「俺たちの生活にいちいち口を出してくるんじゃねえよ。」
その言葉とともに、息子の手が私の頬を打ち据えました。痛みよりも信じられないという思いが胸を締めつけます。一発、二発、三発。数えることしかできない自分がいました。四発、五発、六発、七発、八発、九発。この手はかつて私が何度も握りしめてきた小さな手だったはずなのに。十発、十一発、十二発。最後の一撃が走った瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ落ちていくのを感じました。
私は岡野すみ子、六十七歳。大手銀行に三十八年勤め、定年を迎えた身です。息子のひろしは四十二歳。その隣には、冷ややかな笑みで私を見下ろす嫁の裕子が立っています。
「お母さん、いい加減にしてくださいね。私たちの家庭に余計な口出しは迷惑なんですよ」
裕子の声には一片の温かみも感じられません。頬がじんじんと熱を帯びていきます。けれど、涙は出てきませんでした。不思議なことに、私の心はどこか冷静だったのです。三十八年間、銀行という世界で様々な人間模様を見てきました。お金の流れ、契約の仕組み、そして人の本性というものを。私はその夜、静かに微笑みました。なぜなら、この家には息子夫婦が知らない、ある重大な秘密があったからです。
どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。一年前のあの日に遡ってお話しさせてください。
私は二十二歳で銀行に入行し、六十歳の定年まで三十八年間働き続けました。窓口業務から始まり、融資担当、そして資産運用部門へ。お客様の大切なお金を預かる仕事に誇りを持って取り組んできたつもりです。退職金は二千八百万円。コツコツと貯めてきた定期預金は三千五百万円ほどあります。
夫を早くに亡くしてからは、息子のひろしだけが私の支えでした。大学の費用六百万円、結婚資金の援助に百万円。そして五年前、ひろしが家を建てる時には頭金として千五百万円を出しています。息子の幸せが私の幸せ。そう信じて疑わなかったのです。
そんな折、ひろしから一本の電話がかかってきました。
「母さん、一緒に住まないか? 一人暮らしは心配だからさ」
その言葉を聞いた時、胸の奥がじんわりと温かくなったのを覚えています。息子がこんなにも私を気にかけてくれているのだと。新居に荷物を運び入れた日、裕子は笑顔で私を出迎えてくれました。けれど、その夜のことです。
「まさかこんな狭い家で姑と暮らすことになるなんてね」
廊下を歩いていた私の耳に、裕子の独り言が飛び込んできたのです。その瞬間、背筋にひやりとした冷気が走るのを感じました。気のせいだと思いたかったのですが、それは始まりに過ぎなかったのです。
同居生活が始まって最初の数週間は穏やかに過ぎていきました。けれど、少しずつ裕子の態度に変化が見え始めたのです。ある日の夕食後のことでした。
「お母さん、この煮物、ちょっと味が濃すぎませんか? 健康に悪いですよ」
私が心を込めて作った肉じゃがを、裕子は箸でつつきながらそう言い放ちます。
「そうかしら。ひろしが好きな味付けにしたのだけれど」
「昔の味付けなんですよ。今は薄味が常識です」
翌日からも小さな指摘が続くようになりました。
「お母さん、ここ、ほこりが残っていますよ」
「洗濯物の畳み方、うちのやり方と違うんですけど」
「冷蔵庫の中、お母さんのもので場所を取りすぎじゃないですか」
どれも些細なことかもしれません。けれど、毎日毎日積み重なっていくと、心がすり減っていくような気がするのです。私は黙って従うことにしました。嫁姑の問題は難しいもの。私が少し我慢すればうまくいくはずだと信じていたからです。
しかし、裕子の要求は日を追うごとにエスカレートしていきます。
「お母さんの部屋、物が多すぎます。処分してください」
夫との思い出の品。若い頃の写真。大切にしてきた食器。それらが次々とゴミ袋に詰め込まれていく光景を、私はただ見ているしかありませんでした。そして言葉のナイフはさらに鋭さを増していったのです。
「お母さん、最近、物忘れが多くないですか?」
ある朝、キッチンで食器を拭いていると、裕子が真顔でそう切り出してきました。
「そんなことないと思うけれど」
「いえいえ。昨日もお醤油を買ってきたじゃないですか。認知症の検査、受けた方がいいですよ」
その言葉に胸がぎゅっと締めつけられるのを感じます。確かに私はお醤油を買い足しましたが、それは特売だったからなのです。
「母さん、裕子の言う通りかもしれないぞ」
驚いたことに、ひろしまでもが裕子の側に着いたのです。
「心配してくれてるんだから、素直に聞いておけよ」
息子にまでそんなことを言われるとは思いもしませんでした。裕子の言葉はさらにエスカレートしていきます。
「銀行員だったって言っても、もう時代遅れでしょう。今はスマホで全部できるんですよ。お母さんの常識って、昭和で止まってますよ」
三十八年間、誇りを持って働いてきた私のキャリアを、まるでゴミのように扱う言葉の数々。心の奥底がじわじわと冷えていくような感覚が広がっていきます。
ある日のこと、通帳記帳をしようと銀行に立ち寄りました。機械から出てきた通帳を見て、私は目を疑いました。定期預金の残高が千二百万円も減っているのです。
「どういうこと?」
震える手で通帳を握りしめながら、家に戻りました。ひろしを問い詰めずにはいられませんでした。
「ひろし、このお金、あなたが引き出したの?」
するとひろしは悪びれる様子もなく、こう答えたのです。
「ああ、使ったよ。家族なんだから当然だろ」
「でも、それは私の老後の」
「母さんはもう働いてないんだから、俺たちに頼るしかないだろ」
そこへ裕子が割って入ってきました。
「お母さんのお金は家族のお金でしょう。感謝して欲しいくらいですよ。こうやって面倒見てあげてるんですから」
面倒を見てもらっている。私はそんな立場なのでしょうか。千五百万円もの頭金を出して、この家を立てる手助けをしたというのに。食事の席でも、裕子は遠慮なく本音を漏らすようになっていきました。
「この家、お母さんがいなければ広く使えるのにね」
その言葉を聞いたひろしが平然と口を開きます。
「ま、そのうち施設とか考えないとな」
施設。私をどこかに追いやろうとしているのでしょうか。
「お母さん、そろそろ自分の立場、分かってますよ」
裕子が冷ややかな目で私を見つめてきます。
「立場って、遺相ろ老ろさせてもらってる立場ですよ」
遺相ろ。その言葉が胸に深く突き刺さりました。千五百万円の頭金を出した私が、遺相ろ老ろだというのですか?
「母さん、俺たちに感謝して欲しいな」
ひろしまでもがそう言い放つのです。けれど、私はその場では何も言い返すことができませんでした。まだ我慢できる。息子を信じたい。そう自分に言い聞かせながら唇を噛みしめていたのです。
この時はまだ、あの恐ろしい夜が訪れるとは想像もしておりませんでした。
その日は何の変哲もない夕方でした。私は台所で夕食の支度をしながら、リビングから聞こえてくる裕子の電話の声をなんとなく耳にしておりました。
「そうなの? お父さんの体調があまり良くないのね。大変ね」
裕子のお父様が体調を崩されているようです。私は純粋な気持ちから、食事の席で声をかけることにしました。
「裕子さん、お父様のご様子はいかがですか? お見舞いに行かれてはどうかしら?」
ただそれだけのことです。嫁の実家を気遣う、ごく当たり前の言葉だと思っておりました。ところが、裕子の顔が見る見るうちに険しくなっていったのです。
「お母さんに私の実家のことは関係ないでしょう」
その声には明らかな敵意が込められておりました。
「いえ、心配しているだけで」
「余計なお世話ですよ。いつもいつも口を出さないでください」
裕子は席を立ち上がると、大きな声でひろしを呼びました。
「ひろしさん、お母さんがまた口出ししてきた」
足音が階段を駆け下りてきます。ひろしが慌てた様子でリビングに飛び込んできたのです。
「母さん、いい加減にしろよ」
その目には、私がこれまで見たことのないような冷たい光が宿っておりました。
「私はただ、裕子さんのお父様を心配して」
「だからなんだよ。俺たちの家庭に首を突っ込むなって、何回言えば分かるんだ」
ひろしの声がどんどん大きくなっていきます。
「俺たちの生活にいちいち口を出してくるんじゃねえよ」
その瞬間でした。ひろしの右手が大きく振りかぶられたのです。
バシッ。鋭い音が静かな家の中に響き渡りました。頬に走った衝撃に、私は一瞬何が起きたのか理解できませんでした。
「ひろし……」
目の前に立つのは紛れもなく、私が育てた息子です。けれど、その顔はまるで別人のように歪んでおりました。
「何回言えば分かるんだよ」
二発目の平手打ちが飛んできます。三発目、四発目。私は両手で顔をかばうこともできず、ただ立ち尽くしておりました。五発目、六発目。この手はかつて私が何度も握りしめてきた、小さな手だったはずなのに。初めて歩いた日、転んで泣いた日、いつも私の手を求めてきたあの小さな手が。七発目、八発目。痛みよりも、信じられないという思いが胸を支配していきます。本当にこれは現実なのでしょうか。悪い夢を見ているのではないでしょうか。九発目、十発目。視界がぼやけてきます。けれど、それは涙ではありませんでした。ただ衝撃で目の焦点が合わなくなっているだけなのです。
「黙って言うこと聞いてればいいんだよ」
十一発目。ひろしの怒声が耳の奥で響いております。そして十二発目。最後の一撃が私の左頬を強く打ち据えました。身体がよろめき、壁に手をつかなければ倒れてしまうところでした。息を荒げながら、ひろしは私を睨みつけております。その隣では、裕子が腕を組んだまま冷ややかな笑みを浮かべているのです。
「お母さん、自業自得ですよ」
その声には一片の同情も感じられません。むしろ、どこか満足げな響きさえ含まれているように思えました。
「分かったか、母さん」
ひろしが低い声で言い放ちます。
「もう二度と余計な口出しするなよ。次はもっと痛い目に合わせるからな」
二人はそれだけ言い残すと、リビングを出ていきました。階段を上がっていく足音がだんだんと遠ざかっていきます。私は一人、壁にもたれかかったまま、その場に取り残されておりました。頬がじんじんと熱を帯びています。おそらく赤く腫れ上がっているのでしょう。鏡を見る勇気はございませんでした。
静まり返った部屋の中で、時計の針の音だけが規則正しく刻まれていきます。不思議なことに、涙は出てきませんでした。泣くという感情すら、どこかに置いてきてしまったような気がするのです。代わりに、胸の奥底から別の何かが湧き上がってくるのを感じておりました。私は六十七年間この世に生を受けてから、一度も誰かに手を上げられたことなどございませんでした。夫も温厚な人でしたから。それが、実の息子に。自分が産んで育てて愛情を注いできた息子に、十二発も叩かれたのです。
ゆっくりと顔を上げました。窓の外には、いつもと変わらない夕暮れの景色が広がっております。空は茜色に染まり、どこかで犬の鳴き声がしています。何事もなかったかのような穏やかな夕方の風景です。けれど、私の中では確実に何かが変わっておりました。
三十八年間、銀行で働いてまいりました。お金の流れ、契約の仕組み、法律の知識。そういったものが長い歳月をかけて私の中に蓄積されております。そして、何より大切なことを思い出したのです。この家の頭金千五百万円を出した時、私は一つだけ条件をつけておりました。土地の名義は私のままにしておくこと。ひろしは当時、特に深く考えもせずに同意しておりました。相続税対策だと説明すれば、それで納得してくれたのです。
つまり、この家はひろしの名義で建てられておりますが、土地は今でも私の所有なのです。土地がなければ、建物は立っていられません。息子夫婦はそのことを確認していないのでしょう。私を遺相ろ老ろだと思い込んでいるのですから。私は静かに微笑みました。
ひろし、裕子さん。あなたたちは致命的な間違いを犯しましたね。
その夜、私は自分の部屋で完璧な計画を立て始めたのでございます。涙を流している時間などありませんでした。これからやるべきことがたくさんあるのですから。
翌朝、私はいつもより早く目を覚ましました。鏡に映る自分の顔を見つめます。左頬には昨夜の痕跡がうっすらと残っておりました。けれど、その目には涙の跡など一切ございません。代わりに、静かな決意の光が宿っているのを感じます。階に降りると、ひろしと裕子はいつも通りの朝を過ごしておりました。まるで昨夜のことなど何もなかったかのような顔をしております。
「母さん、朝ご飯」
ひろしがぶっきらぼうに放ちます。
「はい。今、用意しますね」
私は穏やかに答えました。朝食を済ませ、二人が仕事の支度を始めます。裕子が玄関で靴を履きながら、振り返りもせずに言いました。
「お母さん、夕飯の支度、ちゃんとしておいてくださいね」
「はい。行ってらっしゃい」
私は笑顔で手を振りました。玄関のドアが閉まり、車のエンジン音が遠ざかっていきます。静けさが家の中に満ちていくのを確認してから、私はゆっくりと立ち上がりました。
さあ、始めましょう。
まず向かったのは二階の自分の部屋にある金庫です。夫が生前使っていたもので、息子夫婦はその存在すら知りません。ダイヤルを回すと、錠が静かに開きます。中から取り出したのは、不動産登記簿の写しでした。五年前、この家を建てる時の書類です。じっくりと内容を確認していきます。やはり、土地の名義は私のままになっておりました。建物の所有者はひろし。けれど、その建物が立っている土地は、今でも岡野すみ子の名義なのです。
思い返せば、五年前、ひろしはこう言っておりました。
「母さん、頭金ありがとう。必ず恩返しするからね」
その言葉を信じて、私は千五百万円を差し出したのです。土地の名義を私にしておくのは、相続税対策のためだと説明しました。ひろしは特に疑問も持たずに同意してくれたのです。あの頃のひろしは、まだ優しい息子でした。結婚してから少しずつ変わっていったような気がいたします。けれど、今はそんなことを考えている場合ではありません。
私は携帯電話を手に取り、長年お付き合いのある不動産会社に電話をかけました。
「お久しぶりでございます。岡野でございます。少々急ぎのご相談がありまして」
電話口の担当者は、私の声を覚えていてくださいました。銀行員時代に何度もお取引をした方なのです。
「土地の売却についてご相談したいのですが」
事情を簡潔に説明すると、担当者はすぐに理解してくれました。
「岡野様の土地でしたら、駅からも近く好立地です。三千五百万円でしたら、即決で買いたいという方がいらっしゃいますよ」
三千五百万円。頭金として出した千五百万円の倍以上の金額です。
「本日中に契約することは可能でしょうか?」
「本日中ですか? かなり急ぎのようですね」
「はい、できるだけ早く進めたいのです」
「承知いたしました。すぐに書類を準備いたします」
電話を切ると、次は弁護士事務所に連絡を入れました。銀行員時代からお世話になっている先生です。
「土地の売却ですね。所有者は岡野様ですから、法的には何の問題もございません」
弁護士の先生は淡々と説明を続けてくださいます。
「建物は息子さんの名義でも、土地を売却すれば、新しい所有者から立ち退きを求めることができます」
「それから、もう一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「息子への千五百万円の援助。法的に貸し付け金として処理し直すことは可能ですか?」
電話の向こうで、先生が少し考える気配がいたしました。
「当時の振り込み記録と状況証拠があれば、可能です」
私は静かに微笑みました。銀行員を三十八年やっておりましたので、記録は全て残っております。
午前中のうちに、全ての準備が整いました。午後には不動産会社で契約を済ませ、三千五百万円の振り込み手続きも完了いたしました。弁護士の先生には内容証明郵便の準備をお願いしております。そして、あらかじめ手配しておいた引っ越し業者が到着し、必要最低限の荷物を新しいマンションへと運び出してくれました。
駅前の高層マンション。明るい日差しが差し込む部屋からは、街並みが一望できます。時計を見ると午後四時を回っておりました。そろそろ息子夫婦が帰宅する時間でございます。私はバルコニーに出て、夕暮れの空を眺めました。茜色に染まる雲がゆっくりと流れていきます。
ひろし、裕子さん。あなたたちが家に帰った時、何を思うでしょうか。
私は静かに目を閉じました。三十八年間培ってきた全ての知識と経験が、今夜実を結ぶのです。
午後六時を少し過ぎた頃でございます。新しいマンションの窓から夕暮れの街並みを眺めておりました。オレンジ色の光が建物の窓に反射して、まるで宝石を散りばめたような美しさです。ちょうどこの時間、息子夫婦は家に帰りつく頃でしょう。私は静かにソファに腰を下ろし、温かい紅茶を一口すする。同じ頃、あの家では何が起きていたのでしょうか。後になって人に聞いた話と、息子夫婦の慌てた様子を想像しながら、当時の出来事を振り返ってみたいと思います。
ひろしが玄関のドアを開けた瞬間、何かがおかしいと感じたそうです。いつもなら台所から聞こえてくる調理の音がありません。夕食の匂いも漂っておりません。しんと静まり返った家の中に、二人の足音だけが響いていたのです。
「あれ? お母さんの靴がない」
裕子が玄関を見下ろして首をかしげます。
「母さん」
ひろしがリビングに向かって声をかけましたが、返事はございません。二人は顔を見合わせながら廊下を進んでいきました。リビングに入ると、そこには誰もおりません。台所にも洗面所にも、人の気配がないのです。
「二階じゃないか」
ひろしが階段を駆け上がります。私の部屋のドアを開けた瞬間、彼は言葉を失ったそうです。部屋の中はがらんとしておりました。タンスの中身は空っぽ。本棚からは全ての書籍が消えております。夫の写真も、大切にしていた思い出の品々も、跡形もなくなっていたのです。
「うそだろ」
ひろしの声がかれております。
「どういうこと? お母さんの荷物が全部ない」
裕子も部屋に入ってきて、呆然とした表情を浮かべていたそうです。その時、リビングのテーブルの上に一通の封筒が置かれていることに気づきました。ひろしは階段を転げ落ちるように下り、その封筒を掴み取りました。震える指で封を切ると、中から数枚の書類が現れたのです。
一枚目は、登記識別情報の写しでした。本日付けでこの土地が第三者に売却されたことを証明する書類です。売却金額は三千二百万円。買主の名前と私の署名がはっきりと記されております。二枚目は、内容証明郵便の控えでした。新しい土地所有者から、建物所有者であるひろしに対する正式な立ち退き請求です。期限は一ヶ月以内と記されております。三枚目は、貸付金返済請求書でした。五年前に私が援助した千五百万円を、利息を含めて千八百万円として返済するよう求める内容です。
そして四枚目には、私からの手紙が入っておりました。
「ひろしへ。あなたに十二発叩かれた夜、私は決意いたしました。この家の土地は私の名義です。頭金千五百万円を出した時、あなたは確認しなかったのですね。本日、土地を売却いたしました。新しい土地所有者から一ヶ月以内の立ち退き請求が届くでしょう。また、あなたへの千五百万円の援助は、貸付け金として法的に処理し直しました。利息を含め千八百万円の返済を求めます。昨日、あなたは言いましたね。俺たちの生活に口を出すなと。お望み通りにいたします。もう二度と口を出しません。さようなら」
手紙を読み終えたひろしの顔は、真っ青に変わっていたそうです。
「うそだろ。土地が売られた? どういうこと? この家に住めなくなるの?」
裕子の声が高く響きます。ひろしは慌てて不動産会社に電話をかけました。
「母の土地の件なんですが、何かの間違いじゃないですか」
しかし、電話口の担当者は冷静に答えたそうです。
「申し訳ございませんが、本日正式に売却が完了しております。所有者様のご意向ですので、詳細についてはお答えいたしかねます。取消しは、それはできかねます」
電話が切れた後、ひろしはしばらく呆然としていたそうです。千八百万円。それは私の年収の三年分。どうするの? 私たち、どこに住めばいいの? 裕子がヒステリックに叫び始めます。ひろしは縋る思いで私の携帯に電話をかけてきました。着信音がなっております。画面には「ひろし」の文字。私は静かにその表示を見つめ、電話に出ることはいたしませんでした。何度も何度も着信が繰り返されます。十回、二十回、三十回。それでも私は一度も応答いたしませんでした。やがて、留守番電話に切り替わりました。
「母さん、頼むよ。電話に出てくれ」
ひろしの震える声がメッセージとして残されておりますが、私はそれを聞き流すだけでございました。
翌日のことです。どうやって調べたのか、息子は私の新しい居所を突き止めたようでした。おそらく引っ越し業者への聞き込みでしょう。インターホンが鳴り響きます。モニターに映っているのは、憔悴し切った表情のひろしと裕子でした。
「母さん、開けてくれ。話し合おう」
ひろしの声が廊下に響いております。私はインターホンのボタンを押し、マイクに向かって静かに答えました。
「どなたですか?」
「俺だよ。ひろしだよ」
「申し訳ございませんが、家族はおりませんので」
その言葉に、ひろしは絶句していたようです。
「母さん、頼むよ。俺が悪かった。お母さん、お願いします。昨日のことは謝ります」
裕子の声も聞こえてまいります。私は穏やかに、しかしはっきりと答えました。
「昨日、何のことでしょうか? 私は他人に叩かれただけですから」
インターホンの向こうで、息を飲む気配が伝わってまいります。
「母さん」
ひろしの声が涙声に変わっております。
「あなたは言いましたね。俺たちの生活に口を出すなと。あれは、お望み通りにしただけですよ」
「お母さん、千八百万円なんて払えません」
裕子が悲鳴のような声をあげます。私は静かに答えました。
「それはあなたたちが考えることです。遺相ろ老ろの私には、関係ございませんから」
その言葉を最後に、私はインターホンの電源を切りました。廊下から崩れ落ちるような音が聞こえてまいります。おそらくひろしが膝から崩れ落ちたのでしょう。裕子の泣き声もかすかに聞こえております。私は窓辺に立ち、夕暮れの空を眺めておりました。茜色に染まる雲がゆっくりと流れていきます。
因果応報。自分がしたことは必ず自分に帰ってくるのです。私を遺相ろと呼んだ裕子。私を他人と言い放ったひろし。そして、実の母親に暴力を振った息子。彼らは今、自分たちの行いの報いを受けているのでございます。私の心は不思議なほど穏やかでした。怒りも悲しみも感じません。ただ、長い間背負ってきた重い荷物をようやく下ろすことができたような、そんな気持ちが胸の中に広がっているのです。紅茶のカップを手に取り、一口すすりました。温かい液体が喉を通って身体中に染み渡っていくのを感じます。これが私の選んだ道でございます。
あれから三ヶ月が経ちました。季節は移り変わり、窓の外には穏やかな春の日差しが降り注いでおります。新しいマンションのバルコニーで、私は温かいコーヒーを片手に街並みを眺めておりました。桜の花びらが風に舞い、まるで淡いピンクの雪が降っているかのような美しさです。
息子夫婦のその後について、少しお話しさせてください。新しい土地所有者からの立ち退き請求に従い、二人は一ヶ月後にあの家を出ることになりました。引っ越し先は駅から遠い古いアパートだと聞いております。家賃は以前の住宅ローンよりも安いものの、部屋は狭く日当たりも良くないそうです。千八百万円の返済については、弁護士を通じて分割払いの交渉がございました。毎月の返済は十万円。完済までには十五年以上かかる計算になります。
そして、夫婦関係も大きく変わってしまったようです。
「あなたがお母さんを追い出そうとしたからでしょう」
「お前だって、遺相ろと帰って煽ったじゃないか」
人に聞いた話では、二人は毎日のように言い争っているそうです。離婚の噂も耳にいたしましたが、今の経済状況では別れることもできないのでしょう。けれど、それはもう私には関係のないことでございます。
私は今、六十七歳にして初めて本当の意味で自分の人生を生きているのです。朝は好きな時間に起きて、ゆっくりとコーヒーを入れます。新聞を読みながら静かな朝のひとときを楽しむのです。誰かの顔色を伺う必要もなく、誰かに文句を言われることもありません。午前中は近所の図書館に通うことが多くなりました。若い頃から読みたいと思っていた本を、一冊ずつ丁寧に読み進めております。ページを追いながら知識が身体に染み込んでいくような、心強さを感じます。
午後は銀行員時代の同僚たちとランチを楽しむ日もございます。
「すみ子さん、最近生き生きしてるわね」
友人の一人がそう言ってくれました。
「ありがとう。今が人生で一番幸せかもしれないわ」
その言葉に嘘偽りはございません。週に一度は趣味の園芸教室に通っております。土に触れ、植物を育てる喜びをこの年になって初めて知りました。小さな芽が日に日に成長していく姿を見ていると、命の尊さを感じずにはいられません。バルコニーには、私が育てた花が色とりどりに咲き誇っております。赤いゼラニウム、黄色いマリーゴールド、紫のペチュニア。それぞれの花が、それぞれの美しさで私の毎日を彩ってくれているのです。
ふと、あの十二の平手のことを思い出すことがございます。あの夜の痛みは、今でも鮮明に覚えております。頬に走った衝撃、息子の歪んだ顔、裕子の冷ややかな笑み。けれど、不思議なことに、あの出来事に感謝している自分がいるのです。あの夜がなければ、私はまだあの家で我慢を続けていたかもしれません。遺相ろと呼ばれながら、他人と言われながら、黙って耐え続けていたことでしょう。
あの痛みが私の目を覚まさせてくれたのです。自分の尊厳は自分で守らなければならない。我慢することが美徳ではない。理不尽な暴力には、正当な方法で立ち向かう権利がある。六十七年間生きてきて、ようやくそのことに気づくことができました。三十八年間、銀行員として働いてまいりました。お金の流れ、契約の仕組み、法律の知識。そういったものが長い歳月をかけて私の中に蓄積されておりました。そして、その全てがあの日のために用意されていたような気がするのです。
皆様の中にも、理不尽な扱いに耐えていらっしゃる方がいるかもしれません。家族だから我慢しなければならない。年を取ったのだから仕方がない。そんなふうにご自分を押し殺していらっしゃる方もいるのではないでしょうか。けれど、どうか覚えていてください。あなたの尊厳は、あなた自身で守る権利があるのです。長年培ってきた知識と経験は、必ずあなたの武器になります。六十七歳の私にできたのですから、あなたにもきっとできるはずでございます。
夕暮れ時、バルコニーに出て空を眺めることがございます。茜色に染まる雲を見ていると、夫のことを思い出します。優しかった夫。一度も私に手を上げたことのなかった人。
「あなた、私、やっと自由になれたわ」
心の中でそう語りかけることがございます。風が頬を撫でていきます。まるで夫が「よくやったね」と言ってくれているような、そんな気がするのです。今、私は心から幸せでございます。誰にも支配されず、誰にも否定されず、自分の意思で自分の人生を歩んでいる。それがどれほど素晴らしいことか、この年になってようやくわかりました。皆様にも、きっと幸せな未来が待っております。理不尽に屈する必要はございません。我慢の限界を超えたら、勇気を出して一歩踏み出してください。正しいことをする人は、必ず勝てるのです。あなたの幸せは、あなた自身が掴み取るものでございます。



