大勢のスタッフが見守るロビーの真ん中で、私は熱いコーヒーをエプロンにかけられた。24歳の新入社員、のぶ子が見下すように笑いながら宣言する。「私は理事長の婚約者よ。もうあなたの居場所はここにはないの。」10年間、夫を立てて、義母に尽くして、現場のスタッフとして黙々と働いてきた妻への、最後の侮辱だった。でも彼女は知らない。私がこの会社の株式の90%を持つ筆頭株主だということを。義父の遺言が、私の…

大勢のスタッフが見守るロビーの真ん中で、私は熱いコーヒーをエプロンにかけられた。24歳の新入社員、のぶ子が見下すように笑いながら宣言する。「私は理事長の婚約者よ。もうあなたの居場所はここにはないの。」10年間、夫を立てて、義母に尽くして、現場のスタッフとして黙々と働いてきた妻への、最後の侮辱だった。でも彼女は知らない。私がこの会社の株式の90%を持つ筆頭株主だということを。義父の遺言が、私の...

ロビーが一瞬で静まり返った。コーヒーの熱がエプロンの布地を通して肌に染み込む。周囲のスタッフたちが息を呑むのが聞こえた。のぶ子は勝ち誇ったように笑いながら、私の耳元でこう言った。

「私は理事長の婚約者よ。」

その瞬間、視界の隅に廊下の奥から歩いてくる大機の姿が映った。私は濡れたエプロンの裾を整え、ロビーの中央で全員に聞こえる声で言い放った。

「2人とも解雇です。婚約者さんとお幸せに。」

私の名前は海野かず。表向きは家事代行スタッフとして現場で働く、地味な35歳の妻だ。しかし本当は、義父が遺言書で私に託したこの会社の筆頭株主。議決権の9割を握る、オーナーだった。

義父の海野正一は2年前に亡くなる直前、私を呼び寄せて会社の帳簿や顧客の名前を丁寧に教えてくれた。「家業は数字と人の積み重ねでできている。かずさんはその目がある。」痩せた手で肩を触れながら言われたその言葉が、今も胸の真ん中に残っている。会社の株式の9割を持つ筆頭株主だという事実を知っているのは、遺言書を作成した司法書士と顧問弁護士の楠木、そして顧問税理士だけだった。夫の大機はもちろん、義母にも、社員にも知られてはいけない秘密だった。

私はエプロンと白いキャップを身につけ、ホワイトボードに書かれた派遣先を確認する。午前は駅前のマンションに住む80代の大塚さん。午後は近隣の一軒家の老夫婦の家。どちらも長年お世話になっているお得意様だ。大機は社長として出社すると、私の顔も見ずにおはようの一言もなく、まるで他人のスタッフを見るような視線を投げて階段を登っていく。社内では夫婦であることは建前上は秘匿にされているが、実際にはほとんどの社員が知っている。それでも彼は家でも会社でも、私を「おまけのような存在」として扱い続けてきた。

大塚さんの家での掃除中、彼女はいつものように優しい笑顔でお茶を淹れてくれた。「克さんの旦那様も会社をついでらっしゃるんでしょ? 立派ね。」私は「いえ、私はただの現場スタッフなので」と答える。世間が見ている立派な社長は大機であり、その妻は地味な現場スタッフだという構図を、私は10年かけて受け入れてきた。

ある日、大機の上着の内ポケットから、若い女性の名前が書かれたメモが落ちた。「のぶ子、夜8時、いつものところ」。問い詰めると、彼は「取引先の若い子だよ。お前には関係ないだろう」と奪い取った。その夜、私は窓辺に立ち、無意識に左の薬指をなぞっていた。10年間耐えてきた。この結婚も、家の中での出来事も、会社の表向きの構図も、全てを受け入れて笑顔の仮面の下で生きてきた。だが、義父が残した遺言書の重みが、ようやく頭の中で冷たく立ち上がりつつあった。

数週間後、会社の研修室に、新しい社員が入ってきた。名前は志那のぶ子。24歳の女性で、大機の「水薦枠」で採用されたという。その名前は、あのメモに書かれていた名前と同じだった。研修室の半開きのドアの隙間から見た彼女は、胸元のボタンを大きく開けた制服姿で、携帯電話をいじりながらスタッフの説明を上の空で聞いていた。私は咳払いをして入室すると、彼女は品定めするような目で私を見て言った。

「あなた、確か社長の奥さんよね。なんで現場で働いてるの? 変なの。」

私は「海野かずです。よろしくお願いいたします」とだけ言った。のぶ子は薄い笑みを張り付かせて、「私は社長の口利きで入ったの。よろしくね、かずさん」と続けた。その日の午後、私はのぶ子と一緒に現場研修に行くことになった。車中で彼女は突然、「社長って家ではどんな人なの? 優しい?

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それとも厳しい? 」と聞いてきた。「普通の夫だと思います」と答えると、彼女は「ま、そのうち私の方がいろんなこと詳しくなると思うけどね」と笑った。

その夜、家に戻ると、大機の携帯に「N」という人物からの新しいメッセージが届いていた。「初日無事クリア。奥さん何も気づいていない」。私の心臓は、自分でも驚くほど静かだった。

私は学生時代からの親友で、顧問弁護士でもある楠木をカフェに呼び出し、すべてを打ち明けた。彼女は驚きもせず、冷たい光を灯した目で言った。

「かず、忘れたの? あんたはあの会社の筆頭株主よ。お父様の遺言で株式の9割を持つオーナー。夫の浮気は単なる夫婦の問題じゃなく、経営上の重大なリスクなの。」

その言葉が、妻という役割と経営者という立場を、ようやく明確に分けてくれた。私は調査会社を紹介してもらい、彼女が走り書きしたロードマップと共に、反撃の準備を始めた。調査は急速に進み、2週間以内に、大機とのぶ子がホテルへ出入りする写真、高級時計を贈る場面、さらに信子の親族企業への優先取引先の不正な切り替えを示す内部資料まで揃った。

そして決行の日。月に一度の全社員ミーティングの朝、ロビーでのぶ子が私を見つけて、コーヒーカップを揺らしながら近づいてきた。「かずさん、ちょっとここにシミがあるみたいよ」と言うが早いか、彼女は私のエプロンの胸元に向かって、熱いコーヒーを注ぎかけた。

「あら、やだ。ごめんなさい。手が滑っちゃった。」

口先だけのお詫びを言いながら、彼女はロビー全員に聞こえる声で宣言した。

「私は理事長の婚約者よ。わかる? 奥さん。もうあなたの居場所はここにはないの。私が大機さんと結婚して、あなたの代わりに社長夫人になるんだから。」

その時、視界の隅に大機が歩いてくるのが映った。私は左手で濡れたシャツの胸元を整え、右手の指先で鞄の中のクリアホルダーを確かめた。そして、ロビーの中央で静かに口を開いた。

「シーナさん、お言葉ですが、あなたの言う理事長というのは業界連合会の理事長である海野大機のことですね。」

「以外に誰がいるの?

あなたの夫はもう私のものなの。」

「わかりました。ちょうど良い機会です。夫を、社長をここに呼んでいただけますか? 」

到着した大機は事態を把握できず、「おい、何の騒ぎだ」と叫んだ。私は一歩前に出て、濡れたエプロンの裾を整え、全員に聞こえる声で宣言した。

「お2人とも解雇です。婚約者さんとお幸せに。」

大機は顔を真っ赤にして怒鳴った。「何を言ってるんだ! お前にそんな権限があるわけないだろう! 」

「権限はあります。」私は鞄からクリアホルダーを取り出し、ロビーの中央のテーブルに置いた。「こちらをご覧ください。」

そこには、義父が残した遺言書の写しと、株主名簿の写しが入っていた。遺言書には「海野家事代行サービス会社の発行済み株式90%を、長男の妻、海野かずに相続させる」と明確に記されている。株主名簿には、筆頭株主として私の名前と、議決権90%が明記されていた。

「これは何の冗談だ?

こんな書類、聞いたことがないぞ。」大機は動揺を隠せない。

「冗談ではありません。これが2年前からの正式な株主構成であり、相続関係の事実です。社長、あなたは経営の実務を担う雇われ社長として、お父様から期待されていただけです。」

その時、義母が乱入してきた。社員からの電話で「嫁が会社で大機に向かって何か言ってる」と知らされたらしい。私は静かに義母にも遺言書を見せた。義母の顔色は蒼白になり、「これは亡くなったあの人の本物の遺言書なの? 」と震える声で尋ねた。

「お父様は確かに最後まで大機さんを愛しておられました。ただ、家業を守る覚悟は別の角度から見ていらっしゃったのです。」

大機はのぶ子に怒鳴り散らし、のぶ子は泣き崩れながら「私のために離婚するって言ったじゃない! 私と結婚するって約束したでしょ!

」と叫んだ。私はもう1枚の書類、業界連合会の理事長権限を利用した優先取引先の不正な差し替えの証拠を取り出し、テーブルに重ねた。

「社長、あなたを当社の代表取締役から解任します。シーナ信子さん、あなたは入社時の不正採用と業務、そして本日の理不尽な振る舞いで解雇です。お2人とも、これからはご自由にお幸せに。」

ロビーが再び静まり返る中、原田さんが静かに拍手を始めた。それに続いて井上さん、篠田さん、そして他の社員たちが拍手を重ねていく。その音は決して派手ではなかったけれど、私の胸に深く染みた。

その後、株主総会が開かれ、96%の賛成で大機の解任が正式に決議された。私は新代表取締役に選任された。業界連合会からも、大機の理事長解任と損害賠償請求が正式に通告された。のぶ子は正式な解雇手続きを経て、退職金なしで会社を去った。義母とは最後の話し合いを持ち、この家の名義が遺言により私個人のものになっていることを伝えた。半年の猶予と家賃補助を提示すると、彼女は深く頭を下げ、「私が大機の盾になりすぎて、大機をダメにしてしまった」と呟いた。

大機はその後、業界連合会からの損害賠償請求と不公平取引に伴う民事責任により自宅マンションを手放し、安アパートに移った。のぶ子は大機が無一文だと知るや否や、別の男の元に走ったが、それも長くは続かず、転々とする生活に落ちた。信子の親族企業は優先取引先の取り消しと請求の積み重ねで、事実上の廃業に追い込まれた。

それから1年が過ぎた。海野家事代行サービスは以前よりも業績を伸ばし、新スタッフの応募者も溢れている。私は社長として現場と事務所の両方に時間を費やし、母を月に2度自宅に招くようになった。原田さんは新しい制服を身に着け、私の名前の入った名札をつけて堂々と出社してくれる。私は事務所の窓辺で朝の光に細く目を細める。

私は今、本当に幸せだ。