お皿に盛ったばかりの甘口カレーを、義弟の嫁が無断で自分の皿に掬っていった。
「ちょっと、何してるんですか」
「あら、カレーくらいもらっていくわよ。それより、おかずはどこにあるの?」
「え……そんなの、用意してないですけど」
「使えない嫁ね。招かれたんだから、全部用意するのが当然でしょ。そんなことも分かんないの?」
私はカレーを手にしたまま、固まっていた。キッチンに立っているのは、夫の弟の嫁、美由紀さん。今週末も義実家でご飯を食べることになり、義母がお寿司の出前を取ってくれた。私は娘のために、生魚が苦手な娘の大好物のカレーを作っていたところだった。
「ああ、こういうのって、養子のくせに気が効かないのね。養子のくせに」
その言葉に、私ははっとした。聞こえていたのか、義母が慌ててキッチンへ駆け込んできた。
「美由紀さん、おかずはこっちに用意してあるわよ。かぼちゃもあるし、魚もある。何か必要なものがあったら私に言ってね」
義母のフォローなど、もう耳に入らなかった。養子、という言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。
「ちょっとお母さん、私たちのことを養子だって言ってるんですか?」
「だってそうじゃない。高熱費も入れてないんでしょ?」
「は? 払わないわけないでしょ」
「平気でよく嘘言えるわね。幼稚も生活費も、お母さんが全部払ってるって聞いたわよ。養子のくせにお金を払ってくれなくて困ってるって、お母さんよく言ってるもの」
私は言葉を失った。夜ご飯も自分の分は自分で用意している、と義母はいつも言っている。それは事実だ。だが、それは私が作らないからではない。義母の好き嫌いが激しく、食べる時間帯も違うから、同居を始める前に皆で話し合って決めたことだった。
「ねえ、お母さん。私、ありもしないこと言われてるんですけど」
義母は苦笑いするだけで、何も言わなかった。私はその態度を見て、全てを悟った。
この同居生活が始まったきっかけは、去年亡くなった義父だ。義父は生命保険に入っておらず、保険金が一切もらえなかった。仕事をしていた義母も、義父の死後に足を悪くして、そのまま仕事を辞めることになった。手術をして多少は良くなったが、元の生活に戻るまでは時間がかかると医者に言われた。
家から義実家までは近かったので、毎日通うことも考えた。だが、娘の学校も変わらないし、通う手間を考えて、足が治るまでの期間限定で同居することにした。私は専業主婦だったので、日中も義母の世話ができると思ったのだ。
義父には借金こそなかったが、財産もあまりなかった。残ったのは、今同居しているこの家だけ。それも、あと数年ローンが残っている。葬儀費用も義母だけでは支払えず、私たち夫婦が全額負担した。家を購入しようと思って貯めていたお金を、全て使った。
もちろん義弟にもこの話をしたが、義弟の嫁が「そんなお金はない」と激怒し、義弟夫婦は一切負担しなかった。それどころか、悪びれた様子すらなかった。
2年間の同居中の金銭面については、義母に「食費と生活費に必要なものはあなたたち家族で出して、その代わり家賃はいらない」と言われていた。だが、そんなわけにはいかないと、私たち家族で全てを支払うと決めた。もちろん義母のお小遣いも夫が渡している。つまり、義弟夫婦の外食代などの出元は、私たち夫婦のお金なのだ。
子供たちがお腹を空かせて騒ぎ始めたので、とりあえず食事をすることにした。義弟の嫁は、ご飯を食べながらもずっとぐちぐちと言い続けている。
「養子のくせに、毎日食べていいご飯分ね。お母さんもそう思いませんか?」
義母は一切反論しない。私は確信した。義母は、私たち夫婦から援助を受けていないと、義弟夫婦に嘘をついているのだ。
それからも義弟の嫁の嫌み発言は収まらず、私はついに怒りが爆発した。
「いい加減にしなさいよ。私たち家族が一切援助していないですって? この寿司は誰が払ってると思ってるの? 夫が頑張って働いたお金よ。毎週末、あなたたちは夫が働いたお金でご飯食べてるの? そうとも知らずに言いたいこと言ってるなら、今後はあなたたち夫婦でお母さんの面倒を見てちょうだい」
私はそう言い放って、そのまま娘を連れて実家へ帰った。
仕事で会えなかった夫に連絡をして、今日あったことを全て報告した。夫も電話越しで大激怒した。
「そんな家、今すぐ出よう。仕事が終わったら荷物を全部運び出すから」
しかし、全ての荷物を運び出すのは時間的に難しかったようで、その日は必要な荷物だけ持って、夫が私の実家へ来てくれた。私の両親も「ありえない」と大激怒し、「しばらくうちに住めばいいわ」と部屋を用意してくれた。私の両親は2人ともおっとりしており、干渉もしてこない。夫も私の両親を慕ってくれていたので、私たち夫婦はその言葉に甘えることにした。
その夜、夫が義実家へ荷物を取りに行くと、義弟の嫁はもういなかった。義母はいつもと変わらない様子だったが、夫が今回のことを話すと、こう言った。
「美由紀さんが勝手に勘違いしているようでね。あなたたちにはたくさん援助してもらってるのにね。私から話しておくから大丈夫よ」
ヘラヘラした様子で、そう言った。だが、今度は夫が引かなかった。
「いや、いいよ。俺が直接、弟と話をして、大丈夫だな。誤解があったなら、ちゃんと解かないといけないし。今後のことにも関わるし、いいよな」
すると、義母は急にあたふたし始めた。その光景を見て、夫も全てを悟ったという。そのまま黙って席を立ち、荷造りを始めた。
「ごめんなさい。つい強がっちゃっただけなの。お願い。1人にしないで。お願いよ」
義母は泣きついてきたが、夫は冷たく突っぱねた。
「強がる意味が分からない。あなたは一流勝者に務めているからいいでしょ。お金だって余るほどあるんじゃないの?」
「違う。私、昔からお金ないでしょ」
「私が笑うと、本当にお父さんそっくりで、その顔が見たくてついね」
「親父に似てるからって理由だけで、身を張ってたのか。それで俺に援助されてないって嘘もついてたのか。お金が余ってる。そんなわけか。俺には大切な妻と子供がいるんだ。余ってるからちょうだい。ふざけんな」
夫が怒ると、義母はその場で泣き崩れてしまった。
「もう我慢の限界だ。大好きな義弟夫婦と一緒に住んだらどうだ? それがいいよ。残りの荷物はまた取りに来るから」
そう言い残して、夫はそのまま家を出た。
その後、夫は義弟夫婦とも話をした。やはり、援助のことは一切知らなかったという。義母は義弟夫婦に「退職金がたくさんもらえた」と言っていたそうだ。足のこともあり、早期退職したため、退職金は満額もらえていない。長く務めていたわけでもないので、もらえてないに等しい額だ。その事実を伝えると、義弟夫婦から謝罪があった。そして、義父の葬儀代についても、裏では義母に「払わなくていい」と言われていたと打ち明けてくれた。
さらに、夫は驚愕の事実を知ることになる。実は義弟夫婦は、義母から金銭面で援助を受けていたのだ。私たちが今までしてきたことは、何だったのか。私たちは義弟に援助をさせるために、義母の面倒を見ていたわけではない。もう、義母に関わるのはやめよう、という結論になった。
義弟夫婦も今回の件で義母に嫌悪感を抱き、しばらく距離を置くと言い出した。しかしその後も、義母からの連絡はしつこく、「1人は寂しい」「もうお父さんの元へ行きたい」と、心配してほしいアピールがすごい。義弟夫婦にも同じような連絡が来ていたそうだ。
同居を始めた時は、毎月お金を渡すたびに「ありがとう。ありがとう」と言ってくれていたのに、半年もすると感謝の気持ちはなくなってしまうものなのだろうか。
しばらくして、残っている荷物を夫が取りに行くと、義母は「お金がもうなくて」と夫にせびってきたという。
「長男にしか頼れないの」
そう言われて、夫は怒りが爆発した。
「こういう時だけ長男だからとか、やめてくれ。俺はずっと我慢してきたんだ。これ以上援助はできない。私に援助しなきゃ、年金でやりくりできるんだろ。どうしても足りないなら、この家を売って金を作ればいい」
夫の言い分は間違っていない。私も同感だ。それを聞いて義母は泣き崩れていたが、夫はその家を出たという。
長男だからと思って、今まで夫は頑張ってきたのに、それを壊したのは義母だ。自業自得。しっかり自分がしてしまったことを反省してほしい。これで今後は一切援助もせずに、私たち家族だけで生活できるのが本当に嬉しい。夫にも、我慢せずに自分が好きなことにお金を使ってほしい。もちろん使いすぎたら鬼嫁になるが。
いつか義母は、きっとまたお金のことで泣きついてくるだろう。だが、そんなことは私たちは知らない。今まで散々援助してきたのだから、その時もスルーしようと心に決めている。



