「他人の分は作ってないわ」——お盆の昼、義母は笑いながらそう言って、私の前だけに皿を置かなかった。十五年、私はこの家の台所に立ち続けた。天ぷらも寿司も、全部私が用意した。それなのに、夫は「また始まったよ」と天井を見て笑った。義姉は「嫌なら帰れば?」と言った。誰も私を止めなかった。…

「他人の分は作ってないわ」——お盆の昼、義母は笑いながらそう言って、私の前だけに皿を置かなかった。十五年、私はこの家の台所に立ち続けた。天ぷらも寿司も、全部私が用意した。それなのに、夫は「また始まったよ」と天井を見て笑った。義姉は「嫌なら帰れば?」と言った。誰も私を止めなかった。...

「他人の分は作ってないわ。」

義母はそう言って笑った。八月の座敷に、寿司桶が二つと刺身の大皿が並んでいた。義母の前にも、義姉の前にも、義姉の夫と息子の前にも、そして夫の前にも、取り皿と箸が置かれている。私の前だけが、何もなかった。

朝からずっと台所に立っていたのは私だった。麦茶を出して、皿を並べて、大根を切った。天ぷらを揚げていたのも私だ。

「あの、私の分は」

「嫌ならさっさと帰ればいいじゃない」

義姉が笑う。

「お盆くらい、家族水入らずで食べたいじゃない」

私は夫を見た。十五年連れ添った夫だ。かばってくれると思っていた。

「また始まったよ」

夫は天井を見上げた。

「母さんも姉貴も冗談だろ。お前も大人なんだから、そのくらい流せよ」

誰も私を見なかった。私は立ち上がった。バッグを持って、玄関へ向かった。追いかけてくる足音はしなかった。その夜、私は自分の食卓で十年分の通帳を開いた。私はもう、この家の暮らしを支えるのをやめると決めた。

私は長沢美和。四十歳。今井というリフォーム会社の見積もり課で長をしている。図面と現地の写真を見て床と壁の面積を拾い、材料と手間を足して金額を出す。いわゆる拾いの仕事だ。一円合わないと契約書が作れない。だから私は数字を紙に残す癖がついた。うちの家計簿も十五年つけている。

夫は長沢安彦。四十二歳。運送会社の営業所で主任をしている。私が二十五歳の時、共通の友人の紹介で知り合って結婚した。子供はできなかった。給料は私の方が少し多い。家計の管理も私が引き受けている。夫が財布を持つと、月末に必ず足りなくなるからだ。

義実家は車で一時間半ほど離れた町にある。義父の長沢久と義母の花江が二人で暮らしていた。夫には四十五歳の姉がいる。堀口一子。義実家から歩いて三分の縦割り住宅に住んでいて、夫の洋一と大学に通っている息子の裕介と三人暮らしだ。

結婚した翌月のことをよく覚えている。義実家の食卓で、義姉が私に麦茶を注ぎながら言った。

「安彦のお嫁さんなんだから、お母さんのことよろしくね」

私は頷いた。義姉は続けた。

「うちは嫁に行った身だからさ。長沢の家のことは、あなたたちの方でしょ」

歩いて三分の家に住んでいる人が言う言葉としては妙だと思った。でも、新しい家族に入ったばかりの私は、そういうものかと受け取った。その日から、私はこの家に来ると台所に立つ人になった。正月も同じだった。義姉は座敷の座布団に座ってテレビを見ていた。義母は台所で私に指示を出した。

「そのお皿、上の棚の踏み台使って。お雑煮のあんは七つね。一人前は持ち二つだから」

私は言われた通りに動いた。義姉が台所に立ったことは一度もない。義母は私を名前で呼ばなかった。いつも「あなた」だった。十五年ずっとそうだった。

名前で呼んでくれたのは、義父だけだ。

「みわさん、いつも悪いね」

義父は台所の入り口から顔を出して、必ずそう言った。そして缶ビールを一本、私の手に握らせて、自分は座敷へ戻っていく。義父の手は、荷物を持つ仕事をしてきた人の手だった。

「うちの女は座ってばっかりでな。みわさんばっかり働かせて申し訳ない」

それを聞いた義母が、座敷から声をあげる。

「あら、うちの嫁は働き者なのよ」

私は「うちの嫁」という呼び方が嫌いではなかった。少なくとも、「あなた」よりはましだと思った。

義姉の家族は、ほとんど毎日この家に来ていた。夕方になると裕介が学校帰りにそのまま上がり込んで、リビングのテレビをつける。その後、義姉が来て、義母と二人で台所に立つと言っても、義姉は椅子に座って喋っているだけだ。仕事帰りの洋一が来る頃には、食卓が四人分から五人分になっている。

「うちで作ると、片付けが面倒だからさあ」

義姉はそう言って笑った。洋一は風呂まで借りて帰ることがあった。裕介の体操着を義母が洗って干している日もあった。

「あら、ついでよ。ついで」

義母はそう言った。娘のためなら、この人はいくらでも動く人だった。その光景を私が見るのは、盆と正月の年に数回だけだ。だから、たまにあることだと思っていた。

義父が亡くなったのは、十年前の三月だった。六十八歳。朝、庭で植木鉢を動かしていて倒れたと聞いた。私は仕事を早退して駆けつけた。病院の廊下で義母が泣いていた。義姉が義母の背中をさすっていた。夫は柱に寄りかかって天井を見ていた。通夜も葬儀も、私は受付と台所にいた。座って手を合わせていた時間より、湯のみを洗っていた時間の方が長い。それは構わなかった。義父には世話になった。

「みわさん、ありがとうな」

最後にその声を聞いたのは、二ヶ月前の正月だった。縁側の入り口から顔を出して、缶ビールを一本くれた。あの手の感触を、今でも覚えている。

葬儀が終わって一ヶ月ほど経った四月のことだ。夕方、義母から夫の携帯に電話があった。夫は隣の部屋で応答して、戻ってきて言った。

「母さん、電気が止まるって。督促状が来てるらしい」

私たちはその週末に義実家へ行った。箪笥の引き出しを開けて、私は動きが止まった。封筒とハガキが束になって詰め込まれていた。電気とガスと水道と電話。どれも支払いの案内で、赤い文字が入っているものが何枚もあった。開封されていない封筒もあった。

「お母さん、これ」

義母は困った顔で手を振った。

「お父さんが全部やってたのよ。私、そういう難しいことは分からないの」

分からないと言われてしまえば、それまでだった。義母は結婚してから四十年、一度も自分の名前で契約をしたことがないという。私はその日のうちにコンビニで払える分を払った。払えない分は翌週、会社の昼休みに窓口へ電話をかけた。その時に提案されたのが、支払い方法の変更だった。私の口座から引き落とす形にすれば、義母が紙を持ってどこかへ行く必要がなくなる。契約の名義もこちらへ移せると言われた。

私は義母に確認した。

「お母さん、電気とガスと水道、私の名前で契約し直していいですか? お金は私の口座から自動で落ちるようにします」

「あなたの名前?」

「そうです。その方が止まらないので」

義母はよく分からないという顔で頷いた。

「じゃあ、そうしてちょうだい」

それだけだった。手続きは私が全部やった。書類を取り寄せて、義母に住所と名前を書いてもらって、本人確認の書類を送った。ネットの回線も同じようにした。翌月から、義実家の電気とガスと水道とネットの料金は、私の口座から落ちるようになった。この手続きが、長い引き落としの始まりになった。

その年の八月の終わりに、夫が改まった顔で切り出した。

「なあ、母さんのことなんだけど」

夫は缶ビールを開けずに待っていた。

「年金だけだと、ちょっと厳しいらしいんだ」

「厳しいって、いくら足りないの?」

「三万くらいかな?」

「三万? 一年? 二年?」

「いや、三年もあれば大丈夫だと思う。母さんも慣れれば節約するだろうし」

私は少し考えて頷いた。義父の顔が浮かんだからだ。

「分かった。じゃあ三年ね。三年経ったら二人で見直そう」

「ああ、悪いな」

夫は缶ビールを開けて、そのまま飲んだ。三年。私はその数字を本気で受け取っていた。三年あれば、義母も暮らし方を変えるだろうし、その頃には夫の給料も上がっているはずだった。

次の週末、私は銀行へ行って新しい口座を作った。給料が入る口座とは別の口座だ。ここから義実家の分だけを出す。生活費と混ざると分からなくなるからだ。窓口で自動送金の手続きをした。毎月二十五日に、私の口座から義母の口座へ三万円が送られる。手数料は私が持つ。帰ってきて、私は通帳の表紙の余白に油性ペンで書いた。「長沢の家」。それから最初のページの上欄に、ボールペンで一行だけ書いた。その日の日付と、その日に夫から言われた言葉だ。なぜ書いたのかは、自分でもよく分からなかった。仕事で数字を書き移す時と同じ手の動きだった。書いてしまってから、消すのも変だと思って、そのままにした。

その月から、義母は毎月二十五日の夕方に電話をかけてくるようになった。私の携帯ではない。夫の携帯だ。

「安彦、今月もありがとうね」

夫はいつも同じ返事をした。

「まあ、母さん一人なんだから、当然だよ」

私は台所で洗い物をしながら、それを聞いていた。最初は夫が代表して受けているだけだと思っていた。

違和感が形になったのは、その年の暮れだった。義実家へ行くと、義母がこたつで言った。

「いく子がね、あんたのお姉ちゃんが言うのよ。長沢の跡取りは安彦なんだから、お母さんの面倒は安彦が見るのが当たり前でしょって」

私は湯のみを置いた。

「お姉さん、いつそんな話を?」

「お父さんのお葬式の後よ。あの子が来たら、うちは嫁に行った身だからの一点張りでね」

台所から義姉の声が飛んできた。

「だって本当のことでしょ? お母さんの家に住むのは安彦なんだから」

誰もこの家に住む予定などない。それでも、義姉の中では弟が跡取りで、跡取りの家が母を抱えることになっていた。葬儀の後、その席に私はいなかった。台所で折り詰めを数えていたか、駐車場で親戚を見送っていたか、どちらかだ。私が入っていない場所で、私の家のこれからが決まっていた。

三年は思ったより早く過ぎた。私は通帳を開いて数えた。三万円が三十六回、百八万円。金額そのものより、三十六という回数の方が重く見えた。仕事の昼休み、私は社員食堂で同僚の大津ゆかりにその話をした。

「三年で見直すって約束だったんでしょ?」

「うん」

「じゃあいいのよ。約束は約束でしょ」

ゆかりは総務にいるから、社員の給与や家族手当ても見ている。人の家の事情を聞いても顔色を変えない人だ。

「言いにくいんだよね。お父さんに世話になったし」

「世話になったのは十年前でしょ。今払ってるのは今のお金でしょ」

ゆかりは味噌汁の椀を持ったまま続けた。

「うちの部でもあるよ。誰かが一回引き受けた仕事が、そのままずっとその人の仕事になるやつ。最初に引き受けた人だけが損をするの」

「損にはなってないよ」

「じゃあ、みわさんはお母さんに何て言ってるの?」

「何て?」

「あなたが払ってるって。お母さんは知ってるの?」

私は答えられなかった。知っているはずだと思っていた。息子の嫁が出しているお金なのだから、義母が知らないはずがない。当時の私は、本当にそう思っていた。ゆかりはそこで箸を置いた。

「みわさん、それ、いつまでって決めた? 口で決めたことはね、言った人が忘れたらなくなるの。総務にいると分かるよ」

私はその時、その言葉の意味を正確には受け取らなかった。ただ家に帰って、通帳をもう一度開いた。仕送りの三万円の下に、電気とガスと水道とネットの引き落としが並んでいる。夏の電気代は、義実家の方が私の家より高かった。二人で暮らす家より、一人で暮らす家の方が高い。その頃は、年寄りは冷房を強くつけるものだと思っていた。実際、義母はエアコンを消さない人だ。だから納得してしまった。

その週末、私は思い切って夫に切り出した。

「安彦、三万円のことなんだけど」

夫はテレビの音を小さくした。

「ああ、そろそろ三年か」

「うん。前に三年経ったら見直そうって」

「そうだな」

夫は素直に頷いた。私は驚いた。もっと嫌な顔をされると思っていた。

「母さんもさ、そろそろ自分でやりくりしてもらわないとな」

「うん。今度、俺から言っとくよ。姉貴にも相談する」

その夜、私は久しぶりによく眠れた。夫は悪い人ではない。話せば分かる人だ。そう思った自分が、今でも情けない。

七月に入っても、夫からは何の報告もなかった。

「お母さんの話、どうなった?」

「ああ、まだ言ってない」

「まだって、電話でそんな話するのか?」

「母さんがかわいそうだろう」

「じゃあ、いつ言うの?」

夫はリモコンを置いて、面倒くさそうに息を吐いた。

「お盆に行くだろう。その時、姉貴もいるから三人で話すよ。その方が早い」

八月十三日の朝、私は前の晩に用意しておいた服に着替えた。座敷で三人が向き合うのだから、だらしない格好はできないと思っていた。その盆の席で出た話は、見直しではなかった。

その盆は暑かった。朝の九時に義実家へ着くと、もう義姉の家族が来ていた。裕介はリビングの扇風機の前に寝転がっていた。洋一は縁側で新聞を広げていた。

「あら、遅い」

義姉が私を見て言った。

「九時に遅いも早いもないでしょう」

「お母さん、台所で待ってるわよ」

私は荷物を置いて台所へ入った。義母は流しの前で大根を出していた。

「あなた、これ切って。あと天ぷらね。エビとかぼちゃと大葉」

義父の兄の肖像さんが来るから、ちゃんとしたのを出さないとと言う。義実家の親戚の中で一番年上の人だ。十一時に肖像が来た。私は麦茶を運んで挨拶をした。

「みわさん、久しぶりだね。元気かい?」

「はい、ご無沙汰しています」

「あんたが一番働いてるんだろう、この家で」

肖三はそう言って笑った。義母が横から口を出した。

「あら、うちは安彦が一番働いてますよ。お兄さん、聞いてくださいよ。うちの安彦はね、毎月ちゃんとしてくれてるんですよ」

私は台所へ戻ろうとした足を止めた。

「私が一人になってから、生活のことは全部あの子が面倒見てくれてるの。電気もガスも水道も、あの子の方で払ってくれてるんですって」

座敷が静かになった。肖像が低い声で言った。

「そうか。安彦、偉いな」

夫の声がした。

「いや、まあ、母さん一人なんだから、当然だよ」

私は麦茶の盆を持ったまま、廊下に立っていた。訂正の言葉を待った。「うちの美和が」とか、「二人で」とか、一言でよかった。夫は続けた。

「男が親の面倒を見るのは、普通のことでしょう」

義姉の笑い声が重なった。

「安彦は昔からいい子なのよ。それに比べて、うちなんか何もできなくてね」

「いく子ちゃんは、嫁に行った身だからな」

「そうなんです。うちも子供にお金がかかるし」

私は台所へ戻った。天ぷら鍋の油が跳ねて、手首に赤い点ができた。昼過ぎに天ぷらを出した。座敷の食卓には皿が並んで、私の分もあった。この年はまだあった。私が朝の五時に起きて作り、車に積んで持ってきた卵焼きの皿には、誰も箸をつけなかった。

「みわさん、座りなさい」

肖像が自分の隣を開けてくれた。私はそこに座った。

「あんたの実家は、どの辺だったかね?」

「隣の県です。母が一人で」

「そうか。母さんは元気かい?」

「はい」

「そりゃいい。親は元気なうちに会っといた方がいい」

肖像は天ぷらを取って、塩をつけずに食べた。

「うまいな、これ」

「ありがとうございます」

「ひさおもな、あんたの作るもんが好きだったよ」

その一言で、私は少しだけ救われた。義母がすぐに口を挟んだ。

「お兄さん、うちの嫁は働き者なんですよね、あなた」

「あなた」。名前は最後まで出てこなかった。

その日、私は座敷にほとんど座らなかった。夕方、みんなが帰り支度を始めた頃に、義母が私と夫を仏壇の前へ呼んだ。線香の匂いのする部屋だった。

「安彦、ちょっといいかしら」

「何?」

「あのね、言いにくいんだけど。三万じゃ、ちょっと足りないのよ。この家の税金、固定資産税っていうの。あれもいるし、お父さんの保険が切れてから、いろいろかかるようになって」

「うん」

「五万にしてもらえないかしらね」

夫は二秒も置かずに答えた。

「いいよ」

「ごめんね」

私はそこで初めて口を開いた。

「安彦、ちょっと」

私は夫を廊下へ引っ張った。義母には聞こえない位置まで下がった。

「見直すって話だったよね」

「まあ、そうだけど。母さんも困ってるんだしさ」

「困ってるかどうか、家計を見せてもらった?」

夫は嫌な顔をした。

「そんなこと聞けるかよ。実の親だぞ」

「実の親なら聞けるでしょ」

「面倒くさいこと言うなよ」

その日の帰りの車は静かだった。高速に乗ってしばらくして、私は言った。

「お母さん、あなたが全部払ってると思ってるよね」

夫は前を見たまま答えた。

「そりゃ、うちが払ってるんだから」

「うちじゃなくて、私の口座からだよ」

「同じだろう」

「同じじゃない」

「夫婦なんだから、どっちの金でも一緒だろう」

私はしばらく黙った。その通りだと思う部分と、全く違うと思う部分が同時にあった。

「じゃあ、なんで言わないの?」

「何を?」

「私が出してるって。なんでお母さんに言わないの?」

夫はウィンカーを出して、追い越し車線から戻った。

「わざわざ恩着せがましく言う必要ないだろう」

恩着せがましい。その言葉がしばらく頭の中に残った。毎月三万円を数年、出し続けてきた人間が、出していると言うのが恩着せがましいことになるらしい。

「肖像さんの前で、お母さんが言ったよね。安彦が全部やってくれてるって。訂正しなかったよね」

「あの場でそんなこと言えるかよ。母さんに恥をかかせる気か」

「私の名前を出すのが、お母さんの恥なの?」

夫は答えなかった。カーオーディオの音楽だけが流れていた。それ以上言うと、この人は黙り込んで、家に着いてから三日は口を聞かない。私はそれを知っていた。だから言わなかった。

家に着いたのは夜の九時過ぎだった。夫は風呂に入って、そのまま寝た。私は食卓で通帳を開いた。三万円が三十六回。八月から五万円になる。私はボールペンで通帳の日付を書いた。その日の日付と、五万円という数字と、「仏壇の前」と頼まれた場所。その夜は眠れなかった。

腹が立っていたのは、五万円という額ではなかった。仏壇の前で頼まれたことだ。義父の遺影の前で、義母は息子に頼んだ。私はその場にいたのに、話しかけられなかった。二人の前に三人いて、話していたのは二人だけだった。その日から、私は義実家のことで何かが決まるたびに、通帳の余白に一行を書くようになった。金額と日付と言った人の名前。それが私にできる唯一のことだった。

翌週の昼休み、私はゆかりにその話をした。

「五万? 三万から一気に?」

「一回じゃないよ。三年経ってからだから。三年経ったら下げるって話だったでしょ」

ゆかりは呆れた顔をした。呆れてはいたが、笑いはしなかった。

「みわさん、お母さん、そのお金誰が出してると思ってるの?」

「息子だと思ってる」

「それ、直した方がいいよ」

「直すって、どうやって?」

「本人に言えばいいでしょ。私が出してますって」

「言えるならとっくに言ってる。言えば夫が母の前で嘘をついていたことになる。義母は息子が嘘をついたと知る。義姉は嫁が金の話を持ち出したという。座敷の空気が壊れる。壊した人間として、私が名指しされる。それが分かっていたから、私は黙った」

「あのさあ」

ゆかりが湯のみを両手で持った。

「みわさんが黙ってるとね、お母さんの中では毎月息子が振り込んでることになるの。それが一回ずつ積み上がっていくのよ。一年で十二回、十年で百二十回」

百二十回。その数字は、その時軽く聞き流した。

五万円になってからの二年は、静かに過ぎた。静かというのは、何も起きなかったという意味ではない。頼まれ事が増えて、その度に私が払い、誰もそれを口に出さなかったという意味だ。

最初は急だった。五万円になった年の冬。義姉から私の携帯に電話が来た。

「みわさん、お風呂のお湯が出ないのよ。業者さん呼んだ? そういうの分かんないから、安彦に行っといて」

私はその日の夜に会社の取引先へ連絡した。義実家の給湯器が新しくなった。十八万円だった。金額は私の口座から出た。取り付けの立ち会いは、平日に休みを取った私が行った。その二日後、義母から夫に電話があった。私は台所にいた。

「安彦、お風呂ありがとうね。助かったわ」

「ああ、うん」

夫は皿を洗う私の背中に向かって、口の形だけで言った。「悪い」と読めた。声には出さなかった。

翌年は屋根だった。台風の後に瓦がずれて、雨漏りがした。義姉から電話が来た。「安彦に行っといて」。その次は網戸だった。その次は仏壇の扉の建て付けだった。その次は、健康食品の定期便。これは義母が自分で申し込んだものだったが、支払いに使っていた口座の残高が足りなくなって、請求書が来た。どれも「安彦に行っといて」から始まった。私はその度に、通帳の余白に一行を書いた。日付と金額と、言った人の名前。堀口一子の名前が並んでいった。

五年前のお盆に、また仏壇の前へ呼ばれた。

「安彦、ちょっといいかしら」

同じ言い方だった。同じ場所だった。

「三万じゃ、やっぱり足りないのよ。八万にしてもらえないかしら」

今度は私も黙っていなかった。

「お母さん」

義母がこちらを見た。名前は呼ばれなかった。

「失礼ですけど、何にいくらかかってるか、教えていただけますか?」

座敷の話し声が一瞬止まった。義母は口を開けたまま、それから困ったように笑った。

「あら、私、そういうの分からないのよ」

「通帳を見せていただければ、私が計算します」

「安彦」

義母は私を見なかった。息子を見た。

「なんだか責められてるみたいだわ」

「母さん、そう言うんじゃないから」

夫は私の腕を軽く叩いた。黙れという意味だった。

「八万な。分かった」

その帰りの車の中で、私は言った。

「私、責めてないよね」

「言い方があるだろう」

「金額の内訳を聞くのが、責めることになるの?」

「なるんだよ、うちの母さんには」

夫はハンドルを両手で握り直した。

「母さんはさ、人にお金の話をされるのが一番嫌いなんだよ。父さんが生きてた頃から、そういうのは全部お父さんがやってたんだから」

「じゃあ、今は誰がやるの?」

「だから、俺が」

「あなた、一円も出してないよ」

言ってしまった。夫の顔が動いた。信号が赤になって、車が止まった。

「じゃあ、何? お前は俺の母親に金を出してやってるって言いたいわけ?」

「そうは言ってない」

「言ってるだろ」

「私は内訳を知りたいだけ」

「本気で言うんだよ、そういうの」

またその言葉だった。私はその夜、義姉に電話をかけた。夫を通さずに義姉と話したのは、その時が初めてだったと思う。

「お姉さん、お母さんの生活費のことなんですけど」

「ああ、聞いたわ。八万にしてくれるんでしょ。助かるわ」

「もしよろしければ、お姉さんの方でも少し」

「え?」

電話の向こうでテレビの音が小さくなった。

「うちは無理よ。裕介の塾代だけで毎月五万かかるのよ」

「そうですか」

「それに、うちの人、去年から手取りが減ってるのよ。みわさんのところは共働きでしょ。子供もいないし」

子供もいないし。その一言の使われ方が、しばらく忘れられなかった。

「私も働いてますけど、うちの家計から出てるのは」

「みわさん」

義姉の声が変わった。

「長沢の家を継ぐのは安彦なのよ。私は堀口に嫁いだ人間だから」

「継ぐって、何を継ぐんですか?」

「え?」

「お母さんの家は、誰も住まないですよね。私たちは仕事があるので、あちらへは移れません」

沈黙があった。

「まあ、そういう言い方するんだ」

義姉はそう言って、電話を切った。翌日、夫が仕事から帰ってくるなり言った。

「姉貴に電話したんだって?」

「したよ」

「勘弁してくれよ。姉貴も色々大変なんだよ」

「大変って、何が?」

「色々。色々」

夫は具体的なことを何一つ言わなかった。義姉が何に困っていて、月にいくら足りないのか。この人は一度も聞いたことがないのだと思った。

裕介が高校に受かったのは、その翌年の春だった。義姉から電話が来た。

「みわさん、裕介が受かったのよ。私立だけどね」

「おめでとうございます」

「入学金がすごいのよ、もう」

私はその週末に商品券を包んで、義実家へ持っていった。三万円分だった。義姉は封を開けて中身を確かめて、そのまま鞄に入れた。

「ありがとう。助かるわ」

その年の秋、私はゆかりに一つだけ聞いた。

「ねえ、電気とかガスの契約って、名義って大事?」

「大事だよ。何かあった時に話ができるのは契約者だけだもん」

「そっか」

「なんで?」

「義実家の分、全部私の名前なんだよね」

ゆかりは箸を止めた。

「全部? 電気とガスと水道とネットも?」

「私が決めた。そうしないと止まりそうだったから」

ゆかりはしばらく黙って、それから言った。

「じゃあ、止めるのもみわさんが決められるってことだよ」

そんなことを考えたこともなかった。

「止めないよ」

「うん。止めろって言ってるんじゃない。そういう形になってるってことだけ、覚えといた方がいいよ」

私はその言葉を頭の隅に置いた。置いたまま、私は何もしなかった。

三年前のお盆に、金額は十万円になった。その時はもう、私は何も聞かなかった。聞けば同じことが起きると分かっていたからだ。仏壇の前で義母が言い、夫が頷き、私が黙る。三度目になると、手順が決まっていた。毎月二十五日、私の口座から十万円が義母の口座へ送られる。それとは別に、電気とガスと水道とネットの料金が落ちる。合わせて毎月十三万五千円ほど。そして二十五日の夕方には、決まって夫の携帯が鳴った。

「安彦、今月もありがとうね」

「うん。母さん一人なんだから、当然だよ」

その返事も、一度も変わらなかった。一度だけ、私が電話に出たことがある。夫が風呂に入っていて、テーブルの上の携帯が鳴り続けたからだ。

「もしもし。美和です」

一瞬の間があった。

「あら、安彦は?」

「お風呂に入ってます」

「そう。じゃあいいわ。ありがとうって伝えて」

電話は切れた。ありがとうって伝えて。私はその言葉を、夫の背中に向かって伝えた。夫は風呂から出てきて、髪を拭きながら「ああ」とだけ言った。その夜、私は自分が誰なのか分からなくなった。金を出しているのは私で、礼を言われるのは夫で、その礼を夫に伝えるのも私だった。

春に、私は四十歳になった。誕生日の夜、夫はケーキを買ってきた。近所のスーパーのショートケーキだった。私はそれが嬉しかった。嬉しかった自分に驚いた。四十歳。義父が亡くなった時の私は三十歳だった。あれから十年が過ぎていた。その夜、私は決めた。もう一度だけ、きちんと話そうと。

ケーキの箱を捨てる時、私は箱の底にレシートが残っているのを見つけた。四百八十円だった。そのレシートが捨てられなかった。しばらく財布に入れていた。四百八十円。この人が私のために使った金額だ。同じ月に、この人の母親のために私が出した金額は、十三万五千円だった。

四月の日曜日、私は食卓に通帳を置いた。表紙に「長沢の家」と書いてある口座の通帳だ。

「安彦、ちょっと座って」

「何?」

夫はテレビを消さなかった。私はリモコンを取って、消した。

「お母さんのことなんだけど」

「またその話かよ」

「お母さん、あなたが全部払ってると思ってるよね」

夫は天井を見た。

「別にいいじゃん」

「それで良くない」

「なんで?」

「私のお給料から出てるから」

夫は鼻から息を吐いた。

「ふう。夫婦なんだから、どっちの金でも一緒だろう」

「じゃあ、あなたの口座から出そうか」

「はあ?」

「同じなんでしょ? じゃあ来月から、あなたの口座から自動送金にする。手続きは私がやるから、通帳だけ貸して」

夫は黙った。テレビの消えた画面に、私たちの姿が映っていた。

「無理だよ。俺の手取りから十万も出したら、生活できないだろう」

「そうだね。私もそう思う。だから十年、私が出してきた」

「だから、それはお前の方が給料いいから」

「じゃあ、同じじゃないよね」

夫の顔が赤くなった。

「言い方が嫌味なんだよ」

「さっきから、事実を言ってるだけ」

「事実で人を追い詰めるのが、一番タチが悪いんだよ」

そういう言い方を、この人はどこで覚えたのだろうと思った。

「私はね」

私は通帳の一冊を開いた。一番古いページだ。

「三万の時から、一度も遅れずに払ってる。金額のことを言ってるんじゃない。お母さんが、私が払ってることを知らないままなのが嫌なの」

「知ってるだろ」

「知らないよ。あの人、ありがとうって言われてるの、あなただけだもん」

「そんなの、母親が息子に言ってるだけの話じゃないか」

「じゃあ、一回だけ電話で言って。母さん、あれは美和が出してるんだよって。それだけでいい」

夫は答えなかった。その時、夫の携帯が鳴った。テーブルの上で震えて、画面に「母さん」と表示された。夫が取って耳に当てる前に、指が滑った。スピーカーになった。

「安彦。今月もありがとうね」

声が部屋に響いた。夫は慌てて、画面を触った。

「ん? 母さん、どうしたの?」

「どうもしないわよ。ちゃんと届いてたから。そう。あんたも大変でしょうに。無理してない?」

「してないよ」

「お母さん、あんたにばっかり負担かけてるわね」

夫はちらりと私を見た。私は目をそらさなかった。

「大丈夫だって。じゃ、切るよ」

夫は電話を切って、携帯をテーブルに伏せた。

「あれで訂正したら、母さんどうなると思う?」

「どうなるの?」

「傷つくだろう」

私は答えなかった。その日はそれで終わった。ただ、私は通帳を片付けなかった。四冊のまま、リビングの棚に立てておいた。

連休に実家へ行った。五月の初めで、庭のツツジが咲いていた。義母は、私が持っていた手土産の菓子折りを見て言った。

「あら、この店の、高かったでしょう」

「いえ」

「安彦がいつも気を使ってくれるからね」

私は頷いた。もう、いちいち胸のうちで言い返すのもやめていた。昼を出して、片付けをして、私は台所で洗い物をしていた。義母が新聞を持って入ってきて、隣に立った。

「ねえ、あなた」

「はい」

「前にね、変な紙が来たことがあるのよ」

「紙ですか?」

「電気の紙。何月分って書いてあるやつ。検針表だ。あれに、うちの名前じゃない名前が書いてあったの」

私は手を止めた。水道の音だけがしていた。

「安彦に聞いたのよ。これ、誰の名前って。そしたらね、名義を借りてるだけだって言うのよ。手続きが楽になるから、嫁さんの名前を借りてるって。お金はちゃんと俺が出してるからって」

義母は新聞を畳みながら、こっちへ来た。

「だから安心したの」

私は蛇口を閉めた。

「お母さん、それ、いつのことですか?」

「いつだったかしらね。五年くらい前かしら?」

五年。八万円になった年だ。

「お母さん」

私は義母の方を向いた。

「名義を借りてるっていうのは、どういう意味だと思われましたか?」

義母はきょとんとした顔をした。

「え? だから、名前だけでしょ?」

「お金は、誰が払ってると思われましたか?」

「安彦でしょ?」

迷いのない返事だった。

「あの子がそう言ったんだから」

その時、私が感じたのは怒りではなかった。この人は、五年前に一度は気づきかけていた。ハガキを持って、息子に尋ねた。そして、息子の説明を受け取った。そこで終わりにした。それ以上は聞かなかった。聞けば、自分の暮らしが誰の給料の上に乗っているのかを知ることになるからだ。知らなかったのではない。知らないことにしたのだ。

その日の帰り道、私は車の助手席で外を見ていた。夫は途中のコンビニでコーヒーを買って、私にも一本買ってくれた。

「なあ」

夫が言った。

「今日、母さんと台所で何を話してたんだ?」

「電気のハガキの話」

夫の手が止まった。

「あの人、何て言った?」

「名義を借りてるだけだって、あなたが説明したって。五年前だって」

夫はエンジンをかけて、車を出した。それから家に着くまでの一時間半、私たちは一言も喋らなかった。その夜、私は棚から四冊の通帳を下ろして、食卓に並べた。最初のページから順番にめくった。三万円が三十六回、五万円が二十四回、八万円が二十四回、十万円が三十六回。その間ずっと、電気とガスと水道とネットの引き落としが毎月並んでいる。私は電卓を出した。

三万円×三十六で百八万円。五万円×二十四で百二十万円。八万円×二十四で百九十二万円。十万円×三十六で三百六十万円。足すと七百八十万円になった。仕送りだけで七百八十万円。電気とガスと水道とネットは、まだ足していない。私は電卓の数字をしばらく見ていた。それから紙に書き移した。日付と金額。いつもの癖だ。

翌週の昼休み、私はその紙をゆかりに見せた。ゆかりは紙を両手で持って、上から下まで読んだ。読み終わっても、何も言わなかった。

「なんか言ってよ」

「言っていい?」

「うん」

「これ、家一軒分の頭金だよ」

私は笑おうとして、うまく笑えなかった。

「みわさんさあ、この何年かで、自分のために使った一番高い買い物って何?」

少し考えた。

「洗濯機かな? うちの」

「それ、家の買い物じゃん」

ゆかりは紙を返してきた。

「私ね、みわさんが偉いとは思わない。優しいとも思わない。ただ、疲れてると思う」

「疲れては、いるかな?」

「それだけ払って、ありがとうも言われてないんでしょ?」

「言われてない」

「じゃあ、それはもう贈り物じゃないよ。回避だよ」

「回避?」

「入って痛い場所に払う金のこと」

ゆかりはそう呼んだ。

「みわさん、その家にいたい?」

私はすぐに答えられなかった。答えられなかったことが、その日の答えだった。

六月の終わりに、義姉から電話が来た。

「みわさん、お母さんの家、エアコンが古いのよ。去年から効きが悪くてね、今年の夏はこせないと思うのよ」

私は台所の時計を見た。夜の九時を回っていた。

「見積もりを取ってみます」

「ああ、そういうのはいいから、安彦に行っといて」

その言い方にはもう慣れていた。慣れてはいたが、その日は違うことを言った。

「お姉さん」

「何?」

「エアコンって、一台で二十万くらいします。二台なら四十万です」

「そんなにするの?」

「取り付けと処分と電気工事がいることもあるので」

「へえ」

「その金額、どこから出ますか?」

電話の向こうが黙った。

「それ、どういう意味?」

「言葉の通りです」

「安彦が出すに決まってるでしょ。長沢の家を継ぐのは安彦なんだから」

また同じ言葉だった。

「継ぐって、何をですか?」

「お母さんの面倒よ」

「お姉さんは、お母さんの実の娘ですよね」

「私は堀口に嫁いだの」

「歩いて三分のところに、住んでいらっしゃいますよね」

「あのね」

義姉の声が高くなった。

「嫁いだ人間が実家に金を出したら、うちの人に申し訳が立たないでしょ」

「私は嫁いだ人間ではないんですか?」

「あなたは長沢の嫁でしょ。だから当たり前じゃない」

そこで電話は切れた。私は受話器を置いて、しばらく台所に立っていた。おかしい。ずっと引っかかってたことが、その夜、輪郭を持った。私は嫁だから払う人になり、義姉は嫁だから払わない人になる。理由が正反対の結論を作っていた。どちらかが間違っているのではない。どちらも都合のいい方を選んだだけだ。

次の日、私は夫にエアコンの話をした。

「お姉さんから電話があった。エアコンを変えて欲しいって」

「ああ、聞いてる。姉貴から連絡あったよ。母さん、暑いのは体に毒だからな」

「四十万くらいかかるよ」

夫は缶ビールを開けた。

「そんなにするのか」

「二台変えるならね」

「じゃあ、一台でいいだろ。今だけ」

「その二十万は、どこから出るの?」

夫は答えなかった。答えないことが、この人の答え方だった。

「あのさ」

夫は缶を置いた。

「そんなに嫌なら、もういいよ。俺が姉貴に断るから」

私は驚いて夫を見た。

「断ってくれるの?」

「ああ」

その三日後、義母の家に新しいエアコンが入った。取り付けの日を私に知らせたのは、業者からの確認の電話だった。契約者は、私の名義になっていた。

「あの、この工事、どなたからのご依頼ですか?」

「堀口様というお姉様からです。お支払いは、長沢様の名前でと伺っております」

私は工事の日程を確認して、電話を切った。夫に聞くと、こう言った。

「断ったよ。断ったけど、姉貴が勝手に頼んだんだよ。俺のせいじゃない」

その週末、私はパソコンを開いた。義実家の電気とガスと水道の契約は私の名義だから、使用量の履歴が自分の画面で見られる。十年分、残っていた。私はそれを月ごとに表にした。仕事で毎日やっていることだ。数字が並んだところで、手が止まった。

電気の使用量が、私の家の一・五倍あった。うちは夫と二人暮らしだ。義実家は一人のはずだった。冷房のつけっぱなしを差し引いても、多すぎる。水道はもっとはっきりしていた。うちは夫と二人で二ヶ月に三十二立方メートルほど。義実家は同じ二ヶ月で七十一立方メートルあった。一人で暮らしている家が、二人で暮らしている家の倍以上の水を使っている。ガスも同じだった。夏場でも義実家のガス代はうちの倍近く。夏に沸かす湯が、うちの倍ある。

私は表を印刷して、蛍光ペンで線を引いた。見積もりの仕事では、数字が合わない時にまずやることが決まっている。前提を疑うことだ。面積が合わないなら図面の縮尺を疑う。金額が合わないなら単価表の単価を疑う。今合っていないのは使用量だ。疑うべき前提は一つしかない。その家に住んでいるのは一人だという前提だ。

何かの間違いかもしれない。メーターの故障かもしれない。庭の水撒きが多いのかもしれない。そう思おうとした。思いながら、私は別のことを思い出していた。

「ここ、ネット早いんすよ。うちより全然。動画も止まんないし。俺、課題こっちでやってます」

洋一が風呂を借りて帰ることがある。裕介の体操着を義母が洗って干している。うちで作ると、片付けが面倒だから。一つずつなら、どれも小さな話だ。並べると、形が見えてくる。

翌週の昼休み、私はゆかりに表を見せた。

「何これ?」

「義実家の使用量。うちのと比べたの」

ゆかりは数字を追って、顔を上げた。

「みわさん、これ、一人で暮らしてる家の数字じゃないよ」

「だよね」

「うち、四人だけど、こんなに使わないよ。お風呂だって、一日一回でしょ」

「うん」

「これ、何人分?」

私は答えなかった。答えは自分の中にあった。口に出すのが怖かった。

調べた方がいいよ。ゆかりは返した。

「怒るためじゃなくて、知るために」

その日から、私は少しずつ確かめていった。何をどう調べたのかは、ここでは書かない。難しいことは一つもしていない。人に頼んでもいない。自分の名前で契約している以上、自分で確かめられることばかりだった。一つだけ書いておくと、私は電話を三本かけた。三本とも平日の昼休みだった。そのうちの一本の後、私は会社の非常階段に出て、しばらく座っていた。七月の外の空気は暑かった。手すりが日に焼けて、触れないくらいになっていた。泣かなかった。泣くほどのことではないと思った。

七月の終わりの土曜日。私は義実家へ行った。夫は仕事だった。届いた検針表の類が郵便受けに溜まっていると義母が言うので、片付けに行っただけだ。実際、郵便受けには紙が押し込まれていた。義母はもう、その紙を開けもしなくなっていた。私はそれを全部持ち帰った。二年分ほどあった。

家に帰る前に、義実家の並びの角にある小さな酒店へ寄った。義父が生きていた頃、よくビールを買っていた店だ。店番の女性が、私の顔を覚えていた。

「あら、長沢さんとこの。ご無沙汰してます。大変ね、いつもあの家、毎晩賑やかだもんね」

私は缶を持つ手を止めた。

「毎晩ですか?」

「そうよ。娘さんのご家族が来てるでしょ? 夕方になると車が止まって、遅くまで電気がついてるもの」

「そうなんですね」

「おばあちゃん、一人だと寂しいから、いいことだけどね」

私は缶を二本買って、車に戻った。エンジンをかけずに、しばらく座っていた。助手席には、持ち帰る検針表の束が置いてあった。私はそれを膝に乗せて、一枚ずつ見ていった。どの紙にも、同じ場所に同じ名前が印字されていた。「長沢美和 様」。義実家の郵便受けに、毎月この名前が届いていた。義母はそれを開けなくなり、義姉はそれを見ることもなく、夫はその紙の存在を知らないふりをした。私の名前は、十年間あの家の玄関まで毎月通っていた。中まで入れてもらえたことは、一度もなかった。

その夜、夫は職場の飲み会で遅かった。私は食卓に検針表を広げて、使用量の数字を月ごとに書き出した。仕事と同じやり方だ。一日ずつ、日付と数量と金額。書き終わったのは午前一時だった。数字はきれいに並んだ。並んだ数字は、私が思っていたよりずっとはっきりした形をしていた。

八月に入って、義母から電話が来た。今度は私の携帯だった。珍しいことだ。

「あなた、お盆はいつ来るの?」

「十三日に伺うつもりです」

「泊まっていくんでしょ?」

「日帰りにします。翌日、仕事なので」

「あら、そう。じゃあ、お昼はうちで食べるのよね」

「はい」

「肖像さんは、今年は来られないんですって。腰を悪くしてね」

「そうですか」

「だから今年は、身内だけね」

身内だけ。その言葉も、その時は何とも思わずに聞いた。

「あなた、天ぷらの粉、去年の残ってるから、買ってこなくていいわよ」

「分かりました」

電話を切ってから、私は台所のカレンダーに丸をつけた。八月十三日。その隣の欄に、私は小さく別のことを書いた。誰にも見せない字だ。その日までに確かめておくことが、まだ二つ残っていた。

八月の第一週、私は有給を一日取った。朝一番で銀行へ行った。十年前に自動送金の手続きをした、あの窓口だ。担当の人はもう変わっていた。

「毎月の定額自動送金の内容を確認したいんですが」

通帳と免許証を出した。若い行員が端末を叩いて、画面をこちらに向けた。

「毎月二十五日、十万円の振り込みですね。受取人は、長沢花江様。契約者様は、長沢美和様。間違いございません」

「この手続きを止める場合は、どうすればいいですか?」

行の指が止まった。それから、いつもの顔に戻った。

「契約者様のお申し出だけで、承れます。窓口かアプリで、いつでも。相手の方の同意は必要ございません。お振り込みですので」

「そうですか」

私は端末の画面をもう一度見た。長沢美和という自分の名前が、そこに表示されていた。

「今日は止めません。確認だけです」

「かしこまりました」

窓口を離れる時、私はあの日のことを思い出していた。あの時も、同じフロアだった。番号札を持って三十分待って、書類に何度も名前を書いた。義父が亡くなった年の夏の終わりで、私は三十歳だった。書き終わった時、行員が言った。

「毎月のご送金ですね。長く続けられる方が多いですよ」

私は笑って答えた。

「三年ぐらいですから」

その言葉を覚えている行員は、もういない。覚えているのは、私だけだ。

銀行を出て、私は駅前の喫茶店に入った。冷房が強かった。鞄からファイルを出した。中には使用量の表と二年分の検針表と四冊の通帳が入っている。電気とガスと水道の会社にも、前の週に電話をしてあった。三本の電話というのは、それだ。どこに聞いても、帰ってくる答えは同じだった。

「契約者はあなたです。使用中止の手続きは、契約者からのお申し出で受け付けます。実際に使っている方の同意は、いりません。ただし、その後もお住まいの方がいらっしゃる場合は、その方が新しくご契約いただければ、すぐにご利用いただけます」

すぐに利用できる。その一言が大事だった。私は誰かの生活を止めたいわけではない。誰の家の暮らしなのか。はっきりさせたかっただけだ。喫茶店のテーブルで、私はもう一つの表を作った。仕送りの合計が七百八十万円。電気とガスと水道とネットが十年で四百二十万円。足すと、千二百万円になった。私はその数字をしばらく見ていた。千二百万円。家一軒分の頭金だと、ゆかりは言った。うちのマンションのローンは、あと十四年残っている。

午後、私は弁護士事務所へ行った。会社の先輩が離婚の時に世話になったという事務所で、ゆかりが電話番号を調べてくれた。三田村という弁護士だった。五十八歳で、机の上が異様に片付いている人だ。私は表と通帳を出して、事情を説明した。三田村は最後まで口を挟まずに聞いて、それから一つだけ質問した。

「長沢さん、あなたはこの千二百万円を、返して欲しいですか?」

「帰ってくるんですか?」

「難しいです」

三田村ははっきり言った。

「ご主人との間で、家計をどう分担するかの話になります。夫婦の生活費の中で出したものは、後から返せという形にしにくい。裁判で争えば時間もかかりますし、気持ちも削られます」

「そうですか」

「正直に申し上げますと、その道はお勧めしません」

私は頷いた。落胆はしなかった。むしろ、はっきりしてよかったと思った。

「では、私にできることは何ですか?」

三田村は指を二本立てた。

「二つあります。一つ目、これから先、払わないこと」

「払わない」

「あなたには、義理のお母様を扶養する法律上の義務はありません。配偶者の親御さんは姻族と言って、あなたとは血のつながりのない親族です。原則として、扶養の義務は実のお子さんにあります」

「ご主人と、お姉様です」

「姉にもですか?」

「はい。実のお子さんは、二人とも同じ立場です」

私はその言葉を頭の中で二度繰り返した。実の子は二人とも同じ立場。歩いて三分のところに住んでいる人も、一時間半離れたところに住んでいる人も。

「二つ目」

三田村は続けた。

「あなたが契約者になっているものは、あなたの判断で終わらせられます。これは権利です。誰の許可もいりません」

「相手が困ってもですか?」

「困るかどうかと、権利があるかどうかは別の話です」

三田村は湯のみを持ち上げて、一口だけ飲んだ。

「ただし、順番は大事です。感情でやると、あなたが悪者になります。記録を残して、静かにやってください。順番というのは、まず止めるものと続けるものを自分で決めること。次に、止める前に相手へ伝えるかどうかを決めること。伝えるなら、いつ誰に伝えたかを残すこと。伝えないという選択もありますか?」

「あります。契約者の権利ですから、通知の義務はありません。ただ、伝えないと相手は驚きます。驚いた人は、大抵怒ります」

「怒られるのは、もう慣れています」

三田村は初めて口元を動かした。

「一つだけ。相手を困らせるためにやると、必ずどこかで後悔します。自分の暮らしを元に戻すためにやってください。結果として相手が困るのは、あなたの責任ではありません」

「困らせたいわけではないと思います」

「思います。で、結構です。お母さんは六十七歳です。年金だけだと厳しいと言っています。本当に厳しいかどうかは、ご本人と実のお子さんが確かめることです」

三田村は湯のみを置いた。

「長沢さん、十年、確かめられなかったのはなぜだと思いますか?」

私は答えられなかった。

「確かめなくても、毎月お金が入ってきたからです。その言葉が一番深く刺さった。誰も悪意で私を騙したわけではない。ただ、確かめる理由が誰にもなかった。確かめれば止まるかもしれない時、人は確かめない」

「先生、記録ならあります」

私はファイルを開いて、三田村の前に置いた。三田村は最初のページから丁寧にめくって、通帳の余白の書き込みで手を止めた。日付と金額と言った人の名前。

「これは、いつから?」

「七年前からです。何かが決まるたびに書くようになったのが、その頃なので」

「毎回ですか?」

「はい」

三田村は最初のページに戻って、一番上の一行を指した。

「ここだけ、日付が古いですね。ここは十年前です。口座を作った日に、一行だけ書きました。何と書いてあるんですか?」

私は答えなかった。答えられなかったと言った方が近い。三田村はそれ以上聞かずに、ファイルを閉じた。

「長沢さん、これは強いですよ」

「強いですか?」

「揉めた時に、本当のことを覚えているのは、書いた人だけです」

帰り道、電車の窓の外が夕方になっていた。私は座席に座って、鞄の上に手を置いていた。書類が入っている。できることは二つある。払わないこと。終わらせること。どちらも、私が一人で決められることだった。

翌日、会社の昼休みにゆかりへ報告した。

「弁護士、返してもらうのは難しいって」

「そっか」

「でも、これから払わないのは自由だって」

ゆかりはサラダのトマトを刺したまま、しばらく黙っていた。

「みわさん、今、どんな気持ち?」

「分からない」

本当に分からなかった。悲しくはなかった。すっきりもしていなかった。

「一つだけ言えるのは」

私はお茶を飲んだ。

「知る前と後では、もう違うってこと。戻れないってこと」

「うん」

ゆかりはフォークを置いた。

「ねえ、みわさん、一つだけ聞いていい?」

「何?」

「旦那さんのこと、まだ好き?」

私は答えられなかった。窓の外で、蝉が鳴いていた。

「答えなくていいよ。答えられなかったってことは、覚えといた方がいい」

止める方法を知ってしまった人間は、知る前には戻れない。それでも私は、まだ止めていなかった。お盆に行けば、義母は天ぷらを頼むだろう。私は台所に立つだろう。そういう一年をもう一度続けることも、できた。

八月十三日の朝、私は車に乗った。後部座席に手土産を積んで、助手席には何も置かなかった。その日は朝から気温が三十五度を超えていた。九時に義実家へ着くと、門の前に見慣れた白い車が止まっていた。堀口の車だ。その年も、先に来ていた。夫は前の日から泊まりに来ていた。会社の盆休みが私より一日早く始まるので、いつも先に行く。私は自分の車で、当日の朝に一人で向かう。ずっとそういう形が続いていた。

玄関を開けると、リビングからテレビの音がした。

「おはようございます」

返事はなかった。奥から義母の声だけが飛んできた。

「あなた、こっち」

私は手土産を下げたまま、台所へ入った。義母は流しの前で、エプロンを結んでいた。

「遅いわね。九時? いく子たちは八時から来てるのよ」

私は手土産を冷蔵庫の上に置いた。誰も中身を見なかった。

「まず麦茶ね。人数分。それから、そこの大皿を全部出して。お寿司は十一時に届くから」

「はい」

「天ぷら、去年と同じでいいわ。エビとかぼちゃと大葉、それとナス」

「分かりました」

「あと、大根おろし多めにね」

「何人分ですか?」

「たくさん。足りないと困るでしょう」

人数を聞いても、義母は数を言わなかった。私は言われた通りに動いた。十五年やってきたことだ。手順は体が覚えている。麦茶を運ぶと、リビングで義姉がスマートフォンを見ていた。洋一は扇風機の前で新聞を広げ、裕介はソファに寄りかかって寝ていた。夫はテレビの前に座って、もう缶ビールを開けていた。

「あら、みわさん、ごめんね。暑いのに」

「いえ」

「今年は肖像さんが来ないから、気楽だよね。身内だけだもん」

私は麦茶を置いて、台所へ戻った。その言葉も、その時は流した。台所の窓は西向きで、午前中でも日が当たる。換気扇を回しても、揚げ物をすれば室温は簡単に三十度を超える。私は仏壇の花を変えてから、天ぷらに取りかかった。菊と白い小菊。前の花は茶色くなって、水も濁っていた。花瓶を洗って、水を変えて、線香を一本立てた。

「お父さん」

そう心の中で呼びかけて、何を言うか決めていないことに気づいた。手を合わせて、そのまま台所へ戻った。油の温度を上げている時、リビングから声が聞こえてきた。

「お母さん、あれ買ったんでしょ? カタログの」

「買ったわよ。あれね、いいのよ」

「いくらしたの?」

「六万八千円。でも、実家払いだから。安彦が出してくれるんだから、いいわよね」

笑い声が二つ、重なった。私はエビを油に落とした。音がして、細かい泡が立った。実家払い。実家とは、義実家だ。翌年の春まで、毎月引き落とされる。義母の口座から。その口座に、毎月十万円を入れているのは私だ。腹は立たなかった。もう、腹の立て方を忘れていた。

十時過ぎて、義姉が台所に顔を出した。

「みわさん、これ、切ってくれる?」

キュウリの袋を流しに置いて、そのまま出ていった。十時半。洋一が台所の入り口に立った。

「あの、氷はどこですかね?」

「冷凍庫の下です」

「ああ、どうも」

十一時、寿司が届いた。玄関のチャイムに出たのは私だった。折りを二つ受け取って、代金を払おうとしたら、配達の人が言った。

「お支払いはお済みです」

「そうですか」

座敷へ運ぶと、義母が満足そうに折を覗き込んだ。

「あら、いいのが入ってるわね。奮発したのよ」

奮発したと義母は言った。その金がどこから出ているのか、私は知っていた。義母の財布に入る現金は、毎月二十五日に私の口座から送られる十万円だけだ。私は何も言わずに、天ぷらの続きに戻った。最後のナスを揚げ終わったのが、十一時四十分だった。汗で前髪が肌に張り付いていた。エプロンを外して、手を洗って、私は座敷へ入った。

座卓の上に料理が並んでいた。寿司が二つ。刺身の大皿。煮物の鉢。私が揚げた天ぷらの盛り合わせ。冷やしたトマト。枝豆。そして、取り皿と箸が置いてあった。義母の前、義姉の前、洋一の前、裕介の前、夫の前。五つ。私の前だけが、何もなかった。座布団は敷いてあった。座布団だけがあった。私は立ったまま、その開いた場所を見ていた。それから、口を開いた。

「あの」

みんながこちらを見た。私の目は、義母が箸を持ったまま、こっちへ来た。

「他人の分は作ってないわ」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。他人。

「そうよ。あなた、長沢の人間じゃないでしょ」

義母は笑っていた。悪いことを言った顔ではなかった。冗談を言った顔でもなかった。当たり前のことを口にした顔だった。義姉が続けた。

「嫌なら、さっさと帰れば」

そして箸で寿司を取りながら、こう言った。

「お盆くらい、家族水入らずで食べたいじゃない」

洋一は目を伏せて、湯のみを持ち上げた。裕介だけが、動きを止めていた。座布団の下で膝を触って、母親の方を見て、また私の方を見た。何か言いかけて、飲み込んだ。二十歳の子に言わせるようなことではない。私は夫を見た。十五年連れ添った夫だ。この家の暮らしを十年、支えてきた。この日、この座卓に並んでいる寿司も、この部屋を冷やしている電気も、天ぷらを揚げたガスも、手を洗った水も、全部が私の口座から出ている。一言でよかった。「母さん、それは違うよ」「姉貴、言いすぎだよ」。それだけでよかった。

夫は缶ビールから口を離して、天井を見上げた。

「また始まったよ」

その言い方に、私は何も感じなくなった。

「母さんも姉貴も、冗談だろ。お前も大人なんだから、そのくらい流せよ」

座敷に笑い声が戻った。義母が刺身に醤油をかけ、義姉が裕介に取り皿を渡した。話題はもう、別のものになっていた。誰も私を見なかった。私は座布団の横に立っていた。エプロンの紐を握ったまま、その部屋を端から端まで見た。台所には、私が洗った皿が伏せてある。廊下には、私が揚げた天ぷらの匂いが残っている。仏壇には、私が持ってきた花が挿してある。私の名前だけが、どこにもなかった。

私は息を吸って、短く答えた。

「そうですか」

声は震えていなかった。バッグを持って、廊下へ出た。

「え、本当に帰るの?」

義姉の声が背中にぶつかった。

「面倒くさい。読めないわね」

義母の声も聞こえた。私は玄関でサンダルを履いた。背中で義姉がまだ何か言っていた。

「ああいうの、実家じゃ教訓にならないと思うのよね」

「ほっときなさい。すぐ帰ってくるから」

義母の声だった。すぐ帰ってくる。その言葉が、この家を一番よく表していた。何をしても、この嫁は帰ってくる。帰ってきて、台所に立って、皿を洗う。引き戸を開けると、外の熱がまとめて顔に当たった。一歩出て、私は振り返らなかった。車に乗って、エンジンをかけた。エアコンの風が暑いままだった。ハンドルが握れないほど暑くて、私はタオルを巻いて握った。門を出るまで、玄関は開かなかった。

高速に乗るまでの二十分。私は一度も涙が出なかった。悲しくなかったからではない。悲しむ場所がもう残っていなかったからだ。サービスエリアに入って、私は自動販売機の前に立った。麦茶を買って、日陰のベンチに座った。何時間ぶりかで座った。朝からずっと立っていたのだと、その時気づいた。携帯を見た。着信はなかった。夫からも、誰からも、一件もなかった。私は麦茶を半分飲んで、それから鞄の中のファイルに手を触れた。十年分の紙が、まだそこにあった。

不思議なことに、頭の中は騒がしくなかった。私が考えていたのは、あの座卓の上のことだ。寿司は義母が注文して、私が毎月送っている金から払われた。刺身は義姉が買ってきたと言っていたが、その金がどこから出たのかは分からない。天ぷらは、私が揚げた。冷やしたトマトは、あの家の冷蔵庫で冷えていた。冷蔵庫を冷やしている電気は、私の名前で契約されている。あの座卓の上で、私が出していないものを探す方が難しかった。その上で、私の分だけがなかった。

「他人の分は作ってないわ」

私は義母の言葉を、口の中で繰り返した。他人。おかしなことに、その言葉を聞いた瞬間、私は楽になっていた。長い間、私は自分の立場をどう呼べばいいのか分からなかった。嫁と呼ばれ、あなたと呼ばれ、名前は一度も呼ばれなかった。その日、初めて名前がついた。他人。それなら話は簡単だ。他人は、他人の家の生活費を払わない。

私はベンチから立ち上がって、車に戻った。家まではあと一時間ある。私はその一時間で、何をどの順番でやるかを決めた。

家に着いたのは、午後二時半だった。玄関を開けると、家の中は冷えていなかった。朝、エアコンを切って出たからだ。私はまず窓を開けて、それから冷房をつけた。シャワーを浴びて、髪を乾かして、着替えた。台所で麦茶を作って、コップに氷を入れた。それから食卓に、鞄の中身を全部出した。四冊の通帳。十年分の表。二年分の検針表の束。パソコン。電卓。時計は三時十五分を指していた。

私は最初に四冊の通帳を、年の順に並べた。それから二年分の検針表を、月の順に並べた。仕事の癖だ。数字を扱う時は、まず順番に並べる。並べると、見えていなかったものが自分から出てくる。その日出てきたものは、私が思っていたより大きかった。私は使用量の表をもう一度開いた。ここ二年の水道の数字が、月ごとに並んでいる。七十一、六十八、七十四、六十九。どの月も同じくらいだ。一人暮らしの家の数字ではない。その中に、一箇所だけ落ち込んでいる月があった。前の年の八月。三十四立方。他の月の半分以下だった。

私はその月に何があったか、思い出そうとした。すぐには出てこなかった。携帯を開いて、前の年の写真を遡った。八月の終わりに、義姉が私に送ってきた画像がある。海の写真だった。堀口一家で、三泊四日の旅行に行った月だ。私は電気の表とガスの表も開いた。同じ月だけ、どちらも大きく落ちていた。ガスは他の月の四割ほどしかなかった。義姉一家が四日いなかった月だけ、義実家の水と湯と電気が半分になる。これで確かめられた。義母の家の水道とガスと電気を使っていたのは、義母一人ではなかった。毎日、義姉と洋一と裕介が来ていた。夕食を食べ、風呂に入り、洗濯物を置いていった。裕介は動画を見て、課題をやった。洋一は仕事帰りに、家を使って帰った。私が払っていた四百二十万円は、義母一人の暮らしを支える金ではなかった。四人が毎晩使う分が、そこに乗っていた。

腹を立てる前に、私は電卓を叩いていた。仕事の癖だ。数字は誰の味方もしない。義母の味方も、私の味方もしない。ただ、そこにあるだけだ。仕送りが七百八十万円。電気とガスと水道とネットが四百二十万円。合わせて千二百万円。十年で千二百万円。年にすると百二十万円。月にすると十万円。私の手取りのおよそ三割だ。

「他人の分は作ってないわ」

私は声に出して言ってみた。誰もいない台所に、その言葉はよく響いた。

「他人? そうか。私、他人なんだ」

その瞬間、私の中の何かが、音を立てずに終わった。私はパソコンを引き寄せた。最初に開いたのは、銀行のアプリだった。定額自動送金の画面を出す。受取人、長沢花江。金額、十万円。毎月二十五日。解約のボタンを押した。確認の画面が出た。

「本当に解約しますか?」

「はい」

処理が終わりましたという表示が出た。それだけだった。十年続いたものが終わるのに、指を二回動かせば済んだ。

次に電力会社のページを開いた。契約者の名前とお客様番号と住所を入れる。使用中止の申し込み。停止する日を選ぶ欄があった。翌日を選んだ。理由を書く欄はなかった。書く欄があっても、書くことはなかった。ネットの回線も、同じように解約の手続きをした。こちらは今月末で終わりになると出た。回線の停止は、翌日に反映されると書いてあった。水道とガスは、ウェブでは受け付けていなかった。電話の受付は朝九時からだ。私は携帯のカレンダーに、翌朝の予定を書いた。九時、水道。九時十分、ガス。

手続きをしながら、私は自分の気持ちを確かめていた。義母を憎んではいなかった。義姉のことも、多分憎んではいない。あの人たちは意地悪をしたのではない。私が払っていることを知らないまま、当たり前の顔で使っていただけだ。知らされていなかったのだから、当たり前の顔にもなる。知らせなかったのは夫だ。そして、知らせるのをやめ続けていたのは私だ。そこまで考えて、私はパソコンの前で手を止めた。これは仕返しではない。私が自分で作って、自分で壊さずにいた形。それをようやく元に戻すだけだ。弁護士の三田村がそう言った。自分の暮らしを元に戻すためにやってください。

私は自分の口座の残高を見た。その月の給料から、十三万五千円が出ていかない。翌月も、その次の月も、出ていかない。その数字を見ても、嬉しくはならなかった。ただ、静かだった。それから、義母の家の合鍵を、鍵置き場から外した。玄関の鍵と勝手口の鍵。どちらも十年前に義母から預かったものだ。私はそれを封筒に入れて、机の引き出しにしまった。

夫には何も相談しなかった。十年前からこの人は、いつもこう言ってきた。夫婦なんだから、どっちの金でも一緒だろと。それなら、私が決めていい。夫婦の金なら、夫婦のどちらが決めてもいいはずだ。そして、私は自分の母親の分は自分で払うという線を引くことにした。

六時を過ぎた頃、私は母に電話をかけた。

「もしもし。私」

「あら、今、大丈夫?」

「大丈夫よ。テレビ見てただけ」

私は要件を言わなかった。母も聞かなかった。天気の話をして、母の膝の調子を聞いて、翌月そっちに行くと伝えた。

「うん。待ってる」

「お母さん」

「何?」

「私の名前、美和だからね」

電話の向こうで、母が笑ったのが分かった。

「そうよ。ずっとそうよ」

それだけで電話を切った。夜の八時に、夫から電話が来た。

「おい、何やってんだよ」

「何が?」

「何がって、お前、勝手に帰っただろ。母さん怒ってるぞ」

「そう」

「明日、迎えに来い」

「明日、仕事だよ」

「じゃあ、電車で帰る」

「そう」

夫は何か言いかけて、切った。私は携帯を伏せて、麦茶を飲んだ。寝る前に、ゆかりへ短い連絡を送った。「明日から、義実家の分は払いません」。返事はすぐに来た。「何かあったら、電話して」。それだけだった。理由も聞かれなかった。聞かない人が二人いてくれたことに、私はその夜、助けられた。それから風呂に入って、十時に寝た。よく眠れた。ここ何年かで一番、よく眠れた夜だったと思う。

翌朝、八月十四日。八時に起きて、洗濯機を回して、朝ご飯を食べた。九時ちょうどに、市の水道の窓口へ電話をかけた。

「中止のお申し込みですね。ご契約者様のお名前と、お客様番号をお願いします」

私は答えた。相手は確認をして、こう言った。

「本日中の中止で、手続きいたします。立ち合いは不要です」

九時十分、ガス会社へ電話をかけた。

「中止ですね。恐れ入りますが、こちらは作業員がお伺いして元栓を閉めますので、どなたか立ち合いをお願いできますでしょうか?」

「私は行けません。家には主人の母がおります」

「ご在宅であれば、ご在宅の方でも大丈夫です。本日の午後でよろしいですか?」

「お願いします」

電話を切って、私は時計を見た。九時十五分だった。会社へ行く支度をして、家を出た。電車の中で、私は自分の手を見ていた。震えてはいなかった。昼休みに携帯を見ると、着信が四件入っていた。義母から二件、夫から二件。私は一件も出なかった。午後三時、また鳴った。今度は義姉からだった。私は電源を切って、鞄に入れた。仕事に戻った。壁紙の面積を拾って、単価をかけて、合計を出した。その日の見積もりは、一円も狂わなかった。

定時に会社を出て、駅の階段を降りたところで、私は電源を入れた。着信が十七件になっていた。留守番電話が三件。最初の一件は夫だった。

「おい、母さんちの電気が消えたって。お前、何かしたのか?」

二件目も夫だった。声が大きくなっていた。

「お前、何してくれたんだよ」

三件目は義母だった。

「あなた、これ、何なの? 水が出ないのよ。お風呂も沸かないの。あなた」

その日も、名前は呼ばれなかった。私が家に帰り着いたのは、七時前だった。玄関を開けて、電気をつけて、荷物を置いて、それから携帯を食卓に置いた。置いた瞬間、鳴った。夫だった。

「もしもし」

「お前、何したんだよ」

第一声がそれだった。

「何が?」

「何がって、母さんちの電気が止まってるんだよ。水道も出ない。ガスも消えた。そうじゃないだろう。お前だろ、これ」

「うん。私」

電話の向こうで、息を吸う音がした。

「なんでだよ」

「私の名前で契約してたから、私が止めた」

「勝手なことするなよ。母さんが困ってるだろう」

「あなたが払えばいい」

「はあ?」

「あなたのお母さんでしょ」

夫は黙った。冷蔵庫の音が聞こえるくらい、部屋が静かになった。

「お前、何言ってんだ?」

「言葉の通り。今日から、あの家の電気もガスも水道も、あなたが自分の名前で契約して、自分で払って」

「そんな金あるかよ」

「私も十年前に、同じことを言えばよかった」

夫の声が変わった。低くなった。

「昨日のことを、根に持ってんのか?」

「持ってる」

「高が飯だろ」

高が飯。その言い方に、私は初めて笑いそうになった。

「安彦、私、昨日の朝の九時から昼まで、台所にいたよ」

「知ってるよ」

「その台所のガスも、洗い物の水も、冷房の電気も、私が払ってた」

「だから、それは」

「その上で、私の分の皿だけがなかった。あなたはそれを冗談だって言った。流せって言った。大人なんだからって言ったけど。じゃあ、これも流して」

私は電話を切った。その夜、義母から三回、義姉から二回、夫から五回の着信があった。私は一件も出なかった。

あの家で何が起きていたのかは、後になって少しずつ分かった。昼過ぎに冷蔵庫の音が消えて、義母は最初、ブレーカーが落ちたと思ったらしい。分電盤の場所が分からず、義姉を呼んだ。義姉も分からず、洋一が来て、上げ下げしたが、何も戻らなかった。そのうちに、台所の蛇口から水が出なくなった。ガスの作業員が来たのは、その後だ。作業員は玄関先で名前と住所を確認して、契約者からの停止の依頼だと伝えた。

「契約者って、誰よ?」

義姉がそう聞いたそうだ。作業員は個人の名前は出さなかった。ただ、こう言った。

「ご契約者様からのご依頼です。ご在宅の方の立ち合いをお願いします」

義母は、元栓が閉まる音を玄関の内側で聞いていた。夜になって、家の中が暗くなった。八月の暑い日で、扇風機も回らなかった。義母は義姉の家に泊まったという。夫は最後まで実家に残った。夜の十一時頃、裕介からメッセージが届いた。私と裕介が直接やり取りをしたのは、その時が初めてだった。

「おばさん、すいません」

それだけの一行だった。しばらくして、もう一行来た。

「あの日のこと、俺、何も言えなくて」

私は返事を打っては消して、結局、こう送った。

「気にしないで。あなたは何も悪くないよ」

既読はすぐについた。返事は来なかった。

翌日、八月十五日の朝に、私は義母からの電話を一度だけ取った。

「もしもし。みわさん?」

初めてだった。十五年で初めて、義母が私を名前で呼んだ。

「はい」

「あのね、みわさん。昨日のことなんだけど」

声が高かった。作った声だ。

「ちょっとした冗談だったのよ。私、そんなつもりで言ったんじゃないの?」

「そうですか」

「あなたも大人なんだから。そんなことで、いちいち」

「お母さん」

「何?」

「私、他人でしたよね。あれは、他人の分は作ってないって、おっしゃいましたよね」

電話の向こうが止まった。

「言葉のあやよ」

「そうですか。私たち、家族じゃない。そういうことですよね」

「家族?」

私はその言葉を、口の中で転がしてみた。前の日は他人で、その日は家族。一日で変わるものらしい。

「お母さん、昨日、私は他人だと言われました。だから、冗談だって言ってるでしょ」

「じゃあ、これからは、本当のご家族だけで、支え合ってください。電気もガスも水道も、契約は安彦さんかお姉さんの名前でお願いします。今日から、使えるようになりますので」

「そんなこと言われても、私、そういうのは分からないのよ」

「安彦さんに頼んでください。あの人、十年間、ちゃんとしてくれてたんですよね」

義母は答えなかった。

「では、失礼します」

私は電話を切った。十分後に、義姉から電話が来た。取った。

「あんた、何考えてるの? 名前も呼ばれなかった」

「六十七の母親を困らせて、楽しいの?」

「お盆よ。仏さんが帰ってきてるのよ」

「お姉さんが助ければいいじゃないですか」

「は? なんで私が?」

「娘さんですよね」

沈黙があった。エアコンの音が、電話の向こうから聞こえた。義姉の家のエアコンだ。

「私は嫁に行った人間だって、何度も言ってるでしょ」

「私は、他人だそうなので」

「何それ?」

「昨日、お母さんにそう言われました。お姉さんも、嫌なら帰れとおっしゃいました」

「あれは、冗談でしょ」

「その冗談の相手が、電気代を払っていました」

義姉の息が止まったのが分かった。

「電気代?」

「電気とガスと水道とネットです。十年間、全部、私の名義で、私の口座から落ちていました」

「嘘でしょ?」

「お姉さんは、ご存知なかったんですか?」

返事はなかった。私は続けなかった。ここで全部言う必要はないと思った。

「では、失礼します」

昼に、ゆかりから電話が来た。

「大丈夫?」

「うん」

「今、どこ?」

「家。今日は休みだから」

「怒鳴られた?」

「怒鳴られた」

「泣いてない?」

「泣いてない」

ゆかりは黙って、それから言った。

「泣いてないなら、多分、大丈夫じゃないよ」

「どういう意味?」

「泣けないくらい、遠くまで来たってことでしょ? もう、戻れないところだよ」

私は台所の椅子に座って、窓の外を見た。近所の子供が、ベランダで水鉄砲を持っていた。

「ゆかり」

「ん?」

「私、あの家の人たちを困らせたかったわけじゃないんだよ」

「知ってる」

「でも、困ってる」

「困るよ。十年分だもん」

その日の夕方、夫が家に帰ってきた。玄関で靴を脱ぎながら、私の顔も見ずに言った。

「明日、母さんの家に行くぞ。姉貴も来る」

「行かない」

「行けよ。全部、お前が始めたことだろ」

「明日は仕事だから、行けない。明後日なら、行く」

夫は舌打ちをした。舌打ちをする人だと、私は十五年、知らずにいた。その夜、私は寝る前に一つだけ聞いた。

「安彦、一つだけ教えて」

「なんだよ」

「なんで、十年間、お母さんに本当のことを言わなかったの?」

夫は背を向けたまま、答えなかった。私はもう一度聞いた。

「言えない理由があったの?」

長い間があった。

「姉貴に、言ったんだよ」

「え?」

「もういい、寝る」

夫はそれきり黙った。姉貴に言った。私はその一言を、暗い天井の下でずっと考えていた。いつ、どんな顔で、何と言ったのか。私は聞いていない。私が入っていない場所で、また何かが決まっていた。あの葬儀の後、義姉が跡取りの弟が見るのが当たり前と言った、あの席。あの席で、夫は何と答えたのか。その二日後、私はそれを聞くことになる。

八月十七日の昼過ぎ。私は義実家へ行った。四日ぶりだった。門の前には、堀口の白い車が止まっていた。玄関を開けると、電気はついていた。夫が自分の名前で契約し直したと聞いていた。水道も戻っていた。ガスだけは、配管の作業がその日の夕方だと言っていた。座敷には、三人が座っていた。義母が上座で、その隣に義姉。向かい側に夫。座卓の上には、湯のみが三つあった。四つ目はなかった。

「座りなさいよ」

義姉が座布団を顎で示した。私は座布団の上に正座した。座敷の隅に、開けられた郵便物が積んであった。新しい契約の控えらしい紙が、一番上に乗っていた。義母は着物ではなく、普段着のブラウスだった。髪が乱れていた。四日、風呂に入れていない顔をしていた。それを見ても、私の気持ちは動かなかった。動かない自分に、自分で驚いた。

義姉が先に口を開いた。

「まず、謝ってもらおうかしら。六十七の母親を、三日も暑い家に置いて。あんた、恥ずかしくないの?」

「置いてはいません。私は、自分の契約を終わらせただけです」

「同じことでしょう?」

「違います。私が何を終わらせたのか、先にご説明します」

私は鞄からファイルを出して、座卓の上に置いた。通帳が四冊。使用量の表。二年分の検針表の束。

「見てください」

義姉が一番上の通帳を取って、開いた。義母は動かなかった。夫は湯のみを持ったまま、目を合わせなかった。

「毎月二十五日、十万円。受取人は長沢花江。振り込み人は長沢美和です。その下を見てください。電気、ガス、水道、ネット。全部、この口座から落ちています」

義姉がページをめくる音がした。

「これ、いつから?」

「十年前の八月からです」

私は表を義姉の前に置いた。

「仕送りが月三万で三年、月五万で二年、月八万で二年、月十万で三年。合わせて七百八十万円です」

義母が初めて、こちらを見た。

「電気とガスと水道とネットが、十年で四百二十万円。合計で千二百万円になります。給湯器も屋根もエアコンも、この中には入れていません。あれは家の修繕なので、数えないことにしました」

座敷が静かになった。エアコンの音だけがしていた。その電気も、四日前までは私が払っていた。

「嘘でしょ?」

義姉の声が小さくなっていた。

「嘘なら、その通帳のどこかに嘘が書いてあるはずです。探してください」

義姉は探さなかった。探してもないことは、多分分かっていた。

「安彦」

義母が息子を呼んだ。

「これ、どういうこと?」

夫は湯のみを置いた。

「だから、その。家計から出してたってことだよ」

「家計って、うちの夫婦の金だよ」

私は夫を見た。

「あなたの給料から、月に十三万五千円を十年。出せる?」

夫は答えなかった。

「答えて。お母さんが聞いてる」

「無理だよ」

「そうだよね」

私は義母の方へ向き直った。

「お母さん、この十年、お母さんの暮らしにかかったお金は、全部、私の給料から出ていました。安彦さんは、一円も出していません」

義母の口が開いた。開いたまま、しばらく閉じなかった。

「そんな。だって、あの子が毎月、ちゃんとって」

義母の目に涙が浮かんだ。

「私、聞いてなかったのよ。聞いてたら」

「五年前に、検針表を見ていらっしゃいますよね」

義母の手が止まった。

「連休の時に、台所でおっしゃいました。うちの名前じゃない名前が書いてあったって。あれは、名義を借りてるだけだって。そして、その説明を、そのまま受け取られました」

「だって、あの子がそう言ったんだもの」

「私に確かめようとは、思われませんでしたか?」

義母は答えなかった。私は責めるつもりで言ったのではない。ただ、そこを飛ばしたまま話を進めることはできなかった。知らなかったのではない。確かめなかったのだ。確かめれば、毎月の十万円が止まるかもしれないから。そこまで言葉にはしなかった。義母の顔を見れば、その人にも分かっていることだと思った。

「安彦さんは、毎月、ちゃんとやってると言い続けました。私もその電話を聞いていました。二十五日の夕方に、お母さんが、安彦ありがとうねと」

義母は膝の上で指を組んだ。組んだまま、何も言わなかった。

「私はその度に、台所で洗い物をしていました」

義母は湯のみに手を伸ばして、持ち上げずに戻した。

「もう一つ、お伝えすることがあります」

私は検針表の束を出した。二年分ある。

「お姉さん。ここ二年の、お母さんの家の水道の使用量です。二ヶ月で大体七十立方」

「だから、何よ」

「うちは、夫と二人で三十二です」

義姉が黙った。

「一人でお住まいの家が、二人の家の倍以上を使っています。ガスも電気も、同じです」

「そんなの、お母さんがお風呂を沸かすからでしょ」

「一箇所だけ、極端に少ない月があります」

私は表の一行を指した。

「去年の八月。三十四です。他の月の半分以下。お姉さんのご家族が、三泊四日で旅行に行かれた月です。海の写真を、私に送ってくださいました」

義姉の顔から、色が引いた。

「四人がいない月だけ、この家の水とガスと電気が半分になります」

「あんた、何が言いたいの?」

「毎晩、ご家族で夕飯を召し上がって、お風呂に入って、洗濯物を置いて行かれましたよね。実家に行って、何が悪いのよ」

「悪いとは言っていません。ただ、その水道代とガス代と電気代を払っていたのは、私です」

義姉は口を開けて、何か言おうとして、やめた。洋一が風呂を借りて帰る。裕介が課題をしに来る。うちで作ると、片付けが面倒だから。そのどれも、この人たちにとっては実家に甘えるという小さな話だった。小さな話を十年続けると、四百二十万円になる。

「でも、安彦がやってくれてるって、私はそう思ってたのよ」

義母が絞り出すように言った。

「それは、あの子が」

「お母さん」

私は通帳の一冊目を手に取った。

「十年前の話をしてもいいですか? この口座を作った日のことです」

私は最初のページを開いた。上の欄に、ボールペンで書いた一行がある。その日の日付と、その時言われた言葉だ。書いてから、その一行だけは一度も読み返していない。それでも、私はその文字を覚えていた。

「口座を作る前の晩、私は安彦さんに聞きました。三万を送るなら、お母さんに一言伝えた方がいいんじゃないかって。私の名前で送るんだから、私が言ってもいいのかなって」

夫の顔が動いた。

「そうしたら、この人はこう言いました」

私はページを義母の方へ向けて、置いた。座卓の上で、その一行が誰の目にも見えるようになった。

「母さんにとっては、お前はまだ他人みたいなもんだから、俺から渡した方が角が立たない」

座敷の空気が変わった。義母が紙を見た。義姉が紙を見た。二人とも、その一行から目を離さなかった。夫が慌てて、手を伸ばした。

「待てよ。そんなこと、言ってないだろう」

「言いました」

「覚えてないよ。十年前のことなんか」

「私は覚えています。その日に書いたので」

「書いたって、そんなの、後から何とでも書けるだろう」

「そうですね」

私は頷いた。

「だから、信じるかどうかは、お母さんが決めてください」

義母は夫を見た。夫は義母から、目をそらした。そらした時点で、答えは出ていた。あの時の人は、私に母への説明を任せなかった。母には、自分が渡していることにした。姉には、そう言った。そして、母から礼を受け取り続けた。その全部の出発点が、「他人」という言葉だった。

「あんた」

義姉が低い声で言った。夫に向かってだ。

「あんた、私に、何て言ったか覚えてる?」

夫が姉を見た。

「お盆の時、あんた言ったよね。母さんのことは俺がちゃんとやってるから、姉貴は気にしなくていいって。一円も出してないのに」

夫は何も言わなかった。義姉は通帳を卓に戻した。手が震えていた。

「他人」

私は言った。

「その言葉を最初に使ったのは、お母さんじゃありません。お姉さんでもありません」

私は卓を見た。夫を見た。

「この人です。十年前に」

しばらく、誰も口を開かなかった。仏壇の前の線香が、消えていた。灰の上に、白い灰が倒れたまま残っていた。四日前に私が挿した花は、まだ枯れていなかった。水だけが、減っていた。

最初に喋ったのは、義姉だった。

「私、聞いてなかったからね」

誰に向かって言ったのか、分からない言い方だった。

「私はただ、跡取りが母さんの面倒を見るのが普通でしょって言っただけよ。誰がどう出すかなんて、知らないもの」

「姉貴?」

夫が顔を上げた。

「知らないって、よく言えるな」

「何よ」

「あの日、あんたが俺に何て言ったか、覚えてないのか?」

座敷が静かになった。義母が息子と娘を、交互に見た。

「あの日って」

「父の葬式の日だよ」

夫はそう言って、湯のみの底を見た。線香を上げ終わって、みんな帰って、姉貴と俺と、台所に近い部屋にいた。夫は言った。私はその場にいなかった。私は駐車場で、親戚を見送っていた。

「姉貴が言ったんだよ。母さんの生活は、どうするのって。私は堀口に嫁いだ人間だから、長沢の跡取りが見るのが筋でしょって」

「言ったわよ。それが普通でしょ」

「その時、俺は何て答えたか、覚えてるか?」

義姉は答えなかった。夫は湯のみを置いた。

「わかったって、言ったんだよ。母さんのことは、全部、俺がやる。姉貴は心配しなくていいって。俺はあの時」

夫の声がかれた。

「姉貴に、できないって言いたくなかったんだよ」

座敷に、蝉の声が入ってきた。

「昔からそうだろう。姉貴は何でも先に決めて、俺を後から従わせるだけだった。学校のことも、親父の車のことも、この家の建て替えの時も」

「そんな、昔の話」

「俺はあの日、初めて姉貴に勝ったつもりでいたんだよ。俺が全部やるって言った時、姉貴が黙っただろ。あの顔が見たかったんだ」

「バカじゃないの?」

「バカだよ」

夫は自分でそう言った。

「バカだけど、あの時の俺には、それが一番大事だったんだよ」

私は口を挟まなかった。挟む必要がなかった。十年前、この人は姉に向かって啖呵を切った。その代金は、この人が一円も払っていない。翌月から払い始めたのは、私だ。

「じゃあ、私に言えばよかったじゃない」

私はそう言った。

「三万を私に頼んだ日、あなたはこう言ったよね。母さん一人になったから、少し出せないかって。姉に約束したからとは、一言も言わなかった」

「言えるかよ、そんなこと。言えば、お前」

「私が断ったと思う?」

夫が私を見た。

「断らなかったよ。お父さんに世話になったから、私は出したと思う。三万なら、出した。じゃあ、それは私が決めたことになる。あなたが姉に見えを張るために出すお金じゃなくて、私がお父さんの奥さんのために出すお金になる」

私は言葉を選びながら話した。

「同じ三万でも、その二つは、全然違う」

夫は何も言わなかった。義母は口を半分開けたまま、その会話を聞いていた。

「じゃあ、あなた」

義母が言った。

「私にお金をくれてたのは、あなただったの」

十五年間で何度も聞いた、名前ではない呼び方だった。「あなた」。今度は、意味が違って聞こえた。

「そうです。毎月二十五日に」

「はい」

「私は十年間、あなたにありがとうって」

私は答えなかった。答えるべき言葉が見つからなかった。

「私が悪いの?」

義母は、誰にともなく言った。

「私は聞いただけよ。息子がやってるって言うから、そうなんだと思っただけで」

「お母さん」

私は膝の上で手を重ねた。

「五年前、あの紙を持って安彦さんに聞いた時、もう一つだけ聞くことができました。みわさんに確かめてもいいですかって」

義母は目を伏せた。

「聞かれていたら、私は全部、お話しました」

義母は畳の縁を見ていた。返事はなかった。聞かれませんでした。それだけだ。私は以上、言わなかった。最初から私を落とし入れようと企んでいた人はいなかった。夫は姉に見えを張って、母に嘘をつき、妻には夫婦の金だと言った。義母は紙を見て、息子の説明を受け取って、それ以上は確かめなかった。義姉は自分が言い出したことの中身を、一度も数えなかった。三人とも、自分の分だけは正しかった。三人の正しさを足すと、十年で千二百万円になった。悪人が一人もいないことが、その日、私には一番救いがなかった。悪人がいたなら、その人と戦えばいい。誰もいないなら、私は何と戦っていたのか。

義姉が急に立ち上がって、台所へ行った。水を注ぐ音がした。戻ってきた時、コップは一つだけだった。自分の分だ。

「うちの家族の話だけど」

義姉は座りながら言った。

「毎晩来てたのは、事実よ。でも、それは母さんが来いって言ったからよ」

「そうです。私もそう思います」

義姉が私を見た。

「お母さんは、お姉さんのご家族が来るのを楽しみにしていました。孫が来て、娘が来て、賑やかになるのが嬉しかったんだと思います。だから、それをやめろとは言いません。これからは、その分を出す人がいなくなるだけです」

義姉が口を閉じた。

「お姉さん、今月から、お母さんの家の電気とガスと水道は、安彦さんの名前です。毎晩、ご家族で使われる分も、そこに乗ります。安彦さんが全部払うってこと。安彦さんとお姉さんで、話し合ってください。私は口を出しません」

義姉は返事をしなかった。その代わりに、義母の方を見た。

「お母さん、うち、毎日は行けないかも」

義母の顔が動いた。それが、この日一番分かりやすい表情だった。お金の話をされた時より、電気が止まった時より。娘が毎日来なくなるかもしれないと言われた時の方が、義母は動揺した顔をしていた。

「いく子、だって、電気代とかガス代とか、そういうこと言われたら、気にするでしょ」

「そんなの、気にしなくていいのよ」

「気にするわよ。今まで、聞いてなかったんだから」

聞いてなかったと、義姉はまた言った。私はそこに触れなかった。触れなくても、この人はこれからずっと、自分でその言葉を思い出すことになる。

「これから、どうするのよ?」

義姉が言った。声から、とげが消えていた。

「私はもう払いません」

「じゃあ、お母さんはどうなるの?」

「実のお子さんが、二人いらっしゃいます。お姉さんも、安彦さんも」

義姉が息を吸った。

「弁護士さんに聞きました。義理の親を養う義務は、嫁にはありません。実のお子さんには、あります。お二人ともです」

「私は嫁に行って」

「嫁に行っても、実の娘であることは、変わらないそうです」

義姉は何も返さなかった。私は通帳と表と検針表をファイルに戻して、鞄に入れた。荷物をまとめて、座敷の隅に置いた封筒を、座卓の上に置いた。

「合鍵です。玄関と勝手口の二本。十年前にお預かりしたものを、お返しします」

義母は封筒を見たが、手は伸ばさなかった。代わりに、義姉が引き寄せて、中身を確かめずに膝の上に置いた。

「あなた」

義母が呼んだ。

「ご飯、食べていかない?」

私は立ち上がりかけた膝を止めた。四日前、この座敷には五人分の皿があった。私の分だけがなかった。今、この座敷には湯のみが三つある。私の分はない。四日経っても、この家は同じ形をしていた。

「いえ」

私は言った。

「他人ですから」

座敷を出る時、義母が私の名前を呼んだ。

「みわさん」

「はい」

「お父さんが生きてたら、何て言ったかしらね」

私は廊下で足を止めた。義父の顔が浮かんだ。台所の入り口から顔を出して、缶ビールを握らせてくれた人だ。「うちの女は座ってばっかりでな」と笑った人だ。

「分かりません」

私はそう答えた。本当は分かる気がした。あの人なら、二社から見積もりを取って、金額を自分で確かめて、その上で自分の財布から出した。そういう人だった。それを今、この座敷で言う意味はなかった。

玄関で靴を履いていると、夫が出てきた。

「なあ」

「何?」

「これから、どうするんだよ? 俺たちのこと」

私はサンダルの踵を直しながら、答えた。

「今日は、帰る」

「そうじゃなくて」

「話は、家でする」

引き戸を開けた。夕方に近い光が入ってきた。ガスの作業員の車が、門の前に止まるところだった。私は車に乗って、エンジンをかけた。バックミラーに、玄関に立つ夫が映った。誰も追いかけては来なかった。四日前と同じだ。高速に乗るまでの二十分。私は今度は、泣いた。悲しかったからではない。長いこと誰にも見せずに持っていたものが、ようやく全部出たからだと思う。サービスエリアには寄らなかった。まっすぐ、家に帰った。

八月の終わりに、義実家から電話が来た。義母ではなく、長沢肖像からだった。

「みわさんか。肖像です」

「ご無沙汰しています。腰の具合はいかがですか?」

「まあ、騙し騙しだ」

肖像は前置きをしなかった。

「なあ、あんたの分の飯が出なかったそうだね」

私は受話器を持ち直した。

「はい」

「電気が止まったとも聞いた」

「私が止めました」

「そうかい」

肖像は黙って、それから言った。

「今度の日曜、花江さんの家に行く。あんたも来られるか?」

「伺います」

「悪いね。年寄りが出しゃばるのも、あれかもしれんが。亡くなった弟の家のことだからな」

その日曜、私は義実家へ行った。今度は夫と一緒ではなかった。夫は前の晩から実家に泊まっていた。座敷には、肖像が座っていた。上座ではなく、どの席にも偏らない位置だった。義母がその向かい。義姉と洋一と裕介が、並んでいた。夫は隅にいた。座卓には、湯のみが七つあった。肖像、義母、義姉、洋一、裕介、夫、そして私。私の分もあった。誰が用意したのかは、聞かなかった。ただ、四日前と数が違うことだけは、部屋に入った瞬間に分かった。

「座りなさい」

肖像が言った。私は座布団に座った。義母は、私と目を合わせなかった。

「花江さん」

肖像が口を開いた。

「盆に何があったのか、あんたの口から話してくれるかい?」

義母は膝の上で、指を組んだ。

「料理が、その。足りなくて」

「足りなかったのか」

「はい。みわさんの分だけ」

「かね」

義母が黙った。裕介が身じろぎをした。その音が座敷に響くくらい、静かだった。

「じゃあ、わしから言おう」

肖像は湯のみを両手で持った。

「花江さん、あんたはこう言ったそうだね。他人の分は作ってないと」

義母の肩が、下がった。

「いく子ちゃんは、嫌なら帰れと言ったそうだ」

義姉が、下を向いた。

「安彦は、冗談だから流せと言ったそうだ」

夫は何も言わなかった。肖像は湯のみを置いた。

「その他人が、十年間、この家の電気とガスと水道を払っていた。それから、毎月の金もな」

「お兄さん、それは」

花江さん、と肖像の声は大きくなかった。ただ、低かった。

「あんた、いくらだったか知ってるか?」

義母は答えられなかった。

「千二百万円だそうだ」

座敷の空気が動いた。義姉が顔を上げて、また下を向いた。

「わしは、この家の兄だ。ひさおが死んだ後、月に一度は電話をしてきた。花江さんはいつも、安彦がやってくれてるから大丈夫だと言った。わしはそれを聞いて、いい息子を持ったと思っていた」

肖像は夫の方を見た。

「安彦、お前、わしにも嘘をついていたことになる」

夫が畳に手をついた。

「すみません」

「わしに謝る話じゃない」

その一言で、夫は何も言えなくなった。その時、裕介が口を開いた。

「あの」

全員が、見た。二十歳の子が、大人ばかりの座敷で声を出すのは、勇気がいる。

「俺、前に母さんに聞いたことがあるんです」

「裕介」

義姉が遮った。裕介は続けた。

「ばあちゃんちの電気の紙、おばさんの名前だねって。俺が見つけて、母さんに見せました」

座敷が静まった。

「母さんは、名義だけだからって言いました。だから、俺もそういうもんかと思ってて」

「裕介、やめなさい」

「でも、母さん、その時言ったよ。うちが払ってるわけじゃないんだから、いいのよって」

義姉は、何も言わなかった。私も、何も言わなかった。言うことは、もうなかった。肖像が、長い息を吐いた。

「いく子ちゃん」

「はい」

「あんた、知ってたのか?」

「知ってたっていうか。その。名義だけだと思ってたし」

「思っていたと、聞いていないは、違うぞ」

義姉は答えなかった。

「わしはな」

肖像は座卓の木目を見ていた。

「ひさおが生きてたら、この家の恥だと言っただろうと思う」

義姉が、その言葉で顔を上げた。

「あの男は、人に借りを作らせるのが嫌いだった。人に払わせるのは、もっと嫌いだった」

肖像は私の方を向いた。

「みわさん、長いこと、悪かったね」

私は首を横に振った。

「わしらは、あんたが黙って払ってくれるのは当たり前だと思って、十年過ごした。それは、この家の全員の落ち度だ。わしも含めてな」

「そんな」

「いいんだ」

肖像はそう言って、義母の方を向いた。

「花江さん。詫びるなら、今しかないぞ」

義母はしばらく動かなかった。それから、両手を畳について、頭を下げた。

「みわさん。ごめんなさい」

私はその姿を見ていた。嬉しくはなかった。すっきりしたわけでもなかった。ただ、十年かかったなと思った。

「お母さん」

私は言った。

「頭を上げてください」

義母が顔を上げた。目が赤かった。

「私は、お母さんを恨んでいません。恨むほど、お母さんと話したことがありませんでした」

義母の口が動いた。声にはならなかった。

「これからは、本当のご家族だけで、支え合ってください。それが、私がその座敷で言った最後の言葉でした」

帰りは、玄関で裕介が追いかけてきた。

「おばさん」

私は振り返った。

「ありがとうございます。さっき、よく言えたね」

「いえ」

裕介は靴の先を見ていた。

「俺、あの家でずっと飯食ってました。風呂も入ってました」

「うん」

「それ、おばさんが払ってたんですよね」

「そうだね」

「すいませんでした」

「裕介君が謝ることじゃないよ」

私は本気でそう言った。

「あなたは、おばあちゃんの家に行っただけだから」

裕介はもう一度だけ、こちらを見て、走って戻っていった。

九月は、静かだった。毎月二十五日に、私の口座から何も出ていかなかった。十年ぶりのことだった。最初の二十五日は、落ち着かなかった。夕方になると、携帯を見た。義母からの電話は来なかった。夫の携帯にも、来なかったらしい。その月、私は美容院へ行った。二年ぶりだった。靴も買った。会社の帰りに、一人で天ぷらを食べた。自分で揚げない天ぷらを食べたのは、いつ以来か思い出せなかった。

義実家のことは、夫から断片的に聞いた。義母は市役所の窓口へ行って、年金の相談をしたという。義姉が付き添った。役所の人に言われて、通販の定期便を三つ、解約したそうだ。仏壇の花は、月に二回になった。義姉の家族は、週に二回だけ実家へ行くことにしたと聞いた。洋一が風呂を借りることはなくなった。裕介は、自分の家で課題をするようになった。それを聞いても、私は何も思わなかった。当たり前のことが、当たり前に戻っただけだ。

十月に入って、夫が言った。その日は雨で、夫は仕事から帰ってきて、濡れた鞄を玄関に置いたまま、リビングに入ってきた。

「なあ」

「何?」

「毎月十万なんて、無理だよ」

私はテーブルで見積もりの資料を見ていた。顔を上げた。

「そう」

「そうって、お前」

夫は椅子に座った。

「電気もガスも水道も、俺の名義になっただろ。それ、全部で月に十四万近いんだぞ。俺の手取り、いくらだと思ってるんだよ」

「知ってる」

私は答えた。

「十五年、あなたの給料を管理してきたから」

「じゃあ、分かるだろ。無理なんだよ」

「うん。無理だと思う」

「だったら」

「だから、私が十年やってた」

夫の口が止まった。

「俺だって、生活があるんだぞ」

「私も、十年間、生活があったよ」

夫は何も返せなかった。

「安彦とは、話した?」

「話したよ。姉貴は、月に二万が限界だって」

「二万? うちの人に言えないって」

「そう」

私は資料を閉じた。

「じゃあ、二人で決めて」

「元に戻せばいいだろう」

夫が声を上げた。

「母さんも姉貴も、反省してる。姉貴なんか、あれから母さんの家に行くたびに、気にしてるんだ。お前が戻ってくれれば、全部、元通りになる」

私は夫を見た。

「戻らない」

「なんでだよ。飯が出なかったのは、謝っただろ。母さんも、土下座みたいなことまでして」

「食事がなかったからじゃない」

私は言った。

「あなたが、一度も私の味方をしなかったからよ」

夫の顔が、固まった。

「十五年で、一度もない。台所に立っている私に、お姉さんも手伝えばって言ったこと、一度もないよね。お母さんに、これは美和が出しているんだって言ったこと、一度もない。お盆に私の皿がなかった時、あなたが言ったのは、流せだった」

夫は何も言わなかった。

「私のお金で親を養って、感謝だけは自分が受け取ってた。ずっと、そうだった」

その言葉に、夫は反論しなかった。できなかったのだと思う。私は立ち上がって、棚から封筒を出した。中には、私が三日前に取り寄せた書類が入っている。

「離婚したい」

夫は封筒を見た。それから、私を見た。

「本気か?」

「本気」

「母さんとは、距離を置く。仕送りも、もういい。それでもか?」

「うん」

「なんでだよ。お母さんだけが理由じゃないから」

私は封筒をテーブルに置いた。

「あなたと一緒にいることに、疲れたの」

雨の音がした。夫は封筒に手を伸ばさなかった。私も、その日はそれ以上、何も言わなかった。その夜、夫は久しぶりに自分で風呂を沸かした。翌朝、洗濯機の使い方を私に聞いてきた。

「柔軟剤って、どこに入れるんだ?」

私は入れる場所を教えた。それだけ教えて、後は何も言わなかった。十五年。この人は、この家の洗濯機の柔軟剤の注入口を、覚えずに住んでいた。知らないままで住んでいたのは、知っている人間が毎日入れていたからだ。それは、義母の家の電気代と、全く同じ話だった。

協議離婚が成立したのは、翌年の三月だった。役所の窓口に書類を出して、五分で終わった。私は旧姓に戻した。今井美和。十五年ぶりに、自分の名前が全部揃った。マンションは、夫が住み続けることになった。残りのローンは、夫が払う。私は会社まで電車で二十分のところに、部屋を借りた。日当たりだけで決めた部屋だ。三月の終わりに、引っ越しをした。運び出す荷物は、少なかった。この何年か、自分のものをほとんど買っていなかったからだ。

新しい部屋に最初に置いたのは、四冊の通帳だった。捨てるつもりでいたのに、手が止まった。表紙には、十年前の私の字で「長沢の家」と書いてある。私はその通帳を、押入れの奥の箱に入れた。見返すことは、多分ない。それでも、あれは私が十年間働いた記録だ。

義母は、年金の範囲で暮らしている。デパートの地下で総菜を買う習慣は、やめたそうだ。通販の定期便は、全部やめた。仏壇の花は、月に一度になった。義姉は、実の娘として毎月の負担を求められるようになった。最初は二万円だったが、電気とガスと水道を合わせると足りず、夫から増やしてほしいと言われたらしい。

「毎月、そんなに出せない」

義姉はそう言ったという。今度は、姉と弟でどちらがいくら出すかを、押し付け合っている。その話を私に伝えてきたのは、裕介だった。年に何度か、短いメッセージが来る。夫は、月に十万円を自分の給料から払っている。家事も、自分でやることになった。洗濯機の使い方が分からず、裕介に聞いたそうだ。一度だけ、離婚してから電話が来た。

「はあ。お前、こんなにやってたのか」

それだけの要件だった。私は「そうだよ」と答えて、切った。戻るつもりはない。

夫の職場のことも、裕介から聞いた。

「おじさん、最近、やってるらしいっすよ。母さんが言ってました」

「そう」

「母さんも、ばあちゃんちに行くのが、しんどいって言ってます」

「そうだね」

私は、それ以上は聞かなかった。あの家の人たちが、これからどうなるかは、あの家の人たちが決めることだ。私はもう、その家の回避を払っていない。

仕事は続けている。転職も開業もしていない。同じ会社で、同じように壁紙の面積を拾って、単価をかけて、合計を出している。私には、この仕事が合っている。ゆかりとは、月に一度は飲みに行く。

「二年前の、みわさん。今より、実に生き生きして見えたよ」

「言ってよ。そういうのは、言ったら止まらなかったでしょ」

その通りだった。

「ねえ、あれから、一回でも後悔した?」

「してない」

「即答だね」

一回だけ、思い出したことはある。

「何?」

「お父さんの顔」

ゆかりはグラスを置いて、私の話を最後まで聞いた。缶ビールを一本、私の手に握らせてくれた人のこと。「うちの女は座ってばっかりでな」と笑った人のこと。その人にだけは、ちゃんとお別れを言いたかった。

「言えばいいじゃん。お墓、行ける?」

「行けるかどうかは、分からない。あの墓は、長沢の家の墓で。私はもう、長沢ではない」

「それでも、いつか、行こうと思っている」

八月になった。お盆の前に、携帯が鳴った。私は少し待ってから、取った。義母だった。

「みわさん? お久しぶりね」

「はい」

「あのね。今年のお盆、顔だけでも出さない?」

私は窓の外を見た。ベランダに干した洗濯物が、揺れていた。

「どうしてですか?」

「どうしてって。だって、家族でしょ?」

一年経っても、この人はそう言うのだと思った。

「お母さん」

私は言った。もう義理の娘ではないけれど、他の呼び方が思いつかなかった。

「私は、他人ですから。今年は、本当のご家族だけで、楽しんでください」

電話の向こうが、黙った。

「みわさん」

「お元気で」

私は電話を切った。それから、かかってこなかった。

その週末、私は隣の県の実家へ行った。母は、そうめんを茹でていた。冷たい麦茶を出して、扇風機の首を私の方へ向けた。

「痩せた?」

「太った」

「そう見える?」

母は笑って、二人分のそうめんを同じ量、持った。今度は、自分の分を少なくしなかった。

「お母さん」

「何?」

「今年、私の分もあるね」

母はきょとんとした顔をした。それから、何も聞かずに頷いた。

「当たり前でしょ? 二人しかいないんだから」

私はめんつゆをかけて、そうめんを食べた。あの日、あの座敷で、私の食事だけはありませんでした。でも、あの家を出たことで、私はようやく自分の人生を取り戻せました。今年の夏は、母と二人で、二人分の食卓を囲んでいる。来年も、そうしていたいと思っている。

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