同窓会で、かつて誰もが振り返るほど綺麗だった高野さんの噂話が聞こえてきた。「劣化しすぎでしょ」「あんなに綺麗だったのに」。女子たちの笑い声が響く中、ボサボサの髪で毛玉のついたセーターを着た彼女は、俯いたまま黙ってジュースを飲んでいた。失恋で自暴自棄になっていた俺は、彼女の姿に自分自身を重ねていたんだ。そして、思わず彼女を守るように怒鳴った。すると彼女は涙目で「ありがとう」と微笑んだ……その日…

同窓会で、かつて誰もが振り返るほど綺麗だった高野さんの噂話が聞こえてきた。「劣化しすぎでしょ」「あんなに綺麗だったのに」。女子たちの笑い声が響く中、ボサボサの髪で毛玉のついたセーターを着た彼女は、俯いたまま黙ってジュースを飲んでいた。失恋で自暴自棄になっていた俺は、彼女の姿に自分自身を重ねていたんだ。そして、思わず彼女を守るように怒鳴った。すると彼女は涙目で「ありがとう」と微笑んだ……その日...

「いや、劣化しすぎでしょ。ありえないよ。あんなに綺麗だったのに。」
「見てよ、胸の名札。間違いないって。あの人、みずほだよ。」
高野みずほ。その名前を聞いて、俺は思わず振り返った。

俺は水原高尾。二十九歳の平凡なサラリーマンだ。つい最近、六年間付き合った彼女に振られた。何の問題もなく楽しく過ごしてきたと思っていたのに、結婚を考え始めた矢先のことだった。

結婚にあたって、男として不安だったのは経済力だった。一生懸命働いて成果を出し、少しでも給料を上げたかった。彼女のために頑張って、将来を安心させてあげたかった。だから残業も休日出勤も必死にやってきた。

だけど、彼女はそれが寂しかったと言う。
「私より仕事が大切なんでしょう。自分のことばっかりで、私のことなんてどうでもいいのよね。結婚しても寂しい思いをするのは目に見えてるわ。もうあなたとの未来は考えられない」
そう一方的に別れを告げられた。

俺はもちろん引き止めた。限られた休日を潰してまで働いていたのは、彼女との幸せな結婚のためなんだと何度も言った。しかし、彼女の心はすでに俺から離れてしまっていた。寂しい思いをさせていたことに気づいていなかったわけじゃない。でも、彼女は理解してくれていると思っていた。そんなことで俺たちの絆が壊れるはずがないと。それは、俺の一方的な勘違いだったらしい。

別れを告げられた日はクリスマスイブだった。俺はプロポーズしようと、鞄に指輪を忍ばせていた。帰り道、俺は泣きながらその指輪を駅のゴミ箱に投げ入れた。

彼女に振られてから、俺は抜け殻のようになっていた。仕事に集中できないし、何を食べても味がしない。好きだったお笑い番組を見ても、全く笑えなかった。休日はぼんやりしたまま一日が終わっていく。

同窓会の案内が届いたのは、そんな時だった。高校を卒業してもう十年も経つのか。当たり前に顔を合わせて遊んでいたクラスメートも、卒業すれば会うこともない。みんな元気にやってるのかなと、懐かしさに浸った。絶望のどん底にいた世界が、少し色づいた気がした。
「行ってみるか」
俺は出席の欄に大きく丸をつけた。

同窓会が開かれたのは、地元の大きなホテルだった。正月休みで実家に帰省していた俺は、スーツを全部一人暮らしのアパートに置いたままだった。慌てて父親のスーツを借りたが、なんとなく昭和の香りがする古臭いものしかない。しかも体型に合わない。幅が妙に広い、ちょっと大きめのスーツはひどく格好悪かったが、仕方がなかった。

ホテルの入り口で声をかけてくれたのは、サッカー部で一緒だった太田だった。
「おお、久しぶりじゃん、水原。こっちこっち。なんだよ、そのスーツ。似合ってねえぞ。おっさんみたいだな」
高校時代と同じように、いきなり悪態をついてくる太田。
「親父のなんだよ。スーツ持って帰るの忘れちゃってさ」
「バカだな。相変わらず」
二人で言い合っていると、なんだかあの頃に戻ったみたいだ。落ち込んでいたけど、やっぱり来てよかった。太田の笑顔を見ながらそう思った。

会場に入ると、懐かしい顔ぶれが次々に声をかけてくれた。お互いの近況を言い合い、盛り上がった。その中で太田が嬉しそうに言う。
「俺、来月結婚するんだ。金ないから、披露宴とかはなしで身内で小さな式をあげるだけだけどな」
満面の笑顔で「金がないから」と言う太田。俺もそう言えていたら、何か違っていたのかもしれない。経済力にこだわりすぎて、目の前の彼女の幸せを考えてあげられなかった。太田が無性に羨ましかった。
「水原は彼女いないの? 結婚は?」
悪気がないのは分かっているが、今の俺にはその質問が辛すぎた。
「いや、結婚も彼女もいないよ」
そう答えるのが精一杯だった。

俺たちがワイワイと話している後ろで、女子たちがこそこそと何か言い合っているのが聞こえてきた。
「いやいや、劣化しすぎでしょ。ありえないよ。あんなに綺麗だったのに」
「見てよ、胸の名札。間違いないって。あの人、みずほだよ。高野みずほ」
俺はその名前に思わず振り向いた。女子たちが見ている方向に目をやると、目が窪んだちょっと小太りなボサボサ頭の女性が一人、俯きながらオレンジジュースを飲んでいた。しかも、みんなお洒落をしている中、その女性はジーパンに毛玉のついたセーターという、ひどく冴えない格好をしている。
「マジで? あれがみずほちゃん? 信じられない。なんかショックなんだけど。人生のピークが高校生だったのね」
「めっちゃ可愛かったのにね、みずほちゃん。十年も経つとそりゃ変わるか。にしても変わりすぎでしょう。っていうか、髪の毛くらい綺麗にしてくればいいのに。しかも何? あの服、ヤバくない?」
女子たちは言いたい放題だった。この距離だ、きっと彼女にも聞こえているはずだ。気まずそうにただひたすらジュースを飲んでいる。

せっかくの晴れやかな場で楽しく話しているのに、なんだか悲しくなってしまった。俺は女子たちの横を通り過ぎ、一人俯いたままの高野さんに話しかけた。
「高野さん、久しぶり。俺、水原。わかる?」
話しかけられたことに驚いたのか、高野さんは困った表情で振り向いた。
「水原君……」
完全に分かっていないであろう顔で、じっと俺を見つめてくる。
「覚えてないよね。一年の時、同じクラスだっただけだし」
「えっと……あ、覚えてるよ。カーブだったよね」
「そうそう。嬉しいな。思い出してくれた」
俺たちが話している間も、女子たちの声は止まない。
「やっぱり、みずほちゃんの顔、化粧もしてないし」
「十年って残酷だね。あんなに人を変えちゃうなんてさ」

「おい、やめろよ!」
俺はたまらず、女子たちに向かって怒鳴った。
「せっかくの同窓会なのに、なんだよお前ら。悪口ばっか言ってんじゃねえよ。くだらねえな」
眉間に皺を寄せて睨みつけてくる女子たちに、正直怯んでしまった。高校時代の俺だったら、女子には絶対に歯向かわなかっただろう。集団で来るから怖いんだよな、女子って。でも、今はいい大人だ。俺はぐっと歯を食いしばり、もう一度言った。
「もうやめろよ。聞こえてるって分かって言ってんだろ。高野さんの気持ちも考えろよ」

俺の大声に、会場が静まり返った。女子たちは俺の言葉に悔しそうにしながら、バツが悪そうにどこかへ行ってしまった。太田たちもこの場の雰囲気に気まずくなったのか、そそくさと俺から離れていってしまう。
「ごめんね、水原君。でも……ありがとう」
高野さんは悲しそうに笑い、俺を見上げた。
「いや、ただ単に気分が悪かったからさ。別にお礼を言われるようなことはしてないよ。逆にごめんね。なんか変な雰囲気になっちゃった」
「うん……嬉しかった。でも、私もう帰るね」
高野さんはそう言うと、手に持っていたグラスを置き、席を立った。
「え、待って待ってよ。じゃあ、俺も帰るよ。なんか気まずいしさ」

こうして俺たちは、なぜか二人並んで電車に揺られていた。高野さんの実家はここから電車で四十分ほどらしい。
「本当にごめんね。私のせいで、せっかくの同窓会なのに」
高野さんは責任を感じているのか、申し訳なさそうに頭を下げた。
「全然。俺もほら、こんな変な格好してきちゃったし。内心早く帰りたかったんだよね。ちょっと太田たちの顔を見れただけで十分だよ」
俺は薄いグレーのダブルジャケットを脱ぎながら、高野さんに笑いかけた。高野さんは安心したように微笑んだ。
「私ね、ちょっと最近色々あって、落ち込んでたの」
そう言ってため息を漏らした。

電車に揺られながら、高野さんは俺に話してくれた。結婚を考えていた相手に浮気されたこと。しかも本命は自分じゃなく、もう一人の彼女だと言われて振られたこと。
「五年も付き合ってたのにね。気づけなかった私もバカよね」
高野さんの目には、うっすら涙が滲んでいた。俺はもう、この時点で胸がいっぱいになっていた。俺も六年付き合った彼女に振られたばかり。自分が悪かったとはいえ、愛する人を失った悲しみや苦しみは痛いほど分かる。高野さんのように裏切られた末の別れなら、なおさらだ。
「もう自暴自棄になっちゃってね。彼とは職場も同じだったから、仕事に行く気にもなれなくて……結局、仕事もやめちゃったの。自分のこともどうでも良くなって、化粧も、髪をとかすことさえできなくなってた」
信じた人も、仕事も失ってしまったなんて。高野さんの気持ちを考えると、胸がえぐられるようだった。同窓会にも行ける心境じゃなかったが、親友に誘われたこともあり、気分転換になるかもと思い直して出席したらしい。
「でも、そういえば高野さんといつも一緒にいた親友の高田さんも佐野さんも、今日は来てないみたいだね」
「うん。高田さんは小学生の娘さんが急に熱を出したって言って急遽欠席。佐野さんは出席するって言ってたんだけど、今ハワイに新婚旅行中でね。……で、代わりに行って写真撮ってきてよ、なんて言われて。気が進まなかったんだけど、二人に話をするためにも行かなきゃって思ったの」
親友がいないと心細かっただろうに。
「でも、後悔してる。参加すると決めたものの、何にもやる気が出なくて。寝起きの髪のまま、適当な格好で来ちゃったこと。みんな綺麗にしてきてるのに、見苦しいよね。自分が恥ずかしいわ」
「そんなことないよ。高野さんは高校の時と変わらない、綺麗な目をしてる。可愛いよ」
思わずそんな甘い言葉を口にしてしまい、はっと我に返った。実は俺、高校時代から高野さんの大きな澄んだ瞳に惚れていたのだ。完全に高値の花という感じだったし、意識しまくってしまった俺は、他の女子とは話せても、高野さんとだけはうまく言葉が出なかった。
「水原君」
潤んだ目で見つめられ、急に心臓がバクバクしてきた。
「ああ、えっと、なんていうか……あ、そうだ。連絡先。せっかくこうやって話せたんだし、連絡先交換しようよ」
挙動不審に紛れて、高野さんの連絡先を手に入れることに成功した。というか、あまりにテンパりすぎて、勝手に口が動いていた。
「うん、そうだね。話を聞いてくれてありがとう。また話せたら嬉しいな」
高野さんは少し頬を緩めながら、スマホを取り出した。連絡先を交換してすぐ、電車は高野さんの最寄り駅に到着した。照れながら手を振り、高野さんは帰って行った。

俺は帰ってすぐ、高野さんにメッセージを送った。「今日はお疲れ様。会えて良かったです」。短い文章だったが、それに尽きる。すぐに既読がつき、返信が来た。「今日は本当にありがとう。正直、無理して同窓会なんて行くんじゃなかったって後悔してたんだけど、今は違う。行ってよかったよ。こうやって水原君と再会できたし、話を聞いてくれて嬉しかった。ちょっと気が晴れたよ」。最後には、にっこりと笑った絵文字がついていた。俺はほっとした。

でも、俺も正直、高野さんの変化に驚いていた一人だった。あんなに綺麗で艶やかだった高野さんが、髪もボサボサで化粧もなく、ぼんやりとした表情で座っているのを見た時は、にわかには信じられなかった。たった十年で、人ってこんなに変わるものなのかと驚いた。俺も人から見れば、老けたとか腹が出たとか驚かれてるんだろうけど。でも、高野さんがそうなってしまった理由を知った今、俺は高野さんを守りたい気持ちでいっぱいになっていた。

連絡先を交換した俺たちは、その後、日に何度もメッセージのやり取りをするようになった。時には電話で仕事の愚痴なんかを聞いてもらうこともあった。一ヶ月ほど経った頃、思い切って映画に誘ってみたら、すぐにOKしてくれた時は本当に嬉しかった。高野さんは未だに「テレビを見ても、何をしてても楽しいと思えない」なんて言ってたから、心配してたんだ。「わあ、行きたい!」とウキウキとした声で喜んでくれて、ほっと胸を撫で下ろした。その後は休みのたびに「今週末はどこに行く?」なんて聞かれるようになる。元気になってくれて嬉しいし、何よりも俺自身が、高野さんのおかげであの大失恋のショックから立ち直りつつあった。

その日は、二週間前から約束し、ずっと楽しみにしていた動物園デートだった。いい年して動物園だなんて、ちょっと気恥ずかしかったが、高野さん立っての希望だった。
「私、動物大好きなのよね。見てて癒されるわ」
そう言って、キリンだ、象だ、ウサギだと、はしゃいでいた。その無邪気な笑顔は、まるで子供のようだ。俺は微笑ましい気持ちで、はしゃぐ高野さんを眺めていた。それにしても、何回かこうやって二人で会ったけど、会うたびに高野さんは綺麗になっていく気がする。同窓会で再会した時は、お世辞にも綺麗だなんて言えない姿だったのに、今では……俺はもう、みずほに夢中になっていた。あの頃のように。

「高野さん。俺と付き合ってくれない?」
大きな檻の中で寝てばっかりのライオンの前で、俺はみずほに告白した。
「え?」
みずほは目を丸くして、俺の方を振り返った。その瞬間、ライオンが大きな伸びをしたかと思うと、ガオッと一声、大きく吠えた。
「きゃっ!」
その声に驚いたみずほは、檻の前から飛び退き、後ろにいた俺の胸に飛び込んできた。
「あっ、ごめん」
みずほは恥ずかしそうに俺から離れる。
「いや、俺の方こそいきなりごめん。でも、ずっと思ってたんだ。これからも高野さんの笑顔を見ていたいって。俺じゃ、ダメかな?」
「そんなこと……」
みずほは首を横に振った。
「ダメじゃないよ。ダメだったら、こうやって二人で会ったりしないよ」
そう言って、みずほはこくりと頷いた。
「でも、私、怖いの。また裏切られたら、二度と立ち直れないんじゃないかって。水原君はそんな人じゃないって分かってるんだけど……」
みずほの気持ちは痛いほど分かった。俺だって、長く付き合った彼女にある日突然振られたんだ。愛情を疑われる前に、ちゃんと話し合えばよかったんだけど、そのチャンスさえもらえなかった。ある日突然別れを告げられる怖さは、俺にもある。
「今まで話してなかったけどさ、俺も同窓会の直前に、長く付き合った彼女にいきなり振られたんだ」
「え、そうだったの?」
「うん。でも今考えたら、もしかしたら他に好きな人でもいたのかもな。もう今となってはどうでもいいけど、その時はめっちゃへこんでたんだ。もう恋なんてしないって」
「そうなんだ……俺たち、似た境遇で再会したってわけだ」
「それっていわゆる、傷の舐め合い?」
みずほは不安そうに俺を見上げた。
「違うよ。俺、実は高校の時から高野さんのことが好きだったんだよね。大人になってやっと、こうやって話せるようになれて、本当に嬉しかったんだ」
みずほはほっとしたように微笑み、俺の手を握ってきた。
「私、信じる。水原君なら信じられるよ。これからも、よろしくお願いします」
俺はみずほを力いっぱい抱きしめた。こうして俺たちは心を通わせることができ、今に至る。

愛した人に去られ、傷ついていた俺たち。同窓会での再会が、俺たちの運命を変えた。何もかもどうでも良くなり、自暴自棄になっていたというみずほだが、今は高校時代よりずっと艶やかで楽しそうだ。少しぽっちゃりとしていた体型もすらりと細くなり、明るい笑顔が飛び切り綺麗だった。新しい仕事も見つけ、張り切っている。こんなみずほに負けないように、俺も仕事に精を出し、二人の明るい未来に向けて頑張ろうと思う。もちろん、もう同じ失敗はしない。何よりもみずほを大切にし、二人でよく話し合い、何があっても乗り越える。そんな気持ちで、俺は今日もみずほと笑い合っている。

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