お見合い相手は、私が差し出した和菓子を見るなり、皿ごとひっくり返した。
「何よ、この安っぽい和菓子は。こういう時はもっと一流のものを用意するべきでしょう」
私の作った和菓子が、畳の上にぐちゃぐちゃに散らばった。呆然とする私を尻目に、彼女は「下町の和菓子職人なんて、真っ平ごめんよ。時間の無駄だったわ」と吐き捨て、両親を連れて部屋を出て行った。
俺の名前は川原勇気。実家は小さな和菓子屋で、俺はそこで和菓子職人として働いている。母は俺が7歳の時に病気で亡くなった。それから父が一人で店を経営しながら俺を育ててくれた。そんな父の背中を見て育った俺は、和菓子職人になることを決め、店を手伝いながら夜間の製菓学校に通った。学費のために奨学金を借りて、なんとか卒業し、今は父と二人で店を切り盛りしている。
店を盛り上げるために、新作を開発したり、SNSで和菓子を発信したり、ネット通販も始めた。その甲斐あって、今では店も順調だ。「今日も完売したよ」と父に報告すると、父は嬉しそうに「ああ、店が繁盛しているのは勇気のおかげだよ」と微笑んでくれた。
そんなある日、常連客の後藤さんから声をかけられた。
「勇気君、お疲れ様。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「今、付き合ってる人はいる? いないなら、お見合いなんてどうかな?」
俺には恋人はいなかったが、今は店に集中したいし、結婚する気もなかった。しかし、よく店に来てくれて、お世話になっている後藤さんに頭を下げられると断りづらい。「お断りしても構わないから、会うだけでもだめかな」と言われ、俺はお見合いを了承した。
お見合い当日、相手を待たせては失礼だろうと、都心の高級料亭に15分前に到着した。しかし、肝心のお見合い相手は時間になっても現れず、約束の時間から10分ほど遅れて、やっと相手とその両親が来た。
相手の名前は上田八重子さん。大手お菓子メーカーに勤めるエリート一家の娘だそうだ。シンプルなワンピース姿だったが、高級品だと分かる質感だった。
「少し遅れてしまってすみませんね」とお母さんが謝ってきた。会話は最初、今日の天気など穏やかに始まったが、八重子さんの経歴を尋ねたところから、両親の娘自慢が始まってしまった。
「娘は幼稚園から大学までエスカレーター式の学校を卒業しているんですよ。成績もいい子で、表彰されたこともあるんです」
「そうなんですか。とても優秀な方なんですね」
さらに自慢は続く。「娘には常に一流のものを食べさせてきた。芸術品も本物のみを見せてきたんです。娘は本物が分かる子なんですよ」
そして、自分たちの家柄自慢まで始めた。「上田家の人間は、ほとんどが大企業の役員です。私の父は大手企業の社長で、私もその会社の役員をしています」
長時間の自慢話に俺も父も「すごいですね」と応じるのに疲れてきた頃、黙って聞いていた八重子さんが口を開いた。
「勇気さんは、どのようなお仕事をされているんですか?」
事前にプロフィールは渡してあるはずなのに、彼女は確認していなかったのかもしれない。「和菓子職人をしております」と答えると、三人の表情が一瞬で曇った。
俺は自分の仕事に誇りを持っている。だから、三人の反応を気にしながらも、これまでの経歴を話した。
「私の実家は小さな和菓子屋を経営していまして、7歳の頃に母を亡くしてからは、父に男手一つで育ててもらいました」
「ああ、男手一つでですか?」と八重子さんが相槌を打ってきたが、その口調には哀れみやねぎらいではなく、どちらかと言えば嘲りに近いようなものを感じた。
「俺は和菓子職人として父と店を切り盛りしています。最近はSNSで宣伝したり、ネット通販も始めたんですよ」
俺の話が終わっても、三人は険しい顔のままだった。理由が分からなかったが、段取り通り進めようと、事前に渡しておいた俺の手作りの和菓子をスタッフに持って来させた。
真っ白な花形の和菓子が、三人の前に出される。
「どうぞ、召し上がってください」
すると八重子さんは、目の前の和菓子を軽蔑したように見つめ、ぽつりと呟いた。
「何よ、これ?」
「え、私が作った和菓子ですが」
すると突然、彼女は俺を睨みつけて声を張り上げた。
「何よ、この安っぽい和菓子は。こういう時はもっと一流のものを用意するべきでしょう。非常識にも程があるわ。私の目をごまかせると思わないで」
そのまま、怒りのままに皿をひっくり返した。せっかく作った和菓子がぐちゃぐちゃになってしまう。
「お世辞にも、下町の和菓子職人なんて、真っ平ごめんよ。時間の無駄だったわ」
八重子さんは鼻を鳴らし、踵を返して部屋を出て行った。彼女の両親も、肩を怒らせて後に続いた。
部屋に俺と父だけが残されると、急に悔しさが込み上げてきた。和菓子を全否定された怒りと悲しみで、顔を俯かせて拳を握りしめるしかなかった。
翌日、後藤さんにお見合いの結果を報告しなければと電話をかけた。
「もしもし。勇気君、昨日のお見合いはどうだった?」
俺は自分の口から言うのも辛かったが、詳細を話した。
「それは本当か?」と後藤さんは驚いた声で言った。「上田側の仲介者から聞いていた話と違うんだけどなあ」
「勇気君に不快な思いをさせて申し訳ない」と、後藤さんは本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。
「後藤さんが謝ることはありません。いつもお世話になっていますから」
「とは言っても、仲介したのは私だからね。お詫びと言っては何だが、またお店に行くよ。お父さんと勇気君の和菓子を食べさせて欲しいんだ」
電話を切ったあと、俺は思った。たとえあんな風に見下されても、和菓子作りをやめる気はない。お客様に美味しい和菓子を食べてもらいたいから、これからも仕事を頑張ろう、と。
それから数日後、店の電話が鳴った。出てみると、電話をかけてきたのは八重子さんだった。
「あんたのせいで、私、地方の下請け工場に左遷されたんだけど、どうしてくれるのよ!」
彼女は電話口で怒鳴った。
「あんたのせいで私の人生終了よ! お父さんとお母さんに左遷されたって伝えたら、ものすごく怒られて失望されたのよ! あんたのせいよ!」
お見合いで娘自慢やエリート一家自慢をしていた親だ。娘が左遷されたことで、プライドが傷ついたのだろう。
「いつまで無言なのよ。なんとか言いなさいよ!」
「私はお見合いの仲介をしてくれた方に、結果を報告しただけですよ。それぐらい当然のことですよね」
「誰なのよ、その仲介って。そいつが何かしたんだわ!」
八重子さんに、後藤さんを「そいつ」呼ばわりされ、俺はむっとした。失礼極まりない彼女を黙らせるべく、はっきりとした口調で伝えた。
「私の仲介者は、全国和菓子協会会長の後藤さんです」
お菓子メーカーに勤める八重子さんなら、和菓子協会会長の名前も知っていることだろう。和菓子だけでなく、お菓子業界全体に強い影響力を持つ人だ。
「はあ? な、なんで後藤会長とあんたが知り合いなのよ」
慌てふためく様子が、声の震えから伝わってきた。
「後藤さんはうちの常連のお客様なんです。大変お世話になっている方なんですよね」
八重子さんは絶句したようで、黙ったままだった。俺はさらに言葉を重ねる。
「あ、それと以前から、八重子さんが勤めているお菓子メーカーからコラボの打診をいただいていましてね。だけど、こちらは父と二人で手作りにこだわっていて、お断りしていたんです。それなのに、何度も何度もお誘いをいただいていましてね」
「そ、そんな話、聞いたことないわよ!」
「あなたが知らないだけじゃないですか?」
俺は彼女の言葉に冷静に返した。しかし、八重子さんはさらに怒鳴り散らす。
「そもそも、あんたの安っぽい和菓子とうちがコラボするわけないでしょ!」
彼女は未だに俺の手作りの和菓子を馬鹿にしている。だから俺は、彼女が知らない事実を最後に話すことにした。
「お見合いであなたにバカにされた和菓子ですけど、あの和菓子は賞を受賞した『雪の花』という商品なんですよ」
「え、雪の花って?」
「現在、3年待ちの大人気商品なんです。『本物が分かる』なんて自慢されてましたが、全くの出鱈目なようですね」
「あの和菓子が、そんなことあるはずないわ! 待って、今調べてみるから」
電話の向こうから、キーボードを叩く音が聞こえてきた。しばらくすると、彼女は小さな声で呟いた。
「嘘、だったわよ… 」
自分は一流のものが分かるという自負があるからこそ、俺の一流の和菓子を「安っぽい」と言ってしまった自分自身に落胆したのだろう。溜飲が下がる思いだった。
「八重子さん、気持ちを切り替えて地方の下請け工場で頑張ってください。応援していますから」
「うるさい! あんたに励まされたくないわ!」
彼女はそう吐き捨てて、電話を切った。
それから一ヶ月ほど経ったある日、店に後藤さんが来店した。
「この前のお見合いは申し訳なかったね。でも勇気君、もう一度お見合いをする気はない?」
何かと思えば、またお見合いの話だった。
「この前のようなことはないよ。今回のお見合い相手は私もよく知ってる子なんだ。性格も穏やかでいい子だよ。和菓子が大好きな子だから、前のようなことは決してないと思うんだ」
きっと後藤さんは、前回のことで責任を感じているのだろう。そう考えると、無下にはできなかった。
「はい。お受けいたします」
お見合い当日、前回と同じように父と二人で席に着いた。出会った女性は、穏やかで清楚な人だった。お見合いの席で俺の手作りの和菓子を出すと、
「わあ、美味しそう! いいですか? いただいても」
と目を輝かせてくれた。その表情を見て、俺は嬉しくなった。彼女の両親も、美味しそうに和菓子を食べてくれた。
何度も会ううちに、彼女が本当にいい人だということが分かってきた。彼女は俺の作った和菓子をいつも美味しそうに食べてくれる。そして、父が肩を揉んでいると、「肩こりですか? マッサージしましょうか」と気遣ってくれる優しい女性だった。
それから1年ほど付き合い、俺からプロポーズして結婚した。仲介をしてくれた後藤さんにも、彼女と一緒に挨拶に行った。後藤さんは一瞬目を丸くしていたが、すぐに笑顔になった。
「そうか。結婚おめでとう。末長く幸せに」
後藤さんのおかげで彼女と出会えた。俺はこれからも、父や彼女と過ごす温かい日常の中で、この小さな和菓子屋で和菓子職人を続けていく。俺の和菓子を待ってくれている人々のために、これからもずっと、心を込めて作り続けようと決意していた。



