「雑用係には今の給料だってもったいない。あいつを辞めさせるまで無視は徹底するぞ」――会社を黒字に転換させた張本人の私が、社長一家の偶然漏れ聞いた会話で、彼らが私を排除する計画を企んでいたことを知った。3ヶ月間、新規契約を次々と獲得し、工場の効率化まで成し遂げたのに、彼らは私の手柄を横取りし、自ら辞めるよう追い詰めようとしていた。その瞬間、私は決意した。彼らが私にしたことを、そのまま思い知らせ…

「雑用係には今の給料だってもったいない。あいつを辞めさせるまで無視は徹底するぞ」――会社を黒字に転換させた張本人の私が、社長一家の偶然漏れ聞いた会話で、彼らが私を排除する計画を企んでいたことを知った。3ヶ月間、新規契約を次々と獲得し、工場の効率化まで成し遂げたのに、彼らは私の手柄を横取りし、自ら辞めるよう追い詰めようとしていた。その瞬間、私は決意した。彼らが私にしたことを、そのまま思い知らせ...

印刷会社に転職した初日、社長の態度が面接時とはまるで変わっていた。

「前の会社で偉そうにしてたかもしれんが、ここでは新人だからな」

冷たく威圧的な口調。妻のみよ子は嫌みを言い、息子の大輔は露骨にため息をつく。俺は稲村、35歳。大手印刷会社で営業として10年以上働いてきた。母の介護のため故郷に戻り、この町で唯一の印刷会社に転職したのだ。

面接では社長の鍛原が「渡りに船だ」と笑顔で迎えてくれたが、それは見せかけだった。給与は前職より大幅に下がったが、母のことを考えると選択肢はなかった。

入社してすぐ、新規契約を月に10件取れと言われた。到底無理な要求だ。さらにトイレ掃除や工場の清掃まで押し付けられた。大輔は仕事もせずパチンコ雑誌を読んでいる。

「今村、今日の昼飯買ってこい」

当然のように命令される。工場の作業員たちも誰も声をかけてこない。皆、鍛原一家の顔色を窺っている。

ある日、事務所で書類を整理していると、偶然決算書類を見つけてしまった。借金は数千万を超え、毎月の赤字も深刻な状況だった。

「何やってるのよ」

みよ子が鋭い声で睨む。

それでも俺は持ち前の営業力で新規開拓に取り組んだ。地元の病院や市役所、商工会議所を回り、少しずつ契約を獲得していく。結果を持ち帰っても、鍛原一家の態度は冷たいままだった。

それでも母の医療費と介護費用のことを考えると、簡単に辞めるわけにはいかない。歯を食いしばって耐えた。

約3ヶ月の努力の末、会社は完全に黒字転換を達成した。月の売上は以前の3倍近くまで伸びた。俺は営業だけでなく、工場の効率化にも着手した。作業工程を分析し無駄を削減し、品質管理の仕組みを構築した。納期遅れはゼロになり、クレームも激減した。鍛原一家は売上が上がったことしか見ておらず、俺の努力には全く気づいていない。

ある日、出社するとなぜか鍛原一家の俺への態度がさらに悪化していた。挨拶しても無視される。みよ子は完全に俺を透明人間扱いだ。会社を立て直したのは明らかに俺なのに、この仕打ちはあまりに理不尽だった。

昼休み、俺は一人で弁当を食べながらこの異常な状況について考えた。すると偶然、社長室から鍛原とみよ子の会話が聞こえてきた。

「稲村の調子はどうだ? 」
「完全に参ってるわ。この調子なら近いうちに辞めるでしょう」
「大手印刷会社からうちを子会社化する話が来てるが、稲村を営業部長に昇格させることが条件だったからな。そんな条件飲めるわけがない」
「子会社化されれば経営は安定するし、株式売却で大金も入る。だが稲村を昇進させて給料も上げるなんて真っ平だ。雑用係には今の給料だってもったいない」
「あいつを辞めさせるまで無視は徹底するぞ。大手には、あいつの実績は我々の指導があったからだと説明すればいい」

俺は言葉を失った。俺を営業部長にするという条件を提示されていながら、鍛原一家は俺を切り捨てて利益を独占しようとしている。俺が昇格しても、十分すぎるほど金が入るはずなのに。彼らは俺を今の安い給料でこき使いたくて、それができないなら自ら辞めるよう追い詰めるつもりだったのだ。

呆れを通り越して笑いが浮かんできた。同時に、復讐方法が湧き上がってきた。

その日の午後、俺は鍛原に退職を告げた。

「お世話になりました。この会社を辞めさせていただきます」

鍛原は驚いた表情を浮かべるが、その目の奥にほっとした様子が見える。みよ子も同様で、内心では思惑通りだと安心しているのが見て取れる。

「稲村さん、そんな急に……」

鍛原が一応引き止めるふりをするが、その声には全く説得力がない。

「もう決めたことです」

俺は笑いをこらえたまま会社を後にした。

翌日から、俺は自分が担当していた主要な取引先を回り、退職することを正直に報告した。

最初に訪れた地元の総合病院では、事務が俺の話を聞くなり困った表情を浮かべた。

「稲村さんがいなくなるなら、隣町の印刷会社に変更します。あなたの細やかな対応があってこその取引でした。他の方では信頼できません」

即座に取引停止を申し出てくれた。市役所でも同様の反応だった。

「稲村さん以外の人では安心してお任せできません。別の印刷会社に依頼し直します」

主要取引先を失った鍛原一家の会社は、途端に経営に行き詰まるだろう。

そして俺にはもう一つやるべきことがあった。子会社化を打診してきた大手印刷会社の日田取締役に直接会いに行くことだ。

実は1週間前、俺は会社の安定した受注を確保するため、日田の会社に下請け契約をお願いしに行っていた。大手の下につけば、安定して仕事を受注できると考えたからだ。

初回の打ち合わせで、日田は俺の営業資料に目を通しながら感心した様子を見せた。

「なるほど。御社の業績改善がこれほど劇的とは」
「稲村さんが一人でこれだけの契約を獲得されたんですか? 」
「はい。地道に回らせていただきました」

日田は現場にも詳しく、鋭い質問を投げかけてきた。品質管理体制についても詳細な資料を見せて説明すると、さらに驚いた様子を見せた。

「これは素晴らしい。大手でもここまで細かい管理をしているところは少ないですよ」

3回目の打ち合わせで、日田は予想外の提案をしてきた。

「これはお耳に入れておきたい話なのですが。御社の評判は正直、地元ではあまりよろしくありません。そのうち倒産するという噂も聞いております。しかし、工場の従業員の方々は真面目だとも聞きました。そして何より、稲村さんのような方がいらっしゃるなら話は別です。A社は御社を子会社化することを検討しているのですが、その際に稲村さんを子会社の営業部長に昇格していただいて、経営に参画してもらえませんか? 」

驚く俺に、日田は続けた。

「弊社のネットワークと資金力があればさらなる事業拡大が期待できますし、稲村さんの実績なら弊社としても安心してお任せできます」

確かに魅力的な提案だったが、鍛原一家のことを考えると即答はできなかった。

「ありがたいお話ですが、経営に関わる重大な内容ですので、私には決定権がありません。日田さんから直接、鍛原社長にお話ししていただけませんか?

Thumbnail

「おっしゃる通りです。それでは私の方から鍛原社長にご連絡させていただきます」

これが日田とのやり取りの経過だ。日田から鍛原社長に子会社化の打診が行き、そこで鍛原一家は無視作戦を思いついたのだろう。

退職を決めた俺は、日田に直接会いに行った。そしてこれまでの経緯を率直に話した。営業として雇われたのに雑用まで押し付けられたこと、会社を立て直したのに全員で無視されたこと、子会社化の話では自分を排除して利益を独占しようと計画していたこと。

日田は話を聞くうちに表情を曇らせた。

「それはひどい話ですね。稲村さんの実力を知っている身としては信じられません」

そして日田は経営者として明確な判断を下した。

「御社を子会社化する提案は、稲村さんの実績と人柄を前提としたものです。稲村さんがいらっしゃらない上に、そのような経営陣では、子会社化の話は白紙にせざるを得ません」

俺の狙い通りの反応だった。

「稲村さん、もしよろしければ、是非弊社で働いていただけませんか? 」

日田は熱心に俺をスカウトしてきた。

「実は母の介護が必要でして、田舎に戻らざるを得なかったんです」

正直に事情を話すと、日田はさらに強く言った。

「それでしたらなおさらです。前職以上の待遇を約束する上に、お母様の介護についても弊社で全面的にサポートいたしましょう。弊社には介護支援制度もございますし、稲村さんのような人材なら特別な配慮も可能です」

感謝の気持ちでいっぱいになった。俺は即座に承諾し、深々と頭を下げた。

日田の対応は迅速だった。俺の前で、すぐに鍛原に電話をかけた。

「先日子会社化の件で連絡した日田です。ご提案させていただいた子会社化の件ですが、所持場により白紙とさせていただきます」

電話の向こうから鍛原の慌てた声が聞こえてくる。

「稲村さんが退職されたと伺いましたが、お伝えした通り弊社の提案は稲村さんを前提としたものでした。申し訳ございませんが、お話はなかったことにさせていただきます」

「決定事項です。失礼いたします」

日田が電話を切ると、俺は満足感に包まれた。鍛原一家の思惑は完全に裏目に出たのだ。

電話を切った数時間後、俺の携帯電話が鳴り響いた。鍛原からだった。

「稲村さん、お話があります。今すぐお時間いただけませんか? お願いします。会社が潰れてしまいます」

声が裏返っている。

「申し訳ございませんが、もう関係ありませんので。日田さんに子会社化の話を再検討してもらえませんか? 」

「無理ですね。日田さんは経営判断として決断されました。私にできることは何もありません。失礼いたします」

俺は苦笑いを浮かべて電話を切った。すぐにまた鳴る。今度はみよ子からだった。

「稲村さん、私たちが悪かったの。戻ってきてくれないかしら?

お願いよ。家のローンもあるのよ」

「お断りします。自業自得ですね」

俺は淡々と告げて電話を切り、携帯の電源を落とした。

その日の夜、玄関のチャイムが鳴る。外を見ると、鍛原夫婦が立っていた。

俺が玄関を開けると、鍛原が土下座しながら叫んだ。

「稲村さん、どうか戻ってきてください。私たちが全て間違っていました」

みよ子も膝をついて頭を下げながら続ける。

「私たちが悪かったわ。何でもするから戻ってきてちょうだい」

夫婦とも完全に動揺し、プライドも何もかも捨てて俺にすがりついてくる。

「なぜ入社翌日から態度を変えたのか、理由を聞かせてください」

俺は冷静に問い詰めた。

鍛原は苦しそうに答えた。

「稲村さんが優秀すぎて、いずれ会社を乗っ取られるんじゃないかと不安になったんです。給料上げたくなかったし、自分より立場が上になられても困るし。それで最初から威圧して言うことを聞く従業員にしようと、家族で話し合ってそう決めたんです」

「会社を立て直してくれる人材を、給料をけちって冷遇したということですか? そして子会社化の話が来たら、今度は私を排除して利益を独占しようとし、私の手柄を自分たちの成果だと偽ろうとした」

鍛原夫婦は言葉に詰まる。

「あなたたちは人を道具としか見ていない。会社を立て直した恩人を保身のために平気で切り捨てようとする身勝手な人間です。今更何を言っても信用できません。私はもう日田さんのところで働くことに決めました。前職以上の待遇で、母の介護も全面的にサポートしていただけます。皆さんとは違って、日田さんは人を大切にしてくれる方です」

鍛原夫婦の表情が絶望に変わる。

「自業自得ですよ。お引き取りください」

俺はそう言い放ち、静かに玄関の扉を閉めた。外で鍛原夫婦が泣き叫ぶ声が聞こえるが、俺は完全な勝利を確信し、心が穏やかになっていった。

それから1ヶ月後、俺は日田の会社で営業部長として、前職以上の待遇で働いている。母の介護費用も十分に賄えるようになり、新しい職場では俺の実力が正当に評価されている。

教会の関係者から、鍛原一家のその後を聞いた。大口契約を次々と失い、子会社化も破断となった鍛原印刷は急速に経営が悪化し、当然のごとく倒産した。鍛原は工場で日雇い労働をし、みよ子と大輔はコンビニでアルバイトをしているという。

人を大切にしない者の末路を目の当たりにし、俺は改めて人間関係の大切さを実感した。日田のような優れた経営者の元で働けることに感謝し、母と共にこの地で新しい人生を歩んでいく決意を固めるのだった。