結婚式の控え室で、初めて会った義父に「その睨むような目つきでご商売ですか?」と吐き捨てられた。高校をやめて母の店を継いだ俺の経歴まで「言い訳だろ」と鼻で笑われ、「こんなヤクザ崩れ、うちに迎え入れられるか」と言われた瞬間、俺は何も言い返せなかった。子供の頃から見た目で判断されてきた傷が、一気に開いたような気がした。ところが、ずっと黙っていた妹が、静かに立ち上がる。「兄は口止めしていましたが…」…

結婚式の控え室で、初めて会った義父に「その睨むような目つきでご商売ですか?」と吐き捨てられた。高校をやめて母の店を継いだ俺の経歴まで「言い訳だろ」と鼻で笑われ、「こんなヤクザ崩れ、うちに迎え入れられるか」と言われた瞬間、俺は何も言い返せなかった。子供の頃から見た目で判断されてきた傷が、一気に開いたような気がした。ところが、ずっと黙っていた妹が、静かに立ち上がる。「兄は口止めしていましたが…」...

「その睨むような目つきでご商売ですか?」

妹の結婚式の親族控え室で、初めて会った義父にそう言われた。母を亡くし、高校をやめておにぎり屋を継いだ俺の経歴を、幼い頃から言われ続けてきた目つきの悪さを、義父は面白おかしく攻撃した。

「こんなヤクザ崩れ、うちに迎え入れられるか」

怒りで震える俺の代わりに、妹が口を開いた。

「父さん、何を言ってるんですか? 兄には口止めされていましたが……」

俺の名前は柳下正。小さな町のおにぎり屋の店主だ。その生活もかれこれ15年になる。柳下は母の姓で、両親は俺が小さい頃に離婚している。妹のミキは父の顔を覚えていない。

離婚後、母はおにぎり屋を開業し、俺とミキを育てた。母は明るい顔立ちの美人と評判で、ミキは母にそっくりだ。一方、俺は別れた父に似ていた。重ための目と鋭い輪郭。すっきりしていると言う人もいるが、どちらかといえば冷たい印象を与える顔をしている。大人になった今はともかく、子供時代は目つきの悪さで何度も損をした。

友達と一緒にいれば、俺が真っ先に疑われる。いたずらをして迷惑をかけたのは友達でも、大人に叱られるのはいつも俺だった。

昔、近所の老夫婦の家の庭に大きな夏みかんの木があった。広い庭の片隅に生えていた木で、近所の子供たちは誰もが一度は味を盗んだことがある。俺も友達と連れ立って何度かみかを「頂戴」したが、運悪く家のおばあさんに見つかってしまったことがあった。一緒にいた三人の友達は軽い注意で解放された。だが俺だけはその場に残され、おばあさんからこっぴどく叱られた。

「あんた、おにぎり屋の息子か?」

そう尋ねたおばあさんは、俺の目を見て「怖い」と言った。

「まったく、子供だってのに、そんなひねくれた目をして。だからね、人様の庭に入ってみかを盗もうなんて考えるんだよ。目を見ればお見通しだね」

窃盗がいかにいけないか。それを説きながら、おばあさんは俺自身を責めた。片親しかいないっていうのがあんたの運の尽きだとまで言った。

「子供には子供の顔ってものがあるの。あんた、今からそんなに根暗くされてるようじゃ、末は刑務所行きだよ」

何も反論しなかった俺は、悔しさに駆られて逃げ出した。それまでにも母子家庭を否定される機会はあったが、この時ほど激烈なことはなかった。子供ながらに怒りが湧いた。同時に、俺のせいで母まで避難され、申し訳なくなった。

母はそんな俺を明るく励ましてくれた。

「顔がどうだなんてナンセンスってやつよね。いいのよ。人は心なのよ。まさしはね、心は男前に丸くできてるの」

皮肉にならないのは母の持ち味で長所だった。そんな母のそばにいれば、こちらの気持ちも弾むし、腐った気分も晴れる。母、俺、ミキ。仲の良い家族で、母のために何かしようと素直に思っていた。だから店の手伝いもやって、ミキの面倒も見て、俺としてはできるだけ長く家族のそばにいるつもりでいた。

しかし、俺が高校に入学した矢先に、母が亡くなってしまう。仕入れ中に交通事故に巻き込まれ、呆気なくいなくなってしまった。

母を見送り、ミキが真っ先に現実に気がついた。母が残した店とこれからの暮らしに対する不安を漏らし、祖父母の世話になるべきだとしっかりした意見まで出した。

「いや、いい。俺がやるよ。店のことはまあ分かってる」

ミキの方が俺よりもしっかりしていた。子供たちだけでは生きていけないだろうから、祖父母のところへ行くべきだと言う。だが俺は正反対の無鉄砲で、母のおにぎり屋にしがみつこうとした。ミキは心配しか口にしなかったが、俺は盲目的に動き、大人たちに頭を下げ、おにぎり屋を続ける道を模索した。結果、高校を中退して人の手を借りながら店を再開した。20歳を目前に、独立のための資格を揃え、無事に店主一人だけの町のおにぎり屋になった。

助けてくれた人たちも快く祝福してくれたものの、俺としてはそこからが勝負だった。ミキに高校へ進ませ、本人次第で大学も出す。俺は無鉄砲特有の勢いでどうにか人生を切り開いたが、しっかり者で現実主義のミキにはそれが通用しない。そんな考えがあって、ミキの保護者として最善を尽くそうと決めていた。

「お兄ちゃん、私は別に働くのでもいいんだよ。お店を一緒にやるのもありだと思うし」

「いや、学歴があって損はないんだ。働くなら勉強してからにしろよ」

「けどお金は?」

「あのさ、別に働きながらでも学校は行けるから」

「いいから金はいいんだ。ここまでもなんとかしただろう。だからお前は今に集中しろ」

高校卒業後の進路に悩むミキを強引に説得し、ミキは優秀な成績を武器に公立大学に進んでくれた。しっかりと家の懐事情を察したミキに、俺は大いに助けられた。ミキは店の手伝いの他にバイトもこなし、サークル活動にも熱中して大学生活を満喫した。「お兄ちゃんに押し切られてよかった」とミキに感謝された時は、本当に大学に行かせて良かったと思った。

「就職したら恩返しすると言って」ミキは真剣に就活に取り組んだ。出版・マスコミ関連企業への就職を目指したミキは、無事大手出版社の内定を得た。文芸誌の編集部という、俺には聞いてもよくわからない部署に配属されたミキは、一年目から生き生きと働き、そこでも楽しそうだった。

「私が希望した仕事に打ち込めるのはお兄ちゃんのおかげ」

ミキは初任給で俺に奢ってくれた。俺の行きつけの居酒屋で「好きなものを好きなだけ頼め」と胸を叩き、その日は兄弟で大いに飲んで食べた。今となってはとにかくいい思い出だ。

そしてミキが就職して5年。ミキは書籍編集に関する部署に所属が変わっていたが、どうやらそこで運命の出会いを果たしたらしい。

「なんだ、その彼氏と結婚するのか?」

同じ編集部の人と付き合っていると告げられ、「将来を考えたい相手だ」というミキに、俺の気持ちが揺れた。

「うん。まだそこまでは…」

「けど、真剣交際なんだろ」

「その言い方、なんだか照れるね」

ミキは笑っていたが、彼氏との関係性は否定しなかった。彼氏の存在を明かされてから1年後、プロポーズをされたとミキから報告があり、近いうちに彼氏がうちに挨拶に来ることも決まった。

「細田和澄さんっていうの」

「そうなのか」

「あのね、はっきり言ってお坊ちゃまなんだけど」

ミキの旦那になる和澄君は、ある大手企業の創業家の生まれだった。先祖代々が企業の社長を務め、現在はお父さんがその地位についている。東京の高級住宅街で生まれ育って私立の学校に通い、高校と大学はアメリカで過ごしていたそうだ。つまりうちには縁のなさそうな、すごい出身の男。俺の和澄君への素直な感想はそれだった。

しかしミキによれば、和澄君は実直で飾らない人だそうだ。

「知らないことは知らないと言えて、自分から人に話を聞きに行けるの。それに、自分が持てるもの、できることは人に還元できる人よ。経歴を聞けば身構えるけど、会えば印象が変わる。そんな人だよ」

まだ見ぬ和澄君を警戒する俺を、ミキがなだめた。そして結婚の挨拶にやってきた和澄君は、本当に普通の青年だった。ミキの人物評もあまり当てはまらないような、控えめで大人しい雰囲気。

「初めまして。ご挨拶が遅れてしまいました。早くお伺いすべきと思っておりましたが、すみません」

丁寧に俺に腰を折り、物言いは柔らかい。俺のとっつきにくさも関係ないらしく、和澄君は終始穏やかだった。

「和澄君、ミキをくれぐれもお願いします。うちはほら、父は元からいない。母は早くになくして、俺とミキしかいないんだ。だから家族が増えるのはありがたいんだ。それが和澄君ならなおさらね」

和澄君への言葉は、不器用な俺の本音だった。恵まれた人間の余裕もあるだろうが、自然な笑顔で人と接する和澄君なら、ミキも幸せにしてもらえると感じたのだ。

その後、ミキと和澄君は入籍を済ませた。結婚式と披露宴は、仕事のスケジュールを調整した結果、入籍の3ヶ月後に決まる。俺もその日は店を久々の臨時休業にして参加した。

俺はミキの唯一の身内として親族控え室に通されると、当然のことながら和澄君側の親族が多かった。俺はミキと2人で並び、親族同士の顔合わせをする。和澄君の両親、兄弟、叔父、叔母。数人が紹介され、挨拶を交わす。

「ミキさんのお兄さんですか?」

挨拶をした俺に、和澄君のお父さんが軽蔑な顔をして言った。誰もが知る上場大企業の社長で、この日初めて会ったが、肩書きにふさわしい風格を漂わせる人だった。俺はミキの義父になる相手に緊張して、表情を固くしていたと思う。義父はそんな俺の顔や姿を舐めるように見て、目を細めた。

「それにしてもミキさんとはお顔が違いますね。あなたは不運な方だ」

「不運」の意味は分からなかったが、義父の視線と口ぶりから俺を批判しているというのは読めた。

「失礼ですが、おにぎり屋ですか? それを経営していらっしゃるとミキさんからは聞いておりましてね」

義父の探るような物言いに、俺は余計に態度を固くする。

「ええ、まあ、16歳の頃に母が亡くなって、残された店を継ぎました」

「確か高校をおやめになったというのも伺ってます」

「はい。店を潰すのが嫌で、それに母の意思を大事にしたいという思いもありまして」

「その睨むような目つきでご商売ですか?」

「え?」

「ええ、そんな顔で店に立って、お客様は寄りつきますか?」

困惑する俺を、義父は半笑いでバカにしていた。

「この目つき、不穏で考えの浅さを隠せていませんよ。母親の死を高校中退の理由にしているが、単なる言い訳でしょ」

不良か何かと決めつけるような物言いだ。見た目で判断されることはこれまでも多くあったが、大人になってからこうも正面から言われたのは初めてだった。子供の頃の記憶がフラッシュバックする。

「私が騙されると言われても、あなたのような人がそんなわけがない」

「あの、何をおっしゃって?」

「親の死で高校を中退した、もっともらしいことを言っているようですが、真相は違うんじゃないですか? その見た目からして素行が悪い。成績不良。それで居場所がなくなったから学校をやめた。そうに違いないでしょう」

義父は大きなため息と共に首を大きく振った。

「高校をやめておにぎりを作るぐらいの、そんな生活が精一杯なんでしょう。そうして息を潜めているしかないような、後ろ暗いことしかないんだろう」

ふと気づくと、義父の異様な剣幕に周囲が静まり返っていた。そんな中で和澄君だけが顔色も変えずに様子をうかがっている。しかし義父は止まらなかった。

「まったく、結婚を事業と勘違いされたら困る」

背を向けて吐き捨てると、義父は俺に向き直った。

「こんなヤクザ崩れ、うちに迎え入れられるか」

なぜここまで言われなければならないのか。怒りも覚えるが、同時にとんでもなく自分を勘違いされたとも思った。

「父さん」

和澄君すら声を荒げる。俺も何か言い返さねばと口を開きかけると、ミキが誰よりも大きな声を発した。

「失礼します。よろしいですか?」

手まであげたミキの目には涙が浮かんでいる。

「悔しいので、反論させていただきます。お父さん、兄はヤクザ崩れでも何でもありません。ただの本当に善良な男ですよ」

「その言い分はな、この見た目では…」

「いいから黙って聞いてください」

ミキの言葉に、義父は押し黙った。

「兄は母をなくして心細かった時も、強く突き進む勇気のある人でした。そのおかげで母のお店は今も続いているんです。商店街の方々も、昔からの馴染みのお客様も、兄のことはよく知ってます。兄は身を粉にして働き、自分を進学させてくれました。出版業界への就職の夢を叶えられたのは、兄がいたからです」

ミキはそう語り、自分一人で生きていれば今日ここにいる人たちとは出会えていなかったと言った。

「兄が私に広い世界を与えてくれました。だから私は和澄さんとこうして夫婦にもなれました。それなのに、兄を悪く言われたら、私の人生も否定されたようなものです」

「ミキ、大丈夫だ。そんなことはないんだから」

和澄君はミキの肩を抱き、その周りにはミキを励ます親族もいた。

「なんだ、私が悪いというのか。そんな若い娘の戯れ言。そもそもあんたもその兄というやつに騙されてるんだ。気でも違ったか。詐欺師がやることと同じだ」

親族に批判的な視線を浴びせられても、義父は主張を曲げなかった。首を振り、それでもなんとか俺を悪者と見立てて暴言を吐く。しかしミキが目を見開き、義父の前に歩み出た。

「兄は詐欺師じゃありませんよ。それに、あなたみたいにベラベラと妄想を膨らませてひどいことは言わない」

「なんだと?」

「兄は不平不満を漏らす前に、体が動く。そんな人です。お父さん、さっき『事業』ってそうおっしゃいましたよね」

「ああ。ああ。言ったな」

「兄はちゃんとその事業も行ってます。弁当配達のボランティア。10年前から毎日休まずコツコツと」

ミキが明かした俺のボランティアというのは、俺が代表を務めるNPO法人での活動のことだ。元は俺と似た境遇で育った友人たちと始めた改革活動的なものだった。独居老人、シングルペアレントの家庭、身寄りのない若者。地域で孤立し動きづらい人たちへ食事を届け、生存や健康状態をチェックする。小さな町で助け合えばいいなという希望を形にしようと、近所からスタートさせた。それが年を追うごとに賛同者が増え、行政とも手を組むまでになった。NPO化や活動区域の拡大は、賛同者と行政からのアドバイスを受けてのことだ。俺だけではそこまでの規模にはできなかったはずだ。

「兄は別に見返りは求めていません。お店も弁当配達もNPOの運営も、自分が始めてやるべきことだからやるだけ。どこまでもまっすぐ、一つの道を行く人です」

ミキは真っ赤な顔で言い切った。義父はバツが悪そうに俯き、黙り込み、身を縮めていた。俺には和澄君の親族から謝罪や関心の声が集まる。

「おい、父さん。お兄さんとミキに頭を下げろ」

「あなた、自分が何したか分かってるの?」

義父は和澄君と奥さんに責められ、立場を失っていた。和澄君はとにかく怒り心頭の様子で父親を激しく攻め立て、「縁を切る」とまで口にした。俺が聞いた中で最もきつかったのは、和澄君の妹さんの冷たい一言だった。

「お父さん、頭大丈夫なの? それと、何様のつもり? 自分が社長だからって、とんでもない勘違いしてない?」

妹さんは和澄君とは異なる雰囲気の人だった。静かな感じは似ているが、お兄さんよりも毒のなさそうな、きりっとした人。そんな娘に痛烈に痛めつけられ、義父は俺に頭を下げた。

「申し訳ない。私はどうやら舞い上がっていたのかもしれない」

「あ、あの、どうか頭をあげてください」

そこに和澄君とお母さん、妹さんも加わり、俺たちは和解した。これからというか、ミキと和澄君の入籍から、俺たちは親戚になっていた。和澄君に至っては義理の弟だ。これから付き合いになる相手に腹を立てていてもしょうがない。謝罪を受け入れ、俺たちは間近に迫った式に向けて気を取り直した。

式と披露宴は、控え室での一悶着が嘘のように素晴らしいものだった。ミキと和澄君の人柄がなせたことなのか、人の温かさを感じる式と宴だ。列席者の誰もが笑い涙した。ミキは色々な人に「ありがとう」と泣き笑いで忙しい。その姿が俺には何よりも嬉しく幸せだった。つい母がここにいてくれたら、と惜しまれるほど良い空間だった。

そしてミキと和澄君の結婚式を境に、俺たち家族の厚みが増した。どういうことかと言えば、和澄君が俺の運営するNPO活動の支援者に名を連ねてくれたのだ。

「僕にお手伝いをさせてもらえませんか? それと、妹も福祉系のボランティアに携わった経験があるので、力になれるかと」

和澄君は資金援助だけではなく、土日の活動にも参加するようになった。妹さんは活動と法人の運営業務、さらにはおにぎり屋の店先にまで立ってくれた。和澄君と妹さんは口先だけの人ではなかった。誰よりもきびきびと動き、頭も使い、笑顔も忘れない。

「さん、私とお付き合いしてもらえませんか?」

妹さんからの突然の告白は、おにぎり屋の店先でだった。俺ほど誠実な人はいない。人は中身の誠実さが全て、というのが俺に惚れた理由らしい。俺と和澄君の妹が夫婦になるか。それはまだ未定だけれど、俺の人生はとても温かく充実している。家族と仲間に囲まれ、毎日を悔いなく生きる。俺はこれからも自分のやるべきことをやり、守るべきものをしっかりと守っていこうと心に誓った。

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