「おい、まゆ、また味噌汁が薄いぞ。何度言ったら俺の言う通りに作れるんだ?いつもいつも手際が悪いんだよね。」
「母さん。浩太の言う通りよ。本当にまゆさんは結婚してからずっと役立たずなんだから。」
この言葉を聞いた瞬間、私は静かに拳を握りしめた。今までなら黙って頷くだけだった。でも今日は違う。
「言葉ですが、私は一日中町工場の事務仕事をさせられ、さらにお父さんの介護やペットの世話まで丸投げされているんです。ご飯くらい自分で作ったらどうですか?」
直後、夫と義母は目を見開き、血管が張り裂けそうなほど怒りを露わにした。これまで口答えもせず頷いてばかりだった私が初めて意見したからだ。隣の高齢の老犬が心配そうにこちらを見つめている。
「一家の主に対してその態度は何だ?一歩下がって旦那を立てるのが嫁の役割だろうが。大して家事もできないくせに生意気だ。俺に従えない嫁は必要ない。」
「困ったわね、まゆさん。浩太に捨てられたら生きていけないでしょうに。これが最後のチャンスよ。今すぐ手をついて謝りなさい。」
いつも通りの人を見下した言動に、私は壁を見つめながら思った。だけどそれも今日で終わりだ。
「従わない嫁は不要と言うなら、ラッキーですね。喜んで出ていきます。今から実家に帰りますので。」
一瞬、夫と義母は呆気に取られて黙った。しかしすぐに大笑いし始めた。
「強がってるだけだ。後で泣きを見るだけだぞ。」
2人が何も知らないからこそ、そんな呑気なことが言えるのだ。私はすべてを知っている。心の中で笑いつつ、私はスマホを操作した。これより、私の復讐劇を開始する。
数秒後、義実家のインターホンが高らかに鳴り響いた。時間は22時を過ぎていた。このタイミングで来客とは珍しいと思ったのだろう。義母と夫は文句を言うのを中断し、不審そうに顔を見合わせた。夫がぼやきながら玄関に向かう。義母も不安そうにその後を追い、私に一瞬厳しい視線を投げかけた。その視線には「お前のせいで何かトラブルでも起きたのか」という暗い意味が感じられた。私はそれに動じることなく、静かに立っていた。これから何が起こるかは、もう分かっているからだ。
夫が玄関のドアを開けると、そこには2名の礼儀正しい男性が立っていた。男性はスーツを完璧に着こなし、姿勢も堂々としていて、まるでテレビドラマに出てくるような優雅な雰囲気を漂わせている。夫と義母の表情が一気に困惑したものへと変わるのが手に取るようにわかった。
「なんだお前?誰だ?」夫がぶっきらぼうに問いかける。
しかし男性は何も気にせず、静かに私の方を見て深々と一礼した。
「お嬢様、準備は全て整いました。いつでも出発できます。」
その瞬間、部屋の空気が一変した。義母と夫の顔が一瞬にして凍りつく。何が起こっているのか理解できず、2人は私と男性を交互に見つめ、口を開けているだけだった。
「何の冗談よ。まゆさんがお嬢様?」義母は信じられないというような表情を浮かべ、声が震えていた。
夫も険しい表情で何かを言おうとしているが、言葉がうまく出てこない様子だ。やがて怒りの色が見え始めると、私に向かって詰め寄った。
「こいつは誰だ?お前、浮気相手でも連れてきたのか?」
浮気相手。あまりにも陳腐で愚かな発言に、私は心の中で笑いをこらえた。
「浮気なんてよく言えるわね。少しは頭を使ったらどうなの?」私はため息をつくように呟いた。
その言葉と態度に夫の顔が一瞬歪んだ。夫は自分の言葉が全く的外れだったことを認めたくないのか、声を荒げた。
「ふざけるな。こんな時間に男を連れ込んで一体何を考えているんだ。お前はもう俺たちに従う気はないっていうのか?」
「私たちはただあなたに立派な嫁になってもらいたいだけなのよ。愛情を持って接してきたのに。それを裏切るつもり?」
私は思わず鼻で笑いそうになった。夫と義母の言う愛情とは、自分たちの思い通りに人を動かすための言い訳に過ぎない。嫁を支配しいびり倒すことを愛情と呼ぶのなら、どれだけ歪んだ価値観を持っているのだろうか。
義実家は町工場を経営しており、数年前に大手の機械メーカーと契約していた。その機械メーカーは工場が立て直すきっかけを作った企業だった。この話は私が夫と結婚する前に義父から聞いたものだ。そんな義父は病に倒れてしまい、現在は介護が必要になってしまっている。本来なら家族全員が力を合わせて乗り切るべき局面。しかし、夫と義母は私に町工場の仕事や家事を押し付け、挙句の果てに義父の介護やペットの世話まで丸投げしているのだ。そこに愛情なんて1ミリも存在していない。
私が拳を握りしめていると、男性、佐藤さんが一歩前に出て穏やかに彼らに向き直った。
「あなた方がまゆ様にしてきたこと、全てお聞きしています。今夜、お嬢様はここを出ます。それに異論はないはずです。」
その言葉を聞いた瞬間、義母と夫の顔がさらに強張った。2人は自分たちの立場が危うくなっていることにようやく気づき始めたのだ。だが、それでも自尊心の高さが邪魔をして、素直に非を認めることはできないようだ。
「これは愛情表現よ。まゆさんがしっかりした嫁になるために厳しくしていただけ。それが私たちのやり方なのよ。」
「そうだ。俺たちはまゆに何も悪いことをしていない。家族としての責任を果たしてもらっていたんだ。嫁が何もしないなんてありえないだろう。」
2人は必死に自分たちの行為を正当化しようとする。しかしその言い分がますます浅ましく見えてくる。佐藤さんは呆れたように肩をすくめた。
「愛情、ですか。しかしその愛情があなたたちにどれほどの損失をもたらしたか、ご存知ですか?」
義母と夫は佐藤さんの冷静な指摘に、一瞬何を言われているのか理解できない様子だった。私は静かに深呼吸をした。
「ちなみに、この佐藤さんは私の兄の秘書です。」私は静かに告げた。
その瞬間、夫と義母の表情が一変した。信じられないという顔で私を見つめ、次に佐藤さんを見つめる。
「お前の兄はしがないサラリーマンだよな。そんな奴に秘書なんかいるわけないだろ。適当なこと言いやがって。」
「そうよ。ふざけたことを言ってないで、さっさと謝りなさい。」
私は軽く肩をすくめ、冷静に言い放った。
「信じたくないなら信じなくてもいいわ。でも、もう決まっていることなの。私はここを出る。あなたたちにはもう付き合いきれない。」
そう言って私は玄関へと向かい、佐藤さんと一緒に外へ出ようとした。
「待て、まゆ。ふざけるなよ。お前がこんな勝手をしていいと思っているのか。」
夫は怒りを露わにし、私に詰め寄る。私は無言でドアの前に立ち、扉を開けた。その瞬間、夫と義母は凍りついた。外には艶やかな光沢を放つ高級車が止まっていたのだ。
「何なの、これは?」
その威圧感のある存在に夫と義母は言葉を失い、驚愕した表情でその車を見つめるだけだった。私はその様子を横目に、静かに佐藤さんと共に車に向かって歩き出した。もうこの家に留まる理由はない。全てが終わり、新たな一歩を踏み出す準備は整っている。
夫と義母は私たちが車に乗り込もうとするのを見て、ようやく我に返ったように声をあげた。
「おい、まゆ、これは一体どういうことなんだ?この車は。」
夫が慌てて私の腕を掴もうとする。私は夫の手を振り払い、冷静に答えた。
「この車は兄のものよ。私の兄はスカトウ工業の社長なの。」
「スカトウ工業の社長?そんな馬鹿な。お前の兄があのスカトウ工業の社長だなんてありえない。」
「信じたくないなら、別に信じなくてもいいわ。でも、それが現実よ。」
夫は驚愕の表情を浮かべ、「ありえない」と何度も繰り返した。その瞬間、佐藤さんがすかさずフォローする。
「おっしゃる通りです。この車は社長のものです。まゆ様のお兄様である社長の指示で、今夜お嬢様をここから連れ出す手はずになっています。」
その言葉に夫はさらに動揺し、額に汗を滲ませながら私に詰め寄った。
「さっきも確認したが、お前の兄はしがないサラリーマンだろ。結婚挨拶の時も社長だなんて一言も言ってなかった。実際にお前の兄は見窄らしかったし、高価なものだって1つも身につけていなかったぞ。」
「兄はあえて自分の身分を隠していたのよ。私の両親が事故で亡くなった後、兄は若くして社長の座を継いだ。でも、それ以来、社長夫人の座や遺産狙いの女性がたくさん寄ってきたの。それが嫌で、兄は身分を隠すようになったのよ。それで結婚の挨拶の時も……。」
「そんな話、信じられるわけがない。そうだよ。こんなの全部出鱈目でしょ。冗談もいい加減にして。」
私は静かにため息をつきながら、2人の言葉に冷静に答えた。
「信じたくないならそれでいいわ。別にあなたたちの許可が必要なわけじゃないし。これから先の人生、あなたたちには何の関係もないから。」
その時、佐藤さんが静かに名刺を取り出し、夫に差し出した。
「どうぞ、お確かめください。」
夫は震える手で名刺を受け取り、その内容を確認する。名刺にははっきりと「スカトウ工業 社長秘書」という名前と役職が記されていた。夫の顔が蒼白になり、凍りつくのが分かった。夫はその名刺をまじまじと見つめ、口元が震え始めた。
「これは……本物なのか?」
「もちろんです。スカトウ工業の取引先である、あなた方にとっても重要な事実でしょう。」
その瞬間、夫の顔はさらに蒼白になり、義母も同様に震え始めた。2人はようやく気づいたのだ。自分たちが何も知らないまま、重要な取引先である人物をずっと軽んじていたという事実に。
「そんな……信じられないわ。私たちがこんな大事な相手を。」
義母は震える手で口を押え、その場に崩れそうになった。スカトウ工業は義実家の町工場にとって重要な取引先であり、工場が持ち直すきっかけを作ったあの大手の機械メーカーだ。まさか、まゆの兄が本当にスカトウ工業の社長だったなんて。
「あなたたちの工場が経営難に陥った時に救ったのは、実は兄だったの。だけど、その取引先の親族である私を、あなたたちは何も知らずに見下し続けてきた。これが、人を見た目だけで判断してしまった結果よ。」
数年前、義実家の町工場は経営難に陥っていた。その時、倒れる前の義父が奮闘し、兄の会社であるスカトウ工業と取引を開始することに成功した。これが工場の経営を立て直すきっかけとなった。しかし、その取引が始まったのは私と夫が出会う前のことだったため、私はこの事実を伝えずに来た。義母と夫は何も知らず私をいびり続けたのだ。その結果、重要な取引先である私の兄も侮辱する形になった。
「あなたたちは、今自分たちが何をしてきたのか理解できているの?」
「そんな……知らなかった。」
夫の顔は見る見る青ざめていき、義母も息を飲みながら震える声で呟くばかり。2人が何も知らなかったのは、義父に全てを任せていたからだろう。義父は家族のために奮闘していたというのに。
佐藤さんが静かに、しかし重い口調で告げた。
「社長からの伝言です。取引は破棄するとのこと。そして……妹を傷つけた責任を取ってもらうと。」
「今後のスカトウ工業との契約は、一切なくなります。」
その瞬間、夫と義母はその場に崩れるように膝をつき、顔がさらに蒼白になった。
「待ってください。お願いです。取引を破棄にするなんて。こんなことされたら、俺たちの工場はどうなってしまうんだ?俺たちは何も知らなかったんです。本当に知らなかったんです。どうか、それだけは勘弁してください。」
義母も涙を浮かべ、佐藤さんに向かって必死に訴えかけた。
「まゆさんが社長令嬢だなんて、全然知らなかったのよ。お願いだから許してちょうだい。スカトウ工業との取引がなくなったら、私たちはどうすればいいの?」
2人は揃って佐藤さんに頭を下げ、必死に懇願している。しかしその謝罪は私に対するものではなく、自分たちの立場を守るためのものだった。自分たちの経営を守るためだけに、突然態度を変えて頭を下げているのだ。
「お願いです。どうか社長に伝えてください。私たちは何も知らなかったんです。まゆがそんな人だなんて分かっていれば、こんなことにはならなかったんです。許してください。」
「私たちは悪くないのよ。だって、まゆさんが何も言わなかったんだから。彼女が言ってくれれば、こんなことにはならなかったのよ。お願いだから許して。」
佐藤さんは冷たく言い放った。
「謝る相手が違いますね。あなた方が謝るべき相手は社長ではなく、お嬢様です。お嬢様が何者であるかは関係ありません。家族としてないがしろにし、ひどい仕打ちをしてきた。それに対する謝罪が、最も重要なのです。」
佐藤さんの言葉に、夫と義母は一瞬沈黙し、顔を見合わせた。しかし次の瞬間、義母が不満げな顔で声をあげた。
「いや、それは違うわ。まゆさんが素性を隠していたのが悪いのよ。もし最初から知っていれば、私たちはこんなことをしなかったんだから。」
夫も続けて強い口調で反論してきた。
「そうだ。まゆが俺たちに最初から話してくれていれば、俺たちの態度も変わっていたはずだ。全部まゆが悪いんだ。」
私はその言葉に呆れ果てた。自分たちの責任を棚に上げ、全てを私に押し付けようとする2人の姿勢に、怒りというよりもむしろ呆れが勝った。
「そうやって、また私のせいにするのね。最初から話していたら、あなたたちは私を社長令嬢として扱ったかもしれない。でも、それは私に対する敬意ではなく、兄の権力を恐れてのことでしょう。あなたたちが私を見下し続けてきたことは変わらない。それが、あなたたちの本性よ。」
佐藤さんがさらに一歩前に進み、鋭い視線で夫と義母を見下ろした。
「もう一度言います。お嬢様が何者であるかは関係ありません。家族をないがしろにしていい理由にはならないのです。それに対し、あなた方が本当に反省していないのなら、もう何も言うことはありません。」
夫と義母は再び沈黙し、佐藤さんの言葉に反論することができなかった。2人は、自分たちの立場が完全に逆転してしまったことをようやく理解したのだ。夫は私に対して苛立ちを隠さず、声を荒げた。
「俺たちは悪くない。まゆ、お前が素性を隠していたのが悪いんだろう。結婚する時に言うべきだったんだよ。お前、俺たちを騙していたんじゃないか。」
その責任転嫁に、私は冷静にすぐさま反論した。
「あなたも自分の素性を隠していたじゃない。私を責める資格なんてないわ。」
「何を言ってるんだ。俺は隠したわけじゃない。ただ言うタイミングがなかっただけだ。」
私はその言い訳を一蹴する。
「あなたは私に、自分の家が町工場を経営していることを隠していた。そして結婚してからようやくその話を持ち出し、私に工場の仕事を手伝ってもらいたいと言い出したの。私が支えるべきだと思って工場を手伝い始めたら、すぐにあなたの態度が豹変した。」
「それは違うわ。まゆさんが工場の仕事を覚えるのに時間がかかって、浩太が苛立っただけよ。嫁なら家庭も仕事も両方やるのが当たり前でしょ。」
「嫁だから当たり前?結婚してすぐに、あなたたちは私に工場の経理や事務を押し付けた。それだけじゃない。お父さんの介護まで、全て私に丸投げしてきた。それが嫁として当たり前だと言いたいの?」
「そ、それはお前が工場を手伝うって言ったからだ。俺たちの家族の一員なんだから、当然だろ。お前だって協力する気持ちでやってたんじゃないのか。」
私は深くため息をつきながら、彼の言い訳を受け流した。
「協力する気持ちでいたわよ。でも私の役割は、いつの間にか協力じゃなく、全てを押し付けられる形になっていた。あなたもお母さんも、最初は優しく振る舞っていたけど、私が工場を手伝い始めた途端に態度を変えた。それが本当のところでしょ。」
義母は少し戸惑った様子で口を開こうとしたが、私の冷たい視線に押され、言葉を飲み込んだ。
「実は、結婚して半年経った頃から、私はすでに離婚を考えていたの。でも、離婚せずにここまで来た理由がある。それはお父さんよ。」
義父の名前が出た瞬間、夫と義母は表情を変えた。2人も義父の存在がこの家で特別なものであることは知っていた。
「お父さんはこの家で唯一、私を支えてくれる存在だった。浩太とお母さんは私を冷たく扱うようになったけれど、お父さんだけは私を応援してくれていた。そんなお父さんを、あなたたちは邪魔物扱いし、介護を全て私に押し付けた。自分たちは逃げるようにして、見て見ぬふりをした。それが私にとって一番許せないことだった。だから私は、お父さんのためにこの家に留まっていたのよ。」
「でも、私が最終的に離婚を決意したのは、ある出来事がきっかけだったわ。その出来事がなければ、私は今もこの家に留まっていたかもしれない。」
「ある出来事?」夫が不安な顔で私を見つめる。
「そう、ある出来事が私を完全に決断させたの。それについて、今からあなたたちに暴露するわ。」
夫と義母は不安な表情を浮かべ、私の言葉に耳を傾けている。私はゆっくりとスマホを取り出し、画面を操作しながら言った。
「これを見れば、全てが明らかになるわ。」
画面に映し出される映像データを、夫と義母に向けて再生する。映像が流れ出すと、2人は緊張の面持ちで画面を覗き込んだ。そこには、夫と義母が笑いながら話している姿が映っていた。
「全て計画通りに進んでいるな。」
「ええ、あの嫁は従順だからね。何も疑わずに言いなりになるわ。私たちの思惑通りだわ。」
「あの女と結婚したのも、全部工場の仕事を押し付けるためだ。父さんの介護までやらせれば、俺たちは何もしなくて済むしな。」
「そうよ。介護はあの嫁に全部任せておけばいいわ。私たちにとっては邪魔な存在だけど、あの嫁なら文句も言わずにやるでしょ。」
ここで再生をストップする。夫と義母の顔が急激に青ざめた。映像には、私をいびっていた本当の理由が映し出されていた。夫と義母は義父を邪魔物扱いし、私に全てを押し付けることを最初から計画していたのだ。
「お、お前、いつの間にこんなものを?これは一体、何の映像なんだ?」
「最近よ。これはペットカメラが録画したものになるわ。」
「ペットカメラ?」
「あなたたちはお父さんだけでなく、ペットまで邪魔物扱いにしていた。だから、ペットカメラにも気づかないと思ってね。」
義母は顔面蒼白になり、震え始めた。
「いや、違うのよ。これはただの冗談だったの。そんなつもりはなかったのよ。」
私はその言葉を冷たく遮った。
「冗談ですって?あなたたちはお父さんを邪魔物扱いし、ペットを無視し、そして私を道具として利用した。それが全部冗談だって言いたいの?」
「でも、これは盗撮だ。違法だろ?こんな映像、証拠にならない。」
「盗撮じゃないわ。これはペットカメラに映っていたものなんだから。ちなみに、設置を進めてくれたのはお父さんよ。あなたたちはお父さんが体を壊してから無警戒だったようだけど、お父さんは全てを見ていたのよ。」
義母はさらに動揺し、何かを言おうとしたが、佐藤さんが静かに、しかし厳しい口調で言った。
「あなた方はお嬢様やお父様に対して、大変な仕打ちをしてきました。それに対して、言い逃れはできません。」
夫と義母はその場に立ち尽くし、顔が蒼白になった。2人は義父が全てを知っていたという事実に驚愕している。
「何より許せないのは、お父さんをないがしろにしたことよ。お父さんが体を壊したのは、あなたたちのために工場を守ろうと必死に奔走したから。その結果、スカトウ工業との契約を取り付けたのよ。あなたたちはお父さんが必死に頑張っていたことを知っていたのに、それでもないがしろにした。だから、お父さんには誠心誠意謝ってもらう必要があるわ。そして、私は弁護士を通じて離婚を進めるつもり。精神的苦痛に対する慰謝料も請求するわ。」
その言葉に夫と義母は再び青ざめ、震えながら私を見つめた。そこには、かつて私をいびっていた威圧的な態度は微塵も残っていなかった。私は佐藤さんと車に乗り込み、その場を去るのだった。
1ヶ月が経過し、夫と義母から頻繁にメールが届くようになった。内容はほとんど同じで、「どうしても話がしたい」「今一度会って欲しい」といった懇願の言葉が並んでいた。私は最初無視しようと思っていたが、法的な手続きを進める上でも一度2人と話をすることは必要だと判断し、話し合いの場を設けることにした。
指定されたカフェに到着すると、夫と義母は以前とは打って変わって委縮した様子で席に座っていた。顔には疲れと焦りが滲み、姿勢も以前のような高圧的なものではなく、完全に追い詰められた人間の姿だった。
「まゆ、お願いだ。どうか俺たちの話を聞いてくれ。本当にごめんなさい。もう一度だけ話をさせて。」
夫が声を震わせながら言いかけ、義母も涙を浮かべて懇願するような口調で言った。
「本当にお金がなくて困っているの。お願いだから、少しの猶予を与えてくれないかしら。私たちは本当に反省しているのよ。」
私は2人の様子を冷静に見つめ、ゆっくりと席に座った。
「それで、何の話がしたいの?」
夫は俯いたまま、言葉を絞り出すように話し始めた。
「スカトウ工業との契約が破棄になってから、工場の経営が一気に悪化してしまったんだ。いくら頑張っても状況は良くならなくて、どうしても慰謝料を払う余裕がない。頼む。少しだけ支払いを待ってもらえないか。」
2人の懇願を聞きながらも、私は感情を動かすことなく冷静に言葉を返した。
「あなたたちの事情は分かったわ。でも、それがどうしたの?私があなたたちに情けをかける理由なんてない。慰謝料は、あなたたちが私に対して犯した行為に対する正当な代償なの。待つ理由なんてないわ。」
その冷たい言葉に、夫と義母の顔がさらに暗くなり、2人の口からは絶望的な沈黙が漂っていた。しばらくして夫が顔を上げ、声を震わせながら言った。
「でも、まゆ。どうしても、どうしても払えないんだ。どうかお願いだ。俺たちを見捨てないでくれ。」
私はその言葉に何の感情も抱かず、淡々とした調子で返答した。
「私はもう、あなたたちに付き合う義理はない。それに、工場の経営が悪化したのは、全てあなたたち自身の選択の結果よ。私を利用して、お父さんをないがしろにして、今更何を言っても意味がないわ。」
2人は言葉を失い、再び沈黙が場を支配した。私はその様子を冷静に見つめながら、次の一手を打つ時が来たと感じた。
「ところで、これを見て欲しいの。」
私は手元にあった封筒を夫に差し出した。夫は疑わしげにそれを受け取り、中を確認し始めたが、次第に顔色が青ざめていった。夫の手は震え、視線はその書類に釘付けとなった。
「こ、これは……」
夫の声は掠れ、明らかに動揺していた。
「その中には、あなたが会社のお金を横領していた証拠が入っているわ。嘘の経費申請をして、自分のためにお金を使い込んでいたわね。あなたは私が経理業務をしていたにも関わらず、気づかないと思っていたのかしら。」
夫は言葉をつまらせたまま、ただ震え続けている。夫は私が従順で何もできないと決めつけていた。だから、横領に気づかれるはずはないと思っていたのだろう。しかし、私はその全てを知り、長い間証拠を集めてきた。
「あなたたちは工場のお金を自分たちの好きなように使っていた。それだけじゃない。あなたたちがお父さんの介護を私に任せきりにした理由も、自分たちがギャンブルに時間を使いたかったからでしょ。結局、あなたたちは私を従順な道具として使い放題にやっていた。でも、それも終わりよ。」
「違うのよ。そんなつもりじゃ……」
義母は涙を浮かべながら呟いたが、その声は力なく、言い訳の仕様もなかった。
「あなたが工場のお金を使い込んでいることに気づいたのは、私が離婚を考え始めた頃だった。私はお父さんに相談し、協力を得て証拠を集めていたの。」
「父さんが……協力していた?」
「そうよ。お父さんはあなたたちの仕業に気づき、私に協力してくれたの。お父さんは、あなたたちが何をしていたのか全て知っていたわ。だから、離婚を進めるよう私に助言してくれたのよ。」
夫と義母はもはや何も言い返すことができず、ただ震えながら私を見つめていた。
「私がこうしてあなたたちと会ったのは、あなたたちに最後の言葉を伝えるためよ。弁護士を通じて正式に慰謝料と損害賠償を請求するわ。工場のお金を横領したことも含めて、全てを明らかにするつもりよ。」
佐藤さんが静かに、しかし確固たる口調で付け加えた。
「お嬢様の言う通りです。証拠は全て揃っています。これ以上の言い逃れは通用しません。私たちはすでに弁護士を通じて手続きを進めております。」
夫と義母は完全に絶望し、その場で膝をついて泣き崩れた。
「どうか、どうか許してくれ。」
夫は涙ながらに私にすがりつこうとしたが、私は冷たい目で彼を見つめたまま動くことはなかった。
「もう終わりよ。あなたたちには、もう逃げ場はない。」
そう言って私は席を立ち、カフェを後にした。夫と義母がその後どうなったかは私の知るところではないが、彼らは自分たちが巻いた種の結果をしっかりと受け止めることになるだろう。
それからしばらくして、夫は工場の経営から解任され、義母と共に膨大な借金を背負うことになった。2人のギャンブル癖と金遣いの粗さが祟り、工場は最終的に倒産に追い込まれた。2人の人生は、私からの慰謝料と損害賠償請求に加え、失業と経済的な破綻によって完全に崩壊した。義父は夫と義母との関係を断ち切り、私と義父の望み通りに介護施設へと移ることができた。義父はこれまでの出来事に対して私に深く謝罪してくれたが、私はその言葉に「感謝しています」とだけ答えた。義父こそが私の唯一の味方だったのだから、義父に対して何も恨みはなかった。
その後、私は兄の会社で働くことになった。義父の工場で学んだ経理や事務の知識が、兄の会社でも役立つこととなり、私は新たな人生を歩み始めた。工場での経験が私を成長させてくれたことに感謝しつつも、今度は自分のために頑張ろうと心に決めた。これからは自分の力で未来を切り開いていこう。決意を新たに、私は前を向いて歩み始めた。過去の辛い経験が私を強くしてくれたことを感じつつ、新たな人生が始まる瞬間を心から楽しみにするのだった。



