「あ子、よく頑張ったな。お前に似て可愛い赤ちゃんだよ」
夫の高弘は、今までにないくらい優しい顔で、産まれたばかりの赤ちゃんを抱いていた。
私は病院の扉の隙間から、その光景をじっと見つめていた。私の名前はともか。夫が抱いているのは、私の妹・愛子の子供だ。
高弘は私が全てを知っていることに気づいていない。
覚悟しておきなさい。そう心に決め、私は病院を後にした。
数日後、高弘が長期出張から帰ってきた。玄関のドアを開けた瞬間、彼は足を止めた。靴が異様に多かったからだ。
「え、これどういうこと?どうしてこんなに多いんだ?」
「今日は親族全員が集まってるのよ」
「今日って何かあったっけ?」
「そうね、結婚記念日でも誕生日でもないわ。でも、あなたにとっては大事な日よ」
私は微笑みを浮かべたまま、彼をリビングへと導いた。
そこには15人の親族たちが座っていた。しかし、その視線は冷たく、厳しいものだった。
「何かあったのか?」
高弘が小声で尋ねる。私はゆっくりと彼の顔を見つめた。
「今日はね、あなたのお祝いなのよ。出産祝い」
「は?俺たち子供なんていないだろ。どういうことだ?」
「可愛い女の子が生まれたのよね。おめでとう」
その瞬間、彼の顔から笑顔が消えた。親族たちは誰一人として笑っていなかった。
「あなた、私に言ってたわよね。『今は仕事が忙しいから、落ち着いたら子作りしよう』って。だから私が妊娠するなんてありえないのよね。でも実際には赤ちゃんが生まれたのよ。あなたの赤ちゃんが」
「冗談だろ…」
「あなたの出張中、私が何をしていたか気にならなかった?私はね、あなたを尾行していたのよ。そして病院であなたが愛おしそうに赤ちゃんを抱いている姿を見ていたの」
高弘は完全に固まった。
私はスマホを取り出し、彼の前に写真を見せた。高弘が赤ん坊を抱いて微笑んでいる写真だ。
「これ、あなたが病院で赤ちゃんを抱っこしている姿。私に隠していた本当のあなたよ」
「それは違うんだ!誤解だ!」
「誤解?じゃあ、どうしてこの写真が存在するの?それに、この写真はもうここにいる親族15人全員に送ってあるわ」
その時、義父が口を開いた。
「高弘、一体何を考えていたんだ。相手が誰か言ってみろ」
高弘は一瞬言葉を失い、ため息をついた。
「相手は…愛子だ」
部屋の空気が凍りついた。
「愛子さんは、お前の妻の妹さんだぞ。お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」
「最初はただの相談相手だったんだ。仕事がうまくいかなくて、追い詰められていたんだ…」
「相談相手だったって?それで妹と浮気するのが当然だとでも言うの?」
親族たちの視線が一斉に高弘に集中した。
高弘は床に崩れ落ちた。
「本当に申し訳ない…」
「謝罪だけで許されると思っているなら大間違いよ」
私はさらに追い打ちをかけるため、ノートパソコンを開いた。画面には、病院の廊下やホテルのロビーで愛子と密会する高弘の姿が映し出されていた。
「これはあなたの浮気旅行の一部始終よ。『長期出張』なんてただの嘘。本当は彼女と一緒に過ごしていたんでしょ」
「いつから…気づいていたんだ?」
「結婚して半年ほど経った頃よ。最初は小さなことだった。出張が急に増えたり、携帯を隠すようになったり。あなたは気づいていなかったのね」
義父は激怒し、テーブルを叩いた。
「お前には会社を継がせることはできない。お前にはその資格がない」
「分かってる…俺は離婚でいい。慰謝料も払う」
「あら、それが本心?」
私はさらに分厚い封筒を取り出した。そこには、複数の女性と高弘が関係を持っていた証拠写真やメッセージのやり取りが入っていた。
「あなたの浮気は、私の妹だけではなかったのよ」
「これは…どういうことなんだ?」
「あなたは複数の女性と関係を持ち続け、全ての女性に『独身だ』と嘘をついていた。まるで遊び感覚で他人の人生を弄んでいたのね」
高弘は何も言えなかった。
その時、高弘が突然顔を上げ、静かに笑い始めた。その笑い声はあまりに不気味で、親族たちが息を飲んだ。
「離婚、慰謝料、好きにしろよ。ともか、お前なんか俺にとって最初から代替品だったんだよ」
「…何?」
「もう一度言うぞ。お前なんか最初から代替品だったんだ。俺が本当に結婚したかったのは愛子だったんだよ」
私は一瞬頭が真っ白になった。しかし、すぐに怒りが湧き上がってきた。
「最初から俺はステータスの高い女と結婚したかったんだよ。優秀な遺伝子を残すために、愛子みたいな優秀な女とな。そっちの方が俺にはふさわしいと思った。だけど愛子には婚約者がいたから、お前で妥協したんだ」
「妥協…」
「そうだよ。お前は顔が良くて性格も悪くなかった。それに専業主婦にしておけば楽だったからな。でも結婚して半年も経たないうちに気づいたんだ。専業主婦なんてニートみたいなもんだってな。お前は俺が働いている間、何もしていない。そんな生活、俺が許すと思うか?」
「私はあなたを支えようと必死だった…」
「支える?笑わせるなよ。そんなもん全部言い訳だろ。家事なんて誰にでもできる。お前はただ俺に依存して楽してただけじゃないか。だから俺は捨てようと思ったんだ。お前には価値がないってね」
その言葉に、義父が立ち上がった。
「高弘、いい加減にしろ!お前は本当にどうかしている!」
「何とでも言え。俺は別に構わない。お前ら全員に何を言われようと関係ない」
私は冷静に言った。
「もう私とあなたは赤の他人になるわ。でも1つだけ最後に言わせてもらう。あなたの自分勝手な考え方を変えない限り、必ず後悔することになるわよ」
「は?後悔するのはお前の方だろう。お前はどうせ俺なしでは生きていけない。後で泣きついてくるなよ」
「それも誤解よ。あなたがいない方が、私はもっと自由に生きられる」
高弘は一瞬立ち尽くした後、何も言わずにその場を飛び出していった。
義両親はすぐに私に深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ない。息子には必ず責任を取らせるから」
「お父さん、もう十分ですよ。私に謝る必要はありません。何もしなくても、彼は地獄に落ちますから」
しばらく経ったある日、突然私のスマホが激しく鳴り始めた。高弘からの鬼のような着信だった。
私は着信をしばらく無視していたが、電話が鳴りやむことはなかった。少し時間を置いて、私は電話に出た。
「もしもし」
「か、頼む。何か知っているんだろ?教えてくれ」
「何のこと?」
「とぼけないでくれ!浮気相手の女たちが俺を追い回しているんだ!どこに行っても見つけ出されて、転職した会社にも押しかけてきてもうどうしたらいいか分からないんだ!」
「そう。そんなことがあったのね」
「頼む、ともか!お前なら何か知っているんじゃないか!それに愛子も子供を連れて消えてしまったんだ!もうめちゃくちゃなんだよ!」
「愛子が消えたの?それは大変ね。何かあったの?」
「俺は何も知らない!ともか頼むから何か手がかりを教えてくれ!」
私は冷静な口調で事実を告げた。
「実は、私はあなたの浮気相手全員に会っているのよ。ずっと前からあなたが何をしているか知っていたから、あなたが浮気していた女性たちに1人1人会って、あなたの本性を全部話してやったの。あなたが彼女たちにどんな嘘をついていたか、全部ね」
「嘘だろ…」
「そして、もう1つ話さなきゃならないことがあるわ。愛子のことよ。実は愛子はね、あなたを騙していたのよ。彼女には婚約者とは別に、ずっと大本命の男がいたの。彼女が婚約破棄したのも、その男と結婚するためだったのよ。でもその男には多額の借金があったから、愛子はあなたを騙してお金を奪い取ろうとしたの。実際にあなたは彼女のために500万も準備していたでしょ。そのお金を持って、愛子はその男と一緒に逃げたわけよ」
「嘘だ…嘘だろ!」
「嘘じゃないわ。私はその事実をずっと知っていたけれど、あなたには黙っていたの。だって、あなたに復讐するにはこれが一番効果的だったから」
「ありえない!どうして…どうしてそんなことが!」
「あなたが私を軽蔑して、そして他の人たちも踏みにじってきたからよ。そして今、あなたがその代償を払っているってわけ」
高弘は沈黙した。
私は最後の一言を告げた。
「ねえ、『何事も妥協は良くない』って、あなたが言っていたこと、今ならよくわかるわ。だから私も徹底的に追い詰めるって決めたの。絶対に妥協しない。覚悟してね」
その言葉に、彼はようやく観念したのか、何も言わずにただ息を荒げるだけだった。私はそれを最後に、無言で電話を切った。
その後、高弘は完全に落ちぶれていったと聞いた。妹にお金を奪われただけでなく、浮気相手たちにも貢ぎまくっていたせいで、彼の借金は雪だるま式に増えていた。転職した会社でも浮気相手たちが押しかけてきて大騒動になり、結局自主退職に追い込まれた。今では借金にも追い回されているという。
一方、妹の愛子もどん底に落ちていた。彼女が信じていた大本命の男にお金を持ち逃げされ、結果的に何も残らなかった。赤ちゃんは今、私の両親が一時的に預かっている。
しばらくして、義両親が私に謝罪に訪れた。深々と頭を下げる姿に、私は少し心が揺れた。
「ともかさん、本当にごめんなさい。私たちがもっと早く気づいていれば、こんな事態を招いてしまった。本当に済まない」
「お母さん、お父さん、もう気にしないでください。お2人が味方でいてくれただけで十分ですから」
私は高弘のように、自分の都合で人を傷つける人間にはならない。義両親のように、愛を持ち人のために怒れる優しい人になりたい。そう心に誓い、私は静かに微笑んだ。
全てを乗り越えた今、私はようやく自分の人生を再スタートさせる。過去に縛られることなく、新しい未来に向かって歩んでいく決意を胸に。



