朝食の準備を終えて家族を待っていると、嫁のリエが冷たい視線を向けて言い放った。
「お母さんって本当に何の価値もないんですね。まともに家事もできないなんて」
私は息を飲んだ。朝5時に起きて朝食の支度をし、掃除、洗濯、買い物まで全てこなしているのに。
「母さんは確かに何の役にも立たないな」
息子の公平まで同調した。私が女手一つで大学まで出してやった息子が。
不思議なことに、その瞬間、私の心に怒りではなく静かな決意が芽生えた。そして私は微笑んでいた。
「そうね。役立たず。本当にその通りかもしれませんね」
2人は少し戸惑った表情を見せたが、すぐにいつもの朝食風景に戻っていった。彼らは知らなかった。この日を境に全てが変わることを。
夫の正雄が亡くなったのは公平がまだ大学生の時だった。突然の病であっという間に逝ってしまった。悲しみに暮れる暇もなく、私は息子の学費と生活費を稼ぐため必死で働き続けた。教師の給料だけでは足りず、夏休みや冬休みには塾講師のバイトもした。公平の大学4年間で600万円、仕送りを含めると総額1000万円。さらに就職後も車の購入資金に100万円、結婚資金として500万円を援助した。
3年前、同居を始めた時の孫の言葉が今でも心に残っている。
「おばあちゃんと一緒に暮らせて嬉しい」
あの頃は本当に幸せだった。リエも私を家族として温かく迎えてくれると信じていた。
しかし現実は違った。私の年金は月12万円だが、そのうち10万円を家計に入れている。残りの2万円で自分の医療費や身の回りのものをやりくりしているのだ。朝は5時に起きて朝食の準備。日中は掃除、洗濯、買い物、夕食の支度。まるで無給の使用人のような毎日だ。
それでも家族のためならと思って頑張ってきた。でもリエの態度は日に日に冷たくなっていった。そして今朝、ついに「役立たず」という言葉が飛び出したのだ。
リエの態度が変わり始めたのは半年ほど前からだった。
「お母さん、この味噌汁また薄いんじゃないですか?年を取ると味覚が鈍くなるって聞きますけど」
私は教師時代に栄養士の資格も取得していて、塩分控えめの健康的な料理を心がけていた。
「そうですか。ではもう少し足しますね」
私は穏やかに答えた。家族の平和を保つためならこのくらいの我慢は必要だと思っていた。
しかしリエの要求は次第にエスカレートしていった。
「お母さん、掃除機のかけ方が雑ですね。ここに誇りが残ってるじゃないですか」
リビングの隅を指さしながら大げさにため息をつく。
「申し訳ありません。もう一度かけ直しますね」
「いいです。私がやります。お母さんのやり方じゃいつまで経っても終わりませんから」
そう言って掃除機を取り上げるのに、結局疲れたと言って途中で投げ出し、私が最後までやることになるのだ。
ある日、リエの両親が遊びに来た時の対応の違いに私は愕然とした。リエは自分の母親には満面の笑みで接し、高級な菓子やお茶でもてなした。一方、私に対しては「お母さん、台所で皿洗いをお願いします。お客様の前ですから」と、まるで使用人のような扱いだった。食事の時も露骨な差別があり、リエの両親には新鮮な刺身や高級な肉、私には前日の残りを温め直したものが出されることも珍しくなかった。
公平も妻の態度を止めるどころか、むしろ同調するようになっていった。
「母さん、最近もの忘れが多いんじゃないか。さっきも同じこと聞いてたよ。認知症の検査受けた方がいいんじゃない?」
私が少しでも同じ質問をすると、すぐに認知症扱いだ。66歳という年齢だけで、まるで判断力のない老人のように扱われた。
最も傷ついたのは、リエが友人と電話で話しているのを偶然聞いてしまった時だった。
「うちの義母ね、本当に困ってるの。元教師だったらしいけど、今じゃ何の役にも立たないのよ。家事もまともにできないし、お風呂の掃除なんてカビだらけにしちゃって。やっぱり施設の方がいいのかもね。でもね、お金があるうちは我慢するわ。年金もらってるし、貯金もあるみたいだから」
リエの本音が容赦なく私の心を切り裂いていった。
ある朝、公平が言った。
「母さん、俺たちももう少しプライベートな時間が欲しいんだ」
「どういう意味ですか?」
「リビングにいる時間を減らしてもらえないかな?リエが気を使うって言ってるし」
私は言葉を失った。この家で私の居場所がどんどん狭くなっていくのを感じた。
そして昨日、決定的な出来事があった。夕食後、公平とリエがこっそり話しているのが聞こえてきた。
「やっぱり母さんとはもう一緒に暮らせないよ」
「そうよね。私の両親の方がまだ若いし頼りになるわ」
「母さんは確かに俺を育ててくれたけど、それはもう過去の話だ。恩返しは十分したでしょう」
「これ以上は無理よ」
私は寝室のドアの前で静かに涙を流した。息子のために人生を捧げてきた私が、今では邪魔者扱いされているのだ。
そして今朝の「役立たず」発言に至った。私は改めて自分の置かれた状況を整理した。月10万円を家計に入れ、朝から晩まで家事に追われ、それでも感謝されるどころか役立たず呼ばわり。もう限界だった。
その日の午後、買い物から帰ってくると、リビングから公平とリエの声が聞こえてきた。いつもなら声をかけるところだが、なぜかその時は足が止まった。
「リエの両親を養子縁組するのはどうかな」
公平の言葉に私は凍りついた。
「いいアイデアね。そうすれば法的にも本当の親子になれるし」
「母さんとはもう戸籍上の関係だけだからな。心の繋がりなんてゼロに等しい」
「そうよ。血が繋がってるだけで本当の家族じゃないもの」
私は胸が締めつけられる思いだった。戸籍上の関係だけと言い切った息子の言葉が鋭い刃物のように心に突き刺さる。
「でも相続の問題があるでしょう」
リエが心配そうに尋ねた。
「大丈夫。俺は母さんからの相続は全部放棄するつもりだ。どうせ大した財産もないだろうし」
「あら、でも家があるんじゃない」
「あの古い家、売っても二束三文だよ。それより君の両親の財産の方が魅力的だ」
2人の会話を聞きながら、私は静かに怒りが込み上げてくるのを感じた。公平は知らないのだ。私が密かに所有している不動産や、亡き夫が残してくれた財産のことを。
「お母さんの貯金なんてへそくり程度じゃないか。元教師の年金なんて高が知れてる」
公平の軽蔑したような口調に、私は拳を握りしめた。
「じゃあ早めに養子縁組の手続きを進めましょう。お母さんには後から報告すればいいわ」
「そうだな。どうせ反対されるだろうから事後報告でいい。俺たちの人生だ。あの役立たずに口出しされる筋合いはない」
「本当にそうね。私の両親の方がよっぽどやらしいことをしてくれてるもの」
私はそっとその場を離れ、寝室に向かった。廊下を歩きながら、不思議と冷静な自分がいることに気づいた。悲しみや怒りを通り越して、ある種の悟りのような境地に達していたのかもしれない。
部屋に入ると、私は鏡の前に立った。そこには66年間生きてきた1人の女性が映っている。夫を亡くし、必死で息子を育て、全てを捧げてきた人生。その結果が「戸籍上の関係だけ」「役立たず」という評価だった。
「戸籍上の関係ね」
私は静かにつぶやき、そしてふと微笑んだ。それは悲しみの微笑みではなく、何かを決意した時の静かで強い微笑みだった。
「なるほど。それならそれで結構です」
私は机の引き出しから1冊の手帳を取り出した。そこには私の本当の財産状況が記されている。亡き夫が残してくれた都内の不動産、価格は合わせて8000万円。そしてコツコツと貯めてきた預金5000万円。
公平は何も知らないのだ。私がどれだけの資産を持っているか、そしてそれを全て息子に残すつもりでいたことも。
「苦労から消してあげましょう。お望み通りに」
私は手帳を閉じ、携帯電話を手に取った。長年の友人で、今は弁護士をしている峰田さんの番号を押す。
「養子縁組の解消。そして私の戸籍から息子を除外する手続きについて」
「本当にいいんですか?け子さん」
峰田さんの心配そうな声に、私は静かに答えた。
「ええ、もう決めました。向こうが望んでいることですから」
電話を終えると私は窓の外を眺めた。夕日が沈もうとしている。新しい人生の始まりを告げる夕日のように思えた。
翌朝、公平とリエが仕事に出かけた後、私は行動を開始した。まず向かったのは峰田弁護士の事務所だ。
「け子さん、本当にこの決断でよろしいんですね」
「ええ、もう迷いはありません。息子が私を戸籍上の関係だけだと言うなら、その通りにしてあげたいんです」
私は記載した書類を机の上に並べた。戸籍謄本、不動産の権利書、預金通帳の写し。峰田さんは1つ1つ確認しながら驚きの表情を隠せなかった。
「これだけの資産があるんですか?息子さんはご存知なんですか?」
「いいえ、知りません。主人が亡くなった時、息子にはまだ若すぎると思って、私が全て相続しました。いずれは息子にと思っていましたが」
峰田さんは深くため息をついた。
「養子縁組の解消は可能です。ただし、一度解消すると実子の財産の相続権も完全に失われます」
「それで結構です。むしろそれが目的です」
私の決意の固さに、峰田さんは頷いた。
「わかりました。では手続きを進めましょう。まず養子縁組解消の申し立て書を作成します」
「それからけ子さんの財産についてですが、今のうちに遺言作成されることをお勧めします」
「そうですね。息子以外の相続人を指定したいと思います」
「どなたに?」
「まだ決めていませんが、恵まれない子供たちのための施設や教育支援の団体などを考えています」
峰田さんは優しく微笑んだ。
「け子さんらしいですね。ではその方向で準備を進めましょう」
事務所を出た後、私は銀行に向かった。資産の整理と新しい口座の開設が必要だったのだ。
「実は資産の整理をしたいんです。それと定期預金の一部を解約して別口座に移したいのですが」
手続きを進めながら、私は自分の資産の多さに改めて驚いた。教師として働き続け、無駄遣いをせずコツコツと貯めてきた結果だ。そして亡き夫が残してくれた不動産の価値も年々上がっていた。
「合計で1億3000万円ほどの資産になりますね」
担当者の言葉に私は静かに頷いた。公平は私がへそくり程度しか持っていないと思っている。
銀行を出ると次は不動産会社に向かった。所有している物件の現在の評価額を確認するためだ。
「藤沢様の物件でしたら、今なら8500万円ほどで売却可能です。都内の物件は需要が高いですから」
不動産会社の査定に私は満足した。
夕方、家に戻るとまだ誰も帰っていなかった。私は静かにリビングに座り、これまでのことを振り返った。38年間、教師として多くの子供たちを育ててきた。そして自分の息子も立派に育てたつもりだった。でも結果はこうだ。血の繋がりがあっても、心が離れてしまえばもう家族ではないのかもしれない。
私は立ち上がり、寝室に戻った。机の上には峰田弁護士から渡された書類が並んでいる。養子縁組解消申し立て書、財産分与に関する書類、そして遺言書の下書き。全ての準備は整った。
「さようなら、公平」
私は小さくつぶやいた。それは母親としての最後の言葉だった。明日、全ての手続きを開始する。公平とリエが養子縁組を進める前に、私の方から縁を切るのだ。彼らが望んだ通り、完全な他人になるために。
それから1週間後の朝、いつものように朝食の準備をしていると玄関のチャイムが鳴った。
「特別送達です。藤沢公平様と藤沢リエ様宛てです」
郵便配達員の声が聞こえてきた。リエが受け取った封筒を持ってリビングに戻ってくる。公平も不思議そうな顔で封を開けた。
中から出てきたのは、家庭裁判所からの正式な書類だった。養子縁組解消通知書。公平の顔がみるみる青ざめていく。
「これどういうこと?」
リエも書類を覗き込み、顔面蒼白になった。
私は落ち着いて味噌汁をよそいながら静かに口を開いた。
「おはようございます。朝食の準備ができていますよ」
「母さん、これは一体どういうことだ?」
公平が書類を握りしめて立ち上がった。
「どういうことって?書いてある通りですよ。あなたたちが望んでいた通り、戸籍上の関係を解消させていただきました」
「何を勝手なことを!俺は母さんの息子だろう!」
公平の怒鳴り声に、私は首をかしげた。
「あら、戸籍上の関係だけで心の繋がりはゼロだとおっしゃっていたじゃないですか」
公平が言葉に詰まる。
「血が繋がってるだけで本当の家族じゃないとも言っていましたね。リエさん」
リエは真っ青な顔で書類を見つめている。
「相続権も放棄されるって…お母さんの財産は、ああ、へそくり程度だと思っていらしたようですが、実は少しばかり」
私は用意していた資産リストを2人の前に置いた。
「不動産が3件で査定額8500万円、預金が5000万円。合わせて1億3500万円ほどになります」
「1億…」
公平とリエは目を見開いて資産リストを見つめた。
「嘘だ。母さんがそんな財産を…」
「お父さんが残してくれたものと、私が教師として働いて貯めたものです。全てあなたに残すつもりでしたが、もう必要ないようですね」
リエが震える声で尋ねる。
「じゃあ、この財産は誰が…」
「恵まれない子供たちのための教育基金に寄付することにしました。もう手続きは済んでいます」
「そんな!取り消して!お母さん、お願いします!」
リエが初めて私に頭を下げた。
「取り消す?どうしてですか?私は役立たずなんでしょう?」
「違います!私が間違っていました!家事もまともにできないと言って…」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
リエは床に膝をついて謝り始めた。しかし私の心は少しも動かなかった。
「母さん、お願い。俺が悪かった」
公平も必死に訴えてくる。
「リエさんのご両親を養子縁組するんでしょう。もう私は関係ありませんから」
「しません!そんなことしません!母さんが俺の本当の母さんだ!」
「本当の母親?昨日まで戸籍上の関係だけだと言っていたのは誰ですか?」
私は淡々と朝食を食べ始めた。
「お母さん、私たちこれからどうすれば…」
リエが泣きながら尋ねる。
「知りません。他人の生活なんて私には関係ありませんから」
「他人じゃない!家族です!」
「家族?ならどうして私を役立たず呼ばわりしたんですか?どうして邪魔者扱いしたんですか?」
2人は何も答えられなかった。
「ところで、来月からこの家の家賃をいただきます」
「家賃?」
「この家も土地も私の名義ですから。月15万円でお願いします」
「15万円!そんな払えるわけない!」
公平が叫んだ。
「払えないなら出て行ってください。もう親子じゃないんですから。ただで済ませる理由はありません」
「母さん、お願いだ。考え直してくれ」
公平が私の手を取ろうとしたが、私はさっと身を引いた。
「どちら様ですか?私に息子はいません」
「母さん…」
「ああ、それと私の荷物は今日中に運び出します。もう一緒に暮らす必要もありませんから」
私は部屋に戻り、荷造りを始めた。リビングからは公平とリエの泣き声が聞こえてくる。
数時間後、引っ越し業者が到着した。
「藤沢様のお荷物を運ばせていただきます」
「お願いします。新しいマンションの方に運んでください」
私の荷物が次々と運び出されていく。公平とリエは呆然とその様子を見ているだけだった。
「母さん、行かないで」
公平が最後の訴えをしてきた。
「もう母さんじゃありませんよ。戸籍から消してあげたんですから。お望み通りでしょう」
「違う!俺は母さんが必要なんだ!」
「必要?役立たずが必要ですか?」
私は振り返ることなく家を出た。玄関のドアを閉める時、公平の嗚咽が聞こえてきたが、もう私には関係のないことだった。
新しいマンションに引っ越してから1ヶ月が経った。朝の光が差し込む広々としたリビングで、私は優雅にコーヒーを飲んでいる。誰に気を使うこともなく、自分のペースで過ごせる朝の時間がこんなにも心地よいものだとは思わなかった。
ここはセキュリティも万全で、同年代の方も多く住んでいる高級マンションだ。家賃は月に10万円するが、私の資産からすれば何の問題もない。
午前中は近所のカルチャーセンターで絵画教室に通っている。教師時代は忙しくて諦めていた趣味を、今は心ゆくまで楽しむことができる。
「藤沢さん、今日の作品も素敵ですね」
同じ教室の友人が声をかけてくれた。
「ありがとうございます。自由な時間があるって本当に幸せですね」
誰からも役立たずと言われることなく、自分の価値を認めてくれる人たちに囲まれて過ごす日々。これが本当の人生だったのだ。
一方、公平とリエの生活は一変していた。私からの月10万円の援助がなくなり、さらに家賃15万円の支払いが始まったことで、家計は火の車になっていた。
ある日、公平から電話がかかってきた。
「もしもし。どちら様ですか?」
私は事務的に応答した。
「母さん。いや、け子さん。俺だよ。公平だ」
「ああ、元息子さんですか?何かご用ですか?」
「家賃のことなんだけど、少し待ってもらえないか?」
公平の声は以前の傲慢さはなく、疲れきっていた。
「申し訳ありませんが、家賃の支払いは契約通りにお願いします。払えないなら退去していただくしかありません」
「そんな…どこに行けばいいんだ?」
「それは私の知るところではありません。他人の住居の心配までする義務はありませんから」
電話を切った後、私は少し考えた。冷たすぎるだろうか?いや、これは彼らが望んだことだ。私を役立たず扱いし、戸籍上の関係だけだと言い切った報いだ。
その後、リエからも連絡があった。
「お母さん、お願いです。もう1度だけ会ってください」
結局、喫茶店で会うことになった。現れたリエは以前の派手さもなく、やつれた顔をしていた。
「け子さん、本当に申し訳ありませんでした」
リエは深々と頭を下げた。
「何が申し訳ないんですか?」
「全てです。け子さんを役立たず呼ばわりしたこと、邪魔者扱いしたこと。本当にごめんなさい」
「今更ですね」
私は冷静に答えた。
「お願いです。もう1度家族に戻してください」
「家族?あなたは私のことを家族だと思ったことがあるんですか?」
リエは顔を上げられなかった。
「私の両親ももう援助してくれません。あなたを粗末に扱ったことを知って怒って…」
「そうですか。生活が本当に苦しいんですね」
「はい…公平の給料だけじゃとても…」
「働けばいいじゃないですか。私は66歳まで働きましたよ」
リエは泣き崩れた。
「け子さんがいなくなって初めてわかったんです。どれだけ助けてもらっていたか、どれだけ甘えていたか」
「わかったならそれでいいじゃないですか。良い勉強になったでしょう」
私は席を立った。
「これで最後にします。もう連絡しないでください」
喫茶店を出ると、秋の爽やかな風が吹いていた。重い荷物を下ろしたような清々しい気持ちだった。
その後、私は遺言を正式に作成した。全財産は恵まれない子供たちのための教育基金と児童養護施設に寄付することにした。
弁護士の峰田さんが言った。
「け子さん、後悔はありませんか?」
「全くありません。血の繋がりだけで家族だというなら、私には新しい家族がたくさんできました」
私は寄付先の施設を訪問し、子供たちと交流するようになった。彼らは私を「け子先生」と呼んで慕ってくれる。誰も私を役立たずとは言わない。
ある日、施設の園長先生が言った。
「け子先生のおかげで、子供たちに希望を与えることができます。本当にありがとうございます」
「いいえ。私の方こそ生きがいをもらっています」
それが本当の家族なのかもしれない。血の繋がりではなく、心の繋がり。お互いを大切に思い、支え合う関係。
夕方、マンションに戻ると郵便受けに公平からの手紙が入っていた。
「母さん。お元気ですか?私たちは今、小さなアパートに引っ越しました。リエも働き始めました。今更ですが、母さんの大切さが身に染みてわかりました。本当の親不孝者は私でした。いつか許してもらえる日が来ることを願っています。公平」
手紙を読み終えて、私は静かに微笑んだ。許す許さないの問題ではないのだ。私は前を向いて生きているのだから。
夜、お風呂にゆっくりと浸かりながら、これまでの人生を振り返った。確かに息子を失った。でも、自分自身を取り戻すことができた。役立たずと言われ続けた私が、今は多くの人に必要とされ、感謝されている。
「正雄さん、見ていますか?私、やっと自由になれました」
亡き夫に語りかけると、不思議と温かい気持ちになった。
翌朝、施設の子供たちから手作りのカードが届いた。
「け子先生、いつもありがとう。先生は私たちの大切な家族です」
涙が溢れてきた。嬉し涙だった。私は今、本当に幸せだ。誰からも役立たずと言われることなく、自分の価値を認めてもらえる。これ以上の幸せがあるだろうか?
理不尽な扱いを受けている方へ。我慢する必要はありません。あなたには自分を守る権利があります。家族という言葉に縛られて生きることはないのです。本当の家族とは、お互いを尊重し、大切にし合う関係です。勇気を出して一歩踏み出してください。きっと新しい幸せが待っています。私がそうだったように。



