金曜の夜、また玄関のチャイムが鳴った。息子夫婦が週末の“宿泊”に来たのだ。私は68歳、郵便局で働きながら、毎週末彼らのために朝食を作り、掃除をし、買い物に出て、夕食を振る舞ってきた。無料の旅館のように扱われていることには薄々気づいていた。でも決定的だったのは、電話で聞いたあの言葉だった。「便利だから我慢してるの。老後は施設に入れるつもりだし」──そして息子は言った。「母さんの家、いずれ売って…

金曜の夜、また玄関のチャイムが鳴った。息子夫婦が週末の“宿泊”に来たのだ。私は68歳、郵便局で働きながら、毎週末彼らのために朝食を作り、掃除をし、買い物に出て、夕食を振る舞ってきた。無料の旅館のように扱われていることには薄々気づいていた。でも決定的だったのは、電話で聞いたあの言葉だった。「便利だから我慢してるの。老後は施設に入れるつもりだし」──そして息子は言った。「母さんの家、いずれ売って...

金曜日の夜7時、玄関のチャイムが鳴った。台所で夕食の片付けをしていた私は、手を止めて深いため息をついた。また今週も来た。

息子の浩太が大きなボストンバッグを抱えて入ってきた。後ろから嫁の愛も続く。二人は靴を脱ぎ捨てると、私に挨拶もそこそこに二階へ上がっていった。当然の権利のように振る舞う息子の態度に、言いようのない寂しさを感じた。

「今週も頼むよ、母さん」

階段の途中から浩太の声が聞こえてくる。私は力なく頷いた。41年間勤めている郵便局から帰宅し、やっと一息つけると思った矢先のことだ。疲れた体に鞭打って、また週末の世話が始まる。

キッチンでうつむいていると、愛の電話の声が聞こえてきた。

「うん、今週も義母の家。ここって本当に便利な旅館みたいよね。ただだし、全部やってくれるし」

私の手が震えた。旅館。私の家が、胸の奥で何かが音を立てて崩れていくような感覚に襲われた。

私は息子の浩太を一人で育ててきた。夫が亡くなったのは浩太がまだ中学生の時だった。女手一つで息子を育てるため、朝から晩まで郵便局で働き続けた。

「お母さん、いつもありがとう」

幼い頃の浩太はそう言って抱きついてきたものだ。あの頃の純粋な笑顔を思い出すと、胸が切なくなった。息子の幸せを願い、結婚資金として500万円を援助した。さらにマイホーム購入時には退職金の一部から800万円を頭金として出してあげた。これで浩太も幸せになれる。そう信じていた。

しかし結婚してから、息子は変わってしまった。毎月10万円の生活費を当然のように受け取り、感謝の言葉一つない。毎週末の帰省が始まったのは3年前からだ。最初はたまには顔を見せに来る程度だったが、いつの間にか毎週末の恒例行事になっていた。金曜の夜に来て日曜の夜に帰る。その間、私は朝5時に起きて朝食を作り、洗濯、掃除、買い物、夕食の準備まで全てこなしている。まるで無料の使用人のような扱いだった。

「疲れたな」

誰もいないキッチンで、私は小さくつぶやいた。定年後も嘱託勤務を続けており、68歳の体には仕事と週末の家事労働は限界に近づいていた。それでも息子のためと思い、歯を食いしばって続けてきたのだ。

土曜日の朝、私は薄暗いキッチンで朝食の準備を始めた。時計は午前5時を指している。息子夫婦はまだ寝ているだろう。冷蔵庫を開けると昨日買った食材が並んでいた。全て自分の年金から支払ったものだ。味噌汁、焼き魚、卵焼き、ほうれん草のおひたし。息子の好物を中心に献立を考えた。

7時になると二階から足音が聞こえてきた。

「母さん、朝ご飯まだ?」

浩太がパジャマ姿で降りてきた。挨拶もなく、まるで当然のような口調だ。

「もうすぐできますよ」

私が答えると、浩太は不機嫌に言った。

「もっと早く作ってよ。週末くらいゆっくりしたいんだから」

理不尽な要求に、私は黙って頷いた。続いて愛も降りてきた。

「お母さん、コーヒーは? あと今日は友達も泊まりに来るから、布団の準備をお願いします」

友達も? 私は驚いた。事前の連絡は一切なかった。

「え、3人来るの?」

「夕食も人数分お願いね」

愛はさらりと言ってのけた。私の都合など考えていないようだ。

朝食後、私は洗い物をしながら買い物リストを作った。急に人数が増えたため、食材を買い足さなければならない。

「あ、そうだ母さん」

浩太が財布も持たずに言った。

「今月もお金足りないから、10万じゃなくて15万にしてもらえる?」

15万。私は手を止めた。年金生活の中から毎月10万円を援助するだけでも大変なのに、さらに増額を要求されたのだ。

「孫の塾代もかかるしさ。親なんだから当然でしょう」

当然という言葉が胸に刺さった。41年間働き続けた年金を、息子は当たり前のように要求してくる。

「それに掃除ももっとちゃんとしてよ。ほこりが溜まってるじゃない」

愛が部屋を見回しながら言った。私は毎日掃除をしているが、神経質な彼女には満足できないようだ。

「申し訳ありません」

私が頭を下げると、愛は鼻で笑った。

「これだから年寄りは困るのよね。もっと気を利かせてちょうだい」

年寄りという言葉に、私の心がちくりと痛んだ。

買い物から帰ると、リビングは散らかり放題だった。息子夫婦が使った食器やお菓子の袋、雑誌が床に散乱している。私は黙々と掃除を始めた。腰が痛み、膝が悲鳴を上げている。それでも止めるわけにはいかない。

夕方、友人たちが到着した。

「お邪魔します」「広くていいね」

友人たちは遠慮なく家に上がり込んだ。愛は得意げに家を案内している。

「ここ、私の実家なの。いつでも使えて便利でしょう」

私の家が、まるで愛の所有物のように扱われていた。悔しさと怒りが込み上げてきたが、私は黙って夕食の準備を続けた。

「お母さん、ビール足りないから買ってきて」

「今買ってきます」

「早くしてよ。みんな待ってるんだから」

愛の命令口調に、私は再び買い物に出かけた。夜のスーパーで重い荷物を抱えながら、涙が頬を伝った。私は何をしているんだろう。

家に戻ると、騒がしい笑い声が響いていた。

「この家、本当に便利よね。家賃もかからないし、家事も全部やってもらえるし、羨ましい」

「うちの義母なんて口うるさくて」

「でもさ、正直邪魔じゃない? いつもいるのって」

愛の返事が聞こえてきた。

「まあね、でも便利だから我慢してるの。老後は施設に入れるつもりだし」

私は買い物袋を抱えたまま、玄関で立ち尽くした。息子夫婦にとって、自分は邪魔な存在でしかない。それでも便利だから利用しているだけ。

深夜ようやく友人たちが帰り、後片付けが終わったのは午前1時を過ぎていた。疲れ果てた体を引きずりながら寝室に戻ると、廊下から浩太の声が聞こえてきた。

「来週も来るからよろしく」

返事をする気力もなかった。ベッドに倒れ込みながら、私は思った。いつまでこんな生活を続けなければならないのか。息子への愛情と、自分への尊厳の間で心が引き裂かれそうだった。

日曜日の午後、私は洗濯物を干しながら、隣の部屋から聞こえてくる愛の電話の声に耳を済ませた。

「もしもし、美香? 元気してる?」

愛の明るい声が響く。美香は愛の学生時代からの親友のようだ。

「うん、今週も義母の家よ。本当に便利な無料旅館みたいなものよ」

私の手が止まった。無料旅館。その言葉が胸に突き刺さる。

「家事も全部やってくれるし、お金も出してくれるし。まるで住み込みの家政婦よね」

愛の笑い声が続く。

「老後? ああ、もちろん施設に入れるつもりよ。面倒見る気なんてさらさらないもの」

施設。その冷たい言葉に、私の目から涙がこぼれた。

「だって他人でしょ。血の繋がりもないし、利用価値がなくなったら捨てればいいよ」

他人。40年以上息子を支え続けてきた自分が、愛にとってはただの他人でしかないのだ。

電話が終わると、今度は浩太の声が聞こえてきた。

「そうだよな。母さんの家、いずれ売ってもらおう」

私は息を飲んだ。まさかこの家まで狙っているのか。

「住宅ローンの返済きついんだよ。母さんの家売れば一気に楽になる」

「でもお母さんが生きてる間は無理でしょう」

愛の声に、浩太が答えた。

「いや、今のうちに名義変更してもらえばいい。養子って形にすればいいしね。どうせ相続するんだし、早い方がいいわ」

私は壁に手をかけた。息子夫婦は自分の死を待つどころか、生きているうちに財産を奪おうとしているのだ。

「来週、それとなく話してみるよ。母さん断れないだろうし」

「そうね。いつも言いなりだもの」

二人の自然な会話に、私の心は凍りついた。これまでの献身は何だったのか。息子のために全てを捧げてきた人生が、無惨に踏みにじられていく気がした。

しばらくして、浩太がリビングに入ってきた。

「母さん、ちょっと話があるんだけど」

私は緊張を予感しながら振り返った。

「何かしら」

「実はさ、来週から毎週末友達も一緒に泊まることになったんだ」

毎週? 私は驚きを隠せなかった。

「うん、3組の夫婦が交代で来る予定。みんな都会暮らしで疲れてるから、田舎でのんびりしたいんだって」

まるで民宿のような扱いだ。私は言葉を失った。

「もちろん食事とか布団の準備は頼むよ。あ、掃除も念入りにね」

浩太は当然のように要求を続ける。

「でも私も仕事があるし、体力的に」

私が弱々しく抗議すると、浩太の表情が一変した。

「何言ってるの? 親なんだから当然でしょう。それにどうせ暇でしょう」

暇。フルタイムで働き、週末は家事に追われる自分が暇だというのか。

「年金もあるんだし、お金の心配もないでしょう。むしろ孫の顔を見せてあげてるんだから、感謝してよ」

恩着せがましい言葉に、私は唇を噛んだ。愛も口を挟んできた。

「そうですよ。私たちが来なかったら、お母さん一人で寂しいでしょう。でも文句があるならもう来ませんけど、孫にも会えなくなりますよ」

脅しのような言葉だった。孫を人質に取られているようなものだ。

私は深く息を吸い込んだ。もう限界だった。息子夫婦の本音を知った今、これ以上我慢する必要があるだろうか。

「わかりました」

私は静かに答えた。しかし、その瞳にはこれまでにない強い光が宿っていた。

夕方、息子夫婦が帰る準備を始めた。

「じゃあ来週もよろしく。友達の分の布団忘れないでね」

二人は満足そうに荷物をまとめている。私は黙って見送った。玄関で愛が振り返った。

「あ、そうそう。来月は私の両親も呼ぶから、4人分の部屋空けておいてくださいね」

さらなる要求に、私の決意はより固くなった。

「ええ、わかりました」

穏やかに答える私を見て、息子夫婦は安心したように車に乗り込んだ。

「本当に便利よね、この家」

走り去る車から聞こえた愛の言葉が、私の怒りに最後の火をつけた。

一人になったリビングで、私は夫の写真を見つめた。

「あなた、もう我慢しません。この家は私たちが築いた大切な場所。息子とはいえ、これ以上好き勝手させるわけにはいきません」

私は立ち上がり、書斎の引き出しから重要書類を取り出した。家の権利書、預金通帳、全て私の名義になっている。夫は生前、私の老後の生活を守るためと言って全て妻名義にしていたのだ。今こそこの権利を使う時だ。

便利な旅館は、今夜限りで閉館に決めた。

息子夫婦が帰った後、私は書斎で重要書類を一つ一つ確認していた。この家の名義は間違いなく私。土地も建物も全て私の単独名義になっている。30年前、夫が体調を崩して倒れた時、将来を案じて全て妻名義に変更していたのだ。

「俺に何かあっても、お前が困らないようにしておくから」

亡き夫の言葉が蘇る。まさか息子から家を守るために使うことになるとは、夫も想像していなかっただろう。

私は次に古い手帳を取り出した。そこには長年お世話になっている弁護士の連絡先が書かれている。

三島先生に相談してみよう。携帯電話を手に取り、番号をダイヤルした。日曜日の夕方だったが、三島弁護士は親切に対応してくれた。

「原さん、お久しぶりです。どうされましたか?」

「実は息子夫婦のことでご相談が」

私は状況を説明した。毎週末の暴虐無人な振る舞い、家を旅館扱いしていること、そして家の売却を企んでいることまで。

「なるほど。それは大変でしたね」

三島弁護士の声には同情が込められていた。

「家の名義は原さんなら、法的には完全にあなたの財産です。息子さんといえども、勝手に使用する権利はありません」

「では、出て行ってもらうことは可能でしょうか?」

「もちろんです。所有者として、不法占拠者を退去させる権利があります」

不法占拠者。自分の息子をそう呼ぶことに抵抗はあったが、もはや息子は家族として見ていない。

「具体的にはどうすれば?」

「まず内容証明郵便で退去通告を送ることができます。ただ、息子さんとの関係を考えるともっと穏便な方法もあります」

三島弁護士は続けた。

「例えば、家の使用に関する明確なルールを設定し、それに従わない場合は出入り禁止にする。これなら段階的に対処できます」

私は考えた。しかし息子夫婦の態度を見る限り、段階的な対処では効果がないだろう。

「いえ、先生、私はもう決めました。徹底的に出て行ってもらいます」

「わかりました。では法的に問題のない形で進めましょう」

三島弁護士は具体的な手順を説明してくれた。私は丁寧にメモを取りながら計画を練り上げていった。

電話を切った後、私は郵便局の同僚だった竹内さんに連絡を取った。竹内さんの息子は不動産会社に務めており、以前から相談に乗ってもらっていたのだ。

「原さん、大変だったのね」

事情を聞いた竹内さんは、すぐに息子に連絡を取ってくれた。竹内さんの息子からの情報では、私の家は立地が良く、もし売却すれば3000万円以上の価値があるとのことだった。息子夫婦が狙うのも無理はない。

夜、私は一人で夕食を取りながらこれまでの人生を振り返った。朝から晩まで働き、息子のために全てを捧げてきた42年。結婚資金、マイホーム資金、毎月の援助、総額にすれば2000万円を超えるだろう。それなのに、私は便利な旅館。涙が頬を伝った。

しかし、もう悲しんでいる時間はない。私は立ち上がり、家中を見回った。思い出の詰まった家具、息子の成長を見守った部屋、亡き夫と過ごしたリビング。この家は私の人生そのものだ。もう誰にも好き勝手させない。

硬い決意を胸に、私は明日の準備を始めた。まず貴重品を全て金庫に移した。通帳、印鑑、権利書、保険証。息子夫婦に勝手に触られないようにするためだ。次に家の鍵を確認した。合鍵を息子に渡していたが、明日には全て回収し、鍵を交換する予定だ。

これで準備は整った。時計は夜の9時を回っていた。私は早めに就寝することにした。明日は人生の大きな転換点になるだろう。ベッドに入りながら、私は明日の朝一番に息子に送るメッセージの内容を考えた。

「浩太へ。今後、私の家への無断での立ち入りを禁止します。これまでの度重なる振る舞いを考慮し、出入り禁止とします。荷物がある場合は明日中に引き取りに来てください。母より」

冷たい文面かもしれない。しかし息子夫婦は私を他人扱いしているのだ。他人には他人として対応するしかない。

「お母さん、ごめんなさい」

幼い頃の浩太の声が記憶の中で響いた。あの頃の純粋な息子はもういない。

私は目を閉じた。明日から始まる新しい人生に不安はあったが、後悔はなかった。私の家は私が守る。その決意を胸に、私は静かに眠りに着いた。

月曜日の朝5時、私は気持ちを新たに起床した。今日から新しい人生が始まるのだ。

まず息子の浩太にメッセージを送信した。

「今後、私の家への立ち入りを禁止します。本日中に私物を引き取りに来てください。来ない場合は処分します」

送信ボタンを押す指は震えなかった。次に近所の鍵屋に電話をかけ、朝一番での鍵交換を依頼した。

しばらくすると、私の携帯電話がなり始めた。浩太からだ。

「母さん、何これ? 冗談でしょ?」

慌てふためく息子の声が響く。

「冗談ではありません。私の家を旅館扱いした報いです」

「旅館って何の話?」

「奥さんが言っていましたよ。便利な無料旅館だと」

電話の向こうで息を飲む音が聞こえた。

「それは……愛が」

「家を売却して住宅ローンを返済する計画も、愛が?」

沈黙が流れた。図星だったようだ。

「とにかく今から行くから、話し合おう」

「お断りします。話し合いの時間は終わりました」

私は電話を切った。すぐに着信音がなったが、無視した。

8時、鍵屋が到着した。玄関、勝手口、全ての鍵を交換してもらう。作業を見守りながら、私は清々しい気持ちだった。

「これで安心ですね」

新しい鍵を受け取り、私は微笑んだ。

9時過ぎ、玄関のチャイムが激しくなった。予想通り、浩太と愛が来たようだ。

「母さん、開けてよ!」

「お母さん、誤解です!」

二人の必死な声が聞こえる。私はインターホン越しに冷静に対応した。

「私物を取りに来たのですね。玄関先に出しておきます」

私はすでに息子夫婦の荷物をまとめていた。段ボール箱3つに詰め、玄関の外に置いた。

「これだけ?」

「ありません。こちらで確認してください」

「母さん、頼むから中に入れてよ。近所の目もあるし」

近所の目。今まで散々恥をかかされてきたのは私の方だ。

「どうぞお引き取りください」

「待って! 来週の約束は! 友達も楽しみにしてるんだよ!」

私は思わず笑ってしまった。

「私の家は旅館ではありません。友達には他の宿泊施設をご紹介ください」

「いきなりそんな……」

愛が泣きそうな声で訴えた。

「私はずっと、いきなりの要求に答え続けてきました。一日くらい対応できるでしょう」

インターホンを切り、私は家の中に戻った。外では浩太と愛が何か叫んでいるが、もう聞く必要はない。

10時、私は三島弁護士の事務所を訪れた。

「順調に進んでいるようですね」

三島弁護士は私の表情を見て微笑んだ。

「はい。でもこれからが本番だと思います」

「息子さんたちが諦めない場合の対策も考えておきましょう」

二人は今後の対応について詳しく話し合った。内容証明郵便の準備、必要なら接近禁止命令の申請まで。私は全てを受け入れる覚悟だった。

昼過ぎに帰宅すると、留守番電話に大量のメッセージが入っていた。

「母さん、本当にごめん。もう一度チャンスをください」

「お母さん、私が悪かったです。お詫びします。お金も返します。援助も断ります。だから……」

必死な二人の声だったが、私の心は動かなかった。本当に反省しているなら、最初から私を大切にしていたはずだ。

夕方、私は久しぶりにゆっくりと夕食を作った。自分だけのための、心のこもった食事だ。

「美味しい」

一人で食べる夕食が、こんなにも平和で幸せだとは思わなかった。

食後、再び電話がなった。今度は見知らぬ番号だ。

「もしもし、原さんのお宅ですか?」

若い女性の声だった。

「はい、そうですが」

「あの、愛の友人の美香です。今週末お邪魔する予定だったんですが」

ああ、とうとう友人まで巻き込んできたのか。

「申し訳ありませんが、予定はキャンセルになりました」

「でも、もうホテルもキャンセルしちゃって……」

「それは愛さんにご相談ください。私の家は宿泊施設ではありません」

電話を切ると、すぐにまた別の番号から着信があった。今度は男性の声だ。

「浩太の友人ですが、今週末の件……」

同じような電話が続いた。どうやら夫婦は私の家を友人たちに別荘として紹介していたようだ。

夜9時、最後の電話がかかってきた。愛の母親からだった。

「原さん、娘から聞きました。ちょっとやりすぎじゃないですか?」

やりすぎ。

「家族なんだから、多少のことは許してあげないと」

私は深呼吸をした。

「お言葉ですが、愛さんは私を他人と呼びました。他人に家を提供する義理はありません。でも、それに愛さんのご両親は素晴らしい方だと聞いています。きっと娘さんご夫婦を助けてくださるでしょう」

皮肉を込めた言葉に、相手は黙り込んだ。

電話を切った後、私は全ての着信を拒否設定にした。もう十分だ。

これでやっと、私の家が私のものになった。リビングのソファーに座り、私は深い安堵の息をついた。明日からは誰に気を使うこともなく、自分のペースで生活できるのだ。朝寝坊をしても、手抜き料理を作っても、誰にも文句を言われない。

「ありがとう、あなた」

亡き夫の写真に向かって、私はつぶやいた。やっとこの家を守ることができた。

窓の外では静かな夜が更けていった。もう二度と、金曜日の夜にチャイムがなることはないだろう。便利な旅館は完全に閉館し、私の新しい人生が始まったのだ。

火曜日の朝、私は久しぶりにゆっくりと目を覚ました。時計は7時を指している。40年以上、5時起きが習慣だった体も、ようやく休息を覚えたようだ。

今日は何をしようかしら。カーテンを開けると、朝日が優しく部屋を照らしていた。自分だけのための朝食を用意し、好きな音楽を聞きながらゆったりとした時間を過ごした。こんなに静かな朝があったなんて。トーストとコーヒーだけの簡単な朝食だったが、心から美味しいと感じた。誰にせかされることもなく、自分のペースで食事ができる幸せを噛みしめた。

郵便局への出勤時間まで、私は趣味の読書を楽しんだ。息子夫婦がいた頃は、本を開く時間すらなかった。

職場に着くと、同僚の竹内さんが声をかけてきた。

「原さん、なんか雰囲気変わったね。顔色が良くなったみたい」

「ええ、実はとても元気なんです」

私の明るい返事に、竹内さんは驚いたようだった。

「そういえば最近、疲れた顔してなかったもんね」

やっと自分の人生を取り戻したのだ。

昼休み、私は久しぶりに同僚たちとランチに出かけた。これまでは週末の買い物の準備で忙しく、付き合いを断ることが多かったのだ。

「原さん、今度の週末、温泉旅行に行かない?」

「ぜひ参加させてください」

断る理由がないことが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。

一方、息子夫婦の状況は知人を通じて耳に入ってきた。毎週末の別荘を失った浩太と愛は、友人たちから非難を浴びているようだ。約束していた宿泊がキャンセルになり、代わりのホテル代を要求されているとか。

「自業自得よね」

竹内さんの言葉に、私は静かに頷いた。

「でもこれで、息子さんも自立するいい機会になるんじゃない?」

「そうだといいんですけどね」

私は複雑な気持ちだった。息子への愛情が完全に消えたわけではない。ただ、一方的に利用される関係は終わりにしたのだ。

水曜日の夕方、私の元に一通の手紙が届いた。差出人は浩太だった。

「母さんへ。この度は本当に申し訳ありませんでした。僕たちの行動がどれほど母さんを傷つけていたか、今になってやっと分かりました。特に愛の旅館発言は許されないものでした。深く反省しています。これまでの援助金、少しずつですが返済させてください。そしていつか許してもらえる日が来ることを願っています」

手紙を読み終えた私は、しばらく考え込んだ。本当に反省しているのか、それとも家を使いたいがための方便なのか。

時間が必要ね。私は手紙をそっと引き出しにしまった。許すかどうかは、もっと時間をかけて考えることにした。

木曜日、私は不動産会社を訪れた。

「この家のセキュリティを強化したいんです」

担当者は快諾して相談に乗ってくれた。

「防犯カメラとオートロックの設置ですね。いい判断だと思います」

これで、勝手に家の中に入られることもなくなるだろう。

週末、私は同僚たちと温泉旅行を楽しんだ。

「原さん、本当に生き生きしてる」

「久しぶりの自由を満喫してるのよ」

温泉に浸かりながら、私は思わず笑みがこぼれた。これまでの人生で、こんなにリラックスできたことがあっただろうか。

旅行から帰ると、留守番電話にメッセージが入っていた。

「お母さん、孫の運動会があるんです。見に来てもらえませんか?」

愛の声だった。孫を使って関係修復を図ろうとしているようだ。

私は考えた。孫に罪はない。しかし、また元の関係に戻ることはできない。

運動会は見に行きます。でもそれだけです。私は返信メッセージを残した。

月曜日、私は三島弁護士に改めて相談した。

「息子さんから返済の申し出があったんですね」

「はい。でも、お金の問題じゃないんです」

「わかります。大切なのは、お互いを尊重する関係性ですね」

三島弁護士の言葉に、私は深く頷いた。

「今後どのような関係を築いていくか、じっくり考えてみてください。急ぐ必要はありません」

事務所を出た私は、公園のベンチに座り青空を見上げた。

「私、間違ってなかったわよね」

亡き夫に語りかけるように、私はつぶやいた。理不尽な扱いに耐え続けることが愛情ではない。自分の尊厳を守ることは決して間違いではない。この年になってやっと、それが分かったのだ。

夕方、私は新しい趣味として始めた料理教室に向かった。自分だけのための料理を、心を込めて作る。それがこんなにも楽しいことだとは思わなかった。

「原さん、その包丁の使い方、上手ですね」

先生に褒められ、私は嬉しそうに微笑んだ。これからの人生、まだまだ新しいことに挑戦できる。68歳は終わりではなく、新しい始まりなのだと実感した。

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