義母が私に湯気の立つ鍋を投げつけたのは、親戚や友人が大勢集まった食事会の席だった。
「ちょっと、何をするんですか!」
「とぼけるんじゃないよ! 私がタンスにしまってあった300万がないんだ。またお前が盗んだに決まってる。この泥棒猫!」
義母は招待客の前で、私が寝室に忍び込み現金を盗んだと大騒ぎした。私は盗んでいない。しかし義母は証拠もないのに一方的に私を責め立てる。言葉の刃が何度も私の心を刺した。
「わかりました。では民間の鑑識を呼んで指紋を調べてもらいましょう」
私は冷静に提案した。義母は動揺して拒否しようとしたが、義母の兄である総一郎が口を挟んだ。
「こういうことははっきりさせた方がいい。その鑑識をここへ呼びなさい」
数分後、科学捜査研究所からチームが駆けつけ、鑑定が始まった。
私は太田つむぎ、28歳。法律事務所でパラリーガルとして働きながら、司法試験合格を目指している。私が育った家庭は両親と三人姉弟の明るい家庭だった。しかし私が中学生の頃、父が詐欺に遭った。太田幹事が代表を務める不動産会社の話に乗ってしまい、全財産を失ったのだ。両親は集団訴訟を起こしたが詐欺行為は立証されず、太田幹事たちは無罪となった。両親は失望と過労で倒れ、私と弟の快、妹の絆は施設で育つことになった。
私は同じ被害に遭った人の力になれるよう弁護士を目指した。高校卒業後、弁護士事務所で働き始め、パラリーガルになった。
3年前、事務所の取引先担当だった健太郎と出会った。穏やかで力強い彼に惹かれ、交際半年でプロポーズされた。結婚してすぐ、この決断が間違いだったと気づいた。
結婚の挨拶に行くと、義母は固い表情で私を見つめた。
「あなた、施設育ちなんでしょう。本当に健太郎の妻にふさわしいと思ってるの?」
義実家は実業家だった義父が建てた大邸宅で、親戚には大企業の経営者や政治家も多い。身分の違いを嫌う義母は、最初から私を嫁として認めていなかった。
ある日、義実家で食事をしていると、義母と健太郎が義父の話を始めた。スマホで義父の写真を見せられた瞬間、私は衝撃を受けた。そこには、私の家族を破滅させたあの太田幹事が映っていたのだ。
「健太郎の父が、あの詐欺師だったなんて……」
健太郎も義母も、義父のやったことを知っていて、悪びれる様子もない。「儲かるって勘違いした被害者が悪いのよ。私たちは裁判で無罪になった」と平然と言ってのけた。
その夜、私は眠れなかった。真実を知った私が健太郎の妻でいるはずがない。しかし、その時、ある計画が湧き上がった。裁判で無罪になった太田一族に、一矢報いるチャンスなのかもしれない。私はしばらく真実を隠して妻を続けることにした。
義母の嫌がらせはエスカレートしていった。町内会の炊き出しでは、義母が私の足を引っかけて転ばせ、「どんくさい」とみんなの前で罵倒した。健太郎も義母を止めず、「俺に恥をかかせるな」と私に怒鳴った。結婚してから分かったが、健太郎は義母に一切逆らわない。義母は「施設育ちの無能な嫁」と私を下げすみ、私が苦しむ姿を楽しんでいるようだった。
結婚して半年が過ぎる頃、健太郎は私に興味を示さなくなり、給与を家に入れなくなった。生活費はすべて私に押し付けられ、金融機関からの督促状が届くようになった。
「支払いの督促が来てるけど、どうするつもり?」
「そんなもの、いちいち俺に聞かずに黙って払っておけ」
健太郎は愛人と遊ぶことに精一杯で、浮気も気づいていた。それでも私は計画のためにやり過ごしていた。
ある日、健太郎と義母の会話を聞いてしまった。健太郎は私が無駄遣いしていることにして、義母から小遣いを引き出していたのだ。「あの女、まだあなたのお金で遊び歩いているの?」「つむぎにあんなに浪費癖があるとは知らなかったよ」
怒りで腹が煮えくり返った。でも、まだ動くわけにはいかなかった。太田の悪事をきちんと清算してもらうためには、我慢するしかなかった。
義母の誕生日の食事会で、総一郎が義父母たちの詐欺を批判した。総一郎は義母の兄で、親戚の中で唯一の良識人だった。
「お前たちがやったことで、どれほどの人の人生が狂わされたと思ってるんだ」
しかし健太郎や義母には響かない。そんな中、義母は私が総一郎の娘の見舞金を盗んだと騒ぎ出した。私の部屋から見覚えのない封筒が出てきて、中には50万円が入っていた。私は何も盗んでいない。
「証拠を見せつけられ、総一郎は私に失望したようだった。唯一の味方を失った私は孤独な戦いを強いられた。
義母の嫌がらせは暴力にまで発展した。ある時は、私が若い男性と話している写真を投げつけてきた。
「健太郎の稼ぎで遊ぶだけじゃなく、若い男と浮気していただなんて。本当に最低な女ね」
「彼は探偵です。健太郎の浮気の証拠を集めてもらっていただけですよ」
「よくもそんな嘘がつけるわね」
「浮気しているのは健太郎の方です」
私は義母に証拠の写真を見せた。
「だったら離婚すればいいでしょ」
「いいえ、離婚はしません」
まだ離婚するわけにはいかない。太田にきちんと反省させるためには、耐える必要があった。
そして、義母の誕生日の食事会。招待客が大勢いる前で、義母は私に熱湯の鍋を投げつけ、300万円を盗んだと大騒ぎした。私はまた鑑識を呼ぶことを提案した。
鑑識の結果、タンスから検出された指紋は義母と健太郎のものだけで、私の指紋は検出されなかった。義母は「あの女が指紋を拭き取ったのよ」と主張したが、持ち物検査でも手袋も300万円も見つからなかった。
総一郎は土下座して謝り、義母も渋々謝罪した。
そこへ、探偵に連れられて健太郎が帰ってきた。私は探偵に目くばせをし、撮影した動画を流した。そこには、健太郎が義母の不在中に部屋に侵入し、タンスから封筒を取り出して消費者金融に持っていく様子が映っていた。
「嘘よ! 健太郎がこんなことするはずがないわ!」義母は焦った。
健太郎は多額の借金を抱えていた。愛人につぎ込む資金を作るためオンラインカジノを始め、負けが込んで借金が膨らんでいたのだ。義母の300万円も借金返済に当てたという。
「これは立派な犯罪だ。きちんと警察で罪を告白しろ」と総一郎は言ったが、義母は「あの300万は健太郎に私があげたものよ」と主張を変えた。
「散々私を疑っておいて、息子が犯人と分かった途端に手のひらを返すんですね」
「そうだな。今後は俺たち夫婦2人で暮らそう」と健太郎が言ったが、私は突き放した。
「勘違いしないで。私はあなたのことなんて、とっくに愛想を尽かしているわ」
私は、用意していた離婚届を突きつけた。
「本気で離婚するつもりなのか?」
「ええ、本気よ。これまで生活費を支えていたのは私よ。あなたは何もしていない」
「あなたとあなたの浮気相手には慰謝料を請求させてもらうわ。財産分与もしてもらいます。それからお母さんのことも訴えさせてもらいます」
「私が何をしたっていうのよ」
「これまでの数々の嫁いびり、暴力行為。根拠もなく私に罪を被せた名誉毀損。理由はいくらでもあります」
私は訴訟を宣言した。義母と健太郎は慰謝料の支払いを拒否したが、私は条件を提示した。
「私の提示する条件を飲んでくれるのであれば、訴訟は諦めます。一つは不貞行為の慰謝料と財産分与として、健太郎が持つこの家の権利を全て私に譲渡すること。もう一つは、お母さんが持つこの家の権利を全て私に譲ること」
「そんなの聞けるわけないわ!」
「そうですか。では訴訟にするしかないですね」
すると義母は探偵と私が不倫していると騒ぎ出した。
「いいえ。この男性は私の弟の快です。そしてこちらは妹の絆。私たちは三人姉弟です」
「そして俺たちは、かつて太田幹事が起こした不動産詐欺の被害者家族です。詐欺のせいで両親を失い、施設で育ちました」
周囲からどよめきが上がった。
「それじゃお前は、俺が太田幹事の息子だと知って近づいたのか?」
「いいえ、知らなかったわ。知ったのは結婚した後よ。最初はすぐに離婚しようと思った。だけど、あの詐欺の被害者は他にも大勢いる。その人たちのためにも、一矢報いたかった」
健太郎が太田幹事の息子だと知った時から、私は快や絆と連絡を取り合い、反撃のチャンスを伺っていた。義母の嫁いびりの証拠が多ければ多いほどいい。健太郎の浮気や浪費の証拠を集めるにも時間が必要だった。
「お言葉ですけど、『騙された方が悪い』とおっしゃったのはお母さんですよ。私は何も騙していない。ごく普通に生活している中で受けた仕打ちに対して、正当な慰謝料と謝罪を求めているだけです」
亡き義父の詐欺の片棒を担ぎながら、今も贅沢な暮らしをしている義母や健太郎が許せなかった。一度裁判で無罪になっている以上、法律ではどうすることもできない。それなら別の方法で破滅に追い込むしかない。
「暴力ったって、ちょっとしたかすり傷程度よ。そんなものでこの家を手に入れられると思わないで」
「そうですか。では訴訟をするまでです。この家の監視カメラの映像、私の記録、音声データ、証拠なら山ほどあります。裁判になれば、過去の事件もまた注目されるでしょうね」
「SNSも大炎上だな」と快が続けた。
「さあ、どうします?」
義母と健太郎は、自宅の喪失か太田家の破滅かの二択を迫られた。義母は唇を噛みしめながら、「分かったわよ。この家は諦めるわ」と言い、譲渡契約書にサインした。家と土地の登記変更が行われ、それらは私のものとなった。
家を失った義母と健太郎は総一郎に助けを求めたが、総一郎は「社会に背を向けた人間を養うつもりはない」と拒否した。二人は格安のアパートに移り住み、義母は健太郎の借金返済のため亡き父の遺産を全て使い果たした。
それから1ヶ月後、健太郎はオンラインカジノをしていたことで警察に逮捕された。常習的に賭博を行っていたことが立証され、懲役刑が言い渡された。
一人残された義母は、持病の悪化で動けなくなったが、親戚の誰一人として手を差し伸べなかった。
私は家を売却し、そのお金を詐欺事件の被害者団体に全額寄付した。被害者総額の1割にも満たない金額だったが、被害者たちは喜んでくれた。
私は司法試験に合格し、弁護士としての第一歩を踏み出した。弱者の味方であり続けるために、今日も私は奮闘している。



