年金の通知書を何度も読み返した夜、私は手の震えを止められなかった。夫の克郎は「弟の借金のために家を担保に入れた。数ヶ月で返せる」と平然と言った。しかし、私は彼の年金ネットにログインし、5年以上の未納期間を見つけた。厚生年金はもらえない。老後の計画は崩れ、家は競売にかけられる運命になった。それだけでも十分だったのに、克郎は残った金で「投資」に手を出した。「すぐ戻ってくる」と言ったが、それは詐欺…

年金の通知書を何度も読み返した夜、私は手の震えを止められなかった。夫の克郎は「弟の借金のために家を担保に入れた。数ヶ月で返せる」と平然と言った。しかし、私は彼の年金ネットにログインし、5年以上の未納期間を見つけた。厚生年金はもらえない。老後の計画は崩れ、家は競売にかけられる運命になった。それだけでも十分だったのに、克郎は残った金で「投資」に手を出した。「すぐ戻ってくる」と言ったが、それは詐欺...

年金通知書が届いた夜、柴田直美は台所の蛎光灯の下でそれを何度も読み返した。手が震えていた。震えていることに自分で気づくまで、少し時間がかかった。

人は誰しも、老後というものをどこか安らかな場所だと思い込んでいる。若い頃にどれだけ苦労しても、どれだけ節約しても、最後には国が用意してくれた制度の網の目に、ちゃんと受け止めてもらえると信じている。しかし、その網に大きな穴が開いていたとしたら。しかも、その穴に気づくのが、もう後戻りできない年齢になってからだったとしたら。

直美が直面したのは、まさにそういう現実だった。

2026年6月、直美は61歳だった。背が低く痩せた体型で、いつも髪を後ろで束ねていた。白髪も増えてきたが、染めることにあまり関心がなく、そのままにしていた。不安を感じると、両手の親指を互いに押し当てて、小さく擦り合わせる癖があった。本人は意識していないが、話しながらそれをやっている時、相手には「この人は今何かを心配している」と伝わった。

彼女は地元のクリーニング店でパートとして働いていた。週5日、午前9時から午後3時まで。仕事は洗濯物の仕分けとプレスが中心で、夏場はアイロンの前で汗だくになることもあった。それでも文句は言わなかった。体が丈夫だったし、職場の同僚と余計な摩擦を起こすことを嫌った。

毎朝5時半に起きて、夫が目を覚ます前に5km走る。この習慣は40代から続いていた。走ることが好きというより、走らないと一日を始められない感覚に近かった。

夫の克郎は64歳だった。がっしりした体型で、物流センターで配送ルートの管理を兼ねた契約ドライバーとして働いていた。口が悪く、声が大きかった。吸っているのは安い銘柄のタバコで、一日に20本を超えることも珍しくなかった。左手首には古い機械式の腕時計をしていた。10年以上前に買ったもので、もうとっくに同じものは売っていない。克郎はそれを直し直し使っていた。

その年の6月、2人はある計画を温めていた。克郎が翌年の早い時期に正式に退職し、2人でキャンピングカーを使って日本中を旅するというものだった。計画の発端は2年前、克郎がテレビで見た中古のRVを使った旅番組だった。旅の話をする時、克郎はいつもより少しだけ口数が増えた。北海道の丘、山陰の海岸、四国の遍路道。地図上で指差しながら話す彼の横顔を、直美は見ていた。普段は何を考えているか読みにくいのに、旅の話をする時だけは、表情が少し変わった。

その計画が、一枚の封筒によって根底から揺らぐことになる。

6月の第3週、水曜日の夕方だった。直美はパートを終えて玄関を開けた。郵便受けに、電気料金の案内とチラシ、そしてもう一通、赤い封筒があった。差出人は地元の銀行だった。直美は玄関に立ったまま、その封筒を眺めた。長年の生活経験で、赤い封筒というのは普通の知らせではないと直感した。

台所に入り、封筒を開けた。最初の数行を読んだ時、内容がすぐには頭に入ってこなかった。もう一度最初から読んだ。今度は意味が分かった。手が小刻みに震えた。そこに書かれていたのは、克郎名義の借入れ金の残高と返済を求める通告だった。金額は直美には大きすぎて、一度では飲み込めなかった。しかも、担保物件という欄に、2人が住んでいる家の住所が記されていた。

克郎が帰ってきたのは、夜の7時を過ぎた頃だった。直美の顔を見て、足が止まった。克郎はタバコに火をつけ、書類に目を落とした。

「これは何?」と直美は静かに問うた。

「ちょっとした話だ」と克郎は言い、灰皿に灰を落とした。

語り口は、重大なことを軽く済まそうとする、慣れた調子があった。

「弟の聡が会社の資金繰りに詰まった。不動産関係の会社をやっているが、今年の前半に物件が動かなくなって、銀行からの融資も降りなかった。それで俺に頼んできた。この家を担保に入れてやれば融資が通る。数ヶ月で返すという話だった」

「いつのこと?」と直美は聞いた。

「去年の秋だ」と克郎は言った。

「なぜ話さなかったの?」

「うるさくなると思ったから」

低い、しかし硬い沈黙が台所に落ちた。

「来年には俺の退職金と毎月の年金が入る。2人分で計算したら返せる。弟は3ヶ月で立て直せると言っていた」と克郎は続けた。声に苛立ちが混じっていた。なぜ大騒ぎする必要があるという態度が、全身から出ていた。

直美は二度頷いた。それは同意の頷きではなかった。言葉にできないものを呼吸で抑え込む時の、あの動作だった。

その夜、克郎は風呂に入り、ニュースを見て11時前には眠った。普段通りだった。いびきが廊下まで届いた。直美は眠れなかった。台所の明かりをつけずに、スマートフォンの画面だけを頼りにテーブルに座っていた。

克郎の言葉が頭の中で繰り返された。「退職金と年金2人分で返せる」。直美には計算がどうしても合わない感覚があった。克郎のこれまでの収入、年金加入の状況、見込み額として前に聞いた数字。それと借入れ金の総額。どう組み合わせても、楽観的な話にならなかった。

夜中の12時を過ぎた頃、彼女は年金ネットにアクセスすることを思い出した。克郎のマイナンバーカードは引き出しに入っている。番号は口座のものと同じにしているとかつて言っていた。直美はカードを取り出した。

これは盗みだと思った。しかし、今夜「数ヶ月で返せる」という根拠を自分で確かめなければ、この先ずっと、それは自分が見ないふりをした結果だとも思った。

ログインできた。加入記録が表示された。直美はスクロールしながら目を追った。克郎が30代の数年間、フリーランスで仕事をしていた時期があることは知っていた。しかし、国民年金の未納期間がそこまで長いとは思っていなかった。画面には、5年以上にわたる空白が記録されていた。

それだけでも十分に重大な数字だったが、直美がさらに調べると、もっと深刻なことが分かってきた。老齢基礎年金の受給に必要な加入期間は満たしているが、厚生年金の加入期間が足りていなかった。2人で老後の生活設計をする上で、ずっと前提として頭に入れていた。夫婦で受け取るものとして資産に組み込んでいた。そのお金が、もらえない。

直美はしばらく画面を見たままだった。スマートフォンを伏せ、暗い台所の中で両手を膝の上に置いた。親指がもう一方の親指の腹を押していた。強く押しすぎて、少し爪が刺さっていた。

目を閉じると、数字の列が浮かんだ。担保に入っている家、消えた老齢年金、弟の借金、克郎が楽観的に語っていたその声の残響。全てが同時に押し寄せてきた。

声を出さずに泣いた。肩が動いていたが、音はなかった。克郎のいびきだけが、廊下の奥から規則正しく聞こえていた。

直美は台所の暗がりの中に、長い間いた。ダイニングテーブルに両肘をついて顔を手で覆った。泣いているのか考えているのか、自分でも分からなかった。ただ、2人でたどり着くはずだった場所が、もうそこにはないという感覚だけが、じわりと体の中に広がっていった。

夜が明けるまで、直美は一度もベッドに戻らなかった。

翌朝、直美は5時半のアラームが鳴る前に目が覚めた。眠れていないのか、それとも浅く眠ったまま夜が明けてしまったのか、自分でもよく分からなかった。走りに行く気にはなれなかった。それどころか、走る意味が今朝に限ってよく分からなかった。

克郎が起きてきたのは7時前だった。直美はテーブルの上の書類を指で叩いた。克郎はそれを見た。昨日見た銀行の書類ではなく、別の紙だと分かって眉を寄せた。

「あなたの年金ネットの加入記録だ」と直美は言った。

克郎の顔つきが変わった。柔らかくなったのではなく、反対に硬くなった。

「それで?」と克郎は言った。声は平坦だった。

「加入期間が足りない。厚生年金がもらえない」

克郎の顔が赤くなった。段階的にではなく、一度に。

「国が間違えたんだろう。昔の記録なんかいい加減なもんだ。俺がちゃんと払ってたのを、向こうが記録し忘れてるだけだ」

「30代のフリーの時期に、5年以上国民年金を払っていなかった。それは記録の誤りではない」

克郎は椅子を引いて立ち上がり、テーブルを手のひらで打った。大きな音がした。

「そんなことをいちいち掘り返してどうするんだ?もう今更どうにもならないだろう」

直美は声をあげなかった。あげなかったのは怒っていないからではない。怒りが冷たく固まって、喉のところで止まっているような感覚だった。

その日のうちに2人は年金事務所へ行くことになった。担当者はデータを確認し、事実確認として画面の内容を声に出して読み上げた。

「該当期間に国民年金の納付記録はない。これは記録の誤りではなく、納付がなかったことを示しています」

克郎は机の角を指でさすりながらそれを聞いていた。

「当時は仕事が安定してなかった。そういう時期もあるだろう」

担当者は頷いた。

「そういった方は多くいらっしゃいます。ただし、受給額への影響は覆せえない。追納が可能な期間もすでに過ぎています」

担当者が丁寧に説明を続けた。厚生年金の加入期間が一定以上連続していることという条件がある。克郎の場合、30代のフリー期間がその条件を満たさないため、配偶者に対する加給年金の加算が適用されない。月々の年金額そのものも、未納期間の分だけ減額となる。数字が出た。直美が試算していた数字と、ほぼ一致していた。

帰り道、2人は並んで歩いた。克郎は何も言わなかった。タバコを出して火をつけ、歩きながら吸った。直美も何も言わなかった。言う必要があることは、全部もう出てしまっていた。

信号待ちの時、克郎がぽつりと言った。

「厚生年金が出ないなら、毎月の計算が全然違ってくるな」

直美は頷いた。頷いてから、自分がなぜ頷いたのかよく分からなかった。

それから1週間が経った。克郎は会社へ行き、直美はクリーニング店へ行き、夜には2人で食事をした。言葉は必要最低限だった。メニューのこと、天気のこと、テレビに映っている顔のこと。実質的なことは何も話さなかった。お互いに話す準備ができていなかったのかもしれないし、話しても何も変わらないと分かっていたのかもしれない。

そんなある朝、克郎が聡に電話をかけた。直美は台所で朝食の後片付けをしながら、廊下から漏れてくる克郎の声を聞いていた。最初は普通の声だった。

「聡か、俺だ。状況はどうだ?」

返答を聞く間があった。克郎の声のトーンが変わった。

「どういうことだ?」

少し経ってから。

「おい、もう一度言え」

直美は手を止めた。沈黙が続いた。克郎が歩く音がした。部屋を行き来しているような足音だった。それから低い声で何か言った。それきり、声がしなくなった。

しばらくして克郎が台所へ入ってきた。顔色が白かった。椅子を引いて座ったが、すぐには何も言わなかった。

「聡が会社を潰した」と克郎は言った。声が低くて、感情が抜けていた。

「正式に倒産の手続きをして、連絡先も変えて、今はどこにいるか分からない」

直美はその言葉を聞きながら、体の中でゆっくりと何かが落ちていくような感覚を覚えた。驚いていないわけではなかった。しかし、驚く以上に「やっぱりそうか」という感覚があった。

「借金は?」と直美は聞いた。

克郎は机の上に両肘をついて、額に手を当てた。

「担保に来ると言った」

翌週、銀行から書留が届いた。今度は赤い封筒ではなく、厚みのある白い封筒だった。内容は明確だった。担保物件の競売手続きへの移行通告。一定期限までに返済または任意売却の意思を示さなければ、法的手続きに入るというものだった。

直美は書類を広げたままテーブルの端に座った。部屋の中を見回した。引っ越してきて30年近く経つ。子供が生まれてここで育ち、受験があり、卒業があり、今は2人だけになった。壁の古いシミも、台所の窓枠の歪みも、全部知っている。この家が他人のものになる日が来るかもしれない。その現実は、言葉で聞くのと文書で通告されるのとでは、重みが違った。

克郎はその書類を見てから、黙って自分の部屋へ入った。ドアを閉める音はしなかった。

その夜から、克郎はますます口数が減った。食事の時、テレビをつけていることが増えた。以前は見ていなかった深夜の通販番組まで流している時があった。

8月に入った頃、克郎の会社で会議があった。2026年、物流業界は複数の問題が重なっていた。ドライバーの高齢化と退職による人手不足、燃料費の高騰、そして自動化設備の導入コストが収益を圧迫していた。克郎の働く物流センターも例外ではなかった。

全体会議が開かれ、人事部長が立って話した。内容は、管理職層の早期退職優遇制度の導入と、一部ポジションの契約見直しだった。言葉は柔らかかったが、聞いている全員には分かった。ターゲットは誰か。

克郎は帰宅してから、その話をした。夕食の途中で、口の中のものを飲み込んでから、ぽつりと言った。

「リストラがある」

直美は箸を置いた。

「希望退職に乗るか乗らないか。締め切りが来月だ。退職金の割り増しも、本来の額からどうなるかはまだ不透明だ」

「乗らなかったら?」

「乗らなかったら、ポジションを変えられるか、自然に追い出されるかだ」

2人の間に沈黙が落ちた。直美は食事を再開した。味は感じなかった。

結論が出るまでに3週間かかった。会社側は克郎のポジションを外部委託システムへ移行することを決定した。克郎に対しては、希望退職の適用ではなく、契約終了という形を取ると通知が来た。退職金に相当する金額は、規定の3分の1程度だった。

克郎がその書類を持って帰ってきた夜、直美は夕食の準備を続けながら、包丁を持つ手が少し震えていることに気づいた。気づいたからと言って、何かが変わるわけではなかった。

翌日から克郎は仕事がなくなった。9月に入った。

直美は、自分が持っている唯一の個人資産のことを考え始めた。親から受け継いだ地方の小さな土地だった。山間の集落にある農地として登録された区画で、市街化調整区域の指定を受けているため建物は立てられない。売るにも買い手が限られる。長年そのままにしてきたが、毎年固定資産税だけは払ってきた。

直美はパートの昼休み、スマートフォンで業者をいくつか検索し、一件に電話をかけた。翌日、折り返しがあった。

「現状農地で調整区域、立地も不便という条件では流通価格はかなり低い。買い手を探すだけでも時間がかかる。しかし、今すぐ現金化するなら買い取り業者に当たることはできる」

出てきた金額は、直美が銀行に返済を示すための手付きとして示せる金額として、ギリギリだった。ギリギリではあるが、今の時点で自分に選択肢はない。

直美は一晩考えた。この土地を売るということは、両親が残してくれたものを手放すということだった。戻ってこない。もう二度と、その土地を自分の資産として使うことはできない。しかし、今の状況でこの家を失えば、それ以上のものがなくなる。

翌朝、直美は業者に折り返し、手続きを進めて欲しいと言った。電話を切ってからしばらく窓の外を見た。特に意味のある景色ではなかった。ただ、目が底の方に向いた。

手続きに約2週間かかった。契約書にサインをして、手付け金が振り込まれる日、直美は通帳を見た。両親の顔が頭に浮かんだ。すぐに打ち消した。今は感傷的になっている場合ではなかった。

その日の夜、直美は克郎に話した。

「実家の土地を売って手付けを作った。銀行に任意売却の交渉を申し入れる。そのための資金だ」

克郎は黙って聞いていた。最後まで聞いてから、「分かった」とだけ言った。感謝の言葉はなかった。直美もそれを求めてはいなかった。ただ、少しだけ、このお金がきちんと使われるかどうかが心配だった。

直美が異変に気づいたのは、手付け金の振り込みから3日後だった。いつも使っている口座の残高を確認しようとして通帳を見た。残高が動いていた。直美が入金した後、さらに出金された記録があった。

克郎に直接聞いた。克郎は最初、何のことだというような顔をした。しかし、直美が通帳を出して金額を指で示すと、表情が変わった。

「スマートフォンで見つけた投資の話だ。借金を何とかするためには元手が必要だった。知り合いから教えてもらった仮想通貨の取引で、短期間で2倍にできると書いてあった。入金してすぐに手続きをした」

直美はしばらく何も言えなかった。その間、克郎は言い訳を続けた。

「誰かが実際に儲けた話を聞いた。サイトには実績が出ていた。詐欺じゃない。一時的に資金を動かすだけだ。すぐ戻ってくる」

「戻ってこない」と直美は言った。「それは詐欺だ」

克郎は声を荒げた。

「まだ分からない。手続き中だ」

直美はそのサイトのURLを教えてもらった。スマートフォンで調べると、国民生活センターの注意喚起リストに似た事例が出てきた。連絡先の電話番号は存在しない番号だった。出金申請を出しても、必ず理由をつけて引き出せないという報告が複数あった。

克郎はそれを画面で見ながら、黙った。部屋の中が静かになった。

直美は座ったままテーブルの表面を見ていた。木目の古いシミが目に入った。30年、このシミを見てきた。両親が残してくれた土地を売って作ったお金が、なくなった。銀行への手付きが、消えた。

直美は何も言わなかった。台所に行き、流し台の下の棚から古いスーパーの袋を一枚出した。それを自分の部屋へ持っていき、押入れのダンボール箱からリュックサックを引っ張り出した。数年前に買って一度しか使っていない、古い登山用のリュックだった。タンスを開け、下着、靴下、いつも着ているセーター、薄い上着、必要最低限のものを畳んで入れた。化粧ポーチと常備薬の小瓶と通帳と印鑑を入れた巾着袋も入れた。

克郎は台所にいた。部屋の前を通る直美の気配に気づいて、廊下へ出てきた。リュックを見て、顔色が変わった。

「どこへ行く?」と言った。声が普通より少し高かった。

直美は答えなかった。玄関で靴を履いた。克郎が廊下を歩いてきた。足音が早くなった。克郎が直美の腕を掴んだ。

「ちゃんと話をしろ」

声に力があった。直美は腕を引かなかった。掴まれたまま、克郎の顔を見た。克郎の目には、怒りではなく混乱と、その奥にある何かが見えた。

「手を離してほしい」と直美は静かに言った。

克郎は手を離した。直美はドアを開けた。10月の夜の空気が入ってきた。冷えていた。細かい雨粒が、街灯の光の中に見えた。

「待ってくれ」と克郎が言った。「謝る。どうすればいいか、一緒に考える」

声の調子が変わった。膝をついたような気配があったが、直美は振り返らなかった。

直美はそのままドアを引いて外へ出た。小雨が顔に当たった。冷たかった。リュックが背中に重かった。歩き始めた。最初の曲がり角を曲がるまで、後ろを見なかった。

どこへ行くかは、歩きながら考えた。パート先の同僚で一人暮らしの人間が何人かいる。今夜だけなら頼める可能性がある。ただし、それは余計な説明を必要とする。直美には今夜、誰かに説明をする気力がなかった。

駅のそばにビジネスホテルがあることを思い出した。そこへ向かった。一泊だけ、そこで考える。

チェックインの時、フロントの若い男性がリュックを見て、「少々お待ちください」と言い、鍵を渡してくれた。エレベーターを上がって部屋に入ると、シングルベッドと小さなテレビと、カーテンが引かれた窓があった。エアコンが動いていた。

直美はリュックをベッドの端に置いた。靴を脱いだ。ベッドの端に腰を下ろした。両手の親指が自然に互いを押していた。直美はそれに気づいて、手を開いた。手のひらを見た。クリーニング店で長年使い続けた手だった。シワが深く、皮膚が固くなっていた。

外の雨音がかすかに聞こえた。しばらく何も考えなかった。考えようとしたが、どこから始めていいか分からなかった。ただ体がひどく疲れていた。疲れたという感覚だけが全身にあった。

テレビはつけなかった。照明を消して、そのままベッドに横になった。濡れたままの頭で枕に顔をつけた。眠れるとは思っていなかった。しかし、10分も経たないうちに、意識がなくなった。

10月の半ば、直美は12平方メートルの部屋を借りた。場所は最寄りのクリーニング店から自転車で15分ほどの住宅地の外れで、木造2階建てアパートの1階だった。築40年は超えているだろう。外壁の塗装が所々剥がれ、窓の一部が歪んでいた。管理会社の担当者が鍵を渡す前に説明したのは、壁の一角に薄くカビが出ていること、北向きのため日中も暗いこと、それと隣の部屋の音が聞こえやすいことだった。

直美は内見の時、部屋の四隅を順に見て、窓を開けて外の景色を確認した。コンクリートの壁の向こうに、隣の建物の壁があった。日光は入らない。それでもここを選んだのは、値段と通勤距離と、あとは今すぐ入れるという条件だった。

初日、ダンボール箱を3つ持ち込んだ。中身は着替えと洗面道具と台所で使う最低限のものだった。冷蔵庫と洗濯機は部屋についていた。それ以外の家具は何もなかった。

近くのホームセンターへ行き、折りたたみ式のテーブルと、薄い敷き布団のセットを買った。テーブルは1280円。布団セットは3900円だった。2つ合わせて5180円。その金額を意識して確認したのは、今の自分の状況に見合った買い物をしているかどうか、無意識に測っていたからだった。

翌日から直美の一日は前の生活と変わった。朝6時に起きる。アパートの共同洗面所で顔を洗い、インスタントの味噌汁を一杯飲む。7時半にアパートを出て、自転車でクリーニング店に向かう。9時から午後3時まで洗濯物の仕分けとアイロンがけ。パート終了後、一旦部屋に戻らず、そのまま自転車を走らせる。

弁当工場の仕事は、夕方4時半から始まった。食品を扱う工場なので、作業着に着替えてキャップをかぶり、手を洗って除菌する一連の手順が決まっていた。直美の担当は食器の洗浄だった。大型の食洗機に食器を並べ、洗い終わったものを取り出して拭いて積む。その繰り返しを、夜の10時まで続けた。

最初の1週間、直美は両方の仕事が終わるたびに、体がどこかずっしりしている感覚があった。疲れているというより、体の中に水が溜まっているような重さだった。自転車のペダルが以前より重く感じた。

クリーニング店の洗剤と工場の洗浄液が両方について、洗っても洗っても皮膚が乾燥して、指先が荒れた。1週間ほど経つと、親指の腹にひび割れが入り、そこから血が滲んだ。薬局で安いハンドクリームを買った。寝る前に塗ったが、翌朝には乾いていた。

食事は安く済ませた。コンビニで半額になった弁当を買うこともあったが、基本は自炊だった。米を炊き、冷凍の野菜と卵で何かを作る。味付けは醤油と塩だけのことも多かった。

走ることはしなくなった。克郎と同じ家にいた頃は毎朝5km走っていたのに、この部屋に移ってからは一度も走っていない。走る気持ちになれないのか、走る体力が残っていないのか、自分でも分からなかった。朝は5時半に起きてもぼんやりとしていて、すぐに布団から出られないことが増えた。それまで経験したことがない感覚だった。

直美が出ていってから、克郎は一人で家にいた。克郎は次の仕事をすぐには見つけなかった。物流センターを契約終了になってから最初の2週間は、何もしていなかった。起きる時間が日によって違い、食事もコンビニかスーパーの総菜だった。直美がいた時は毎朝温かいものが出ていたのに、今は前日の残りを冷たいまま食べることもあった。

家の中が少しずつ荒れた。シンクに食器が溜まった。床にタバコの箱が落ちていて、拾わずにそのままになった。直美がいつも掃除していた洗面所の鏡に石鹸の跡が残った。克郎はそれを見ても拭かなかった。自分でもなぜ拭かないのか分からなかった。気力がなかった。

10月の終わりに、知り合いから長距離トラックの仕事を紹介された。夜間に幹線道路を走る仕事で、日中は眠り、夕方に出発して翌朝に戻る。克郎はそれを受けた。体を動かしていない時が辛いという理由と、金が必要だという理由が重なった。

夜間走行は体に応えた。暗い高速道路を何時間も走り続けると、目が乾き、肩が固まった。サービスエリアで休憩する時、運転席から降りて背を伸ばすと、夜の冷気が顔に当たった。空が広かった。星が見えることもあった。それを見ている時、克郎は何を考えているのか、よく分からなかった。家のことを考えてしまうと頭が痛くなった。だから、ただ空を見ていた。

直美には一度だけ電話をかけた。11月の初め、夜の10時過ぎだった。電話をかける前に、何を言うかを考えていなかった。呼び出し音が3回なって、直美が出た。

「もしもし」

声が、クリーニング店にいた時とは少し違って聞こえた。疲れているのか、声の底が薄かった。

克郎は何も言えなかった。少し間があってから、

「体は大丈夫か」と言った。

直美は少し待ってから「大丈夫だ」と言った。

克郎はまた何も言えなかった。

「何か用?」と直美が言った。

「用はない」と克郎は言った。

そのまま電話が切れた。克郎はしばらくスマートフォンを手に持ったまま、暗い運転席に座っていた。

11月の初旬、直美は体の不調が続いた。朝、喉がヒリヒリした。熱を測ると36度台後半で、高熱ではないが普段より高かった。クリーニング店と工場、どちらも休む選択肢が直美にはなかった。薬局で市販の風薬を買い、水で飲みながら仕事を続けた。

工場の夜10時の上がり際に、同僚の女性から「顔色悪いですよ」と言われた。直美は「ちょっと疲れてるだけです」と返した。

その週の土曜日だけ、工場の午前シフトが入っていなかった。直美はその後午前中、布団の中で横になりながら、スマートフォンで年金制度を調べ直した。離婚した場合の受給額、配偶者の年金との分割、そして離婚しないままでいた場合の権利。

調べれば調べるほど、状況の複雑さが分かった。

離婚した場合、厚生年金の分割制度を使えば、克郎の加入分の一部を受け取ることができる。しかし、克郎の年金額は元々未納期間によって減額されている。その半分以下を分け取ったとしても、直美自身のパート勤務で積み上げてきた分と合わせて月々の受給額を試算すると、生活保護の基準額とそれほど変わらない金額だった。

次に、離婚しないまま克郎が死亡した場合の遺族年金を調べた。遺族厚生年金は、配偶者が法律上の妻であることが受給の前提になる。克郎の加入記録は不十分とはいえ、厚生年金に加入していた期間がある。仮に克郎が死亡した場合、直美が妻の立場を維持していれば、その一定割合を受給することができる。その金額は、離婚した場合に受け取る分割年金よりも多かった。

直美は画面を閉じた。布団の中で天井を見た。要するに、今すぐ離婚すれば、貧しさと引き換えに法的な自由を手に入れる。離婚しなければ、克郎が何かあった時に限って、今より少しだけマシな保証がある。どちらも良い選択ではなかった。しかし、直美には今、このどちらかしかなかった。

離婚するという選択を、直美は出ていった夜から何度も頭の中で試みた。その度に数字が邪魔をした。感情ではなく数字が。それが今の自分の状況だった。

11月の中旬になると、直美は工場の仕事にも少しずつ慣れてきた。ラインの隣に立つ女性、渡辺という苗字で、年齢は55歳前後に見えた。休憩時間になると、自動販売機の前で缶コーヒーを飲みながら、天気の話や近所のスーパーのチラシの話をした。渡辺は直美のことをそれほど詮索しなかった。どこから来たのか、なぜここで働いているのかを聞かなかった。直美はそれをありがたいと思いながら、同時に少し寂しかった。

ある夜の休憩時間、渡辺が言った。

「最近、顔色悪いですよ」

「ちょっと眠れていなくて」と直美は答えた。

渡辺は少し考えてから言った。

「私も最初のうちはそうだった。夜仕事は慣れるまでに3ヶ月はかかる。でも、慣れたら案外持つから」

その言葉がその夜、なぜかずっと頭に残った。「慣れたら案外持つ」。特に深いことではないはずだった。しかし、直美にとって、自分がこの状況に慣れるということを想像した時、その先に何があるのかが、よく分からなかった。慣れた先に、何があるのか。

11月の終わり近くのある夜、工場の仕事が終わって外に出ると、冷たい空気が顔に当たった。自転車のかごにバッグを入れながら、スマートフォンを確認した。克郎からではなく、見知らぬ番号からメッセージが来ていた。

「柴田聡の件で確認したいことがある。連絡が欲しい」

差出人の名前は書いていなかった。直美はその番号を検索したが、何も出てこなかった。返信はしなかった。

翌日の昼休みにその番号に電話をかけてみると、相手は弁護士の補助的な立場の人間だと名乗った。聡が残した債務の一部についての確認事項があるという話だった。

直美は自分は聡の義姉にあたるが、克郎とは別居中であること、詳細については直接克郎に連絡して欲しいと言った。相手は了解したと言って、電話を切った。

直美はスマートフォンを持ったまま、しばらくクリーニング店の裏の駐車場に立っていた。聡の債務が、別の法律の形から影を伸ばしてくる気配だった。聡が逃げた分の影が、法的に追いかけてくる。それが克郎に及ぶのか、自分にも及ぶのか、まだ分からなかった。

その夜、直美は離婚届について改めて調べた。離婚届を提出するには、克郎の署名と押印が必要だ。克郎がそれを拒否すれば、協議離婚はできない。調停や訴訟に持ち込む必要が出てくる。時間も費用もかかる。

一方で、離婚届を提出する前に、債権者が克郎と直美の共有財産を差し押さえようとした場合、別居中であっても法的に結婚が継続していれば、直美にも影響が及ぶ可能性がある。

どの道も、出口らしい出口が見えなかった。

11月の深い夜だった。直美は工場の裏口から出て、駐輪場に向かっていた。午後10時を過ぎていて、外は暗く、工場の建物の影が地面に長く伸びていた。大型のゴミ袋を一つ、裏口の集積所まで運んでいた。工場のゴミ処理当番で、今週は直美の番だった。

コンテナの蓋を開けて袋を入れようとした時、駐輪場の脇に人影があった。最初は通行人か近所の誰かだと思った。しかし、影の輪郭と立ち姿が、見覚えのあるものだった。

克郎だった。作業着を着ていた。直美が知っている物流センターの作業着ではなく、長距離トラックのドライバーが着るような厚手の紺色の上着だった。髪が伸びて、顔も頬がこけていた。

直美はゴミ袋をコンテナに入れてから、克郎の方を見た。克郎はこちらを見ていた。2人の間に数メートルの距離があった。

克郎は最初何も言わなかった。右手を上着のポケットに入れたまま立っていた。目の下に影があった。直美は「なぜここが分かったのか」とは聞かなかった。クリーニング店の住所は変わっていない。そこから調べれば、今夜の仕事の場所も分かる。

克郎がポケットから紙を取り出した。四つ折りになっていた。広げて直美に差し出した。

直美はそれを受け取った。暗かったので、工場の街灯の下に少し移動してみた。

離婚届だった。克郎の署名欄に署名があり、判も押してあった。

直美はその紙を見たまま、しばらく動かなかった。克郎が話し始めた。声が枯れていた。

「銀行が民事訴訟の準備を始めた。聡の件で連帯保証人として訴えられれば、差し押さえの対象が広がる可能性がある。今のところお前は直接の保証人ではないが、婚姻関係が続いていれば、共有財産として扱われるものが出てくるかもしれない。弁護士に相談した人間から、そういう可能性があると聞いた。だから、離婚届を出してほしい。お前を巻き込まないために」

直美は離婚届を持ったまま、克郎の顔を見た。克郎は視線をそらさなかった。ただ、目の奥の光が弱かった。いつも強かった目に、今夜は何か違うものがあった。

「あなたはどうするの?」と直美は聞いた。

克郎は少し間を置いてから言った。

「夜間の山岳路線を走る仕事を受けた。急カーブが多く、冬場は路面が凍結する区間もある。報酬は通常の路線より高い。それで、残った借金を少しでも返していく」

直美は黙っていた。克郎は続けた。

「うちの家は競売にかかる。止められない。俺はその後はトラックの中で生活を点々とするつもりだ。お前に迷惑はこれ以上かけない」

直美は離婚届を折りたたんだ。克郎が振り返って歩き始めた。直美は「行くな」とは言わなかった。引き止める言葉も出てこなかった。

克郎の背中が暗がりに消えていく前に、直美はただ一言聞いた。

「夜の運転、気をつけて」

克郎の足が一瞬止まった。それからまた歩き出した。何も言わなかった。

直美は工場の街灯の下に立ったまま、折りたたんだ離婚届を見た。四つ折りの紙は、手のひらの中に収まるほど小さかった。

部屋に帰って、直美は離婚届をテーブルの上に置いた。シャワーを浴びて、インスタントのうどんを食べた。食べながら、離婚届を見ていた。

もし今夜この紙を役場に持っていけば、翌朝には受理されることになる。役場の窓口は夜間受付があった。直美はそこまでの道のりを頭の中で想像した。自転車で20分もかからない。紙一枚出すだけで、法的な縛りが一本消える。しかし、その瞬間に何かを失う。遺族年金の受給資格、万が一の時の保証。数字として試算したあの月額の差。

直美はうどんを食べて、器をシンクに置いた。テーブルに戻り、離婚届の前に座った。

克郎が死ぬかもしれないと思った。山道の夜間走行を、あの人が続けている間。それは非現実的な心配ではなかった。長距離幹線路線で事故が起きることは珍しくはない。克郎の体力が落ちていることも、目で見て分かっていた。

もしその時、自分が法律上の妻でなければ、遺族年金はもらえない。克郎の加入期間が不十分でも、あの月額は今の直美には切実だった。

かと言って、離婚届を出さなければ、民事訴訟の波及で自分の口座まで影響を受けるかもしれない。今は預金はほとんどない。しかし、万が一給与に差し押さえが入ったら、生活が止まる。

どちらへ転んでも、何かを失う。

直美は離婚届を手に取った。少しの間持っていた。それからタンスの一番下の引き出しを開け、離婚届を服の下に挟んだ。引き出しを閉めた。

今夜は出さない。明日も。多分、出さない。しかし、捨ててもしない。この紙がここにあるという事実だけを抱えて、今夜は眠る。

布団に横になった。外から国道の車の音が聞こえた。どこかへ向かうトラックの音だった。エンジン音が低くなって、遠ざかっていった。

克郎が今夜も、どこかの山道を走っているかもしれないと思った。冬が来る前の山の道路。あの古い機械式の腕時計をつけた腕でハンドルを握りながら。そう思ってから、その先を考えないようにした。

12月に入った。直美の日常は変わらなかった。朝6時に起き、クリーニング店で働き、夕方から工場へ行く。その繰り返しの中で、体は何とか動き続けていた。「慣れ」という言葉の意味を、直美はこの2ヶ月でようやく実感として理解した。痛みが消えたわけではない。疲れが取れたわけでもない。ただ、それが当たり前の状態になったということだ。

唯一、良かったことは、眠れるようになったことだった。最初の1ヶ月は夜中に何度も目が覚めた。しかし、12月に入る頃には、横になってから20分以内に眠れることが増えた。

ある日、工場の帰り道に自転車を走らせながら、直美は一つのことをずっと考えていた。

40年以上前のことだった。就職し立ての頃、直美は文書管理の仕事をしていた。当時の職場では、結婚前と結婚後で氏名が変わることがある女性社員については、旧姓と新姓の両方で一部の書類を管理していた。直美もその対象だった。旧姓のせいで登録されていた書類が、いくつかあったはずだった。

それが年金の記録とどう関係するのか、はっきりとは分からない。しかし、制度の移行期に旧姓と新姓が混在した記録が残っていることがあるという話を、かつて職場の先輩から聞いたことがあった。記憶は曖昧だったが、その可能性を潰す前に、確かめる価値があった。

翌日の昼休み、直美は年金事務所に電話をした。クリーニング店の休憩室で、同僚がいない隙を見て電話をかけた。状況を説明し、旧姓で登録されている記録が存在する可能性について尋ねた。担当者は少し調べてから、「来ていただければ、詳しく確認できます」と言った。

次の休みは水曜日だった。直美はクリーニング店に連絡して、その日の午前シフトを調整してもらった。休みを取るのは初めてだった。

水曜日、直美は開所時刻に合わせて年金事務所に着いた。番号札を取り、待合いに座った。今日の担当は50代の男性だった。穏やかな話し方をする人で、直美の説明を途中で遮らずに聞いた。

直美は話した。結婚前の姓で就職し、最初の勤務先では旧姓のまま社会保険に加入した可能性がある。結婚後に氏名変更の手続きをしたが、古い記録が引き継がれていない可能性がある。旧姓の記録を確認して欲しい。

担当者はメモを取りながら聞き、勤務年月日と旧姓を確認した。端末を操作する手が止まることなく動いていた。画面を見ながら何度かキーを叩いた。眉がわずかに動いた。

「少々お待ちください」と言って、担当者は一度席を離れた。奥の部屋に入った。5分ほど経って戻ってきた。同僚らしき別の職員も一緒だった。その2人が画面を見ながら話し合い、また確認の操作をした。

担当者が戻ってきた。直美の目の前に座り、画面を向けた。

「旧姓で登録されている期間が見つかりました。最初の就職先で、入社から2年間の加入記録が旧姓のままになっていました。結婚後に氏名変更が行われた時、この初期の2年分が別記録として切り離されたまま、統合されずに残っていました」

直美は画面を見た。数字が並んでいた。2年分の加入記録が、確かにそこにあった。

「統合した場合の影響ですが、現在の受給見込み額に、月額で約2万円の増加が見込まれます。ただし、この額は確定ではなく、正式な計算は今後になります」

2万円。直美はその数字を頭の中で繰り返した。月2万円。年間で24万円。少ないといえば少ない。それで暮らしが楽になるかと言えば、楽にはならない。しかし、今の直美にとって、月2万円の差は食事の質が変わる金額だった。薬局の薬をためらわずに買える金額だった。

担当者が手続きの書類を出した。直美は書類に記入した。名前、生年月日、住所。ペンを持つ手が少し震えていた。震えていることに途中で気づいて、意識して抑えようとしたが、止まらなかった。担当者はそれを見て、何も言わなかった。

手続きが終わって、直美は席を立った。

「ありがとうございます」と言った。

「お気をつけて」と担当者が言った。

年金事務所の外に出ると、12月の冷たい空気が顔に当たった。直美は歩道の端に立った。人が後ろを通り過ぎた。自転車が脇を走った。

直美はその場に立ったまま、声を出さずに泣いていた。泣いている自分に気づいたのは、頬が冷たくなってからだった。手で拭ったが、また出てきた。

泣く理由を考えると、うまく言葉にならなかった。2万円が嬉しかったのか。40年前の自分の記録が消えずにいたことへの安堵なのか。それとも、ここまで追い詰められてようやくこんな小さな希望に泣いていることへの、どうしようもない気持ちなのか。

直美はしばらくそこに立っていた。それからハンカチで顔を拭い、自転車のところへ歩いた。

その夜、直美は工場の仕事が終わって部屋に帰り、いつもより少しだけ丁寧に夕食を作った。冷凍庫に入っていたブリ大根の素を使って、大根と一緒に煮た。大したものではなかったが、いつものインスタントではなかった。食べながら、「月2万円が増えた生活」を頭の中で試算した。今の2つの仕事の収入と合わせると、ギリギリではあるが毎月の支出を少し上回る。余裕はほとんどない。しかし、これまでのような「常に赤字に転落するかもしれない」という、綱渡り感が少しだけ交代する。

食べ終えて器を洗って布団に入った。今夜は早く眠れた。

翌朝、クリーニング店でアイロンがけをしていると、スマートフォンが振動した。見知らぬ番号だった。仕事中の電話は基本的に出ないようにしていたが、何か予感めいたものがあって、直美はアイロンを台に置き、裏口の外へ出た。

「もしもし」と言うと、相手は病院の名前を名乗った。

「〇〇総合病院、救急担当のものです」

直美の体が静止した。

「柴田克郎さんのご家族の方でしょうか」

直美は壁に手をついた。裏口のコンクリートの壁は冷たかった。

「はい。妻です」と言った。自分の声が、遠くから聞こえるようだった。

担当者が状況を説明した。今朝、高速道路の山岳区間でトラックが横転する事故があった。運転していた柴田克郎さんが搬送され、現在ICUで治療中です。意識はありません。至急、来院いただけますか。

直美は何も言えなかった。数秒間、電話で沈黙した。

「はい、今から行きます」とだけ言った。電話を切った。

裏口の外に立ったまま、スマートフォンを手に持っていた。病院の名前は言われたが、どこにあるか今すぐ思い出せなかった。さっき言われた病院名でスマートフォンを検索した。住所が出た。最寄り駅から電車で40分だった。

店内に戻り、店長に事情を話した。

「家族が急病で」

「家族」という言葉を自然に使ったことに、後から気づいた。店長は青い顔で「早く行ってください」と言った。

直美はエプロンを外した。バッグを取った。自転車で駅へ向かった。走りながら、体が自動的に動いていた。頭の中は空白に近かった。空白の中に、「ICU」「意識なし」という言葉だけが浮かんでいた。

病院についたのは昼前だった。受付で名前を告げると、すぐにスタッフが来て案内された。廊下を何度か曲がり、エレベーターで上の階へ行き、ICUの前にある待合スペースに通された。

スタッフが説明した。高速道路のカーブでタイヤがバーストし、ガードレールを破って斜面に転落した。運転席が大きく変形した。克郎は胸部と腹部に強い衝撃を受け、内臓に複数の損傷がある。出血は一部処置が終わっているが、まだ予断を許さない状態だ。意識は戻っていない。

「面会はできますか?」と直美は聞いた。

「ガラス越しなら、ご覧いただけます」とスタッフは言った。

直美はICUの窓の前に立った。ベッドの上の克郎は、白い包帯と管に覆われていた。顔の右側に擦り傷があり、唇が腫れていた。胸の辺りにモニターのパッドが貼られ、数字が点滅していた。鼻から管が入り、腕に点滴が刺さっていた。

直美はそのガラスの前に立ったまま、動かなかった。事故の映像を想像した。暗い山の道路。バーストした音。ハンドルを取られる瞬間。克郎の左手には、いつもの古い時計があったはずだった。今は包帯の下に隠れて、見えなかった。

どのくらいそこに立っていたか分からなかった。気づくと、足の裏が冷えていた。廊下のリノリウムの床が、靴の底から体温を吸い取っていた。

待合に戻って椅子に座っていると、廊下の向こうから人が来た。最初は看護師か別の患者の家族かと思った。しかし、歩き方が違った。目的を持って、しかし慎重に歩いてくる。廊下の突き当たりから曲がって、ICUのある区画に入ってきた。

直美はその顔を見た瞬間に、誰かが分かった。

柴田聡だった。克郎より6歳の弟。以前に数回、顔を合わせたことがある。体型は克郎より細く、顔の輪郭が似ているが、目元が違う。今日は派手な色のジャケットを着ていた。濃い色のシャツに金色のボタン。秋口に買ったような、季節感のずれた格好だった。

聡は直美を見て、一瞬だけ表情が止まった。しかし、すぐに柔らかい顔を作った。

「義姉さん」と聡は言った。「大変でしたね。連絡を聞いて、駆けつけました」

直美は立ち上がらなかった。椅子に座ったまま、聡を見た。聡は待合の椅子を引いて、直美の斜め前に座った。膝に手を置いて、沈痛な表情を作っていた。ただし、その表情が顔全体に行き渡っていなかった。目の奥が、別のことを考えている時の目をしていた。

「どこにいたの?」と直美は言った。低い声だった。

聡は苦い顔をした。

「色々あって。事業がうまくいかなくて、頭を冷やしていました。連絡できなくて申し訳なかった」

直美はそれ以上聞かなかった。聞いても意味がないと分かっていた。聡が今ここにいる理由は、謝罪でも心配でもない。直美にはそれが分かっていた。何かを確認しに来た。何かを手に入れに来た。

しばらく沈黙があった。聡はあたりを見回した。廊下に視線をやり、ICUの方向を確認するような動作をした。それから言った。

「話があるんですが」

「話とは何?」と直美は聞いた。

聡は少し前傾になった。声を落とした。

「義兄さんには、生命保険がかかっていますよね」

直美は聡を見た。聡は続けた。

「15年ほど前に、友人の紹介で加入した保険です。証券を調べたんですが、受取人の欄に、私の名前が入っていました」

直美の体の内側で、何かが固まった。聡は手元に視線を落としながら言った。

「当時、義兄さんが加入する時に私も一緒にいて、義兄さんが名前を書く欄に迷ったので、私が書いてあげたんです。名義変更の手続きをしていなければ、今でも私が受取人のはずです」

声に感情が薄かった。説明しているような、確認しているような口調だった。

直美は黙っていた。聡は続けた。

「もちろん、義姉さんにとっては複雑な話だとは思っています。ただ、法律上のことを考えると、受取人が決まっているものですので。それと、今の私にも事情があって、事業の整理のためにどうしても資金が必要な状況で」

直美の頭の中で、状況が整理された。克郎が15年前に入った保険。受取人を聡のままにして、変更していなかった。その保険金は、克郎が死亡した場合、法的には聡のものになる。聡はそれを知っていて、今日ここに来た。

聡はさらに言った。

「義兄さんに万が一のことがあった場合、早めに手続きを進めた方がスムーズだと思って。後処理のことも含めて、私が引き受けることもできます」

直美は立ち上がった。聡の顔をまっすぐ見て、左手で聡の頬を打った。

乾いた音が廊下に響いた。聡は目を見開いた。椅子から少し身をのけぞらせた。頬を手で抑えた。その目に驚きがあった。直美がそうするとは、計算に入っていなかったのだろう。

直美は聡に向かって立ったまま、動かなかった。体が震えていた。怒りで震えているのか、力が抜けているのか、自分でも分からなかった。

廊下を通りかかった看護師が足を止めた。

「大丈夫ですか?」と言った。

直美は振り返らなかった。聡は椅子から立ち上がった。頬を抑えたまま、しかし声は静かだった。それが直美には、余計に不気味だった。

「感情的になるのは分かります」と聡は言った。「でも、これは法律の話です。受取人の指定は、契約の中身です。義兄さんが変更しなかった以上、法的な権利は私にあります」

直美は言った。

「あなたが逃げた借金の尻拭いを、克郎がずっとしてきた」

聡はそれを聞いて、少し目を細めた。

「それとこれは別の話です。事業の失敗は事業の話。保険は保険の話」

直美は言葉が出てこなかった。出てこないのは言いたいことがないからではなく、言いたいことが多すぎて、どこから出せばいいか分からなかったからだった。

聡は眼鏡を直しながら言った。

「今日のところは、義兄さんの回復を祈っています。ただ、状況が動いたら、早めに連絡をください」

言って、廊下を歩いた。振り返らなかった。ジャケットの背中が、曲がり角に消えた。

直美は待合に立ったまま、その角を見ていた。足元が見えなくなるような感覚だった。年金事務所で泣いたのが、昨日のことだった。2万円が増えることへの安堵が、もう遠い場所にあった。

聡が去った後、直美は再びICUの窓の前に戻った。克郎はまだ動いていなかった。モニターの数字が点滅していた。看護師が一人、ベッドの脇で何かを記録していた。

直美はガラスに手をついた。手のひらがガラスに触れた。冷たかった。

保険金の受取人が聡になっていることを、克郎は知っていたのだろうか。気づいていなかったのか、気づいていて放置していたのか。それは今となっては、確認する方法がなかった。克郎はICUで眠っていて、話せない。

克郎が死んだら、聡が金を持っていく。その思考を、直美は止めようとした。「死んだら」という仮定を、今この場で考えるべきではないと思った。しかし、止めようとしても頭は勝手に働いた。保険金があれば、家のローンに当てられる可能性があった。直美の今後の生活の足しになる可能性があった。それが、聡の手に渡る。自分が何年も一緒に生活を守ってきた家庭に、一銭も出さなかった男の手に。逃げて、連絡不通になって、克郎に借金の尻拭いをさせた男の手に。

夕方、主治医が直美に話を聞かせてくれた。医師は40代に見えた。白い胸に名札があったが、苗字は見えたが読めなかった。話し方は丁寧で、難しい言葉を使う時には必ず補足した。

現時点での状態についての説明は、直美が午前中に聞いた内容と大きくは変わらなかった。腹腔内の出血が問題で、処置はしているが、今後48時間が重要な時間帯になる。意識が戻るかどうか、今の段階では何とも言えない。年齢と体への衝撃の大きさを考えると、楽観的な見通しを立てるのは難しい。

直美は聞いた。

「最悪の場合は、どういうことになりますか?」

医師は少し間を置いた。

「臓器の機能が回復しない場合、今後の状態は厳しくなります」

はっきりとは言わなかった。しかし、直美には意味が分かった。

「他に聞きたいことはありますか?」と医師は言った。

直美は少し考えてから、言った。

「今夜、ここに泊まることはできますか?」

医師は、病院の規定で家族待機のスペースは用意できるが宿泊施設ではないので、近くのビジネスホテルの案内を持ってくるよう看護師に頼んだ。直美は「ありがとうございます」と言った。

医師が席を立つ前に、直美はもう一つだけ聞いた。

「意識が戻った場合、話せますか?」

医師は答えた。

「状態が安定すれば、話せる状態になれる可能性はあります。ただ、現時点では分からないということです」

夜になった。直美は病院の待合スペースの椅子に坐っていた。自販機でお茶を買って飲んだ。工場には電話して今夜は休む旨を伝えた。クリーニング店にも、明日の午前は難しいかもしれないと連絡した。

聡のことを、克郎は知っていたのだろうかという問いが、また浮かんだ。克郎は弟が好きだった。好きだったから、頼まれれば断れなかった。家を担保に入れたのも、そういう感情から来ていた。弱さからではなく、血のつながりへの感情から来ていた。そして、その感情が自分たちの生活を崩した。

直美は克郎のことが好きだったのか、ということも頭の隅に浮かんだ。40年近く一緒にいた。好きか嫌いかで測れるものではなかった。ただ、そこにいたという感覚に近かった。起こったことも多かった。理解できないと思ったことも多かった。それでも、一緒に作った生活というものがあった。旅の話をする時の克郎の横顔が、直美の中のどこかに残っていた。

克郎が夜間の山道を走ることにした時、直美は止めなかった。止める立場にないと思ったから。しかし、今、やめればよかったとは思わなかった。思いたくなかったのかもしれない。

バッグの中に、タンスの引き出しから取り出してきた離婚届が入っていた。病院を出る時、なぜかそれを持ってきていた。理由はよく分からなかった。ただ、持っていった方がいい気がした。

直美はバッグを膝の上に抱えて、椅子に坐っていた。外は冬の夜だった。病院の窓に町の灯りが小さく映っていた。

何かが変わる夜だとは思っていなかった。ただ、変わり始めているのかもしれなかった。どちらの方向に変わるのか、それはまだ分からなかった。

克郎が死んだのは、事故から3日後の朝だった。午前6時14分、ICUのモニターが変わった。直美は待合の椅子で浅く眠っていた。看護師が来て、肩を叩いた。直美は一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。それから、全部思い出した。

ガラスの向こうで、医師と看護師が動いていた。しかし、その動き方が昨日までと違っていた。急いでいなかった。ゆっくりと、しかし静かに、それぞれが動いていた。

医師が直美のところへ来た。

「6時14分に心停止しました。処置を行いましたが」

直美は頷いた。言葉は出てこなかった。頷いてから、壁を見た。壁には案内板があって、色々な名前が書かれていた。目が文字を追ったが、読めなかった。

廊下に椅子が一脚あった。直美はそこに坐った。誰かが持ってきてくれたのかもしれなかった。自分で坐ったのか、誰かに促されたのか、分からなかった。

病院の担当者が手続きのことを教えてくれた。死亡診断書の発行、葬儀社への連絡、役所への届け出。直美は紙に書かれた順番を見ながら、一つずつ確認した。葬儀社は病院が紹介してくれた。直美は、「家族葬に近い小さな形」を選んだ。

呼べる人間がいなかった。克郎の職場の同僚とは、退職後に疎遠になっていた。親族も、聡に連絡できる人間がいなかった。聡には電話しなかった。

葬儀は2日後だった。斎場は病院から近い場所だった。直美は一人で行った。棺の前に坐り、線香を炊き、係の人が言う通りに動いた。他に誰もいなかった。外は曇っていた。

克郎の顔は、事故の傷が処置されて、随分穏やかに見えた。眉の太さは変わっていなかった。左手首に、古い機械式の時計がついていた。

係の人が聞いた。

「装飾品として棺に入れますか?」

直美は少し考えてから、「このままで」と言った。時計はそのまま、克郎の手首にあった。

棺の扉が閉まった。直美は椅子に坐って、それを見ていた。感情が来るかと思ったが、来なかった。来ないことが、また別の重さになった。

骨を拾う時、係の人が手順を教えてくれた。直美は言われた通りにした。箸で骨を拾い、壺に入れた。それが、思っていたより軽かった。克郎の骨が、これほど軽いものだとは思わなかった。

壺を受け取って、斎場の外に出た。曇り空だった。タクシーが一台、道路の向こうに止まっていた。直美はそれに乗って、アパートへ戻った。

葬儀から数日後、直美は役所へ死亡届を提出しに行った。窓口で受け付けてもらい、手続きが終わって帰ろうとした時、担当の職員が少し困ったような顔をして、直美を呼び止めた。

「確認させてください。柴田克郎さんと直美さんの婚姻関係についてなのですが」

直美は立ち止まった。職員は続けた。

「先日、離婚届が提出されていて、受理されております」

直美の体から、一瞬で血の気が引いた。

「いつ?」と直美は言った。声が出たのが不思議なくらい、体は固まっていた。

職員は端末を見ながら答えた。

「克郎さんの事故の翌日の日付で提出されています」

直美は頭の中で日付を確認した。事故の翌日。克郎はその日、まだICUにいた。意識はなかった。病院から出ていない。

窓口の前に立ったまま、直美はしばしば言葉が出なかった。

「分かりました」と言って、その場を離れた。外に出て、役所の駐輪場のそばのブロック塀に手をついた。

タンスの引き出しの中の離婚届。克郎が工場の裏口で渡してきた、署名と押印だけが入った用紙。あれが、聡に盗られた。そうとしか考えられなかった。直美がアパートを開けている間に、聡が部屋に入った。引き出しの中を探した。見つけた。そして、自分で日付と必要事項を書き込み、役所に提出した。

離婚が成立していれば、直美は克郎の法律上の妻ではなくなる。遺族年金の受給資格がなくなる。保険金について争う立場からも外れる。聡は一石で、全部を片付けようとした。

直美はブロック塀から手を離した。手のひらに、ブロックの跡がついていた。深く息を吸った。吐いた。もう一度吸った。

怒りが来た。今度は頬を打った時とは違う怒りだった。あの時は感情が先に動いた。今は、頭の中がはっきりと動いていた。

その日の午後、直美は法律支援センターへ行った。受付で相談の申し込みをすると、30分ほど待った後に名前を呼ばれた。担当したのは、40代の女性弁護士だった。眼鏡をかけ、手元にノートを開いて、直美の話を聞いた。途中で質問を入れながら、要点をメモしていた。感情的に反応しなかった。それが直美には助かった。感情よりも、事実を整理してもらうことが今は必要だった。

一通りの話を終えると、弁護士は言った。

「離婚届の不正提出は、文書偽造と公正証書原本不実記載に当たる可能性がある。争う余地はあります。ただし、それを立証するには証拠が必要です」

証拠として必要なものを、弁護士が説明した。克郎が事故当日にICUに入院していたことを示す医療記録。離婚届を提出できる状態ではなかったという医師の証言。届け出の日付に直美が役所へ行っていないことを示すもの。そして、できれば、聡がアパートに侵入したことを示す何か。

直美はメモを取りながら聞いた。

「アパートの防犯カメラはありますか?」と弁護士は言った。

直美は考えた。アパートの入り口に、小さなカメラがついていた。管理会社が設置したものだった。最近設置されたもので、ちゃんと動いているかどうかは確認していなかった。

「確認してみます」と直美は言った。

弁護士が続けた。

「もう一つ、その離婚届に書き込まれた字が、直美さんのものでも克郎さんのものでもないことを示せれば、それ自体が証拠になります。筆跡鑑定は費用がかかりますが、書き込まれた内容と日付の筆跡を、保存している他の書類と比較することができます」

直美は頷いた。最後に、弁護士が言った。

「時間がかかります。半年以上かかる可能性があります。その間、精神的にも体力的にも消耗します。それを踏まえた上で、続けますか?」

直美は少し間を置いてから、言った。

「続けます」

翌日から、直美は動き始めた。最初にアパートの管理会社に電話した。防犯カメラの映像について聞くと、担当者は「確認します」と言った。翌日に折り返しがあり、カメラは機能していて、映像は一定期間保存されていると教えてくれた。弁護士への提出を求めたいと伝えると、法的な手続きを通じてであれば対応できるという返答だった。

次に病院へ行った。克郎の入院記録と、事故当日から死亡までの詳細な記録を、法的手続きのために開示して欲しいと申し出た。病院の事務担当者は、手続きの書類を渡してくれた。弁護士の名前と連絡先が必要だった。直美はその日のうちに弁護士に連絡して、書類を揃えることを確認した。

工場には、問題の日の出勤記録があった。あの夜、直美は工場にいた。タイムカードの記録と、担当の渡辺から一言もらえれば、直美がその日に役所へ行けなかったことが示せる。渡辺に事情を話すことには、少しためらいがあった。しかし、渡辺は思っていたよりもずっと静かに聞いて、「分かりました。必要なら話します」と言った。

聡からは、その間に二度電話があった。一度目は、番号を見て出なかった。二度目は、出た。聡は落ち着いた声で言った。

「法的な手続きは、時間と労力がかかりますよ。義姉さんには、今そんな余裕はないでしょう。円満に解決するなら、話し合いで」

直美は言った。

「弁護士を通じてください」

そして、電話を切った。

その夜、部屋に帰って布団に入った時、初めて泣いた。葬儀の時も、役所で離婚成立を告げられた時も、泣かなかった。しかし、夜の部屋で一人になった時、何かが崩れた。声は出さなかった。ただ、涙が出て止まらなかった。

泣きながら、直美は天井を見ていた。どれくらい泣いたか分からなかった。いつの間にか、涙は止まっていた。目は腫れていたが、それ以外はいつもと同じだった。また、明日があると思った。明日もクリーニング店がある。明日も証拠を集める必要がある。それだけだった。

法的手続きは、弁護士が言った通り半年以上かかった。最初の申し立てから、行政の不服申し立て手続きを経て、婚姻関係の回復を求める審判へ進んだ。その間、直美は何度も書類を揃え、弁護士事務所へ行き、説明をした。弁護士は、費用の一部を後払いにしてくれた。それでも、毎月の出費は積み重なった。

聡は弁護士を立てて争った。聡の主張は、離婚届は克郎が事前に署名・押印を持って作成したものであり、直美がそれを知っていた上でアパートに保管していた。提出されたのは、克郎の意思の実現だというものだった。

直美は弁護士を通じて、全てに反論した。克郎が届けを作成したのは事故より前であり、しかし提出の意思決定はしていなかった。事故当日に克郎は入院していて、その翌日に他者が提出した。直美は当日工場に出勤しており、役所へは行っていない。

防犯カメラの映像は、弁護士が管理会社を通じて入手した。画質は荒かったが、問題の日の夜、聡のものと思われる人物がアパートの入り口から入っていく映像が残っていた。聡側は、その人物が聡だと断定できないと主張した。しかし、映像に映ったジャケットは、直美が病院の廊下で見た、あの派手な色のジャケットと一致していた。

鑑定も出た。離婚届に書き込まれた日付と届出人の欄の文字は、克郎の筆跡でも直美の筆跡でもないと、鑑定結果が出た。費用はかかったが、その結果は決定的だった。

聡はその間も、時々電話をかけてきた。直美は、「弁護士に言った通り、弁護士を通じてください」と繰り返した。二度、三度と同じやり取りをするうちに、聡の電話は来なくなった。

直美の体重が落ちた。仕事を続けながら手続きを進めているうちに、食事の量が自然に減った。クリーニング店で同僚に「顔が細くなりましたね」と言われた。工場の渡辺には、「大丈夫ですか」と何度か聞かれた。「大丈夫です」と直美は言い続けた。大丈夫かどうかという問いに対して、自分の中ではっきりした答えがなかった。壊れていないとは言える。前より削れているのも確かだ。しかし、止まっていない。それが「大丈夫」ということなのかどうか、直美には分からなかった。

髪が白くなった。元々白髪はあったが、この半年でさらに増えた。鏡を見ると、以前より随分老けたと思った。老けたと思ってから、それ以上は考えなかった。考えても仕方がなかった。

翌年の春、審判が降りた。婚姻関係の回復が認められた。直美は弁護士から電話でそれを聞いた。クリーニング店の裏口の外に出て、聞いた。弁護士が審判の内容を説明した。不正な書類の提出が認定された。婚姻は継続していたものと見なされる。遺族年金の受給資格は維持される。

直美は短く「分かりました」と言った。電話を切ってから、裏口の外にしばらく立っていた。駐輪場に自転車が数台止まっていた。遠くで誰かが声を出して笑っていた。空が明るかった。

泣くかと思ったが、泣かなかった。体の中で、何かが溶けたという感覚があった。溶けて広がって、それからすっと消えた。

聡は後日、私文書偽造と同行使、公正証書原本不実記載の容疑で警察の任意聴取を受け、その後、逮捕された。弁護士からそれを知らされた時、直美は特に感想を持てなかった。聡が逮捕されたことで、克郎が生き返るわけでも、家が戻ってくるわけでも、失った土地が戻るわけでも、何も変わらなかった。ただ、聡はそこにいなくなった。

保険金の問題は、聡の逮捕によって別の局面に入った。受取人指定が聡のままであっても、犯罪に関連した受け取りについては、保険会社が支払いを保留した。その後の手続きの中で、克郎の残した借入れ金の債権者が、保険金に対して法的な請求を行った。克郎が整理した事業資金業者から借りていた分の残債が、保険金の額を超えていた。結論として、保険金は全額、債権者への弁済に当てられた。聡には渡らなかった。しかし、直美にも渡らなかった。

家はすでに競売にかけられていた。克郎が入院している間に手続きが進み、春が終わる前に落札されていた。直美が結婚してから30年近く暮らした場所は、もう他人のものだった。壁の古いシミも、台所の窓枠の歪みも、玄関の郵便受けも、全部。

直美は引き渡しの前に一度だけ、その家へ行った。鍵はまだ手元にあった。空になった部屋に入ると、匂いがした。誰もいなくなった部屋の匂いだった。克郎が使っていた灰皿が、台所のシンクの脇にまだあった。直美はそれを手に取った。古い陶器の灰皿で、そこに傷があった。バッグに入れた。それだけを持って、家を出た。鍵を郵便受けの中に入れた。振り返らずに歩いた。

2027年の冬が来た。直美は62歳になっていた。アパートは変わらずそこにあった。壁のカビは、夏に市販の薬で処置した。完全には消えなかったが、広がりは止まった。クリーニング店のパートは続けていた。工場の夜間シフトは、審判が終わった後に週3日に減らした。体が続かなかった。それでも、完全にやめることはしなかった。今の収入を減らすことへの不安が、体の疲れより勝っていた。

12月のある朝、スマートフォンに通知が来た。銀行からの入金通知だった。直美はそれを見た。遺族厚生年金の初回振り込みだった。克郎との婚姻が法的に認められた上での遺族年金。そこに、直美自身の老齢基礎年金の一部が加わっていた。

金額を見た。生きていける金額だった。余裕はなかった。貯金はできなかった。この部屋より良い場所に引っ越すこともできなかった。しかし、この金額と今の仕事を合わせれば、食べていける。病気になった時、医療費の一部は払える。それだけの金額だった。それだけの金額が、あった。

直美はスマートフォンを置いた。テーブルの上に、克郎の骨壺が置いてあった。小さな骨壺だった。斎場からアパートへ持ち帰り、テーブルの端に置いたまま、ずっとそこにあった。納骨する場所を決めていなかった。決める余裕がなかった。あるいは、決めたくなかったのかもしれない。

引き出しを開けた。中に古い紙が一枚、折りたたまれていた。開いた。

中古のキャンピングカーの広告だった。2年前に克郎がネットで調べてプリントアウトしたものだった。型番と価格と走行距離と写真が印刷されていた。紙は黄ばんでいた。折り目が濃くなっていた。

直美は広告を広げたまま、テーブルに置いた。骨壺の前に置いた。

台所の棚の上に、克郎の写真を入れた小さな額があった。葬儀のために探し出した、数年前の写真だった。腕を組んで、どこかの海岸に立っていた。どこで撮ったのか、直美には記憶がなかった。克郎の顔は少し横を向いていて、こちらを見ていなかった。

直美はその写真の前に立った。言葉はなかった。言葉を探したが、見つからなかった。言いたいことが何もないのではなく、多すぎてどれを言えばいいか分からなかった。怒りがあった。悲しみがあった。それ以外の言葉にならないものもあった。

右手の人差し指で、額のガラスの上を、克郎の顔の辺りを一度だけ触れた。ガラスは冷たかった。涙が来た。目の縁から出て、頬を伝った。拭かなかった。落ちるままにした。

外からトラックの音がした。低いエンジン音が近づいて、そのまま通り過ぎて、遠ざかった。直美は泣きながら、外の音を聞いていた。トラックはどこかへ行ってしまった。道路はしかし、静かにはならなかった。すぐにまた、別の車の音が来た。

世界は続いていた。直美も、その中にいた。

あれから、直美の毎朝は変わらず6時に始まる。スマートフォンのアラームで起き、顔を洗い、インスタントの味噌汁を飲む。自転車でクリーニング店へ行く。アイロン台の前に立ち、仕分けをして、プレスをして、また仕分けをする。昼休みに弁当を食べる。渡辺と短い言葉を交わす。

走ることは、また始めた。毎朝ではなく、週に2回か3回。近くの川沿いを30分ほど走る。以前の5kmより短い。しかし、また走れている。それだけのことだが、直美にとっては、それだけのことが何かを意味していた。

法的な手続きは全て終わった。年金は毎月入ってくる。聡の件の後処理は弁護士が続けてくれているが、直美が直接動く必要はなくなった。

孤独か。問われれば、孤独だと答えるしかない。子供は2人いる。一人は関東、一人は関西にいる。事故の後に連絡したが、葬儀には来なかった。来られない事情があったのか、来なかったのか。直美は聞かなかった。聞いて傷つくより、聞かない方がいいと判断した。それが正しい判断だったかどうかは、分からない。

克郎の骨壺は、まだテーブルの端にある。春になったら、どこかへ納骨しようと思っている。どこにするかは、まだ決めていない。

灰皿は、台所の棚の一番上に置いてある。使っていない。ただ、そこにある。

キャンピングカーの広告は、引き出しの中に戻した。

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