懇親会の席に着いた瞬間、私はその光景が信じられなかった。孫の席にはゴミ箱が置かれ、足元にはゴミが散らばっていたのだ。呆然としていると、社長の息子と思しき男が近づいてきて、こう言い放った。「お前にお似合いの席を用意してやったぞ。どうだ?嬉しいか?」孫は悔しさに拳を握り、目には涙が浮かんでいた。その男は「底辺社員の特等席だぞ」と嘲笑い、さらに私にまで暴力を振るおうとした。私が「絶対に貴様を許さん…

懇親会の席に着いた瞬間、私はその光景が信じられなかった。孫の席にはゴミ箱が置かれ、足元にはゴミが散らばっていたのだ。呆然としていると、社長の息子と思しき男が近づいてきて、こう言い放った。「お前にお似合いの席を用意してやったぞ。どうだ?嬉しいか?」孫は悔しさに拳を握り、目には涙が浮かんでいた。その男は「底辺社員の特等席だぞ」と嘲笑い、さらに私にまで暴力を振るおうとした。私が「絶対に貴様を許さん...

「お前にお似合いの席を用意してやったぞ。どうだ?嬉しいか?」

呆然と立ち尽くす私と孫に、社長の息子がそう言って笑った。その言葉は、まるで私たちの心をえぐるように響いた。

彼の言う「お前にお似合いの席」とは、ただのゴミ箱だった。注意して見ると、無造作にゴミが散らばり、そこだけがまるで別の空間のように異質だった。

会社の懇親会で、どうしてこんなことが許されるのか。私は目の前の現実を疑った。孫の顔には悔しさと無力感が浮かんでいる。彼が受けた屈辱が痛いほど伝わり、私の胸を締めつける。怒りが込み上げ、全身が震えた。

「絶対に貴様を許さん」

思わずそう呟いたその時、一人の美女が姿を表し、私と社長の息子の間に割って入った。

私の名前は木村孝太郎。今年で75歳になる。高齢者となり、仕事からも一線を退き、昔に比べて穏やかな日々を送っている。だが、そんな私にも一つだけ心配事があった。それは孫の数人のことである。

数人は子供の頃から真面目な性格で、勉強もでき、成績も優秀だったので、学問の面では一切心配することはなかった。しかし、少し引っ込み思案な性格だったため、学生時代は友人も少なく、学校では目立たない存在として過ごしていたそうだ。そのせいか、他人と競争するような経験がほとんどなかった。

そんな数人も今年の春から社会人になったのだが、就職先は大手IT企業だった。企画部に配属されたと聞いたが、大手となると何かと競争が激しい。そんな状況で他人と競い慣れていない数人は苦労するのではないか。そんな不安が頭をよぎる。もちろん孫のことは信頼しているが、数人の性格を昔からよく知っているからこそ、考えれば考えるほど悪い想像をしてしまう。

「おお、二人ともよく来たな」

そんなある週末の夜、長男と孫の数人が自宅を尋ねてきた。私は二人に優しく声をかける。

「急にすまないな、父さん」

「謝らなくていい。ここはお前の家でもあるんだから。さあ、中に入りなさい」

こう言って私は二人を手招きし、家の中へと招き入れると、ある違和感に気がついた。

「おい、数人、どうしたんだ?妙に顔色が悪いような気がするが」

元々大人しい性格ではあったものの、それでも今日の数人は不自然なほど元気がなく、どことなく顔色が悪いように感じた。

「いや、まあ、なんでもないよ」

数人は歯切れの悪い返事をすると、すっと私から目をそらす。何か悩みがあるのは数人の態度を見るに明白だ。しかし本人はその悩みを話したくないと思っているのか、露骨に口を閉ざす。

「まあ玄関先で話すのもなんだし、とりあえずリビングに行こう」

私はそう言うと二人をリビングに連れて行き、そして人数分のコーヒーを入れる。

「数人、やっぱり何かあったんじゃないのか。一人で抱え込まずに話してみなさい」

私はコーヒーを数人の目の前に置きながらそう話す。

「いや、なんというか、まだ俺入社して半年しか経ってないだろ。慣れない仕事も多くてちょっと疲れているだけだよ。だから心配しないで」

数人はそう言って気まずそうに笑うとコーヒーをすする。

「正直言って、数人はずっとこの調子なんだよ。だからちょっと気分転換になるかと思ってここに来たんだ」

「なるほど。そういうことだったか」

「それともう一つ、今日は父さんにお願いがあって」

そう長男は言うと、すっと数人の肩を軽く叩く。すると数人は鞄から一枚の用紙を取り出した。

「実は今度会社で懇親会があって、俺も参加することになったんだ」

そう説明しながら数人は私に取り出した案内用紙を差し出した。

「おお、そうか」

私は数人から渡された案内用紙を受け取り、内容を確認する。そこには「新プロジェクトの結集式及び懇親会のお知らせ」と書かれていた。

「今回の新プロジェクトは会社の命運がかかってて、結集式を開くことになったんだ。それで社員は家族を一人連れてきていいって言われたんだけど、じいちゃんに来てもらいたいなって思ってさ」

数人は少し申し訳なさそうな顔色で私にそう言った。

「本当は俺が行こうと思っていたんだが、仕事の都合でなかなか時間が作れなくてさ。なんとかお願いできないかな」

「そんなことか、お安い御用だ。私でよければ同席しよう」

そう答えると、数人の表情は少しだけ柔らかくなり、「よかった」と小さな声で呟いた。

それから数週間が経過し、懇親会当日の朝を迎えた。私は数人と共にタクシーで会場へと向かう。会場に到着するとすぐさま受付を済ませ、若手社員とその家族のために割り当てられた席へと歩みを進めていたが、数人はどこか浮かない表情をしていた。

「どうした?顔色が悪いぞ」

「なんでもない。大丈夫だよ」

強がりの声で数人はそう返事をする。私はますます心配になったが、席に到着するとその心配がさらに増す。とんでもない光景が目に入った。

「なんだこれ?ゴミ箱?」

驚いたことに、数人が座るはずだった席にはゴミ箱が置かれ、椅子や足元にはゴミが無造作に散らばっていた。何かの間違いかと思い、その席に置いてあったネームプレートを確認するが、「木村数人」と書いてある。孫が座る予定の席で間違いないようだ。

「どうしてこんなことに?」

私は混乱しながらも数人の方に目を向けると、私と同じく驚いた様子ではあったものの、「ああ、やっぱり」と小さな声で囁き、そして静かに俯いた。

何がなんだかわからず、呆然と立ち尽くしていたその時、背後からどかどかと大きな足音が聞こえ、私はとっさに振り向く。するとそこには、会社のイベントだというのにこの場には似つかわしくない派手なブランド物のスーツに身を包んだ若い男性がこちらに向かって歩み寄ってくるのが見えた。

「やっと来たか、底辺。お前にお似合いの席を用意してやったぞ。どうだ?嬉しいか?」

そう言って男性はケタケタと笑い、それを見た数人が拳をぐっと握りしめる。

「なぜこんなことを。こんなことをするなんて」

か細く震える声で数人はそう言うと、男性は余裕の笑みを浮かべながら鼻で笑う。

「はっ、文句でもあんのか?なら言ってみろよ。言えるもんならな」

男性は威圧的な態度でそう言うと、テーブルの脚を思いっきり蹴飛ばす。数人は思わず体をビクっと震わせ、そして恐怖からか委縮してしまい、黙り込んでしまった。そんな数人の姿を見て男性は満足そうに笑いながらさらに話し続けた。

「ビビるくらいなら反抗するなよな。ほら、さっさと座れよ。ここは底辺社員の特等席だぞ」

数人は悔しそうな表情を浮かべて俯く。そして目にはうっすらと涙が浮かんでいる。その姿に私は怒りで震えた。

「いい加減にしろ。これ以上孫を侮辱するなら許さんぞ」

感情的に大声を出してしまったが、そうせずにはいられなかった。孫が目の前でこんな屈辱的なことをされているというのに、このまま黙って見過ごすなど私にはできない。

男性は少し驚いた表情を見せたが、すぐにまた嫌味ったらしい顔に戻る。そして深いため息をつくとゆっくり口を開いた。

「はあ。なんだじじい。お前も俺に歯向かう気か」

私の言葉に意を返さず、男性はきっとこちらを睨みつけてきた。だが、そんなものに屈する私ではない。

「先ほどの話からすると、このゴミ箱を用意したのはお前だな。一体なぜこんな幼稚な真似をしたんだ」

「うるせえな。底辺社員のじじいがしゃしゃり出てくんな。じじいも揃ってゴミまみれの席に座ってろ。似合ってるぜ」

そう言って男性は私の肩を力いっぱい押す。思わずよろけてしまったものの、隣にいた数人に支えられ、なんとか転ばずに済んだ。

「じいちゃん、大丈夫?」

心配そうに私の体を支える数人に、私はこれ以上不安にさせないよう精一杯気丈に振る舞いながらそう答えた。そしてすぐさま男性の方に目を向ける。

「ここは会社主催の場だというのに、暴言の次は暴力か。君は何を考えているんだ?やっていいことと悪いことの区別すらつかんのか?」

私はそう言い放ったものの、当の男性は焦る様子はなく、むしろ余裕に満ちた表情で自信満々に腕を組む。

「じじいが俺に説教かよ。言っとくけど、俺はこの会社の社長の息子、米倉守だぞ。こんな程度のことで罰せられるわけがないんだよ」

鼻の頭を大きく膨らませ、米倉守と名乗る男は得意げにそう言った。

「米倉守か。名前だけは覚えておこう。で、なぜこのようなことをしたんだ。説明しろ」

「はあ。めんどくさいじじいだな。まあいい。特別に教えてやる。お前の孫はとにかくうちで使えない出来の悪い底辺社員なんだ」

ため息をつきながら米倉はそう語り、さらに話を続けた。

「こいつは俺が仕事を振ってやっても、『これはあなたの仕事では』とかふざけたことを言って全然やらねえクズなんだよ。しかも提案をよこせって言ってんのに断固拒否しやがるし」

声を荒げながら、数人に対して米倉は愚痴をダラダラとこぼす。しかしその内容は、どこからどう聞いても数人に非がなく、むしろ彼自身に問題があるとしか思えないものだった。

「つまり君は、数人に仕事を押し付けたり成果を横取りしようとしたが、それを拒否されたから腹が立って、このようなことをしたというわけか」

「おいおい、変な言い方はよせよ。俺はただ次期社長の立場として、上下関係を分からせる意味であれこれしてたってだけだ」

「意味不明な理論を恥ずかしげもなく言うんだね」

私は思わず頭を抱えてしまう。

「君が次期社長だというのは本当なのか?」

「社長の息子なんだから後継になるのは当然だろ。しかも俺、長男なんだし」

当たり前のことをわざわざ聞くなと言わんばかりの目をしながら、米倉は自信満々にそう答えた。

「とはいえ、立場を利用して悪さをするのはアウトだ。きちんと孫に謝罪してもらう」

「はあ。そんなことするわけねえじゃん。おい、じじい、ふざけてんのか」

そう言って米倉はぐっと私に近づき、そして何を思ったのか胸倉を掴んできた。

「また暴力か。これ以上罪を重ねるのはやめた方がいい」

「底辺のくせに偉そうにすんな。いい加減にしないと、俺本気出しちゃおっかな」

反省の色を全く見せない米倉はそう言ってケタケタと下品に笑う。

「絶対に貴様を許さん」

あまりの態度に、私は思わずそう呟いた。しかしその言葉すら、米倉は「じじいの強がり」と言ってさらに嘲笑する。

「何をしているんですか?」

すると突然、背後から女性の声が響いた。そして彼女はすぐさま私たちの間に入り、胸倉を掴んでいた米倉の手を払いのける。

「一体何なんです?状況は」

彼女は驚きのあまり、少し戸惑っている様子だった。一方、米倉はと言うとなぜかニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら彼女のことをじろじろと見ている。

「え、結構いい女じゃん。君、名前は?あまり見ない顔だね。部署はどこ?」

米倉はそう言って彼女の元にすり寄り、そして肩を抱く。

「ちょっと、何なんですか?」

突然のことに彼女は焦り、米倉の手をパシッと払った。

「痛っ。お前、ちょっと顔が美人だからって暴力はないだろうが」

米倉はそう言うと右腕を振り上げる。とっさに危ないと判断した私は彼女の前に立ち、米倉の腕を掴む。

「いくらなんでもそれはないだろう。女性に手を上げるなど、男がやっていいことじゃない。この手を下ろせ」

米倉は反論しようとしたが、騒ぎが大きくなるにつれ、周囲の冷ややかな視線に気づいたようだ。彼は大きな舌打ちをして、振り上げていた手を渋々下ろした。

「この男、何なんですか?」

「社長の息子で、この会社で働いているらしい。しかし言動に問題がありすぎる」

「確かにそうですね。では会長、彼を首にしますか?」

彼女がそう言うと、米倉がギョッとした目でこちらを見つめた。そして困惑したように口を開いた。

「は?会長?首?何の話をしてんだ?」

「もしかしてご存知なかったんですか?このお方は、この会社の会長なんですよ」

彼女の説明を聞いた米倉は、予想外の展開に動揺し、体を震えさせた。

「そんなまさか。何かの冗談だよな」

「いいえ、冗談ではありません。それと私は会長の秘書をしております。香川と申します。以後お見知りおきを」

そう言って彼女は米倉に名刺を手渡す。名刺にはっきりと「会長秘書」と記されており、それを見た米倉の顔は見る見るうちに青ざめていった。

「会長という肩書きは持っているものの、年寄りがいつまでも第一線にいては邪魔になるだけだと思って、今は一線を退いている状態でね。若い君が知らないのは無理もない」

そう、私が補足説明をすると、米倉は金魚のように口をパクパクさせた。

「お前、なんでじいさんが会長だって言わなかった?普通自慢するだろう。隠してたなんて卑怯だぞ」

米倉はこの状況に焦ったのか、怒りの矛先を数人に向ける。

「まだ寝ぼけたことを言っているのか。数人は君のような馬鹿ではない」

「なんだと?」

「そもそも会長の孫だって公表したら、周りが正当に評価してくれなくなるかもしれないだろう。だから数人はあえてそれを隠していたんだ」

私の説明を聞き、米倉は「そんな、マジかよ」と呆然としながら呟く。

「数人の素性を知らなかったというのは仕方のないことだ。しかし、だからと言ってこのようなことをしていい理由にはならないというのは、さすがに今の状況なら分かるよな」

私はそう言って米倉に詰め寄った。

「な、なんだよ。孫をコネ入社させたクセに、偉そうなことを言うな」

この後に及んでまだ反発心を見せる米倉に、私は思わず呆れてしまう。

「はあ。さっきも言ったが、数人は素性を隠していたんだ。もちろん上層部にもね。入社試験や面接では、会長の孫であることは一切打ち明けず、自分の力でこの会社に入社したんだ。コネ入社では断じてない」

はっきり伝えると、米倉は具合が悪そうに私から目をそらす。

「すまないが、社長に連絡を入れてくれ。この馬鹿の今後について、きっちり話をつけなければいけない」

そう私が秘書に伝えると、彼女は「承知しました」と返事をし、すぐさまスマホを取り出す。

「待ってくれ。頼む。親父にだけは言わないでくれ」

米倉は慌てた様子で私にすがりつき、そして涙を流す。

「今更泣いても無駄だ。貴様にはきっちりお灸を据えるつもりだから、覚悟しておけ」

そう私が吐き捨てると、米倉は魂が抜けたかのようにヘナヘナと床に座り込む。その姿に呆れつつも、近くにいた男性社員に米倉を外に出すように私は命じた。彼は男性社員に抱えられるようにしてその場を後にした。

それからほどなくして、秘書によって米倉の一件は社長にも伝えられる。そして翌日の朝、会長室で数人と共に待っていると、ほどなくして社長が訪れた。

「この度はうちのバカ息子が大変申し訳ございませんでした」

社長はそう言って深々と頭を下げる。

「お孫さんにまでひどい扱いをしたと聞き、親として恥ずかしく思います」

謝罪の言葉が聞けたのは良かった。だが――

「しかし、こちらで調査した結果、社長が謝って済む問題というわけにはいかない事態でね」

私はそう言って、同席させた秘書にある資料を持ってくるよう指示する。

「社長の御子息の言動はあまりにも常軌を逸してひどいものだった。それなのにも関わらず我が社に入社できたというのは少々疑問に感じてね。少し調べさせてもらったよ」

私はそう話しながら、秘書から書類を受け取る。これは昨日のうちに秘書が極秘に調べた、米倉守の調査報告書だ。慌ただしかった一日だったので簡単にしか調べられていないが、それでも信じられないことが分かったよ。

報告書をパラパラとめくりながら、私はさらに話を続けた。

「まず入社経緯に関してだが、筆記試験の結果は合格ラインを大きく下回っていた。さらに面接でも、終始社長の息子であることばかりをアピールし、質疑応答もめちゃくちゃだったそうじゃないか」

「それは、その、何と説明すればいいか……」

「それなのに彼はなぜか内定を勝ち取り、この春、うちの孫と共にこの会社に入社した。妙だとは思わんかね」

私はあえて核心部分を言わず、社長に向かって問いかける。それがよほど怖かったのか、社長は脂汗をダラダラと額から流す。

「ちゃんと単刀直入に言う。君は息子をコネ入社させたんじゃないのか。正直に答えろ」

「それは、その……はい。そうです」

言葉をつまらせながらも、社長は俯きながらそう返事をした。

「やっぱりそうか。うちは身内だからって入社を禁止してるわけじゃない。しかし、内定基準を満たしていることが条件だ。社長である君なら、それくらい分かってたはずだろう」

「はい、おっしゃる通りでございます」

「さらに、この調査結果によると、君の息子は若手社員を見つけては立場を利用し、仕事を押し付けたり、時には成果の横取りまでしていたらしいじゃないか。これは見過ごすわけにはいかないな」

私は話しながらも報告書を手渡す。社長は報告書を隅々まで読み、そして想像以上のひどさにガクガクと震え始めた。

「社内の風紀をここまで乱すのなら、彼を我が社に置いておくことはできない。よって米倉守を懲戒解雇とする。それと、君も不正なコネ入社を斡旋したとして、譴責処分とする」

はっきりとした口調で私はそう言い放つと、社長は項垂れながら「承知いたしました」と弱々しい声で返事をした。

それから数日が経過し、米倉の嫌がらせがなくなった数人は、顔色も良くなり、生き生きと仕事に励んでいる。これで一安心と思っていたのだが、それも新たな問題が発生した。

それは、我が社の社運をかけた新プロジェクトが、ライバル企業に横流しされてしまったのだ。ライバル企業はそのプロジェクトをうちよりも先に発表したのだが、その内容を見た瞬間、血の気が引いた。類似しているというレベルではなく、全く同じで、たまたまかぶってしまったとは言い難い内容に、私を含め社員全員が驚愕した。

さらに最悪なことに、このタイミングで大口取引先から契約キャンセルの連絡が相次いだ。思いきせぬ事態に、社内は連日混乱していた。もちろん早急に原因解明の調査を行ったが、手がかりといった原因は分からず、社内には重苦しい空気が広がってしまう。

しかしそれでも諦めるわけにはいかないと、徹底的に詳しい調査をしていると、先日解雇となった米倉守が使っていたパソコンのメール履歴に不審なやり取りが発見された。やり取りをしていた相手は例のライバル企業で、プロジェクトのファイルをいくつも送信していたのだ。メール履歴は削除されてはいたものの、社内で使用しているメールソフトは、削除したものでも一定期間データはバックアップが保存される仕組みになっている。そのためライバル企業とのやり取りの記録がしっかり残っており、米倉が犯人であることは明らかだった。

さらに米倉のパソコン内からは「謎の取引先担当者一覧」というエクセルファイルが見つかった。そこには取引先の担当者の名前と電話がずらりと明記されており、他の社員たちが見覚えがないと言っていたことから、米倉の独断で作られたものだと察した。おそらく米倉は、相次ぐ契約打ち切りに関与しているはずだ。私の予想では、担当者に米倉が直接連絡をし、我が社の嘘の悪評を流した。そしてその結果、うちは契約打ち切りになるというのが米倉の復讐劇なのだと、私は推測した。

こんなことをする理由は簡単だ。きっと解雇された腹いせに、会社を窮地に追い込むことが彼の狙いなのだろう。

「厄介なことになったな」

会長室にて、私は頭を抱えながら隣にいた秘書に話しかける。

「米倉という男は、悪魔のような人間ですね。正直、怖くなってきました」

「ああ。だが、このまま手をこまねいていては、米倉の思う壺だ。こうなったら、私も自ら問題解決に向けて動くことにしよう」

そう決意した時、会長室のドアをノックする音が突然響いた。

「どちら様ですか?」

そう言いながら秘書が扉を開けると、そこには数人の姿があった。

「忙しい時にごめん。でも、今の会社の状況を聞いていてもられなくて」

数人はそう言いながら私の元へと近づく。

「じいちゃん、今回の問題、俺にも協力させてくれないか」

「数人に。その気持ちは嬉しいが、今回の問題は一筋縄ではいかんぞ」

「それは分かっているさ。だけど懇親会でじいちゃんにあれだけ助けてもらったのに、会社の窮地を黙って見ているだけなんて、俺にはできないよ」

数人はそう言って、まっすぐとした目で私を見つめる。大人しくて、自分の気持ちをなかなか口にしなかった数人が、こうしてはっきりと思いをぶつけてくれるなんて、驚いた。孫の成長が垣間見えた気がして、胸の奥が熱くなるのを感じた。どこかで数人のことをまだ子供だと思ってしまっていた自分が、恥ずかしく思えた。

「分かったら、私の仕事を手伝ってくれ」

私はそう言い、早速契約を打ち切られた取引先に出向くための準備を始める。

その後、私は数人と協力して取引先に提出する報告書を作成し、我が社の経営状況は一切悪い状態ではないこと、また今後もお互いにとってメリットがあることを裏付ける正確なデータを細かくそこに記した。そして後日、各取引先へそれらを提出し、また直接お会いして、悪評は全て虚偽情報であったこと、そして事実無根であることを数人と共に説明して回った。

並行して、私は秘書に米倉のさらなる調査を進めるよう命じた。そしてその結果、私の読み通り、米倉が解雇後に各取引担当者に連絡をしていたことが発覚する。一部の取引先では社内電話は全て自動録音される仕様になっており、その通話音声も入手してくれ、固い証拠を得ることができた。また社内のサーバーログを再確認したところ、我が社のプロジェクトデータが米倉のパソコンから不正アクセスに近い形で操作されていた痕跡が見つかり、これがさらなる決定的な証拠となった。

後日、私は法務部と協力し、米倉に対して訴訟を起こした。米倉は最初こそ自身の身の潔白を訴えてきたが、こちらが揃えた数々の証拠を突きつけると、次第に勢いを落とし、最終的に彼は多額の損害賠償を支払うこととなった。当然、彼一人で払うことなどできる額ではなかったため、父である社長に頼ったらしいのだが、社長は「こうなったのは全て自分の責任である」と知らしめるため、あえて助け舟は出さなかったそうだ。

結果、米倉は闇金で借金をし、損害賠償を支払ったものの、その後はまともな生活はできていないようで、噂では返済の目処が立たず、裏社会の人間に命を狙われているなんてことも聞いた。

そして社長も、息子の失態にショックを受け、ほどなくして騒動の責任を取るとして辞任。さらにプロジェクト横流し事件は連日メディアでも大きく取り上げられた。その結果、ライバル企業は社会的信用を失い、業績がどんどん悪化していき、倒産も囁かれている。

今度こそようやく平穏な日常を取り戻し、私はほっと一息ついた。一方、数人はと言うと、今回の件をきっかけに精神面が少し強くなったように感じ、私としても嬉しく思う。今後も孫の成長を影ながら見守り、そしてどんな困難が訪れても誠実な行動で乗り越えていくつもりだ。そして次の挑戦に備えるべく決意を新たに、私は深呼吸した。

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