「あなたの会社だけキャンセルで。」
そう言ってきたのは、元受け先の新社長、沢田だった。
俺は設備会社を経営している。今回の高層マンション建設には、設備面で深く関わっていた。それなのに、完成前日になって一方的にキャンセル通告。
どうせこいつに何を言っても無駄だ。そう悟った俺は、ある人物に連絡を取ることにした。
「わかりました。またのご利用を。」
そう言って、俺は取り付け済みの特注カーテンを全て外し、即座に引き揚げてやったんだ。
その後の沢田新社長の運命は、まさに自業自得だった。
俺の名前は川村ケント、37歳。祖父の代から続く川村設備という会社を継いでいる。
幼い頃から内気で、祖母べったりだった。父は祖父の会社で営業を、母は事務をしていた。近所に祖父母の家があり、保育園の送り迎えも祖母がしてくれていた。
小学生になっても人見知りは治らず、いつも一人でいた。
小学2年の時、同じように教室でぽつんと座っている男子がいた。名前は小太。俺たちは自然と仲良くなった。
小太の家は近所で、家には父親がいなかった。母親が昼も夜も工場で働いていたらしい。俺は小太と一緒に宿題をしたり、祖父の会社で遊んだりした。祖母はいつも小太の分も夕飯を用意してくれていた。小太の母は、よくお礼の品を持って祖母に会いに来ていた。
小学3年生の時、俺の父が交通事故で突然亡くなった。
号泣した。葬式には小太も小太の母も来てくれた。学校を休んでいた俺に、小太が言いに来てくれた。
「僕のお父さんも、交通事故で天国へ行ったんだよ。」
小太が4歳の時だったらしい。
祖父も祖母も母も深く落ち込んだ。俺と母は祖父の家に引っ越した。一番泣いていたのは祖母だったが、それでも以前と同じように、いつも美味しい食事を作ってくれていた。
ある夜、少しお腹が痛くなってトイレに行くと、祖母がダイニングで一人シクシクと泣いていた。俺は見なかったことにして部屋に戻った。いつも笑顔の祖母は、たった一人の息子を失って、本当はとても悲しかったのだろう。
やがて中学に進むと、沢田というボス的存在がいた。中学2年の時、沢田と小太と俺は同じクラスになった。
俺と小太は相変わらず大人しかった。ある日、沢田が小太に言った。
「おい、小太。今日夕方一緒にゲームしようぜ。」
「別にいいけど。」
俺も誘われて小太の家に集まった。だが沢田は舎弟を3人も連れてきていた。小太の家は狭いアパートだ。
「なんだ、こんな狭いところじゃみんなで遊べないじゃないか。つまんね。おい、貧乏人の家は無理だ。帰るぜ。」
そう言って、沢田は舎弟たちと帰って行った。
その次の日から、沢田は小太に「おい、貧乏人。やるよ。」と言って、いらないプリントを丸めたゴミをテーブルに置くようになった。小太は黙ってゴミ箱に捨てる。俺が「沢田君、ゴミなら自分でゴミ箱へ捨てろよ。」と言うと、
「はあ?いつも小太と一緒にいるケントとか生意気だな。お前も覚えとけよ。」
そう言われるようになった。上履きを隠されたり、俺も「貧乏人」と呼ばれ始めた。
一度、小太と自転車で沢田の家を見に行くと、大きな豪邸だった。
「なんだ、お坊っちゃまかよ。」
俺と小太は笑った。だが、やはり沢田は好きになれなかった。嫌がらせは中学3年まで続いた。
俺は中卒で祖父の会社に入り、小太と一緒に働くことになった。母は高校を勧めたが、俺は「小太と離れるのは嫌だ」と駄々をこねて聞いてもらった。
工場では細かい部品の箱詰めなどもしたが、出来上がったマンションの設備確認に連れて行ってもらった時、建築に興味を持ち始めた。仕事が終わってから建築の専門学校へ通い始め、小太も誘った。二人で一緒に勉強した。仕事はシステムキッチンや空調設備の設置と、ハードになっていった。へとへとになりながら夜は専門学校へ通い、23歳で2級建築士、26歳で1級建築士の資格を二人で取得した。
事務所でシステムキッチンの設計をしたり、現場監督もするようになった。二人でよく住宅の見学会にも行った。ある日、小太が言い出した。
「なあ、ケント。今度、合コンでも行こうよ。」
「ちょっと俺、苦手だけど…。小太と一緒なら行ってみようかな。」
合コンでは、お互いに気の合う女性ができて連絡先を交換した。その後お互いに交際を始めて、休みの日はいつもデートになった。
そして設計が得意な小太は設計士として独立した。俺は祖父の後を継ぐ予定だった。
営業先の一つが、沢田建設だった。まさかあの中学時代の沢田の父親の会社だとは、全く知らなかった。小太と一緒に沢田建設へ営業に行き、注文住宅の設備を任されるようになった。30件ほどの注文住宅は見事に成功した。小太の設計で、祖父が自宅を改築した。祖父母は1階に、俺と母は2階に住むことになった。
俺は交際していた彼女と結婚した。小太も自分で設計した家を建て、母親と完全分離世帯で新婚生活を始めた。二人とも子供にも恵まれて、幸せに暮らしていた。
子供たちが幼稚園に通い始めた頃、沢田建設から高層ビル建設の大きな仕事が入った。いわゆるタワーマンション。俺は沢田社長に小太を紹介し、小太は設計を、俺は設備の設計を担当した。現場監督も頼まれ、35歳になった俺は祖父から会社を任されていた。
建築中、沢田社長が病気で他界した。俺と祖父と小太で葬式に向かうと、そこにあの中学時代の沢田がいた。あの時、俺と小太は初めて、奴が社長の息子だったことに気づいた。
「なんだ、お前たちか。まだ仲良くやってんのか。貧乏人からわざわざ香典いらねえよ。」
失礼極まりない言葉。俺たちは黙って香典を置いてきた。
その後、祖父の話では、あの沢田が新社長になるらしい。嫌だったが、仕事だから挨拶に行った。
「沢田様、新社長ご就任おめでとうございます。」
俺と小太は名刺を差し出した。
「今タワーマンションの設備を担当させていただいてます。」
「私は設計を担当させていただきました。」
「お前らが社長?お前ら、中卒じゃなかったのか。」
「一応、俺も小太も1級建築士ではありますので、ご安心ください。」
「へえ。お前らがね。」
挨拶を済ませて、俺たちは二人で居酒屋に行った。
「まさかあいつが新社長とはな。なんでまたあいつにペコペコしないといけないんだよ。」
「本当だな。これこそ本当の腐れ縁だよな。」
「まあ、今日は美味いものでも食べて忘れようぜ。向こうは大手の社長だ。現場にはあまり来ないだろうしな。」
そう言って、楽しく飲むことにした。
ビル建設は順調に進んだ。内装も出来上がり、残すは外壁など。俺は一息ついて、小太家族と一緒に1泊の遊園地旅行を計画した。子供たちとゆっくり楽しみ、妻たちも子供のように乗り物を楽しんでいた。
そして完成前日。俺と小太は完成したタワーマンションを外から見に行った。
そんな時、俺のスマホに知らない番号から着信があった。不審に思いながら出ると、あの沢田の声だった。
「ああ、俺だ。沢田だ。今回のタワーマンションさ、お前の会社だけ発注キャンセルで。」
「なぜ連絡先を?」
「ああ、お前のじいさんに聞いた。」
「そうですか。それで、何か問題でも?」
「問題だらけだ。だからキャンセルな。」
「そうですか。わかりました。ではまたのご利用を。」
俺がそう言うと、小太が心配そうに聞いてきた。
「どうした?ひょっとして沢田か?」
「うん、当たり。俺の会社だけキャンセルだとさ。ちょっと俺に考えがある。よかったら手伝ってもらえるか?」
「うん、今日なら大丈夫だけど。」
「ありがとう。助かるよ。」
俺は祖父に現状を伝え、できるだけ知り合いの建築関係の人を集めてほしいと頼んだ。作業は夜までかかると。
俺はカーテンだけ全部外す予定だった。たくさんの人が集まり、各部屋のカーテンを全て外してくれた。夜中の2時までかかり、レンタカーを借りて何度も往復し、カーテンを大切に倉庫に片付けた。カーテンは特注の高級品だった。
そして完成当日。
「おい!今日見に行ったが、カーテンが全部ないじゃないか!」
「新社長にキャンセルとおっしゃいましたので。」
俺はすぐ電話を切り、ある人に連絡した。祖父の友人である、沢田の祖父だ。
「沢田会長、お話があります。今よろしいですか?」
「ああ、ケント君か。久しぶりだな。どうした?」
「今回のタワーマンションの建設の件ですが、沢田会長の大切なお孫さんにキャンセルだと言われました。なので申し訳ございませんが、外せるカーテンは外させていただきました。あとはキャンセル料をお願いしたいのです。」
「何?あいつが勝手にそんなことを?」
「はい。うちの会社だけキャンセルだそうです。僕が見た限りでは、悪いところはないと思うのですが。実は僕、お孫さんと中学の同級生でした。そしてお孫さんがある子に嫌がらせをしていたのですが、僕はその子をかばって、あの頃からお孫さんに嫌われていたんですよ。原因はそれくらいしか考えられないのですが。」
「事情は分かった。よかったら今日の昼過ぎに、もう一度カーテンを持ってきてくれないか?」
「いいですが…。」
「それならキャンセルは、わしがあいつに言い聞かすよ。」
「そうですか。わかりました。」
そうして昼過ぎにカーテンを持っていくことになった。俺は運送会社に綺麗に梱包してもらって、全てのカーテンを現場に運ばせた。カーテンには防炎、防音、防寒効果があり、特に防炎は高層マンションでは必要なものだ。
外すのに時間と人件費がかかった分は、後で上乗せしてもらうつもりだった。
現場に着くと、会長も来ていた。新社長の沢田は驚いていた。
「ケント、今更何しに来た?」
「会長に頼まれましたので、カーテンを持ってきました。」
「もういいよ。カーテンなんて、とりあえずキャンセルだから。」
そう言った瞬間、会長が新社長に怒鳴った。
「おい!孫だからと思って甘く見ていたが、お前は勉強が足りない!そもそも高層ビルやタワーマンションには、火災予防のためにも防炎カーテンは必須なんだぞ!そんなことも知らなかったのか!」
「え、じいちゃん。カーテンがなくても景色はいいし。」
「バカかお前は!これは消防法で決まっているんだ!お前の知り合いを全て探せ!すぐカーテンを取り付けるんだ!」
大変なことになった。
新社長が俺に言った。
「ケント、なぜ言わなかったんだ?」
「いや、キャンセルと言われましたので。その他のものは取り外しできませんから。それに今回のカーテンもかなりの高級品、仕入れたのはうちですから。」
「ちっ、バカにしやがって。」
「お前も手伝え!」
「なぜですか。一度は私もカーテンを取り付けました。」
俺はそう言ってやった。
すると会長が頭を下げた。
「ケント君、誠に申し訳ない。追加で工事費として出させていただく。こいつには謝罪させるので、どうかお願いできないか?」
「わかりました。」
会長は新社長に俺への謝罪を命令した。
「…どうも、すみませんでした。」
沢田は頭を下げた。
カーテンの取り付けが終わった後、会長は新社長に処分を下した。
「お前は孫だからというだけで、簡単に取り締まり役を任せてしまった。お前は沢田建設の社長としてはまだまだ修行が足りない。もう一度建築現場で働いて、1からやり直せ。」
「じいちゃん、そんな…」
「ケント君はお前と同じ年じゃないか。なのに苦労して工場で働き、その後建築士の免許も持っている。早くに父を亡くされて、苦労しているんだ。それなのになんだ、お前は!大学にも行かせてもらって、このざまか。本当に情けない。知り合いの建築会社へ頼んでおく。もう一度しっかり勉強しろ。」
新社長は悔しそうに、半泣きで現場を去っていった。
「沢田。まあ、頑張れよ。」
俺が嫌味を言うと、彼は何も言わずに去っていった。俺は思わず、にやりとしてしまった。
設備費の売上はちゃんと会長から入金された。カーテンの外しや取り付けの分もちゃんと上乗せしてもらって、俺はソフト会長と高級料亭で食事をした。
「ケント君、この度も素晴らしい設備をありがとう。あの孫があんなにバカだったとは、情けないよ。今は年下に怒鳴られて、現場で頑張っているようだ。ははは。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。」
美味しい和食を堪能した後、俺は今度の結婚記念日には妻と子供を連れてこようと思った。
その後、沢田は現場をやめてしまったらしい。離婚もされて、どこか知らない町へ行ってしまったようだ。
一方で俺は息子の入学式を迎え、満開の桜の中で家族写真を撮った。ランドセルは祖父からのプレゼントだ。祖母も元気で、仕事もとても順調だ。会長はもう一度社長に戻り、たくさんの仕事を回してくれている。小太の設計会社も順調で、会長から依頼を受けた家の設計などをしている。
学生時代は沢田のせいで嫌な思いもしたが、大人になってからその祖父にお世話になるとは、本当に思いもしなかったことだ。
俺は祖父が作ったこの会社を、しっかり守っていこう。そう強く思った。



