「あなた、誰だったかしら?」と義母が私を見てそう言った日、私は涙を必死にこらえた。仕事を辞め、夫の地元に引っ越してまで尽くしてきたのに、私のことは忘れてしまった。それでも見捨てられず、毎日施設に通い続けた。すると介護士が真剣な顔で私を呼び止めた。「母さんがずっと『預金強盗』とつぶやかれています」。週末に義実家に戻るたび、義母の体に増える痣。そして夫と義両親の不自然な高価な買い物。私はすべての…

「あなた、誰だったかしら?」と義母が私を見てそう言った日、私は涙を必死にこらえた。仕事を辞め、夫の地元に引っ越してまで尽くしてきたのに、私のことは忘れてしまった。それでも見捨てられず、毎日施設に通い続けた。すると介護士が真剣な顔で私を呼び止めた。「母さんがずっと『預金強盗』とつぶやかれています」。週末に義実家に戻るたび、義母の体に増える痣。そして夫と義両親の不自然な高価な買い物。私はすべての...

朝の介護施設の廊下で、義母の見舞いに行った帰り道だった。すると、見覚えのある介護福祉士の川井さんが私を呼び止めた。

「神奈さん、少しお時間よろしいですか?」

小さな会議室に通されると、テーブルの上にはファイルが置かれていた。

「実は、母さんがずっとある言葉を呟かれていて…」

「ある言葉ですか?」

川井さんは真剣な表情で頷いた。

「はい。『預金強盗』という言葉を、時々つぶやかれるんです」

その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。しかし、同時にすべての点が線で繋がった。義母の体に残された不自然な痣、週末のたびに増える傷、そして夫と義両親のあの妙な挙動。私はすぐに警察へ電話をかける決意をした。

私の名前は瀬神奈。作業療法士として精神科病棟で働いていた頃、夫の拓也と出会った。祖母が認知症だったという彼は、私の仕事を理解してくれる優しい人だと思っていた。彼の実家で出会った義母のかず子さんは、早くに両親を亡くした私にとって、まるで本当の母のような存在になった。「これからは私が家族だから」と言ってくれた彼女の温かさを、私は今でも覚えている。

しかし、結婚してから徐々に違和感を覚え始めた。義父や義姉の冷たい態度、そして夫の変化。かず子さんだけがいつも私の味方でいてくれた。料理を教えてくれ、この村のことを話してくれ、そして最後には私を「任意後見人」に指名してくれた。「主人や義姉には任せられない。お金のことばかり考えているから」という彼女の言葉には、家族への深い悲しみが込められていた。

数年後、かず子さんは認知症を発症した。夫は冷たく、「仕事がある」と介護を拒否した。義父と義姉からの電話は、次第に命令へと変わっていった。「毎週来て世話をしてください」。私は仕事を辞めて、夫の地元へ引っ越すことを余儀なくされた。

介護施設でかず子さんの様子を見ていると、週末に家族の元へ戻るたびに体に痣が増えていることに気づいた。川井さんが証拠の写真を見せてくれた。「施設としても看過できない状況です」。警察に被害届を提出することを勧められた。

すべてを警察に話した後、私は夫と義父、義姉、義兄が揃う実家へ戻った。リビングで彼らを前に、私は切り出した。

「お母さんの体に、無数の痣があることをご存知ですか?」

義父は表情を強張らせ、「転んだんでしょう」と言い放った。義姉も「認知症の方は転びやすいんじゃないか」と同調する。

「警察に、被害届を出してきました」

その瞬間、彼らの顔色が変わった。義父は怒り狂い、義姉は「勝手なことをするな」と叫んだ。

「勝手ではありません。お母さんは私を任意後見人に指名されています」

そう言って私が契約書を見せると、彼らはもはや言い争うことしかできなかった。そして、あろうことか彼らは犯行を自白した。義父は200万円、義姉は150万円、義兄は100万円、夫は110万円。かず子さんの預金から金を引き出していたのだ。

「配偶者間の窃盗は罪が免除されるだろ」

義父が勝ち誇ったように言ったが、警察官は冷たく言い放った。

「いいえ、問題があります。暴行を用いていれば、強盗罪に該当します」

防犯カメラの映像には、四人がかず子さんを取り囲み、暴行を加えながら暗証番号を聞き出す姿が映っていた。怯えた表情で震えるかず子さんの姿に、私は涙が止まらなかった。

さらに、かず子さんの部屋からは遺言書が見つかった。しかし、それは明らかに日付が修正され、内容も書き換えられた痕跡があった。四人全員が遺言書の改ざんに関わっていたのだ。

その場で彼らは全員逮捕された。刑事裁判で、夫はさらに恐ろしい真実を告白した。奪った金の一部を、浮気相手に貢いでいたのだ。私は知らないところで、夫は私を裏切っていた。

判決は、義父に懲役5年、義姉に懲役4年、義兄に懲役3年、夫に懲役3年の実刑判決が下された。

私は夫と離婚し、慰謝料も請求した。かず子さんは認知症の進行が落ち着き、今は私と一緒に暮らしている。私は作業療法士としての知識を活かし、彼女のために料理や散歩、手芸など様々な活動を一緒に楽しんでいる。時折彼女は私のことを忘れてしまうけれど、穏やかな笑顔で「来てくれたの」と言ってくれる。

あの時、義母が私を信頼してくれたこと。その信頼に応えることができたこと。それが今の私の救いであり、誇りだ。私は失うものが多かったけれど、かけがえのない家族を得た。これからもずっと、この穏やかな時間を守っていきたい。

Thumbnail