「清掃員なんてあなたにお似合いだと思うわ。しかもメガバンクでの清掃員なんて、大出世じゃない?」…

「清掃員なんてあなたにお似合いだと思うわ。しかもメガバンクでの清掃員なんて、大出世じゃない?」...

清掃員の格好をした俺を見て、元カノはロビーで高笑いした。

「清掃員なんてあなたにお似合いだと思うわ。しかもメガバンクでの清掃員なんて、大出世じゃない?」

作業着にゴミ袋を抱えた姿を見て、彼女はそう言い放った。十年前に別れたはずの山本はず。彼女は相変わらず、人を値踏みするような目をしていた。

「社長になったのがそんなに偉いのかよ」

俺が呟くと、彼女は自信満々に胸を張った。「10億円の融資をもらいに来たのよ」と。俺は我慢の限界だった。名刺を取り出し、彼女にある事実を突きつけることにした。

俺の名前は西川修二。大学生の頃、サークルが一緒だったはずと交際していた。きっかけは飲み会で席が隣になったこと。話しているうちに意気投合し、彼女から積極的にアプローチされるようになって付き合い始めた。

「修二は将来の夢とかあるの?」

「メガバンクへ就職して、企業の担当になりたいんだ。経営の勉強をして、苦しい会社を助けたい」

俺が夢を語ると、はずは目を輝かせた。「すごい。とっても素敵だと思う。応援するね」。その言葉が本当に嬉しかった。将来の目標があって、それを応援してくれる彼女がいて、俺は幸せだった。

そんなある日、実家の母から電話がかかってきた。

「お父さんが急病で倒れてしまったの。命に別状はないけど……」

実家は洋菓子店を営んでいて、父が経営を担当していた。母は「修二は夢があるでしょ。学業に専念して」と言って電話を切った。だが、俺は一人でよく考えた末、休学して実家に戻り手伝いをすることを決めた。

後日、はずにそのことを話した。きっと理解してくれると思っていた。しかし、返ってきた言葉は想像とは全く違っていた。

「は? 何言ってるの? 休学なんてしたらどうなるか分かってる? ネガティブな理由があると思われて、メガバンクになんて就職できなくなるじゃない」

「なんでそんなに怒ってるんだよ。今は実家が心配なんだ」

俺がそう言うと、はずは鼻で笑った。

「あ、そう。じゃあ別れよ。メガバンクに就職しない修二と付き合っても意味がないわ」

「どういうことだよ」

「私は最初から修二がメガバンクに就職するって言うから付き合ってたの。実家の店を手伝う修二になんて価値なんてないわ。さよなら」

そう言って、はずはその場を立ち去った。最初から、彼女は俺のことが好きだったわけじゃない。メガバンクに就職する彼氏が欲しかっただけ。あまりのショックに寝込みそうになったが、そんな時間はなかった。俺は実家に帰り、店の手伝いに専念した。

店では母と兄がお菓子作りを担当し、俺は父が担っていたお金回りを受け持った。そこで初めて知ったのだが、父が倒れる前から店の業績は悪化しており、経営はギリギリだった。一刻も早く状況を打開しようと、俺は経営全般から店の宣伝まで、家族全員で協力して必死に頑張った。

そうして奮闘する日々から十年。俺はあるメガバンクの本社ロビーにいた。ゴミ袋を片手にゴミ捨て場へ急いでいると、ヒールの音が近づいてきた。

「もしかして修二じゃない?」

その声を聞いて、すぐに分かった。振り返ると、おしゃれに着飾ったはずが、ブランド物のバッグを肩に下げてニヤニヤと笑って立っていた。

「久しぶり」

俺が答えると、はずは値踏みするように上から下まで見た。作業着で少し誇りに汚れている俺の姿を見て、案の定鼻で笑った。

「汚い格好ね。ここで何してるの? あ、メガバンクに就職できなかったから、メガバンクで清掃員してるんだ」

バカにしたような言い方。別れた時のことを思い出した。彼女は職業や社会的地位で人の価値を決める人間だ。それは十年経っても変わっていないらしい。

「清掃員なんて修二にお似合いだと思うわ。でも修二からしたら、メガバンクでの清掃員なんて大出世じゃない?」

俺が何も言い返さないのをいいことに、悪口は止まらない。

「私があんなに応援してあげたのに、実家に帰るなんて言うからダメだったのよ。修二の人生はあそこで完全に終わったって分かってたわ」

「まあ、洋菓子店の息子だもんね。メガバンクに就職なんて、どっちにしろ無理だったか」

実家のことを馬鹿にされて、さすがに腹が立った。

「実家のことまで馬鹿にするのはやめてくれないか」

「誰にそんな口を聞いてるの? 清掃員のくせに言い返せないからって、怒らないでくれる?」

聞き流せない言葉が続く。はずは自信満々に胸を張った。

「当然よ、大学を卒業して大手IT企業に就職したわ。それから仲間と独立してIT関連の会社を立ち上げて、今は社長をしているの」

「社長なんだ。すごいね」

「仲間と一緒に独立したって言っても、みんなバカばっかで使えないし、私しか社長はできないわ」

一緒に頑張っている仲間の悪口まで言うなんて、ひどい女だ。とは思ったが、俺は口に出さなかった。

「今日も新規事業の立ち上げに使う10億円の融資をもらうために、ここに来たのよ」

はずはドヤ顔でそう言う。俺は素直な感想を述べた。「10億円の融資か。金額が大きいと、なかなか難しいかもしれないね」

すると、その発言が気に入らなかったのだろう。はずは睨むように見てきた。

「うるさいわね。修二なんかに何が分かるって言うの。メガバンク側も話をしたら興味を持ってくれてたわ。融資の話をしたおじさんにちょっとニコニコしてあげたら、向こうもデレデレしてたんだから。メガバンクって言っても楽勝なんだって思ったわね」

「それは良かったね」

俺が素っ気なく返すと、また馬鹿にしたように言ってきた。

「修二なんかに心配されなくても大丈夫よ。今日私は10億円もらうの。私は修二と違って正しい道を選んで進んできたんだもの。当然の結果よ。あなたを振ったのも大正解だったわ。結婚を考えている彼がいるの。蝶がつくほどのイケメンよ」

「もう分かったから、そろそろ失礼する」

話を切り上げようとした俺に、はずは最後の一言を投げつけた。

「よく覚えておくといいわ。修二は負け組。私は勝ち組だってこと」

とうとう我慢の限界に達した。言わないでおこうと思っていたが、やっぱり言わないと気が済まなかった。振り返り、はずをまっすぐに見た。

「はずが勝ち組で俺が負け組だと思っているなら、それでも構わない。けど、一つだけ言っておくことがある」

「何の用事があるって言うの?」

軽んじた顔をするはずに、俺は教えてやった。

「実は、はずの会社の融資の審査をするのは、俺なんだ」

はずは一瞬驚いた顔をして、それから腹を抱えて笑い出した。

「何その冗談。妬む気持ちも分かるけど。清掃員のあんたが何言ってるの?」

「俺は清掃員じゃない。休学の後メガバンクに就職して、今は融資担当なんだ」

俺は説明した。休学中、SNSを利用して店の集客に尽力し、地元食材を使った商品開発などにも取り組んだ。もともと客は少なくなかったが、経営面でも様々な問題を考え改善していった。店はこれまで以上の人気店になり、父が現場に復帰できるまでに業績は回復した。その後、大学に戻り就職活動をスタート。面接では休学中に行った活動をしっかりアピールし、それが高く評価されて、夢だったメガバンクへの就職が叶ったのだ。

「休学していたのに、メガバンクに就職できるはずないじゃない」

はずは強い口調で言う。

「休学中に遊んでいたわけじゃないからね。実家に帰ったおかげで、ここに就職できたと言っても過言ではないよ」

「そんな話、信じられないわ。私に勝てないからって、そんな嘘つかないでよ」

何を言ったら信じてくれるのかと思っていた時、遠くから後輩の声が聞こえた。

「西川課長、探しましたよ。部店長が呼んでいます」

「ごめん、ごめん。すぐ戻る」

後輩との会話を聞いて、はずは驚きを隠せない様子だった。

「本当に働いているの? しかも課長って……」

「そうだよ。今は融資課長として働いているんだ」

就職してからも資格取得に積極的に取り組み、少しずつ昇進していった。融資担当になってからは、実家のような会社を救いたいという思いで、融資をするだけでなく経営改善のアドバイスなども行っていた。その結果、最年少で融資課長への出世が決まり、融資の審査は一任されていたのだ。

「それじゃ、なんでそんな汚い作業着姿なのよ」

「今はビル内の引っ越し作業をしててね。それで汚れてもいい作業着を用意してきたんだ。引っ越し作業が終わって、作業中に出たゴミを捨てに行く途中だったんだよ」

はずはやっと信じたようだった。今度は目をうるませながら、俺にお願いしてきた。

「ねえ、今までのことは謝るから、お願い融資してほしいの」

俺は彼女の態度の変化に笑ってしまった。

「残念だけど、この融資は白紙ということで、融資はできないよ」

「どうして。むかつくからって、その対応はひどいわ」

「今ここでの暴言だけが理由じゃないよ」

はずが融資の相談に来た日から、俺は彼女の会社についてしっかり調査していた。はずは多くの銀行に融資を断られ、最後の頼みでメガバンクに駆け込んできたのも知っている。しかし、調査を続けると、他の銀行が断るのも無理はないと思うような実態が明らかになっていった。

はずの会社は、プロが見ればすぐ分かるほど決算書が粉飾されていたのだ。きっと個人的に会社の資産を使い、経営がどんどん厳しくなっていたのだろう。はずが悪口を言っていた、一緒に起業した仲間たちも、はずの傲慢な性格が嫌になってみんな辞めてしまったようだ。はずだけでは経営能力もなく火の車で、うちのメガバンクに断られれば倒産しかない状況だった。

そんな危機を打開するため、はずが持ち込んだ新規事業の話も、実態は他の会社のものを丸パクリしたものだった。実は、はずが相談に来る前に、同じ新規事業の話を持ってきた会社があった。それは、はずの会社を辞めた人たちが新しく立ち上げた会社だった。その人たちは、前の社長が個人的に会社のお金を使っていて、自分たちが考えた新規事業の話も進めてくれず、給料の未払いもあったために辞めて会社を立ち上げたと言っていた。その後、はずが同じ話を持ってきて、すべてが一致した。

つまり、はずと今日ここで会う前から、俺は融資をしないと決定していたのだ。

「残念だけど、融資はなしだ」

はっきりと告げると、はずは肩を落とし、よろめきながら立ち去っていった。

その後、大学時代のサークル仲間と会う機会があり、はずの話になった。

「そういえば、はずの話知ってる?」

「はずの話?」

「はずの会社、社員たちに逃げられて、倒産したらしいよ」

俺は思わず苦笑いを浮かべた。「ああ、融資を断ったのはうちの銀行なんだ。俺が融資担当だし、知ってるよ」

「まあ、断るのも無理ないよな。あずの良くない噂はよく耳にしてたから」

「良くない噂?」

「一緒に起業した仲間はもちろん、全然関係ない友達からも金を借りてたらしいぞ」

「へえ。何にそんなお金を使ってたんだろうね」

「ホストらしいよ。『結婚するから』って言われて本気になって、どんどん金を使ったらしい。まあ、会社が倒産して捨てられたみたいだけどな」

結婚を考えている彼氏と言っていたのは、ホストだったのか。俺は驚いた。

「今、はずは何してるの?」

「さあ、倒産した後、みんなに助けて欲しいって連絡してたみたいだけど、お金を返してもらってない人も多かったし、誰も相手にしなくて、そこから行方不明らしいよ」

俺は、大学時代に休学を決めてはずに振られて、本当に良かったと思った。

実は、俺は今付き合っている彼女と結婚する予定だ。彼女は中学からの同級生で、父が倒れて俺が実家に帰ったと知ると、心配して店を手伝ってくれた人だった。はずとは違い、職業や社会的地位で人を判断する人ではなく、困っている人を助けたいと行動できる人だった。店が繁盛したのも彼女のおかげでもある。今でも父と母のために、店のSNSを運営してくれている。家族みんな、彼女の存在に救われていた。俺も彼女のおかげで仕事に集中でき、評価してもらい、近々昇進も決まっている。

昇進はすごく嬉しいが、これからも今まで通りに仕事を行おうと思っている。一生懸命会社を良くしようと頑張っている人たちの力に少しでもなれるように、これからももっともっと勉強を続けていくつもりだ。

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