「先生、息子は? 息子を先に見てください」…

「先生、息子は? 息子を先に見てください」...

「鈴木先生、そろそろお時間です」

秘書の声に、俺は視線を外した。向こう側では報道陣がカメラを構えて待っている。政府関係者、医師、テレビ局。今日はこの国の医療が新しい一歩を踏み出す日らしい。

俺の名前は鈴木。五十歳になる診断医だ。どこの組織にも所属せず、ただ診断だけを専門にしてきた。原因不明、診断困難、余命宣告済み。そういう患者ばかりを二十年近く見てきた。気づけば「最後の診断医」などと呼ばれるようになっていた。

そんな俺に政府から一本の電話がかかってきたのは半年前のことだ。日本初の次世代診断センター。世界最高水準の診断システムを備えたその施設の初代責任者になってほしいと言われた。

断る理由を探したが見つからなかった。どんな道具であれ、患者を救えるなら使う。それだけのことだ。

廊下を歩いていると、一人の女性が並んできた。

「鈴木先生、挨拶原稿に目を通していただけましたか?」

副責任者の吉田涼子だ。循環器内科をアメリカで五年、ドイツで三年学び、帰国したばかりの俊英らしい。

「ああ、読ませてもらった。ただ、原稿は使わないつもりだ」

「使わない、ですか?」

「大したことは言えない。今日から患者を見る。それだけだ」

吉田は一瞬眉を寄せた。目の奥に納得のいかない色が見えた。

「先生、今日はシステムに対する発信の場でもあります。データに基づいた明確なメッセージが必要だと考えています」

「分かっている。ただ、患者はデータの向こう側にいる。今日集まった連中にそれだけは伝えたい」

吉田は口を閉じたまま、俺の半歩後ろを歩いた。考え方が違う。それは初対面の時から互いに感じていた。

会見場に足を踏み入れると、フラッシュが一斉に光った。壇上には病院長の浜田がすでに座っていた。俺を責任者に推薦したのはこの人だった。

「鈴木先生、今日はよろしく頼みます」

「委員長、頭を下げるのはこっちですよ。これだけの重責を背負わせてもらって」

「何、あなたが引き受けてくれたから、私は枕を高くして眠れる」

浜田は小さく笑った。その笑顔の奥に疲労の影が滲んでいるのを、俺は見逃さなかった。この施設を作るために、この人がどれほどの圧力と戦ってきたか。想像はつく。

会見が始まった。真山と紹介された男がシステムの概要を説明していた。診断システムの開発責任者。世界中の医療論文と症例を学習した最先端の頭脳らしい。

「このシステムは、人間が一生かけても読み切れない量の症例を瞬時に照合します。誤診率は従来の医療の約十分の一まで下がると試算されています」

会場から感嘆の声が漏れた。真山は淡々と、しかし確信を持って言葉を続けた。

「私はデータこそが最も公平な判断材料だと考えております。感情や思い込みに左右されない診断。それがこの国の医療を変えます」

拍手の音が広がった。俺は壇上でただ黙って、手元の資料を見ていた。

質疑応答の時間になり、記者が挙手した。

「鈴木先生に伺います。最新の診断システムが導入されれば、先生のような、いわゆる名医は不要になるという声もあります。ご見解をお願いします」

会場が静かになった。真山が横目でこちらを見ている。吉田も資料を持つ手を止めていた。

俺はマイクを引き寄せた。

「不要になるなら、それはそれで結構なことだと思います。医者が減って病気が減るなら、こんなにいい話はない」

小さな笑いが起きた。俺は続けた。

「ただ、二十年ほど患者を見てきて、一つだけ分かっていることがあります。人間の体は教科書通りには壊れない。データに乗らないところで痛みを抱えている人が必ずいる。私はそういう患者を、これまで何度も見てきました」

俺は静かに続けた。

「システムは道具です。優れた道具ほど、使う人間の腕が問われる。どれだけ技術が進んでも、最後に患者を救うのは人を信じる意思だと、私は思っています」

会場が一瞬静まり返った。やがて、拍手が広がっていった。

会見が終わり、控え室に戻ると吉田が追いかけてきた。

「先生、先ほどのご発言、少しよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「『データに映らない痛み』という言葉。私は賛同しかねます。それは経験に頼るあまり、客観性を失った医師の言い訳にもなりうると思います」

俺は椅子に腰を下ろし、彼女を見上げた。

「吉田先生、あなたの言うことは正しい。私も経験だけで診断するのは危険だと思っている。ただ、患者が黙って何かを隠している時、それを察するのはまだ機械には難しい。私たちはそこを見なきゃいけない」

「察する、ですか? でもそれは根拠のある医療とは言えません」

「言えないな。だが、それで救えた命が私には何人かいる」

吉田は何か言いかけて、口を閉じた。

その日の午後だった。センターの一階診断室に俺と吉田がいたところに内線が鳴った。

「鈴木先生、救急搬送のお知らせです。首都高で多重事故。二名こちらへ搬送されます」

「分かった。何分だ?」

「到着までおよそ十二分です」

俺は白衣の袖をまくり直した。吉田も立ち上がり、システムの端末に向かっていた。真山が開発チームの部屋から顔を出した。

「初日から本番ですか。ちょうどいい。実運用データが取れます」

「真山さん、よろしく頼む」

「ええ、全力で解析します」

救急搬入口に立つと、遠くからサイレンの音が近づいてきた。救急車の扉が開き、二台のストレッチャーが下ろされた。一台目には四十代後半とおぼしき男が横たわっていた。額にすり傷があるが、意識はしっかりしている。自分の足を曲げて、無理に体を起こそうとしていた。

「先生、息子は? 息子はどこですか? あの子を先に見てやってください」

その声は掠れていた。右手で自分の腹の辺りを押さえているが、それを俺に見せまいとしているのが分かった。

搬送先の情報が耳に入ってきた。高橋春夫、四十五歳、会社員。同乗者は息子の優馬、十三歳。二台目のストレッチャーで少年が運ばれてきた。青白い顔をして目を閉じているが、呼吸は安定していた。俺は少年に近づき、脈を取った。異常なし。

「先生、頼みます」

「お父さん、落ち着いて。息子さんはこちらで見ます。あなたも必ず見ますから」

吉田が端末を操作しながらこちらに歩いてきた。

「鈴木先生、父親の高橋さん、バイタルは安定しています。診断結果によれば外傷は軽度。息子さんも意識レベルに大きな問題はなし、と」

システムはすでに二人分のデータを解析し始めていた。モニターに緑と青のグラフが流れる。数値上は二人とも命に別状はない。そう出ていた。

俺は父親の腹を押さえる手を見た。そして少年の顔をもう一度見た。胸の奥で何かが引っかかっていた。

診断室に運び込まれた親子は、それぞれのベッドに移された。壁一面のモニターに二人分の生体データが同時に流れ始める。心拍、血圧、呼吸数。CT画像も数十秒で解析され、輪郭を赤や緑でなぞった図がずらりと並んだ。

真山が端末の前に立ち、指を軽く動かしている。

「解析完了しました。父親の高橋さん、外傷は前腕部の挫滅と軽度の臓器損傷の可能性、五パーセント未満。息子さんの優馬君も頭部、胸腹部いずれもクリア。念のため経過観察は必要ですが、二人とも重症ではありません」

吉田が横で頷いた。

「数値上は非常に安定しています。搬送のショック反応もほとんど見られません。父親の方は挫滅の処置と点滴。息子さんは一晩観察で問題ないかと」

「これがこのシステムの本来の力です。人間なら三十分以上かかる読影を三十秒で終わらせる。しかも見落としがないんですよ」

俺は画面を見ていなかった。少年のベッドの脇に立ち、その顔を見ていた。

優馬は目を開けていた。青白い顔で天井の一点を見つめている。だが、その視線は少しずつ横へ動いていた。向こう側のベッド、父親のいる方向だ。少年は父親を見ようとして、そして見る直前で目を閉じた。

「優馬君、どこか痛むところはあるか?」

「別に」

短い返事だった。俺は隣のベッドへ移った。高橋はシーツの上で右手を上に垂らしていた。搬送されてきた時、腹を押さえていた手だ。今は押さえていない。押さえていないが、その位置が不自然だった。

「高橋さん、痛みはどうですか?」

「大丈夫です。かすり傷ですから」

「ご自分の体のことです。遠慮せずに」

「本当に何ともないんです。それより優馬をしっかり見てやってください」

穏やかな声だった。だが、呼吸がわずかに浅い。俺は吉田を呼んだ。

「吉田先生、高橋さんの腹部エコーをもう一度取らせてもらえないか?」

「先生、解析ではクリアです。再検査の医学的根拠はありません」

「根拠は私の目だ」

吉田の眉が少し動いた。

「診断システムの読影精度は専門医の平均を大きく上回っています。それを覆すには相応の所見が必要です」

「腹を押さえていたんだ。搬送された時も、今も指先だけがそこに残っている。息の吐き方が浅い。顔色は五分前より青くなっている」

「それは主観的です」

「そうだ。主観だ。だが患者は数値じゃない」

真山がこちらを振り向いた。何か言いたげだったが、口を閉じた。吉田は小さく息を吐いた。

「分かりました。再検査、私が担当します。ただし、結果が同じなら先生には引いていただきます」

「分かった。約束する」

高橋の腹部に再びプローブが当てられた。モニターに黒とグレーの断面図が浮かぶ。吉田がプローブを滑らせていく。最初の画像、異常なし。角度を変える。異常なし。もう一度、吉田の手がそこで止まった。

「先生、これは……」

声がわずかに震えていた。俺は画面を覗き込んだ。脾臓の裏側、ちょうど死角になる位置に、うっすらと黒い影が広がっていた。血液の貯留を示す陰影だ。

「脾損傷、被膜化出血です。徐々に広がっています。最初のスキャンでは、位置的には映りきれていなかった可能性が」

「時間の問題だな。放っておけば破裂する」

吉田は蒼ざめた顔で俺を見た。

「なぜ、分かったんですか?」

「分かっちゃいない。ただ、この人が痛みを隠しているのは分かった。それだけだ」

真山が机の端を強く握っていた。

「システムが見落とした、ということですか?」

「見落としたんじゃない。撮った角度では映らなかった。それだけだ。あんたのシステムが悪いんじゃない」

「しかし、真山さん、今は議論の時間じゃない。手術室を押さえてくれ」

真山は内線に飛びついた。手術の準備が進む間、俺は高橋の枕元に戻った。高橋の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。呼吸がさっきより明らかに浅い。それでも彼は俺の顔を見て、無理に笑おうとした。

「先生、優馬は大丈夫ですか?」

「息子さんは大きな問題はありません。ただ、あなたには今すぐ手術が必要です。脾臓が傷ついている」

「そうですか」

驚かなかった。まるで自分の体のことを分かっていたような、そういう返事だった。

「高橋さん、搬送された時から痛かったんでしょう」

「ええ。ぶつかった瞬間、これはダメだなと思いました」

「なぜ言わなかった?」

「あの子を先に見て欲しかったんです。優馬はずっと、私のことを冷たい父親だと思っている。仕事ばかりで、あいつの野球の試合にも一度も行ってやれなかった。もし私が先に治療されて、あの子が後回しになったら。あいつはまた、父さんは自分より仕事が大事なんだと、そう思ってしまう」

高橋の目に涙が滲んでいた。

「先生、手術の前に一つだけお願いがあります。あの子には、私が痛みを隠していたことは言わないでください」

「分かりました。約束します」

俺は少し離れたベッドに移った。優馬は目を開けていた。父の声は聞こえていたはずだ。だが少年は何も言わなかった。唇を噛んで天井を見つめている。その頬に涙の筋が一本伝っていた。

「優馬君」

「父さん、痛かったんですか?」

「お父さんはこれから手術を受ける。命に別状はない。心配しなくていい」

「僕、父さんにひどいこと言ったんです。事故の直前に、仕事ばっかりで家族のこと考えてないって。父さん何も言い返さないでハンドル握ってて。そしたらあの車が……」

少年の声が詰まった。俺は少年の手をそっと握った。

「優馬君、お父さんは君が思っているような人じゃない。搬送されてきた時、真っ先に何て言ったと思う?」

「……分かりません」

「『息子を先に見てくれ』って言ったんだよ。自分の腹を押さえながら」

少年は静かに聞いていた。

「あのことは君のせいじゃない。お父さんが痛みを隠していたのも君のせいじゃない。お父さんがそうしたかったんだ」

少年は声を殺して泣いていた。肩が細かく震えていた。

少しして、手術室から連絡が入った。準備が整った。手術はベテランの医師が執刀することになった。高橋のストレッチャーが運ばれていく。すれ違い際、高橋は優馬の方を見た。言葉は交わさなかった。ただ、少しだけ右手を上げた。

優馬も震える手を上げた。

手術室の扉が閉まると、廊下に真山と吉田が立っていた。

「先生、私はデータしか見ていませんでした。あの人がなぜ腹を押さえていたのか、なぜ息子を先にと言ったのか。そこを見ようとしていなかった」

「吉田先生、あなたが再検査をしてくれたから間に合った。それでいいじゃないですか」

すると、真山が口を開いた。

「鈴木先生、私のシステムはまだ完璧じゃない。今日、それを思い知りました」

「完璧なシステムなんていらないんです。人間の医者だって完璧じゃない。二つ合わせて、ようやく患者に届く。私はそう思っています」

手術室の赤いランプが静かに灯った。

廊下のベンチに優馬が腰を下ろしている。ブランケットを肩からかけたまま、両手を膝の上で握りしめていた。

俺は少し離れた壁に持たれて立っていた。吉田が紙コップを二つ持って、廊下の奥から歩いてきた。一つを俺に差し出し、もう一つを優馬の前にしゃがんで置いた。

「優馬君、どうぞ」

「ありがとうございます」

小さな声だった。吉田は少年の隣に静かに腰を下ろした。

「お父さん、必ず戻って来られるから」

「先生、僕、父さんにずっとひどいこと言ってきたんです。仕事ばっかりで、家に帰ってきても疲れて寝てるだけで。だから父さんは僕のことどうでもいいんだって、そう思ってて」

吉田は黙って話を聞いた。

「でも父さん、事故の時ハンドル切ったんです。僕の方からぶつかる寸前に」

吉田は何も言わずに、少年の背中に手を置いた。

「先生、父さん、僕のために痛いの我慢したんですよね」

「優馬君、それはお父さんが自分で決めたことなの。あなたのせいじゃない。誰かのために痛みを隠せる人ってね。そういう人って、本当は相手のことを世界で一番大事に思っているのよ」

少年は俯いたまま小さく頷いた。涙がこぼれ落ちた。

真山が廊下の向こうから歩いてきた。俺の隣に立ち、しばらく黙って手術室のランプを見上げていた。

「鈴木先生、手術順調だそうです。執刀医から連絡がありました」

「そうか。間に合ったか」

「先生が十分気づくのが遅ければ、助からなかったかもしれない。私は自分のシステムが人間を超える日を信じていました。今日もそのつもりで解析を回したんです」

「あなたのシステムは大したものだ。三十秒であそこまで読める機械は、世界中どこにもない。けれど、あの人が腹を押さえていたことも、息を殺すように話していたことも、私のシステムにはまだ見えないんです」

真山はじっと自分の手を見ていた。

「真山さん、あなたのシステムがなければ、今日、他の患者を見落としていたかもしれない。私一人じゃあの数の症例は裁けない。機械が悪いんじゃない。人間が偉いわけでもない。ただ、それぞれにできることが違う。それだけのことだよ」

真山は小さく頷いた。

三時間半が経った頃、手術室の扉が開いた。執刀医が汗を拭いながら出てきて、俺に軽く頷いた。成功だと、目が言っていた。

高橋は集中治療室に移され、翌朝には一般病棟へ戻された。意識はしっかりしていた。

病室のドアを開けると、ベッドの脇に優馬が座っていた。

「優馬、学校休んじまったな」

「父さん。父さん、僕……」

「もういいから、何も言わなくていい」

「言わせて。僕、父さんのこと誤解してた。ずっと誤解してた。仕事ばっかりで、僕のことなんかどうでもいいんだって思ってた。でも、違ったんだよね。父さん、ずっと僕のこと……」

優馬の声が詰まった。高橋は点滴の管がついた右手を、ゆっくり息子の方へ伸ばした。指先が少年の手に触れた。

「優馬、どうさな? お前の野球の試合、一回も行けなかった。あれがずっと心残りだったんだ。次の試合は絶対に行くから、約束する」

「うん」

「だから、それまでしっかり頑張れよ」

「うん。頑張る」

少年は父の手を両手で握った。それ以上、言葉は続かなかった。

俺は病室の扉のところで立ち止まっていた。医者の仕事はここまでだ。ここから先は、家族の時間だ。

廊下を歩き始めると、吉田が窓辺に立っているのが見えた。朝の光を背にして、こちらに気づき、軽く頭を下げた。

「先生、少しよろしいですか?」

「ああ、どうした?」

「昨日、私は先生に『察するのは根拠のある医療ではない』と申し上げました。あの言葉、撤回させてください」

「撤回しなくていい。君の言うことも正しかった。データがなければ、出血は確認できなかった。私の勘だけじゃ証明にならなかった」

「でも、勘がなければ再検査は行われなかったんです」

「そうだな。だから、二人でやったんだ」

吉田は少し笑った。初めて見る笑顔だった。

「先生、私、循環器が専門ですが、これからは患者さんの顔をもっと見るようにします。データの向こう側を見られる医者になりたい」

「君なら慣れるよ」

その日の夕方だった。院長室に浜田院長から呼ばれた。窓の外、空がゆっくりと赤く染まっていた。浜田は椅子に深く座り、こちらを見上げた。

「鈴木先生、今朝、行政から連絡があった。今回の件、記者会見で公表したいと言ってきている」

「システムが見落として、私が拾ったという話ですか?」

「そうじゃない。医師とシステムが連携して一人の命を救った事例として発表したいらしい」

浜田は疲れた顔で少し笑った。

「先生、あなたを推薦して本当に良かった。この施設は、あなたがいなければただの実験場になっていたかもしれん」

「委員長、私一人の力じゃありません。吉田先生が再検査をしてくれた。真山さんのシステムが他の見立てを支えてくれた。それが揃って初めて、患者に届いたんです」

「そうか。そう言ってもらえるとありがたい」

浜田は窓の外に目をやった。夕日が、モニターの並ぶ廊下の奥まで届いていた。

院長室を出て、廊下を歩いた。一階のロビーを通りすぎる時、ガラス越しに面会用のベンチが見えた。優馬が父の車椅子の横を歩いている。高橋の膝の上には、少年のグローブが乗っていた。少し古い、使い込まれたグローブだった。二人は何かを話しながら、ゆっくりと廊下の向こうへ消えていった。

俺は足を止めた。廊下でしばらく、その後ろ姿を見送っていた。

どれほど機械が賢くなっても、患者は数字じゃない。腹を押さえる手の位置、息を殺す癖。そういうものを拾い上げるために、俺たちはここにいる。

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