リビングに帰ってきた孫娘の顔を見て、私はすぐに何かがおかしいと気づいた。笑おうとしているのに、目の縁が真っ赤で、声が震えている。私が「どうした?」と尋ねると、彼女は一枚の社員証を差し出してこう言った。「入社式で渡されたんだけど、私の社員証、これだった。」その表面には、大きく「高卒…

リビングに帰ってきた孫娘の顔を見て、私はすぐに何かがおかしいと気づいた。笑おうとしているのに、目の縁が真っ赤で、声が震えている。私が「どうした?」と尋ねると、彼女は一枚の社員証を差し出してこう言った。「入社式で渡されたんだけど、私の社員証、これだった。」その表面には、大きく「高卒...

リビングに入ってきたリンカを見た瞬間、俺は何かおかしいと感じた。いつも通り明るく振る舞おうとはしているが、その表情のどこかが曇っているのがわかる。

「リンカ、どうした?入社式で何かあったのか?」

するとリンカは堰を切ったように泣き出した。俺の前であのリンカが泣くなんて、生まれて初めてのことだった。俺は慌てず、ただ黙ってそばにいてやることにした。

しばらくして涙が止まったリンカは、一枚の社員証を差し出しながらこう言った。

「入社式で渡された社員証なんだけど…私の社員証、これだった。」

俺はその社員証を見て愕然とした。そこにはデカデカと「高卒 田舎の注意」と書かれていたのだ。

俺の中で何かが切れた。うちの可愛い孫娘を傷つけるなんて、絶対に許すわけにはいかない。

俺の名前は中村竹。今年で75歳になるじいさんだ。30歳の時にお見合い結婚し、それ以来、妻が俺の支えだった。娘の裕子は優しく育ち、ある日突然見知らぬ男を連れてきて「結婚したい」と言い出した。

俺は猛反対したが、裕子は俺譲りの頑固さを持っていた。結局、俺は折れて裕子は結婚した。それからすぐに孫娘が生まれた。名前はリンカ。俺が「凛とした花のように生きてほしい」という願いを込めて名付けた。

しかし、幸せは長く続かなかった。リンカが生まれて間もなく、裕子夫妻は交通事故でこの世を去ってしまった。残されたリンカも、事故の後遺症で車椅子での生活を余儀なくされたのだ。

俺たちはリンカが少しでも伸び伸びと暮らせるように、都内から自然溢れる田舎へ引っ越した。リンカは明るく逞しく育ち、両親がいないことを感じさせないほどしっかりした子になった。妻が亡くなった時も、リンカは俺の前で涙を見せることはなかった。だが、夜中に一人で声を殺して泣いているのは知っていた。

リンカは言っていた。「体が不自由だからって、誰かに頼りっぱなしで生きるのは絶対に嫌だ」と。だからこそ、この子には誰よりも幸せになってほしい。それが俺の夢だ。

この春、リンカは高校を卒業した。大学への進学を勧めたが、リンカは「自分の力でお金を稼いでみたい」と首を振った。自分で就職先を探し、エレクトロチップスという東京の大企業から内定をもらった。

俺は孫の晴れ姿を思うと誇らしく、入社式の日は車で送ろうとしたが、リンカは「自分で行けるから」と断った。どこまでもしっかりした孫娘だ。

そして、入社式から数時間後。玄関のドアが開く音がした。嬉しそうな顔で帰ってくるリンカを想像して、俺も自然と笑顔になっていた。だが、リビングに現れたリンカの様子がおかしかったのだ。

「入社でこれから使う社員証を渡されたんだけど…私の社員証、これだった。」

そう言って差し出された社員証に書かれていたのは、「高卒 田舎の注意」という文字。

俺は怒りで震えた。こんな理不尽な仕打ちを、大事な孫が受けたのだ。リンカは「もう大丈夫だから、心配かけてごめんね」と悲しそうに笑う。謝る必要なんてないのに。

俺はリンカが風呂に入っている間に、スマホを手に取った。そして、ある男に何度も何度も電話をかけた。ようやく相手が出たのは、エレクトロチップスの現社長、石井竜平だ。

「もしもし、誰?俺は忙しいんだが。で、誰なんだ?要件は?早くしろよ。」

「中村だ。」

その瞬間、石井の態度が一変した。

「こ、これは中村さん!そちらからお電話いただけるなんて光栄です!」

「あのさ、社長。こないだの700億の契約は破談だ。それと、お前の会社は潰すわ。」

石井は絶句した。俺は「詳しいことが知りたければ、今すぐうちに来い」とだけ言って電話を切った。

数分後、インターホンが鳴った。息を切らせて現れた石井を、俺は書斎へ連れて行き、入社式でリンカがされたことをすべて伝えた。

実は俺、セントラル電気という家電量販店チェーンの創業者で、今は最高顧問を務めている。つい先日までエレクトロチップスと700億のコラボ契約がまとまっていたのだ。だが、こんなことがあってはコラボなんてできるわけがない。

「入社式で新入社員に意地悪をするような社員がいる会社に、存在する価値はないだろう。今すぐ畳んでしまえ。それとも、俺が潰してやろうか?」

石井は土下座して謝罪したが、そんなものでは俺の怒りは収まらない。

「うちの孫娘にひどいことをした連中を、今すぐここに呼び出せ。」

石井は言われるがまま、部下に電話をかけた。しばらくして、社員証の配布を担当した社員たちが数人来た。俺が一人一人に理由を問いただすと、彼らは口を揃えて「なんとなく」「ちょっとした遊び心で」と答えるばかり。罪の意識が全くないのだ。

「それで、お前は今回の件をどうやって落着させるつもりだ?」

石井は「もちろん、こいつらを即解雇にします。それで全て水に流すということで」と得意げに言い放った。その顔に俺は吐き気がした。

「もういい。話は済んだ。全員帰ってくれ。」

そう言って全員を追い返そうとすると、石井は「いえいえ、まだ時間がありますので。これからお食事にでも行きませんか?いい店を知っているんですよ」と、とんでもないことを言い出した。

「お前みたいな奴と食ったら、どんなうまいものもまずくなる。」

俺の鋭い眼差しにビビったのか、石井は罰が悪そうに咳払いをして、そのまま黙り込んだ。

その後、俺の指示により、セントラル電気とエレクトロチップスの契約は破棄された。大口契約を失ったエレクトロチップスの経営は、あれよあれよという間に傾いていった。石井は俺の機嫌を取り戻そうと、件の社員たちを全員解雇したらしいが、俺の気持ちが変わることはなかった。

さらに、セントラル電気はエレクトロチップスと今後一切の取引を行わないことを決定した。噂は社内に広まり、石井の責任を問う声が大きくなっていった。だが、石井がそれに応じることはなく、不満を持った多くの社員たちが自主退職していった。エレクトロチップスはもはや、一企業として機能していない。

一方、リンカは俺の勧めもあってエレクトロチップスを退職し、今は別の会社で働いている。新しい会社は人間関係も良く、バリアフリー設備も整っているらしく、毎日楽しそうだ。

やはり俺にとっては、リンカの笑顔が一番大切なものだ。これからも俺は、可愛い孫娘の笑顔を守り続けていきたい。

Thumbnail