5年前、俺は上司に企画書を盗まれた上、「俺の企画を真似した」という濡れ衣で会社を解雇された。会議室で必死に無実を訴えても、「木下君の言葉が正しい」と誰も聞く耳を持たなかった。あの日の屈辱は今でも忘れられない。そして5年後、タワーマンションのエレベーター前で再会した彼は、俺を掃除夫と勘違いして嘲笑った。「底辺まで落ちたな。あの時首にした俺が悪いんだけどな」と。でも、彼は知らなかった。俺が今、彼…

5年前、俺は上司に企画書を盗まれた上、「俺の企画を真似した」という濡れ衣で会社を解雇された。会議室で必死に無実を訴えても、「木下君の言葉が正しい」と誰も聞く耳を持たなかった。あの日の屈辱は今でも忘れられない。そして5年後、タワーマンションのエレベーター前で再会した彼は、俺を掃除夫と勘違いして嘲笑った。「底辺まで落ちたな。あの時首にした俺が悪いんだけどな」と。でも、彼は知らなかった。俺が今、彼...

会議室のドアを開けた瞬間、怒鳴り声が飛んできた。
「遅いぞ、橋本。何やってたんだ!」
俺は驚いてその場に立ち尽くした。時計はまだ9時5分前を指している。なのに木下部長は「30分も遅刻するなんて何事だ」と喚き散らす。社長や役員たちの厳しい視線が突き刺さる。
俺は26歳の会社員、橋本。物販会社「色々物販」の商品開発部に所属していた。開発した商品が売れ筋ランキングの上位に入ることもあり、仕事にはやりがいを感じていた。ただ一つ悩みがあった。それは部長の木下さんの存在だ。彼は毎日俺に山積みの仕事を押し付け、自分だけタバコ休憩に行く。挙げ句の果てには「ゴキブリが出た」と言って倉庫に俺を連れて行き、大量の虫と一緒に掃除をさせられたこともある。それでも仕事が好きだから、我慢を続けていた。
そんなある日、木下部長が言った。
「来週9時から大事な会議がある。社長が新しい目玉商品を作りたいと言っている。お前のアイデアを発表しろ」
突然のことだったが、やっと認められたのかと思い、俺は徹夜で企画書を作り上げた。自分でも納得のいく出来だった。前日の帰り際、最終チェックをしてデスクの引き出しにしまった。
そして迎えた当日。俺は企画書を手に会議室へ向かった。しかし、冒頭のようにいきなり怒鳴られ、俺は抗議しようとした。だが、社長たちがいる以上、この場は仕事優先だ。俺は「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、後で話をしようと思った。
役員の一人が「時間も押していますし、早く会議を再開しましょう」と止めに入り、俺はプレゼンを始めた。緊張しながらも、この企画ならきっと喜んでもらえるはずだ。そう信じて説明を始めた矢先、社長が声を上げた。
「これは一体どういうことだ?」
周りの社員たちも困惑した顔で顔を見合わせている。俺の企画書に何か問題があるのか。「何かあったんですか?」と聞くと、木下部長が言い放った。
「これは俺が考えた企画と一緒だ」
俺は目を見開いた。部長は真っ赤な顔で怒っている。
「俺が作った企画を盗むなんて最低だな」
「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか?」
「どうもこうもない。お前が俺のを盗んで真似たんだろう」
「違います!これは全部僕が考えた企画です!」
「嘘をつくな。どうせ何も思いつかなくて、こっそり俺のデスクから取り出したんだろう」
「そんなすぐバレるようなことするわけないですよ!」
「どうだかな。本当だったら俺が橋本の後にプレゼンすることになってたから、恥をかかせるためにやったんじゃないか?お前が遅刻して計画は台無しになったようだがな」
周りの目は完全に俺を疑っていた。必死に弁解するが、木下部長は社長に向かって言う。
「こんな人のものを盗むような社員がこの会社にいてはいけないと思います。解雇しましょう」
社長は少し躊躇したが、「木下君の言葉だけを信じるのはなあ」と言う。木下部長は「橋本が私の企画を真似たのは一目瞭然です」と畳みかける。
「社長、聞いてください。僕は無実です!」
俺は必死に訴えたが、「橋本君は一度この場から出てくれ」と言われてしまった。何を言っても無駄だと思い、俺はそのまま会議室を後にした。
数時間後、木下部長が俺の元にやってきて、解雇を宣告した。
「社長もお前みたいな泥棒は会社にいて欲しくないっておっしゃってたぞ」
そう言ってニヤニヤと笑う。俺はデスクを叩いて叫んだ。
「部長が逆に俺の企画書を盗んだんじゃないですか!俺に罪を着せるために会議の時間も嘘を教えたんだろ!」
「そんな証拠はどこにもないだろう。社長の決定を覆すことはできないんだよ。残念だったな」
俺は悔しさでいっぱいだったが、抗議しても無駄だと悟り、そのまま退職することにした。でも、このまま終わるわけにはいかない。絶対に見返してやる。そう誓った。
それから5年後。俺はタワーマンションのエレベーター前に立っていた。すると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「お前、なんでここにいるんだ?」
振り返ると、木下部長が立っている。相変わらず嫌な笑みを浮かべている。
「今日は色崎社長の部屋でホームパーティーがあるんだ。俺は超信頼されているから呼ばれたんだよ」
「そうですか」
「それはそうと、お前まさか…」
木下部長は俺を頭からつま先までじろじろと見て、鼻で笑った。
「掃除か。底辺まで落ちたな」
俺は首をかしげた。「はい?」
「言わなくてもいい。あれから辛いことがあったんだろう。そのなりを見ると、首になってからどこにも雇ってもらえなかったんだろうなあ」
そう言ってさらに笑う。「最近イライラしてたから、お前みたいな底辺を見られて嬉しいよ」と大笑いした。彼は俺がこのタワマンの清掃員だと思ったらしい。確かに私服でラフな格好をしている。だが、作業服を着ているわけでもないのに、なぜそんな勘違いをするのか。
「あの時は俺が首にしちゃったしな。まあ、お前が俺に立てつくから悪いんだけどな」
その言葉に俺がピクリと眉を動かすと、木下部長はまたニヤリと笑う。
「お前がいつも俺の前でいいアイデアを出すから目障りだったんだよ。どうせだから恥をかかせて首にしてしまおうって思ったわけだ」
「やっぱり部長の仕業だったんですね」
「だからなんだよ。5年も前のこととやかく言われたくないな」
木下部長は俺の怒った顔を見て面白がっているようだった。あの頃と変わらない顔と性格の悪さに、苛立ちが募る。今すぐこの男の悪事を色崎社長に伝えたい。そう思った時、後ろから女性の声がした。
「お知り合いですか?」
振り返ると、木下部長の後ろに女性が立っている。俺は「昔の会社の上司だよ」と答えた。すると木下部長が慌てて俺に詰め寄る。
「こんな美人がお前の知り合い?まさか嫁さんじゃないだろうな」
ドアップで顔を近づけられて気持ち悪く感じたが、俺は彼女を紹介した。
「彼女は俺の秘書の上野さんです」
その言葉に木下部長は「お前が秘書を持てるわけないだろう。何をふざけたことを言ってるんだ」と怒り出す。上野さんは少しむっとしたように言った。
「この人のことを知らないんですか?結構有名なんですけど」
木下部長は意味が分からないという顔をしている。上野さんは続けた。
「彼は『一ぱ商店』という会社の社長です」
その言葉に木下部長は目と口を大きく開けて驚いた。
「ここ数年で大きくなってきた会社じゃないか!」
そう、俺は5年前に解雇された後、貯金を使って起業した。学生時代の友人が「一緒に見返してやろう。うちの工場でお前の製品を作ってやるよ」と言ってくれたのだ。最初はどうやって商品を一般消費者に知ってもらうかが大変だった。商品開発しかしてこなかった俺には、効率のいい宣伝方法が分からなかったからだ。しかし、PRが得意な人を社員に加え、企画力のある人も採用して、数年で会社は少しずつ大きくなった。今では自社サイトでのネット通販も盛んで、色々物販よりも売上が高い。海外にも手を広げ始め、来年には海外子会社を設立することも決まっている。うちの製品がいいという噂は広まっていて、色々物販から購入する人は少なくなっているという話だ。
木下部長は文句を言ってきた。
「お前があの会社の社長だったのか。てめえのところのせいでうちは大変なことになってんだぞ」
どうやら俺の会社のせいで色々物販は取引先を失い始めているらしい。「最近うちの製品を買ってくれない奴らが増えたり、取引先もうちのことを見下したりしてくるんだ。そのせいで俺たち企画を作る側は他の部署や社長に怒られたり馬鹿にされたりしてるんだよ」
「それを僕に言われても困ります。僕は自分の会社を大きくするために頑張ってきたんですから」
「これがダメだって言ってんだよ。お前が会社なんて作るからこんなことに」
「でもそんなことになったのは、全て木下部長の行いのせいですよね」
「は?なんで?」
「あなたが僕を首にしたことがきっかけで会社を設立したんですから。原因は木下部長ですよ」
俺がそう言うと、彼は「そんなことない。俺が悪いわけないだろう」と騒ぎ出す。周りの住人や受付がこちらを見てこそこそと話しているのが見えた。しかし、木下部長は気にした様子もなく言い放った。
「橋本が俺の前にいたから、あの時解雇するしかなかったんだ」
その言葉に上野さんが質問した。
「どうして橋本社長をそんな仕方ない理由があったんですか?」
上野さんは俺が昔この人に騙されて首になったことを知っている。友人の妹で、話した時は自分のことのように怒ってくれた。彼女の目は完全に敵を見る目で、木下部長を睨みつけている。美人の怒りに圧倒されたのか、木下部長は少し後ずさりしてから言った。
「俺が目立たないから邪魔だったんだ」
俺と上野さんは言葉を失った。すると木下部長は続ける。
「俺が部長で部署で一番偉いっていうのに、橋本がいい商品の企画ばかり出すから俺の価値が落ちるだろう。だからいびってたのに全くへこたれねえし、むかついたんだよ。だからお前の企画を奪って、ついでに首にしてやろうって思ったんだ。まさかあそこまでうまくいくとは思わなかったよ。あの場にいた社長や他の社員も俺に騙されてバカだよなあ」
「やっぱり部長がわざとやったことなんですね」
「こんな人が部長しているなんて、色々物販の社員や社長さんはかわいそうです」
「部長まで登り詰めた俺に文句を言うやつなんていないさ。信頼度もあって、大抵のことは部下に成りつけることができる」
「本当に胡座すぎます」
「いくらでも言え」
何を言われても痛くも痒くもないと言わんばかりに、木下部長は笑い続けた。しかしその直後、後ろから男性の声がした。
「今の話はどういうことだ?」
俺たちが振り返ると、そこには色崎社長が立っていた。俺は固まってしまい、木下部長も嬉しそうに振り返ったが、すぐに顔色を悪くして固まった。
「い、色崎社長、どうしてここに?」
「妻に足りない食材を買ってこいと言われたんだよ」
色崎社長は手に持っていた袋を俺たちに見せた。そして「今の話は本当か」と木下部長に詰め寄る。木下部長は「いや、あの、えっと」と口ごもるだけで何も言えない。上野さんが彼の代わりに、今あったことを嘘偽りなく説明した。すると色崎社長は怒り出す。
「どういうことだ、木下君?」
木下部長はまさか社長にバレるなんてという感じで、ずっと顔色を悪くして震えながら謝罪するのみだった。
「謝るのは私だけでなく、橋本君にもだろう。大事な社員を自分の都合で解雇するために私たちを騙すなんて信じられん」
「申し訳ございません」
木下部長は頭を下げ続けるが、色崎社長は許さなかった。
「君は帰れ。君の処遇は週明けに伝える」
木下部長は膝から崩れ落ち、この世の終わりだというような顔をして絶望していた。それを見ながら、色崎社長は俺に向かって頭を下げた。
「橋本君、すまなかった。木下君の言葉を鵜呑みにして解雇してしまった私を許してくれ」
社長にとって信頼できる社員の言葉を信用するのは当たり前だろうし、何も知らなかった社長にはそこまで苛立ちはない。だから「別に何とも思っていませんよ」と答えておいた。ただ、俺の話を全く聞かずに木下部長の言葉だけを信じた彼にも、多少は思うところがあるわけで、解雇された時の悲しみは今でも覚えている。
「これからは同じ社長として切磋琢磨しましょう。もちろん、こちらは色々物販さんを潰す気でいきますから、よろしくお願いします」
俺がそう言うと、色崎社長は顔を引きつらせた。
「僕たちの会社は同じ系統の商品を売っていますし、ライバル会社と言ってもいいと思うんです。お互い手を取り合って頑張ろうなんて生易しいことは言えませんよね」
「いや、でも5年前までは私の会社にいたんだし、少しぐらいは一緒に製品を開発したりとか」
「確かにそちらにはたくさんお世話になりました。しかし、僕の会社をもっと大きくするために全力を尽くすつもりです。なので、そちらと取引などは一切いたしません」
俺の言葉に色崎社長は顔色を悪くした。それを見て俺は「それでは、これで失礼します。僕も実はホームパーティーをすることになっていて、友人たちを待たせているんです」と言って、エレベーターのボタンを押した。木下部長と色崎社長は驚いた顔をしたが、無視して上野さんとそのままエレベーターに乗り込んだ。
その後、木下部長は解雇されたそうだ。5年前に首になったことで奥さんには逃げられてしまい、離婚の危機だとか。今は深夜の道路工事など、いろんなところでアルバイトをして家計を支えていると風の噂で聞いた。一度俺が見た時はコンビニの店員をしていて、若い先輩らしき人に怒られていた。木下部長は疲れきった表情をしていて、目が虚ろだった気がする。
一方、色々物販は俺の会社の評判が良すぎて、売上がさらに落ちていっているらしい。新しい商品を作っても、俺の会社がもっといいものを出すため、意味がなさそうだ。今のままではそのうち倒産するかもしれないという噂もある。色崎社長たちはきっと夜に次の策を練っていることだろう。また、タワマンのみんなが集まるエレベーター前で騒いでいたこともあり、色崎社長は周りから影でこそこそと噂されたりしていたらしい。そのことで住みにくくなったのか、引っ越したと聞いた。
俺はと言うと、今は順風満帆ではあるものの、少し気を抜けば同業他社に足をすくわれるのではと思って、毎日新しい商品開発に忙しくしている。世界中でうちの商品を使ってもらうために、これからも挑戦し続けるつもりだ。

Thumbnail