「おい、お前たちこれを見ろ。俺の娘だ」 そう言って父は、私と母に愛人の幼い娘の写真を見せつけ、平然と続けた。「今後の家は俺と愛人と娘で住むからな。お前らは金だけ置いて、さっさと出ていけ」 何年も家庭を顧みず、母に化粧を強要し、私の初任給を「安物」と嘲笑った父。見下してきた相手の意外な反応に、父は呆然とした。その家の所有者が誰だったのか、父は知る由もなかった。…

「おい、お前たちこれを見ろ。俺の娘だ」 そう言って父は、私と母に愛人の幼い娘の写真を見せつけ、平然と続けた。「今後の家は俺と愛人と娘で住むからな。お前らは金だけ置いて、さっさと出ていけ」 何年も家庭を顧みず、母に化粧を強要し、私の初任給を「安物」と嘲笑った父。見下してきた相手の意外な反応に、父は呆然とした。その家の所有者が誰だったのか、父は知る由もなかった。...

「おい、お前たちこれを見ろ」

そう言って父は、幼い女の子の写真を私と母に見せてきた。画面を覗き込みながら、私は思わず聞いた。

「可愛い子だけど、誰なの?」

すると父は、何のてらいもなく言い放った。

「俺の娘だ」

母は目を見開いて驚いた。

「え?娘?どういうことなの?」

「つまり、この子は俺と愛人の娘なんだよ」

父は驚く母に対して、悪びれた様子すら見せない。呆れるしかなかった。

そんな私たちに、父は自分の考えを押し付けるように続けた。

「そういうことだから、今後の家は俺と愛人と娘で住むからな。お前らは金だけ置いて、さっさとここを出ていけ」

父はおそらく、母が焦って自分にすがりついてくると思ったのかもしれない。だが、私と母には作戦があった。傲慢な父に我慢の限界を迎えていた私は、ずっと前から準備を整えていたのだ。

私と母は目を合わせ、そして互いに微笑んだ。

「いいわ。別れましょう」

母は、むしろ嬉しそうにそう言った。

「え、いいのか?」

離婚をあっさりと承諾する母に、父は逆に嫌そうな表情を見せる。そして私たちは荷物をまとめると、さっさと父のもとを去った。

こんなにあっさり家を出られるなんて。むしろ感謝しないとね。

──私は本間理子。独身生活を謳歌する30歳だ。父は元会社社長である。私は就職したが、社長を務めていた父の会社には入らなかった。現在は父の会社とは別の大手企業で働いている。

父の淳は、社長の息子として幼少期から何不自由なく育ってきた。いわゆるお坊っちゃまとして甘やかされて育ったせいか、父には性格に問題があった。周囲の人間が「未来の社長」と父を持ち上げ続け、そんな環境が父の性格を歪ませたのか、家庭内でも傍若無人な振る舞いを繰り返す。どこか人を見下すようなところがあり、特に母に対しては常に命令口調なのだ。

父は気に入らないことがあると怒鳴り散らし、私たち二人の意見を聞き入れないところがあった。過去にそんな思い出がある。

母が作った夕食の味が気に入らなかったのか、父は機嫌を損ねて怒り始めた。

「なんだこれは?こんな貧相なものを食っていられるか」

確かに魚と野菜でちょっと地味かもしれないけど、健康的じゃない?私は全然気にせず母の作った料理を食べていたのだが、父は私にこう言った。

「おい、理子。よそへ食いに行くぞ。こんなまずい飯は食っていられないからな」

「え、いいよ。私はお母さんの作ったご飯を食べるから」

私は父の誘いを断る。だが父は母への嫌がらせとして、私を無理やり引っ張ると外食に連れ出した。

「痛い。そんなに引っ張ると手が痛い」

「うるさい。行くぞ」

そうして母の作った食事を放置して、見せしめのように私を連れて家を出ていく。

また、こんなこともあった。その当時、私は母方の祖母に流行りの服を買ってもらい、喜んでいた。

「やった。こういう服だよね」

だが服を手に喜ぶ私を見た父は、何が面白くないのか「ふん。余計なことをしやがって」とつぶやいた。そして私が留守にしている間に、父は祖母が買ってくれた服を引っ張り出した。

「全く流行りだかなんだか知らないが、趣味の悪い服だな」

そう言うと父はその服を、勝手にゴミに出したのだ。それを知った私はショックを受けた。せっかくのお気に入りの服。しかも、滅多に会えない母方の祖母から買ってもらった服を捨てられてしまい、私は悲しんだ。

とにかく父は、気に入らないことがあると自分の気が済むまで嫌がらせのようなことをしてくるのだ。

そして、私は社会人になった。父の会社とは別の場所で働き始めた私。初めての給料をもらった私は、こう考えた。

「ここまで育ててくれたお父さんとお母さんに、初任給で何かプレゼントをしよう」

そう考えた私は、おしゃれな雑貨店へ行き、ペアのマグカップを購入した。

仕事帰りにプレゼントを購入した私は、それを手に帰宅する。そして両親が揃ったところでプレゼントを渡した。

「お父さん、お母さん、私ね、今日が給料日だったの。だから初めてのお給料で二人にプレゼントを買ってきたんだ」

そう言うと、二人にマグカップの入った包みを手渡す。母の香は大喜びしてくれた。

「まあ、ありがとう。こんなことをしてくれるだなんて。理子も大人になったのね」

そう言いながら包みを開け、プレゼントのマグカップを見て喜ぶ。

「早速使わせてもらうわ」

だが父は、私のプレゼントを横目で見ると鼻で笑った。

「なんだよ。随分安っぽいマグカップだな」

「え?」

そんな父を母が諭す。

「ちょっとあなた、せっかく理子が買ってくれたのに、そんな言い方はないんじゃないの?おしゃれなマグカップじゃないの?」

確かにそのマグカップは高級百貨店で買ったわけではないし、特別高価というわけでもない。それでも私は、両親が喜びそうな品を一生懸命に選んだのだ。それを父は一笑する。

「俺は安物に興味はない」

父は、せっかくの私の気持ちを踏みにじった。

その後、社長だった祖父が亡くなる。祖父が亡くなり、社長業を継いだ父の態度はさらに悪化した。以前にも増して偉そうになったのだ。

「これで俺が社長だ。社長である俺には誰も逆らえないぞ」

そう言うと父は、まず気に入らなかった社員を些細な理由で解雇する。

「あいつは『会社のため』とか言って俺に散々意見をしやがって。だがこれからは俺が社長だからな。俺のやり方に従ってもらう」

そして気に入らない社員に難癖をつけ続け、それを理由に降格や減給を繰り返した。社内の会議では、自分の意見が絶対だとばかりに他の役員の意見を聞かず、独断で物事を進めた。

そんな父の態度は社員たちの反感を買う。中には理不尽な理由で解雇された社員もいた。恨みを募らせた社員は、父の家族である私や母を見て、「あいつらはいいよな。社長の身内だから苦労もせずにぬくぬくと暮らしやがって」と逆恨みをしたのだ。

そしてある夜、自宅に電話が入った。

「おい、社長とその家族、お前たちの罪は一生忘れないからな。覚悟しておけよ」

時には解雇された社員に恨みを買い、私や母が脅迫されたり、危険な目に遭うこともあった。私と母は家で、互いの身に起こったことを報告する。

「買い物へ行こうとしたら、変な男が私に向かって突進してきたのよ」

「私もおかしな男に尾行されているような気がして」

身の危険を感じた私たちは、警察に届け出をした。そして捜査の結果、私たちを付け狙っていた犯人は、父に解雇された社員であることが発覚したのだ。

「もう、お父さんが会社で恨みを買うようなことをするから」

母は父に対して態度を改めるよう言う。だが父は、どこ吹く風だった。

「まあ、二人とも無事だったわけだしな。良かったじゃないか」

と、完全に他人事である。

社長になった父は、私の交友関係にまで口を出すようになった。

「おい、お前は社長令嬢なんだからな。社長令嬢らしくしろよ。あんまりレベルの低い人間とは付き合うんじゃないぞ」

と、私の交友関係を勝手に制限してくるのだ。

「私の友達に対して『レベルの低い人間』って何よ?失礼なことを言わないでほしいわ」

そして母に対しても要求が増える。ある時、入浴を終えてリラックスする母に、父はこう言った。

「おい、なんだその顔は。お前は化粧を落とすと途端に貧相な顔になるなあ」

その言葉に母は不機嫌になる。

「貧相な顔だって?随分失礼ね。普通はそんなものよ。外に出る時はきちんとしているんだから、いいじゃないの」

しかしそんな母に対して父はこう言い返す。

「お前は社長夫人としての自覚が足りないな。できる妻とは、いついかなる時も24時間身だしなみを整えているものだぞ」

「何が言いたいのよ」

面倒そうに母が聞くと、父は言った。

「つまり、夜もきちんと化粧しろということだ。人が訪問してくるかわからないからな。その時に、妻であるお前が化粧もせず貧相な顔で出迎えるわけにいかないだろう」

そう言うと父は、母に対して寝ている時もメイクを落とすことを許さなかった。母はそっとつぶやく。

「バカバカしい」

最近は母も、父に付き合いきれなくなってきたようだ。

そんな父のワンマン経営が災いし、会社の業績は悪化の一途をたどる。優秀な社員の意見に耳を貸さず、父が自分の思うがままに会社を動かしてきたのだ。当然の結果だった。株主からの突き上げも激しくなり、社長就任からわずか半年後、父は能力不足により社長の座を解任されてしまった。

だが父は反省するどころか、懲りない。

「なんだよ。こいつもこいつも俺を攻めやがって。会社の業績が落ちたのは、社員がポンコツばかりだったからだろう。優秀な社員とは、社長の考えをくんでうまく会社を回すもんだ」

社長業を追われた父は、仕方なく就活するも身が入らないようだ。お坊っちゃま育ちで「未来の社長」として甘やかされて育った父は、厳しい社会の現実と社長業を追われた事実を受け入れられない様子だった。父はやさぐれ続けて、ついには就活もやめてしまい、朝からパチンコに通うようになる。

「ああ、アホらしい。やめられないな」

そしてそのまま夜まで遊び続け、深夜に酔っ払って帰宅するような日々を送った。私と母は、そんな父に完全に呆れていた。

「あの人はこれからどうするつもりなのかしら?あんなんで社会に出て、人の下で働けるとは到底思えないわ」

「心を入れ替えない限りは無理ね」

これまでは社長としてそれなりの収入を得てきたので、偉そうな態度も多少は仕方ないと思っていた。だが現在の父は、ただの無職の偉そうなおじさんである。しかし父は、自分のことをまだまだ偉いと思っているようだ。

ある日、父は私たちに自分のスマホの写真を見せてきた。

「おい、お前たちこれを見ろ」

そう言うと、幼い女の子の画像を私に見せつけてくる。

「どうだ?可愛いだろう」

私は画面を覗き込み、不思議に思いながら聞く。

「確かに可愛いけど、誰なの?」

すると父は、なんとこう言った。

「俺の娘だ。可愛いだろう」

その言葉に母は驚く。

「え、娘?どういうことなの?」

「つまり、この子は俺と愛人の娘なんだ」

父は驚く母に対して、悪びれもせず堂々とこう言ったのだ。呆れた。

そんな母と私に、父はこう言い放つ。

「そういうことだから、今後の家は俺と愛人と娘で住むからな。お前らは金だけ置いて、さっさとここを出ていけ」

父はもしかすると、母が焦って自分にすがりついてくるかもしれないと考えたのかもしれない。だが私と母は目を合わせ、そして互いに微笑む。

「いいわ。別れましょう」

母は、むしろ嬉しそうに父に言った。

「え、いいのか?」

離婚にあっさり応じる母に、父は逆に嫌な表情を見せる。そして私たちは荷物をまとめると、さっさと父のもとを去った。後ろで父が一生懸命に何か言っていたようだが、私も母も振り返らずにそそくさと家を出た。

二人になった私と母は、互いに笑い合う。

「良かったじゃない、お母さん。あっさり別れることができて」

「本当ね。愛人がいたのはびっくりだけど、おかげですんなりと家を出られたわ。愛人さんに感謝しないとね」

実は私たちには作戦があったのだ。そのため、余裕の表情で父のもとを去ることができた。

翌日、不動産会社の男性社員から私に電話が入る。

「はい、もしもし。どうしましたか?」

「申し訳ありません。現在内見に来ているのですが、あの人をなんとかしていただけないでしょうか?」

その不動産会社の社員は、現在父が住んでいる私たちの元の家にいるのだが、どうもそこで父とトラブルになっているらしい。電話を受けて私が自宅に戻ると、男性社員と父が口論をしていた。

「俺に出ていけだと?この家は俺の家だ」

「そうは申されましても、家は売却済みでして」

「売却だと?誰がいつ、売却したと言うんだ」

父は知らなかったが、この家は元々、母が先祖代々受け継いだ物件だった。つまりこの家の名義人は母なのだ。だが数ヶ月前に、私は母から自宅を譲り受けていた。母は私にこう言う。

「私もお父さんも年齢が年齢だから、この家の名義を理子に変更したいのよ」

そんな経緯で、自宅の所有者は私になっていた。そしてその自宅を譲り受けていた私は、父の傲慢な振る舞いに嫌気が差し始める。私は自分の考えを、密かに母に打ち明けた。

「ねえ、お母さん。私はもうあんなお父さんに付き合っていられないわ。だからお父さんの元を離れようと思うの」

母も私に賛同した。

「実は母さんもそう考えていたのよ。もうあんな人には愛想が尽きたわ。しかも今は社長でも何でもなく、ただの口うるさい無職だしね」

「そうだよね。お父さん、今は仕事をしていないから、暇そうに家で寝ているか外で飲み歩いているかだもんね。そのくせプライドだけは、社長の時と同じで高いままなんだから」

私は母と相談し、いつか家を出ることを考えて準備を進めてきたのだ。密かに家を売却する準備も整っていた。そのタイミングで、何も知らない父は愛人の存在を私たちに明かし、家を追い出したのだ。

自慢げに若い愛人の存在を明かした父だったが、私たちの反応に拍子抜けを食らう。父は私たちがショックを受けて、泣きながら家を出ていくと思い描いていたようだ。それどころか、私と母は清々とした顔で家を出ていったからだ。私たちはしっかりと準備ができていたので、短時間で問題なく家を出ることができた。

私と母のウキウキした後ろ姿を見送った父は、面白くなさそうにつぶやく。

「なんだよ、あいつら。悔しがるどころか嬉しそうに家を出て行きやがって。まあいいか」

私たちの反応は予想外ではあったが、母と私が家を出た直後、父は早速愛人と娘を呼び寄せて新生活を始めていた。新居を見た愛人(際)は、広い一軒家にテンションが上がっている。

「こんなすごい家に住んでいたの?」

と嬉しそうに父に聞いた。その様子を見た父は満足げに言う。

「どうだ?いい家だろう」

元は母が受け継いだ家だというのに、父は我が者顔で自慢をする。

「すごく広い家ね。さすがお金持ちの社長だわ」

「ま、まあな」

どうやら父は愛人に対する見栄なのか、自分がすでに社長ではないことを話していないようだ。そして家に迎えた20代の愛人を見て、父はニヤニヤしながらつぶやく。

「やっぱり若い嫁はいいなあ。しわしわのばあさん嫁よりも、20代のピチピチ嫁だぜ。あいつらが置いていった金もあるし、しばらくは生活に困らないだろう」

これから始まる愛人との新生活を楽しみに過ごしていた父だったが、そんな中で自宅のガレージに知らない車が止まった。そしてスーツ姿の男性と、見知らぬ夫婦が降りてくる。

「なんだ、今日は?」

その三人はインターホンも鳴らさずに敷地内に侵入してきた。ガチャガチャと鍵を開ける音に、二人は警戒する。

「ちょっと、誰だか知らないけど家に入ってきたみたいよ」

「おいおい、まさか泥棒か」

侵入者に対して二人は身構えた。そこへ、スーツ姿の男性社員が入ってくる。そして父と愛人を見ると、驚いた顔をした。

「あれ?なんで人が普通に生活をしているんだ?」

その社員は不思議そうに言った。

「おい、誰だお前たちは?」

「私ですか?」

困惑する父に、その社員は名乗る。

「私は内見の約束をしていた不動産の者です」

と、男性は丁寧に挨拶をした。

「何の内見だ?どういうことだ?」

そこで初めて、父は自宅が売却されている事実を聞かされたのだ。

「この家は本間理子様より買い取りをいたしまして、本日は購入希望者のお客様の内見なんですよ」

「なんだと?理子が?」

しかし自分の知らないところで話が進んでいたため、父は納得できずに不動産会社の社員に反抗を続ける。

「理子がこの家を売っただと?この家は俺のものだぞ」

「ですが、この家の名義人である本間理子様に必要書類を提出していただき、正式な手続きを済ませた上で、この家を買い取りしておりますので」

不動産会社の社員は説明をするが、父がごね続けるため話が開かない。

「いやいや、困ったなあ」

そのため、私が呼び出されやってきたのだ。私の姿を見た父は、隣で怒り散らした。

「おい、理子、どういうことだ?お前が勝手にこの家を売り払ったとこいつが言ってるぞ。いきなり家にやってきてわけのわからんことを言っているんだ」

叫ぶ父を無視すると、私は不動産会社の社員に告げる。

「その人たちは他人です。勝手に居座っているだけなので、追い出してください」

「なんだと?」

父は、妻が親から相続した物件はそのまま夫である自分のものになると勝手に解釈していた。そのため現実を受け入れられずに大騒ぎだ。

「この家は俺のものだ。だから俺は絶対に出ていかないからな」

父は抵抗を続ける。

「出ていかないと警察を呼ぶぞ」

事情を説明しても、とことん出ていこうとしない父と愛人に対し、困った不動産の社員は父の発言を聞いてはっとした。

「そうか。警察に頼ればいいんだ」

そうつぶやくと、社員は警察に通報した。何も知らずに父は騒ぎ続けている。騒いでいるうちに、パトカーのサイレンが近づいてきた。その音を聞きながら、私は二人に言った。

「さあ、警察が来るわよ。法的には悪いのは父さんたちになるんだからね」

私の言葉に二人は息を飲む。

「このままだと、二人とも逮捕されてしまうかもしれないわよ」

「逮捕」と聞いて、二人はひるんだ。

「なんだと?逮捕だなんて嫌よ。ごめんだわ」

私に脅された父たちは、逃げるようにそそくさと自宅を飛び出していったのである。

それから数日後、仕事帰りの私が駅の改札口を出ると、そこには憔悴しきった父の姿があった。あまりの父のよれよれ具合に、私は思わず声をかけてしまう。

「父さんじゃない。どうしたのよ、こんなところで」

私が聞くと、父はダラリとしながらこう言った。

「おお、理子、我が娘よ」

そう言うと、私にすがりついてきた。

「ちょっと、気持ちが悪いから離れて」

「なあ、理子。俺が間違っていたよ。だから助けてくれないか」

昔はあんなに自信満々で偉そうだった父は、その声も弱々しい。

「何よ、急に」

あまりの変わり具合に困惑する私に、父はこう頼んでくる。

「悪いが理子、俺と香の仲を取り持ってくれないか?俺が香に電話をしても、相手にしてもらえないんだよ」

と、悲しそうな顔で言う。

「当然でしょ。自分が何をしたか分かっているの?今更何を言ってるのよ」

父の発言に対して私が呆れながら言うと、父はこう説明した。

「香に何度も電話をして、やり直すよう頼んでいるというのに、『お金は渡したから私たちはもう終わってます』の一点張りで相手にしてくれないんだ。だから直接話をしたいんだよ」

と、父は弱々しく言った。

「全く、この俺がやり直してやると言っているのに、香は意地を張っているんだろうな。何年も夫婦として助け合って生きてきたというのに。だから理子、俺たちの仲を取り持ってくれよ」

その言葉を私は不思議に思う。

「お母さんとやり直すって… あの若い愛人はどうしたのよ」

そう聞くと、父はこう答えた。

「ああ、あの女か。あいつは俺の金を持って逃げやがったんだ」

「え?」

どうやら父は、母が出ていく時に手渡された大金を、愛人の際に持ち逃げされたらしいのだ。

ある日、父が昼過ぎにのんびり起きて行くと、愛人と娘の姿がなかった。

「おや、あいつらはどこへ行ったんだ?娘と散歩にでも出かけたのか」

だが部屋を見ると、愛人の姿だけではなく、荷物も減っているような気がする。

「まさかなあ」

異変を感じた父が調べてみると、愛人の荷物がほとんど消えていた。

「おいおい、どういうことだ?」

嫌な予感がしたので、父は念のため母から受け取った現金を確認したが、予感は的中し、その現金も一緒に消えていたのだ。

「なんだと?金も一緒に消えているぞ」

一応夜まで待ってみたが、愛人と娘は帰ってこなかった。

「どういうことだ?愛人との新生活が待っていたかと思えば、あの女、俺を裏切りやがって。許さんぞ」

そこで父は探偵を雇って、愛人親子の行方を追った。愛人に裏切られ、怒りを抑えきれない父はイライラしながら探偵の報告を待つ。

「ちっ、報告はまだか?俺の金が」

そしてやっと父のもとへ探偵からの調査報告が入る。その結果、なんと際には、父とは別に際と同世代の若い相手がいたことが判明したのだ。

「なんだと?際に別の男が?」

興奮した父は、探偵が用意した証拠写真をひったくるように見る。写真に映っていた際の相手の男は、若くて今風のイケメンだった。そして際の娘も、その相手になついていた。写真とは別に、探偵は証拠の動画も差し出す。動画に映っていた際の娘は、その若い男を「パパ」と呼び、抱きついているではないか。その動画を見た父は、思わず震えた。

「なんだと?俺にはあんな風に抱きついてくるほどなついていないのに、どういうことだ?」

イケメンと娘の二人は、顔もそっくりだった。実は際の娘は、父・淳の血を引いていなかったのだ。

居酒屋でアルバイトをしていた際は、客として店を訪れていた父に声をかけられ、「いいカモを見つけた」とばかりに、社長である父の金銭を目当てに近づいていただけだった。

「あの男、ちょろそうね。金も持っていそうだしいいかもだわ。お小遣いが稼げそう」

いい気になった際を気に入った父は、その後一生懸命に居酒屋に通い、際もまた父のご機嫌を取り続けた。そして「パパ」と父に取り入った際は、父に散々貢がせる。

「思った通りちょろかったわ。でももう社長でも何でもないみたいだし、お金もこれだけしかなさそう。潮時かしらね」

そして、父が社長ではなくなったことを知ると、もう用済みだとばかりに父のお金を持ち逃げしたのだ。

それを知った父は絶望した。

「あの女、最初から金目当てで俺に近づいたんだ」

頭を抱えてうずくまる父だったが、自業自得だ。

「いい年をして、若い子に手を出すからよ」

私は苦笑いをしながら言った。

「かわいそうだけど、私もお母さんも、もうお父さんとは他人だから助けてあげられないわ。それじゃあね」

そう言うと、私は父のもとを去ろうとした。だが父はしつこくすがりついてくる。

「なんだよ。冷たいやつだな。育ててもらった恩を忘れたのか。今度は俺の面倒を見てくれよ」

父はそう言うが、私たちを家から追い出したのは父だ。自分で「出ていけ」と言っておきながら、今更何を言っているのか。それを今更、愛人に捨てられたからと泣きついてくるのは筋違いではないか。

「それじゃあ、私は行くからね。あんなに偉そうにしていたのに、誰も父さんのことを助けたいなんて思わないわよ。せいぜい一人で頑張って生きてちょうだい」

冷たく言い放ち、私はその場を後にしようとした。だが、父は私の後を追いかけてくる。

「ちょっと、なんでついてくるのよ」

私は父に自分たちの住む家を知られたくなかったので、必死に走って逃げたが、それでも父は追いすがってきた。

「おい、待ってくれよ。娘よ。俺を見捨てないでくれ」

運よく途中に交番があった。

「すみません、助けてください」

そう言うと私は交番に駆け込み、父を不審者として通報する。警察は、父に追われる私の姿を見ていたのですぐに対応してくれた。父が警察に事情聴取を受けている間、私はタクシーを拾って無事にその場を離れる。

「それじゃあ、お父さん元気でね」

そして完全に父から逃げ切ることに成功した。

その後、住む家を失った父は金銭的にも困窮し、夜逃げになっていた。

「ちくしょう。俺は偉い社長だったんだ。そんなはずじゃなかった。飲まないとやっていられないぞ」

現実逃避のため過剰飲酒し、それが原因で父は後々、痛風に苦しむはめになる。父は懲りずに母と私に助けを求めても、二人とも父の電話を着信拒否した。

「もうしつこい人ね」

「全く、どの面下げて連絡を入れてくるんだか」

私たちと連絡が取れなくなった父は、諦めて就職活動に力を入れることにした。

「こうなれば、俺の元いた会社に就職だ」

そして元々自分が社長を務めていた会社に雇ってもらおうとするも、かつての部下たちに門前払いを食らう。結果、働き口の見つからなかった父は、狭いアパートで生活保護を受けながら孤独を味わっている。

一方で、私と母は新たな生活をスタートさせた。売却した自宅の資金をもとに、都心の一等地におしゃれなマンションを購入。新居に引っ越した私と母は、内装を見て盛り上がった。

「いい家じゃない。もしお父さんが一緒だったら、『趣味が悪い』って断られていたかもしれないわね」

「本当ね。うるさい人がいなくなって、清々したわ」

現在は親子の二人で助け合い、穏やかな日々を送っている。そして私は健康のために定期的に近所のジムに通うようになった。予想外に、そこのスポーツジムの爽やかなインストラクターと恋仲になり、現在は母にも応援されながら、結婚を視野に交際している。

父から解放された私たちの人生は、これからなのかもしれない。

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