「夫も腎臓もいただきました。感謝しなさいよ、この恩知らず。」
証子がふざけた口調でそう言って高笑いした。私は怒りで声が震えた。すると、元夫の次郎までもが上から目線で暴言を吐いてきた。
「ぶはっ。ふざけてるのはお前の方だろ。家族なんだから助けるのが当然だ。命の恩人ぶるなよ。」
その光景を思い出すだけで、今でも胃のあたりが重くなる。私が彼らに腎臓を提供したのは、姉が悪性腎不全という病に倒れたからだった。
話は数年前に遡る。私、裕子は幼い頃に両親が離婚し、母と姉の証子と三人で暮らしていた。父のことはほとんど記憶になく、母から「父の浮気が原因で離婚した」と聞かされた程度だった。
母は姉の証子をひたすら可愛がった。「お父さんに似て顔が整ってる」「お父さんに似て頭がいい」と、褒める時は決まって枕詞のように付け加えた。私は幼いながらにそれを嫌というほど感じていた。
証子は勉強ができた。塾にも通わずに常に成績トップ。一方の私は、勉強が嫌いではなかったが得意でもなく、いつも姉と比べられていた。母は正社員として働き、養育費ももらっていたので生活に困ることはなかったが、家庭内での扱いは明らかに違った。
証子がお寿司を食べたいと言えば特上の寿司を買ってくる。ピザが食べたいと言えば好きなだけ食べさせた。しかし私が何かをねだっても、それが誕生日でも、母は私の願いを聞くことはなかった。お寿司は証子が好きなものを選び、その残りが私のもの。ピザは証子がほとんど食べてしまい、私の分がないこともあった。
それでも、それがおかしいことだと私は大人になるまで気づかなかった。証子は家庭におけるヒエラルキーの頂点で、私は勉強もできず容姿も劣る存在。わがままを言ってはいけないのだと、そう思っていた。
気づけば家事や雑用はすべて私の役目になっていた。小学校の頃は放課後に遊ぶ時間を削って家のことをしていたが、中学や高校になると部活と勉強と家事を両立させることが難しくなった。テスト前の勉強をお願いしても、母は決まってこう言った。
「何言ってんの?あんたなんて証子と違って勉強したって高が知れてるんだから、するだけ無駄よ。余計なこと考えないで家のことをしてればいいの。」
私は部活の大会にも出られず、勉強もおろそかになった。一方、証子は高校生活を謳歌していた。友達と遊び、恋愛をし、学生にとって普通の生活を送る姉が、私はただただ羨ましかった。証子は私を公然と馬鹿にするようになった。
「ねえ、あんたなんで私の服、勝手に洗濯したのよ。今日着て行こうと思ってたのに。本当に昔から気が利かないんだから。」
「だって、洗濯しろって言われたから……」
「そうやってすぐ人のせいにして。そんなんだからダメなのよ。」
まるで私はこの家の使用人だった。
高校生の頃、証子が同級生の男子に告白されたと喜んで帰ってきたことがあった。しかし数日後、証子は不機嫌な様子で私に当たり散らした。どうやらその男子は、実際には私に気があり、私への橋渡しを証子に頼もうとしていたらしい。それを証子が早とちりして勘違いしたのだ。この一件で半年以上、私は証子に妬まれ続け、ぐちぐちと言われた。
「あんたなんて顔は悪いくせに、ちょっと痩せてるからっていい気になって。」
証子は私より太っているのがコンプレックスだった。プライドが高い姉は、私に一つでも劣っているところがあるのが許せなかったのだ。
証子は高校卒業後、大学に進学した。すると一年後、私が大学進学を希望した時には、母が大反対した。
「あんたみたいな中途半端な子が大学に行ったって学費の無駄よ。証子より勉強ができれば考えてあげたけど、そんなの無理に決まってるじゃない。大学は諦めなさい。お金は一切出しませんから。」
私は進学を諦めるしかなかった。高校卒業後、私は実家を離れて就職した。給料は少なく一人暮らしは大変だったが、子供の頃から家事はすべて自分でやっていたので苦ではなかった。むしろ、母と証子の世話をする必要がなくなり、自分のことだけをすればいい。初めて得た自由に、私は解放感でいっぱいだった。
働き始めて数年後、会社の同期から男性を紹介された。次郎という、私より三つ年上の中小企業の会社員だった。これまで恋愛経験がほとんどなかった私が、初めて異性として意識した相手が次郎だった。彼からの積極的なアプローチもあり、私は押されるように付き合うことになった。気づけば次郎は私の家に入り浸るようになり、そのまま結婚の流れになった。
自分があまりいい家庭で育ったとは言えず、家族になることに不安もあった。私たちはしばらく子供は作らず、夫婦二人で穏やかな日々を数年過ごした。
私が三十歳になった時だった。実家の母から突然電話がかかってきた。
「裕子、お願い。助けてちょうだい。証子が大変なの。証子を助けてあげて。」
母によると、証子は悪性腎不全という病にかかっているらしい。証子は大学進学後、国家公務員になり働いていたが、私が実家を出てからは家事をする人がいなくなり、母と二人で不摂生な生活をしていた。食生活の乱れ、飲酒、喫煙、運動不足。生活習慣の乱れが病気を招いたのだろう。透析治療はお金も時間もかかる。証子は仕事があるため透析はしたくないと泣き言を言っているという。
そこで母と証子は、私の腎臓を移植することを考えて連絡してきたのだ。
「あんたの臓器が必要なの。大事な証子のためよ。お願い。」
今までほとんど連絡も取っていなかったのに、こんな時ばかり都合よく利用しようとする。嫌悪感はあったが、それでも血を分けた家族だ。簡単に見捨てるわけにもいかなかった。
私は移植手術のリスクについて自分で調べてみた。ドナー側にもリスクはある。提供後、高血圧やタンパク尿の症状が出ることがあり、悪化すれば腎臓病などになる可能性があるという。母と証子がそれを知った上でお願いしてきたのかは分からない。ただ、私の体のことをどうでもいいと思っていることは間違いなかった。
決断できないまま数日が経った時、総務部長に呼び出された。母が私の職場に直接電話をかけ、手術のためだと勝手に有給申請をしていたのだ。会社側も「理由が理由だからお姉さんを助けてあげなさい」と温情をかけた。そこに私の意思は一切なかった。
その日、家に帰ると次郎までもが証子の心配をしていた。
「お母さんから聞いたよ。証子さん、大変なんだってな。こんな時だからこそ家族の支えが必要だろ。裕子も大変だろうけど、助けてあげないとな。」
私はまだ承諾もしていないのに、周りから固めてくる母のやり方に腹が立ち、母に電話して抗議した。すると母は言った。
「何言ってんの?迷ってる暇なんてないのよ。こんなことしている間にも病気は進行しているの。優秀な証子が長生きする方が世の中のためなのよ。」
私は覚悟を決めた。子供の頃から私に権限などなかった。母と姉が言うことは絶対なのだ。もう逃げられないと悟った私は、仕事を休み、腎臓を提供することになった。
手術が決まってから、母も証子も私に感謝の言葉をかけることは一度もなかった。移植手術当日、次郎は仕事で付き添えず、不安でいっぱいの私に優しい言葉をかけてくれる人は誰もいなかった。母はドナーである私よりも証子の容態を心配し、証子に付きっきりだった。
手術は無事成功した。退院後、私は予想通り、母や証子とほとんど連絡を取らなくなった。それがまた新鮮で、心は軽かった。体調に大きな問題もなく、仕事にも復帰できた。
少しずつ日常生活に戻りつつあったある日のこと。次郎と久しぶりにランチへ行く約束をしていたが、次郎が急な仕事が入ったと言ってキャンセルしてきた。特に用事もなかったので、私は一人でショッピングに出かけた。
帰りにスーパーへ寄って夕飯の買い物をしよう。デパ地下で次郎の好きなスイーツを買って帰ろう。そんなことを考えながら歩いていると、前からよく知る二人が歩いてきた。次郎と証子だった。
二人はまるでカップルのように腕を絡ませ、楽しそうに会話しながら歩いている。あまりの突然のことに、私は一瞬固まってしまった。次郎は仕事だと言っていたのに、なぜ証子と歩いているのだろう。
二人が近づいてきた時、私は反射的に声をかけた。
「次郎。」
「うわっ……お、お前、なんでこんな所に?」
二人は会話に夢中で、私が声をかけるまで私の存在に気づいていなかった。
「それはこっちのセリフよ。次郎、急な仕事が入ったって言ったじゃない。なんで証子といるのよ。」
「もう裕子ったら、相変わらず空気が読めないんだから。見たら分かるでしょ。私たち、前から付き合ってたのよ。」
「何を言ってるの?ちゃんと説明してよ、次郎。」
「もうバレちゃったか。俺は証子とできてるんだよ。手術も無事に終わったし、証子と一緒になりたいと思ってるんだ。あ、そうそう。ちょうどいい。離婚届けを渡しておくから、書いてよ。」
そう言って次郎は、記入済みの離婚届けを私に差し出した。以前から用意して、渡すタイミングを窺っていたのだろう。あまりに多くのことが同時に起こりすぎて、私は頭が追いつかなかった。
黙っている私に向かって、証子が頼んでもいないのに得意げに説明を始めた。
「あら、どうしたの?びっくりして言葉も出ない?じゃあ、私が丁寧に説明してあげるわね。私と次郎は一年前から交際しているの。二人とも本気よ。結婚したいと思っているの。でも、私の病気が発覚して次郎にはたくさん心配をかけちゃったのよね。」
「証子の病気のことを聞いて、俺が何とかしてあげなきゃと思ったんだ。それで二人で話し合って、裕子に臓器を提供してもらおうって話になったんだよ。」
次郎は何も知らない顔をして、本当はすべて知っていたのだ。妻である私の心配よりも、浮気相手である証子の体を心配して、私に腎臓を提供させていたのだ。
「夫も腎臓もいただきました。」
証子はふざけたようにそう言って高笑いをした。
「ふざけるのもいい加減にして、この恩知らず。」
私は腹が立ち、震えた声でそう言い返した。
「ふざけてるのはお前の方だ。家族なんだから助けるのが当然だろう。命の恩人のつもりか?恩着せがましいんだよ。」
そう言って次郎は鼻で笑った。そんな次郎の言葉を聞いて、私の怒りの感情は呆れに変わっていった。次郎への愛情も、一気に冷めていくのが分かった。
その日、私は帰宅してすぐに離婚届けを書いた。あの二人とすぐにでも縁を切りたい。そんな一心だった。離婚に迷いはなく、後悔もなかった。子供もいなかったため、離婚はスムーズに進んだ。
それから七年後。離婚も成立し、新しい生活をスタートさせた私は、すっかり心の傷も癒え、あの二人と関わることなく穏やかな生活を送っていた。
ある日、定期検診のため総合病院を訪れた私は、一番会いたくない人物に再会してしまった。次郎と証子だ。離婚成立後、二人はすぐに結婚したと噂で聞いていた。二人は夫婦仲良く病院に来ていた。
「あら?裕子じゃない。何年ぶりかしら?相変わらず冴えない顔してるわね。すっかり老けちゃって。」
「お前、見ない間に太ったんじゃないか?」
久しぶりに会ったというのに、開口一番、私を罵倒してきた。二人が一緒になったことで、ますます性格の悪さに拍車がかかったように感じる。私は二人を真正面から相手にせず、何を言われても反応せず、目も合わせなかった。それでも証子はお構いなしに、聞いてもいないことをぺらぺらと喋り始める。
「私は最近、高血圧が続いててね。次郎が私の体が心配だって言うから、念のため病院に来たのよ。私くらい責任のある仕事をしていると、ストレスが溜まっちゃうんでしょうね。まあ、子供の頃から底辺の裕子には縁のない話だから、理解できないわよね。」
私は証子の話を右から左に流し、その場を去った。相手にするだけ時間の無駄だ。
検診を終え、あの二人に会わないよう急いで病院を出ようとすると、私より先に会計が終わっていたのか、次郎が一人で立っていた。私を待ってまでまた罵倒しようとしているのか。私は目も合わせず、急いで次郎の前を通り過ぎようとしたが、次郎が慌てた表情で私を呼び止めた。
「裕子、ちょっと待ってくれ。」
次郎の顔色が悪い。
「証子が大変なんだ。とにかく、ついてきてくれ。」
そう言うと、私の答えを聞かないまま私の腕を引っ張り、証子のいる病室へ連れて行った。証子は担当医から説明を受けている最中だった。証子も次郎と同じように顔色が悪い。
「実は、少し大変なことが……。」
私が病室に入ると、担当医は私に対しても証子の現在の病状について詳しく説明し始めた。数年前に移植手術をしたが、証子の生活の乱れから再び腎不全を患っており、透析を避けられない状況になっているとのことだった。証子は医師の話を聞いている間、絶望した表情でただ一点を見つめ、動けなくなっていた。その場で医師から即入院が告げられ、証子は心の準備もできないまま入院することになった。
私もこれ以上関わりたくはなかったが、たまたまあの日会ってしまったことで、証子が入院している間、顔を出すことになってしまった。入院中の証子は元気がなく、もう私を罵倒する元気もないようだった。
証子が入院を嫌がっていた理由の一つに、母のことがあった。私は母とも連絡を取っていなかったため知らなかったが、母は足腰が弱くなってきており、数ヶ月前、外出先で転倒してしまったらしい。それが原因で自力では歩けなくなり、現在は寝たきりの状態だという。そんな母を一人にしてしまうことを、証子は心配していた。証子の話では、歩行が困難になり寝たきりが続いた頃から、母の言動に気になる点が出てきたという。おそらく認知症の初期症状のようなものだろう。
「裕子、お願い。母さんのところに行って、様子を見てきてくれない?」
証子がすがるような目で訴えてくる。
「悪いけど、断るわ。」
私はその場ではっきりとそう断った。
「腎臓を提供したにも関わらず、自分の不摂生のせいでまた再発して、私は体の一部を提供したのよ。なのに、夫も奪っといて、また助けろですって?申し訳ないけど、私にはあなたたちに協力するなんて無理だわ。」
冷たいと言われても仕方ないだろう。だが、今まで母と姉にされてきたことを思い返すと、どうしても助ける気にはなれなかった。それに、私は次郎と離婚してから三年後、高校時代の同級生だった太地との恋愛の末、再婚していたのだ。そして現在、太地との間に命を授かり、妊娠していた。実は証子の病院を訪れたのも、妊婦検診のついでだった。私は今の状況を証子に説明した。
「そういうことだから、私には何もできないわ。私に期待はしないでちょうだい。今までだって、何かあれば私に頼めば何とかなると思っていたみたいだけど、もう私はこれ以上、あなたたちにしてあげられることはないわ。」
私の言葉に、その場にいた次郎が反応した。
「お前、そんなこと言っていいのかよ。この裏切り者が。」
「裏切り者?先に裏切ったのはあなたたちの方じゃない。」
「姉の証子が心配じゃないのかよ。本当に性格が曲がってんな。お前の旦那にその性格の悪さをばらしてやるからな。」
次郎がそう声を荒げていると、病室に一人の人物が入ってきた。
「やれるものなら、やってみなさい。」
夫の太地だった。太地は病室の外から私たちの会話をずっと聞いていたのだ。太地は証子が私の夫だった次郎を奪ったこと、母と証子が今まで私にしてきたことをすべて知っている。すべて知った上で私と結婚してくれたのだ。
「今の会話は全部録音させてもらったよ。これで脅迫が成立するな。」
太地は弁護士バッジを証子と次郎に見せながらそう言った。
そう、太地は現役の弁護士なのだ。太地が弁護士であることに気づいた二人は、一瞬固まった。昔から私を散々馬鹿にしてきて下に見ていた証子は、相当悔しかったのだろう。下唇を噛みしめていた。
「母さんの介護は、家族である次郎にやってもらえばいいじゃない。」
私がそう言うと、次郎が言葉を被せるように言った。
「な、何言ってんだ。俺は仕事が忙しくて、そんな暇はない。」
即座の拒否だった。
「なら、誰も介護できないじゃない。」
「それなら、施設に入れるなり、介護ヘルパーを入れるなりしないとね。」
「そんな金、うちにはない。」
次郎はこの提案も拒否した。
「介護認定が降りれば、施設はともかく、ヘルパーを入れるくらい大してお金はかからないわよ。なんでそんなお金のことを気にするのよ。」
私の問いに、次郎は一瞬間を置いて話し始めた。
「俺……証子には黙っていたけど、仕事を辞めたんだ。今はイラストレーターとしてSNSで仕事を探してる。」
突然の告白に、証子も初めて聞いたようで言葉が出ないようだった。
「俺、昔から絵を描くのが好きだっただろう?昔は画家を目指そうと思っていたこともあったんだ。証子は国家公務員で安定しているし、俺は夢を追いかけてもいいんじゃないかって思ったんだ。今はSNSで毎日イラストを投稿しているんだけど、運が悪くなかなか仕事の話が来なくてな。」
私は以前、次郎の書いた絵を見せてもらったことがある。素人の私が見ても、決して上手いとは言えなかった。プロでやっていけるようなレベルではない。周りにちやほやされて、本人もその気になってしまったのだろう。呆れる私の横で、証子も呆れた表情をしていた。
「分かったわ。私がお金を出すから、それを使いましょう。」
証子が呆れながらもそう言った。すると次郎は気まずそうな顔をしてこう答えた。
「それが……それも無理なんだ。ごめん。」
「無理?一体どういうこと?」
「実は俺の稼ぎがなくなって、証子の口座からちょっとお金を拝借してて……」
証子が詳しく問い詰めたところ、次郎は自分の遊ぶ金が必要になり、証子の口座から少しずつお金を引き出していたらしい。証子が気づかないのをいいことに、どんどんお金を使ってしまい、貯金も底をついてしまったのだ。
「ふざけないでよ!母さんの介護はどうすんのよ。お金がなくてどうやってやっていくっていうの?私の治療費だって必要なのに。」
「お前と結婚したのだって、国家公務員のお前の金が目当てだったんだよ。それなのに、また病気になりやがって、本当に期待外れだよ。俺だってお前に騙されたんだ。」
二人は病院であることも忘れ、大声で罵り合い始めた。その声を聞いて駆けつけた医師や看護師が二人を止めようとするが、二人のみっともない争いは止まらなかった。
「私たちは帰るわね。二人とも、末永くお幸せに。」
そう言って私と太地はそっと病室を後にしたが、そんなことにも気づかず、二人はしばらく言い争っていた。
その後の話だが、二人はそのまま喧嘩別れのようになり、離婚した。金の切れ目が縁の切れ目とは、このことだ。証子はしばらく休職し、透析治療に専念することになったそうだ。その後はリハビリや体力面で何かと大変なようだ。
二人が離婚した後、突然次郎から私の元に連絡が入った。何を言うかと思えば、
「お前、俺とやり直す気はないか?本当はまだ俺に未練があるんだろう?今ならまだ間に合うぜ。」
と、自分がしてきたことを棚に上げて上から目線で言ってきたのだ。
「勘違いもいい加減にして。笑えない冗談はやめてくれる?そもそも私は結婚していて、もうすぐ子供も生まれるのよ。」
そう伝えたのだが、次郎には全然伝わらないようで、仕事中でもお構いなしに何度も電話がかかってくる。それを太地に相談すると、太地は激怒し、警察に相談。ストーカーの被害届を提出し、接近禁止命令を出した。さすがにそこまでされて、次郎も懲りたようで、そこからは私に関わることはなくなった。
一方、母はと言うと、介護をしてくれる人を探すため、今まで疎遠だった親戚を何人か当たってみたものの、今までの母の行いを知っている親戚たちは、誰も手を貸さなかったらしい。結局は近所の住民に助けを求めたらしいが、今まで挨拶もろくに交わさなかった全くの他人に、介護などできるはずがない。最終的には、母が認知症であることをいいことに、通帳や印鑑を持ち逃げされたらしい。今まで自分がしてきたことの報いだろう。
私はと言うと、その後は平穏な毎日を過ごし、無事に第一子である男の子を出産した。初めての出産と育児で大変なこともあったが、太地は仕事以外の時間をすべて私と子供に費やしてくれて、家族三人で幸せな家庭を築くことができた。
そんなある日、太地が田舎の離島に移住して、のびのびとした環境で子育てをしないかと提案してきた。太地は知人から、離島の役場で法律相談の仕事をしないかと相談されていたようだった。私も太地も今の生活を捨てることに迷いはあったが、都心で忙しく働くよりも、田舎で仕事をセーブしながら家族三人ゆっくりと生活することが、息子にとっても私たち夫婦にとってもいいのではないかと考え、移住を決意した。
そして、私たち家族が離島に移住した時、そこで奇跡のような出来事が起こった。なんと偶然にも、離島に一つしかない小さな診療所で医師として働いていた父と再会できたのだ。私は母から父の話をほとんど聞かされておらず、父が医師であることもその時初めて知った。
父が言うには、母との離婚の原因は父の浮気ではなく、離島の診療所で医師として働くことになった際、母がついていくのを拒んだらしい。母は金に執着しており、父と結婚したことにより贅沢ができると喜んでいたが、小さな診療所では稼ぎが激減してしまうとぼやいていたそうだ。そんな考え方こそ、母らしいと感じた。
父は長年医師としてこの診療所で働き、島の人たちからの信頼も厚く、感謝される存在だった。私はそんな父の働く姿を見て、誇らしく思った。
この島は移住ブームもあって、最近では若い人たちの人口も少しずつ増え始めているそうだ。町おこしにも力を入れていて、長年休校状態にあった小学校も、間もなく再開されるのだそう。私は現在、自分の息子のため、子供たちの未来のために、町おこし協力隊として活動をしている。
明るい未来のために、太地も父も私も、それぞれのステージで日々奮闘する毎日だ。



