静に言う。
「あなたが知らないだけじゃないですか?」
「何よ」
弥子さんがまた怒鳴る。だが、弥子さんが勤めているお菓子メーカーとのコラボの話は本当だ。
「そもそも、あんたの安っぽい和菓子とうちがコラボするわけないでしょ。コラボ商品を発売しても、絶対に売れないんだから。販売するだけ無駄よ」
弥子さんがバカにしたような声で言った。彼女は未だに俺の手作りの和菓子のことを安っぽいと馬鹿にしているようだ。だから、俺は最後に弥子さんが知らない事実を話すことにした。
「お見合いでバカにされた和菓子なんですけど、あの和菓子は賞を受賞した『雪の花』という商品なんですよ」
「え……『雪の花』って?」
弥子さんが間抜けな声を出した。
「現在、三年待ちの希少品なんです。『本物が分かる』なんて自慢されてましたが、全くの出鱈目なようですね。残念ながら」
「そんなことあるはずないわ。待って、今調べてみるから」
電話の向こうから、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。俺の和菓子のことを調べているようだ。しかし、しばらくしても弥子さんは無言のままだった。
「どうですか? ヒットしましたか?」
「……したわよ」
小さな声で返事をする。俺が言ったことが事実だと分かり、ショックを受けているようだ。自分は一流のものが分かるという自負があるからこそ、俺の一流の和菓子を安っぽいと言ってしまった自分自身に落胆したのだろう。
「そんな……あの和菓子が賞を取るほどのもので、希少品だったなんて。私は見る目があると思っていたのに……」
呆然とする弥子さんの声を聞き、俺の心が晴れた。すっきりした気持ちで、俺は声をかける。
「弥子さん、気持ちを切り替えて、地方の下受けの工場で頑張ってください。応援していますから」
「うるさい。あんたに励まされたくないわ」
弥子さんは吐き捨てるように言って、電話を切った。
それから一か月ほど経ったある日、俺が店で仕事をしていると、五藤さんが来店した。
「いらっしゃいませ」
注文された和菓子を袋詰めしていると、五藤さんが話しかけてきた。
「この前のお見合いは申し訳なかったね。でも勇樹君、もう一度お見合いをする気はない?」
“何かと思えば、またお見合いの話か”と思った。
「この前のようなことはないよ。今回のお見合い相手は、私もよく知ってる子なんだ。性格も穏やかでいい子なんだよ。和菓子が大好きな子だから、前のようなことは決してないと思うんだ。どうかな?」
五藤さんがお見合い相手のいいところを並べ立てる。きっと五藤さんは、前回の弥子さんとのお見合いで責任を感じているのだろう。そう考えると、五藤さんの好意を無碍にすることはできなかった。
「はい。お受けいたします」
俺がそう言ってお辞儀をすると、五藤さんは安堵したような表情を見せた。
そして、お見合い当日。前回と同じように、父と二人で席に着く。お見合いで出会った人は、穏やかで清楚な女性だった。お見合いの席で俺の手作りの和菓子を出すと、彼女は目を輝かせた。
「わあ、美味しそう! いいですか?」
彼女のそんな表情を見て、俺は嬉しくなり、好印象を抱いた。彼女の両親も、美味しそうに和菓子を食べてくれた。お見合いの席での会話も盛り上がり、俺はまた彼女と会うことになった。
何度も会ううちに、彼女が本当にいい子だということが分かってきた。彼女は俺の作った和菓子を、いつも美味しそうに食べてくれる。
「勇樹さんの和菓子って、可愛くて綺麗で美味しい」
こんな風に率直に感想をくれる。また、彼女が俺の家に来ている時、父が肩を押さえて首をぐるぐる回していると、彼女は声をかけた。
「肩こりですか? マッサージしましょうか」
父は彼女にマッサージをしてもらって、ご満悦だった。この子は父のことも大切にしてくれる、心優しい女性なんだと感じることが多く、安心した。
それから一年ほど付き合い、俺からプロポーズして結婚した。仲介をしてくれた五藤さんにも、彼女と一緒に挨拶に行った。
「彼女と結婚することになりました」
五藤さんは一瞬目を丸くしたが、すぐににっこりと笑った。
「そうか。結婚おめでとう。末長く幸せに」
「はい。ありがとうございます」
俺は彼女と共に五藤さんに頭を下げた。五藤さんがお見合いを進めてくれなければ、俺は彼女と出会うことができなかっただろう。
俺はこれからも、父や妻という温かい家族に囲まれながら、この小さな和菓子屋で和菓職人を続ける。自分の和菓子を待ってくれている人たちのためにも、今後もずっと和菓子を作り続けようと決意していた。



