「あんたは家族じゃないんだから、高級寿司が食べられるなんて思わないで。貧乏人のあんたには、その腐った牡蠣で十分だわ。」 夫の実家の完暦祝いで高級寿司店に呼ばれたはずが、私の前には一切の皿がなく、代わりに義母が賞味期限が1週間切れた生牡蠣を投げつけてきた。今まで毎日「居候のくせに」と罵られ、義父の会社の契約も私が握っていることなど知らずに、家族全員が私を嘲笑っていた。…

「あんたは家族じゃないんだから、高級寿司が食べられるなんて思わないで。貧乏人のあんたには、その腐った牡蠣で十分だわ。」 夫の実家の完暦祝いで高級寿司店に呼ばれたはずが、私の前には一切の皿がなく、代わりに義母が賞味期限が1週間切れた生牡蠣を投げつけてきた。今まで毎日「居候のくせに」と罵られ、義父の会社の契約も私が握っていることなど知らずに、家族全員が私を嘲笑っていた。...

「あんたはこれを食べてなさい。」

岐阜の完暦祝いの日、義家族と共に都内にある予約困難な高級寿司店を訪れた。しかしどういうわけか、私の前には皿が置かれていない。次々と運び込まれる高級寿司は、義家族たちの分しかなく、私には何も提示されなかったのだ。

「今日は何名で予約されたんですか?」

「家族の分に決まってるでしょ。」

どうやら義母は、私のことを家族とも認めていなかったらしい。すると義母は自分のバッグから、くしゃくしゃになったビニール袋を取り出し、私に投げつけてきた。中には生牡蠣が入っている。驚いたことに、賞味期限は1週間も前に切れていた。生牡蠣など、鮮度が落ちれば食中毒を起こしかねない。つまり義母は、私が腹を壊し苦しむことまで計算した上で、この腐った牡蠣を押し付けてきたのだ。

「あんたは家族じゃないんだから、高級寿司が食べられるなんて思わないで。貧乏人のあんたには、その腐った牡蠣で十分だわ。」

あろうことか義母は、私に腐った牡蠣を食べろという。

「母さんの心遣いに感謝しろよ。」

義母と夫の言動にも腹が立つが、義父や義弟夫婦でさえも私を見てクスクスと笑っている。あまりの怒りに、私は無言で席を立ち、店を出た。

その直後、店の大将は義家族たちへのサービスを中断した。実はこの日訪れた高級寿司店も、私がいなければ商売が成り立たない。さらに私は義家族たちの前でスマホを取り出し、義父の会社との契約を即刻停止させたのである。

私は磯部み子、35歳。大手食品メーカーのシニアバイヤーとして働いている。国内外の高級食材ルートを一手に引き受け、業界で私の名を知らない者はいない。3年前に夫の健二と結婚したのだが、中堅の会社員として働く彼を嫌な気にさせたくないと思った私は、食品メーカーで事務をしているとだけ伝えていた。仕事での立場や収入で義家族たちと揉めたくない。無用な争いを起こさないよう、波を立てないようにとの配慮だった。

しかしそれが間違いだったのかもしれない。

義両親は「事務なんて誰でもできる。スーパーの買い出しと変わらない」と私のことを見下したのだ。それに加え、健二と結婚して以来、私は毎日のように「居候のくせに」と罵倒されていたのである。

そもそも健二と結婚することになったのは、彼がどうしても私と結婚したいと言ったからだった。健二と出会ったのは5年ほど前のことになる。当時の私は仕事が忙しいこともあり、恋愛には全く興味がなかった。しかし周りを見渡せば友人たちは次々に結婚していき、どこか寂しさを感じたのだ。そんな時、友人から健二を紹介されたのである。

健二は真面目なサラリーマンらしく、自分の仕事にも誇りを持って取り組んでいた。私に対しての態度も言葉遣いも優しく、人としての倫理感も持ち合わせているように思えたのだ。交際を始めてからも健二は私のことを理解してくれ、週末のデートを楽しみにしてくれた。

「みこじゃなきゃ嫌だ。うんと言ってくれるまで帰らない。」

半ば強引に承諾させられた気もするが、それほど私のことが好きなのだと納得してしまったのだ。

しかし結婚してすぐに、私はこの結婚を後悔した。健二は勤める会社が大手と提携しているというだけで高いプライドを持ち、私のことを家政婦同然に扱ったのだ。健二から聞かれる言葉はどれも命令ばかり。「飯」という単語だけで指示され、すぐに従わないと罵倒される。交際中とはまるで違う彼の態度に、最初は戸惑ってしまった。

それに加え、義両親による嫌がらせも始まったのだ。義母は度々家に訪ねてきては「健二に養ってもらってるくせに」と文句をつけてくる。私の服装や持ち物にまでケチをつけ、罵倒するのだ。義父は何も言わないが、義母や健二の暴言を見ても何も言わず、見て見ぬふりをしていた。

この家に私の居場所はない。いつしか私は健二と話をすることも嫌になっていたのである。

そんな中、義父の完暦祝いを行うことになった。義実家に親戚一同が集まって、盛大に祝うという。

「みんなに恥をかかせないよう、しっかり準備するのよ。」

義母は完暦祝いの準備を全て私に丸投げしたのだ。

「プロの買い出しさんなら、これくらい簡単よね。」

嫌味な笑みを浮かべ、私を嘲笑する義母に怒りが湧き起こる。それでも腕の見せどころだと思い、私は準備に取りかかったのだ。完暦祝いに集まってくれる親戚たちに持たせる手土産には最高級の菓子を用意し、当日使用する食材も全て一般では入手困難なものを手配したのである。

しかし驚いたことに、食材の調達にかかる費用は全て私の負担だという。

「健二の稼ぎで贅沢してるんだから、それくらい出すのが当然でしょう。」

義母が言う通り、私が健二に養われているのであれば文句も言えない。しかし生活費は全て折半で、それ以上のお金に関してはお互いに干渉しないというのが我が家のルール。私は決して健二に養われているわけではないのだ。

「自分の生活費はちゃんと払ってます。お父さんの完暦祝いなのに、どうして私が全額負担しなければいけないんですか?」

「黙りなさい。無能な嫁のくせに反抗するなんて、以ての外よ。」

義母は顔を真っ赤にして私を怒鳴りつけた。その様子を見て健二はニタニタと笑っている。

「親戚の皆さんに渡す手土産だけど、変なものを用意されたら困るから、先に私のところに持ってきなさい。」

当たり前に命令してくる義母に怒りが込み上げる。それでも手土産を見れば、少しは私のことも見直すのではないかと淡い期待をしたのだ。

数日後、用意した手土産を持って義実家を訪れた。

「貧乏人が選んだ安物なんて、恥ずかしくて親戚の皆さんに渡せないわ。」

義母は受け取った手土産をすぐにゴミ箱に捨てたのである。

「何をするんですか?」

「こんなどこで買ったかも分からないものなんて、渡せるわけないでしょ。」

私が用意した手土産は、本場イタリアでしか手に入らない特別な菓子で、都内でも高級レストランでしか提供されていない。それなのに義母は、自分が知らないものだというだけで投げ捨ててしまったのだ。

「無能が選ぶものは母さんには合わないんだよ。いいから大人しく買い直してこい。」

健二の言葉に、私は自分の中で何かが切れる音がした。いくら私が気に入らないからと言って、ここまでやる必要があるのだろうか。嫌がらせにも程がある。

我慢の限界を迎えた私は、手配した食材を全て他の卸し先に回してもらうようにしたのだ。物の価値も分からない義家族たちには、高級スーパー程度の食材で十分だと判断したのである。

数日後、義実家で義父の完暦祝いの打ち合わせと称した食事会が開かれた。正直なところ行きたくはなかったが、行かなければまた何を言われるか分からない。仕方なく私は健二と共に義実家へと向かったのだ。

到着すると、ダイニングテーブルの上には豪華なすき焼きが用意されていた。

「今日は奮発して高級和牛にしたのよ。」

義母は得意げな顔で自慢を披露している。たまには気が利くものだと感心したのも束の間。いざ食事が始まると、私の席には肉片すら入っておらず、短くちぎられた白滝だけが入った皿が渡されたのだ。

「あんたは食材の残りカスを処理するのがお似合いよ。」

いやらしく笑う義母に嫌悪感さえ湧いてくる。

「こういうのを嫁いびりって言うんですよね。文句があるなら、自分で高い肉を買えるくらい働いてみろよ。」

私に見せつけるように高級肉を頬張りながら、健二は嘲笑っていた。その様子に私は呆れて何も言えなくなってしまったのだ。私の夫でありながら、健二が私をかばってくれたことなど一度もない。どこにでもいる中小企業のサラリーマンでしかないというのに、提携先が大企業だというだけで、まるでエリートにでもなったかのようだ。両親と一緒になって私を貶し続ける彼に、私は嫌気がさしていた。

「明日も早いので、先に帰りますね。」

「あら、私の手料理が不満だっていうの。」

私は義母の言葉を無視して家に帰ったのである。翌日から重要な買い付けで海外に出張に行かなければならない。その準備もあったのだが、これ以上義家族たちの顔を見ていたくなかったのだ。

私が帰った後も、3人は私を馬鹿にしながら優越感に浸るのだろう。しかしもうどうでもよかった。健二との結婚生活に愛情が尽きていた私は、ただひたすら義家族たちの暴言を記録する日々を送っていたのだ。遅かれ早かれ健二とは離婚する。そんな予感がしていた私は、来るべき日に備え準備を進めたのである。

翌日、健二とは顔を合わせないうちに出張に出かけた。健二からは「朝飯がない」と怒りのLINEが来ていたが、私は彼の家政婦をやるために結婚したのではない。生活費が折半なら、家事も折半にするのが当然なのだ。それでも食事の準備から掃除洗濯まで、全て私が担ってきた。出張で家を開ける時くらい、自分のことは自分でやればいいのである。

2日後、出張を終えて自宅に戻ると、玄関に見知らぬ女性の靴が置かれていた。直感的にただの来客でないことを悟った私は、音を立てないようにリビングへと向かったのだ。部屋の前まで来ると、中から健二と女性の話し声が聞こえてきた。

「ちょっと、奥さんが帰ってきたらどうするのよ?」

「大丈夫だ。帰りは明日のはずだから、今日は帰ってこないよ。」

健二は私の帰る日を勘違いしているようだ。そっとドアを開けると、ソファーの上で健二が女性に覆いかぶさっていた。

「何してるの?」

私の声に驚いた女性は小さく悲鳴をあげて、慌てて走り去っていった。

「妻が不在の間に浮気だなんて、どういうつもり?」

「なんだよ。帰ってくるなら連絡くらいしろよ。」

健二は何ひとつ悪びれることもなく、平然としている。

「俺の妻がお前みたいな役立たずだから、浮気だってしたくなるんだろう。責めるなら自分を責めろ。」

自分の浮気さえも私のせいにする健二に、怒りが込み上げてきた。

「どんな妻だろうと、結婚している以上浮気は許されないわ。」

「うるせえな。家政婦もできないお前に文句を言われる筋合いなどない。」

健二はふてくされた顔で部屋から出ていってしまったのだ。

1人残された私は、荷物を片付けようと寝室へ向かった。しかし私の部屋に置いてあったものが、ない。母からもらった陶器の置き物も、部屋に飾ってあった絵画も、アクセサリーさえもなくなっていた。それに加え、私が仕事で使う資料や記念品までもが見当たらなかったのである。

きっと健二が何かしたんだ。私はすぐさま彼の部屋に向かった。

「私の部屋に置いてあったものをどうしたの?」

「ああ、あのゴミなら母さんと一緒にリサイクルショップに売り払った。」

健二は何食わぬ顔で、私の私物を売ったというのだ。

「どうして勝手に処分するのよ。あれは私の大事なものなのよ。」

「居候の荷物がない方が家が片付く。」

いくら夫婦と言えども、個人の私物を勝手に処分していいはずがない。それなのに健二は当たり前のように言い捨てたのだ。

「少しはいい金になるかと思ったのに、どれも価値のないものばっかで、お前の食費にもならなかったよ。」

「どこに売ったの?お金はどうしたのよ。」

買い戻せるものなら買い戻したい。そう思ったのだが、健二は店の名前も覚えていないという。

これ以上この人たちと一緒にいたくない。私は健二との離婚を決意したのである。

最後の奉公と思い、義実家を訪れた。料理に使用する食材を一人で運び、玄関のインターホンを鳴らす。

「あら、何しに来たの?」

「お父さんの完暦祝いの料理を作りに来ました。」

その瞬間、義母は不敵な笑みを浮かべたのだ。

「それなら高級寿司店を予約してあるから、必要ないわ。」

最初から義母は私に無駄足を踏ませるのが狙いだったようだ。

「分かりました。では買ってきた食材は持って帰らせてもらいます。」

怒りで手が震えた。それでもこれが最後の我慢と収めたのだ。

数時間後、義母が指定した高級寿司店を訪れた。店には義両親の他に義弟夫婦もいるが、他の親戚の姿はない。手土産も私を貶めるための嘘だった。私が低所得だと思っている義家族たちは、嫌がらせのためだけにわざと高級なものばかり用意させたのである。

しばらくして寿司が運ばれてきた。都内にある予約困難で有名な店だけあって、どれも最高級品ばかりだ。しかしどういうわけか、私の前には皿が置かれていない。

「今日は何名で予約されたんですか?」

「家族の分に決まってるでしょ。」

どうやら義母は、私のことを家族とも認めていなかったらしい。

「あんたはこれを食べてなさい。」

義母は自分のバッグからくしゃくしゃになったビニール袋を取り出し、私に投げつけたのだ。中を見ると生牡蠣が入っている。驚いたのは、賞味期限が1週間も前に切れていたのだ。生牡蠣など、鮮度が落ちれば食中毒を起こしかねない。義母はそれを知った上で、私が体調を崩すことさえ計算に入れ、この腐った牡蠣を投げつけてきたのだ。

「あんたは家族じゃないんだから、高級寿司が食べられるなんて思わないで。貧乏人のあんたには、その腐った牡蠣で十分だわ。」

あろうことか義母は、私に腐った牡蠣を食べろという。

「母さんの心遣いに感謝しろよ。」

「何が心遣いよ。こんな腐ったものなんて食べられるわけないでしょ。」

「貧乏人が鮮度を気にしても仕方ないだろう。」

義母と健二の言動にも腹が立つが、義父や義弟夫婦でさえも私を見てクスクスと笑っている。あまりの怒りに、私は無言で席を立ち、店を出た。

その直後、店の大将は義家族たちへのサービスを中断したのだ。実はこの日訪れた高級寿司店も、私がいなければ商売が成り立たない。大将が最高の寿司を握れるように、私が手を回して最高級のネタを優先的に卸してもらえるようにしたのだ。大将にしてみれば、私は最大の御客なのである。

「おい、どうして急に寿司を持ってこなくなったんだ。私たちは客よ。さっさと出して。」

義家族たちは大きな声で文句を言い始めた。

「申し訳ありませんが、当店ではこれ以上サービスを続けることはできません。お帰りください。」

大将は「犯罪者に食べさせる寿司はない。まして腐った食材を持ち込むとは非常すぎる」と言い、義家族たちに即時退店を求めたのだ。さらに飲食業生活衛生同業組合にも報告すると告げたのである。飲食業生活衛生同業組合に通告が行けば、義家族たちの顔写真と共に行為の一部始終が知れ渡る。要注意人物としてマークされれば、義家族たちが気軽に飲食店を訪れることもできなくなるのだ。

「ちょっとした家族のいたずらよ。そんな大げさにしないで。」

「うちの店はみわ子さんのおかげで成り立ってます。みわ子さんに腐敗した食材を与えるなど、到底容認することはできません。」

下劣な家族たちはこの時初めて、私の正体を知ったのだ。

「そんな、あいつはただの事務員だって。」

「そうよ。私たちは知らなかったの。何にも言わないあの人が悪いわ。」

義家族たちは「知らなかったのだから罪はない」と言いはるが、大将は「そもそも恩義のある私に対して嫁いびりをしていることが許せない」と強気に迫った。その後も義家族たちは抵抗を見せたが、店のスタッフによって強制的に店外へと追い出されたのである。

「いいですか。」

私は放り出された義家族たちの前でスマホを取り出し、電話をかけた。相手は私が勤務するメーカーの物流管理部長だ。

「うちが配送を頼んでいるT運送ですが、コンプライアンス違反がありました。T運との契約の全てを即刻停止します。」

T運は義父が個人で経営している会社で、健二と交際を始めた頃、義両親にも喜んでもらおうと思い、配送の一部を義父に依頼するようになった。それまで小さな案件を細々と扱っていただけのT運は、またたく間に売上を伸ばし、義両親はいい暮らしができるようになったのだ。

しかしそれと同時に義母は態度を大きくし、健二は「次期社長」だとふんぞり返るようになった。私が手を回したことを知らなかったとはいえ、人間性を疑ってしまう。それでも義家族たちのことを思い、私はこれまで我慢してきた。しかし腐った牡蠣を食べろと言われてしまっては、これ以上黙っているわけにもいかない。

私は自身の上司に、食品衛生に関する重大な規定違反が確認されたと報告したのだ。その上で「意図的に腐敗した食材を公共の場で他者に供与するような人に、大切な荷物は預けられない。コンプライアンス違反があった以上、T運との契約の全てを即刻停止する」と告げたのである。

部長の返事は「分かった。君に任せる」の一言で、その瞬間、義父の会社との取引が停止したのだ。

「待ってくれ。契約を全部止められたら、うちの会社は立ち行かなくなる。」

「そんなこと、家族でもない私には関係ありません。うちは信用で商売をしてるんです。その信用を裏切った人と、これ以上取引を続けることはできません。」

すがりつく義父を、私は冷たく突き離した。実際のところ義父は、私の会社との取引があれば将来は安泰だと思い、下請けで回ってくる小さな仕事を断っていた。売上の9割を占める取引がなくなってしまえば、たちまち経営が厳しくなる。しかしそんな事情など、私の知ったことではない。

その後、私は健二が務める会社の専務を呼び出した。慌てた様子でやってきた専務は、健二を睨みつけている。

「そちらの社員が家族と一緒になって、私に腐った牡蠣を食べろと供与してきました。これがその証拠です。」

私は義母に渡された牡蠣を突きつけ、健二に対し適切な処置を求めたのだ。

実は健二が誇っていた提携先の大企業というのは、私が務める会社のことだった。健二が務める会社は飲食店向けに食材の小売りをしている。その食材の仕入れは私が務める会社になっていた。その仕入れを取り仕切っていたのが、私なのだ。

全ての事情を聞いた専務は「申し訳ございません」と平謝りしている。

「違う。全部出鱈目だ。その蟹はみわが自分で用意したんだ。」

健二は自分の首が危ないと思ったのだろう。必死に嘘の反論を始めたのだ。

「私もその人が自分のバッグから出すのを見たわ。」

義母も健二を擁護しようと、私を攻め立てた。

しかしそこに店の大将がやってきたのだ。

「みわ子さんが言ってることは本当です。なんならうちの防犯カメラに証拠の映像が残っています。」

大将は証拠映像の提供も惜しまないという。その瞬間、義家族たちは黙り込んでしまった。

「明日から永遠の休暇を与えてやる。」

専務にそう言われ、健二は顔を青ざめさせたのである。その後、専務は「明日から即刻、懲戒解雇の手続きに入る」と約束し、帰って行った。

「悪かった。頼むから…」

健二は私の足元にすがり、必死に頼み込んできたのだ。

「あなたを解雇するかどうかは、私が決めることじゃないわ。提携先の重要人物だとはいえ、他者の人事に口を出すことなどできるわけがない。重大なコンプライアンス違反を犯した健二をどう処分するかは、彼の会社が決めることだ。」

それから私は、あなたたちとも縁を切ることにしたから。私は記入済みの離婚届を差し出した。

「待てよ。こんなことくらいで離婚だなんて、大げさすぎるだろう。」

「今日のことだけじゃないわ。」

私は健二が職場の女性社員とホテルに出入りしている様子を隠し撮りした映像や、自宅に連れ込んでいた証拠を突きつけたのである。実は健二との離婚を考え始めてから、密かに探偵を雇い、彼の調査をしてもらっていたのだ。健二は私と結婚した当初から、複数の女性と関係を持っていた。自宅に連れ込んでいたのもその一人で、彼は結婚してからずっと私のことを裏切り続けていたのである。

「ちょっとした出来心だ。離婚しようなんて考えていない。」

「私はこれ以上、あなたたちに関わりたくない。」

他の女性にうつつを抜かし、家庭を顧みず、自分の好き勝手にやってきておいて、今更「離婚したくない」と言われても何も響かない。

「仕事も首になって、お前にも捨てられたら、俺はどうしたらいいんだ?」

「別の誰かに拾ってもらえば?あなたがどうなろうと、私には関係のないことよ。」

健二はこの後に及んでも、まだ自分の保身しか考えていないようだ。私とやり直そうと必死にすがってくるが、その理由は自分の生活のため。呆れて言葉も出てこない。

「お父さんの仕事がなくなったら、うちも困るわ。これまでのことは謝るから、許してちょうだい。」

義母も涙を浮かべながらすがってきたのだ。

「勝手なことばかり言わないで。」

身勝手なことばかり並べ立てる義家族たちを、私は怒鳴りつけた。

「浮気の慰謝料と、これまでの嫌がらせに対しての慰謝料はしっかり払ってもらうわ。それと、あなたたちが勝手に処分したものの弁済も求めるから。」

私は健二と義両親に対し、慰謝料を求める裁判を起こすと宣言したのだ。

「仕事も首になるっていうのに、慰謝料なんて払えるわけないだろう。」

「だから仕方ないって言うと思う。私はこれまで着々と準備を進めてきたの。解雇も離婚も、全て自業自得よ。」

それだけ言い残し、私はその場を後にした。自宅に帰るつもりはない。いつでも出ていけるよう、新しいマンションも手配してある。健二は気づいていないようだが、少しずつ自分の荷物も運び出していたのだ。

その夜、私は一人きりの部屋でこれまでの人生を振り返った。健二と結婚してからの日々はまるで悪夢のようで、思い返しても腹立たしさが込み上げてくる。最初から私の正体を明らかにしていれば、また違った結果が生まれたのだろうか。真実を隠していた自分のことも反省するが、義家族たちは、私に収入があると分かればその全てを自分たちのいいように使おうと画策しただろう。立場や収入で人を判断する人間に、いい人などいない。

健二との離婚が成立すれば、私は全てのしがらみから解放される。そのことを喜びながら、久しぶりに満たされた気持ちに包まれていた。

その後、大型取引がなくなった義父は慌てて下請けの仕事を探したようだが、これまで何くれとなく断ってきたことから、誰からも仕事を回してもらえず、経営は行き詰まっているそうだ。義父は経営を続けるため銀行から借入れも行っていたのだが、その返済もままならなくなり、3ヶ月もしないうちに倒産してしまった。その結果、会社の事務所と義実家は差し押さえられてしまったのである。

健二はその後、会社から懲戒解雇を言い渡された。実は兼ねてより、健二にはある疑惑がかけられていたらしい。健二は取引先との接待として、経費を不正に申請していたのだ。実際には接待など行っていないというのに、浮気相手との食事代や宿泊代までも出張費や交際費として申請していたらしい。しかしこれまでは確固たる証拠がなく、彼の処分を決めかねていたそうだ。私からの告発により、浮気相手と会合するために経費を着服していたことが明らかとなったこともあり、会社は彼に解雇を言い渡したのである。

その後、健二は再就職を試みたようだが、懲戒解雇されたという噂が業界内に広まり、どこも雇ってもらえなかったらしい。その結果、複数いた不倫相手からも「無職の男はいらない」と捨てられてしまったのだとか。それからは、雨漏りするボロアパートで義両親と3人で暮らしているらしい。

数ヶ月後、私の裁判が始まった。健二と義両親は全ての事実を認めたものの、「支払う能力がない」と訴えたが、罪を犯した人間が償うのは当然のことなのである。数ヶ月に及ぶ裁判の結果、健二には不貞に関する慰謝料と数々の嫌がらせに対しての慰謝料の支払いが命じられた。同時に義両親には私への慰謝料と共に、勝手に処分したものに対しての損害賠償の支払いを命じられたのである。

多額の借金の返済に加え、私への慰謝料や賠償金の支払いをすることになった義両親は、老体に鞭打ちながら夫婦揃って清掃のアルバイトを始めたらしい。しかしこれまでの運動不足と贅沢な暮らしがたたったのだろう。働き始めてすぐに義母は腰を痛めて寝たきり生活になったそうだ。

健二は日雇いの肉体労働に就いたようだが、慣れない仕事で毎日怒鳴られてばかりいたらしい。自分よりも若い現場監督に怒鳴られることは、プライドの高い彼にとって耐えがたい苦痛だったのだろう。せっかく雇ってもらえたというのに、1ヶ月もしないうちにやめてしまったのだとか。その後「是非来て欲しい」と声をかけられた会社に就職したようだが、長時間残業は当たり前な上に休みも取れないブラック企業だったそうだ。

ある日、健二から電話がかかってきた。

「本当にすまなかった。この通りだ。もう一度俺とやり直してくれ。」

健二は必死に私との復縁を求めてきたのだ。

「お断りよ。もう連絡してこないで。」

私は冷たく言い放ち、電話を切ってしまった。その後も健二から何度も電話がかかってきたが、私は彼の番号を着信拒否にして関係を断ったのだ。

健二と離婚を成立させた私は、精神的にも解放され、自由を満喫している。仕事では数々の功績が認められ、昇進することが決まった。その祝いにと長期休暇が認められた私は、フランスに飛んだ。港町にある、とれたての新鮮な牡蠣と最高級のシャンパンを堪能しながら、優雅な一時を満喫している。隣には新たなパートナーもいてくれて、幸せを噛みしめているのだ。

彼とは新たな食材を探している時に出会った。スタートアップ企業を経営しているという彼は、私の仕事にも理解を示してくれ、尊重してくれる。決して私を否定しない彼との時間が、とても心地よいのだ。

これからも彼と共に、私らしく歩いていこう。そう思える相手に出会えたことが、私の最大の幸運なのかもしれない。

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