「お前、俺を怒らせたから首だ」
二代目社長となった息子が、理不尽な理由でそう宣言してきた。
「社長、そんな解雇はまかり通りません」
しかし俺が何を言おうと、全く聞く耳を持たない。
こんな社長のいる会社では先がないと悟った俺は、考えた末に首を受け入れた。
しかし数日後、二代目社長から突然電話がかかってきた。
「何のご用でしょう?」
「今日の重要案件の担当はお前なんだろう。早く来い」
電話の向こうでパニックになっている二代目社長。
俺は「やはりこうなったか」と、以前から考えていたある行動に出ることにした。
「はあ。何調子に乗ってるんだ。俺を首にしたお前がやれ」
俺は吐き捨てるように言うと、二代目社長は突然の俺の豹変ぶりに言葉が出ず、ただ「えっ?」と間抜けな声を漏らすだけだった。
映画製作会社の営業部長である俺は、今日も朝から夕方まで営業に出かけていた。
俺は58歳になるが、現役のベテランとしてバリバリ働いている。
俺の会社は決して大きな会社とは言えないが、堅実な仕事ぶりは業界内でも評価が高い。
俺は先代社長の惣一と幼馴染みで、昔からの夢だった映画製作の会社を二人で立ち上げたのだ。
俺は昔から映画が好きで、よく惣一と二人で「こんな映画を作りたい」とシナリオやキャスティングを考えていた。
しかし現実はそう甘くなく、資金や人材、技術などの問題が山積みだった。
大変なことも二人で乗り越えてきた。
俺は自分の得意な営業で会社を支えることにした。
好きな映画への情熱を営業にぶつけていった。
この分野は知識が豊富なこともあり、売上は徐々に上がっていき、ここまで成長したのだ。
先代社長からの信頼は厚く、部下も俺のことを頼りに色々と相談してくれる。
俺は自分でもこの会社を支えていると自負している。
ある日、俺が出社すると、先代社長から呼び出された。
社長は事務所に入るなり、俺に笑顔で言った。
「稲垣部長、君に朗報だよ。ついにあの企画が通ったんだ」
俺は驚いて聞き返した。
「あの企画って、まさか」
社長は頷いていった。
「そうだよ。君と僕がずっと作りたかったあの映画だよ。予算も時間も十分に取れたんだ。これも君の営業のおかげだよ。ありがとう」
俺は感動して涙が出そうになった。
「本当ですか? 信じられません。これは夢ですか?」
社長は俺の肩を叩いていた。
「夢じゃないよ。現実だよ。さあ、早速準備を始めよう。君はプロデューサーとして参加してくれるんだろ?」
俺は熱く頷いていった。
「もちろんです。これが俺の人生において最高の仕事です」
準備万端だと思った。この時までは。
その後すぐに、先代社長のガンが発覚したのだ。
企画どころではなくなってしまい、企画は白紙に戻された。
そして社長は一年の闘病の末、この世を去った。
あっという間の出来事に俺は激しく動揺していたが、先代社長からの伝言で「後継になる裕介のサポートをよろしく頼む」と言われていた。
俺が先代社長と一緒に立ち上げた会社だ。
社長がいなくなったからと言って、会社を傾かせるわけにはいかない。
悲しみに浸っている間もなく、俺は二代目社長となる裕介を支えていくと自分に誓った。
しかし、俺の思いとは裏腹に、二代目社長となった裕介は就任以来、社長としての働きが全くなかった。
スポンサーへの挨拶回りもろくにせず、自分の権威と権限を利用して、まるで自由気ままな王様のように振る舞っていた。
こんなことでは、先代社長と今まで築いてきた信頼は一気になくなってしまう。
俺はこれからの会社の展望に対して不安を感じざるを得なかった。
俺は先代の社長の意思を尊重し、会社を発展させるために裕介にアドバイスを続けた。
「社長、まず自分のビジョンとパッションを持ってください。映画は芸術であり表現の手段です。自分が何を伝えたいのか明確にしてください。そしてそのビジョンとパッションを残された部下たちに伝えてください」
俺は俺と先代社長がいつも語り合っていた映画への夢を少しでも分かって欲しくて話をした。
他にも予算やスケジュール、契約などのビジネス面の具体的なことまでも細かくアドバイスを続けた。
しかし裕介は俺の話を真剣に受け止める態度を全く見せず、我が道を行く始末。
ある日、俺が営業先から会社へ戻ると、出社したばかりの裕介がいた。
「他の社員にも示しがつかないので、こんな時間に出社するのはやめてください」
と注意をすると、裕介は開き直り、
「どうしたんだよ。俺が社長だろ? 何が悪いんだ」
と言い放った。
「なんで遅刻したんですか?」
と尋ねると、裕介は目を泳がせながら
「夕べ接待が長引いたんだ」
とつくように言った。
俺は「またこれか」と呆れ感を感じていた。
裕介はこれまでも幾度となく接待と称して夜遅くまで飲み歩いては遅刻していた。
「どこの会社との接待ですか」
と問い詰めた。
裕介は明らかに動揺した顔を見せ、俯いたまま黙り込んでしまった。
俺は裕介に怒りを感じながらも、その気持ちを抑えつつ
「接待と嘘をついて飲み歩くのはやめてください。他の社員にも示しがつきません」
と言うと、
「俺は社長だぞ。誰に向かって物を言っているんだ? 立場を弁えろ」
そう言うと俺を押しのけてその場を立ち去ってしまった。
俺は先代社長に「これからのことは心配するな」と病床で誓ったのだったが、裕介のこの態度に「今まで話してきたことは無駄だったのか」と絶望感に襲われた。
翌日、俺は社長室に呼び出された。
俺は嫌な予感がしつつ、社長室の扉をゆっくりと開けた。
ここには裕介が社長席へどっかりと座っていた。
「待ってたよ。座れ」
裕介は淡々と言った。
俺は言われるがまま椅子に座った。
裕介はゆっくりと立ち上がり、俺に向き直った。
「稲垣部長、お前は毎回私に説教みたいなことを言ってくる。だが、私が誰を接待していたかなんてお前に言う必要はないし、私には私の考えがあるんだ。お前に指図される覚えはないんだよ」
俺は昨日俺に言われて言い返すことができなかった腹いせかと、半ば呆れながら話を聞いていた。
「お前、あと2年で定年だよな」
唐突にそう聞いてきた。
「そうですが、それが何か」
と尋ねると、
「お前は今日限りで首だ」
唐突な裕介の言葉に思わず言った。
「なぜ首にならなければならないのですか?」
「邪魔な俺を怒らせたからだ」
「そんな理由で首にできるわけがない。社長、解雇です。そんなことはまかり通りません」
「お前の話など一切聞かない。俺が決めたことが全てだ」
全く拉致が開かない。
「先代の社長に会社と息子を支えてくれと頼まれたんです。私にはあなたに会社の未来を託された先代社長の思いを継ぐものとしての義務と責任があります」
俺は言葉を続けた。
「二代目社長がこのままだと、会社の社会的な信頼を失うかもしれません。どうか考え直してください」
すると裕介は、
「余計な心配はしなくていい。お前がいなくても会社の売上は順調なんだ。年寄りは早く引退してゆっくりしときな。ちなみに退職金はなしだからな」
鼻で笑いながらそう言った。
俺はたまらず、
「経営が順調だからと言って、あなたが思い上がるべきではありません。今のこの状況を作り上げてきたのは、私たち社員の努力の結果です。このままでは後で痛い目を見ますよ」
そう警告したが、全く聞く耳を持たない。
「お前の意見などいらん。話はこれで終わりだ。もう出ていけ」
冷たい目で俺を睨むと、手で払いのける仕草をした。
これ以上話をするのも無駄と思えた。
俺はとりあえず社長室を出た。
社長との一件が平行状態のまま数日が過ぎたある日、俺は人事課へ呼び出された。
人事課の課長は今の社長の姉にあたる美香だった。
社長の裕介とは全くタイプが違い、気が利くし頭も良くかなり優秀な人物だ。
先代社長がまだ元気だった頃から先代社長の右腕として働いており、俺も一目を置いていた。
本来なら姉の美香が社長になるべきだと思う。
しかし裕介の社長就任は先代社長のたっての希望であった。
俺もその時は「裕介にも責任感が芽生え、社長の器になってくれるだろう」として、それをサポートしていけると思っていたのだ。
そんなことを考えながら課長の元へ向かった。
「お呼びでしょうか?」
「平業の方は順調ですか?」
微笑みながら話しかけてきた。
「ええ、まあ」
俺は曖昧に返事をした。
課長は瞬時に真顔になり、
「今日来ていただいたのは、社長の裕介のことなんです。社長としての仕事を全うできていないんじゃないかと思って」
と話を始めた。
「会社には遅れてくる。決済書は溜まっている。挨拶周りに行っているのかいないのか成果は上がってこないし、飲み屋からの請求書は次々と送られてくるし」
俺は言った。
「実は私も社長の振る舞いには困っています。私は先代の社長から会社を頼むと言われており、二代目社長を構成させようと注意しているのですが」
そう言うと言葉に詰まってしまった。
課長はその先を尋ねてきた。
「それで社長は何と言ったのですか?」
「この前私が社長に遅刻の理由を尋ねた時、いい加減な嘘に呆れてしまい、注意をしたのですが、腹いせに首を言い渡されてしまって」
課長は驚いて、
「そんな…それはひどいですね」
課長は頭を抑えながら、
「私は裕介が社長になるのは反対だったんです。昔から甘やかされて育っているので、わがままがひどくて父の後継には到底無理だと思っていました」
課長は言葉を続けた。
「しかし、病床の父の願いでもあったので、同意せざるを得ませんでした」
やはり課長は裕介が二代目社長になることを心配していたのだということが分かり、少し安心した。
「事態は深刻ですね。これは立て直しを図らなければなりません。私にできることがあれば何でも協力します。声をかけてくださいね」
と微笑みながら俺に言った。
「ありがとうございます。お力添えいただけるなら心強いです」
俺は心強い協力者ができたと思った。
しかしそれからも、裕介からの嫌がらせは続いた。
何かと俺を馬鹿にしたり、時には無視したりする。
俺の存在がなかったかのように、プロジェクトに足を突っ込んでは自分の手柄のように振る舞い、そして俺を無能扱いするのだ。
ある日、会社の廊下で裕介と鉢合わせした。
裕介は長のこもった笑みを浮かべながら言った。
「お前はいつまでも私の前にひれ伏しているつもりか。本当に目障りなんだよ。どんな手を使ってでも、私はお前をこの会社から追い出してやる」
最近は俺の顔を見ただけで、俺に罵声を浴びせてくるのだ。
俺の気持ちは限界に来ていた。
先代の社長と夢を語り合い、共に作り上げてきたあの時の会社の姿はもうない。
先代社長がいなくなって以来、二代目社長を盛り立てて行こうと誓ったあの日も色褪せてしまった。
もはやこの会社で俺が満足できる仕事がやれるのだろうか。
俺は自分に一つの決断を下した。
次の日、出社するとすぐに社長室に向かった。
ノックもせずに社長室へ入ると、裕介は俺の突然の登場に驚いた顔を見せた。
俺は無言で退職届を社長のデスクに置いた。
裕介は一瞬不満を漏らしたような顔をしたが、すぐに笑顔になり、こう言った。
「やっとその気になったか。これで邪魔物は消えるな」
裕介は椅子から立ち上がり、小躍りせんばかりに喜びを隠さなかった。
俺は静かにその状況を眺めていた。そして淡々と言った。
「取引先への挨拶を済ませてから退職します」
裕介は俺の言葉など上の空の様子で、
「さっさと済ませて早く消えろよ」
と投げ捨てるようにつぶやきながら、俺が差し出した退職届を自分の顔の前でヒラヒラとさせていた。
俺は退職の日まで、今までお世話になった取引先やスポンサーを回り、丁寧な挨拶を交わしていった。
皆一様に俺の退職に驚いていたが、俺には皆が今まで本当にありがとうと感謝の言葉をもらえたことが嬉しかった。
あるスポンサーは俺に近づいて問いかけた。
「なぜ会社をやめることになったのですか?」
俺は今までの出来事を率直に語った。二代目社長の嫌がらせや威圧的な態度を明かした。それに嫌気が刺したのだと。
俺と先代の社長が築き上げた会社の歴史を知っているスポンサーは、「なるほど」と俺の話に共感していたようだった。
そして微笑みながら、「うちの会社はもう限界かもしれません。将来のことも考えて、皆さんには新しいパートナーを見つけていただいた方がいいと思います」と助言した。
退職当日、俺は社長室を訪ねた。
どうしても言わなければならないことがあったからだ。
俺は裕介を目の前にして、
「俺はお前を社長とは認めない。この戦いはまだ終わっていない」
と言葉を放ち、社長室を後にした。
裕介は虚を突かれた顔をしていた。
俺は決めたのだ。これまでの鬱憤を晴らすために、大きな反撃を準備することを。
未来への道は明るく険しいものとなるかもしれないが、俺はその覚悟を持って前を向いて進んでいくのだと。
翌日のこと、裕介から俺のスマホに電話がかかってきた。
俺の予想通りの展開だ。
俺は冷静に電話に出た。
「何のご用でしょう?」
裕介はいきなり怒鳴り声で、
「今日の商談の担当はお前なのか? 早く来い」
電話の向こうでパニックになっているのが分かる。
「はあ? 何調子に乗っているんだ? お前にそんなことを言われる筋合いはない。俺を首にしたお前がやれ」
と俺は吐き捨てるように言った。
「えっ……」
と言った後、しばらく無言になった。
俺はもう裕介に何かを命令される立場ではないのだ。
実は今日は、海外でヒットしている映画の上映権についての商談だったのだ。
二代目社長が就任以来、俺は会社を支えるべく必死で取り纏めた案件だ。
この取引が成功すれば、かなりの利益が出る予定だった。
当然、俺はこの日のことを覚えていた。
退職前、このことも前もって裕介に話をしていたのだが、全く聞く耳を持っていなかったのだ。
「俺はこうならないように助言してきたが、無視したのはお前だろう」
と言うと、電話の向こうで二人の言い合っている声が聞こえてきた。
「全てはあなたが巻いた種でしょ。いい加減にしなさい」
電話の向こうで課長の美香が裕介を嗜めている様子が聞こえてくる。
裕介は聞く耳も持たず、今度は俺に
「じゃあ、また雇ってやるから戻ってこい」
と言い出した。
俺がそんな言葉で帰ってくるとでも思っているのか。
半ば呆れつつ、
「馬鹿なことを言うな。戻ってくるわけないだろう。お前は俺にしたことを忘れたのか」
と一蹴した。
俺はもう次の就職先が決まっていた。
実は俺が挨拶をした時、辞める理由を聞いてきたスポンサーに二代目社長のことを話した時のことだ。
そのスポンサーが「それなら、是非うちに来てもらえないだろうか」と誘いを受けていたのだ。
俺はまた好きな映画に関わる仕事ができることに希望を見出し、すぐに転職を決めたのだ。
俺は電話口で動揺しているであろう裕介に、最後の言葉を投げつけた。
「お前が経営している限り、その会社と関わることはない」
まだ電話口で何か喚いていたが、構わず電話を切った。
数日後、俺は以前のスポンサーだった会社に就職をした。
転職先では以前からの良好な関係があったこともあり、順調に仕事に取り組むことができた。
業界内なので、以前の会社の評判は嫌でも耳にする。
やはり裕介では会社を存続させることはできなかった。
裕介の姉が社長になり会社を立て直したとのことだった。
裕介は降格処分となり、平社員として働いているらしい。
俺としても、先代社長と立ち上げた会社が持ち直したとの話を聞いて、少し安心する気持ちもあった。
俺は今、新たな職場で若い人材育成のために、今までのノウハウを惜しむことなく教えている。
新たな道を進んでいるのだ。



