駐車場で突然、担当銀行員の旧友が私に告げた。「融資は打ち切りだ。今すぐ1億返せ」。業績も返済も順調なのに、なぜ?彼の視線は、ついさっき紹介した婚約者を追っていた。私は今までの我慢が限界に達し、彼に一言だけ言い放った。「では、その代わりにそちらの銀行本店の土地を全部返して返せ」。彼の笑顔が凍りついた。私の家がその土地の持ち主だとは、彼は知らなかった。さて、次に何が起きたかというと——…

駐車場で突然、担当銀行員の旧友が私に告げた。「融資は打ち切りだ。今すぐ1億返せ」。業績も返済も順調なのに、なぜ?彼の視線は、ついさっき紹介した婚約者を追っていた。私は今までの我慢が限界に達し、彼に一言だけ言い放った。「では、その代わりにそちらの銀行本店の土地を全部返して返せ」。彼の笑顔が凍りついた。私の家がその土地の持ち主だとは、彼は知らなかった。さて、次に何が起きたかというと——...

「今すぐ融資した1億を返せ」

目の前の男が、さも当然のように言い放った。こいつは高校時代の同級生で、今はうちの融資担当の銀行員だ。

俺は花村、39歳。代々続く町工場の社長をしている。58年の歴史がある工場で、精密ギアの加工技術が自慢だ。父の代で特許も取得し、地元の大手メーカーからも「花村さんにしか頼めない仕事がある」と言われるまでになった。

父の引退とともに工場を譲り受けてまだ4年。仕事もプライベートも充実していたが、一つだけ悩みがあった。それが篠崎という男だ。

高校時代の同級生である篠崎とは、卒業後すぐに開かれた同窓会で再会した。当時、都会の大学に進学したはずの篠崎は、銀行の本店に就職が決まったと得意げだった。「田舎の工場に就職したお前とは運命の差だな」と、嫌みったらしく自慢話を並べ立てたのを覚えている。

それ以来、連絡を取ることもなく時間が過ぎた。だが数ヶ月前、篠崎が突然、うちの融資担当として現れたのだ。

「すごい偶然だな。ま、よろしく頼むよ、花村さん」

あの時の嫌な印象がそのまま重なって、俺は暗い気持ちになった。

それからというもの、月に一度の定例報告のたびに、篠崎は高圧的な態度で暴言に近い言葉を浴びせてきた。

「おいおい、こんなペースで大丈夫か?こんなんじゃいつまで経っても大企業になんかなれないぞ。町工場の社長がもう少し現実を見た方がいいんじゃねえの?」

俺は一言も大企業を目指しているとは言っていない。俺の目標はあくまで地元と工場の発展だ。父の代から従業員も30人増え、業績も順調に伸びている。それなのに篠崎は、俺のやっていることを「将来性がない」と否定するのだ。

あまりにグチグチ言われるものだから、一度だけ反撃したことがある。

「篠崎はいつも俺に対して底辺だの何だのと言うが、自分はどうなんだ。前に会った時は本店に就職が決まってエリート街道がどうって言っていたじゃないか」

ちょっとした意地悪返しのつもりだったが、これが篠崎の地雷を踏んだらしい。顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。

「田舎のたるんだ企業を立て直すために、優秀で将来有望な俺が選ばれたんだよ。ダメダメな下々を導いて救ってやるのもエリートの勤めってわけだ」

あまりに必死な言い訳じみているが、俺は銀行に詳しくないので嘘とも言い切れない。月に一度会う程度の関係だし、これ以上は面倒だと思って話を受け流した。

そんなある日の定例会のこと。いつものようにうちの事務所に篠崎がやってきた。事務所の女性社員がお茶を出すと、篠崎はポカンとした顔でその女性の後ろ姿を追っていた。

「花村、今の美人誰?前はいなかったよな」

「ああ、婚約者のまみだよ。最近正式に婚約したんだ。うちの仕事を覚えたいって言ってくれて、手伝ってもらってるんだよ」

俺が照れ臭くて鼻をこすると、篠崎の声がわずかに上ずった。

「婚約者…30歳くらいに見えたけど」

「確かにちょっと年が離れてるけど、来年の春に式を挙げる予定なんだ」

いやらしい目つきの篠崎を牽制する意味で、式の話をした。すると篠崎の表情が見る見るうちに歪み、何か言いたげだったが、最終的には小さく舌打ちして書類に目を落とした。

俺が予想した以上に機嫌を悪くしたようだ。その日の定例会は、いつも以上に悪い空気感のまま終わった。

帰り際、篠崎に呼び止められた。

「花村、駐車場まで付き合えよ」

いつもならそんなこと言ってこないのに。首をかしげながら付き合うと、篠崎は事務所から少し離れた駐車場でようやく口を開いた。

「花村、残念な知らせがある。融資への融資は打ち切りだ。というわけだから、今すぐ1億返せよな」

あまりに突然の発言で、俺は間抜けな声をあげてしまった。今さっきの定例会でも、順調に売上を伸ばしていることを報告したばかりだ。

「篠崎、何の冗談だ?契約上問題は何もないだろう」

「ああ、今のところ契約上は問題ないな。だけど銀行には貸し剥がしってのができるんだよ」

俺の発言を遮って、篠崎が言う。貸し剥がし……先の経営が悪化した場合、契約期間中でも即時返済を求めることができるという内容だったはずだ。しかし当然、正当な理由が必要になる。

うちは返済も順調、業績も伸びている。明らかに不当な要求だ。

「成長が遅すぎるんだよ。それに個人案件もやってるとかだっけ?そんなの小銭稼ぎにしかならないだろう。非効率な経営をする会社に融資し続けるには不安しかない。担当者として当然の決断だと思うが」

なぜそこでまみの存在が出てくるのか。今思えば、まみの存在を教えてから篠崎の様子はおかしくなっていた。まさか定例会の間ずっと上の空だったのは、帰り際に俺にこうして返済を要求する算段を考えていたからなのか。

「若くて美人な女と結婚が決まったのに残念だな。お前は融資を受ける側だ。俺とお前の間には絶対的な上下があるわけ。担当者の俺が返せと言っているんだから、お前は返すしかないんだよ」

今までの我慢が限界に達した。技術も真面目な経営も認めず、まみのことまで引き合いに出して不当な要求をする。こんな男にこれ以上振り回されるわけにはいかない。俺は篠崎を許さないと決めた。

俺は一つ咳払いをした。この瞬間、自分の中のスイッチを切り替える。

「なるほど。わかりました」

「観念したか」

俺の返答に、篠崎がますます口角を吊り上げる。

「では、その代わりにそちらの銀行本店の土地を全部返して返せ。こちらは貸している身。あなたと私には絶対的な関係性が存在します」

さっき篠崎に言われた発言に寄せて、俺は言い放った。

篠崎が笑顔のまま凍りついた。

「え?はは。何の冗談だよ」

さっきまでの俺のリアクションそのものだ。ここで説明してやってもいいが、どうせなら支店に帰って報告するまでやきもきしてほしい。俺はそう思って微笑んだ。

「多分、報告すればすぐに分かりますよ。ちなみに私は私で、篠崎さんあなたに宣告された貸しに関して、しっかり報告させてもらいますから」

その瞬間、俺の言っていることがはったりでも冗談でもないと、本能的に悟ったのだろう。篠崎の顔色が変わる。

「まさか、本当に?嘘だよな。俺を脅かそうとしているんだろ」

俺は返答せずに背を向けて歩き始めた。「おい、答えろよ、花村」と後ろから追いかけようとしたが、タイミングよく俺が横断歩道を渡ったところで赤信号になった。俺は今まで篠崎に悩まされていたのが嘘のように、吹っ切れた表情を浮かべていた。

駐車場の出来事からおよそ1時間後、うちが融資を受けている銀行の支店長から連絡が来た。

「篠崎と一体何があったのでしょうか?銀行本店の土地とは何のことでしょう?」

俺は端的に答えた。

「篠崎さんがいきなり融資の打ち切りを宣言してきたんですよ。貸し剥がしでしたか?うちの経営が不安定だと主張してね。あまりに不当なことを言い出すので、そういうことをされるならこの際土地を返していただこうと思いまして」

「そ、それは……本店の土地ですか……」

電話の向こうで困惑しているのが分かる。

「本店に確認してみてください。所有は我が家、花村家になっているはずです」

俺はそう言って電話を切った。

翌日、日曜日で工場は定休日だ。しんと静まった事務所に、支店長の謝罪の言葉が響き渡る。

「本当にこの度は申し訳ございませんでした。全く、息子から話を聞いた時は本当に驚きましたよ。順調な企業に対して貸し剥がしなんて」

俺の隣には、引退した父が座っている。昨日帰ってから篠崎と支店長の話をしたところ、父が「俺も同席する」と言い始めたのだ。土地関係の話も出るだろうから、いてくれた方が俺も助かる。

支店長の隣には、真っ青な顔で俯く篠崎が立っていた。支店長は篠崎を睨みながら、昨日起きた出来事を篠崎に確認したと語った。

「この度は担当の篠崎が誠に申し訳ございませんでした。支店長として深くお詫び申し上げます。この度の篠崎の発言は極めて不当であり、不誠実な対応と言わざるを得ません」

篠崎は最初、融資打ち切りなど言っていないと知らばっくれていたそうだ。だが本店に土地のことを確認すると、言い逃れができないとようやく諦めたらしい。

「まさか花村の家がそんなに裕福な家だったなんて。ただの町工場じゃないのかよ」

ボソッとつぶやきながら、篠崎は悔しげに表情を歪ませている。

「私の曽祖父が戦後の復興期に土地を貸したのが始まりです。曽祖父は土地に思い入れがあったらしく、土地は絶対に売らない、ただ貸すだけだと条件をつけた。当時銀行は復興で土地不足に困っていて、その条件を飲むしかなかったんだ。契約書にもしっかり賃貸借契約と明記されている。以来、毎月取り決めた額をきちんと頂いてますよ」

俺に続き、父も頷きながら言った。

「はい。私も本店に確認を取って知りました。この度の出来事で本店でも大きな問題になっておりまして、近いうちに本店からも正式な謝罪をと申しておりました。もしも本店が移転となると、数十億円規模の損害が予想できます。誠に手前勝手なのは承知ですが、どうかお考え直しを」

支店長の発言に、父は厳しい表情のままだ。謝罪すればいいということではないと、その表情が物語っている。俺にも同意見だ。

しかも、と俺は篠崎に視線をやる。支店長が懸命に謝罪する隣で、篠崎は全く謝罪しようともしない。話が大きくなりすぎて呆然としている気持ちも分からなくはないが、それとこれは話が別だ。そもそも自業自得である。

「篠崎さん本人は、何も謝罪することはない。そう思っていいでしょうか?信頼できない相手に、このまま土地を貸すわけにはいきません」

そこまで口にした時、ようやく篠崎が顔をあげた。顔は青白いのに、目だけが妙に血走っている。篠崎は俺に近寄ると、崩れ落ちるようにそのまま土下座の姿勢になった。

体全体がガクガクして、声も言葉を詰まらせながら震えていた。

「お、俺は……俺は不倫で全てを失ったんだ……」

突然の告白に思わず絶句する。

「何を……今は謝罪を」

支店長が慌てて止めようとするが、篠崎は振り払った。

「本店で順調だったのに、遊び相手に人妻がいて夫にバレて、そ、それでこんな田舎に飛ばされたんだ。それなのに!底辺工場を経営するお前なんかが、なんで若くて美人の婚約者なんか……なんで俺よりずっと幸せそうなんだって……どうしようもなくなって……」

感情的に吐き出す篠崎を、支店長を含む俺たち3人は冷たく見下ろした。ああ、そういうことだったのか。俺はまみのことを話した時の違和感に、今更ながら納得する。

「ただの嫉妬から、こんな思い切った真似をしたんだな」

俺の問いに、篠崎は鼻をすすりながら頷いた。

「本当に申し訳ございませんでした……あ、花村、俺たち高校時代はそんなに悪い中じゃなかっただろう。ちょっとした感情の高ぶりから失敗したのは認める。だ、だから……」

篠崎が救いを求めるように手を伸ばしてくるが、俺がその手を取ることはない。

「やっと謝罪の言葉を口にしたと思ったら、同級生という立場に免じて許せと。あなたのそういう傲慢な考えが、事を大きくすると学んでいないようですね」

大きくため息をつくと、支店長もまた土下座の姿勢になり、懸命に頭を下げる。俺は父と視線を交わし、頷き合った。

「では、条件があります」

俺が提案を口にすると、篠崎の顔は絶望に染まった。

その後、篠崎は懲戒解雇になった。そして本店の土地は、今も貸し続けている。

俺たちが要求したことは4つ。篠崎に対する厳正な処罰、土地の賃料を市場価格へ是正すること、正式な謝罪文書の提出、そして今後の融資条件の改善だ。戦後に決めた賃料は現在の市場価格と比べて破格に安かった。父もそろそろ見直しを提案しようと思っていたと言っていたので、いい機会だったのかもしれない。

今回の騒動はSNSでも大炎上したらしい。後日、本店からも正式な謝罪を受けた。

地元に残っている同級生が教えてくれたのだが、篠崎は実家に帰り、引きこもり生活をしているらしい。毎日のように両親と言い争いをしているのが外に漏れ聞こえてくるとか。

来年の春には、俺はまみと式を挙げる。この幸せが続くよう、俺はこれからも真面目で誠実に仕事と向き合うつもりだ。

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