「おはよう、水谷君。昨日の夜、3人相手に頑張っちゃったもんね」――温泉旅行の翌朝、佐藤課長は何事もなかったかのように、含みのある笑顔でそう言った。あの夜、貸切露天風呂で何が起きたかは、まだ誰にも話せていない。僕はたった一人の若手社員として、女性だらけの部署に配属された。優しくしてくれる先輩たちに守られながら、ようやく馴染めてきたと思っていたのに、あの温泉旅行がすべてを変えてしまった。そして今…

「おはよう、水谷君。昨日の夜、3人相手に頑張っちゃったもんね」――温泉旅行の翌朝、佐藤課長は何事もなかったかのように、含みのある笑顔でそう言った。あの夜、貸切露天風呂で何が起きたかは、まだ誰にも話せていない。僕はたった一人の若手社員として、女性だらけの部署に配属された。優しくしてくれる先輩たちに守られながら、ようやく馴染めてきたと思っていたのに、あの温泉旅行がすべてを変えてしまった。そして今...

「あの、主任……ここは……」

僕は恐る恐る問いかけた。目の前には「貸切露天風呂」と書かれた暖簾。中からは女性たちの楽しげな声が漏れている。

山田主任は不思議そうな顔でこちらを振り返る。

「あら、どうしたの?貸切露天風呂よ。もしかして、混浴初めて?」

そう言って、にやりと笑う。その視線が、僕の動揺をさらに煽った。

ここまで来て入らないという勇気もなく、僕は覚悟を決めて服を脱いだ。

「気持ちいいでしょ、水谷君?」

僕は水谷健太。大学卒業後、都内の大手企業に就職し、総務部で2年半働いた。そして25歳で、営業企画部へと配属された。やっと自分の力を試せるフィールドに立てたと、嬉しくてたまらなかった。

とはいえ、ここは業界を牽引する大手化粧品メーカーの営業企画部。フロアを見渡せば、女性社員ばかり。彼女たちの放つ華やかさとテキパキとした動きに、圧倒されるばかりだった。デスクに座る社員のほぼ全員が30代後半から40代の女性。男性といえば、定年直前の部長と僕の二人きり。若手男性社員は、完全に僕ひとりという異様な環境だ。配属されたばかりの僕は、まさに泥沼に足を踏み入れた気分だった。

「ねえ、水谷君、この企画書の資料、Aさんで両面コピーお願いできる?」

優しい声で先輩社員に頼まれたまではよかった。だが、最新の複合機はまるで僕の存在を拒むかのように、複雑なディスプレイとボタンが並んでいる。設定画面と睨めっこすること数分。何をどういじっても資料は斜めに排出されたり、片面だけ真っ白だったり。結局、真っ青な顔の僕を見かねた先輩が、呆れ顔でさっと設定を変えてくれた。

「来週のメーカー向け新商品説明会、会議室Bを抑えといてくれる?」

うちの部では百貨店や小売店、時には海外のバイヤー向けに新商品の説明会を頻繁に開催する。重要な仕事だということは理解している。しかし、会議室予約の社内システムが、これまた独特のルールと専門用語で構成されていた。クリックするたびに現れるポップアップとエラーメッセージに、思考は完全に停止した。何度やり直しても予約が確定せず、汗が背中を伝う。

極めつけは売上データの集計と分析だ。前任者から引き継いだ表計算ソフトは複雑な関数とマクロが組み込まれていて、まるで暗号のようだった。自分の不甲斐なさに苛立ちながらも、周りの女性社員たちが流れるように業務をこなしているのを見ると、自信喪失ばかりが募っていく。果たして僕は、ここで戦力になれる日が来るのだろうか。

ある夕暮れ時、またミスをして落ち込んでいた時だった。声をかけてきたのは、高橋まいさんという先輩社員だった。

「水谷君、ちょっといい?さっきの資料、目を通しておいたわ。ここ、少しだけミスがあったから直しといたから。」

「あ、すみません。手数をかけてしまって。」

「必要ないって。入ったばかりなんて、誰だってそんなもんよ。私も新人時代は毎日のように怒鳴られてたし、自分にできることなんてないんじゃないかって落ち込んだわ。」

その言葉がどれほど心に染みたことか。派手な髪色とメイクで最初は近寄りがたい印象だった高橋さんだが、実は誰よりも後輩を気にかけてくれる人だった。

数ヶ月が経過し、仕事にも慣れ始めた頃、僕の部署内での立ち位置が明確になってきた。それは、部のマスコット的存在という役回り。

「水谷君、これを30分コピーしてくれるかしら?」

「はい、今すぐやります。」

振り返ると、佐藤課長の優しい笑顔があった。42歳で2人の子供を育てるシングルマザーの彼女は、まさにワーキングマザーの理想系のような人だ。柔らかな語り口と母性的な包容力があり、彼女に頼まれたら何も断れない。

コピー機で黙々と作業していると、背後から別の声が響いた。

「水谷君、悪いんだけど、コーヒー入れてくれないかしら?」

「わかりました。」

山田里主任は39歳の未婚女性。その豪快で世話好きな性格は部署の雰囲気を明るくしている。出来上がったコーヒーを運んでいくと、山田主任がにっと笑った。

「ありがとう。本当、水谷君って素直で助かるわ。何でもやってくれるもんね。」

「いえ、これも仕事のうちですから。」

「その素直さが可愛いのよ。水谷君って、本当に私たちの癒しね。」

「確かに。若い男性が一人いるだけで、職場の空気が変わるものね。」

今のご時世、旗から見ればこういう発言もセクハラのように思われるかもしれないが、僕自身は嫌な気はしなかった。完全にいじられキャラとして認知されているわけだが、女性ばかりの環境で過ごす日々は、不思議な温かみがあった。

昼休み、僕は女性陣の集まる和やかな輪の隅でコンビニ弁当を食べていた。

「ねえねえ、山の奥に貸切りできる温泉宿があるって聞いたんだけど、誰か知ってる?」

「貸切りいいわね。露天風呂もあって、料理も豪華らしいの。友人が先月行って絶賛してたわ。」

「素敵。露天風呂に豪華料理なんて最高じゃない?」

女性陣の目がキラキラと輝く。その輪の中で、僕ははっと息を飲んだ。まさか、俺もなんて言わないよな。どう見ても女子会の流れだし、僕が入る余地なんてないはず。そう思って油断していたのだが、突然、視線が一斉にこちらへ向いた。

「ねえ、水谷君も当然来るわよね?」

「俺もですか?」

思わず聞き返すと、佐藤課長が穏やかに微笑んだ。

「もちろん行くわよね。若い子が一人いるだけで、ぱーっと明るくなるってもんよ。」

「そうそう。水谷君は荷物持ち兼ムードメーカーとして、一緒に来てほしいわ。」

「いやいや。」

苦笑いする僕に、高橋さんがにやりと笑いかける。

「お休みの日は彼女とデートかしら?もしそうなら、邪魔しちゃ悪いわね。」

「え、水谷君、彼女いるの?」

「いや、いないっすけど。」

「じゃあ決まりね。水谷君、参加決定。」

「じゃあスケジュール調整しましょう。私は休みの日ならいつでもオッケーよ。」

「せっかくだから、泊まりで行きたいわね。」

次々と話が進んでいく。僕はただ苦笑いで眺めるしかなかった。美魔女集団の旅行に、男一人だなんて。温泉、露天風呂、貸切り。想像するだけで頭が混乱してくる。

数週間後の旅行当日。言われた通り駅前に集合したのはいいが、かなり緊張していた。

「おはよう、水谷君。昨日はよく眠れた?」

「え?ああ、はい。なんとか。」

嘘だった。男一人で参加する温泉旅行に妄想が膨らみすぎて、眠りに着いたのは明け方。完全に寝不足状態でここに立っていた。

「あら、なんだか緊張してる?」

「おはよう。楽しみましょうね。」

次々と声をかけてくる女性陣。いつものスーツ姿ではなく、カジュアルな私服姿だ。華やかで落ち着いた大人の女性ばかり。風に長い髪を揺らしながら談笑する姿に思わず見とれるが、この中で俺は完全に浮いてるよな。今更ながらに思いながら、バスに乗り込んだ。

動き出すと同時に、早速おしゃべりが始まる。山田主任の冗談に佐藤課長がツッコミを入れ、高橋さんが穏やかに笑う。賑やかな空気が意外に心地よく、僕は少しずつリラックスしていった。

「ねえ、水谷君って、旅行とかよく行くの?」

「ああ、学生の頃は友達と海に行ったりしてましたね。最近は忙しくて全然ですけど。」

「へえ、海か。青春って感じでいいわね。温泉旅行はまさか初めてじゃないわよね?」

「いや、実は言ったことなくて。温泉に浸かるっていう行為自体、あんまり魅力を感じたことがないっていうか。」

「え、何それ?どういう思考?信じられない。気持ちいいわよ、温泉。」

女性陣が揃って笑った。

「ってことで、水谷君の温泉初体験、みんなで見届けましょう。楽しみね。」

一体どういう展開なんだ?戸惑う僕をよそに、バスはぐんぐんと走り、高速道路を抜け、温泉に向かう山道に入っていく。窓の外には深い緑と清流。都会にはない静寂さに、心が少しだけ軽くなる。

「ねえ、水谷君、本当に恋人いないの?」

隣に座った高橋さんが、僕の顔を覗き込んだ。

「いないですって。なんか言わせるんすか?」

「だって水谷君、よく見ると綺麗な顔してるし。モテるのかなって気になって。」

冗談めかした表情は、オフィスでの姿とは少し違う。いつもより薄めの化粧と、緩い私服のせいか、その表情もどこか柔らかい。不覚にもどきっとしてしまった。

「持てないっすよ。それに、よく見るとって何ですか?確かにたまに言われますけど、雰囲気イケメンって。」

「雰囲気イケメン?確かにそうかも。」

前の席に座る山田主任が振り返り、僕の顔を凝視する。

「そ、そんなに見ないでくださいよ。照れますって。」

熱くなった頬を手で隠すように覆った。

「水谷君、若いから体力あるわよね。荷物運び、頼んだからね。」

「了解っす。」

そう、僕は荷物運びのためにここにいるんだ。それ以上でもそれ以下でもない。そう自分に言い聞かせながら窓の外を眺める。山肌の緑が次第に深まり、まるで森の奥へ誘われるようにバスが進む。やがて、小さな町の中に佇む大きな旅館の門構えが見えてきた。

「わあ、素敵な趣だね。楽しみだわ。」

女性陣が一斉に歓声を上げた。伝統的な日本家屋の落ち着いた外観。入口付近には「プライベート露天風呂」という看板が堂々と飾られていた。それを目にしただけで、僕の胸は激しく高鳴る。この場所で、この人たちと夜を過ごすのか。荷物を運びながら、僕は動揺を沈めようと勤めた。しかし、この旅が単なる平穏な社員旅行では済まないことを、当時の僕は予想だにしていなかった。

各自部屋に荷物を置き、少しだけ休憩した後、夕飯の時間となった。テーブルの上に生前と並べられた豪華な料理に、思わず息を飲む。新鮮な刺身、カラっと上がった天ぷら、和牛の陶板焼き、彩りの小鉢料理。テーブルを埋め尽くすのは、普段は口にすることのない贅沢な料理ばかりだった。

「水谷君、こっち座って。」

腕を引っ張られ、早速浴衣に着替えていた女性陣の輪に引き込まれる。オフィスとは全くの別世界。まさに遊郭へ来たような感覚だ。年上女性の落ち着いた色気と、華やかな浴衣姿。目のやり場に困るとはこのことだ。

佐藤課長が乾杯の音頭をとり、全員がグラスを持ち上げる。

「乾杯。」

グラスが触れ合う音と共に、宴の幕が開けた。普段あまり酒は飲まないのだが、進められるままに日本酒を口にする。気づけば会話も弾み、頬がほんのり赤らんでいた。

「水谷君、ほら、これ美味しいよ。」

「あ、どうも。」

横から高橋さんが僕の皿に天ぷらを取り分けてくれる。反対側からは山田主任が徳利を傾ける。

「ほら、お猪口が空いてるわよ。注いであげる。」

「いや、もうだいぶ飲んじゃってるんで。」

「私の酒が飲めないっていうの?」

「そんなことないっすけど。」

「冗談よ。そもそも水谷君は訴えたりしないわよね。」

そんな会話と共に、僕の皿とグラスは次々と満たされていく。

「はあ。幸せとはこのことよね。極楽だわ。」

佐藤課長がつぶやく。

「日々の疲れも吹き飛んじゃうわよね。水谷君もそう思うでしょ。」

「ええ、まあそうっすね。」

うわの空でそう答えると、女性陣が一斉に微笑んだ。

「それで、水谷君ってどんな女性がタイプなの?」

ぐっと顔を近づけ、潤んだ瞳で上目遣いに見つめてくる主任に、はっとする。

「い、いやいや、話の流れ的におかしいでしょ。なんすか、急に?」

「それ、気になるわよね。」

「なる、なる。じゃあさあ、この3人の中なら誰が一番タイプ?」

女性陣は視線を交わし、くすくす笑う。

「そんなこと言えるわけないじゃないすか。やめてくださいよ。」

「いいじゃない。今日は部内なんでもあり。」

だいぶお酒が入っているのか、赤い顔で声を上げる山田主任に、一斉に向けられる視線。頬が熱くなり、心臓が激しく打つ。僕は俯きながら、なんとか言葉を絞り出した。

「まあ、タイプって言ったら、例えば……優しくて、でも少し俺をリードしてくれるような、しっかりした人、って感じすかね。」

「それって私?」

「いや、私のことでしょ。」

女性陣は手を叩いて爆笑している。完全にオフモード全開だ。会社で見る彼女たちとのあまりのギャップに、何かが起こるような、そんな予感が胸の奥で芽生えていた。

夕飯を終え、宴の余韻が残る中、僕たちは貸切りの露天風呂へ移動した。

「水谷君も来るよね。」

「え、はい。」

この時点で、僕は完全に勘違いしていた。当然、男湯と女湯に分かれていると思ってた。どこにも混浴なんて書いてなかったし。

「もうみんな入ってるみたいよ。私たちも行きましょう。」

山田主任の声に従い脱場へ向かうと、暖簾は一つだけ。その向こうから女性たちの楽しそうな声が聞こえてくる。まさかとは思ったが、一瞬で背筋に冷たいものが走った。

「あの、主任、ここは……」

問いかける僕に、主任は不思議そうな顔で言った。

「あら、どうしたの?貸切露天風呂よ。もしかして、混浴初めて?」

そう言って、にやりと笑う。その視線が、僕の動揺をさらに煽る。ここまで来て入らないという勇気もなく、僕は覚悟を決めて服を脱いだ。湯を着ていても、湯舟に足を踏み入れると全身が緊張する。湯気で霞む視界の先に、女性陣が無防備に湯に使っているのが見えた。

「ああ、来た、来た。遅いよ、水谷君。こっちおいでよ。冷たい風が気持ちいいよ。」

湯に浸かりながら手招きする女性陣。もうどうにでもなれ精神で、僕は彼女たちに近づいた。こぢんまりとした小さな露天風呂。湯気に隠れて、肌と肌が自然と触れ合う。普段は味わえないぬくもりと距離感。僕は理性と恥ずかしさの狭間で揺れていた。女性陣の笑顔と熱気に包まれていると、知らず知らず心が高ぶり、その反応は抑えようがなかった。

「気持ちいいでしょ、水谷君と耳元でささやかれ、背中に手が触れられる。登ったと手と手が自然と重なる。ここにいる全員と、まるで心も体も通じ合うような時間だった。

「今日は部内なんでもあり、よね。」

「そうよね。」

その一言を皮切りに、女性陣に取り囲まれた僕。あちこちから手が伸びてきて、僕の体を撫で回し始めた。

「ちょ、ちょっと、あ……」

それからの記憶は、あまりない。気づけば、守るべき一線を超え、あろうことか僕は女性陣全員と繋がっていた。

その後、風呂の外に満足げに体を横たえ、夜風に当たる女性陣。

「水谷君、見かけによらずすごいのね。」

「本当、びっくりしちゃった。まさかあんなに大きいなんて。」

「もう言葉も出ないわ。夢のようだった。」

僕は女性陣のつぶやきを聞きながら、余韻に浸っていた。同時に、次第に冷静になり、不安が押し寄せる。どうしよう。こんなことになるなんて。想定外すぎるよ。明日の朝、どんな顔で会えばいいんだ?いや、来週からは職場で会うんだぞ。それこそ、合わせる顔がないよ。

そう思っていたのだが、次の朝、女性陣はいつもと変わらない様子で声をかけてきた。

「おはよう、水谷君。」

すでに朝食のため食事処に集まっていた女性陣の視線が、一斉に僕に向く。

「ほら、食べましょう。食欲はある?」

大盛のご飯をよそい、僕の前に差し出す高橋さん。

「いや、あんまり……」

昨日の夜があまりに衝撃的で、食欲なんて湧くわけがない。

「若いのにそんなこと言ってちゃだめでしょ。たくさん食べなきゃ。」

隣に座った佐藤課長が、僕の背中をぽんと叩く。

「まあ、しょうがないか。昨日の夜、3人相手に頑張っちゃったもんね。」

含みのある笑顔を浮かべ、僕を見た。

「き、昨日の夜……」

フラッシュバックする昨夜のあれやこれやに、僕は思わず顔を覆った。

「やだ、照れてる。可愛い。」

俯く僕の頭をぽんぽんと撫でる高橋さん。恥ずかしさで、穴があったら入りたい気分だ。だけど、案外あっさりしている女性陣の態度に、僕は少し希望が持てた。きっと来週から職場であっても、何もなかったかのように接してくれるはず。そんな淡い期待を抱いていたのだが。

温泉旅行から帰り、休み明け初出社の日。

「水谷君、今日私とランチ行かない?」

出社早々に甘い声でランチに誘われ、戸惑っていると。

「休憩時間にと思って、お菓子持ってきたの。水谷君、一緒に食べない?」

「水谷君、駅前のフレンチ、今晩どうかな?」

女性陣が口々に僕を誘ってくる。ありえない展開と、今まで感じたことのない異様な雰囲気に、僕はただ立ち尽くしていた。すると。

「あ、あと、コピー機の調子が悪いのよね。水谷君、ちょっと見てくれない?」

そう言って、高橋さんがコピー機の前で手招きしている。

「ああ、紙詰まりですね。すぐ治しますよ。」

動揺しながらも、今するべきことに集中していると。

「私、水谷君のことを好きになっちゃったかも。」

「え?」

驚いて顔を上げる僕に、にっこりと微笑む高橋さん。

「ちょっと高橋さん、抜け駆けはだめよ。私だって水谷君のこと好きなんだから。」

そう言いながら駆け寄り、僕と高橋さんの間に入り込む山田主任。

「まあ、そうなるわよね。あんな夜を過ごしたんだから、好きになるなって方が無理な話よ。実は私も、水谷君のことを男として意識しちゃってるの。」

うんうんと深く頷き合う3人を、呆然と眺めるしかできない。

「あ、ありがとうございます。ちょっと俺、これから会議の予定があって、失礼します。」

逃げるようにフロアを飛び出し、屋上へ向かった。一体どうなってんだよ。なんでこんなことに?ドラマのような熱い展開に、信じられない気持ちでいっぱいだった。フェンスにもたれながら風に吹かれ、しばらくぼんやりしていると、不意に背後から声をかけられた。

「やっぱり、ここにいた。」

振り向くと、缶コーヒーを2つ持った高橋さんが立っている。

「会議の予定なんてなかったはず、と思って探してたの。」

「すみません。」

嘘をついて出てきたことを謝った。

「うん、わかってる。あの状況じゃそうなるわよ。ごめんね。」

そう言って申し訳なさそうにぺこりと頭を下げ、温かい缶コーヒーを渡してくれた。

「俺、よくわかんなくて。高橋さんはどうして、俺のことなんか好きって言ってくれるんですか?」

混乱して単刀直入すぎる質問をぶつけてしまった僕に、高橋さんは一瞬驚いたようだが、ふっと息を吐き微笑んだ。

「正直に言っていい?私ね、水谷君の体に惚れたの。」

僕は思わず、飲んでいたコーヒーを吹き出した。

「ごめん、冗談よ。実はね、私ずっと水谷君のことを気になってたのよ。」

「ずっとですか?」

「ええ。女性だらけのこの部署に放り込まれて、きっと戸惑ったでしょうに、全く弱音を吐かずに努力して。分からないことも投げ出さずに、最後まで取り組んでたよね。そんな姿を見てたら、自然と応援したくなったの。」

その言葉で、僕は異動当初のことを思い出す。確かに、女性だらけのこの部署に配属されて、戸惑いの連続だった。何度もミスして叱られて、それでも頑張り続けたけど、本当にこの環境に馴染めるのかって、ずっと不安だった。

高橋さんは派手な見た目で一見近寄りがたいけど、実は誰よりも僕のことを見守ってくれていた人だった。そして改めて考えた。俺って、誰が好きなんだろうと。異動して以来、いつも優しい声をかけてくれ、僕をフォローしてくれた人。控えめだけど、やる時はやるパワーのある人。見た目は派手だけど、現実的で真面目なところもある人。いつも僕の心の支えとなってくれた人。それは、高橋さんだった。僕はいつから、高橋さんのことが好きだったんだろう。もう、流されるだけの生き方はやめたい。僕は自分の気持ちに正直になる。

数日後、僕は決心して、まず山田主任と佐藤課長に自分の思いを伝えた。

「俺、ようやく自分の本心に気づきました。」

2人は黙って僕を見つめていた。

「俺、高橋さんのことが……」

そう言いかけた時、山田主任が口を開いた。

「いいのよ。そうやって、私たちに正直に話そうと思ってくれて、嬉しい。」

佐藤課長も笑顔で頷いた。

「うん。最初から分かってたわよね。私たちのことなんて、眼中にないって。あなたが幸せなら、それで十分よ。」

「ごめんね。惑わせて。」

「誠実に向き合ってくれて、ありがとう。」

2人とも、自然に受け入れてくれた。

「あの一夜の思い出だけで十分。本当に身も心も満たされた、素敵な思い出よ。私も後にも先にも、あんなに乱れた夜は初めてだった。ありがとうね。」

2人はそう言って、僕の手をぎゅっと握った。

「俺の方こそ。」

僕はそう絞り出し、頭を下げた。そして、これでちゃんと高橋さんと向き合える。そのことに、胸が熱くなった。

その日の仕事終わり、帰ろうと廊下を歩いていた高橋さんを、思い切って呼び止める。

「高橋さん、少し話せますか?」

「ん?何?」

暗い廊下の隅で、深呼吸して言葉を紡ぎ出す。

「高橋さん、俺、あなたのことが好きです。」

高橋さんは言葉なく、目を見開いた。

「俺がここまで頑張り続けられたのは、影からずっと支えてくれた高橋さんがいたからです。鈍感ですみません。俺、やっと気づいたんです。」

高橋さんは黙って、僕を見つめている。

「だから、あの、俺と付き合ってもらえませんか?」

高橋さんは少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。

「もちろん、嬉しい。私でよければ、お願いします。」

その瞬間、僕は高橋さんをぎゅっと抱きしめた。高橋さんの温かいぬくもりに、僕は心底ほっとした。これから俺たちの関係は、新たな段階に進むんだと改めて実感する、幸せな瞬間。

「一緒に帰ろう。」

「もちろん。」

僕は高橋さんの手を握ったまま、階段を下り、外に出た。夕日に伸びる2人の影を見て、僕たちの温かい未来を感じた。

こうして恋人同士となった僕たちだったが、職場では極力ただの先輩後輩として振る舞っているつもりだったのだが、山田主任がいたずらっぽく言う。

「水谷君、やけに幸せそうね。高橋さんのおかげかしら。」

佐藤課長も穏やかに続く。

「見ていて微笑ましいわ。もう、無理に隠さなくていいんじゃない?滲み出ちゃってるわよ。高橋さんのこと、愛してるって。」

「え、やだな。からかわないでくださいよ。」

「例のメンバーも少なからず納得してる人間もいるけどね。ここに2人。」

山田主任と佐藤課長が目を合わせ、頬を膨らませた。

「すみません。」

「嘘、冗談。幸せそうで嬉しいわ。末長くお幸せにね。結婚式には呼んでよ。スピーチなら任せてね。」

山田主任はウインクしながら、いたずらっぽくぺろっと下を出した。見守る周りの視線も温かく、僕たちは心から幸せを感じていた。

仕事帰り、少し寄り道してカフェに立ち寄る。

「水谷君、こうして2人で過ごす時間が、本当に幸せよ。」

「俺もです。高橋さん、あなたといると、毎日がもっと楽しくなる気がする。」

夕日の中、2人の影が伸びて重なる。手をつなぎ合う感触に、未来への温かい希望が満ちていた。

予想外の展開となった温泉旅行のあの夜。今では笑って話せるようになり、2人の絆を深める大切な思い出の1つとなっていた。そもそも、あの旅行がなければ、今のこの幸せはなかった気がしている。山田主任や佐藤課長からのアピールも、全ては僕が自分の心に気づくための試練だったのかもしれない。

結婚式当日、山田主任のスピーチであの日の夜のことを暴露されないかヒヤヒヤしたが、当然そんなことはなく、式は滞りなく終了。僕たちは無事、夫婦となった。

あの夜のことを思うと、今でも胸の奥が熱くなる。まるで幻のように甘く、それでいて確かに、現実だった。きっとこれからも、僕たちは誰かの優しさに支えられながら生きていく。感謝を忘れず、2人で幸せを育てていこう。

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